西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/01/31(木)

[]専門家の誤解 22:04 専門家の誤解 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 専門家の誤解 - 西川純のメモ 専門家の誤解 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が若い頃の話です。理科の学会に教科調査官が来て、新しい指導要領の説明をしました。その際、ある先生が指導要領のここが悪い、あそこが悪い、だから、私はこう教えていると言い始めたのです。はっきり言って喧嘩をふっかけているんです。若い私はドキドキしながら聞きました。その教科調査官は、やんわりとあなたがそう教えていることが正しいという根拠を問いました。問いを重ねている結果として、それをやっているのは、同僚や校長や保護者や子どもと無関係に、その人が、そう思ってやっていると言うことを浮き彫りにしました。そして、指導要領の妥当性を聞いている、その人の妥当性を問うことによって、どんどん追い詰めていきました。明らかに、その人の負けです。私は指導要領が神の啓示のごとく正しいとは思っていません。しかし、指導要領は民主的な手続きによって定められたものであり、個々人の思いつきで、それを無視していい訳ありません。

 そこまで極端な人ばかりではなく、これこれからという理由を述べることが出来る人もいます。しかし、それも私は疑います。私の元々の専門は理科教育学です。そして、日本理科教育学会から理科教育学会賞をいただいた数少ない人間です。理科教育学に関する業績は日本有数だと自負しています。さて、私の理解では、理科で何を学ぶべきかということに関して、様々な意見や提案があることを知っています。しかし、学会員が一致するものが今までに無いことも知っています。諸外国においても、様々なカリキュラムが存在していることを知っていますが、定説がないことも知っています。他教科に関して、とやかく言えるほどの知識はないとしても、しかし、理科でこの程度であって、他教科では定説があるとはとうてい想像できません。

 それぞれの教科の専門家が「これこれは大事だ」とおっしゃいます。確かにもっともらしいと思います。しかし、私が聞きたいのは、そうだという根拠を与えてほしいということです。十中八九ではなく十中十は、そう思う人もいるが、そう思わない人もいるというレベルです。

 次に、指導要領は国民が等しく学ぶべきものを定めたものであると理解しています。もちろん、それを超えたものを学ぶことを妨げるものではありませんが、それは、まず学習者全てが最低限のことを学んだという前提の上のことです。少なくとも国や地方公共団体の設置する義務教育はそうだと理解しています。高い高い目的を掲げるのは結構ですが、それをクラス全員が達成できるのですか?せめて7、8割の子どもは達成できるのですか?ということです。プロの音楽家、プロの野球選手、また、ノーベル賞をねらえる科学者を養成するならば、専門家にしか分からないようなレベルのことを要求しても良いでしょう。せめて、私学の学校だったら許されるでしょう。しかし、国や地方公共団体の設置する学校においては、それはアウトだと思います。7、8割の子どもが分かるレベルであるならば、授業前もしくは教師がそれを語った直ぐに、そのことを分かる子どもが2割は必要だと思います。

 これを面というと感情的に怒り出す人がいるので、普段は言わないことにしています。しかし、そういう先生方も善意の教師です。どうやったら議論を深められるのか・・・。今のところの私の戦略は、議論しないという、きわめて非生産的な戦略です。

[]明日出発 17:35 明日出発 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明日出発 - 西川純のメモ 明日出発 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日は群馬の高崎市の八幡小学校での『学び合い』の学校公開です。シンポジウムでは児童代表がパネリストという、『学び合い』の発想でしかありえない企画です。そして、4時に出発し京都に出発します。京都の人と飲んで、翌日は、京都で講演します。詳細は、以前のメモにあるとおりです。

[]K小学校 15:11 K小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - K小学校 - 西川純のメモ K小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越市内で学校として『学び合い』を取り入れようとしているK小学校に久しぶりに参観に行きました。3ヶ月ぐらい前に、我々がサポートに入りました。大凡、2週間程度です。その段階で、『学び合い』の初期段階には入っていました。

 正直ドキドキでした。でも、案ずるより産むが易です。それぞれの先生方が、それぞれに自分のものとされていました。特に、ある先生にはビックリしました。その先生に関しては、我々がサポートしていた当時は、かなり『学び合い』に疑問を持たれていたように感じていました。我々に向けられる質問も、大人ですから穏やかな質問の仕方ですが、内容は「???????」で満ちあふれているようでした。多くの先生方は、我々と廊下ですれ違うとニコニコしてくれます。しかし、その先生の場合だけは、表情が硬いように感じました。被害妄想ですが、「校長がやれというから、やるんだけど、大学の先生のたわけた授業方法をやらせられるなんて・・・・」という風に感じてしまいました。ところがです。本日、その先生の教室に入ってみると、その先生のお顔が激変しているんです。『学び合い』を楽しんでいる教師の顔です。そして、子どもたちも安心して学び合っていました。正直、ビックリしました。

 その後、校長室で校長と「良い」悪巧みをいっぱいしました。あはははは

08/01/30(水)

[]教師の醍醐味 17:57 教師の醍醐味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の醍醐味 - 西川純のメモ 教師の醍醐味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かつて教師の醍醐味に関して以下を書きました。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070619

 最近、私の力不足を感じます。私には欠けたことがあり、正すべきだと感じました。でも、それは愚かな私には分かりません。ですのでゼミの皆さんにお願いしました。私は「私には駄目なところがある。それを率直に教えて欲しい。私はゼミをよくしたい」とお願いしました。本日、ゼミメンバーが集まって議論しました。

ゼミの一人が「結論が出たので、みんなのところに来て欲しい」と言われました。ゼミメンバーがそろったところに、私が座りました。私の心の中にある、浅ましいところ、下劣なところ、自己中心的なところ・・・等の、駄目なところの一覧表が走馬燈のように思いつきます。ゼミのみんなは、おそらく優しく指摘してくれるだろうけど、それらが次々に指摘されることを覚悟しました。それでも何とかすべきだと心に定めてゼミの皆さんに考えてもらいました。ところが、ゼミの皆さんの出した結論は、私が一度も思い浮かばないことでした。それは、「今のままでいい。もし、先生が変われば、ゼミがおかしくなる。方針を与えてくれれば、我々はやる」とのことでした。正直、「え!???????」と思いました。そして、具体的にゼミ運営で自分たちで出来ることを語ってくれました。それから色々の話をして、研究室に戻りました。

 部屋に戻り、席に着き、私は泣きました。ボロボロ、泣きました。感謝しました。心強く思いました。本当だったら、面と向かって感謝すべきなのですが、恥ずかしくって言えませんでした。そこで全国に向かって書きます。この喜びに比べれば、一斉指導で得られる喜びなんて、クソみたいなものです。

 役回りでゼミの皆さんの管理者となっています。私は愚かで、弱い存在です。しかし、その私を管理者として認めてくれる。そして、それを支えてくれる。心から感謝します。彼らのためにも、二枚腰、三枚越しで頑張らねばと思います。

[]学んだこと 17:57 学んだこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学んだこと - 西川純のメモ 学んだこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は修士2年の4人の口述試験です。4人の発表をお二人の先生にも聞いて頂きました。お一方は、超優秀な国語教育の先生です。『学び合い』とは違った立場の先生ですので、厳しいご意見を頂きました。でも、その先生と色々話して、多くを学びました。異質な人との交流は、常に多くのものを得られます。代表的な二つを紹介します。

 一つは、Fさんの小学校1年生での『学び合い』に関してです。Fさんの実践記録の中の最初の語りを指摘し、「私が子どもだったら、このように言われたら、この先生には逆らえないと思う。そのような強制的な環境の中で『学び合い』は成立しているんだ」とおっしゃっていました。それを聞いて、私は大笑いしました。まさに、そうです。『学び合い』の最初の語りで伝えられるのは、学校観・学習者観・授業観ばかりではなく、いや、それ以上に教師が本気で自分たちに向かってきている、ということだと思います。教師が『学び合い』を子どもに語るとき、それは「やりませんか?嫌だったら、やめるけど」では無いはずです。不退転の気持ちで、語るべきです。その意味でも、最初の語りは大事だと思いました。

 第二は、Oさんの研究に対してです。そこではKineさんの実践が分析されています。従って、子どもたちに指導要領を明示し、教師用指導書、はては業者テストを子どもたちに公開しています。それに対しては、厳しく指弾されました。審査会の後、その先生と腹を割って話しました。その先生は、指導要領や教師用指導書は低いレベルであると指摘されました。私としては、それらが低いレベルであっても、クラス全員が分かる過程で高いものに高めてくれることを説明しました。しかし、その先生は、国語特有の高い問いかけがあることを指摘しました。そして、その問いかけの重要性を語ってくれました。至極、納得できるものです。しかし、「では、どうやったら、それを学べるの?」と聞くと、「教師用雑誌や学会誌レベルで勉強し続ける必要がある」との返答です。そこで、「でも、日本中の教師の中で、そんなことしている教師って何%ぐらいだと思う?」と聞くと、「1割ぐらい」との返答です。そこで、「1割は多すぎだと思うけど、仮にそうだとしても9割の人はそんなこと出来ないよね」と言いました。そこで、その先生が語ったのは「教師の学び合い」が必要であることをおっしゃいました。この瞬間に、全てのことが「すとん」と腑に落ちました。『学び合い』と一致していないようで、結局、最終的には『学び合い』に一致しました。

 現状で国語の課題設定を悩んでいる先生は多いと思います。特に『学び合い』をすれば、この授業の目的は何か、という至極当然の問いかけをしはじめます。そなると、国語の専科の先生であっても、悩み始めます。今までの国語では、やるべき作業は明確なのですが、授業の目標を考えていないように思います。そういう場合は、やはり指導要領・業者テスト・ドリルが手がかりになります。そして、そのレベルであっても、『学び合い』では子どもたちは深い課題に変えてくれます。それは、絶対に正しいと思います。でも、その先があることを否定しません。でも、全ての教師がそれを分かるためには、教師の『学び合い』が必要なのだと思います。さらに言えば、名人級の問いかけで高まる部分はありますが、本当は日常の読書習慣・書く習慣を通してこそ、本当の力がつくと思います。そのためには、それを必然とする課題と集団が必要です。つまり、『学び合い』が必要だと思います。

[]海外からの子ども 解答編 08:48 海外からの子ども 解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 海外からの子ども 解答編 - 西川純のメモ 海外からの子ども 解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この問題の課題は「海外の子ども」でした。しかし、その部分を「特別支援の必要な子」、「家庭に問題のある子」、「学習意欲の全くない子」、「暴力的な子」・・・のいずれに変換しても、答えは全く同じです。

 解答方法は以下の通りです。

 もし、教師が「その子」一人が担当すればいいならば、もしかしたら「その子」用の最適解があるかもしれません(まあ可能性は低いですが・・・)。しかし、教師は授業で数十人の子どもを担当しています。したがって、「その子」を含んだ数十人全員の最適解を求めなければなりません。これは無理です。無理を承知で精神論で「その子」と何とかしようとすれば、それは「その子」以外の数十人を相対的見捨てることとなります。そして、おそらく改善されないでしょうから、教師が精神的にイライラします。イライラした教師が良い授業、良いクラス経営が出来るわけありません。したがって一人で抱え込むのではなく、数十人の子どもと一緒にやらなければなりません。これは「子どもが有能である」という以前に、自分が解決できるという幻想を捨てるということです。

 次に、みんなでやるとき、「その子」を意識した目標設定をすべきか否かです。もし、「その子」を意識した目標設定を教師が行えば、それは教師が「その子」を一人で背負っているというメッセージを集団に与えます。これでは「みんな」ではありません。教師は「その子」を忘れるべきです。もし、「その子」を意識した目標設定をするとしたら、それは教師ではなく、子どもたちみんながすべきです。

 「その子」の問題解決が、「その子」のためと考えるのはやめましょう。「その子」の解決がクラスのためと考えましょう。

janglejapjanglejap2008/01/30 19:24「感謝」の記事・・。思わずもらい泣きでした。。。教師の醍醐味、味わえるようにさらに『学び合い』を学びたいと思いました。

iku-nakaiku-naka2008/01/30 19:36大変失礼な言い方かもしれませんが、ブログを読みながらゼミ生のみなさんの「答え」は予想できました。多分、私がその立場でも同じような結論を出したと思います。ゼミのみなさんはN先生を信頼してゼミに参加されていると思います。もちろん、N先生もゼミ生のみなさんを信頼されていると思います。N先生のブログを拝見するとそれが文章から醸し出されています。だからこそ、N先生はゼミ生のみなさんの「本心」が聞けたのでは?。と私は思いました。私と生徒の関係もこんな風になれればいいなあ~とブログを見て思いました。精進します!!。

jun24kawajun24kawa2008/01/30 22:01janglejapさん、iku-nakaさんへ
 ありがとうございます。もっと、もっと結果を出したいと思います。

あべたかあべたか2008/01/31 04:26[大事なこと]学んだこと に対してのコメントです。
(どうも、「はてな」に文句を言うつもりはないですが、といって書いていますが、この「はてな」のサービスはどのエントリにコメントを入れたのかわかりにくい構造になっていますよね)

今回のやりとりをもっとしてみたいというか、深めてみたいという気持ちでいっぱいです。
今回の登場人物は、国語の先生ですが、この国語という文字を社会という文字に入れ替えたことで悩みがあります。

学習指導要領の内容は低いレベルにあるとまでは言いませんが、どうも、教科書を日々なぞるだけの学習がよいのだろうか……。
という悩みがあるのですよね。

社会科の場合、例えば、「学級全員が市販テストを90点以上とる」という目当てにした場合、単純に考えれば、教科書の丸暗記で(それができるかどうかは別)90点どころか100点がとれます。

それでいいのか?
社会科はそんなんじゃない
というものが心の片隅にあります。
たぶん、社会科にのめり込んでいる先生方は、学び合いの授業を見ても、なんの感動も起こさないでしょう。

そこには、
・公民館やゴミ処理場を訪れて、インタビューする子どもたちの姿はありません。
・「原爆を落として正解だった」とする考えがあるが、それに対しては肯定するか否定するかといった考えのぶつかり合いもありません。
・調べたことを新聞等にまとめることもしません。

これらは、西川先生がおっしゃる「漢字を覚えさせるために教師になったのですか?」という部分につながると思いますが、先生方は「漢字を覚えさせるために」教師になったわけではないが「漢字を一つでも多く覚えること」は大人になっていくためにはとても大切なことだと考えており、それを授業で以下に保障するかと言うことが大切だと考える、ということになるのだと思います。
つまり、そこで「討論」や「新聞書き」「作文を核技術」を限られた時間の中で多くの子どもたちに身に付けてもらうためには、その手続き、つまり、型というものを少しでもこちらから与えて身に付けてもらった方が有効であるということです。

また「学び合い」をすることで「教え漏らし」(または「学びもらし」)というものが生じる可能性があります。
例えば、地球儀を活用して探ってほしいとして、めあてを達成するのに地球儀を活用することが有効と考えた子どもたちは地球儀を活用しますが、それを感じない子は地球儀を活用しません。
まぁ、西川先生流に言えば、それらを活用してほしければ、最初からそれを活用することと明記しなさいということになるやもしれませんが……。
そうなったらそうなったで、いろいろと手続きや学び合いの指導過程が難しくなりそうです……。

ウーン、いろいろと悩みます。
学び合いをパッと進めている方は、こういうことで悩まないのでしょうか。
それとも、これらを乗り越えているのか、達観しているのか。
そんなの関係ねーと思っているのか。
いろいろと不思議です。

jun24kawajun24kawa2008/01/31 06:57あべたかさんはもう応えをご存じです。
・公民館やゴミ処理場を訪れて、インタビューする子どもたちの姿はありません。
・「原爆を落として正解だった」とする考えがあるが、それに対しては肯定するか否定するかといった考えのぶつかり合いもありません。
・調べたことを新聞等にまとめることもしません。
とありますが、それが大事だったら、それを課題として求めればいいだけです。
あははは
逆に、上記の社会科の先生に違和感を感じます。
第一に、なぜ子どものつぶやきを聞こうとしないのか?とうことです。『学び合い』の授業をすれば、もの凄い会話がなされています。それを聞こうとしない。ただ、「○○をやったか否か」で判断される。私としては、そんなことより、まず子どもの脇に近づいて、子どもがなにをか語っているかを聞いて欲しい、と願います。
次に、何故、子どもたちが社会科を嫌いになっていくのか、それを失礼ながらご存じない。社会科の大好きな方の気になるところと、嫌いな人が何故嫌になるかというということには乖離があります。彼らが何を嫌と思っているのか、それを知るには、『学び合い』で子どもの会話を聞くしかないのですが・・・・。社会科大好きの先生方が気にしていることは、まず、社会科が嫌いじゃないという全体が成り立った後の話です。
 最後に、根本的な問題は、何のために学校教育があるかを考えていただきたいと思います。あべさんのご指摘の通り、「「漢字を一つでも多く覚えること」は大人になっていくためにはとても大切なことだと考える」ことを否定はしません。しかし、それではどれだけのことが必要なのでしょうか?社会科大好きの先生が「これも大事」ということをリストに挙げれば、おそらく学校教育の全てを費やしても教えきれないものになるはずです。そして、一般人にとっては「カルト」的としか思えないものをあげるでしょう。では、それらが何故、大人になるのに必要なのか、それを一般人に説明できるでしょうか?結局、「知っていることは多ければいい」というとてつもなくおおざっぱな答えしかないのではないでしょうか?それで良しとしていたとしたら、それは学校教育の意味を考える部分が甘いと感じます。

とんたんとんたん2008/01/31 13:02 もっと私は簡単に考えます。「学び合う」ということは子どもにイニシアティーブを渡すことだと考えます。教師はその環境と人との繋がりを整えたり、促進させたりすることが仕事だと考えます。ですから、課題の中で「先生インタビューしてきていいかな?」と子どもが聞けば、それが実現できるようにしてあげれば良いと考えます。「まとめについてもとてもいいインタビューができたけど、どんな風にまとめる?」って聞けば、きっと子どもなりに考えてよいまとめを書いてくるでしょう。
上記のようなことが言えないのは、今までそれが子どもが任されてこなかったからです。

jun24kawajun24kawa2008/01/31 13:47そうですね。
ただ、子どもに任せるのは方法であって、何をなすべきかという部分は、最後まで教師が担わなければならない部分だと思います。そこの切り分けをちゃんとしないと、「任せる」という言葉が一人歩きすると誤解が生じます。目標を任せたとしたら、それは学校教育ではなくなりますならネ。

とんたんとんたん2008/01/31 14:16なるほど。
目標まで子どもに任せると誤解されたらまずいですね。
あくまで方法です。だから単元の始まりにはここで何が分かるようになればよいかをしっかりと子どもと確かめるように私はしています。

 rion_fuji rion_fuji2008/01/31 14:58 目標はもちろんですが,方法を選択する際に何のためという目的が明確であることが大事かなと思います。方法をまかせて得られたことに対して「じゃあどうする?」という状態を作ってしまったら,はいまわる『学び合い』になってしまい,見た目だけ学び合いの様子を示しているとなりそうです。

jun24kawajun24kawa2008/01/31 15:02まったく、その通りです。
結果として、子どもたちの成果に表れます。
成果に表れないとして、それは、目標の設定が間違っていることを意味しますよね。

あべたかあべたか2008/01/31 20:17西川先生。

>『学び合い』の授業をすれば、もの凄い会話がなされています。

この「ものすごい会話」レベルの「学び合い」の授業をするには、並大抵のことではないように思います。
まぁ、わたしが「めあて」の設定や、動機付けが下手なだけなのでしょうけど。
ここが悩みます。
みなさん、ここでつまづくんじゃないかなぁ……。
わたしだけかなぁ……。

あべたかあべたか2008/01/31 20:23rion_fuji さん。
あっ、わたしにピタリの言葉を見つけました。
「はいまわる『学び合い』」です。
たぶん、わたしの授業は「これ」なのです。
だから、上位児の子どもたちは、なんか物足りなく、教師が一斉授業をしてくれたほうがよいと考えて、下位児は「やった!学び合いの授業は怠けることができる!」と思うのではないでしょうか。

ということで、rion_fujiさんのおっしゃる
「 目標はもちろんですが,方法を選択する際に何のためという目的が明確であることが大事かなと思います。」
というのはとてもとても腑に落ちるわけですが、これを実際授業場面で行う場合どうするのでしょうか?

