西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/03/01(土)

[]ヤマハ 22:44 ヤマハ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ヤマハ - 西川純のメモ ヤマハ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子のヤマハ音楽教室の発表会です。幼児科の発表を聞くと、「昨年はああだったな~」と思いました。昨年は、周りの子どもが静かに壇上に登場するのに、息子だけはスキップして登場していました。今年は静かに登場しました。成長を感じます。

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 以下は、私以外には興味のない内容です。1年後か、2年後の私への備忘録です。

 初期型コンピュータが開発された当初、その計算能力に驚いた研究者が、「コンピュータによって科学の問題は全て解決されるだろう」とつぶやいたそうです。当時の大型コンピュータの能力は、現在のパソコン以下です。有名な事実に基づく笑い話です。

 ある同志のブログ(残念ながら『学び合い』グループ内だけの公開ブログです)に「正直なところ今の『学び合い』の広がるスピード、明らかにしていき課題の変化に対応し切れていません。これまでのスピードや広がり、深さに対して違うレベルで対応しないと後追いになってしまいます。でも、一番疑問で困っているのは、『学び合い』が広がり、進んでいく目標は何なのかをつかみきれていないことだと思います。」とありました。後段の目標は何かですが、これは日本を変えること、世界を変えることです。前段のスピードの点は私もビックリしています。少なからずは私自身が仕掛けたものですが、その成長スピードが幾何級数的なのにはビックリします。しかし、私自身が困惑しているのは別のところなんです。

 私は実態調査研究から学術の世界に入り、認知研究に入りました、その結果として『学び合い』研究にいたりました。そして現在、この方向での学術研究は終わったと感じるのです。不遜ながら、『学び合い』によって今の学校教育の全ての問題を解決出来ると思っています。学術研究者でありながら、こんなことを真面目に信じている自分にビックリしています。かっては未解決の問題がありました。例えば、「班構成は自由班が良いか?規制班が良いか?」、「学び合うことを子どもに求めるべきか?」、「教師に『学び合い』を伝えるにはどうしたらいいか?」等々の問題がありました。が、現在、そのようなものが無いのです。教育に関するあらゆる問題に対して、明確な解決策が語れる段階に達したと思います。今後も研究は行いますが、ほぼ結果は予想でき、まず、外れるとは思えません。

 私は日本の教育を変えたいという志を持っています。そのために私が出来ることは学術研究であるので、それを職としておりました。そして、その研究を行うに最高の場として上越教育大学に在職しております。しかし、日本を変えるということに関して学術で出来ることよりも、教育運動で出来ることの方が大きいように感じてしょうがありません。

 日本を変えるためには、より多くの教師が「『学び合い』がもっともらしい」と思ってもらわなければなりません。我々は、多くの教師が学び合わせることに苦労していると考え、学び合わせる手だてを研究し、「学び合う教室」、「学び合いの仕組みと不思議」をまとめました。学び合うことのすばらしさを知ってもらうために、「静かに!を言わない授業」、「座りなさい!を言わない授業」、「忙しい!を誰も言わない授業」をまとめました。さらに、学力保証を求める教師が多いことから「勉強しなさい!を言わない授業」をまとめました。教科学習における具体例が必要であると言われるので「学び合う国語」をまとめました。特別支援の子どもがいるから無理だと言われるので、『学び合い』の特別支援の本をまとめました(近日、発行です)。でも、それで分かったのは、学術データをいくら積み上げても、説得されない人は多いということです。結局、「隣の人もやっている」という「学び合いの仕組みと不思議」で紹介していることが大事だと分かりました。私がやるべきことは学術ではなく、「洗脳旅行」を企画し、動画配信をし、ライブを企画すること、そして、それらを組織化することのように思えてしょうがないのです。でも、私はその方面は得手ではない。それ故、手詰まりなんです。

 ただし、学術で残されたテーマがあります。ただし、それは研究しても実際に日本を変えることは出来ないと分かっているテーマです。それは教育内容を大幅に変えるという研究です。さわりだけを言えば、現在の小中高の12年間で学ぶ内容を小学校の6年間で終わらせるのです。これは『学び合い』と内容精選で可能です。そして、中学校の3年間、高校の3年間は大学で行っている最先端の研究をさせるのです。中学校と高校の違いは、学び合う集団構成です。中学校は義務教育なのですから、地域のクラスメートで学び合うのです。例えば、「刑法の改正」とか、「来月の日銀の政策金利は何パーセント?」とか、芥川賞に応募するとか、発展途上国に学校を設立するとか・・・です。高校では、それらに関して適正のある生徒が広い範囲から集まり、ネットを通じて全世界を関わりながら解決するのです。つまり、非常にレベルの高い大学というわけです。私には、この妄想がリアルに思い浮かべます。これを実現するために、内容精選と順序性を明らかにする理論を完成するというのが残された学術テーマです。もちろん、現在の内容精選や順序性の考え方とは根本的に考え方が違います。『学び合い』の考え方に基づくものです。

