西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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授業公開の仲介のガイドライン http://dl.dropbox.com/u/352241/manabiai-data/koukai.pdf
だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

07/11/30(金)

[]再会 22:15 再会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 再会 - 西川純のメモ 再会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎週金曜日は水泳教室です。そこには幼稚園で息子と一緒で、小学校は別な、息子がお気に入りだった女の子も通っています。曜日、時間が違うので合うことはありませんでした。しかし、本日、息子の水泳教室の様子をプール外から見ていた家内が、その子と合ったそうです。そのことを息子に言うと「僕のことなんか言っていた?」と家内に聞いたそうです。それに対して、「え?、○君いるの、どこ?」と言ってプールの方をその子が見ていたよ、と家内は息子に教えました。それを聞いた息子は、ニマ~っと笑ったそうです。けなげな男心です。

[]昨日のコメントに応えて 12:24 昨日のコメントに応えて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日のコメントに応えて - 西川純のメモ 昨日のコメントに応えて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 rion_fujiさん、あべたかさん、motoさん、OB1989さん、そして、メールを頂いた同志各位へ

 感謝します。みなさんのコメントのおかげで元気が出ます。

 現状の改善に向けた私の考えをメモりたいと思います。超長文です。

 過去のメモでも書きましたように、子どもと同じく教師もネットワークが必要です。それを構築するために何が必要と思っているかを書きます。同志各位のおかれた環境で「出来ること」なら是非、ご検討頂きたいと存じます。順不同です。

 あべたかさんが指摘しているように、『学び合い』が「教師は何もしない」と誤解される危険性があります。また、「教師には専門性はないのか?」という不安を教師に与えます。しかし、同志各位はご存じの通り、教師はいっぱいやっています。ただ、今まで教師がやっていたことは子どもに出来ることが多いので、そちらは子どもに任せ、子どもには絶対に出来ないことを教師がしています。そして専門性に関していえば、『学び合い』の初期段階だったら、教師としての専門性は殆どいらないと思います(皆無ではありません)。健全な常識と、健全な愛があれば誰でも出来ます。しかし、「みんな」を徹底させる中級段階、とてつもないことを達成できる上級段階には高い専門性がいります。それは教師の専門性というより、「大企業の社長」、「政治家」に必要とされる能力に近いものです。これの有無によって、中級段階に達する時間や、最終的に実現できる達成度のレベルは格段に違います。本を読み、自分で考え、人と語り合うことによって一生をかけて高めるものです。

 が、誤解されています。その原因の大きな一つに「私」がいます。ゼミ生から、「先生、誤解されるよ」といわれます。すみません。私のレトリックは、私のキャラが反映されてしまいます。でも、それがフィットする人もいるのです。では、どうするか。『学び合い』のセオリー通りです。多様で多数であるとき、高度で安定した達成がなされるのです。私と違ったキャラの多くの方が情報発信をする必要があります。

●授業を公開してください、語ってください

 ご自身の『学び合い』の授業を公開して、それを通して語ってください。『学び合い』は革命的です。どうも文字では伝えられない部分があります。ヴィデオをHPで公開していますが、それでも伝えられないのは、子どもたちの会話です。彼らがごく普通の会話を積み上げながら、楽しく、高度な会話をしていることはライブしか伝えられません。まずは、ご自身の職場で公開してください。また、私もお願いすると思いますが、受けて下さい。見られることによって美しくなるのは女性ばかりではありません。子どもも教師も見られることによって美しくなります。『学び合い』が完成したら公開なんていったら永遠にその時は来ません。だって、『学び合い』には永遠に完成なんて無いんです。教師がどん欲にどんどん望み続けなければなりません。それを失ったら、クラスが腐ります。悩んでいる、迷っている、その姿を公開することによって、子どもが化けます。そして、自分も化けます。授業公開は、公開してもらう側より、公開する側の方が多くを得られるのです。

 出来れば、それを学校レベルで公開できるようにして頂ければと思います。

●ブログで情報発信をして下さい

 日々の実践で気づいたこと、悩んだことをブログで公開して下さい。私は日記を3日以上続けたことはありませんでした。ところが、ブログだと7年間続くことが出来ました。不思議なものです。2年も続けば、自分の宝になります。くだらないことかもしれませんが、私は「親ばか日記」をアップしています。そのおかげで、息子が何月何日に歩き始めたか、何月何日に何という言葉を最初にしゃべったかが分かります。お子さんのある方に聞いたいですが、皆さんはそれを覚えています?そして、忘れた方は、記録しておけば良かったと思いません?

 皆さんの成功例ばかりではなく、失敗例にも意味があると思います。ブログに書くということを通して、自信の実践を再評価することが出来ます。それによって同志が勇気づけられ、回り回って自分が勇気づけられます。

 出来れば、この学び合いグループで立ち上げて頂ければ有り難い。もし、既にブログを立ち上げている方は引っ越して頂ければ、有り難いです。そうして頂ければ、一目瞭然です。数が多くなったら、○○県学び合いグループのように分かれていけばいいと思います。しかし、そこまでしなくても、『学び合い』に関する分室をこちらにたてて頂くなり、ご自身のブログと相互リンクを張ることでも結構です。

●オープンにして下さい

 現在、私のところには「ライブを見たいけど、どなたかいませんか?」とか、「○○についてどうしたらいいか分からない?」というメールがドンドン来ます。私は交通整理をしながら、地理的・内容的に近い同志を紹介し、仲立ちをしています。しかし、今後、さらに発展するには、そのような方式では限界が来ます。私を介せずに、やりとりできる方式が望ましいと思います。それには、自らの情報を公開し、直接やりとりできるようにしたらいいと思います。もちろん、おかれた状況によって、各人が公開できる情報は様々でしょう。しかし、できる範囲で公開して頂きたいと思います。例えば、ブログ等に以下を公開します。

○氏名(ただし、伏せたい場合はバンドルネームでOK)

○メールアドレス(いつも使っているメールアドレスでなくても可。ホットメール、グーグルメールでも可。つまり、捨てたいときは捨てられるメールアドレスで結構です。そのメールアドレスに、いつも使っているメールアドレスへの転送設定をすればいいのです。)

○勤務地(出来れば市レベル、それが出来ない場合は○県北部程度。ライブを希望する人には重要な情報です。)

○勤務学校種・教科名(たとえば小学校、小学校音楽、中学校社会、高校国語)

○メールOKの方は(いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。と書く)

○ライブ参観OKの方は(ライブ参観OKです。希望があればメールしてください。詳細はメールで相談しましょう。と書く)

●フォーラムを開いて下さい

 『学び合い』はまだまだ一般的ではないですが、それなりの認知度を得たと思っています。しかし、本で読んだけど、講演で聴いたけど、でも・・。という方は多いはずです。本年度、「子どもに学ぶ教師の会」の主宰で埼玉と長野でフォーラムを新たに開きました。その会に集まることによって、実は、意外に近いところに、同じような考えの人がいるということに気づくことが出来た方もいっぱいいたと思います。また、学者の私の書いたことだと「眉つば」と感じている人も、それを普通にやっている実践者の言葉で聞けば納得できると思います。是非、そのような会を開いて頂きたい。

 え!?、そんなの大変でしょ?と思われるかもしれませんが、実に簡単に出来ます。必要な会場は50~100人程度の人が集まれる会場を確保します。公共機関の会場を借りるという方法もありますが、意外な方法としては大学の施設を借りるという方法もあります。意外に安価に借りられます。ちなみに上越教育大学で100人程度の教室を1時間借りる場合は503円(光熱費は別)です。さらに言えば、学生さんが参加しやすいというメリットもあります。

 発表者は4、5人程度で、発表時間は20~30分。一人一人の発表後の質問の時間は、特段取りません。事前に冊子を作らなくてもOKです(もちろん作ってもOKです)。発表者が資料が必要だと思ったら、必要部数増す刷りすればいいのです。ただ、名刺(自作OK)が用意するといいと思います。