わたしが想像するにこんな風になります。

1 課題を確認する。
2 その課題を解決するのにどうすればよいか方法を各自考える。
3 その方法を教師に報告にくる。
4 教師と方法について質疑応答を行い、教師が了解を出したならその方法を通して課題解決をするようにがんばる

……これでは、全然学び合いではありませんよね?
じゃあ、「目的」を達成させるための「方法」を子どもたちに考えさせる際、どのようにしてはい回らないようにするのでしょうか?
ここが知りたいです。

あべたかあべたか2008/01/31 20:31とんたんさん。

>今までそれが子どもが任されてこなかったからです。

もっともです。
だからどうするかとなります。
「子どもに任されてこなかった」
だからできない。だったらどうするか?
「任せたら」
「任せてもらえない」できたら、上記のようなものが言えないで終わるわけですよね。

それでなのですが、もし、揚げ足をとられていると思われたらすみませんが、

>課題の中で「先生インタビューしてきていいかな?」と子どもが聞けば、それが実現できるようにしてあげれば良いと考えます。「まとめについてもとてもいいインタビューができたけど、どんな風にまとめる?」って聞けば、きっと子どもなりに考えてよいまとめを書いてくるでしょう。

ということですが、子どもから「インタビュー」と出なかったらどうなのでしょうか?そのままさせないわけですか?また「インタビュー」と言った子どもには「インタビュー」をさせて言わなかった子にはさせなかったとして、「教え漏らし」ではありませんが「学び漏らし」が発生しませんか?

また、

>「まとめについてもとてもいいインタビューができたけど、どんな風にまとめる?」

と聞いたとき、今時の子どもであれば、
「え?まとめなければならないの?」
とか
「まっさかぁ。まとめないよ」
などと答える子がいるように思います。
この場合も子どもに任せる……でいいのでしょうか?

※すみません。
「学び合い」について、みなさん「すばらしい」「すばらしい」で話が固まっていますので、あえて一石を投じるつもりで(というよりも、わたし自身の疑問を解決したいというのが大きいですけど)みなさんがムッとされるようなことを書いています。

janglejapjanglejap2008/01/31 20:45私もはい回っています(笑)。私が「インタビュー」をさせたいのなら目標に入れるかな?と思います。
「インタビューしたい」と言った子どもが居て、コミュニケーションが十分あり、可視科がされていれば、その子以外の「インタビューをしたい子はできるような気がします・・。

関係ないんですが、あべたかさんのブログは拝見させていただいていております。それで大先輩のイメージがあったのですが、先日のブログで年齢がわかり、同じ位だ~~っとびっくりいたしました!!

jun24kawajun24kawa2008/01/31 21:10あべたかさんへ
いえいえ、あべたかさんのクラスだったら、それが話されていると思いますよ。あはははは
『学び合い』が成立していれば、かなり高い会話が成立しているはずです。もちろん、社会科を大事にされている先生方が満足するかどうか、それは私は分かりません。でも、指導要領という視点で言えば、勝っていると思います。このことは後でメモにアップしたいと思います。

とんたんとんたん2008/01/31 21:13私は学び合いで大切なのは「方法は任されている」という安心感とみんなで目標を高い次元で達成するということだと考えます。
だから目標を達成できるなら、何でもよいのではないでしょうか。これまでに任されてきた経験の無い子だったら、こんな方法やこんな方法もあるよと教えればよいだけのような気がします。知らない方法を自分で考えなさいと言っても無理だと思います。
そして、インタビューでない方法でアプローチしたい子がいたら無理に合わせさせる必要はないと思います。その子の思う最善の方法でやらせてみればよいのではないでしょうか。
>「え?まとめなければならないの?」
>とか
>「まっさかぁ。まとめないよ」

たぶん、「みんなで学ぶ」ということが染み渡ってればそういう言葉はでないかと…。
仮に出たとしても「じゃあ、どうやってみんなに広げる?」って話せばいいのではないでしょうか。

こんな返答でどうでしょ?

jun24kawajun24kawa2008/01/31 22:13とんたんさんへ
おそらく、それでは専門家は絶対に納得しないでしょうね。ちなみに、身近な人でそれを議論するとよく分かると思います。あははは

iku-nakaiku-naka2008/01/31 22:19あべたかさんへ
長野県の中学校で社会科を教えているiku-nakaと言います。よろしくお願いします(本当は、あべたかさんのブログにいうことなのでしょうけれど・・・)。
私は、あべたかさんのコメントに関していくつか質問があります。

「上位児の子どもたちは、なんか物足りなく、教師が一斉授業をしてくれたほうがよいと考えて、下位児は「やった!学び合いの授業は怠けることができる!」と思うのではないでしょうか。

についてですが、あべかたさんがそう感じている根拠は何なのでしょうか?。生徒が実際にそう言っているのですか?。また、あべかたさんがそう感じているからですか?。

次に、今時の子どもであれば、「え?まとめなければならないの?」とか「まっさかぁ。まとめないよ」などと答える子がいるように思います。

についてですが、やはりこれもあべかたさんの予想ですか。また、実際に生徒がそういう発言があったのでしょうか?。

最後の質問です。あべかたさんは児童・生徒にどのようになって欲しいと思っているのでしょうか?。また『学び合い』についてどう思われているのでしょうか?。

また「インタビュー」と言った子どもには「インタビュー」をさせて言わなかった子にはさせなかったとして、「教え漏らし」ではありませんが「学び漏らし」が発生しませんか?。

の部分からも感じますが、「一斉学習」のほうが『学び合い』よりも「学び漏らし」が少ないとは思いません。また、もし上のような発言を児童・生徒がしたとすれば、それは『学び合い』をやろうが「一斉学習」をやろうが児童・生徒の。「社会は嫌いである」という姿勢は同じだと思いますで。児童・生徒が前向きに学ぼうと思わないのに、私たちがいくら練っても「やらされている授業」という結果は同だと思います。

rion_fujirion_fuji2008/01/31 22:19 >あべたかさん
 あべたかさんがしめされた1~4では初期の『学び合い』にとどまると予想されます。へんな言い方になりますが,子どもを信じ,高い課題に対して様々な方法を駆使して学び合い結果を出すことを求めたことになっていないと考えるからです。
 >janglejapさん
 インタビューは方法なので私は目標に入れないと思います。インタビューによる情報が必要となる結果を示さざるを得ない目標を設定します。
 >とんたんさん
 確かにそのとおりだと思います。しかし,「みんなで学ぶ」の定着ではなく,結果として説明したり,考えた証拠としてノートに残すことが授業の目標として定着していれば,当然のこととしてまとめると思います。なぜならその目的と自分にとっての意味を理解しているから。
 私の結論としては方法に関する発問はあまりしなくてもいいのではないかと思います。それは,子どもたちを評価をして行動へフィードバックしてあげさえすれば,しかるべき方法を選択するはずです。どうしても必要な方法ならその効果と意味をあわせて教えてあげてもいいかもしれませんが・・・。

 最後におそらく(いや確実に)みなさん私よりかなり先輩です。しかし,このブログ上では,年齢・経験を超えて意見を言い合えることが最大のメリットだと思いますので,本音で書かせていただきました。

とんたんとんたん2008/01/31 23:06これぞ可視化ですね。いろいろ意見が聞けておもしろいです。
専門と言えば私は理科です。
全国から多くの方が授業を観にこられたこともあります。
「子どもの予想や考えを基にして」こうした言葉で多くの授業で課題設定がなされます。私もよく指導案に書きました。
しかし、実際には巧みに子どもを誘導して、その課題へと導いていたような気がします 最近観たベテランの先生の理科の授業もそうでした。
研究校から離れて初めて、子どもにゆったりと任せながら授業ができるようになった気がします。
そうすると子どもがよく見えるようになるので、そうした子どもを積極的に評価してあげることで、子どもは益々頑張っちゃうって感じがします。有能感の高い子たちには、それほど方向付けなくてもかなり高いレベルで目標に向かうようです。
理屈で説明できなくてすみません。

あべたかあべたか2008/02/01 04:40とんたんさん。

>知らない方法を自分で考えなさいと言っても無理だと思います。

そうですそうです。
これぞ「学び合い」否定派の一つの理由にもなるかと思います。
つまり「知らない方法」は自分では気づかない。
だから教える側で最善の方法を教えてあげる。
限られた時間で授業を行うわけだから、その方が効率的だし、学校に行ったからこそ身に付けられることを身に付けてくる貴重な時間となる。
ということです。

>仮に出たとしても「じゃあ、どうやってみんなに広げる?」って話せばいいのではないでしょうか。

うーん、場面はちょっと変わりますが。
授業が始まると、必ずPC室に行く子がいます。
2,3人で。
その中の一人に尋ねてみました。
「きみたちのやり方で、学級全員が90点以上取れると思う?」
「はい」
間髪言わずに答えてくれました。

これは、
・学び合う意識が低い
という一言で片付けられるかもしれません。
でも、それで終わってしまっては「学び合い」に?を持っている方々を納得させる言葉にはなりません。

たぶん、西川先生の言葉を予想するに、
「これは、その子の問題ではなく学級全体の問題である。その子ではなく学級全体に働きかけるべき」
とおっしゃるかと思います。西川先生の言われる「説教」ですね。
わたしなりに(まだまだ不十分と言われるかもしれませんが)授業開始5分位をメドに「全員が賢くなる」「全員で賢くなる」ことの大切さ、そして、現状では不十分であることを語っています。
が、
「じゃ、今日の学習を始めてください」
といったとたん、結局は子どもたちは前日とほぼ同じ動きになります。
ここから、どうするか?
そこが混沌としているわけです。
結局、PC室に行く子たちは変わりません。

あべたかあべたか2008/02/01 05:06iku-naka さん。
今後ともよろしくお願いします。
質問ありがとうございます。
少しでも深められたらと思います。


>>「上位児の子どもたちは、なんか物足りなく、教師が一斉授業をしてくれたほうがよいと考えて、下位児は「やった!学び合いの授業は怠けることができる!」と思うのではないでしょうか。

>についてですが、あべかたさんがそう感じている根拠は何なのでしょうか?。生徒が実際にそう言っているのですか?。また、あべかたさんがそう感じているからですか?。

これは、子どもの声とわたしの観察からです。
まず、単元を終えるごとに子どもたちに単元を通しての自己評価アンケートをとっています。いわゆるよくできる子に「ぜひ先生の一斉授業を期待する。友達同士の学習では自己満足で終わる場合が多いし、新しいことを見つけ出すことも少ない。知らないことを知ってそれについて話し合うということもなかなかできないので一斉授業の方がよい」という感じのことを書く子がいます。数名ですが。

観察としましては、どうしても脱力していると感じる子どもたちがいます。
授業参観などで解放したら、親さんたちが怒るのではないかと思いますね。
わたしは今のところ、子どもたちに任せるという形で静観していることが多いですが。
ただし、放任と放任ではないとの違いは何か?
こういうとき考えます。悩みます。
ここで、「おまえたちちゃんとやれ!」と一括することは可能です。
が、それでは「学び合い」が終わってしまいますよね……(苦笑)

>>次に、今時の子どもであれば、「え?まとめなければならないの?」とか「まっさかぁ。まとめないよ」などと答える子がいるように思います。

>についてですが、やはりこれもあべかたさんの予想ですか。また、実際に生徒がそういう発言があったのでしょうか?。

日常会話で、今時の子どもたちであればしょっちゅうではありませんか?
特に中学生であれば、そういうこと言わないのでしょうか?
言わないのだとしたら、目の前の子どもたちがとても高尚な考えを持っている子どもたちであるか、それとも、先生の前では猫をかぶっているかのどちらかのように思うのですがいかがでしょうか?

西川先生は、よく教室を職員室にたとえるとわかりやすいとおっしゃいます。
先生方でも「えー、そんなことやらなければならないの?」という声は頻繁にあがりますよね?
モチベーション、やる気難しいと思います。

>最後の質問です。あべかたさんは児童・生徒にどのようになって欲しいと思っているのでしょうか?。また『学び合い』についてどう思われているのでしょうか?。

昨年3月の文章になりますが、どうして「学び合い」に魅力を感じるのかと言うこととを自分のブログで書いています。それを読んでいただけますと幸いです。

■070305 「学び合い」に取り組むきっかけ
http://blog.abetaka.jp/?eid=610204

>それは『学び合い』をやろうが「一斉学習」をやろうが児童・生徒の。「社会は嫌いである」という姿勢は同じだと思いますで。児童・生徒が前向きに学ぼうと思わないのに、私たちがいくら練っても「やらされている授業」という結果は同だと思います。

そうですそうです。
そういうことを書いてしまうと、だから「一斉学習をしましょう」と論法に持って行かれます。
つまり、義務教育では最低限のことを保障しなければならない。それが子どもたちがやりたいことであってもなくても。学校を卒業すると、それこそ、日常生活では好きなことだけ、仕事の上ではやらなければならないことだけしかしなくなるわけだから、義務教育の中ではぜひにでも、たとえ、いやがってもやらせてあげるのが、子どものためという論法になりませんか?

以前、JRC(日本赤十字)の全国合宿に参加したことがあります。
そこで、自由に討議をする場で、高校の先生がおっしゃっていました。
ボランティアは自発的にするものだから、ボランティアをしなさいと命令してやるものではないという考えがある、が、わたしは反対だ。
高校生を見ていると、小学校の時に無理矢理にでもボランティア体験をしてきた子どもたちが結局は自発的に動く。高校でも老人福祉施設などにでかけるが、小学校などで何もしてこなかった子たちは、何もさせられないできた子たちは、何もできない。やろうとしない。
小学校の先生。ぜひにでも、ボランティアを無理にでもいいからやらせてきてください。

JRCの合宿はすでに4年前の話ですが、ボランティアは自発的にやるものであってやらせるものではないと考える私にとって(今でもその立場ですが)、ずっと頭に残っている言葉です。

あべたかあべたか2008/02/01 05:12rion_fujiさん。

> あべたかさんがしめされた1~4では初期の『学び合い』にとどまると予想されます。

そうですね。わざとこうした書き方をしたのですが、学び合いにもなっていないように思います。じゃあどうするかということです。

>へんな言い方になりますが,子どもを信じ,高い課題に対して様々な方法を駆使して学び合い結果を出すことを求めたことになっていないと考えるからです。

揚げ足をとりますが、ここです。
確かに「変な言い方」だと思うのです。
西川先生は、「学び合い」をするときは子どもがそこにきちんと向かうことができるように(TOSS流に言えば)○×つきやすいように、設定しろと言いますよね。
「きれいな歌声」などという抽象的なめあてでは×かと思います。
そこでですが、
「高い課題」というのがわたしにとっては抽象的でわかりません。「高い課題」と「低い課題」の違いです。
「様々な方法」というのは例えば何でしょう?「学び合い」の授業ではあまり「方法」を駆使するイメージは私にはありません。バリバリ方法を駆使してきた人にとって、または、システムの中で授業を展開させてきた人にとって、この部分が「学び合い」を遠巻きに見ている原因のようにも思えます。
いかがでしょうか?

あべたかあべたか2008/02/01 05:17とんたんさん。

>そうした子どもを積極的に評価してあげることで、子どもは益々頑張っちゃうって感じがします。

これは、個人的にほめてあげるのでしょうか?
全体の前でほめるのでしょうか?
「学び合い」としては個人を取り出してうんぬんすることはしないというのが原則のようですから……?

>有能感の高い子たちには、それほど方向付けなくてもかなり高いレベルで目標に向かうようです。

この場合の目標は、本時のめあてのことですか?
学級全員が高まるということですか?
それとも他のことでしょうか?

あべたかあべたか2008/02/01 05:24iku-nakaさん。

中学校の社会科の教員で、かつ、「学び合い」を実践されているということでたいへん興味をもちました。

中学校の社会科というと、受験社会科というイメージで、つまらない教師の話中心に50分が過ぎるというイメージしかないわたしですが、
中学校社会科で「学び合い」をするとした場合、教科書資料集等をもとに、
「次の単元テストで、全員が90点取れるように学び合いなさい」
だけで終わってしまうように思います。
これでいいじゃないかとおっしゃる先生もいると思いますが、
これでは、教科書等に書いてある社会科用語を覚えたり、それらの意味を調べるだけで終わってしまうことがありませんか?

いわゆる、
・社会的思考力
・PISAで言われている読解力
をつけるようなことを「学び合い」社会科ではどのように行っているのでしょうか?教えていただけますと幸いです。

あべたかあべたか2008/02/01 05:39ちょっとこの文脈から離れるかもしれませんが、少し爆弾的な発言を。

西川先生の言葉をわたしの都合のよいように解釈し展開しますが、
「西川先生はできる人にはできない人の気持ちがわからない」
とおっしゃいます。その通りと思います。それを使いますが
ここにいらっしゃるみなさんの多くは「学び合う」ことが得意であり、上手であり、魅力的だと思っていらっしゃるわけで、「学び合う」ことを嫌がっている、避けたがっている子ども(研究者や授業者のことではありませんよ)の気持ちがわからないのではないかと思いますがいかがでしょうか?

比較的上位児に一斉授業を求める子が多いことを書きました。
これ、わたしにはなんとなくわかります。

話をたとえ話で進めます。
パソコンが高機能化し「マルチメディア」という言葉が流行したとき「インタラクティブ(双方向性)」という言葉ももてはやされました。インターネットはその代表でした。

この双方向性を使って思う存分入力、出力を楽しんでいる人もいれば、テレビという受信機器の代表から離れられない人も数多いです。
考えるに、インタラクティブってエネルギーをたくさん必要とします。面倒です。わずらわしいです。
しかし、受信はそこにいるだけでいいわけですから、とてもらくです。そして、新しく知識を得ることができます。
手っ取り早く、効率よく、知識を吸収できるわけです。

上位児で、自分中心的な人間にとって、「学び合い」なんておっくうで面倒なものと思います。

それをどのようにして、「学び合い」の世界に引き込むか。
これが大切なのではないでしょうか?

結局は、教師の説話(という道徳的な手法)しかないのでしょうか?

あべたかあべたか2008/02/01 05:39ちょっとこの文脈から離れるかもしれませんが、少し爆弾的な発言を。

西川先生の言葉をわたしの都合のよいように解釈し展開しますが、
「西川先生はできる人にはできない人の気持ちがわからない」
とおっしゃいます。その通りと思います。それを使いますが
ここにいらっしゃるみなさんの多くは「学び合う」ことが得意であり、上手であり、魅力的だと思っていらっしゃるわけで、「学び合う」ことを嫌がっている、避けたがっている子ども(研究者や授業者のことではありませんよ)の気持ちがわからないのではないかと思いますがいかがでしょうか?

比較的上位児に一斉授業を求める子が多いことを書きました。
これ、わたしにはなんとなくわかります。

話をたとえ話で進めます。
パソコンが高機能化し「マルチメディア」という言葉が流行したとき「インタラクティブ(双方向性)」という言葉ももてはやされました。インターネットはその代表でした。

この双方向性を使って思う存分入力、出力を楽しんでいる人もいれば、テレビという受信機器の代表から離れられない人も数多いです。
考えるに、インタラクティブってエネルギーをたくさん必要とします。面倒です。わずらわしいです。
しかし、受信はそこにいるだけでいいわけですから、とてもらくです。そして、新しく知識を得ることができます。
手っ取り早く、効率よく、知識を吸収できるわけです。

上位児で、自分中心的な人間にとって、「学び合い」なんておっくうで面倒なものと思います。

それをどのようにして、「学び合い」の世界に引き込むか。
これが大切なのではないでしょうか?