 しかし、いくら脳天気な私でもそれが実現するとは思えないのです。現状の『学び合い』は学習内容をとやかく言いません。求められるものを達成することを実現するだけです。だから抵抗が相対的に少ない。だったら、そちらに力を注ぐべきなのかもしれません。しかし、それでは学術ではなく運動になってしまう。どうしよう

rion_fujirion_fuji2008/03/01 23:02 先生の備忘に対してコメントを書くべきではないのかもしれませんが,あまりにも自分の考えと同じだったので書かせていただきました。私は,子どもたちが小学校の内容以上のこと学べるという確信をもって目標などを工夫しながら発展的な内容にも取り組む姿をみてきました。現在の学習内容や教科書のつくりは,あくまでもこれまでの学習をもとにつくられています。したがって,子ども本来の力を発揮する学び合いにはフィットしていないと感じています。もちろん今のままでも子どもは学び合いますが,そこで終わりではないのです。現行のカリキュラムをいじらないといけないので文科省の指定校などでないとできない研究ですかね?

とんたんとんたん2008/03/02 00:43今「学び合い」に最も必要なことは、それが何を目指すのかということだと考えます。西川先生のおっしゃるような教育を実現していくためには、「学び合い」しかありません。となると、ライブの授業では、「学び合い」でしか到達できない課題と解決を子どもの姿で実証していかねばならないと考えています。
学び合いを伝えるのにテスト平均100点は確かに分かりやすいのですが、逆に一斉授業でも、業者のテストレベルなら「ちゃんと教えれば」平均90点はいけます。大抵の先生はそこで満足してしまうことでしょう。
でも、そうした先生も「学び合い」でしか達成できないような授業をライブで観たら、テスト100点の何十倍も衝撃を受けるにちがいありません。私もそうした授業を観たいし、観せられるようになりたいですね。

jun24kawajun24kawa2008/03/02 08:01rionさんへ
 今日のメモの続編を書こうと思います。
とんたんさんへ
 ライブが一番ですね。ライブを見れば業者テストの点数以上のものがあることは直ぐに分かります。なお、たしかに一斉指導で平均90点は可能かもしれません。しかし、クラスの最低点が90点以上は『学び合い』しか無理だと思います。

とんたんとんたん2008/03/02 15:38最低点の90点の件よく分かります。でもテストにこだわりすぎると学習は浅くなる危険があります。
例えば、小学4年生の理科で「水は何度でこおり始めますか?」 実験を正確に行った子どもは、0℃とは書きません。
また、「何度で沸騰しますか?」については、山地の学校ならば100℃とは書かないでしょう。学び合いで、なぜそうならないのか子どもたちが学ぶことは可能です。
「でも」テストでは、「何℃?」です。
教科書をじっくり学び合えば、100点取れるでしょう。
でも、「ここは標高が高いから98℃で沸騰する」こんな答えを私たちはテストにも求めてるのでないでしょうか。

jun24kawajun24kawa2008/03/02 17:00コメントとありがとうございます。
ご指摘の通りの危険性がある可能性があります。たしかに、平均点90点以上なら、浅くなる危険性が高くなるでしょう。
しかし、最低点90点以上ならば、まず浅くなる危険性は低くなります。まあ、平均的な教師がやる教材研究のレベルを超えることは保証できます。
私が危惧するのは、「深い教材」という砂地獄に陥るぐらいだったら、シンプルな課題にすべきだと言うことです。
何回もメモっているように、テストの点数などは方便に過ぎません。それを求める人がいるからです。結局、人を見て法を解かねばならないのは当然ですね。
追伸です。
「標高が高いから98℃で沸騰する」というのは、ありがちな誤解ですよね。私も一度陥りました。あははは。学校の標高は高くとも百m程度の高度です。それで沸点が2度下がるとなると、ヒマラヤ山頂では氷点下で沸点することになります。こりゃおかしいですよね。原因は、アルコール温度計(実際はアルコールじゃありませんが)の特性にあります。危険性のために最近は使われない水銀に比べて膨張率は高い特性があります。液中に全て浸されている状態では、100度になります。しかし、一般の学校で温度を計る状態では空気上にさらされる部分が多いのです。その部分は100度には達していません、そのため、収縮してしまいます。それが2度分の原因です。結局、100度ということに拘らず、一定以上の温度以上にはあがらないという現象に注目させる指導が必要となります。ちなみに、指導要領もそれを意識した書き方をしていますよね。これはうろ覚えなのですが、板倉聖宣氏の『科学的とはどういうことか』(仮説社,1977)にあると思います。(間違っていたらごめんなさい)。