 発表が終わったら、会場の4隅に発表者が移動し、イスに座ります。参加者は、聞きたい人のところに行って話し合うのです。その話し合っていることを聞いたり、自分も聞いたりするのです。口頭発表とポスターセッションの合いの子みたいなものです。さらに言えば、発表者と無関係に、そこここで参加者同士が名刺交換したり、相談したりするのです。

 以上を成立させるに必要な最低限の予算は、金額では1万円ぐらいです。もちろん予算によっては、旅費支給したり、茶菓子を用意したり、冊子を用意したりすることも可能です。また、発表者ですが、4人もいればOKです。つまり、自分の他に3人いればいいんです。ちなみに、その3人が確保できなければ、私も参上したり、近くの同志に声をかけることも出来ます。あと、受付に二人ぐらいです。ちなみに私はよく受付しますよ。それと今回の関西の会で再確認したのですが、熱意ある学生さんは少なくありません。ちゃんと宣伝すれば、参加してくれると思います。

 ね、簡単でしょ。

●本を書いてください。雑誌に投稿してください。

 私が単著を出したのは39歳の時でした。それまで学術論文を山のように出した私ですが、本は初めてでした。しかし、書いているうちに「結局、授業と同じジャン」ということが分かりました。要は、伝えたいことを分かってもらい、最後まで聞いてもらえるために、何をすべきかが大事なんです。本を書くことは大変です。しかし、一人でやろうと思わないでください。大学に籍をおくものだったら、学生さんといっしょにやりましょう。小学校に籍をおくものだったら、子どもたちとやりましょう。え?と思われるかもしれませんが、「自分たちの学びの素晴らしさを、どうやったら他の先生方、家の方に分かって貰えるだろうか?」と子どもに問いかければいいだけです。また、自ら教材を開発しているならば、「これよりいいものを開発せよ」と言えばいいだけです。彼らが作り出す成果、そして、そこでの彼らの姿をまとめれば、あ~ら不思議、本になっちゃった。です。ユーザーの意見に基づく製品がいいに決まっています。そして、子どもが教材をつくりあげたら、それだけでインパクトあるでしょ。まあ、単著というのは難しいという方でも、雑誌への投稿は可能だと思います。

●その他

 以上は、方法です。でも、大事なのは、より多くの子ども・教師が学び合い、安心する時間を確保し、健全な民主社会を構成することです。それにいたる、様々な方法を考え、実行しましょう!

janglejapjanglejap2007/11/30 17:41今日は新採用研のための授業があったので家庭科で『学び合い』を見せました。子どもの様子、テストでの成果なども話したら「体育からやってみようかな~」と言っていました。また、前担任にもこのところの成果や子どもの言葉などを紹介して「参観にきてね!」と誘いました。
ささやかながら、一つずつ『学び合い』を学ぶために何かしていこうと思いました。悩んでいる姿でよいのなら公開できるなぁと心強くなりました。

jun24kawajun24kawa2007/11/30 17:54着実に進められていますね。
期待しています!

iku-nakaiku-naka2007/11/30 19:35ここ数日のブログを見てちょっと心配していましたが・・・大丈夫そうですね(笑)。今日は、県内の先生方の研修会が開かれ、私も
参加しました。OB1989さんも参加しており、発表を聞いてい
ただきました。その際に「是非授業を見に来てください」と宣伝を
しておきました。微力でありますが、こういうことから「学び合い」を広めていこうと思います。出来ることからコツコツと・・・
ですね!。

jun24kawajun24kawa2007/11/30 21:39ありがとう同志!
御県の場合は、OB1989さんがおられます。心丈夫です。
期待しています!

osugiosugi2007/12/01 01:25私も「学生に学び合いの空間を体感させる」という役割で頑張ります。それには今後、学び合いを実践されている現職の先生方と連携を取らせていただく必要があると感じています。動きます。

あべたかあべたか2007/12/01 03:44年末に、地区の研究物展へ「学び合い」の実践記録を書いて出すつもりです。
いつもですと、社会科は提案者が少なく提出した人間が即発表者になります。
もし、例年通りにパターンとなった場合、
この発表した原稿等を二次利用する形で、来年あたり、どこかで学び合いの発表等ができたらいいかなぁと思っております。
わたしもわたしなりにがんばります!
今後もいろいろと教えてください。

そうそう。
ただいま、基本をきちんと頭の中にたたき込もうと『学び合い』の手引き書を三色ボールペンで線引きしながら読み返しているところです。

jun24kawajun24kawa2007/12/01 07:10osugiさん、メールで送った件、よろしくお願いしていますよ。あなたなら出来ます。待っています。
あべたかさん、あなたが動き始めたら、凄いことが出来ます。
私は、院生の時、同級生から「西川は砂漠に洪水を起こしてしまう」と言われました。お二人の企画力、組織力、実行力は、あの当時の私を軽く凌駕します。その面で「も」期待しております。ワクワク

F-KatagiriF-Katagiri2007/12/02 07:27西川先生の提案を受けて、詳細を掲示板に書きました。ご賛同いただける方はプロフィール開示をお願いします。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/bbs/38/1?fromtreemode=1

07/11/29(木)

[]嬉しいこと 21:46 嬉しいこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しいこと - 西川純のメモ 嬉しいこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、ライブ公開(参観)をお願いしている、ある同志より以下のメールをいただきました。救われました。

 『西川先生、こんばんは。○○です。毎日、日に何回もパソコンで先生のページを見て、勉強させてもらったりパワーをもらったりしています。が、今日は『疲れている』・・・とのこと。私には何もできませんが、心の恩師のこと心配しています。

 今日は参観とは別件です。先日わが子の個人面談に先生の本を2冊持参し、わがクラスの成果とともに紹介、お貸ししてきました。今日、息子が「ママがいってた勉強、今日からやってるよ」とのこと。仲間がひとり増えた!しかも、1番願っていた息子の担任の先生!『学び合い』初心者として一緒に学んでいけたら嬉しいな~と考えています。嬉しいので報告させていただきました。 』

[]疲れる 08:18 疲れる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 疲れる - 西川純のメモ 疲れる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高校教師だったとき、お仕えした教頭先生から「純ちゃん、あんたは会議で何も発言する必要はないよ。大丈夫、あなたが思っていることは誰かが言うから。だまってな」と言われました。事実そうでした。だから、私は会議ではニコニコしていればよかったです。しかし、大学にはいると状況が変わりました。明らかに私たち(当時は理科教育というグループ)の学生さん、そして私たち自身を攻撃する発言が会議でありました。私は教頭先生の言ったことを思いだして、ぐっと我慢しました。ところが、それに対する「その場」での発言はないんです。当時の組織においても心情的シンパの方がおられます。その方は、会議の後になって「僕はあの発言は酷いと思うよ」と言う方はいます。しかし、その方は火の粉のかからない位置で発言するだけです。

 7年間、私は会議で発言しませんでした。しかし、学びました。静かに我慢していれば、やがて攻撃は収まります。が、攻撃する人は必ず、同じように、いや、もっと激しく攻撃します。何故なら、何をやってもその人は傷つかないのですから。7年目のあるときから、売られた喧嘩はちゃんと買い、そして、相手をひねり潰す覚悟で攻撃しました。だって、そうしないと私が守るべき学生さんが辛い立場に陥るからです。その結果、相手は安易に攻撃しなくなってきました。

 私は戦いが大嫌いです。やり始めれば、アドレナリンが充満して高揚感すら感じます。しかし、それが収まると自己嫌悪します。そして、体のそこここに危険信号が表れます。前年度は不整脈が出ました。私が高校教師だったときの状態が一番いい。でも、それが成り立つには、攻撃を受けたとき、火の粉のかかる位置で、その時、発言してくれる人が沢山いる場合です。そうすれば、一人一人の反撃は極端でなくても良くなります。かわりばんこに発言している内に、妥当な落としどころに落ちます。