結局は、教師の説話(という道徳的な手法)しかないのでしょうか?

 rion_fuji rion_fuji2008/02/01 08:16 >あべたかさん
 あべたかさんの書かれたコメント考えさせられました。わかっている人は教えられないのかもしれませんね~。
 でも,基本は「目標」「評価」「環境の整備」であり,よけいなことをせずいかにその3つを工夫していくかだと思います。目標の設定については,ドリル的なことや知識を問うようなものは低い目標だと思います。思考力やみんながわかるようなアウトプットを求めることが高めの目標になるのでは?上位の子は,分かっている子に通じるようなアウトプットをしがちです。みんながわかるようなアウトプットをすることが価値があることは共通理解できると思うんですが・・・。

とんたんとんたん2008/02/01 10:08私も学校全体で学び合いに取り組もうとしているので、あべたかさんのような見方はとても考えさせられます。

>これは、個人的にほめてあげるのでしょうか?
>全体の前でほめるのでしょうか?
みんなの前で褒めます。ただ特定の子だけ褒めていくとクラスは荒れていくと思います。
>この場合の目標は、本時のめあてのことですか?
本時のめあてです。または単元の目標でもあります。

うちのクラスのモデルというと、自分が上位だと思っている子はたぶんいないと思います。なぜなら、中位や下位の子からも情報を受けて自分の考えを確かめたり、広げたりしているからです。子どもに主導権を渡していくと、普段上位の子にも考えつかないような見方や考え方を出してきます。
「これがみんな一人一人が持っている力なんだね」と言えば、上位の子ほど、周りの人と関わることを大事にするようになると思います。
どの教科でも専門的で高度な学習とは、専門的な高度な内容を学習することではなく、一人一人の持つ力を引き上げていく学習なのではないでしょうか。そのためには、我がクラスでは学び合うことが最善だと思っています。

あべたかあべたか2008/02/02 05:26とんたんさん。
わたしが「上位児」と書いているのはテスト等の結果からみた私の目です。本人たちはじお分が上位児かどうかなどは意識しないで生活しているものと思われます。

わたしが学び合いを進める中で、ちょっと???と思っているタイプが2つあってそれが、上位児にあたる子であり、下位児であるということです。また、これも前に書いていますが、学び合いをしている子どもたちの9割は学び合いに賛成しています。

時々、(学び合いに限ったことではありませんが)学び合いを子どもたちは100%支持しているということを聞きますが、わたしはへそ曲がりなのでこういう言葉はあまり信用しません。だって、民主主義の考え方であるじゃないですか。全員一致は不採用って。100%というのは何かどこかの圧力などがかかっているのではないかとかんぐってしまいます。

で、ちょっと気になるのが「上位の子ほど、周りの人とかかわることを大事にするようになる」というのはちょっと?です。
とんたんさんの文章を読みますと「上位の子=かかわれる子」という感じに読み取れます。
そうかなぁと思います。確かに今でもなぜか学校は成績が良い子=学級のリーダーという構図になります。勉強ができる子が学級委員的な役割につきます。が、オウムの事件が起きてからというものの「できる子」と「人間としてより良い子」には創刊関係がないことがわかったように思います。
むしろ、小泉政府の政策が顕著ですが、個人主義を明確に打ち出され、できる子はどんどん前へ、できない子はそのままでという幹事になっているように思います。そして、できる子は家庭で手をかけられていることが多いわけで、その手のかけられ方が競争原理で育てられてきます。勝ち負けの論理です。自分ができればそれでよいという感覚になっていないでしょうか?

*ととと……。自分でも書いていて、どんどん話がずれていくようなので、このあたりでそろそろ終わりにしようと思います。お騒がせしてスミマセンでした。

あべたかあべたか2008/02/02 05:27rion_fujiさんは目標設定に関し、高い目標と低い目標の例を書かれています。
低い目標→ドリル的なもの、知識を問うもの
高い目標→思考力、アウトプットを求めるもの
とおっしゃいます。
「学び合い」のしやすさを考えると、低い目標の方がやりやすいですよね。
たとえば、「1週間で学級全員が都道府県名を覚えよう」というほうが子どもたちには達成のイメージがつくので学びやすいと思います。しかし、西川先生はいいます。うまく学び合いが機能しない場合は、目標設定が(特に上位児にとって)低いからだと。高い目標設定にすると抽象的になりませんか?すると子どもたちはどういう状態が目当てを達成した状態かがわからなくなり、学びあうも何もどうしていいのか分からなくなりそうな気がします。
どうでしょうか。

とんたんとんたん2008/02/02 13:57私は上位の子どもには、教えなさいとは一言もいいません。あまり「みんなのために」という気負いも持たせません。上位であろう子どもを観察していると、上位の子ども同士でまず解き始めたり、活動したりしてます。中位の子がそこに合流しながら、一緒に考えたり、ヒントをもらったりしているようです。それが逆になることも学び合いではあります。

昨日、子どもたちにこんな事を聞いてコメント(アドバイス?)を書いてもらいました。

1.学び合いでは全員がちゃんと勉強できないんじゃないと心配し  ている先生がいる。それに対してどうアドバイスすればよいか
2.学び合いだとみんなに任せてるためにもっと大事なことや深い  勉強ができないまま終わってしまわないか心配な先生がいる。

全部をアップするスペースはないので、子どもの大方の意見をまとめますと、
A1 わたしたちを信じて任せて欲しい
  どのように勉強をしているか分かってもらえば簡単
  私も最初はよいと思っていなかったが、今は大事だと考えてい  る。
A2 先生は私たちの力を知ってない。
  学び合うことで分かることがこれだけあるんだから勉強は深い  一斉授業と比べてみれば、分かる。

こんな感じです。子どもの声は説得力があります。さっそく、プリントにまとめて全先生方に配布しました。

jun24kawajun24kawa2008/02/02 22:53あははははは
とんたんさんへ
あなたは『学び合い』をなんたるかをご存じだ。
あはははは

 rion_fuji rion_fuji2008/02/03 00:14 >あべたかさん
 目標の件ですが,私の前の子どもたちは逆です。ゴールが見えすぎていると子どもが教師が求めることがこんなに低いのかと見抜き,学び合うことをやめて他の人に関わることが少なくなってしまいます。オープンエンドに近い目標の場合,ものすごい学びをし,しかも教師の予想以上のことを導き出します。だから総合のほうがすごい学び合いを展開しましたよ。
 余談になるかもしれませんが,「テストで~点をとりなさい」は本来の目標ではなく,学び合って理解した結果を示す指標としての目標だと思います。
西川先生すみません掲示板状態を続行してしまいました。

jun24kawajun24kawa2008/02/03 05:59補足ですが、オープンエンドの場合は、それがいいか悪いかの評価が子どもができるような課題でないとだめですよね。課題で大事なのは子どもがわかることですから。あと、『学び合い』の初期段階においては、ゴールが見えすぎてもいいかもしれません。彼らのネットワークの力はそれほどでもないですから。ただし、「大人になる」というとてつもないオープンエンドの課題はその段階からも必要ですよね。

あべたかあべたか2008/02/03 07:05西川先生、みなさん。
ごめんなさい。本当に本当に、この部分に書き込むのは最後にします。最後に1度だけお許しください。

昨日、ある研修会に参加して、自分が「学び合い」を推進しようと思いつつも、それができない「自分なり」の理由がはっきりしました。それを自分のブログに書き殴っております。
もし、興味がある方はお読みください。
「学び合い」を進めようとしている方々が読むと、お怒りになるかもしれませんので、読まない方がいいかもしれませんが。

■わかった「学び合い」の疑問の出発点、その根源的なもの、そして、わたしが学び合いを推進する資質がないこと
http://blog.abetaka.jp/?eid=732943

とんたんとんたん2008/02/03 11:10あべたかさんへ
ブログ読みました。何となく理解できました。
子どもが学び合いを指示するのは、安心感と達成感と満足感と有能感です。
それは、先生の一言によってもたらされます。
研修会で発言しないのは、安心できない距離感、話しても満たされないという感覚、話しても何も変わらないという見通し感、そして自分は力のない人間だという思いでしょうか。
その思いが分かるからそこ、子どもたちにどのように声をかけていけば良いかが分かる教師になれるのではないでしょうか?
ゆっくり「学び合い」を進めてみてはいかがでしょうか?

08/01/29(火)

[]志の重層関係 22:52 志の重層関係 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 志の重層関係 - 西川純のメモ 志の重層関係 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ちょっと難しい、哲学的な表現です。すんません。

 我々は、基本的にはエゴイストです。でも、家族という自分以外の人の幸せを本気で願うと自分が幸せになることを知っています。

 でも、それより抽象度が高くなると理解するのが難しくなります。我々は「成績が上がり、人間関係が改善し、特別支援が楽になる」と主張しています。多くの人にとっては、誇大広告に過ぎると思うでしょう。そう思うのは当然です。でも、私には驚きなのは、それが誇大広告ではないと分かっても、それにシフトしない人がいるからです。でも、しょうがありません。狭い、狭いエゴの立場に立てば、赤の他人の子どもの成績が上がること、人間関係が改善すること、障害が楽になることは、どうでも良いんです。ようは、自分のクラス、授業で文句を言われるずに終わり、あまり遅くならずに自宅に帰れれば良いんです。残念ながら、それが現実なのかもしれません。

 でも、本当のエゴを実現するためには、より高い望みを実現しなければなりません。家族と自分の関係と同様に、子どもたち一人一人、そして全員の幸せは、自分の幸せにつながります。そして、自分のクラスが幸せになり、自分が幸せになった後は、その後があるのです。それは、自分の学校、自分の地域が幸せになることが、自分の幸せになるのです。自分が正しいと思っていること、自分が幸せに思っていること、それを広げる努力をしないのは、狭いエゴなんです。でも、愚かな私には、その力はありません。私が伝えられるのは、数少ない同志ぐらいです。とほほ

 同志に求めます。自分の知っていることを、自分が知っていることでよしとしていないでしょうか?そして、この1年、それを広げ、同志を求める努力をしているでしょうか?もちろん、手強い相手を説得せよ、とは申しません。でも、説得できる人はいるはずです。では、何人、説得できたでしょうか?しょうがない、と諦めているのは狭いエゴです。伝えることによって高まる、これは子どもの『学び合い』だけではありません。そして、それによって、多くを得るということも子どもの『学び合い』だけではありません。

 ちなみに、下の「Q&A」の同志のメールの最後に以下がありました。その伝えた人によって、自分が高まっていることを、その同志は知っています。

『うれしいことがあります。本校の○年生の担任の先生は若い先生です。私が昨年持った子どもたちを今年度もってくださっています。私の学級を引き継いでもらったこともあり,よく子どもや授業の話もします。その先生も私の情報をもとに「学び合い」に取り組んでいるのですが,その学級の成績がどんどん上がっているみたいです。「え,あの算数の苦手な○○ちゃんが90点!?」「○○君が100点?」という感じ。さらに驚きなのは,算数の苦手な○○ちゃんにその先生が「すごいねえ~,がんばったねえ~」と言ったら○○ちゃんは「みんなが90点取らなきゃ意味ないじゃないですか,先生いつもいってるでしょ。」と答えたそうです。ヒエ~。そのことをまたうれしそうに話してくれるその先生にもまた脱帽です。その先生も一緒に高崎におじゃまするつもりです。よろしくお願いします。』

[]海外からの子ども 22:52 海外からの子ども - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 海外からの子ども - 西川純のメモ 海外からの子ども - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もし、あなたが以下のような状況だったら、どうされます?

『私の学級には海外から来た子どもがいます。来た当初は日本語は全く分からずコミュニケーションがとれない状態でした。1学期は泣いたり大声を出したりすること,そうじロッカーやトイレに隠れることも多くありました。遠い外国から来て,言葉も分からない世界に突然やってきたのですから,当然精神的に不安定になるのは仕方がありません。幸い優しい子どもたちなので,彼とトラブルがあってもうまく子どもたちの中で相談して解決していました。1学期はまだ私も『学び合い』はとってはいなかったのですが,彼には彼のペースがあるし,まずもって学級の中にいて他の友達と交わることで日本人とのコミュニケーションの力もついていくと考えました。日本語を教える,よりもただ子どもの中にいたほうがいいと思っていました。(実際そうだと思います。)なので授業中は他の子どもが学習しているなかで,興味のあるものは自分も加わり,ないときは自分の参加したい時だけ参加する,という感じでした。でも不思議と教室から出て行ってしまうことはありませんでした。

2学期になり,日本語もずいぶん覚えてきて,私や友達の言うことの大意は理解できるとようになり,2学期後半には片言ながら自分の意志も日本語で伝えられるようになってきました。

またまた前置きが長いのですが,その子にも『学び合い』は成立するのでしょうか。私の結論では成立する,となりますが。それは分かっているのです。私が個別指導をしたところでどうにもならないのですから。ただ,日本語で十分コミュニケーションがとれない子ども(日本語で書かれた文字を読めず書けない)に対して,学級に「みんな」をどれほど要求してよいものやら…。』

 ちなみに、この方は私の「応え」を分かっています。ただ、それをハッキリと私に指摘されることを求めています。そこで、私は「学び合いの手引き書」の該当ページを指摘しました。結局、基本方針を示した後、どう語るかは、その方しか分からないことです。でも、その方なら、必ず語るべきことは分かります。いや、それが「すべって」も、分かる子がいます。その分かる子が実現します。

[]校長来る 16:51 校長来る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長来る - 西川純のメモ 校長来る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、上越に『学び合い』のライブを見に校長が来ました。いつも通りの『学び合い』です。見終わった校長の感想は、実に典型的な反応です。それは、「子どもたちが自然ですね」という反応です。『学び合い』を本などで読むと、何か魔法の何かがあると感じます。そうでなければ、「2週間以内に、成績が上がり、人間関係が改善し、特別支援が楽になる」という、とてつもない効果はありえないと思うのが普通の考えです。しかし、ライブを見れば、それが、ごくごく自然であることが分かります。

 でも、同時に「これを、どのように職員に伝えたら・・」とおっしゃっていました。これまた典型的です。そこで、「私を呼ぶお金があったら、管下の職員をライブ参観させて下さい。百の言葉より、ライブが一番です。できれば二人以上で派遣するといいです。何故なら、帰りの車中で自分が見たものを語り合うことによって理解し合えます。そして、帰ってから他の職員に語るとき複数だと心強い。上越までおいでにならなくても、最寄りの実践者のところを紹介します」と申しました。

 教育センター、教育研修団体、県市町村教育委員会の主催するような多人数の研修の場合は、派遣して下さい、とも言えません。でも、学校単位の研修会だったら、私を呼ぶより、その予算で、こちらに来て頂いた方が、数段効果があると思います。

追伸 今回は、上記の提案をして校長がライブ参観です。でも、上記のような提案をして、「いや、時間がなくって」と断るようなところだったら、とてつもなく失礼ですよね。だって、私だって時間がありません。その私を呼んで、自分は忙しいというのは・・・。まあ、その失礼を乗り越えるだけの講演料を頂けるのであれば、いいですけど。あはははは。

 なお、ライブにまで来ていただいた、その校長の学校に3月におじゃまします。がんばるぞ~

katunori-skatunori-s2008/01/29 22:38「どう語るかは、その方しか分からないこと」なんですね。
先生は、わたしたちにめあてを示し、結果を求め、そして方法はゆだねてくださるのですね。きつそうですが「理想の上司」です。

rion_fujirion_fuji2008/01/29 23:01 私が担当するあるクラスには,まったく耳が聞こえない子がいますが,周りの子と十分学び合っています。ただ「みんな」を求め,本気で求めていることをアピールする場面を2回ほど設定しました。あと少しだけ配慮しています(目標を共有する場面で他の子が対象児に伝えているときは間を取ります)

jun24kawajun24kawa2008/01/30 07:00ありがとう同志
我に百万のみかたあり!

iku-nakaiku-naka2008/01/30 09:01私の「志」は、まだまだ「狭いエゴ」だと痛感しました。教師の「業」のハードルは高いですが、「粘り腰」で頑張りたいと思います。私はみんなが「みんなの幸せ」を願っていると信じています。

jun24kawajun24kawa2008/01/30 12:25期待しています。

08/01/28(月)

[]判別法 22:47 判別法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 判別法 - 西川純のメモ 判別法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は出張が大嫌いです。毎日、毎日、家族と食事をして、息子を風呂に入れ、添い寝をしたい。でも、日本全国に講演に行きます。それは、一人でも分かってもらえれば、その人が教える数百の子どもに安心できる時間を与えられる、そして複数の教師に伝えてくれる、と願うからです。

 最近、ある同志からメールをいただきました。私が講演に行った遠方の学校で公開があり、そこに参観したそうです。同志のメールには『パンフのなかに西川先生の名前をみつけ、どう生かされているのか楽しみに授業を参観したのですが、従来の型どおりの学び合いだったので、やっぱり教師の「常識」の壁は高いとと思いました。』とありました。虚脱します。おそらく、その学校の先生の何人かは分かっていただけたと信じたい。でも、少なくとも教師集団の常識はなかなか手強い・・・・。

いろいろの判別法がありますが、もっとも簡単な判別法があります。教師の「仕切る」時間が15分以上であったとしたら、それは『学び合い』と縁もゆかりもないものです。逆に言えば、学級崩壊のように子どもたちが自由にたち歩き、相談出来る時間が30分以下であれば、それは『学び合い』とは縁もゆかりもないものです。もちろん、教師の「仕切る」時間が15分以下であれば、即、『学び合い』とは言えません。そこから先は、子ども集団の形成・消失の姿、教師の言動、子どもたちの会話の質・・等で判断しなければなりません。しかし、教師の「仕切る」時間が15分以上もあるということは、教師は子どもを有能とは見ていない何よりの証拠であり、論外です。

追伸 ちなみに『学び合い』では、教師が仕切る時間が、3分、いや1分、いやいや0分ということは、ごくごく普通に行われています。だから15分も演説したり、板書しているとしたら、「長い」としか思えません。

[]ホッ 21:45 ホッ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ホッ - 西川純のメモ ホッ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子が熱を出しました。心配しながら大学に出勤。帰ってみると、元気そうです。私もそうでしたが、熱を出したときは、とにかく甘やかされます。テレビを見ながら食事を食べられる。食後にはアイスクリームも食べられる。テレビゲームはやり放題・・・・。でも、何よりもホッとします。

追伸 kuさんへ。ちょっと早めに頂いたバレンタインチョコは、息子がばくばく食べました。感謝です。

KuKu2008/01/28 23:10喜んでいただき、うれしいです。息子さん、元気になってよかったですね。ちょっと大人味のチョコでしたが、息子さん、さすがです!

rion_fujirion_fuji2008/01/29 00:29 『学び合い』を広める上で西川先生の名前を出すことが有効な場合もありますが,私は,あえて出さずに私なりに表現した『学び合い』での子どもの姿で見てもらい,聞かれたときはベースは西川先生ですと述べるようにしています。スミマセン。
様々な誤解を防ぐ上でも有効だと思ったのでこのようにしています。

jun24kawajun24kawa2008/01/29 07:31Kuさんへ
あの高級チョを、息子は味わいもせずバクバクと食べました。すんません。でも、その様子を見て夫婦で大笑い。感謝です。
rionさんへ
政治の方面はお任せします。結果を出してね。期待しています。

08/01/27(日)

[]酔った勢い 22:05 酔った勢い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 酔った勢い - 西川純のメモ 酔った勢い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々な人から、一斉指導の重要さを聞かされることがあります。それをずっと聞いていると、あることが頭を渦巻きます。言わないようにしています。でも、それを長々と聞かされたとき、そして酒を飲んで自制心が衰えると、言いたくなります。本日は晩酌が過ぎたようです。

 「教材、教材研究って言うが、どれほど教材研究しているんだ。自分の市、まあ、自分の県レベルでどれほどの教材が開発され実践されていることは知っているだろう。でも、日本国中にどれほどの教材が開発されていると思っているんだ!いや、日本に学校制度が導入されてから百数十年、どれほどの教師が教材開発していると思っているんだ!学制発布当時に、どれほどすばらしい教材が開発されていると思っている。また、世界中には、ものすごい教師がどれほどいると思っているんだ。もちろん、おれだって、それの全てを知っている訳じゃない。でも、どういうキーワードで検索すべきか、どこの図書館の中に埋もれているか、どこの古本屋に行けばいいかぐらいは知っている。これが分かるためには、日本や世界の教育史の概論、そして、様々な図書館・様々な古本屋で本棚の背表紙をどれだけ眺めたかが勝負なんだ。

 指導法だって同じだ。どっかの一つのサークルでどれほどの指導法が開発されていたって、その数百倍、数千倍、数万倍のまじめな教師がいるんだぞ。最新の指導法だって、そんなの百年前からやっている人はやっている。せいぜい、ネーミングの違いぐらいだぞ。

 なによりも子どもは怖いぞ~。腹で何考えているか分かるわけ無い!ニコニコしていたって、一人一人はもの凄い業を抱えている。それが数十人集まってゴチャゴチャしているだから、訳分かるわけ無い。百点取っているからって、ハッピーとは限らないんだ。特に怖いのは、目立たない子だぞ。成績もそこそこ・教師のやることに文句を言わない、そんな子こそ、腹にためているんだ!文句を言っている子の方が、腹にためていない。なんで注目児童の言動をも分析して、そのクラスの姿が見えると思っているんだ!

 話術だって、どれほど、それに力を費やしているんだ。落語・漫才をアハハハハと笑っているだけじゃなく、それを話者の立場で分析したことがどれほどあるんだ!いや、自分の声が、教室の隅にどれほど聞こえるか、それを意識したことがあるか?自分の感情をそのまま表情に出して、それで教師だと思っているのか!それを一つでも手を抜けば、何が起こるか分からない修羅場を経験しているのか?そして、その全てを十全にやったとしても、抜けが大きいことを知っているのか!

