西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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07/11/07(水)

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 本日サポートに入った学校では、すでに「ご卒業」になった先生がおられます。今サポートに入っている先生の授業を見ながら、ふと、隣のクラスを見ると、そのクラスで『学び合い』をやっていました。子どもたちの様子は相変わらずです。でも、そのクラスの先生の姿は違います。2週間前までは、「本当に、ちゃんと教えなくて子どもは分かるのか・・・」と不安でクラスの子どもの会話やノートをチェックしていました。ところが今日のぞいてみると、黒板横の教卓で内職していました。私が覗いているのを気づくとニコニコしながら近づいてきました。そこで、いろいろな話をしました。私が語ったのは、三つです。

 『学び合い』を長期的に見れば、子どもたちの学習が盛り上がるときと、そうでもないときがあります。多くの教師は、盛り上がらない時、その問題がもっとも目立つ「遊ぶ子」に注目します。しかし、そのような子はあまり変わりありません。もともと、そのような子は集中力は高くなく、遊びがちな子どもです。実は、『学び合い』のレベルを決めるのは、そのクラスのトップレベルの子なんです。『学び合い』が盛り上がらない時であっても、その子は、ちゃんと「自分」の課題はやっています。しかし、周りの子どもを学習に引き込む努力が怠っているはずです。だから盛り上がらないとき、遊んでいる子どもにとやかく言ってもしょうがありません。クラスのトップレベルの子を動かすしかないんです。しかし、そのトップレベルの「その子」を動かそうとしてもだめです。クラス全体に語るしかありません。その言葉を分かるのはトップレベルの「その子」なんです。

 もう一つは、いつまでも終わりはない、ということです。『学び合い』が盛り上がると、クラスは完成された!と感じがちです。たしかに、どう考えても、こんなパワーのある集団だったら何にもしなくても大丈夫だ!と感じることがあります。でも、実際は違います。そのパワーの源泉は、「教師」なんです。我々ホモサピエンスは、ほっとおけば小さな集団をつくります。そして、いつのまにか大きな集団を崩壊させます。しかし、大きなパワーを持てるのは、大きな集団を維持しているからです。教師はゴチャゴチャ教える必要はありません。そんなことは子どもでも出来ます。でも、いつも、いつも大きな集団を維持し続けなければならない、というオーラを出し続ける必要があります。それが、少しでも弱くなれば、あっというまに子どもは小さな仲良し集団に陥ります。『学び合い』において完成はありません。つねに、いつまでも、教師が願い続けなければなりません。

 以上のように語りました。そして、もう一つ。子どもだけではなく、教師集団にも『学び合い』が必要であることを語りました。それによって、周りの教師、クラスばかりではなく、自分のクラス、そして自分も救われることを語りました。

 人に語りながら、自分に語りました。『学び合い』です。

minemotominemoto2007/11/08 06:23西川先生、ご無沙汰しております。県センでお世話になった峰本です。今は、現場に戻って張り切って授業をしております。
片桐さんの研究会に参加したりして、再び「学び合い」に注目しております。「学び合いを持続させるパワーの源は『教師』である」ということに、非常に腑に落ちました。教師の在り方で、授業もクラスの雰囲気も変化するのだなと思います。
「学び合い」について、さらに学ばせて下さい。よろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2007/11/08 06:26お久しぶりです。
『学び合い』も教師主体であることには変わりありません。すべて子ども主体でやれば、遊びになり、学校教育ではなくなります。ただ、教師の主体性を目標を与えることと、子どもに主体性を保証するところにおくところが特徴でしょう。今後の展開、期待しております。