 最近、ある同志より『西川先生、ちょっと焦りが感じられます。学び合いへの取り組みがやや滞っている今の私が言うのも、相当おこがましいのですが、学び合いの正しさは多くの方がお認めになっている訳ですし、実践も着々と進んでいます。西川先生、焦る気持ちは分からなくはないのですが、急がば回れです。』というメールを頂きました。正直、「え?」と思いました。同時に、なるほど、と思い感謝しました。しばらく自己分析した後に送った返信は、「ありがとう、同志。理解しました。ただ、私が焦っていると言うより、疲れているんです。『学び合い』を背負うことに疲れているんです。」です。

rion_fujirion_fuji2007/11/29 22:08 西川先生が,焦る?のはわかる気がします。まだまだやることはたくさんあるし,それが見えているからではないでしょうか?私自身は,学び合いが広まることはゴールではないと思っています。子どもたちのことを信じ,任せ,それなりの教育的効果をあげたとしても「やってみよう」という先生はそんなに多くならないのではないかと思います。私が関わった人たちとの経験から述べると学び合いによる子どもの状況的変化ではなく,質的変化をもっと大きく取り上げる必要があるのではないかと思います。(ちょっと違うかも?)
 その先にやるべきこととして,学習内容を本来人間が持っている力を発揮しやすい「学び合い」に合ったものにしていくことが必要になってくると思います。例えば,大単元をつくり,大きな目標を設定して長い時間をかけて解決していく学習などです。しまいには,学校の構造や校務分掌のありかたまでかえてしまうかも・・・。

jun24kawajun24kawa2007/11/29 22:51はい、rionさんのおっしゃる意味はよく分かります。しかし、それが成り立つためには『学び合い』が必要です。今の私の状況は、高校教師だったときの熱血教師の状況に近いと感じているのです。熱血教師は無意味で、間違いです。私は、まだ、集団を動かすに至っていない。それを補うために、走り回っているんです。とほほ

あべたかあべたか2007/11/30 05:25西川先生の「疲れる」「焦る」気持ちは、「学び合い」を日々行っているわたしもちょっと違う面から理解できると言いますか「わかるような感じ」がします。
「学び合い」は本当の意味での成果主義と思いますが、ここ数年学校教育界では「成果主義」「成果主義」と言葉では言われており、年度初め教員一人一人の計画を出し、年度末にはその成果を出すわけですけど、その過程に於いていろいろと首をつっこまれます。

例えば「学び合い」に関することで一番「危うい」姿が「教師は何をやっているのだ」です。
公の研修会に行くと必ず言われるのが「教師はきちんと教えなさい」です。
そこに「子どもたち同士の学びあいを進めてほしい。しかし、それを言い訳に教師が教えるべきところで何もしないということがないようにしてほしい」です。
これ、参加者全員に話されているわけですが、そこにいるわたしはまるで私へ直接指導の言葉を投げかけられているような気分になります。
まぁ、「学び合い」でも教師が指導すべき所では指導するわけですけど、一般の一斉授業とは観点が違うので、見る方によっては「指導すべきところ」で「全然指導していない先生」というように見られる可能性はあります。といいますか、大きいです。

文科省指導のもと「教師の指導力アップ」が叫ばれていますから、形だけでも「教師が何か素晴らしい指導をしている姿を見せて」その結果「テストの点数が上がる」「すばらしい討論の授業が見れる」などなどの目に見える結果が求められるのだと思います。
ここでのポイントは「結果がよくなったのは」「教師が○○ということをやったからだ」ということがわかること。

ですから、わたしも自分自身「学び合い」授業を推し進めてはいますが、やはり自分だけで進めているだけで言わばゲリラ的なものです。

全体的に進めるとなると、管理職の理解に始まり、同僚の理解、教育委員会の理解、そして何よりも保護者の理解等々が必要になるかと思います。
ここが難しい。エネルギーが必要な部分ですよね。
自分一人ではなんともしがたい部分もある可能性はあります。

今までの様々な教育方法に関しては(学び合いは教育方法ではありませんが)、授業の中だけでちょっと工夫すれば良いものばかりでした。つまり、教師の心がけや技術であれば練習などで習得されるものでした。
そこと「学び合い」は違う場にたつのが難しいのでしょうね。

○ 西川先生以外の研究者が西川先生とちょっとニュアンスの違う形で「学び合い」の授業を主張し、研究会や書籍を出す。
→「学び合い」に関しては、西川先生のお名前お一人しか見受けられません(わたしにはそう映っているのですが)。そうなりますと、「西川純」という人間だけが勝手に叫んでいるというように映ってしまう可能性、言わば一種の教育運動のように見られてしまいます。「西川門下生」がどんどん著書を出す。西川先生と対等の立場の方が別な面から学び合いをサポートするような著書を出す……などなどが必要かと思います。

○ 今、西川先生が行っているところかと思いますが、静岡の安東小学校や富山の堀川小学校のように、「学び合い」の拠点学校のようなものが全国に作れると良いかもしれませんね。それが八幡小学校でしょうか。

でも、大丈夫。
こうして、わたしもですが「学び合い」に取り組もうとしはじめている先生方が登場してきています。一定数を突破したところで大きなムーブメントになりそうに思います。

わたしも、一生懸命取り組んでいきます!

moto  moto 2007/11/30 05:37夏の大会でお世話になった宮城の者です。夏休みに西川先生の本を全部読み,2学期から「学び合い」を自分なりに取り入れて取り組んでいます。子どもたちの学習意欲は明らかにアップしました。私がいてもいなくても自分たちで休み時間の遊びから帰ってくると,友達同士で勉強し始めています。「国語か~」とか「あ~あ,算数か…」とは誰もいいません。「学び合い」の効果は子どもたちと私が一番実感しているところです。なので校内の先生方にも広めているところです。興味を持ってくれる先生方もいます。先日は校内研究の国語の授業研究で「学び合い」スタイルで提案授業をしました。事後検討会,盛り上がりました。
現在,思考錯誤をしながら「学び合い」に取り組んでいる者が東北にもいること,また今後,様々なアドバイスをお願いしたいことをお伝えしたくて初投稿させていただきました。

OB1989OB19892007/11/30 06:26誰のための教育か,でしょう。教師自身のための教育なのか,子どもたち自身のためなのか。子どもたちのためには『学び合い』が最善であると自負していますので,『学び合い』を背負うことが嬉しくて楽しくて仕方がありません。「『学び合い』=西川純」と思われているようでは,まだまだ私自身力不足です。

rion_fujirion_fuji2007/11/30 07:48 個人的には,「学び合い=西川純」とは思っていないんですよね~。佐藤学さんにしろ,吉田新一郎さんにしろ,茂木健一郎さんにしろ,アメリカの「理解のための教育」にしろすべて「学び合い」の考えについて述べているように思えます。特に脳科学や脳認知学に関する情報に触れるとこの学びを実践しているのは「学び合い」だけなのでは?とさえおもわあれます。それだけ,人間が本来持っているものを引き出し,子どものためになっている学習なのではないかと思います。あべたかさんの書かれている具体策は私も考えていました。遠い九州ですが,九州からも発信していけるよう努力します。

07/11/28(水)

[]考え 22:30 考え - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 考え - 西川純のメモ 考え - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』は考え方であって、テクニックではないと書いていますし、しゃべっています。しかし、これがなかなか分かっていただけない。それが分かっていただけないと、人関係を改善する授業方法、成績を上げる授業方法と思われてしまう。もちろん、人間関係も改善できますし、成績も上げることが出来ます。でも、授業方法と考えている限りは、最高度の効果を上げることは出来ません。さらに言えば、授業方法と考えていると、既存の「いわゆるグループ学習」の一つと勝手に解釈され、失敗してしまうことさえあります。

 我々が大事にしているのは、子どもと大人は同じだけ有能であり愚かであるという子ども観、異質な人とつながれることを学ぶことが学校教育の目的とする人格の完成であるという学校観なのです。それが一致するならば、たとえガジガジの一斉指導をしたとしても同志であり、それが一致しないならばグループ学習をしても同志ではありません。