 私は全国の様々なところで講演します。教材は練りに練ります。そして、マイク無しで大きな会場で語ります。そして、時間ぴったりに終わらせます。そして、思います。そんなことくだらない。本当の教育は、もっと先にある。それは、教材研究、指導法、話術、そんなものの延長上にはあるわけ無い!そんなことの有効性と限界は百も承知、二百も合点、と。」

 あ、なんて攻撃的な言動なんだろう・・・・

[]20万アクセス 15:39 20万アクセス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 20万アクセス - 西川純のメモ 20万アクセス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、20万アクセスを越えました。HPからブログに引っ越して、10ヶ月半で達成することが出来ました。感謝です。

[]超高度なプロレスごっこ 09:57 超高度なプロレスごっこ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 超高度なプロレスごっこ - 西川純のメモ 超高度なプロレスごっこ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子は本が大好きです。その中に、日本の歴史を「クレヨンしんちゃん」の漫画で書いてあるものがあります。

 本日、プロレスごっこを息子としました。息子は「ブラック源氏」で私が「ホワイト平家」です。富士川の戦い、倶利伽羅峠の戦い、一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い、という設定で戦いました。彼の話を聞いている限り、各戦いの基本的な設定は理解しているようです。

enablerenabler2008/01/27 15:55祝!! 20万アクセス

jun24kawajun24kawa2008/01/27 21:07ありがとうございます。

08/01/26(土)

[]私という生物 22:19 私という生物 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私という生物 - 西川純のメモ 私という生物 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前のメモに書いたことを再度書かせていただきます。私という生物は、『学び合い』の能力が劣っている生物です。本来、ホモ・サピエンスの殆どが持っている能力を欠いている生物なんです。そのため、私は小中学校で友達を一人ももてずにいましたし、高校でも一人だけです。かなり悩みましたが、この年になるとあきらめています。まあ、飲み助は杜氏になれません。『学び合い』を研究するには、かえって良い特質だと思っています。ということで、周りの人の気に触るようなこと連発します。すみません。多くの同志から、もう少しソフト路線にすべきだという忠告をいただきます。でも、そのままです。というのは三つ理由があります。

第一には、私は焦っています。この1日、この1時間でも苦しんでいる子ども・教師がいます。知的能力が劣っているとラベルをつけられている子どもの中には、『学び合い』をすれば高い成績を達成する子がいることを知っています(ちなみに、私は小学校3年生まで知恵遅れだと思われていました)。一見、仲良しのように見えるべったりの友達も、その心の中では不安で不安でしょうがないということを知っています。そして、多動症の子どもが教師に怒られまくって、萎縮し、やがて、大声で怒鳴り返すという戦略を身につけてしまうことを知っています。そして、その戦略を得てしまうと、「不良」というラベルが貼られます。私が高校で教えた子どもは、そういう子どもたちです。そして、一見問題の無いように見える、成績中位・上位の子どもも学校で悩んでいることは、『学び合い』をすれば見えてしまいます。そして、それを一人で抱えて苦しんでいる教師がいます。それを抱え続ければ、体をやみます。ある意味で自己陶酔できるのですが、確実に、体は病みます。高校教師だったときの私がそうでした。しかし、多くの教師は、折り合いをつけることになります。しかし、その過程で、教師になったときの志も「おりあい」をつけてしまいます。しょうがありません、そうしないと体を病んでしまいます。しかし、それでも心と体が緩慢に病んでしまいます。だって、目の前には解決できない問題があるのですから。

第二は、『学び合い』を伝えようとしても、なかなか難しいのです。ソフト路線で説明すれば、十中八九は、いままでの学び合いの授業だと誤解されます。例えば、「教師は子どもが教えられるような細かいことを教えるな」とか「教師は最善の教え手ではない」と多くの先生の神経を逆なでする表現をします。多くの同志から注意されます。しかし、そういう表現でも使わない限り、いままでのグループ学習に毛が二三本生えたレベルで解釈されます。実は、相当過激な表現を使っているにも関わらず、そのような誤解はあります。

第三は、私の能力です。仮に、第一、第二の問題がなかったとしても、私は過激にやると思います。私は対人関係能力が欠けています。とほほ。

ということで、少なくとも私は、過激に表現し、多くの同志が政治をやっていただければと思っています。よろしくお願いします。

[]充実の一日 22:19 充実の一日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 充実の一日 - 西川純のメモ 充実の一日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は新潟市の『学び合い』の研究グループの会に行きました。朝、上越から新潟への電車に乗りました。移動時間は2時間強です。いつものように、コンピューターで映画を見ながら異動しはじめました。その時です。見知らぬ方が、「西川先生ですか?」と声をかけてきました。「え!?はい」と応えると、以前、メールのやりとりをしたことのある太平洋側の県の先生でした。HPで私の写真を公開しているので、分かったそうです。天の采配は面白いものです。それから車中で1時間半、みっちりと議論をしました。

 新潟市の会には、多くの、そして異質な同志が集まっていました。私の全く知らないケースも教えてもらいましたし、違った切り口の議論もあり、勉強になりました。その後、懇親会も楽しく議論が出来ました。新潟市に『学び合い』の確かなコアが出来たことを実感できました。

 懇親会を1時間で失礼し、直ちに電車に乗り、タクシーで自宅に到着。直ちに、家族で食事をして、息子と風呂に入り、息子の添い寝をして、今、このブログを書いています。

 あ~、楽しい一日だった!関係の方々に感謝です。

iku-nakaiku-naka2008/01/26 23:57今まで出合った諸先輩方で、私の教員生活に影響を与えた方は、私のやることを黙って見ていてくれました。しかし、私が間違った方向に進もうとした時、また教師として大事だと思うことを話して下さる時は、まさに「強烈な言葉」で叱咤激励してくれました(そういう時は、本当に怖かったです)。物事を「本気」で考えていれば、言動が厳しくなるのは当然だと思います。だから、N先生のブログを読んで、先生の言葉が「辛辣だ・・・」と思ったことは一度もありません。先生にはそのままでいて頂きたいと思います。どこの世界にも「怖い存在(?)」は必要ですから・・・。

jun24kawajun24kawa2008/01/27 07:14ありがとう同志
政治の方面、よろしくね。

iku-nakaiku-naka2008/01/27 10:23合点、承知の介!。
向こうから「あはははは」と聞こえてきそう・・・。

MizuochiMizuochi2008/01/27 11:04新潟市の研修会、大変ありがとうございました。
先生が退席された後も
「みんなで「『学び合い』に取り組もう!」と多いに盛り上がりました。
「夏のフォーラムで発表する!実行委員になる!」という方もいらっしゃいました。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/01/27 14:34これまた、政治よろしくね。

08/01/25(金)

[]広がる 15:27 広がる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広がる - 西川純のメモ 広がる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かって、かの高名なS先生と私が比較されて、実践校の有無がポイントだと言われました。もちろんS先生と私はレベルは違いますが、その言葉は印象的でした。それから2年弱たちました。

 本日、福島の同志がライブ参観に来ました。ご自身は『学び合い』の実践を積み上げている方々です。しかし、異学年の『学び合い』はまだなので上越のライブを参観に来られました。参観後、授業公開をお願いしましたが、即、OKでした。

 これでライブOKの学校・学級は、福島・群馬・埼玉・神奈川・新潟・長野・愛知・岐阜・大分・長崎・鹿児島に広がっています。そして、それに来年からOKと回答を頂いているのは、東京・島根・岡山です。北海道・北東北・近畿・四国が弱いですが、その他に関しては、無理すれば日帰り距離です。さらに、まだ頼んでいませんがOKを頂けそうなところが、上記以外に5つあります。

 でも、まだまだ48都道府県制覇とはいきません。また、小学校に比べて中学校・高校が弱いのが課題です。でも、一方、優位点もあります。『学び合い』はホモ・サピエンスの特性に根ざしているので、学校段階の差がありません。従って、高校の先生が小学校の実践を見ても、見えるものは同じです。そして、『学び合い』はイベントではありません。毎日、毎日、普通に実践していることです。何月何日にしか見れないと言うことではありません。いつでもOKなんです(もちろん、その学校の行事の時は駄目ですが)。

 百の言葉より、子どもの姿の方が雄弁です。ライブを見れば、私の書いていることが事実であり、いや、実際は私が書いている以上であること、そして、ごくごく自然であることが分かります。これが強みです。

[]思考法 08:04 思考法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思考法 - 西川純のメモ 思考法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学に移動中にふと思いつきました。多くの先生方と私の思考方法が違うと思います。

 多くの先生方は、「簡単なことは自分には絶対に教えられる。しかし、難しいことは、どんなことをやっても教えられない。」と考えています。ところが私は、「簡単なことでも自分は教えられないことがある。しかし、みんなが関わり合えば、どんな難しいことも教えられる。」と考えています。

 そのため、自分の説明が分からないと、何とか説明しようと努力するのが多くの先生です。ところが、どうやっても分からないと、この子には無理だ、と諦めてしまいます。ところが、私の場合は、自分が説明して分からないと、こりゃ私には無理だと深追いしません。しかし、他の人に説明してもらいます。そして、絶対に分かるまで諦めません。少なくとも最終的には分かってくれると信じています。

 『学び合い』ではとてつもない要求を学習者に求めます。私の場合はゼミ生に「日本の教育を変えろ、少なくとも、数年の内に○○市を変えろ」と要求します。多くの同志だったら、「一人の例外なく80点以上取れ、いや90点以上取れ」と要求します。少なくとも私の場合は、上記はレトリック(修辞)で言っているのではありません。本気で実現可能だと思いこんでおり、本気で要求しています。そして、それをゼミ生の方は十分に理解しています。私が本気で信じられるのは私の思考法だからです。「どうやればいいかなんて私に分からない。でも、みんなでやれば出来る」という思考法です。

janglejapjanglejap2008/01/25 18:53「簡単なことでも自分は教えられないことがある。しかし、みんなが関わりあえばどんな難しいことも教えられる」・・この言葉は私の『学びあい』の辞書に入れておきます!

jun24kawajun24kawa2008/01/25 21:45入れて下さい。同志。

あべたかあべたか2008/01/26 06:36こんにちは。
「福島」の同志という方が気になります。わたしも福島に住んでおりますので。
よろしければ、メールで結構ですので、教えていただけませんでしょうか?
ライブOKということでしたら、ぜひにでもお願いして見せていただきたいと思っております。
わたしも、試行錯誤で「学び合い」を進めているつもりですが、目の前の「学び合い」の様子に自信が持てなくて、無条件に授業を見せるという気持ちにはなりません(知り合いの先生には見せてもかまわないかなぁとは思っていますが)。
この「福島」の方は、自分の行っていることに自信と誇り、そして確信を持たれているのでしょうね。ぜひ見せていただき、自分の授業実践の糧にしたいです。

jun24kawajun24kawa2008/01/26 07:20合点、承知の介!

とんたんとんたん2008/01/26 21:16昨日は大変お世話になりました。
多くの先生方と実践を交えながらいろいろ話してみたいと思います。学校全体で「学び合い」に取り組もうとしているところです。福島及び近県の方がおられればいつでも授業は公開しますし、本校での授業研究会へのご参加いただけます。
どうぞよろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/01/26 22:04福島県を変えて下さいね!
期待しています。

あべたかあべたか2008/01/27 07:18西川先生。
早速、教えていただきありがとうございました。
その日の夕方にでも挨拶のメールをと思っていましたら、わたしが挨拶をする前に、福島の先生からメールが!
さすが「学び合い」を推進しようとされるだけあって、わたしなんかと違ってフットワークがとっても軽いです。
それだけで、とてもわくわくしています。
新しい出会いに感謝!
そしてその機会を与えてくださった西川先生に感謝いたします!

jun24kawajun24kawa2008/01/27 07:221+1が2じゃないのが人と人ですよね。
ワクワクしています。

08/01/24(木)

[]グループ構成・解答編 12:49 グループ構成・解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グループ構成・解答編 - 西川純のメモ グループ構成・解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ありがちな誤答は、教師が班を構成するというのがあります。これは最悪です。だって、どんな班がベストの班だということが教師に分かるでしょうか?課題によって、その日によって、一人一人の子どもにとってのベストの班があるのです。それらが互いに影響し合って、その課題、その日のクラスの班が決まります。そんなの教師が分かるわけありません。

 次に、ありがちな誤答は、「休み時間の仲良しグループは駄目です」と言うことです。これは、目標と方法を取り違えています。『学び合い』では、何を達成すべきか、そして達成できたかには着目しますが、どうやるかは気にしません。なお、「仲良しグループばかりでいいのかな~」とすっとぼけて呟くのはOKです。ただし、あまり繰り返すと、「休み時間の仲良しグループは駄目です」と同じです。これが『学び合い』の同志が犯しがちな間違いです。我々は『学び合い』とネーミングをつかっていますが、学び合うこと自体が目的ではありません。一人一人が、そして全員が高まることが目的です。そうしたときにホモサピエンスが選択するのが『学び合い』なんです。

 では、どうするか?それは課題の達成を促すのです。例えば、「今のみんなで、クラス全員が80点以上とれるのかな?・・クラスの中にわからない子がいないかな?・・・・自分たちは分かったと思っているけど、本当に分かったのかな?・・・分かったつもりなんじゃないかな?」と呟くのです。そして、テスト結果で厳しく評価します。つまり、「全員」でなければ「駄目」ということを明確に伝えます。

 ちなみに「仲良しグループ」であるが、テスト結果で全員80点以上を達成しているならば、それはOKなんです。教師である、あなたが与えた課題を解決するベストの班が「仲良しグループ」なんです。ただし、このようなことが起こったとしたら、それは、あなたが子どもを見くびって、レベルの低い課題を与えている証拠です。もっと凄いことを求めましょう。

 なお、班構成においても、細かく見る必要はありません。注目すべきは、構成されたグループが流動的か否かです。教師にとってベストと思われるグループが形成されたとしても、それが固定的であるならば、『学び合い』が悪い状態になっている証拠です。また、グループ同士の交流があるか否かに着目します。つまり、離合集散しているか否かに着目します。もっと平たく言えば、学級崩壊状態になっていることがベストなんです。ただし、学級崩壊との違いは、子どもたちが課題に関して話しているということです。そして、もっとハッキリしているのは、そのクラスの最低点が驚異的に高いということです。

 このQ&Aのポイントは、班構成は方法にすぎず、教師がとやかく言うべきではない、ということです。そして、だれと一緒にやりたいかは多様で流動的で、教師が最善の姿を予想できることは無理だと言うことです。

[]グループ構成 09:16 グループ構成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グループ構成 - 西川純のメモ グループ構成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をやり始めました。それなりに子どもは関わり合っています。ところが自由班にしていると、休み時間の「仲良しグループ」ばかりです。どうしたらいいでしょうか?これは、『学び合い』の同志でも引っかかりやすい問題だと思います。

[]シンクロ体操 解答編 08:25 シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この問題のポイントは、シンクロ体操特有の指導は殆ど無いということです。まあ、シンクロ体操が何であるかを知らない子も多いので説明は必要ですね。でも、長々説明する必要はありません。まあ、5分程度で十分だと思います。長々説明しても、わからない子はわかりません。それより5分でわかる子が、周りの子ども説明した方がいいと思います。実話の場合は、シンクロ体操のビデオを子どもたちに見せるということをしたそうです。

 『学び合い』はクラス作りです。シンクロ体操特有の『学び合い』なんてありません。そして、シンクロ体操「も」クラス作りの一貫なのです。だから目標は簡単です。例えば、「みんなで素晴らしいシンクロ体操の発表会をしよう」です(あくまでも一例ですよ)。

 ありがちな誤答は、教師の方で「最善のシンクロ体操」を予想して、それに当てはめることです。でも、そんなこと教師に出来るわけない。そのクラスごとに最善のシンクロ体操があります。むしろ、どんな姿か最善であるかを教えてもらうスタンスであるべきです。教師がある姿を想定すると、子どもは悪しきカーボンコピーになります。つまり、教師の想定する姿が最上の結果であり、多くはそこには達しません。ところが、高まることを求め、期待すると、子どもは教師の予想を遙かに超える結果を出すものです。

 実話の場合は、肢体不自由児はクラスの体操を見てアドバイスをしました。その子を中心に作戦会議をしたのです。当日です。クラスでシンクロ体操をやりとげ、最後のフィナーレの段階で、クラスメートの補助で肢体不自由児の子どもをステージ中心に移動させ、クラスメートの補助で「決め」のポーズを取ったそうです。その姿は暖かく、自然でした。そして、教師の想定を遙かに超えるものでした。

 なお、もし、このような姿を教師が想定し、それにいくように誘ったら、肢体不自由児も周りの子どもも、いやいやながらやるでしょうね。

 このQ&Aのポイントは、どんな特殊な状況においても、『学び合い』は一貫している、ということです。

[]誰が見ても分かる 08:25 誰が見ても分かる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誰が見ても分かる - 西川純のメモ 誰が見ても分かる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志からのメールを読んで感激したので、アップしました。

 『どうして校内に広がらないのか。私の授業を同僚は知っている,結果も出ている,なのになぜ?同僚批判はしたくないので,信じられるようにできない私に問題があるのだと考えますが,なぜ分からないのかが分からない。人は見たいようにしか見ないし,見えないのだとも思うけれど,変わりたくないのかな。ブログのコメントで「習慣」という言葉が出ていましたが,私の敵も同僚の「習慣」。

 ところが保護者には伝わるんですよね。ちょうど西川先生が○○にいらした日,授業DVDを親に見せたいという子どもがいたので持ち帰らせたら,月曜にご両親から手紙がきて,夫婦そろって同時に「おおっ,○○(娘)が△△ちゃん(友達)に教えてる!」と声をあげました,なんて書いてある。「今まで(昨年まで)親が何度言っても見られなかったやる気が見られる。いろんな子がいろんな子に関わろうとしている。教育は押さえつけて管理するものでなく,環境ともっていき方なのですね」って。私が何も言わなくても理解してくださる。子どもたちに感謝です。うーん…。どう校内に広げるか,子どもたちに相談してみます。

 家では愚痴ってしまうので,妻に次のように話したのですが,

 教育はサービス業だと僕は思っている,ところが,生産業だと考えている人がまだまだ多い,僕は上質な教育サービスを提供したい,教育を農業などの生産業にたとえて表現する人がいる(例えばその子にいい肥料や水を与え,その子の成長を見守り,大きく育てる,ものすごく聞こえがいいように感じられるけど),それが根本的に僕と異なるのは,「対象の成長」がだれのためかだ,生産業では作物の成長は作物自身のためのようでいて作物のためでない,最終的に収穫し消費するためだ,僕は子どもの成長は子ども自身のためであるようにしたい,というかそうあるべきだ,けっして「立派な子」を育てて,誰かの役に立てるためではない,その子が幸せに生きるためにこそ教育はある,って。育てるんじゃないんだよ,育つんだ,その子がその子自身のために。僕はその姿が見たくて教師になったし,その手伝いがしたい。でもね,これが同僚に伝わらないんだよって。

 間違ってないですよね?結局愚痴になりました…。

 ということで来年度の課題は「見る人が見れば分かる」から「誰が見ても分かる」へ,です。』

katunori-skatunori-s2008/01/25 05:41論旨からずれてしまいますが、教師はサービス業なのでしょうか。
自分で自分の仕事をサービス業だと思うのはよいと思いますが、「おまえたちはサービス業だろ」と言われると、何か違和感があります。

jun24kawajun24kawa2008/01/25 06:30あはははは
レトリックですよ。
言葉には色々な側面があります。
上記の表現の趣旨は”だれのため”という側面に着目すれば、農業よりサービス業のほうが適切だということだと私は理解しました。

08/01/23(水)

[]シンクロ体育 23:35 シンクロ体育 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シンクロ体育 - 西川純のメモ シンクロ体育 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ついでに、もう一問。

 あなたのクラスに肢体不自由児がいたとします。学年の取り組みとして、シンクロ体操の発表会があります。シンクロ体操では、集団で一斉に前転したり、倒立したりといった体操します。さて、あなたはどうしますか?なお、これは実話です。

[]ゲーム大会・解答編 23:00 ゲーム大会・解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゲーム大会・解答編 - 西川純のメモ ゲーム大会・解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 あっという間に正解されました。私の返答は以下の通りです。

『はい、凄い問題があります。そのような記念日制度を設けたり、さらには15回たまったらゲーム大会にするという対応は、『学び合い』の根本である、何のために学校に来るのか、という考えに反することです。

宿題を忘れたからって、何が問題なんですか?忘れた子どもの人生にとって、どうでもいいことです。みんなの課題を達成するために、みんなが協力することが大事なのです。それの課題が、たまたま宿題忘れOにすぎません。そして、それを達成することが、ゲームで楽しむことよりも意味あることを子どもに納得させなければなりません。いつの間にか、ゲーム大会をするために学び合いをやることになってしまいます。しかし、本当は、大人になるために『学び合い』をやっているんです。』

 教師の心の中に、『学び合い』の大事さに迷いがまだあるからです。でも、メールの先生は、それを直感の中で感じることが出来た。子どもたちを信じて、習慣を越えられる先生です。でも、それが教師の心の中にあるうちは、「大人になることを目指す子ども」と「ゲーム大会を目指す子ども」が併存します。そして、両者の間にいらざる葛藤が生じます。

 校長が言うべきことは「良い学校にしよう!」です。「良い学校にすれば特別昇給があるよ」ではありません。もし、校長が「良い学校にすれば特別昇給があるよ」と言えば、職員の中に「良い学校にする」ことを目標とする職員と、「特別昇給」を目標とする職員が生まれます。そして、いらざる軋轢が生じます。

 もちろん、管理者たるもの、管下の職員の「良い給料」、「良い人事」に関して全力で尽くすべきです。しかし、管下の職員が「そんなことなんてどうでもいい。私は良い学校にすることに喜びを感じている!」と本心から言わしめるのが、管理職のつとめです。そんなに難しいことではないはずです。良い学校を作り上げている職員集団・そして子どもたちの中で毎日・毎日、生活することは、本当に幸せなことなのですから。

 

[]ゲーム大会 22:14 ゲーム大会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゲーム大会 - 西川純のメモ ゲーム大会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のところには全国各地の熱意ある先生からメールが来ます。その先生からの相談を読みながら、ありがちだよな~っと思うことがあります。ある先生からのメールはとても大事なことがあるのでアップします。その先生からのメールに以下の部分がありました。

 『学び合いを導入するから,記念日制度というものを導入していて,それを継続しています。記念日制度とは,みんなで何かを達成した日はそれを記念日にするというものです。例えば,宿題忘れゼロ記念日や,暗唱全員合格記念日,テストで全員が90点以上記念日などです。そして,記念日が15個たまったらゲーム会をするという制度です。メリットは子どもがやる気をもって学習などに取組むことになったことや,全員達成ということを意識するようになったことですが,デメリットらしきものは,子どもがゲームができることを喜んでいて全員が達成したことをよろこんでいるのかわからないときがある,ということでしょうか。みんなで達成できたことがすごいとはよく話をするのですが。この記念日制度に何か問題がありますか?』

 この先生は実に優秀な先生です。それ故、その先生は上記に問題を感じました。だから、私に質問されました。さて、上記には凄い問題があると返信しました。なんだと思われます?

