西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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07/12/30(日)

[]新戦略 17:48 新戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新戦略 - 西川純のメモ 新戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「不満」http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070808というメモに以下のようなことを書きました。

 『私は長年、携帯電話を使いませんでした。私の周りの人の殆どすべての人が使っているのにも関わらず使いませんでした。使ってみれば、これほど便利なものはありません。長年、意固地になって使わなかったのが、馬鹿みたいです。これは、ブログにせよ、電子メールにせよ、同じです。今では上記三つは、私の3種の神器になっています。

 なぜ、それをなかなか使わなかったかと言えば、とりあえず携帯電話が無くても、生活できるから不満があまりなかったからです。携帯電話が「もっともらしい」ことも、「生産的」であることも知っていました。しかし、私にとって携帯電話をピコピコ指で押している学生さんの姿は魔法使いのように思えました。そして、私がそれを使えるようになるには、そうとう大変だと思っていました。簡単に言えば、面倒だったんです。だから、いろいろな屁理屈・小理屈で先延ばしにしていました。』

 この壁を破るのは大変です。ところが、世の中には志の高い教師は少なくありません。とりあえずは人様から文句を言われない、いや、「良い先生」という評価を受けているにもかかわらず、新たな世界を挑戦する人がいます。私より数段も偉い方々です。現在、『学び合い』を背負っていただいている方々は、そういう方々です。その方々が、広げようとしていますが、なかなか手強い。どうしたらいいのだろうか・・・、と考えていたら新たな戦略が思いつきました。

 思考過程は、以下の通りです。まず、上記のメモのことを思い出して、自分の過去を振り返りました。そして、いかに私が携帯電話を拒否しつつけていたかを思い出しました。次に、「では、携帯電話はどうやって拡大したのだろうか?」と考えました。思い出してみたらば、携帯電話を最初に使い始めたのは若い人たちです。そうすると幸島のイモ洗い文化の伝搬を思い出しました。幸島でイモ洗いを発見したサルは若いサルです。そして、その文化は若いサルに広がりましたが、年長のサルは学びませんでした。そして、その若いサルが年長になり文化が定着しました。そう考えると、「漫画」、「アニメ」、「インターネット」の全ては若い世代から広がり、古い世代から罵詈雑言を浴びせられ続けました。しかし、それらを受け入れた世代が年長になることによって、文化として認められるようになってきました。

 私はかつて以下の論文を書きました。

 西川純、吉江健治(2000.9):理科教師の実践能力に関する事例的研究、上越教育大学研究紀要、20(1)、上越教育大学、29-37

 それによれば、教師の職能形成は、教材→指導法→集団の順番で発展します。そして『学び合い』の基礎的な見方である、集団を見るのはだいたい7、8年以上かかります。さらにいえば、その段階になっても教材でとどまっている教師も少なくありません。そのため、私の中には『学び合い』が分かるのは若い教師は難しい、という意識があったのだと思います。しかし、考えてみれば、経験を積めば「集団」の見方に達するというわけではありません。そして、経験を積めば「とりあえず」出来るようになります。つまり、経験を積めば積むほど、『学び合い』を受け入れがたくなるわけです。もちろん、経験を積んでいながら『学び合い』を受け入れられる人は、ひとたび受け入れれば凄い力を発揮します。そして、その影響力は大です。従って、その方々に広げる努力はし続けていく必要があります。しかし、若い人に広げる努力が足りなすぎていた、と反省しました。

 考えてみれば、その準備は十分に整っているように感じます。『学び合い』を理解した教師の手引きがあれば、新任2、3年の先生が数週間でも『学び合い』は十分に会得出来るということは証明済みです。いや、『学び合い』文化がクラスに根付いているならば、学部生でも飛び込みで『学び合い』が出来ることは証明済みです。さらに、かつてのYzさんの研究、また、今年のSさんの研究によって、教師同士の文化の伝達に関するシンプルなセオリーは解明済みです。

 あはははは。若い教師の『学び合い』の理解の過程を研究する、それは面白いテーマです。そのフィールドを確保するメドもつけられる。それを分析し、それを本にまとめる。タイトルは「若い教師のための『学び合い』」なんてどうでしょう。出来れば、漫画版なんて作ったら・・・・

 100%の勝算があります。あははははは

[]年末 15:07 年末 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 年末 - 西川純のメモ 年末 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は東京生まれの東京育ちです。そういう人に多いのですが、東京タワーに上ったことがありません。しかし、息子が願うので、登りました。メジャーな東京ディズニーランドや大宮の鉄道博物館には行きたがらず、息子が行きたがっていたのは葛西の地下鉄博物館です。行きましたが、がらがらでした。結果として、実物大の運転シュミュレーターを退職運転手(?)の方の指導の下に、思う存分楽しむことが出来ました。大喜びする息子を見て、私も楽しかった。