 具体的な例で説明しましょう。

 例えば、異質な人とつながれることを学ぶことが大事だ、ということに反対する先生はそれほどいないでしょう?しかし、その先生方に問いたいのは、そのことを子どもと接する時間の何パーセントでやっていますか?とたんに10%以下になってしまいます。結局、その程度ぐらいしか大事だと思っていないのです。世にあるグループ学習の実勢者だって、それをやっている時間はどれほどかといえば?です。「学校教育で学ぶのは色々だ」と言い訳されるかもしれません。それでは、その方に問いたい。「では、あなたの考える学校教育の目的をすべて述べてください。さらに、相互の関係と、優先順位を述べてください」と問いたい。結局、言いよどんでしまうはずです。学校教育の目的は何かをちゃんと考えている人だったら、それは言えるはずです。そして、それはその人のクラスにおいて100%を占めているはずです。従って、事前の申し込み無くふらりと授業を見に行っても、つねにその人の主張している学校教育の目的と矛盾無い授業がそこにあるはずです。

 ちなみに、私のクラスである西川研究室の姿を見たいならば、いつでも、断り無くおいで頂いて結構です。私の予定はHPに公開しておりますが、私が不在中でも結構です。いつでも、私が講演会で言っている、また、本で書いている姿がそこにあります。(ただし、ゼミメンバーが帰省中・実践学校に入っている等の理由で不在の場合もありますのでご容赦を。それが嫌ならば、ゼミ生に聞くといいと思います。私に連絡する必要は全くありません。しかし、繰り返しますが、事前の申し込み無く来ても結構です。予定を聞くのは我々の都合ではなく、参観希望の方の都合のためです。)ちなみに、高名な実践者が世に多いと思いますが、上記のことが言える人がどれだけいるでしょうか?もちろん、その先生がいるときは、「いつでもどうぞ」と言える人はいるでしょう。しかし、その人がいないときでも「いつでもどうぞ」と言える人がどれだけいるでしょうか?言えないとしたら、その人の思っている学校教育で学ぶものというのは、先生がいるときに現れるものなのです。言うまでもないことですが、子どもはやがて大人になり、そこには先生はいません。私にはそれが学校教育法第1条に書いてある「人格の完成」とは思えません。

 我々の『学び合い』は世にあるグループ学習とは全く違った姿です。おそらく一般の人にとっては異常に見えるかもしれません。しかし、世にあるグループ学習でやっていることを職員室に置き換えてください。子どもを自分自身に、教師を校長先生に置き換えてください。そのとき、校長が職員にやらせていること、ルールを思い浮かべてください。おそらく、とてつもなく馬鹿馬鹿しいことをやっているはずです。そして、何故、それを馬鹿馬鹿しく思うかを考えてください。そして、子どもはそのことを馬鹿馬鹿しく思わない理由を考えてください。おそらく、そんな理由はありません。子どもにとっても馬鹿馬鹿しいことです。逆に、子どもがそれを馬鹿馬鹿しいと思わないとしたら、もっと恐ろしい。「前の人の意見に続けて意見を言う前に「つけたしで」と言いなさいと校長が求めたら」、「職員室の机の配置はコの字型の方がいい」、「校長が事前に相談し合う先生のペアを決める」、「職員が意見を言う度に、「○○先生の意見は○○だけど、じゃあ○○先生はどう思いますか?」と次の意見を言う先生を校長が決めていたら」・・・すべて、馬鹿馬鹿しいと思いませんか?

 では、一人一人の職員が燃えている学校の姿を思い起こしてください。その姿は、異常に見える『学び合い』の姿なんです。我々はクラスを職場としたいと思っています。さて、職場を思い起こしてください。なんで、我々は職場に行くのでしょうか?それは社会のため、人類のためでしょうか?馬鹿馬鹿しい!まずは生活の糧である給料を得るためです。そして、その上で自己実現できる、やりがいを得るためです。ただし、一人一人の職員が自分だけの給料、自分だけのやりがいを求めた職場で、一人一人が十分に給料を得てやりがいを得られると思いますか?これまた馬鹿馬鹿しい。そんなエゴイスティックな職員が集まった職場では、いらざる衝突ばかりで給料もやりがいもえられません。優れた管理職は、個々のエゴをまとめ、最終的には個々のエゴと矛盾しない課題を与えるはずです!クラスもそうなんです。一人一人の子どもは、自分が勉強が分かりたい、自分が楽しくありたい、と思っているんです。しかし、それが個々人のエゴだけならば、だれもそれを得ることは出来ません。さて、上記に関して、子どもと大人(つまり、教師)と違いがあると思いますか?私はそう思いません。それが我々の子ども観の実際なんです。

 だから、我々は「みんな」という縛りをつけます。そして、業者テストの点数を上げることを求めます。当然のことです。ところが善意の先生方は、「業者テストの点数なんて」とおっしゃる。しかし、それは、「子どものためなんだから」という理由付けで、残業や出張や休日出勤を強いる校長みたいなもんです。また、「みんな」という縛りをすてて、大多数の平均値でOKという教師は、心がやんでいる教師をシランふりしている校長と同じです。おそらく、周りの教師もシランふりするでしょう。、そしてつぶれる教師が生まれます。さて、そんな職場で働きたいですか?

 『学び合い』をいきなり考え方からは入れというのは無理かもしれません。初期段階だったら、とてつもなく簡単に実現することが出来ます。「手引き書」にある語りをちゃんと語れれば大丈夫です。しかし、そのあとは考え方を理解していただかなければなりません。そして、「自分の頭」で考えていただかなければならない。「子どもとはどんな存在か?」、「学校教育はなんのためにあるのか?」、「自分は何のために教師になったのか?」、これらは、空理空論・建前論なのではありません。一番大事なことなんです。

iku-nakaiku-naka2007/11/28 22:58長野県のI中のNです。先日、本校の校長が先生のブログを見ながら「『学び合い』をするにはさ、やっぱり『生徒にとって(人ととて?)大事なこと』をきちんと持ち、語れる人じゃないと上手くいかないよな・・・」とポツリ。私もその通りだと思いました。私も生徒にとって大事なことを「語れる教師」でありたいと思います。

jun24kawajun24kawa2007/11/28 23:08私もそう思います。そして、それは日本中の大多数の先生だと信じています。私たちは子どもを信じます。もちろん教師も信じています。我々が教師になろうと決めた志はみんな同じだと信じています。その志に真正面に向き合えば、分かってくれるはずだと信じています。そして、願っています。

iku-nakaiku-naka2007/11/28 23:16私もいろいろな方に「『学び合い』の良さ」を分かって頂けるよう「自らの姿」で示していきたいと思います。頑張ります!!。

jun24kawajun24kawa2007/11/29 06:20期待しています!