 みなさんの同僚に上記のようなことを相談された場合、どのように説得されます?

sumimonsumimon2008/01/23 22:50もっとどん欲に『学び合い』に参加しようと思うsumimonです。西川先生の発問に挙手します。
『学び合い』で○○記念日としてメモリアルな日として記憶に残るようにするのは素晴らしいと思います。しかし、その記念日が□個たまったら…、というのは達成することが珍しいという意識が根底にあると思います。それって、『学び合い』を進めていきたい自分には悲しいです。
また、達成のための動機付けが違うとも考えました。記念日が□個たまったら~しよう、という約束がなくなったら上手く活動が進まなくなると思います。なんだか、「テストで△△点とったら、DSのソフトを買ってもらうんだよ。」という、テストや運動会前によく子どもたちから聞かされるセリフに似ています。

rion_fujirion_fuji2008/01/23 22:55 ゲーム会をすることが大きな目標になり,「みんな」ではなく,「自分」が楽しむことが最大の目標となってしまう可能性があるということかな~。「学び合い」が文化ではなくイベントになる可能性が高いと思われます。

jun24kawajun24kawa2008/01/23 22:57ビンゴ!

sumimonsumimon2008/01/23 22:59スッキリ!しました。

iku-nakaiku-naka2008/01/23 23:18「良い学校を作り上げている職員集団・そして子どもたちの中で毎日・毎日、生活することは、本当に幸せなことなのですから」同感です。また「より良い職員集団」=「教員間の意志の疎通」だと思います。でも、ここに「壁」を感じる今日、この頃です・・・。Q&Aに関係ないコメントですみません・・。

rion_fujirion_fuji2008/01/23 23:42 シンクロ体操をすることがクラスのみんなにとってどんな意味があるのかを語り,その上でシンクロ体操は,どういったものかを見せます。どうするかは,子どもたちが考えるのではないでしょうか。肢体不自由の子ができてしかもシンクロ体操を取り入れるねらいを達成するようなパフォーマンスをすると思います。それは,本来のシンクロ体操とは異なる可能性がありますが・・・。実は,前の勤務校に肢体不自由の子がいたので,こういったことをしそうだということをイメージしてみました。

sumimonsumimon2008/01/23 23:50自分にとって、あまりにもリアルな問題です。
私は子どもたちに委ねます。学年で取り組むことになったとして、ではクラスでどうするか、を考えます。目標は、、、すみません、わかりません。

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/24 05:57 遅いのですが、記念日ではなくて、宅習ということについて。
 確かに、宅習を忘れることがその人の人生にとっては、どうでもいいことだと思います。でも、まだ、私には、それをクラスの全ての保護者に納得してもらうだけの自信がありません。それで、つい、全員必ず提出を条件にしてしまいます。

OB1989OB19892008/01/24 06:03「Q&A」はいいですね。何より,『学び合い』に取り組もう,あるいは取り組んでいる皆さんが自分のこととして考えてくださることが素晴らしいことです。自分を試されているみたいで病みつきになりそうですね(にこにこ)。

jun24kawajun24kawa2008/01/24 08:08rionさんへ
ビンゴ!
sumimonさんへ
目標はごく簡単です。
koushinsenjinさんへ
『学び合い』が高まれば、子どもは勝手に勉強します。そして、あなたが説明しなくても、子どもが説明してくれます。それを目指しましょうね。
OB1989さんへ
これをシリーズ化したいと思い始めています。それをまとめてQ&A集にしようと思っています。

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/25 04:09 先生へ。お返事、ありがとうございます。目指します。
 その子がやりたいことをやってくれば、OKなんですよね。
 力がつかないのは、宅習の中身の偏りのせいではなく、授業のせいなんですよね。

08/01/22(火)

[]簡単 22:16 簡単 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 簡単 - 西川純のメモ 簡単 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々な人から『学び合い』に関して聞かれます。とても簡単なので、直ぐに応えます。そして、とても簡単なので、すぐに説明できます。逆に、何故、今までそうやったかを説明してもらうと、説明できないのが普通です。『学び合い』は本当に簡単です。分からないのが分からないのです。

 ある課題に熟達した人が、初心者の気持ちが分からない、というのはよくしっている現象です。しかし、私が分からないというのとはちょいと違います。というのは、上記の場合は、熟達者が初心者に説明しようとしても、説明できないのが普通なのです。ところが、私が説明すると、それを理解してもらえます。問題は、そうであるにも関わらず、それを実行してもらえないことが分からないのです。例えばです。

 世の学び合い学習では、「はい、まず自分で考えてみてね」と言って考えさせます。そして、5~10分後に、「はい、では、みんなで相談してね。」と言います。私にとっては、とてつもなくばかげているとしか思えないのです。

 そうやっている人に、聞きます。「何故、そういう風に指示するの?」と。そうすると、「そうしないと、何も考えずに、人に聞いてしまう」と応えます。そうした人に私は問います?「じゃあ、あなたに偏微分方程式を与えて、さあ、自分で考えてね」と私が言ったら、その5~10分間考えさせたら何をする?と聞きます。そうすると「何もしない」と回答します。「で、その時間に意味がある?」と聞きます。そうすると「意味がない」と回答します。そこで「分からない子どもにとっても同じですよね。」と語ります。

 また、続けて聞きます。「その問題を1分で解答できる子どもは、あとの4分~9分何していればいい?」と聞きます。そうすると「待っている」と応えます。そこで、「その時間に意味がある?」と聞くと、「意味がない」と応えます。(なお、「その子に対応した課題を与える」と応える人には、「そんなこと毎日やれる?」と聞くと、首を振ります)

 また、続けて聞きます。「その問題を人から聞けば、分かる子どもがいたとして、その子が聞くことは何かは一通り?」と聞きます。すると、多様であることを認めます。続けて聞きます。「では、自分がどこが分からないか、また、どこが分からないかが分からないことに気づくのは、何分ぐらい?」と聞きます。そうすると多様であることを認めます。続けて聞きます。「では、自分が疑問にも思っていないことを、説明されて身になる?」と聞きます。と首を振ります。そこで、「結局、自分が分からないことを、分からないな~、と思った時に聞かなければ意味がないよね。じゃあ、なんで、5~10分間、一律に考えさせ、そして、一斉に相談させるのは何故?」と聞くと、何も答えられません。そして、「人の答えを、まるっぽ写しするつもりだったら5~10分の時間を与えても、その時間は何も考えず、5~10分後にまるっぽ写しするだけだよね。だから、一人で考える時間を形式的に与えても意味無いよね。大事なのは、人の答えをまるっぽ写ししようとする考え方を捨てさせることだよね。じゃあ、なんでそんな考えをすると思う?そりゃ、人の答えをまるっぽ写しすると、その子にとってメリットがあるからだよ。具体的には、まるっぽ写しすると点数がもらえるような評価をしているからだよ。」と言います。

 さて、上記の私の説明のどこに無理や難しさがあるのでしょうか?教えて下しさい。それを説明した後にも、「一人の時間」を確保する人がいる。私には分かりません。本当に分かりません。教えて下さい。

 なお、上記は序の口です。私にとっては、現在の教育はとてつもなく、馬鹿馬鹿しく見えるのです。

追伸 学び合い、ではなく『学び合い』を実践している方ならば、おなじみですが、『学び合い』が成立しているならば、教師から強いられなくても、自分で考えられるところは自分でやります。だって、「みんな」自分が分かりたいと思っているのですから。これまた、馬鹿馬鹿しいほど当たり前のことです。

OB1989OB19892008/01/22 22:58私にも教えてください。ぜひ知りたい。

katunori-skatunori-s2008/01/23 06:22前向きな子どもは、わざわざ指示されなくてもまず自分で考えたいと思うものなのだなあと、お恥ずかしながら最近気づきました。学校には「一人で考える時間を設定しないと、自分で考えずに人に聞いてしまう」という誤解が多いのかも知れません。
型にはまった「問題解決型学習」が、その誤解を広めているようにも思います。

jun24kawajun24kawa2008/01/23 06:28OB1989さん、Katunoriさんへ
コメントありがとうございます。是非、何故、そうなるか調べて下さい。Katunoriさんのご指摘の通りと思います。しかし、私が分からないのは、上記のような説明をして、分かったとしても、それを続けるのは何故か?と言うことです。不思議だ・・

akibo13akibo132008/01/23 08:39私も「まずは一人で」派でした。何でだったんだろう・・・と考えると、つまるところ「子どもを信じていなかった」
初心者故、今も「自分で考える時間を取ろうか?」と考えてしまうことがありました。迷いが晴れました。

jun24kawajun24kawa2008/01/23 09:47なるほど、私が説明しても、結局、子どもを信じ切れない先生がいらっしゃるということですね。う~ん。つまり、壊滅的に子どもが愚かだと思いこんでいると言うことですね。たしかに、それが出来ない子どももいます。それは認めます。でも、それが出来る子もいます。『学び合い』では、出来ない子をを思い浮かべるのではなく、出来る子を思い浮かべます。そして、その出来る子が真名割りに広げる姿をイメージします。

F-KatagiriF-Katagiri2008/01/23 11:36最近思うのは、『学び合い』の最大の敵は「習慣」だということです。人間は習慣に縛られています。「悪い」とわかっても、習慣からはなかなか抜け出せません。
一人で考えさせ、次にグループで……というのも習慣です。きっと教育界の習慣です。私も昔はそうしていましたから。
習慣は無批判的に繰り返されます。
「子供を信じていない」という強いマイナス的な原因ではなく、「習慣だから」というものだと思います。習慣で子供を信じていないような態度をとってしまうのだと思います。
その習慣を打破するには……。『学び合い』という新たな習慣を作るしかないんだろうなぁと思います。

jun24kawajun24kawa2008/01/23 12:09なるほど・・・
そりゃ難敵だ!

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/25 04:35 これを見て主人に問いかけました。まだ、十分に語ったわけではないのですが、主人は「個力解決」の時間は必要という立場です。「分からない」で終わるのも大事だと考えているそうです。ただ、分からない子が苦しまないように、時間は短めに設定するということでした。それでも、5~10分は設定するのが当たり前で、短いと感じているようです。更に、主人がそう言ったら、教務の先生から「自力解決できる力を、それまでにつけておくべきだ」と言われたのだそうです。
 私が思うに、教員のほとんどは、中学まではあまり勉強で引っかかることがなかった人たちなのではないかと思います。高校・大学ではさすがに能力の限界を感じたけれど、中学までは自分は自力解決できたんだから、子どもたちもできて当たり前でしょう?という感じなのではないかな~と思います。ついでに、教師には、与えられた課題をいったんは考えてみよう、というタイプの人が多いのかもしれません。特に、授業中にはそうできたので、それ以外の場面では最初から何もしない場面があっても、話が別でしょ、と重ねにくい。
 それから、一斉授業やコース別学習には逃げ道が確保されていると思われます。自分はこれだけのことをやったのだから、それでできないのは、子どもの能力のせい、親の無責任のせいだと考えられる。しかも、他の教師もそれに同意できる。けれども、学び合いは全て「自分のせい」です。その厳しさに耐えるのが、難しいのではないかな~と思います。ちなみに、私も冷や汗かきかきです。先日も、来週のCRTテストで結果がでずに、同僚からは「ほれみたことか」、学び合いグループの方々からは「だって、あんたが分かってないからだろ?」と言われる夢を見てしまいました。不安を通り越して、恐怖、という感じです。……だからといって、答えが変わるわけでもないのですが…。

jun24kawajun24kawa2008/01/25 06:35お気持ち察します。
でも、「なんのために子どもは学校に行くのか?」、「なんのために教師になったのか?」その視点で考えてみれば、ゆらがないとおもいます。でしょ。

jun24kawajun24kawa2008/01/25 06:47koushisenjinさんへ
追加の質問です。逆に1分で出来る子に対しては、ご主人はどうおもっているのかな~・・

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/26 07:38 追加の質問ですが、答えは予想通り、「その他の解き方等を考えてもらう」でした。初任研・校内研修で指導されるので。私もそう教えられました。主人は、全ての授業で自力解決→相互解決という型が必要だとは思っていない、ということでした。
 それから、私が説明していてはうまく伝わらないかな~と思って、「大事なこと『簡単』」を主人に読んでもらいました。主人は、「ひどく攻撃的で、相手を完全否定する言い方をされる方だね。随分印象が違う。どんなに素晴らしいことをおっしゃっていたとしても、こういう言い方されると僕は引いてしまうなあ。僕は初任者で勉強不足だから、どっちがいいって自信を持って言えない。ただ、自分が受けてきた授業でも嬉しかった思い出とかあるから、君が『学び合い』をしていない先生を全否定するのなら、『学び合い』に対していい印象を持たないよ。だって、それだと『学び合い』を否定する先生達とお互い様になってしまう」と言いました。そこで、普通の言い方だと誤解されることがあって、わざと強い口調をされているらしい、と説明しました。
 更に、「君と話していく内に、根本が全く違うから平行線なんじゃないかと思った。『学び合い』は、「人と人のつながり」を柱にしていて、それを目指していると「学力」という特典がついてきますよ~、という感じ。学校教育の多くは、「学力向上」を柱にしていて、でも、それだけじゃ駄目だからって、コミュニケーション能力の育成だの環境教育だのをいっぱいぶら下げて、それをいっぺんに引っ張り上げようとして重さに耐えきれずよろよろしている感じ。そもそもの柱が全く違うから、なかなかお互い分かり合えない。それから、管理職の方々は僕から見ると人生の成功者で、自分に自信があるから、考えを変えにくい。T・Tや、習熟度別をされている先生方も、一斉授業に限界を感じて始めていて、必死に研究してきたことを全否定されたら、やっぱりいい気はしないだろうし、まして『学び合い』のクラスが学力が高くなってお株を奪われたら、ますます受け入れにくい心境になってしまうんじゃないかな~。だから、お互いを全否定している内は、混乱が大きいだけだと思う。本当にいいものなら、ほっといてもじわじわ広がるだろうし。僕も、その内一斉授業や習熟度別に限界を感じる日がきて、『学び合い』を選ぶかもしれないしね」と言っていました。
 なるほどな~と、すっきりした部分もありました。やはり、同レベルの人の説明って、分かりやすいものなのかもしれません。
 それから、「簡単なこと」を読んだときは丁度落ち込んでいて、西川先生が「どうして1+1=2って分からないんだ!」と困っている先生で、私が「どうして私は分からないんだろう~」って小さくなっているクラスの子どもに思えました。でも、今は、先生は常に「みんな」におっしゃっていて、私個人におっしゃっているわけではないな~と分かりました。先生に教えてもらいたい、じゃなくて、他の方々と学び合っていかないといけないんだな~と今更ながらに思いました。

jun24kawajun24kawa2008/01/26 08:29koushinsenjinさんへ
とても良いコメントありがとうございます。
私には伝えられないことがある。でも、伝えられる人がいる。私は、その伝えられる人に伝えるというスタンスです。分からない人も、分かる人も、違いはありません。同じ志を持って、教師になった方々です。それが分かっています。ただ、私の原体験の子どもたちは見捨てられた側の子どもたちなんです。一度、『学び合い』をすれば、実は、出来る子どもも、普通の子どもも、授業の中で苦しんでいることがよく見えてしまいます。それで焦っているんです。とほほ。ご気分を害されたご主人にお詫び申して下さい。

katunori-skatunori-s2008/01/26 08:43>koushinsenjinさん
今、先生のブログからもどってきました。N先生からコメントいただけてよかったですね。
ところで、「自力解決」の雰囲気はどうですか。シーンとしていますか。相談していい雰囲気ですか。H7年度のある文部省指定校では「わいわい」でした。うちの地区は「シーン」です。解けない子を教えるのは指導者です。
わたし、算数の研究会などで「どうしてシーンとしないといけないんでしょう。私たちだって、相談しながら仕事しますよね。それが校長先生がヒントカードを持ってくるまで待っていなければならないなんておかしいとおもうんですけど。」などと発言すると、かなりうなずいてもらえ、メモしてもらえます。(爆)

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/26 15:09西川先生へ
 ありがとうございます。主人も、西川先生への誤解が解けたようです。主人は、小学生の時不登校、中学では親に反発して塾で猛勉強、高校での成績は下から数えた方が早かったと言っているので、先生のおっしゃる「見捨てられた側の子どもたち」な経歴を持っているように思います。塾に好印象で、7年ほど塾講をしていたけれど、塾で評価される人間に疑問を感じて学校に興味を持つようになった。けれど、私と結婚した当時は、「あんなに学校嫌いだったのに、なんで先生なんかになったんだろう」と自分で不思議そうでした。今は先輩方からいろいろ教わって、それなりにやる気が出てきているところなので、そこに水をさされて困惑している様子です。主人の方こそ、あまり分かっていないのにすみません、とのことでした。
 反対に私は、大学まであまり苦労知らずでした。ところが、初任校の十大ニュースで「宇宙人がやってきた」と題され、自分の社会性の無さを痛感。それで、「勉強できてなんだっていうのかしら。結局、人と関われなくてはあまり意味がないじゃない」と学校教育に疑問を持ち、『学び合い』にたどり着いたのです。あ…主人は、高校の部活や塾講時代で生涯の友をたくさん持てているから、授業で仲間作りをというイメージがないのかも…。と、脱線です。私は、私のように社会に出てから呆然とする人をこれ以上生み出したくないなあと思うし、学ぶのを楽しいと思って欲しいなあと思うので、これからも『学び合い』を極めるべく、日々精進して参りたいと思います。この世に、西川先生が居て下さって、本当に嬉しいです。
 ところで、全然関係ないし、細かいことなのですが…。先生が私のブログにコメントを下さったとき、迷うことがあります。お返事の時、「西川先生へ」って書いていいのかな~、それとも、ネット上のことだから、ハンドルネームを使った方がいいのかな~、でも、個人情報というか、お名前ははっきり出されているから、お名前明記でいいのかな~、と。あの、「西川先生へ」って書いてもよろしいでしょうか?