[]教職大学院 15:07 教職大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教職大学院 - 西川純のメモ 教職大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 年末です。今年一年を振り返りたいと思います。私以外には全く意味がないのですが、備忘のためにメモします。今から、3年後に見直したい。

 今から3年前に「新年に当たって(意味不明編)http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20050102」を書きました。それから3年たち、あの頃考えていた計画はほぼ満額を達成することが出来ました。今だから書けますが、あのときは、教職大学院をイメージしてメモりました。

 そのときの更に3年前に、学習臨床コースを立ち上げることに汗をかきまし。しかし、立ち上げの際の詰めが甘かったために、立ち上げ当初より、その限界を感じていました。そのため、ごく早い時期から、新たなコースを立ち上げることを考えていました。そんなことを数年考えていた、今から3年前の夏に専門職大学院制度を知りました。直ちに、その可能性を感じました。しかし、私が考えていたイメージを実現することは、現状の大学の組織から考えればほぼ無理です。

 大学は学術を基礎とする組織です。学術によって評価するシステムが基本です。従って、実践における業績がいくらあろうと、結局はそれは評価されません。従って、学術に関しては業績があっても、実践に関しては業績がない教員が殆どです。教職大学院では学術と実践が融合した組織であることが求められます。しかし、残念ながら、上記の通りの理由から、大学には学術だけのスタッフばかりです。そして人事的にはかつかつです。結果として、現在、大学にいるスタッフの横滑りが主になります。結果として、教職大学院を設立した大学の殆どでは、学術業績のみの教員が中心となり、実践のみの元教師でスタッフを構成します。前者が学術を語り、後者が実践を語り、学生の中で融合することが期待されます。しかし、学術と実践がバラバラでそれらが融合できないのは、今までの教員養成の歴史が証明しています。本当の学術と実践が融合するためには、学術と実践が融合した人が講義・演習をしなければならないと考えました。小中高の教員としての経験を持ち、実践に関しての業績を持ち、かつ、学術の業績を持つスタッフであることが必要です。さらに、その学術は現場実践の問題解決のための学術でなければなりません。具体的には、小中高の教職経験または、学校管理職の経験が必要です。そして、現場実践に関しての業績が必要です。例えば、自分の勤務校地域外での講演・各種団体の教育賞の受賞歴・教育委員会での委員経験が必要です。また、教師用雑誌における実践論文の業績が必要です。さらに、一定の基準を満たす学会における学術論文の業績が必要であり、教育に関する修士・博士の学位が必要です。このすべてを満たすスタッフが望まれます。ものすごい基準です。全員で170人以上という、平均的な教育学部の2倍のスタッフ数を誇り、かつ、現職経験者の大学教員が多いという上越教育大学でも十人はいません。おそらく平均的な教育学部では2、3人いるかいないかだと思われます。私は、上記のようなスタッフだけで大学院を作り、そのようなスタッフだからこそ出来るカリキュラムを実現するという、とてつもない望みを持ちました。望みを持ちましたが、正直、それが実現できるとは思えません。しかし、とにかくもがき続けました。

 上越教育大学の置かれた環境は厳しいものです。生半可な改革では生き残れません。それを理解した大学管理職の方針と、大学全体としての理解によって、その無理だと思った私の考える最高の教育を実現できる教職大学院が設立することが出来ました。そして、それを真に担えると思える人材を上越教育大学に迎え、迎えようとすることが出来ました。

 大満足です。よくぞここまで、と思います。そして、関係者の協力に感謝し、時代の流れを喜びたい。

 この大学院の設立の申請書に書かれた人は、2年間はそれに専念しなければなりません。私は最善を尽くすつもりです。しかし、同時に、上記の結果として、上越教育大学での私という位置は2年で終わると感じます。これだけ優秀な人ばかりがいるのですから、私の代わりはいくらでもいますし、私以上の働きをすると感じます。花伝書のいう次の時期に至ったことを感じます。しかし、次の姿がまだはっきりとは見えてきません。今から約十年前、私が研究し、指導するというスタイルから、学生さんと協働するというスタイルに移行しました。その際は、自分の進むべき道は、ある程度見えていたし、移行も自然でした。しかし、今回はまだ見えない。見えないのに、自分が上越教育大学に不必要になってくる時間が迫っていることを感じて、焦り始めています。