07/11/27(火)

[]教職大学院 13:50 教職大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教職大学院 - 西川純のメモ 教職大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が「専門職大学院」という言葉を耳にした日時場所ははっきりと覚えています。それは平成16年8月4日の午前8時で場所は筑波のホテルの朝食会場でした。ちょうど学会で筑波に出張し、ホテルで懇意の他大学管理職の方と一緒に朝食を食べました。その時、「西川君、専門職大学院って知ってる?」と切り出されました。そこから聞いた話は驚天動地の内容でした。当然、本学が対応しなければならないことであり、それも早急に、かつ、本格的に準備をする必要があると感じました。

お盆明けの8月19日に学長にお会いしました。当然のことながら、よくご存じでした。直ちに、学長の私的なワーキングを組むことのご指示をいただきました。そこで、私の他に3人の先生を選んで検討を始めました。その私的なワーキングが、公的なワーキング、準備委員会、準備講座に形を変える毎にメンバーが充実し、構想が固まりました。

本日、平成20年4月より開設に向けて、大学設置審から認可の答申を頂きました。私が最初に専門職大学院という言葉を聞いてから3年間半です。これほど、長い間、一つのことをなすために行動し続けたのは、結婚、子作り、博士の学位取得、そして今所属している学習臨床コースを開設準備に並ぶものです。大学教育制度が始まってから百数十年、また、半世紀を超える戦後の教員養成の歴史の中で、本学の教職大学院は特筆されるべきものと自負し、ここに出発したいと思います。

追申 今回、答申を頂いた、ライバルであり仲間である教職大学院の大学は以下の通りです。ちなみに、上越教育大学教職大学院の「売り」はスタッフです。既存の組織・スタッフの縛りに囚われることなく、ただ、いい大学院を作ることを求めた学長をはじめとする大学管理職の英断を誇りたいと思います。

 【国立】北海道教育大(45人)宮城教育大(32人)群馬大(16人)東京学芸大(30人)上越教育大(50人)福井大(30人)岐阜大(20人)愛知教育大(50人)京都教育大(60人)兵庫教育大(100人)奈良教育大(20人)岡山大(20人)鳴門教育大(50人)長崎大(20人)宮崎大(28人)【私立】創価大(25人)玉川大(20人)早稲田大(70人)常葉学園大(20人)。なお、京都教育大は京都産業大、京都女子大、同志社大、同志社女子大、佛教大、立命館大、龍谷大と連合教職実践研究科。

[]自慢 09:23 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 二週間ほど前に学会がありました。そこでゼミ生の発表がありました。私は参加しません。そこで、彼らの発表をビデオで記録するよう求めました。最近は、出張続きで忙しかったので、なかなか見終わらなかったですが、やっと見終わりました。

 素晴らしい~・・・・・・・・・・・!

 全国の皆さんに自慢します。我がゼミの大学院生のレベルの高さは、もちろん了解済みです。しかし、学部生のレベルの高さは驚異的です。学部4年生の完成度の高さは、今、この段階における上越教育大学修士2年の9割5分の人たちのレベルを軽く超えます。彼らのレベルを超えている人は、5%もいないと断言できます。修士論文を書き上げ、プレゼンを練習する1月末レベルになっても、彼らのレベルを超える可能性がある人が1割いたらビックリです。現職院生が約3割を占める大学院生より、学部4年生のレベルは高い!さらに言えば、私は、その学会に発表せよと一言も強いたことはありません。というより、その直前まで、彼らが発表することを知りませんでした。従って、私は「全く、完全に、全然」指導していません。

 彼らは『学び合い』を学びたいと、我がゼミに所属しました。我がゼミの洗脳を受けたのですから当然、子どもを徹底的に見たいと希望しました。昨年の今頃は、上越には『学び合い』の実践学校はありません。そこで、彼らに問いました。「もし『学び合い』の実践を見たいならば、群馬に八幡小学校という学校がある。そこにお願いすれば見せてくれると思う。しかし、そのためには、君らは高崎に1ヶ月以上滞在して見続ける必要がある。大変なのはもちろんだけど、お金はかかる。しかし、地元で平常の授業を見ることは可能だ。それでも良い研究は出来る。そしてお金がかからない。どちらにする?」と聞きました。彼らは、迷わず前者を選びました。そして、八幡の先生方に温かく迎えて頂き、育てて頂きました。

 私が彼らに強いたのは一つです。それは、そのような機会を与えて頂いた八幡小学校に恩返しをすべきだということです。経験もない君らに出来ることは時間をかけて、協力して、八幡の実践の姿を明らかにするデータを還元することであると課しました。私が普段、馬鹿なことばかりやるオッサンであっても、その一点で誠意を示せなかったら絶対に許さない人間であることは理解しています。なにより、彼らはそうすべきであることは納得しています。彼らが素晴らしい研究をして、私に強いられなくても発表するということを選んだのは、結局、その一点の必然なんです。

 私は自慢します。私は「全く、完全に、全然」指導していません。しかしゼミ生は、驚異的に素晴らしい研究を行い、自らの意思で学会発表しました。それは、評価の厳しい私が目標を提示し、彼らがそれを納得したからです。これが『学び合い』における教師の自慢の仕方です。

追申 最近、大阪で素晴らしい学生さんといっぱい出会えました。しかし、上越教育大学にも素晴らしい学生さんがいて、それが我がゼミに所属していることを大いに誇ります。 

あべたかあべたか2007/11/28 05:44約10年前に、福島大学の大学院へ行かせてもらいました。
今、また上越教育大学で学べたらなぁと夢見てしまいます。

jun24kawajun24kawa2007/11/28 06:31あははは
私もあべたかさんを、大学院に受け入れられたら、と夢見ますよ。

07/11/26(月)

[]教師の力量 22:38 教師の力量 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の力量 - 西川純のメモ 教師の力量 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回の学生さんへの課題と関連して、過去のメモに関連することを再度メモります。教師の一斉指導における力量と『学び合い』との関連を整理します。

●一斉指導で「ものすごい」力量のある先生

 『学び合い』をまず失敗しません。なぜなら失敗しそうになると、うまい具合に一斉指導のテクニックを併用します。そして一斉指導で力量のある先生は、たいてい、人の扱いがうまい。子どもたちを乗せて、おだてて、挑発することがうまいんです。だから、目標の設定がうまいんです。

しかし、目標の設定がひねりすぎる傾向があるので、そこで引っかかるかもしれません。そして、なによりも一斉指導との併用から逃れにくいという傾向があります。実際、それで成功している部分もあるので、それがベストだと思ってしまいます。それに、今まで積み上げたものを捨て去るには抵抗が多い。そこで、併用がベストと考えれば合理化できます。が、この段階にとどまっている限りは、最高の段階までは至りません。なぜなら、もともとの考え方が違うからです。

例えば、「教科学習の目的は教科の内容を獲得する。そして、それを通して人格の完成がはかれる」と考えるか、「教科学習の目的は人格の完成である。そして、それを通して教科の内容を獲得する。」のどちらをとるかが違います。また、「教師の指示がないと、子どもは、どうやって解決するかを分からない」と考えるか、「教師の指示がないと、子ども「たち」は、どうやって解決するかが分かる」と考えるかが違います。いずれも、前者は一斉指導の考え方で、後者が『学び合い』の考え方です。これは両立できません。例えば、前者の立場に立っている限りは、すばらしい教材を教師が開発し続けようとします。ところが、『学び合い』の最高段階に達するには、自分の開発した「すばらしい教材」を子どもに与えて「もっとすごいものを開発せよ」と求める発想が必要です。

いずれにせよ、一斉指導で力量のある先生は、『学び合い』で問題を生じません。そして、先に述べた壁を乗り越えると、一番すごいことをやらかすのが、このタイプの先生です。だって、先に述べたように、『学び合い』で必要な能力がある人ですから。

●一斉指導で力量の「全く」無い先生

 世の中には、担任をするたびに学級崩壊を引き起こす先生がいます。残念ながら、その先生は『学び合い』でも失敗します。なぜなら、『学び合い』では子どもの力を活用するのですが、子どもを掌握できないからです。ただし、補足しますと、学級崩壊のクラスを引き継いだ力量のある先生の場合は、問題なく解決します。なぜなら、学級崩壊のクラスの大多数の子どもは、「この状態を続けるとマズイ」ということを理解していますから。すぐに、変わります。

●上記以外の先生

 このタイプの先生が日本の大多数の普通の先生です。この先生の圧倒的大多数は「一斉指導で力量のある先生」とほぼ同じです。おそらく一斉指導をうまく併用するはずです。そして、何か分からないことがあれば、出来る人に「ちょいと」質問すれば乗り越えることができます。いや、質問しなくても乗り越えられる人は少なくありません。大事なのは自分で考え続けること、そして、『学び合い』をテクニックではなく、考え方として理解できるか否かです。とにかく、少なくとも『学び合い』の初期段階は、とてつもなく、簡単ですから。「手引き書」の最初の語りを自分の言葉で語れる人であれば、まず、間違いなく出来るはずです。