jun24kawajun24kawa2008/01/26 22:02ありがとうございます。
私は嫌われるたちなのですが、嫌われると落ち込むたちです。
感謝。
さて、呼び方は自由ですよ。
私の場合は実名公開していますので、ご安心下さい。
ちなみに、高校教師だったとき、「西川先生」とよばれたことが殆どありません。職員会議のフォーマルな時も「じゅんちゃん」でした。当然、子どもたちも「じゅんちゃん」でした。あははは
もうすぐ50歳になるおじさんですので、もう似合わないですが。
あはははは

08/01/21(月)

[]講演 22:29 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月26日に新潟市で『学び合い』の会があります。詳しくは、http://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20080107 をご参照下さい。

 2月1日は群馬の高崎の八幡小学校に参ります。八幡小学校は『学び合い』を学校の取り組みとしているところです。その『学び合い』の授業を公開します。そのあとシンポジウムですが、パネリストに児童代表が含まれるという点が、いかにも『学び合い』です。

 2月2日に京都で講演をします。残念ながら関西は『学び合い』の広がりが弱いところです。伝道にいこうと思っています。詳しくは、下記をご参照下さい。

 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/01/22_4634.html

[]離婚 22:11 離婚 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 離婚 - 西川純のメモ 離婚 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 はじめに書きますが、家内とはラブラブですので、家内とのことではありません。結婚十五年ですが、今でも、毎日、チュッチュしています。あははははは

 さて・・・・

 離婚経験のある方から教えてもらいました。ケンカをしているうちは離婚しない。状況を変えようとするからケンカするそうです。離婚すると心に決めたら、ケンカはしなくなるそうです。あとは、いかに分かれるかを、たんたんと処理していくだけのそうです。

 私も何となく分かります。これは夫婦ばかりではなく、仕事上のつきあい、組織も同じです。分かれると決めれば気が楽です。

08/01/20(日)

[]クラシック 22:03 クラシック - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - クラシック - 西川純のメモ クラシック - 西川純のメモ のブックマークコメント

 出張で電車で移動中は、借りたDVDを見て時間を潰しています。最近、「のだめカンタービレ」をよく観ます。それを観ると、自分が一番好きな音楽はクラシックだと思い出します。小学校高学年から大学の4年まで、風呂に浸るがごとく聞きまくった音楽です。そして、大学院の時に封印して、それ以降も浸る時間がありませんでした。退職後は、浸りたいと思いました。

[]家での晩酌 22:21 家での晩酌 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家での晩酌 - 西川純のメモ 家での晩酌 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 前から気づいていましたが、家での晩酌は、外での飲み会の5分の1以下で十分酔える。そして、直ぐにさめ、翌日に残さない。不思議だ~

08/01/19(土)

[][]充実の出張 23:06 充実の出張 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 充実の出張 - 西川純のメモ 充実の出張 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回の出張は充実していた。木曜の朝に出発し、夕方に大阪・堺に到着。直ちに、メールの仕事をこなし、夜は堺の同志と飲みながら話し合いました。翌日は、大阪の樟葉西中学校の研究発表会に参加しました。『学び合い』とは違いますが、校長を筆頭として元気の良い学校です。研究発表会では、生きの良い研究者・実践者にお会いできて楽しかった。発表会が終わって、直ちに名古屋に移動しました。名古屋では名古屋の同志と飲みながら話し合いました。そこで来年度は名古屋でセミナーを開くことが決まりました。楽しみです。本日は教え子に会いました。彼を指導した当時は、『学び合い』の「ま」の字もなかった時代です。それが現場で『学び合い』に出会い、教えを請いにきています。たっぷり3時間話し合いました。初期段階を超えていました。そこで中期段階に移行するためのポイントと、全教科で『学び合い』をするポイントを伝えました。そして、午後は刈谷で講演会です。保育園・幼稚園の先生が大部分を占める参加者です。過去の講演会の中で、一番、女性の割合の高い講演会でした。話の構成を間違って、最初の部分に堅い話を入れすぎました。聞いている人のオーラから、「失敗した」と感じましたが、その部分もご静聴いただきました。感謝です。終了後、直ちに電車に乗って家に帰りました。本来だったら息子の寝ている時間なのですが、どうしてもその日に息子と家内が作ったうどんを食べさせたいと言うので、起きて待ってくれました。おいしかった。

[]飲み過ぎた~ 08:32 飲み過ぎた~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飲み過ぎた~ - 西川純のメモ 飲み過ぎた~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、名古屋の同志と飲みました。飲み過ぎました・・・・。今も頭ががんがんしている。でも、楽しかった。これから愛知の教え子と会いに行きます。彼を指導した当時は、『学び合い』の「ま」の字もなかった時代です。それが現場で『学び合い』に出会い、教えを請いにきています。不思議な縁です。それが終われば、講演会場に行き、それが終われば、家に帰れます。

 ということで、昨日はメモをアップできませんでした。

08/01/17(木)

[]異学年学習 00:33 異学年学習 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 異学年学習 - 西川純のメモ 異学年学習 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は大阪の同志と飲みました。う~ん飲み過ぎ・・・でも楽しかった!

 話し合いが2学年構成に近いと感じました。でも、もう少しで他学年になる!楽しみです。

 

こがけんこがけん2008/01/18 23:41西川先生、昨日はありがとうございました。
エネルギーをもらえて、元気が出てきました。
同時に、自分に足りなかったものが
見えてきた気がします。
『学び合い』の趣旨をもっと語ること、
もっと子どもを信じること、
単純な学習でも、『学び合い』だと予期せぬ学習の深まりをもつこと、
みんなで高まろうとしてがんばっていたり、みんなの役に立とうとしている瞬間を逃さずキャッチし、みなに褒めること
など。

昨年11月に『学び合い』を知ってから、
子どもたちはじわじわと変わってきている感じがします。
でもまだ子どもの成長に確信がもてたわけじゃないので、
これからもがんばっていきます!

jun24kawajun24kawa2008/01/19 08:34一言、期待していますよ。
近畿は『学び合い』後進地域です。結果を出してね。サポートしますよ。

08/01/16(水)

[]出張 22:37 出張 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出張 - 西川純のメモ 出張 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 出張は大嫌いです。しかし、明日は大阪、明後日は名古屋の同志と飲める。大学でほとほとあほらくしなったので、ちょうどいい、気分転換です。

[]大学 21:35 大学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大学 - 西川純のメモ 大学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 潰れそうな大学が私学には多いことが新聞にありました。ところが国立は親方日の丸です。仕事をやらないほど、報われる大学もあります・・・。それでも潰れないから、変わらない。

OB1989OB19892008/01/16 22:44気をつけてお出かけください。

jun24kawajun24kawa2008/01/16 22:48ありがとうございます。
行ってきます。

08/01/15(火)

[]夏休み 22:53 夏休み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夏休み - 西川純のメモ 夏休み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夏休みの予定が入り始めています。今のところ13日分の出張が入っています。私は先約優先です。

[]三題噺 21:57 三題噺 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 三題噺 - 西川純のメモ 三題噺 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 イヌの親子を見ていると、お互いのオシリに鼻をくっつけてにおいの確認をしています。ニオイによってお互いの確認をしています。ニオイというのは、五感の中でもっとも根源的な感覚のように感じます。

 私はゼミの飲み会を6時開始にするよう学生さんに強くお願いします。というのは、6時開始だと8時頃に終了です。となれば、8時15分頃には家に帰れて、息子と一緒に風呂に入れます。そして、9時前に添い寝が出来ます。

 本日も息子と風呂に入りました。体を拭き終わった息子が、風呂場から居間に走り始めました。その時です。私が「ぶっ」とオナラをしました(尾籠な話ですみません)。と、走り出した息子が「ピタッ」と止まり、私の顔を見ながら「オナラ~?」と言いました。ただちに私のそばに寄り、私のオシリに鼻をくっつけて、「お父さんのオナラ」とニコニコして私の顔を見ます。そこで、私が「お父さんのオナラ」と応えると、もう一回、私のオシリに鼻をくっつけて「お父さんのオナラ!!!」と叫んで、ニコニコと居間に走り出しました。こんな思い出が出来るから、息子との風呂はやめられません!

[]インターナショナル 21:57 インターナショナル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - インターナショナル - 西川純のメモ インターナショナル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ハンガリーで日本語を教えているWさんが上越に来ました。百の言葉より、1回のライブ!上越のS小学校に行き、『学び合い』のライブを見てもらいました。

 『学び合い』のことを本で書いても、ごく普通の先生は、旧来の枠組みで理解してしまします。また、疑う人は「嘘だ~」と思います。しかし、ライブを見れば、私が書いていることが嘘ではなく、ごくごく普通なことであることが分かります。本日のS小学校の子どもたち、そして先生方は、ごく普通な姿を見せてくれました。

 大学に戻ってから、院生さんたちといろいろ話してもらいました。その中で、Wさんはハンガリーの学生さんたちに『学び合い』を理解してもらうために、HP(http://www.iamjun.com)にアップしている「『学び合い』の手引き書」をハンガリー語に翻訳したいとおっしゃいました。大笑いして、即OKです。そこで、翻訳は自分でやるのではなく、学生さんの課題とすることを勧めました。そこで、「版権は?」とWさんがおっしゃるので、「インターネットで公開しているので、版権等は気にせず、自由にお使い下ださい」と言いましたら、「ハンガリーで本にしたときは・・」とおっしゃったので、ひときわ大きな大笑いで「どうぞどうぞ、本にしてください。馬鹿売れして大金持ちにしてください」と即OKしました。ということで、『学び合い』本の最初の外国版は、ハンガリー語かもしれません。外国が大嫌いで、舞い込む海外の仕事を全て断っている私ですが、Who’s who in the Worldに掲載されるのです。本当になるかもしれません。いやWさんは、それだけの志のある方です。楽しいな~

追伸 ピアジェの向こうを張る研究をWさんに提案しました。歴史に残る研究者の本の謝辞に、私の名前が載るかもしれない。これまた楽しいな~

OB1989OB19892008/01/15 22:17世界進出が現実的になってきましたね。血滾り肉躍りますね。

jun24kawajun24kawa2008/01/15 22:21夢を共有しましょうね。

ハンガリーのWハンガリーのW2008/01/16 07:52昨日はお忙しい中いろいろご配慮くださりありがとうございました。ライブを見せてくださった先生方、相手をしてくださった院生の方々にも感謝の気持ちで一杯です。ハンガリーからよい報告ができるよう動いていきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2008/01/16 07:57期待してますよ。
ついでにフィンランド語にも訳して下さい。
あはははは

OB1989OB19892008/01/17 22:35夏のフォーラムは,8月8日(金)~9日(土)に新潟市内で開催される予定です。

jun24kawajun24kawa2008/01/18 09:22了解しました。ありがとうございます。

katunori-skatunori-s2008/01/18 23:21三崎先生のコメントは、おそらく私宛ですね。日程がわからず質問のコメントを書いた後、西川先生の日程を確認して「!」と思ったのでした。すぐコメントを削除したのですが、当然遅いですよね。はてなアンテナでも流れてきました。お手数をおかけし申し訳ありません。そしてありがとうございます。必ずうかがいます。

08/01/14(月)

[]インターネット 21:58 インターネット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - インターネット - 西川純のメモ インターネット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人の命は地球より重い、と言われます。交通事故でお亡くなりになる方は多いです。交通事故を根絶する確実な方法は、車を廃止すればいい。そうすれば交通事故は無くなります。が、廃止することはありえません。何故か?もし、車を廃止したら、物流は江戸時代レベルになります。そうなれば、大都市圏では食品が流れなくなります。1ヶ月以内に餓死者が出るでしょう。いや、それ以前に社会的混乱のために、数百万人レベルの死亡者がうまれるでしょう。そのために、そんなことがありません。そして、そこまで行く以前に、車の恩恵を受けている人が大多数なので、そんなこと実現するはずありません。

 かつて某大学の情報管理担当の先生と議論した際、「西川さん、今の時代で一番大事なのはなんだか分かっているか!それはセキュリティーだ!」と声を荒げられました。それを聞いて、議論する価値が無いと思い議論をやめました。この方の言っていることは、セキュリティが話題になる現在では、一見正しいように見えます。しかし、違います。一番大事なのは、情報の流通によって新たな価値が生じることが大事なのです。セキュリティは、その価値とのバランスで求められる二次的なものでしかありません。

 しかし、以上のことが大手を振って歩いています。今、教育現場では、セキュリティの美名のもと、校外インターネットを制限しようとしています。校外インターネットを制限したならば、それはインターネットではありません。それは私が大学生の時代からあったLanに過ぎません。インターネットとは似て非なるものです。インターネットはいかがわしいものです。脱法・エログロが充満しています。しかし、それ故に大発展しています。今では古典芸能といわれる歌舞伎だって、ありゃ、春をひさぐ(古い言葉だ~)ものだったことは周知の事実。源氏物語は当時身分の低かった女性の書いたハーレークイーンロマンス、いや、はっきり言えばエロ小説です。

 人間のどろどろしたエネルギーが込められているからこそ、日進月歩の進歩がある。それが問題だと制限したら、危険は少なくなるかもしれませんが、それから得られるであろうメリットが失われる。ただし、担当者が悪いわけではありません。第一に、偉い人がインターネットから生じるメリットを求めていない(知らない)ことが原因です。だから、その管理下の担当者は小役人となります。また、現場の教師の多くが、インターネットを利用していない。だから文句を言わないのです。まあ、歴史上、これが初めてではありません。鉄道が敷設されるとき、「毛唐の魔法」、「煙をまき散らす、怪しげなもの」と言って排斥した地域があります。その当時は、それなりの説得力を持っていました。しかし、そういった地域は衰退しました。でも、残念ながら、思います。「馬鹿だ~」

 多くのお金をかけて、私を呼んでいただける組織があります。でも、そんなことはインターネットのテレビ電話(スカイプなど)を利用すれば、いとも簡単に実現します。私にとっても、1時間半の講演のために、1~3日を費やすこともないので、非常に楽です。インターネットはもっと、もっと、凄い可能性があります。それを、小役人的な対応のために、どんどんつぶしていく。その被害を受けるのは、子どもなんです。

追伸 上記のとは逆に、インターネットの可能性の芽をつぶさない地域もあります。是非、インターネットを活用しましょう。なにしろ、無料が基本の世界ですから、使い得です。

F-KatagiriF-Katagiri2008/01/19 06:53学校で先生とスカイプできなくなっちゃいました~。
しかし、そのうち個人的に開通する予定です。
NEIN(県のネット網)では、はてなのグループのページは見られますが、グループではないはてなダイアリーは見られません。全く不便です。

jun24kawajun24kawa2008/01/19 08:33通信ネットがあるから、あれ使えないかな~。

08/01/13(日)

[]どんと祭 22:38 どんと祭 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どんと祭 - 西川純のメモ どんと祭 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は町内の神社のどんと祭です。息子が小学校に入学したことで、今年から子供会に参加しました。その関連で、どんと祭の準備に汗しました。町内のイベントに、裏方さんが一杯いることを知りました。感謝です。無料のお汁粉が配られ、餅ずきの息子は大喜びでした。

[]面接の種明かし 23:11 面接の種明かし - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 面接の種明かし - 西川純のメモ 面接の種明かし - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモに面接のことを書きました。すばらしい人と、そうでない人の差が出るか種明かしします。

 教職大学院で最も重視するのは、教職に対する熱意です。ただし、教職に対する熱意のある方にも二種類あります。「社会的に評価され、かつ、公務員の中では比較的収入の多い職業で、地元で就職できる」という職業としてなりたいと思っている人がいます。一方、子どもを大人にすることに関わることによって自己実現できる職業であることに魅力を感じている人です。両者は相互に関連します。しかし、人によって、どちらかに偏っています。言うまでもなく、教職大学院では後者の人を望んでいます。

 これは面接をすると、どちらかが分かります。後者の人は、どんな形にせよ、教えることを経験することを望みます。そして、その経験を色々考えます。それとの関係で、様々な情報を収集し、省察します。従って、知識が複雑に階層化されています。それ故、色々な角度で質問しても、自身の経験を基にした自分の考えを語ることが出来ます。

 ところが、前者の人の場合、教えることを経験することを必ずしも望みません。また、その経験を色々と考えず、また、情報収集もしません。そこに研究希望調書を書くために情報収集を急にします。そのため、知識がきわめて平板になります。こういう人を面接すると、話せば話すほど、哀れになってきます。

 上記の差は、生活の差であって、付け焼き刃は不可能です。

08/01/12(土)

[]英才教育 22:11 英才教育 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 英才教育 - 西川純のメモ 英才教育 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 平成13年の冬に教科臨床学の最初のセミナーを行いました。Mご夫妻は、その時からご参加いただいています。当時、小学校低学年のMご夫妻のお子様は、ちょこなんと会場におられていました。それ以来、そのお子様は多くの会合に参加していただきました。参加率は、トップレベルです。まさに、我がゼミの英才教育です。

 それを超える英才教育があることを知りました。ビックリ。同志Kさんのメールの中に以下がありました。

 『昨晩、息子が枕元においてあった、西川研の本を読むよう、せがむので読んであげました。2行ほどですぐに、注意がそれるのですがまた読んでとせがまれ、また読む・・・ということを3回くらい繰り返しました。それにしても、先生の本を音読したのは、初めてということに気づきました・・・。西川先生もお身体をお大事にご活躍ください。』

 幼稚園にも入る前です。凄い英才教育です。でも、当然です。だって、私の名前の「純」を受け継いでいるお子様ですから。賢くて、優しくて、美しいに決まっています。『学び合い』は教育の考えと言うより、人間集団の管理の仕方であり、人の生き方です。その時期から学んでいるのですから、最低でも日本国の首相、いや、世界の歴史を変える方になるかもしれない。

でしょ、Kさん。

[]受験生 22:11 受験生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 受験生 - 西川純のメモ 受験生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は今から21年前に上越教育大学に就職しました。そして、それ以来、大学院入試に関わっています。面接ではいろいろな人たちの話を聞きました。すばらし方も、そうでない方もいらっしゃいます。

 本日は、教職大学院の最初に試験です。いろいろな方の面接を行いました。そして、ビックリしました。というのは、私が面接した方々は、この21年間の受験で出会った中の、最高のレベルの受験生「だけ」で占められています。初めてお会いするある学卒院生の場合、21年間で一度も出したことのない面接点100を出しました。いや~・・すばらしい。

[]イベントが無くとも 22:11 イベントが無くとも - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - イベントが無くとも - 西川純のメモ イベントが無くとも - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎日の普通な生活の中にこそ、喜びがあります。イベントで感じる喜びは、「まれ」な喜びです。日々の生活がずっと続きます。だから、その日々の生活の中にこそ喜びがあると感じられるならば、それが幸せだと思います。私の場合、ごく普通の生活の、いろいろな場面に幸せを感じます。特に、家族に関して。ごく普通の生活の中に喜びを感じ、家内と息子が世の中に生まれたことを感謝し、それが続くことを願います。

 昨日の息子の祈りのことをメモにアップしました。ある方より、「何かあったのですか?」と聞かれました。しかし、特段ありません。ごく普通の一日です。その中で、息子は祈りました。きっと息子も日々の生活の中に喜びを感じ、それが続くように願ったのだと思います。

 ちなみに、本日、大学院入試の仕事から帰ってきたら、息子が「おとうさん、今日、大事件があったんだよ~」と息を切らせて報告がありました。なんだろう、と思って聞きました。「あのね、3番目の歯が抜けたんだよ~」とのことでした。最近、ぐらぐらした下の前歯が抜けたそうです。ものすごく、自慢げに報告しました。彼にとっては、そして、我が家にとっては大イベントです。

[]明日の教室 12:18 明日の教室 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明日の教室 - 西川純のメモ 明日の教室 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 京都の講演の案内が決まりました。以下の通りです。

 日時:2月2日(土)  13:30~17:00

 会場:京都橘大学児優館 

http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

 講師:西川純さん@上越教育大学

 内容:「学び合い」を学ぶ

 会費:一般2000円、学生1500円

 詳しくは以下をご参照下さい。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/01/22_4634.html