jun24kawajun24kawa2008/03/02 17:10とんたんさんの「そうした先生も「学び合い」でしか達成できないような授業をライブで観たら、テスト100点の何十倍も衝撃を受けるにちがいありません。」は全くその通りなんです。でも、なかなか難しい。やはりライブでしか伝えられないんです。つまり、一人一人の子どもがどれだけの会話をしているかを聞けば、そのレベルの高さに驚くはずです。また、その多様性に気づけば、一人の教師では対応できないことが分かるはずです。しかし、それはビデオには拾いきれないのです。一部の子どもの声を拾っても、「そりゃ、都合のいい子を拾っているんだろう」と曲解される危険性があります。それにライブでさえ、子どもの声を聞こうとはせず、たち歩きにばかりに目がいき、学習規律云々を言う方が少なくない。残念ながら、学校教育の目的はつまらなくても静かにしていることを学ぶという非民主的な目標設定をされている方が少なくない。ましてやビデオを見たら、そういう方はそう思うでしょう。
それに、『学び合い』のすごさは、クラス全員が学習を継続し続けることです。その中には、特別支援の必要な子と今まで分類された子どももです。この凄さが分かるためには、そのクラスを過去に指導した方しか分かりません。
結局、ビデオよりライブ、と思っています。そして、分かりたいと思っている方に対して公開するという方針でやっています。もし、上手いアイディアがあれば教えて下さい。とんたんさんのおっしゃっているビデオ、是非、私も欲しいと思っています。

とんたんとんたん2008/03/02 23:17高度な「学び合い」を常に公開し、理解してもらうというのは難しいことですね。期待して観に来る先生に「今日のは失敗ですねー」って笑って言えませんもんね。
そして、高度な学び合いはビデオには写りにくい。子どもの声の質の変化をビデオは拾えないからです。学び合いに慣れてくると目をつぶっても、それがよい授業かどうか分かるようになってきます。
低レベルな学びは、子どもの声が不快です。でもビデオには「音」としてしか、記録されていないからです。
そしてもうひとつ問題があります。それは、衝撃を受けた後のことです。多くの先生が悩みます。「同じようにやっているのに同じくならない」と。そしてあきらめてしまいます。
どうしたらよいかちょっと時間をかけて考えてみます。
追伸
以前富士山の山頂近くでカップヌードルを食べたら言われてるほどぬるくないじゃんか? と感じたことを思い出します。確か富士山山頂でも90℃近くの温度になるはずです。しかし、以前の勤めた標高520mほどの僻地だと、デジタル温度計で計測しても98℃台だったと記憶してます(もちろん計る場所によってどんどん変化しますが) 今の学校は200m程度で「下がりすぎだな~」と思っていたのですが理由が分かりました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/03/03 06:40とんたんさんへ
 是非、考えて下さい。お願いします。
 追伸の件ですが、私が大学で初等理科教育法を担当していたとき、何故、100度にならないかを追求させたことがあります。面白い課題になりますよ。学生さんたちは「純粋ではないから」、「温度計が壊れているから」、「アルコールランプの火力が弱いから」などの仮説を立てます。彼らには「小学校でも出来る実験で検証するように」という縛りをつけます。面白い展開が起こります。時間があったら、面白いですよ。お勧めです。

あべたかあべたか2008/03/03 20:25西川先生が教育運動に期待をしているという点、わたしはあまり教育運動に期待をしても仕方ないのではないかなと思っています。なぜなら、過去の教育運動は文字通り「運動」だけで終わってしまい、その後、日本全国の先生がそれらの考え方や方法を享受し、実践しているというところにまで至ったものがないからです。一部の熱狂的な方だけが受け入れて、細々と残るということしか未来はないのではないでしょうか>教育運動に依拠した場合。

でしたら、もっと、教育課程審議会とか中央教育審議会とか学習指導要領とかに携わる仕事に西川先生、または、学び合い研究者が近づくというやり方がいかにもいやらしい政治的な方法かもしれませんが、よりよいのではないかと思います。
どんなものでしょうか。

あべたかあべたか2008/03/03 20:33とんたんさん。

>「同じようにやっているのに同じくならない」と。そしてあきらめてしまいます。
>どうしたらよいかちょっと時間をかけて考えてみます。

正確には「同じようにやっているつもりなのに」でしょうか。
わたしもその一人です。
とんたんさんがそれを解決してくれる日を待っています(他力本願?)。
とんたんさんの動向に注目しています。
わたしの目標のお一人ですから。

jun24kawajun24kawa2008/03/03 21:16あべたかさんへ
そっちの方面は不得手なので・・・
『学び合い』がどうなるか、私にも分かりません。
でも、やる価値はあると思っています。