 ただし例外があります。一斉指導の力量が無いのですが、子どもを隷属させることによって表出させていない人です。残念ながら、日本の教師の中には一定数はいます。この場合は、『学び合い』で問題が表出します。しかし、そんな先生は『学び合い』をするわけ無いです。しかし、なんらかの事情で『学び合い』をすると問題が生じるのです。ただし、それは『学び合い』の問題ではありません。『学び合い』は集団の「地」が表出されるだけです。残酷ですが、このタイプの先生は「一斉指導で力量の「全く」無い先生」と紙一重だと思います。若い頃は、なんとかパワーだけ隷属させることが出来たとしても、ある年齢を超えたとき、それが出来なくなります。ところが、隷属しか方法を知らないので、さらに、強く隷属を強います。ところが、ある時、クラスのオピニオンリーダーが「この先生はだめだ」と評価すると、とたんに学級崩壊に陥ります。あとは「一斉指導で力量の「全く」無い先生」と全く同じです。

●例外事例

 以上のように日本の大多数の先生は『学び合い』を大失敗無く出来るはずです。が、少数ながら例外があります。かなりの指導力のある先生であっても問題が生じる場合があります。それはアスペ傾向のある子どもがいる場合です。アスペ傾向という言葉は拡大解釈されるといやなのですが、あえて使います。『学び合い』は子ども同士の関わりの中で問題を解決します。ところが、人と関われば関わるほど、他の子どもに不快にさせる子どもの場合は、『学び合い』の輪に入れるまでの時間が例外的に時間がかかります。

 ADHDの子は問題なく輪に入れます。だって、クラス中がADHDになるんですから。自閉症の子どもも、ダウン症の子どもも、学習障害の子どもも、関わって不快になることは無いので問題なく輪に入れます。いわゆる人付き合いが不得意な子の場合は、多少時間かがかかると思います。しかし、グループになることを強いなければ、『学び合い』の文化が成立すれば、周りの子どもがその子を輪に入れます。人付き合いの不得意な子の圧倒的大多数は、人付き合いが嫌いなのではなく、自分から輪の中に飛び込むことに不安を持っている子です。だから、周りの子どもから「いっしょにやろうよ」と本心から言われれば、自然に入るものです。が、例外はアスペ傾向の子です。

 ちなみに、何度もメモに書いたように、私はアスペ傾向でした。だから、教師の「好きなもの同士でやりなさい」という言葉ほど恐ろしい言葉はありませんでした。このタイプの子どもは人を不快にさせたとしても、その子には罪はありません。その子のキャラクターなんですから。そして、その子は教師に隷属する一斉指導では、そのキャラクターが表れにくい。しかし、その子はやがて大人になります。社会に入れば一斉指導の状態ではありません。社会での関係はまさに『学び合い』です。従って、その子も『学び合い』を学ぶ必要があります。ではどうするか?このタイプの子どもの場合は、『学び合い』では避けるべきである、個人対応をさりげなくする必要があります。そして、『学び合い』の文化形成を、意図的にスローダウンする必要があります。でも、いずれにせよ、高度の状況に依存するので、その状況の中で政治的に動く必要があります。

 上記の場合は力量のある先生でも、そうとう難儀です。正直に白状しますが、私もこの事例の場合は、相当に苦労しました。そして、失敗しました。とほほ

 さて、最悪の状態になるのは、先に述べた一斉指導の能力のない先生のクラスにアスペ傾向の子どもがいた場合です。これは壊滅的です。ただし、これは『学び合い』をしようが、しまいが、最悪である状況は同じです。ただ、一斉指導の能力があるか無いかは分かりづらいですが、「たち歩き」、「私語」は分かりやすいので『学び合い』のせいにされます。その先生の『学び合い』をする以前のクラスがハッピーだったかを調べれば、自ずと分かります。

 今回、大阪に行ったとき、ある先生から「『学び合い』をすれば子どもの力を生かせるので、指導力不足の先生でも大丈夫でしょうか?現場では指導力不足の先生の対応で困っているんです。」と質問を受けました。私は「無理です」と言下に答えました。理由は、上記に書いたように、せめて6割の子どもを掌握する能力のない先生に、『学び合い』で必要な集団の力を生かすことは無理だからです。しかし、同時に「でも、『学び合い』で解決することは出来ます。」と続けました。

 『学び合い』を会得すれば、教師は余裕を持てます。異学年・多学級の『学び合い』をすれば、それは驚異的です。そのことによって、指導力を持っている先生が、指導力不足の先生をサポートすることが出来ます。それが解決の道です。

 私は教師に必要な能力は二つだけだと思います。それは「出来ない理由を子ども、親の責任にして合理化せず、解決を模索すること」と「他者、特に異質な他者とつながれる能力」の二つです。どんな教師だって、「子どもが馬鹿だからいけないんだ」なんて思いたくありません。でも、そうせざるを得ない状況に追い込まれているんです。だれだって同僚・先輩・後輩からいたわられたい、教えてもらいたい、手伝ってもらいたい。でも、そうできない状況に追い込まれているんです。もし、教師同士の『学び合い』が成立したならば、「子どもが馬鹿だからいけないんだ」なんて思う人はいないはずです。だれも悪者はいない。関係のなせる技です。子どもの『学び合い』は、教師の『学び合い』を可能にし、全ての教師に指導能力を与えてくれると私は信じています。

さとう@山形さとう@山形2007/11/30 19:51研究授業が終わりましたが、私事の雑事もあり、ご報告が遅れております。また、ここ数日の流れにも乗り遅れてしまったのを感じています。

わたくしは、どうやら「併用」をしているようです。

うちの同僚(先生の本を読んでいるTさん)が、事後研究会で「さとう先生は、めあてを示したあと指示はほとんどしなかった。でも、子どもたちが自分で考えて動いていたからすごい」と言ってくれました。

隣の学級の先生には「子どもを完全にコントロールしようとするから子どもがあばれるんですよ」と言い続けてわずか1ヶ月。建て直りました。

わたし自身の進歩はゆっくりですが、同僚たちとともにじっくり、『学び合い』をめざしていこうと思っています。

jun24kawajun24kawa2007/11/30 21:45確実に進まれていることを理解しています。あなたにはY県を変えていただきたい。期待しています!

07/11/25(日)

[]隷属 12:19 隷属 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 隷属 - 西川純のメモ 隷属 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もし、ある先生が子どもたちに一時間土下座することを強いたらどう思いますか?そして、その先生に何故その様なことを強いるかと聞いたら、「社会においてそのような場面があるからだ」と言ったらどう思うでしょうか?おそらく、それで納得される方はいないと思います。

 今回、学生さんと沢山議論しました。テーマは「『学び合い』より一斉指導の方が優れている点は何か?」です。その中で、一斉指導も併用する必要があるという意見の学生さんがいました。理由は、「先生の話が分からなくても、つまらなくても黙って静かに我慢できる能力も必要だから」という理由でした。そこで、「では、具体的にどんな場面で必要?」と聞きました。そう聞かれると、その学生さんは、困ってしまいました。色々な場面を挙げられるでしょう。しかし、それを理由に、毎日毎日、小中高の12年間、それを強いる根拠にはなりません。

 私は暴走族を教えました。暴走族の授業態度は酷いものでした。しかし、暴走族の集会においては、彼らは実に礼儀正しく、分からなくても、つまらなくても黙って静かに我慢できました。実は、彼らは出来ないのではなく、やらないだけなのです。何故かと言えば、黙る必然性がないからです。私も授業改善をすれば、それなりに彼らは聞いてくれるし、黙ってくれます。

 民主主義国家の公教育で「先生の話が分からなくても、つまらなくても黙って静かに我慢できる能力」を与えるべきなのでしょうか?私はそう思いません。それは前時代的だと思います。本来は、「分からなければ分からないと言えて、つまらなければつまらないと言えて、そして、分かるという人の意見を聞けて、面白いという人の意見を聞けて、その中で折り合いを付ける能力」こそが学ぶべきことだと思います。

 さらに言えば、子どもの躾のために黙らせ、静かにさせるという表向きの理由の裏に、自分の授業が分からなくて、つまらないことを表出させるのが恐ろしいから非民主的な授業をしつづけているとしたら、これは罪ではないでしょうか?