KですKです2008/01/13 00:41その通りです。期待してくださいね!なんちゃって。

jun24kawajun24kawa2008/01/13 06:45はい期待していますよ。

OB1989OB19892008/01/13 06:58先日読んだPHPに「人生の幸せは平凡なことです」の記事がありました。まさにその通りだと思います。N先生に共感します。

MizuochiMizuochi2008/01/13 16:42我が家の「英才教育」にコメントをいただきありがとうございます。
また、そののカテゴリーが「大事なこと」というのは流石ですね!
末永くよろしくお願いいたします。。。

jun24kawajun24kawa2008/01/13 17:01OB1989さんへ
 ありがとうございます。家庭の幸せがすべての基本ですよね。
Mさんへ
 お嬢様が日本最初の女性首相になることを期待しています。

08/01/11(金)

[]祈り 22:00 祈り - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 祈り - 西川純のメモ 祈り - 西川純のメモ のブックマークコメント

 風呂上がりに、脱衣場の隅で息子が両手を合わせています。何しているんだろうと聞き耳を立てると、「・・・お父さん、お母さんの二人が長生きしますように」と小声で祈っていました。

janglejapjanglejap2008/01/11 22:12なんと!感動的です。じ~んとします。

jun24kawajun24kawa2008/01/12 06:43はい、思わず私も、「神様、仏様、ご先祖様、○○をお授け頂き感謝します。○○をお守り下さい」と小さい声で祈りました。

08/01/10(木)

[]まず、やる 22:01 まず、やる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - まず、やる - 西川純のメモ まず、やる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 偉そうなことを書いていますが、私は人一番、小心者です。夜寝るときに考え始めると、1時間でも、2時間でも不安で眠れなくなります。自分に、言い聞かせるように書きます。不安になったときの対処法は四つです。それらの順序はなく、以下のことをぐるぐるとやります。

第一は、調べる。

 不安の原因は、知らないことが第一です。とにかく、調べることです。それは人に聞いてみる、ネットで調べる、本を読んでみる、です。

第二は、話す。

 一人でため込むより。とにかく話すのです。話すことによって気が晴れますし、それより別な見方を教えてもらえます。

第三は、最悪は何かを考える。

 現状というのは、自分が考える最高の状態でないですが、でも、最悪の状態でもありません。最悪である、と思ったとしても、それ以下はあるはずです。今心配していることによって引き起こされる最悪を冷静に分析すると、たいしたことではないことが分かります。そこで、最悪の場合もしょうがない、とあきらめれば気楽になります。

第四は、とにかくもがく。

 黙って何もしないより、確実にプラスに働くことをします。成功すればいっきに解決と言うことよりも、確実に前進することをやります。少なくとも、やっている間は不安から逃れることが出来ます。

 逆に言えば、不安の原因は、以上の逆です。即ち、調べない、話さない、よく考えない、何もしない、です。不安な人は、この4つを兼ね備えています。少なくとも、4つのうち一つでもやれば、不安は軽減できます。

追伸 このメモのカテゴリーは「ゼミ」です。あははは

katunori-skatunori-s2008/01/11 06:22メモのカテゴリが「ゼミ」だというのは、先生と濃密に関わっていらっしゃる方にはよくわかる事情なのでしょうね。
わたしも不眠気味ですがどちらかと言えばワクワクして寝られません。学校に行きたくて。ワーカーホリックかも。
不安になった時の対処4つ、「確かに!」と納得しました。

<以下は、蛇足です>
でも、私には5つ目があります。誤解をおそれずに書けば「あきらめる」です。(苦笑)消極的な意味ではありません。これをしないといのちがあぶない学校の先生が想像よりも多いように思うからです。「教員が、子どもの生活の何もかもを背負ってあげることなどできない」わけですからね。

katunori-skatunori-s2008/01/11 06:25蛇足に蛇足を重ねます。失礼します。
第4の「もがく」、「黙って何もしないより、確実にプラスに働くことを」に関連して。自分は『悩むな、考えろ!』と自分に言い聞かせています。そして、ともかく行動します。

今回の先生の文章から、生き方についてご教示いただきました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/01/11 06:30ありがとうございます。
あきらめる、確かにそうですね。
私の場合は、最悪のことを考えるの中に含めていました。
あわてて、加筆しました。

08/01/09(水)

[]忙しさ 22:05 忙しさ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 忙しさ - 西川純のメモ 忙しさ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 過去に、何回も書いたことを再度書きます。

 私はとても忙しい人だと思います。

 年間50日以上、講演や会議のために出張いたします。

 年間に1~2冊の本を書いております。

 年間に学会誌論文及び教師用雑誌論文を20~30書いております。

 日本理科教育学会の学会誌編集委員長を務めております。

 全員で約20人ほどのゼミ生のゼミ運営をしております。

 連合博士課程で院生を指導し、毎年、大学教員を生産しております。

 来年度より教職大学院が立ち上がりますが、私はその立案者です。

 もちろん、上記以外に、平常の授業のあり、公務があります。

 仕事の分担を割り振ると「西川先生、忙しいんです・・」とおっしゃる方の殆どは、私の半分も忙しくはありません。そういう人は、上記を詳細に語って、「じゃあ、あなたが仕事を分担しないことによって、この私がこれ以上分担することが正当化される、あなたの忙しさを説明して」と言ってニコニコします。

 私は日に約百のメールの返信を行っています。それも、直ちに、です。教師用雑誌より依頼原稿を受けた場合、短い文だったら2時間程度で、長い原稿でも数日で返信します。それ故、「お忙しいのに、返信が早くてビックリします」とよく言われます。それを言われるたびに、苦笑します。忙しいから、返信が早いのです。返信が遅い人は、とりあえず、返信を送らせても大丈夫だと思っているんです。でも、私の場合は、目の前の仕事を直ぐに片付けないと、後からくる仕事の山と合体し、動きがとれなくなることを知っています。

追伸 但し、他の人との調整が必要な仕事の場合は、私も、返信が遅くなる場合があります。

[]不治の病 08:58 不治の病 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不治の病 - 西川純のメモ 不治の病 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私には「お節介」という不治の病があります。それがとても困ることを引き起こすことは少なくありません。例えば、AとBという人が対立していたとします。BさんがAさんを非難しているとします。ところが、私はAさんが何故そう言うことをしたかということを理解していたとします。そうすると、Aさんが発言する前に、私はBさんに説明し始めてしまうのです。それで納得頂ければいいのですが、大抵はBさんは納得して貰えません。そうなると、Bさんと私との議論になってしまいます。そして、Aさんは局外にいつのまにか移動し、私とBさんの対立ということになってしまいます。大人の理解としては、自分に直接実害が降りかかってこないならば黙っていればいい、と理解しているのですが。どうも、それが出来ません。

iku-nakaiku-naka2008/01/09 22:54「すぐやらないと、次の仕事が迫ってきて動きが取れないから、目の前の仕事をすぐやる」という部分はよく分かります。幾つもの仕事が重なると、仕事の処理スピードがものを言うことがありますから(と言っても、N先生ほど忙しくはありませんが・・・)。
追伸、もしかして少しお疲れですか?。文章に何となく「ピリピリ感」が漂っていますが・・・。

jun24kawajun24kawa2008/01/09 22:58わかりやすい性格でしょ。
あははははは
大学で嫌なことがあると、直ぐに、現れます。
正直、大学を移る時期かな、とも思います。
まあ、2年間は絶対に移れないのですが。

OB1989OB19892008/01/10 06:39奮い立つ勇気をもらえました。忙しさを見方につけられるようにモチベーションを高めたいと思います。感謝です。最近,移動中の車中で仕事ができるようになりました。

jun24kawajun24kawa2008/01/10 08:01互いに頑張りましょうね。

janglejapjanglejap2008/01/10 17:05今度、大学を変わられる時は関東においでくださるように願っております。

jun24kawajun24kawa2008/01/10 17:56よんでくれる大学があることを祈ります。
あははは

08/01/08(火)

[]机 22:30 机 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 机 - 西川純のメモ 机 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地元の上越で学校として『学び合い』を取り入れる学校が生まれました。学部生が複数おじゃましています。本当に大事にしてもらっています。このメモで紹介したように、教育実習でもないのに、授業を任せてもらっています。本日、ゼミ生から報告がありました。なんと、職員室にゼミ生用の机を用意していただいたそうです。感謝です。そして、自慢です。

[]罪なお菓子 22:22 罪なお菓子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 罪なお菓子 - 西川純のメモ 罪なお菓子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 年末、年始はごちそうが続きます。私のほうも年末・年始は特別なのだから、という都合の良い理由付けで食べます。ということで体重は増えます。新年度になり控えねばと心に誓います。が

 ゼミ関係者は全国的です。現職院生さんの場合は、伴侶の実家に帰省される場合もあります。それらの方々は、地域のお菓子をおみやげにします。ということで、ゼミの控え室横のお茶飲み場には、あふれるようなお菓子があります。どれも、おいしそう、いや、本当においしいものばかりです。一つだけ、と心に誓っても、もう一つ、もう一つ、となります。罪なお菓子です。

[][]昨日の問題 08:22 昨日の問題 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日の問題 - 西川純のメモ 昨日の問題 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモに二つの問題を書きました。第一問は、「子どもたちが課題を解決するために、学び合っています。そこに成績のよい子が近づいてきて「先生、先生、私こんなに早くできちゃったんだよ」とニコニコして言ってきました。あなたは、どうしますか?」という問題です。第二問は、「子どもたちが課題を解決するために、学び合っています。そこに成績の良くない子が近づいてきて「先生、先生、私こんなに早くできちゃったんだよ」とニコニコして言ってきました。あなたは、どうしますか?」です。

 この問題の典型的な不正解(つまり、一斉指導の教師が行うこと)とは、その子に聞こえるレベルの声の小ささで褒めるということです。「頑張った子を褒めるのが、何が悪いのか?」と思う教師が多いと思います。しかし、これをやるとクラスの子ども(特に成績の良い子)が、「あ~、先生は「その子」が出来れば褒めるんだ(評価するんだ)」と見破ります。そうすると、他の子どもと関わると言うことをやめ、自分が出来ることを優先します。

この問題を解答するための『学び合い』の基本的な「考え方」とは、「教師の仕事は集団の管理者である」ということとです。教師が子どもたちに求めるべきことは、「お前が出来るようになれ」ではなく、「お前達全員が出来るようになれ」なんです。二つの問題とも子どもが「自分が出来た」ということを教師に言いに来ているのです。ですので、本来求めていないことを言いに来ているのです。ですので、それにはあまり取り合わず(まあ、傷つけるほどの冷淡さはいけないですが)、「私はみんなができることを求めているんだ」ということを伝えなければなりません。さらに、それを伝えるべきは、「その子」ではなく、「みんな」なんです。

 ここから先は、各人が自分のクラスに置き換えて考えればいいと思います。まあ、典型的な解答は、前者に対しては、「ふ~ん、で、みんなは出来たのかな~。先生はみんなが出来ることが大事だって言ったよね。みんなが出来るようになるよう、よろしくね。」とクラスに聞こえるような声で言って、ニコニコしてするというのが一つです。あくまでも一例です。後者に対しては、「そうか、良かったね。どうやって分かるようになったの。そ~か~、●●ちゃん、●●ちゃんと相談して分かったんだね。いいな~。このクラスは、みんなで分かろうとするクラスなんだね。先生はとても嬉しいよ」と言うのが一つの例です。しつこいですが、考え方が大事で、その具体例は影にすぎません。

 なお、上記は学び合いの初級編、または、入門編にすぎません。中級段階に進めば、子どもは上記のような言いに来ません。彼らが本当に喜ぶのは、教師の与えた「みんなが出来る」ということをみんなで達成したときですから。だから、上記のような事例がある限りは、「私もまだまだだな~・・」と気を引き締めなければならないということです。

追伸です。

 言うまでもないことですが、「先生、これであっている?」と聞きに来たら、初期段階さえ成立していないことを意味しています。

katunori-skatunori-s2008/01/09 00:23まいりました。私のブログのタイトルを「入門期から始める」に変えないといけません。
それはともかく、この2問。
第1問については、おそらく不機嫌な気持ちを顔に出さないように必死で押さえながら「そうかい。それはよかったねえ。ところでめあては『みんなができる』なんだが、どうなってるかな?」と言ってきたように思います。
第2問については、「すごいね!どうしてわかったの?」とまちがいなく言います。こっちには自信があります。
学校の先生って、成績の良くない子にやさしいのかなあと思うことがあります。

jun24kawajun24kawa2008/01/09 08:50あはははは
なお、蛇足ながら、「そうか、良かったね。」はどうでも良いんです。重要なのは、「いいな~。このクラスは、みんなで分かろうとするクラスなんだね。先生はとても嬉しいよ」の部分です。最終的には、教師が、どんな冷たい対応してもへたれ無い子ども集団を作ります。ちなみに、私のゼミにおいて上記レベルの質問が私に来た場合、思いっきり馬鹿にした表情で、「なんでわたしにいいに来るの」と突き返します。新ゼミ生が4月頃に毎年受ける洗礼です。あはははは

katunori-skatunori-s2008/01/09 22:38「いいな~。このクラスは!」も自信があります。やってます。
しかし、へこたれない子ども集団づくりは、まだまだです。
「上機嫌で笑いながら怒る」はできますが、それはへこたれない子ども集団とは関係ないですね。まだまだ修行、修行…。

08/01/07(月)

[][]今年の計画の追加 23:05 今年の計画の追加 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今年の計画の追加 - 西川純のメモ 今年の計画の追加 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年やりたいことを追加したいと思います。二つの本をネット上で公開したいと思います。第一は、Q&A形式の本です。例えば、「子どもたちが課題を解決するために、学び合っています。そこに成績のよい子が近づいてきて「先生、先生、私こんなに早くできちゃったんだよ」とニコニコして言ってきました。あなたは、どうしますか?」という問題です。また、「子どもたちが課題を解決するために、学び合っています。そこに成績の良くない子が近づいてきて「先生、先生、私こんなに早くできちゃったんだよ」とニコニコして言ってきました。あなたは、どうしますか?」という問題です。そして、ありがちな対応と、『学び合い』の初期段階での対応、『学び合い』の中期段階での対応を書きます。もちろん、一つ一つの対応を「覚えて」もらうことが目的ではありません。結局、全ての対応が、みんな『学び合い』の基本的な考えから導かれることを理解してもらう方便です。

 もう一つは、教科書準拠の目標例です。今年、大学近くの小学校が学校として『学び合い』を取り入れました。その関係で、全ての先生に『学び合い』の手ほどきをしました。その時思ったのですが、多くの先生は、「では、私は何と子どもに目標を語ればいいのか?」が一番不安なようです。それを示さないと、実際にやることは出来ません。実際にやれば、ありがちな行動をしますので、それがだめなこと、そしてその理由は何故かを説明します。そうすれば、1週間程度で『学び合い』の初期段階に達します。後者の部分は上記のQ&Aですが、前者の子どもに語るべき目標例を教科書準拠で示せたらと思います。それも、4種類ぐらいのレベルの目標です。即ち、新規採用者用として1校時あたり3つ程度の目標が第一のレベルです。それを順々に与えて、それぞれで教師が介入すれば、あたかも一斉指導のように見える『学び合い』が出来ます。次のレベルは、1校時あたり1つ程度の目標です。まあ、『学び合い』に最初にトライする教職経験のある程度ある先生に対応したものです。次のレベルは、教科書の単元ごとに対応する目標です。これには「振り返りカード」や適切な補助資料もつけます。最後は、学期の最初に語るレベルの目標です。このレベルに達した人には、そんな手助けは不要なのですが、それ以前の方が、最終的にはどういう風になるのかをイメージするためにつけます。

 言うまでもないですが、先のQ&A集、また、目標集のいずれも、最終的には「捨てる」ことが目標です。そんなこと首っ引きで授業するなんてナンセンスです。結局、考え方を理解するための方便に過ぎません。一度、理解すれば、自分で解決できるはずです。そして、理解した仲間とつながれば、心の迷いにより失敗しても、それは自分の心に原因があることを理解できます。でも、この二つはとても有効な武器になるように思います。でも、それには多くの同志の協力が必要だと思います。

 同志各位へ 良いアイディアだと思いません?

[]予定 19:00 予定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予定 - 西川純のメモ 予定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に関係する行事、また、私の関係する講演会の予定をお知らせします。以下の内、松川中学校以外は、全て私の出張です。この他に、連合博士課程で出張が何回かあります。改めて、出張が多いと感じます。ふ~

 いずれにせよ、機会があったら是非、ご参加下さい。

追伸 この他に今年度中にある、『学び合い』に関する企画があればお知らせ下さい。

●第3回臨床理科授業研究会

 日時 2008年1月18日(金)13:30~16:30

 会場 長野県松川町立松川中学校

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20071204

●大阪府枚方市立楠葉西中学校研究発表会

 日時 2008年1月18日(金) 13:00~17:15

 会場 大阪府枚方市立楠葉西中学校

 http://schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=2720001

●刈谷市平成19年度福祉施設職員研修会 『異学年(年齢)学習について』

 日時 2008年1月19日(土) 13:30~15:00

 場所 刈谷市立かりがね保育園

●『学び合い』ミニミニ研修会

 日時 2008年1月26日(土)

 会場 新潟県新潟市クロスパル新潟(昨年のフォーラム会場です)

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20080107

●高崎市八幡小学校授業公開

 日時 2008年2月1日(金) 13:30~15:30

 会場 群馬県高崎市八幡小学校

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080106

●「明日の教室」講演会

 日時 2008年2月2日(土) 13:30から17:00

 会場 京都橘大学

 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2007/12/post_464f.html

 

●豊里小中学校講演会

 日時 2008年2月22日

 場所 宮城県登米市立豊里小中学校

●阿賀野高校講演会

 日時 2008年2月27日

 会場 新潟県立阿賀野高校

●第1回 『学び合い』を共に学び合うセミナー in 群馬

 日時 2008年2月23日(土) 13:00~17:00

 会場 ウェルサンピア高崎(群馬厚生年金福祉センターサンピア高崎)

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071217

●筑波大学集中

 日時 2008年3月6日~7日

 会場 筑波大学教育修士棟

MizuochiMizuochi2008/01/08 10:11Q&A集、目標集、とっても良いアイデア!
・・・というか、同じようなことを考えていたので
「やっぱり先を行かれちゃった感じ」です。
『学び合い』ミニミニ研修会で、ぜひやってみたいです。
よろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/01/08 10:17いっしょにやりましょうね。

janglejapjanglejap2008/01/08 20:58素晴らしいです!Q&A,目標集 待っています!

jun24kawajun24kawa2008/01/08 22:05協力して下さいね。

sumi-chansumi-chan2008/01/08 22:51さ、3年前から待ち望んでいたものの1つです!

