西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/11/10(土)

[]一年生 16:56 一年生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一年生 - 西川純のメモ 一年生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ある地域の小学校1年生の実践を見せていただきました。終わってから研究会です。地域の小学校、中学校の先生ばかりではなく、幼稚園、保育園の先生方が集まってきました。そこで実践を見た後、その数百人の方々の前でコメントを求められました。事前に会のコーディネーターの方から「きついコメントをしてね、その方が会が盛り上がるから」とのご指定がありました。そのため、「レベルの低い実践だ!」と切り捨てました(今思い出してもドキドキする気持ちで)。その後の質疑で、その実践をがんばった先生方から「どこがレベルの低いのか?説明してほしい」と言われました。当然です。平均的な1年生のレベルから言えば、高いレベルです。それをよく知っている小学校の先生の当然の反応です。私の応えは「それは、ここにおられる幼稚園・保育園の先生に聞いていただきたい。今日の実践と同じようなことは、私の息子は幼稚園の年長でやっていました。お子さんをお持ちの方だったら、よくおわかりのはずです。何が何だか分からない年少の子どもが、次の年になり年中になると激変します。さらに1年たって年長になるとさらに大人になります。小さい子どもの1年の成長の大きさはすごいものがあります。ここにおられる幼稚園・保育園の先生方にお伺いしたい、皆さんが年長で卒園させた子どもたちが半年たった姿として十分に成長しているでしょうか?」です。

 おそらく、きつい一言だったと思います。だって、その1年生の先生もお子さんがあれば、私の言っていることが分かるからです。その先生が悪いわけではありません。ただ、現在の学校が1年生を幼く、愚かにさせているだけです。本当は年長よりさらに成長している1年生は本当にすごい力があります。今年のM2のFさんはそれを実証した研究を行っています。

 さて、今、現場で1年生を担任している同志より以下のメールをいただきました。ご紹介します。

 『先週、病気のため4日間のお休みをいただき、やっと出勤しました。久し振りに会う子ども達。「みんなで、力を合わせて頑張っていた?」と聞くと、大きく頷く顔、顔、顔。きっと、自分たちも、頑張っていたという自信があったのでしょう。

 同僚から、「今日は、先生、先生って言われて、大変だったでしょう」と言われたけれど、そう言えば、1年生なのにA君一人を除いて、そんなことなかったなあと一日を振り返りました。さびしいような気もしますが、思わず、にんまり。それが、我がクラスの目指している姿ですから。

 面白い場面も見かけました。

 先日たくさん拾ってきたどんぐりを使って、生活科で、画用紙にお絵かきをしました。どんぐりをテープやのりで貼ったり、クレヨンで絵を書き足したり、楽しい秋の作品が仕上がっていきます。作品が仕上がると、それぞれ、自分の作品を壁面の自分のコーナーに展示に行って、クリップでとめます。A君、たくさんののりの上に、どんぐりを並べました。そして、作品が仕上がると、一番高いところにある自分のコーナーに展示するため、オルガンのイスの上に、上がったのですが・・・。それを見ていた友達から、「A君、のりが垂れちゃうよ」「乾かしてからにしなよ」とブーイングの輪が広がっていきました。それでも、高いイスの上から、降りようとしません。けんかになるかと思っていたら、そのうち、A君の下に自分の作品コーナーがあるBちゃんが、静かに、説得を始めました。「A君の絵が、もし、上の人ののりで汚れちゃったら、どうする?いやでしょう?だからわたしもいやなんだけど、わかる?」さすがに、これで、A君も諦めるかと思ったら、それどころか、ついに自分の画用紙を持ち上げて、クリップにとめ始めたのです。その途端、画用紙から、どんぐりが落ち始めました。A君が「誰か、拾ってよ~」と叫びました。でも、誰も、拾おうとしません。Bちゃんが言いました。「だって、自分が決めてやったことでしょ。自分で、拾って!」さすがに、A君も、半べそをかきながらイスから降りてどんぐりを拾い始めました。

 その後、手直しをされたA君の作品は他の友達の作品と一緒に並べてありました。たった7年しか人生経験のない子どものお裁きに拍手です。道徳の教科書にでもでてきそうな一場面でした。観覧料も払わないのに素晴らしい観劇をさせてもらいました。』

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071009

 に池田さんの「教師になるということ」という本を紹介しました。そのメモで、その本の中にあった『教師を目指す理由の一つに、「子どもが好きだから」というものが良くあります。私も教師になるときは、子どもが好きなのではないかと思っていました。ですが、教師になってみて思ったのは、(私が好きなのは子どもではなく、子どもを大人に育てるのが好きなのだ)ということでした。

 子どもが好きだから教師になるというのは、ま、正しいのでしょうけど、それだけでは駄目なような気もしています。子どもが好きな教師は、子どもを子どものままにしてしまいがちです。子どもの良さを受け入れつつ、子どもを大人に育てる仕事に就きたいと思える人が教師になるのが良いのではないでしょうか。』 

 という文章を紹介させていただきました。「子どもの好きな」教師だったら、休み明けに「先生、先生」と我先に抱きつき競争されるクラスが幸せなのだと思います。しかし、『学び合い』では子どもに大人になることを求めます。それ故、自分を頼ることなく、解決する姿を喜べます。その願いを持った教師のクラスにおいては、教師の心の鏡である子どもは、そのようになります。

 ちなみに上記の同志がその場面を観劇できたのは、クラスの誰も「先生~、A君が~」と言いに行かなかったし、行こうとも思っていなかったということです。あははははは

OB1989OB19892007/11/10 17:19研究会でのコメントに大賛成です。今日も日本教育実践学会全国大会でM2のFさんの発表を聞いた後に,食堂でFさんと一緒に食事をしながら今日のN先生のメモと同じ話をしていました。以心伝心だなあと恐ろしくなりました。

jun24kawajun24kawa2007/11/10 17:34我がゼミの学生さんだったら、私がどんなことを言うか、誤りなく言えるはずです。私も、ゼミの皆さんだったら、どんなことを言うか言えます。だって、同志ですから。もちろんOB1989さんもね。