 『学び合い』では、これこれのことをしなさい、と強います。しかし、それは民主主義の正当なプロセスに従って決まった指導要領に準拠しています。従って、それを教師が強いても非民主的とは言えません。交通違反を取り締まる警察の行為は非民主的ではありません。しかし、警官個人の判断で法を逸脱・拡大解釈し、それを公権力を使って他者に強いたら、それは罪です。日本国憲法、学校教育法、教育基本法、指導要領には、「先生の話が分からなくても、つまらなくても黙って静かに我慢できる能力も必要だ」とはどこにも書いていません。それを強いるのは、「子どもたちに一時間土下座することを強い」ることと同じく非民主的であり、罪だと、私は思います。

追申 ちなみに西川研究室の運営は、指導要領に決められていません。しかし、私は事前にその基本方針を出しています。また、あることを強いる場合は、それを納得してもらうように努力しています。そして、それを拒否する権利を保障しております。だから、大学の研究室所属と同じように、小中高の学級担任・教科担任を子どもが選択し、また、途中で異動する権利を担保しているならば、教師の解釈による躾をするのは可能だと思います。でも、そういう公立学校は殆どありませんね。

07/11/24(土)

[]日本の宝 17:46 日本の宝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日本の宝 - 西川純のメモ 日本の宝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨今の教師を取り巻く状況は悪化し続けています。私のつとめた二十年前は、上越教育大学の学生さんの99%は教員採用試験を受けていました。ところが、十年弱ぐらいから教員採用試験を受けない学生さんが増えてきて、昨今では、1年生段階で教員にはならないことを決めている学生さんが出現しました。総合大学における教員養成系学部ならば以前からいました。しかし、地方の単科の教員養成系大学としては末期的状況です。でも、学生さんを責められません。彼らが悪いのではなく、社会の大人が悪いんです。そして、なによりも私を含めた教員養成系の大学教師が力不足なんです。すみません。

 大阪で教員志望の学生さんが140人集まった会がありました。身銭を払い、1泊2日をかけて良い教師になりたいと思っている学生さんたちです。

 講演では『学び合い』のビデオを見せて、「この授業より一斉指導が優れている理由を考えてください。そして、私のねじ伏せてください。」という課題を与えました。そして、「皆さんが、どんな理由を言っても、返り討ちにしますよ。あはははは」と挑発しました。それをメンバーを変えて、50分で3回繰り返しました。

 講演を終えて、9時より懇親会です。しかし、ノンアルコールのジュースだけで深夜まで語り合っていました。私も、入れ替わり立ち替わり多くの学生さんに取り囲まれて、質問攻撃です。このレベルの質の高い質問は、我がゼミの学生さん以外から受けることは最近では殆どありませんでした。思わず熱がこもりました。睡眠不足で眠かったのですが、いつか、眠気を忘れて、雨あられの質問に答え続けました。夜の2時前あたりに、人の入れ替わりの、また、質問の連鎖がとぎれたので、「じゃ、いいかな?」と言って退散しました。

 朝6時半に起きて、身支度し、7時頃に会場を出発して帰途につきました。7時頃に起きている学生さんはいません。おそらく3、4時まで語り続けたのでしょう。語り合ってみると、「おじさん」としては「抜け・未熟さ」が目につきます。しかし、それがどうでもいいと感じられる若さと熱意を感じます。一人一人お頭をナデナデして、「君らは日本の宝」だと褒めてあげたい!いや、それは失礼ですね。彼らは日本の教育を担う、尊敬すべき同僚です。

追伸 学生さんには、「ライブを見に来てね」を連呼しました。さて、何人の学生さんが、今回の会の数倍のお金と時間をかけて、上越に来るか楽しみです。私は少なくないと思っています。来たら、ゼミ一同で洗脳するつもりです。でも、一番の説得者は普通に『学び合い』をやっている先生の表情と、なによりも子どもの姿です。勝算は120%です。

[]聞くこと 18:04 聞くこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 聞くこと - 西川純のメモ 聞くこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回の学生さんに説明する際、節目、節目に「『学び合い』は考え方なんだけど、それを理解することに躓くことがあると思う。しょうがないよ。そうしたら「西川先生は嘘言った!」とメールしてね。ちゃんとサポートするよ。君が失敗することは天地開闢以来最初の失敗ではないし、最後の失敗でもない。私は多くの人から相談を受けているから、山ほど失敗事例を知っている。それから言うと、たいていの失敗のパターンを知っている。だから、メールのやりとりレベルで解決できるよ。実は、そのことはちゃんと「手引き書」に書いているんだけど、実際に失敗するまで、その言葉の意味が分からないかもしれない。だから、そのときにメールして。出来れば、授業の様子をビデオで記録して、それを送って、そうしたらもっと的確に語れるよ。」と何度も語りました。

 どんな教材より、私の手引き書よりも、優れた教材は人です。人ほどすばらしいパターン認識能力と判断力、そして、表現力を持つ教材はありません。すべてを「手引き書」に書き込むことはナンセンスです。一番大事なの「聞く」ことだと思います。しかし、聞けないとしたら、その責任は一日の長のあるものの側にあると考えるべきでしょう。

 私には、その責任があります。それを認めた上で、日本中の同志に語ります。自身のフィールドで伝えられないとしたら、それは「聞かれない」という自分自身に原因を探りましょう。そうしなければ進歩がない。しかし、その解決策を自身の改善に求めるのは『学び合い』の作法ではありません。我々は関係の中で解決します。私は今、あるアイディアを温めています。同志各位も考えてください。

追伸 学生さんには「負ける戦いはするな」と同時に語りました。いきなり『学び合い』を新採でやれば軋轢が生じます。負ける戦いは避けるべきです。しかし、同時に、「置かれた状況においての戦いは常にある」ことを語りました。たとえば、5分間の語りで40分間の『学び合い』の時間は刺激的です。しかし、5分間の語り、5分間のまとめ、残りの40分弱の時間を2~3に分割して、課題・『学び合い』を繰り返せば、見た目には、一斉指導に見える授業になります。しかし、よく見れば一斉指導とは全く異なるはずです。たとえば、彼らが関わるとき、その関係は流動的でダイナミックです。いわゆるグループ学習の時は、語り合う関係は固定化されているか、自由にすれば仲良しグループになるはずです。そこには大きな違いがあるのですが、旧来の考えの人にはそれは見えないでしょうから、あはははは。なお、学生さんには、「どうしたらいいか知りたければメールしてね」と言いました。

07/11/23(金) このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

[大事なこと]使用上の注意

 最近のコメントに触発されて、使用上の注意を再度書きます。これは、今から5年前にも書いています。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20020930

 最近でも、以下のように書いています。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070803

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070725

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060914

 しかし、何度も、何度も書かねばならないと思いました。

 『学び合い』は強い薬みたいなモンです。効果は強いのですが、使用上の注意を誤ると毒となります。使用上の注意は、本にもHPにも手引き書にも何度も書いています。しかし、誤る人がいます。理由はいくつかあります。

 『学び合い』の考え方が、従来の考え方と革命的に違います。人は既存の知識で物事を理解します。異質なものは、既存のものに引き寄せて、脚色して理解します。端的に表れるのは「考え方」の読み飛ばしです。多くの教育ノウハウ本はすぐに「どうやるか」で始まります。それに慣れているので、「そもそも」の部分は読み飛ばして、「どうやるか」を読む癖を教師は持っています。しかし、『学び合い』において一番大事なのは、その「そもそも」なんです。具体的な「どうやるか」は、「そもそも」の影に過ぎません。そのクラス、その状況によって光の方向は変わります。分かりやすくするために、私はもっとも典型的な光の方向に現れる影を例として書きます。しかし、それはあくまでも影の一つです。残念ながら、考えることを放棄する先生がおられる。「そもそも」を理解せずに「どうやるか」をやります。