『学び合い』に興味は持っているけど、具体的なイメージがわかなくてどんなことから初めていいのか分からない方(3年前の私)、また、初めてみたけどこんなんでいいのかな?と不安を感じている方(今の私)には、とってもありがたいと思います。
また、Q&A集、目標集、を作っていく過程で、『学び合い』についての『学び合い』が促進されると思います。
楽しみですね〜!

jun24kawajun24kawa2008/01/09 08:47あははは
協力して下さいよ。お、ね、が、い。

08/01/06(日)

[]学校公開 22:44 学校公開 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校公開 - 西川純のメモ 学校公開 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校として『学び合い』に取り組んでいる群馬県高崎市の八幡小学校(小川博揮校長)が 平成18・19年度高崎市学力向上フロンティア事業に関連して、『学び合い』による公開授業をいたします。学校として取り組んでいるのですから、当然、一人一人の先生方ごとの迷いや確信の温度差があります。しかし、学校レベルでの取り組みを公開していただけると言うことは、とても意味があります。是非おいで下さい。

1 期  日

平成20年2月1日(金) 13:30~15:30

2 場  所

  授業:各教室

パネルディスカッション:オープン教室(参加人数によって体育館になります)

3 公開内容

  13:30~14:15 5校時 授業公開(各教室)

 14:30~15:30

  パネルディスカッション

パネラー:

    上越教育大学 西川純教授

    高崎市教育委員会 本多利幸指導主事

    保護者代表

    児童代表

    研究主任 平野くに子教諭

4 備  考

・できる限り乗り合わせでお願いします。

・授業公開は各学年とも1~2クラスを予定します。教科等は国語・算数・社会・理科を 中心にその他教科も公開します。教師が「明確な課題提示」を行い、児童の自由な学習 情報交換の場で教師が「必要な情報を可視化」(クラス全員に情報のありかを広く伝える)します。指導案は作成しません。

・以下にある「学び合い」の授業の見方を参照してください。

・授業を参観いただける方は校長先生の了解を得た上、

学校名、参加者氏名(授業、パネルのそれぞれに参加する場合は○をつけてください)、自家用車台数見込みを明記したものをFAX(027-328-2192)でお送りください。

5 学び合い』 の授業を見ていただくときの注意

※児童がどんな会話をしているのか、そばに寄って聞いてください。

○黒板に「明確な課題」が示してあるか。

○課題追求に入る前に「みんなで」わかる・できることが児童に伝わっているか。

○教師は、課題追求のとき、児童が見つけた課題解決を促す情報のありかを「可視化」しているか。(「これは役に立つね」「いい考えがみつけられたね」など全体の児童に伝える)

○児童は、自力解決したり、友だちと話し合ったりして、課題解決に向けて必要な情報を集め、考えを整理しているか。

○「みんなで課題解決できたか」「どのように課題解決できたか」をたずねているか。

katunori-skatunori-s2008/01/07 06:41パネラーに、「保護者代表」はともかく「児童代表」がいるのですね。驚きました。先生の「初夢」が、実現に一歩近づいていますね。

jun24kawajun24kawa2008/01/07 08:47はい、少しづつですが前進です。
でも、考えてみれば、当事者の子どもを参加させない方が、変ですよ。あははは

katunori-skatunori-s2008/01/07 21:21職員室で「子どもがパネラーですよ、すごいですね」と話題にしました。こういう話には「なるほど、すごいねえ」という肯定的な反応が多いのでした。「グループ学習の手引き」からはなかなか離れてくださらないのに(^_^;)

jun24kawajun24kawa2008/01/07 21:36本当に教師の業は深いと思います。
期待しております。

iku-nakaiku-naka2008/01/07 21:52今日、校長先生に「行っても良いですか~」と一応確認(?)をしてみました(もちろんOKだと思っていました)。申し込みが後日になると思いますが、是非参加させて頂きたいと思っています。宜しくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/01/07 22:04出来るだけ、複数の人と行くと良いですよ。
学びあえます。

08/01/05(土)

[][]子育て 22:38 子育て - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子育て - 西川純のメモ 子育て - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教師が大事だと思っていて、我々は不要(いや、有害)と思っていることは、保護者は絶対にすべきことです。

 教師は過程を見るのではなく、結果を見ていることを伝えるべきだ、と主張します。でも、子どもは過程を見て欲しい。それを見るべきは同級生ですし、それ以上に保護者が見るべきだと思います。

 「その子」が問題を起こしても、教師は「その子」をしかるべきではない(例外は身体・生命に関わること、人権に関わること)、と主張します。しかし、子どもは悪いことをしたら叱られるべきです。しかし、それを叱るべきは同級生ですし、それ以上保護者が叱るべきです。

 子どもが勉強で躓いたとき、それを教えるべきではない、と主張します。でも、躓きは解消すべきです。その解消をするのは同級生ですし、それ以上に保護者がちゃんと子どもの勉強を見るべきです。

 多くの教師が大事だと思っていて、我々は不要(いや、有害)と思っていることは、数十人の子どもを預かっている教師には不可能です。中途半端にやろうとすると、多くの子どもがそれを受けられないから、我々は有害だと主張しているのです。でも、保護者は可能なはずですし、そうすべきです。

 人の相性は不思議なものです。善意の教師がどんなにしても、ダメなものはダメかもしれません。しかし、保護者はダメなものはダメかもしれないが、それでもトライし続けて、可能にするかもしれません。だって、数十年間という時間を費やせるのは保護者だけですから(伴侶もですが・・・)。

 私は息子が、私以上に担任教師になついて欲しくない。担任教師が息子にチュッチュして欲しくはないし、息子が担任にチュッチュして欲しくはない。それらは親である私の権利であり、義務だからです。担任教師には私とは別のこと、そして、私には出来ないことをお願いしたい。それは、『学び合い』を成立させ、クラス集団を健全にして欲しいと思います。もし、保護者が親の代わりを教師に求めたとしたら、不健全ではないでしょうか?同様に、教師がそれを望んでいたり、当然と思っていたとしたら不健全ではないでしょうか?子育ては、保護者の権利であり、義務です。学校は子育ての場ではありません。

追伸 息子は学校のトイレは苦手です。ということで、先月、担任の先生に「下」のお世話をしていただきました。本当に感謝しています。しかし、それは突発的なことであり、定常的にそれを願ったり、期待することはありえません。息子のおしりを拭けるのは私の権利です。あははは

08/01/04(金)

[]社会科離れ 17:20 社会科離れ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 社会科離れ - 西川純のメモ 社会科離れ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「理科離れ」という言葉は一般的ですが、実は「社会科離れ」も深刻です。身近な学生さんと話してみると、理科に勝るとも劣らないほど社会科は大嫌いだといっていました。当然、社会科を大事に思っている先生方にとっては深刻な問題です。では、そのような先生方が考える「社会科離れ」の原因は何か、また、解決策は何かを調べてみました。すると、理科を大事に思っている先生方が考える、「理科離れ」の原因とその解決策と全く同じです。つまり、その道のエキスパートの人は、素人の人が何を悩んでいるかを理解できないという認知心理学の結果を証明するような分析をしています。つまり、エキスパートの人が考えるような小難しい原因ではなく、ようは分からないのです。

そして、その解決策は、面白くて・分かりやすい、教材・指導法です。最近はやりの「●●力」というネーミングをつけていますが、そのような言葉の虚飾をはぎ取れば、何の新鮮味もない精神論です。まるで、竹槍でアメリカ軍を撃退できるというようなものです。そんな教材・指導法で何とか出来るようなものであれば、百年前から解決できます。また、最近はやりの脳科学の分析は、私にとっては「最新理論に基づくダイエット法」と同じで、どっか眉唾物です。というのは、とても大事なところになると専門用語が出てきて、「そういうものだ」ということを納得させられます。素人ですが、脳科学が教育に関連づけられるとは、すみませんが私は思いません(理由は、次のメモに書きますので省略します)。

我々の分析によれば、社会科離れが起こるのは、小難しい理屈は不要で、ようは現状の社会科が壊滅的にひどい教え方をしているということにつきます。その原因を理解している私にとっては、現状の社会科で分かる子がいる、いや、嫌わない子がいる、ということの方が驚異的に思えます。あたかも中学校英語しか教えられていない生徒に、古英語のシェークスピアを教材に与え、それを理解せよと求めているようなものです。このあたりは、「社会科」(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071020)に書きました。

そして、解決策はたいていは社会科好きの人(つまり社会を大事にしている教師の人)が自分の過去を思い出して有効だった方法を子どもたちに適用しようとします。私は小学校、中学校、高校の社会科の全ての成績は「5」(現在だと10)以外とったことがありません。そして、一度もテスト勉強をしたことがありません。テスト勉強をせずに成績が良かった理由は本が大好きだったからです。小学校低学年、中学年では偉人伝を読みあさりましたし、高学年以降は「椿説弓張月」、「太平記」、「太閤記」、「水滸伝」、「三国志」、「戦争と平和」・・・・などを読みあさっていれば、覚えるつもりが無くてもたいていのテストの問題は解けます。社会科好きの人は私のような方は少なくないと思います。そのような人は、上記のような読み物を読むことを進めます。しかし、上記の読み物が面白いと思える人だったら、すでに読んでいるはずです。どうも我々は自分と違うタイプの人を想像するのが難しいようです。結局、一人一人の理解の仕方が違うことを前提とする『学び合い』しか解決するすべはないと思います。一人一人が現在最高のスーパーコンピューター以上のパターン認識能力と表現力を持った人間という最高の教材を駆使して、自分にあった学習を探すしかないのです。

現状の社会科を学ぶ子どもたちは可哀想すぎます。


[]脳科学 17:20 脳科学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脳科学 - 西川純のメモ 脳科学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は脳科学の素人です。しかし、素人考えからでも、それが教育に役に立たないことを、かなりの確信をもって断言できます。

 ガンの特効薬を開発すればノーベル賞がとれることは、おおかたの人が認めることだと思います。が、ガンに関してはかなり解明されています。ところが、脳は遙かに未知です。もし、学ぶという人間の最高の精神活動を脳のレベルで記述したり、予測できる確たる理論があるなら、ノーベル賞は与えられるはずです。さらに、それまでいかなくとも、それに近いレベルに達しているならば、ノーベル賞の下馬評には出るはずです。しかし、脳科学と人間の高度精神活動でノーベル賞の噂はないように思います。つまり、その程度ということです。

 私はかってICチップを半田ごてでつなげてコンピュータを作りました。現在のマザーボードを組み合わせて作るのとはレベルは違います。そして、どういう仕組みで1+1は2であることをコンピュータは計算でき、かけ算、割り算がどういう仕組みなのかを知っています。しかし、それと現実のコンピューター上のプログラムにはレベルが違いすぎます。ICチップは電気のON/OFFで考えます。しかし、それではプログラムを作るのが大変なのでアセンブラ言語というのが存在します。それらは、「Aという場所にある数を入れろ」、「Aという場所にある数とBという場所にある数を加算しAという場所に入れろ」というような単純な命令群です。しかし、それだとしてもON/OFFの羅列よりは遙かに分かりやすい。あとは、BIOSという入出力の取り決めがあり、どの場所に「00101111・・・・」と入れると、画面のどの場所の点が何色になるかという取り決めがあります。ICチップの専門家は上記のレベルぐらいしか知らないのです。まあ、どれだけの計算させると熱を発するかとか、通信のノイズはどのようなものかは知っていますが、その程度です。

 上記に述べたアセンブラ言語でプログラムを書くのは大変です。だから高級言語というのが存在します。例えば、「変数XとYというものがあり、それは整数を扱う。最初にキーボードで入力された数値をXに入れ・・・・」とうような言語です。私が最初に統計分析をしたのは、そのような言語でプログラムを作りました。ところが、そのような言語で、現在のウインドウズの画面で動いている単純な動きをプログラムしようとしたら、想像するだけで吐き気を催すほど大変です。だから、ウインドウズでゲームなどのプログラムを作る人は、高級言語でプログラムを作りません。プログラムの一群をまとめたモジュールがマイクロスフとで開発してあり、それを利用しています。そして、その一つのモジュールも超一流のスタッフ集団で開発しています。言うまでもなく、そのようなモジュールを利用したとしても、すばらしいソフトを制作するのは卓越した才能が必要です。

 本当はもっと複雑なのですが、ものすごく簡略化しても上記の通りです。さて、現実のIC技術者にウインドウズのプログラムに対して意見を求めたら、大笑いして、「そんなの分かるわけ無いよ」と言うはずです。素人が「でも、ウインドウズはコンピュータ上で動いているし、そのコンピュータはICで出来ているんでしょ」と言ったら、その技術者は上記のようなことを説明するでしょう。もし、IC技術者が「ウインドウズはコンピュータ上で動いているし、そのコンピュータはICで出来ているのだから、ICの基礎的知見はウインドウズのスフとを理解する基礎となる」とのたまったとしたら、それは素人をからかっているか、「詐欺」を働いているのだと思います。そして、その理由は、騙されたソフト会社から研究費をせしめようとしているのでしょう(まあ、騙されるソフト会社は皆無でしょうが)。

 「ウインドウズはコンピュータ上で動いているし、そのコンピュータはICで出来ているのだから、ICの基礎的知見はウインドウズのスフとを理解する基礎となる」という主張は、コンピュータを知らない人には、それなりの説得力を持つと思えますが、少しでも知っている人には噴飯ものです。同様に、「学習は脳で行われている。だから脳科学は学習を理解する基礎となる」という主張も同様です。私はかって失敗をしました(「基礎を学ぶ」http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20010331)。それ故、この手のことに関しては敏感です。

tsmumutsmumu2008/01/04 18:28社会科の話、非常に共感しました。そして耳が痛い話でした。常々自己体験の再生産のみによる教育はどこかおかしいと感じていました。そしてそれでは解決しないだろうとも思っていました。やっぱり、生徒と自分は同じであると考えがちなんですよね。頭でわかっていても、生徒と交わす会話の節々に自己体験が現れます。そして、そうした言葉が必ずしも生徒にとって有益でないということも感じています(生徒の顔がそらぞらしいですから)。でも、でてしまう。自分という枠に囚われてるんですよね。うーん。難しい。でもそこから抜け出したいと思います。

janglejapjanglejap2008/01/04 18:38西川研究室ホームページのカウンター 130000をふみました~。
感激です。(・・・本文と関係ないコメントですみません!)

iku-nakaiku-naka2008/01/04 21:00今日のN先生のお話はまさにその通りだと思います。社会科が好きな「生徒の傾向」も社会科が抱えている「教科としての課題」も。そして心が痛くなりました。私は一斉授業をしている時「自分の説明の仕方=テクニック」が授業の全てだと本気で思っていました。「どうやったら生徒が分かるプリントが作れるか?。」「どうやったら生徒が分かりやすい板書をするのか?。」に教材研究の大半を費やしていました。つまり、自己満足以外の何物でもなかったのです。一部の生徒が「先生の授業は分かりやすい」という声を鵜呑みにして、クラス全体を見切れていなかったと今になって痛感しています。「自分の枠」にはめることで安心している教師が多いと思います(私もそうです)。でも、それは本当に生徒の「学び」を保障していることにはならいと肝に銘じなければと改めて思いました。

jun24kawajun24kawa2008/01/05 07:42tsumumuさん、iku-nakaさんへ
 コメントありがとうございます。今お二人が理解していることを、どうやって多くの先生に伝えたらいいか、考えて下さいね。
janglejapさんへ
 おめでとうございます。記念品として、「140000もね」を贈ります。あはははは

08/01/03(木)

[]家族旅行 15:21 家族旅行 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家族旅行 - 西川純のメモ 家族旅行 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は温泉に家族旅行に行きました。風呂好きの息子と8回も温泉に入って、お肌もつるつるです。途中よったお店で家内が福引きを引いたら、なんと1等賞!今年も良いことが多いぞ!

MizuochiMizuochi2008/01/05 19:14明けましておめでとうございます。
『学び合い』を今年の流行語大賞にしましょう!
今年もよろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2008/01/05 21:59明けましておめでとうございます。
忙しい一年ですよ。

08/01/02(水)

[]今年したいこと 09:57 今年したいこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今年したいこと - 西川純のメモ 今年したいこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

今年したいことを順不同で書きます。いずれも既にメモに書いたものです。

上越教育大学の教職大学院を軌道に乗せたいと思います。そして、正当な評価を得たいと思います。すなわち、日本最高の教師教育の機関だという評価です。多くの仲間がいるのですから、実現できると思います。ただ、それにどれだけ時間がかかるか・・・。日本の教育システムは保守的ですから。でも、がんばります。

日本、そして上越で『学び合い』を根付かせたいと思います。幸い、旧年中に確かな足がかりを得ました。あとは、それをシステムにするだけです。

若い人に『学び合い』を伝えたい。準備はそろっています。昨年に、日本でもまれな能力と志をもった若い方に出会えた。どうやって形にしたらいいか、いま、考え中です。

特別支援と『学び合い』:今年度中に本を出します。しかし、もっと事例を増やしたいと思います。『学び合い』が学力向上に効果的な理由を、一人一人分析すれば、100人いれば100通りの過程があります。従って、そのレベルで個々の事例をおってもしょうがない。結局、子どもたちがトライアンドエラーの中で解決し、教師はそれが出来る環境を整える、というレベルは一貫していると思います。だから、事例を増やしてもしょうがないのですが、一般の先生方は、アスペルガータイプの特殊な指導法、ダウン症の特殊な指導法・・・というのもがあると思いこんでいます。本当は、アスペルガーという子どもはいなくて、本当は、その子のタイプしかないんですが・・・。

教師の仕事とは何かという本をまとめたいと思います。今までに、『学び合い』の同志ですら、教師の仕事だと思いこんでいることの殆どは不要だということを証明する実践研究があります。例えば、「教科書○ページから○ページを全員が出来るように」という課題を授業の最初に出すことがあります。しかし、本当は毎日毎日、その時間の課題を出すと言うことすら不要なんです。例えば、「今学期は教科書○ページから○ページを学びます。学習ドリルの○ページから○ページに対応します。指導要領ではプリントにあるようなことを学ぶべきであると書いてあります。先生の机の上には、教師用の指導書を置いてあります。自由に見ても結構です。また、必要ならば図書館に行って調べても結構です。○月○日、○月○日・・・にテストをします。全員が100点を取ってください。さあ、どうぞ」でいいんです。まあ、『学び合い』の同志でも、え!?と思うかもしれないのですから、一般の先生には荒唐無稽ですよね。

世にある教師用の本があります。『学び合い』では、あれを読むべきは教師ではなく、子どもだと考えています。そして、ユーザーの意見を吸収した製品がいいのは理の当然です。従って、実践の世界で巨星と言われた先生方の教師用本を子どもたちに料理してもらうのです。きっとすばらしい本が出来るはずです。

子どもが全部仕切る授業研究会をどこかでやってくれないかな~っと思っています。想像するだけで、腹がよじれるほど大笑いしたくなります。「本日は大変勉強になる授業を公開していただき、ありがとうございます」という無意味な前置きの後に、オブラードに包まれた非難、露骨な追従、その授業に無関係な自分自身の自慢・・・というものが無縁な研究会が実現されます。それを通して、多くの教師が、本当の授業研究とは何かに気づいて欲しいと思います。

学び合い』の社会の本を出したいと思います。『学び合い』はどの教科でも簡単なのですが、国語・社会が難しいと思われています。実は、その原因は教科の問題ではなく、その二つの教科では「何を学ぶのか」をあまり考えておらず、「どうやって教えるか」だけで授業をしている傾向が顕著だからです。現状の社会科は、あまりにもひどすぎる。社会か嫌いの子供が生まれる理由を、多くの教師は知っていません。実は、社会科の『学び合い』を実践している先生は少なくありません。それを形にしたいと思います。

学び合い』の評価の本を出したいと思います。『学び合い』における評価は、今までの評価とは次元が違います。ブルーム流の評価論とは全く違う地平を開きます。そうなれば、教師のしなければならない評価は何かを考えるでしょう。とても大事なことです。

もっと、もっとあります。とりあえず思いついたことを書きました。

iku-nakaiku-naka2008/01/02 18:51あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
『学び合い』の社会科の本の発刊を心待ちにしています。

janglejapjanglejap2008/01/02 21:31あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました!その二つの教科では「なにを学ぶのか」をあまり考えておらず、「どうやって教えるか」だけで授業をしている・・にみょうに納得していまいました。社会の本、特別支えんの本と共に楽しみにしております。今年はまず、先生のお顔を拝見できるようことが願いです。

katunori-skatunori-s2008/01/02 22:01さとう@山形です。
すばらしい初夢を見せていただきました。
先生に大笑いしていただくとともに、自分もその笑いの中にいたい。それをめざし、自分も関わらせていただきたいと願いを決めました。
その場面を思いうかべ、新春初笑いをさせていただきました。

santajunsantajun2008/01/02 23:10明けまして,おめでとうございます。
「あの子はアスペルガーだから・・・。」
という言葉を最近よく聞きます。ちょっと前までは,そうではありませんでした。ある校長先生にこの話をしたら,
「そうなんだよ。子どもをそれでパターン化してはダメなんだよ。」まさにそう思いました。
「気圧が下がるとそういう子はパニックを起しやすくなる・・。」最近,このような言葉を聞くと疲れてしまいます・・・・。早く本を出してくださいね。

rion_fujirion_fuji2008/01/03 09:27 あけましておめでとうございます。
 今年もやりましょう!

jun24kawajun24kawa2008/01/03 15:06皆々様 あけましておめでとうございます。
Iku-nakaさんへ
 もちろん、あなたに分担をお願いするつもりです。人ごとに考えないでね。
Janglejapさんへ
 次は群馬の会でお会いできますか?実物はハンサムですよ~(昔はね)。
さとうさんへ
 私は松竹新喜劇が大好きでした。大笑いして、そして、うれし泣き。そんなことの多い年にしたいですね。
Santajunさんへ
 あなたの休眠期が早く終わることをすっと待っていたんですよ。政治の分かるあなたなのですから、うまく大爆発させてね。
Rion_fujiさんへ
 1月からトップギアーでお願いしますね。

08/01/01(火)

[]明けましておめでとうございます 08:30 明けましておめでとうございます - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明けましておめでとうございます - 西川純のメモ 明けましておめでとうございます - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ぐっすり眠って、さわやかに起きました。新年の志を定める前に、まずはご挨拶申し上げます。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。