 例えば、我々は、教師の仕事は目標の設定、評価、環境の整備だと主張します。ところが誤解する先生方は「教えない」だけが頭に残り、さらには「しゃべらない」と理解してしまいます。そして一番大事な目標の設定がなされません。

 残念ながら「目標の設定」というと、たいていの先生方は「その日・その時間」の目標の設定だと解釈されます。しかし、我々の大事にする目標は「みんなで課題を解決する」の「みんな」なんです。それを語るためには、「何のために学校で勉強するか」を子どもにちゃんと語る必要があります。ところが、それは建前論だと解釈して省略する先生が実に多い。語っても、それが本当に信じられなければ、子どもに見透かされます。それでは、周りの子は出来ない子どもをほっぽらかしにします。そして、教師は「しゃべらない」と念仏のように唱えていたら、だれも出来ない子をサポートしません。そして、出来ない子をサポートすることによって多くのことを得る出来る子が何も得られないことになります。

 我々が「みんなで」と主張すると、それを「仲良く」と解釈する先生がいます。ところが「仲良く」を求めたって無理です。相性がありますから。それでも「仲良く」と強いれば、教師の陰に回って陰湿になります。われわれは「仲良く」を強いません。我々が求めるのは「折り合いをつけて」です。我々は子どもは大人と同じだけ有能であり、限界があると考えます。自分を振り返れば、同じ職場のみんなと仲良くできないのは理の当然です。我々が出来るのは「折り合いをつけて」です。

 先に述べたように、目標の設定が大事だということを読んだ方は、とにかく「その日・その時間」の目標と考えます。そして、旧来の考え方のように「特別に興味をわかせられる目標」とか「特別に分かりやすい課題」のために「ひねり」を入れたがります。だって、今までは「それが良い」と教え込まれていましたから。しかし、「ひねり」を入れれば入れるほど特殊化することになります。結果として、多くの子どもには分かりづらくなってしまいます。われわれは「ひねり」を入れずに「教科書○ページから○ページの問題を全員が解けて、その解き方を説明できるようにしなさい」のようにシンプルな課題を与えます。こんなクソつまらない課題であったとしても「みんな」という縛りがありさえすれば、興味をわかせられるということを知っているからです。

 こんなことは、今までの本にも書きました。そして、無料で公開している「手引き書」にもちゃんと書いています。そして、それは大事だよ、と書いています。ところが二百ページにも満たない、その本を読んでいただけない。また、それを現実のクラスの状況にあわせて、自分の頭で考えていただけない。そして分からなかったらメールしてください、トライし続ける限りはちゃんと返信しますとメールを公開しています。そして、いままで一度たりとも、まじめな先生のメールにちゃんと返信しなかったことありません。

 ところが無料で公開している二百ページ弱の「手引き書」を読みもしない。読んでも自分の頭で解釈もしない。そして、「おかしいな~」と感じているのに相談もしない。それで失敗した責任を『学び合い』の責任だと思われる。正直言って「ふざけるな!」と怒鳴りたくもなります。しかし、怒鳴ってもしょうがないので、手引き書の注意書きを書き足すことになります。しかし、書き足すと長くなり、読む人がさらにすくなくなる。しょうがありません。家電製品のマニュアルの最初に馬鹿馬鹿しい注意書きがいっぱい書いてあります。あれは「文句言われない・裁判で負けない」ための免罪符なんです。そして、それを見るユーザーはいなくなる。悪循環です。

 分からない人を責めて、その人が馬鹿だと合理化するのは簡単です。でも、そのような安易な合理化には進歩はありません。我々教師は、そのような人に伝えることによってお給料を頂いております。誤る人も、悪意がある訳じゃないんです。とにかく、疲れているんです。

 私は今後もHPにおける情報発信をし続けます。しかし、そこにあるテキスト情報、動画情報の限界も知っています。結局、「考え方」は人「集団」の中でしか伝えられません。それも大人数でなければなりません。人の相性があるからです。自分の疑問を解決できる説明を出来る人は、同じ学校の同じ学年の人とは限りません。少なくても最善の教え手である可能性は、低いはずです。むしろ、今は別な学校に移動した、あの先生かもしれません。いや、ネット上でしかおつきあいのない人かもしれません。せめてクラスの子どもたちが持っている選択肢(つまり30人程度)は保証しなければなりません。

 その集団は多様でなければなりません。つまり、分かった人、わかりかけている人、疑問を持っている人であらねばなりません。なぜならば、集団は多様であるとき安定するからです。等質な集団は、はじめは仲良しこよしですが、やがて、どうでもいいことで軋轢を生じます。また、疑問を投げかけられることによって進歩するのに、その機会を失います。重要なのはネットワークです。そのために、様々なネットワークの仕組みの種を蒔いています。あとは、そのネットワークに参加する人の数と多様です。それが一定以上になったとき、爆発するはずです。その発火点は近いと信じています。

 そのために、若い教職志望の学生さんの心に種を蒔こうと大阪に来ています。

追伸

つっこまれない前に、言い訳します。『学び合い』に関しては十冊の本、50以上の学術論文、数え切れないほどの実践の蓄積があります。そのような膨大な情報を、私との人間関係もない、いや「行けと言われた研修についている講演だから聞く」程度の人も多数含んだ方々に2時間で語るのが私の仕事なんです。すべては無理であることはご容赦下さい。しかし、興味を持たれた方へのサポートは、私の最善を尽くしているつもりです。

OB1989OB19892007/11/23 06:30微力ながらお力になりたいと思います。できることがあれば何でも言ってください。

jun24kawajun24kawa2007/11/23 06:41あはははは
同志!
あなたには目標の設定は終わっています。同じ目標を共有しています。何が出来るか、何をすべきかは、おわかりのはずです。
期待していますよ!

janglejapjanglejap2007/11/23 08:37今回のメモ、ドキっとしました。昨日、テストの結果みんなが合格したことを報告しましたが、そのとき「まるで魔法みたい」って思ったんです。先生の言葉では「強い薬」ですね。使用法を間違えると「毒」にもなる。
今回、『学び合い』の出前授業をしていただけることになりました(OB1989先生宜しくお願いします!!)。そこで『学び合い』を他の先生方に伝えたい、一人でも多くの先生に見に来ていただきたいと思い、紹介のプリントをつくって参観の呼びかけをしようと考えていました。若い先生も多い職場ですので、伝え方を誤って毒にしないよう、心しなくてはと思いました。やっぱり、余計なことを言わず、ひたすらOB1989先生の授業をみにきてください!!と勧めるのが1番ですね。

jun24kawajun24kawa2007/11/24 17:22janglejapさんへ
いいえ違います。
あなたの授業を見せることが一番です。
もがいている、あなたの姿が、一番伝えられますよ。
OB1989さんの授業は、その呼び水です。
これはOB1989さんもそう思っていますよ。あはははは
『学び合い』は文化です。
文化は膨大な会話・非会話によって伝えるしかないんです。
同じ職場のあなたが、子どもの姿を通じて、語り合うことが一番です。
期待していますよ。

janglejapjanglejap2007/11/25 14:10なるほど、なるほど~。がんばります!!

07/11/22(木)

[]大阪 00:37 大阪 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大阪 - 西川純のメモ 大阪 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日、大阪の教員志望の学生さんが中心となったフェスティバルがあるので、前泊で大阪に来ました。本当でしたら学内の仕事があるため講師は無理でした。しかし、主催者の学生さんと話して、大好きになりました。こういう学生さんがいる限り、日本の教育は大丈夫だと思いました。ということで他の先生に代わっていただき参加します。

 どうせ大阪に来たのですからということで、前から面談希望のあった先生と会うことを計画しました。さらに、「『学び合い』は常に人数が多いほど、多様であるほど、安定し、得ることが多い」というセオリーに従って、近くの同志に声をかけました。楽しく6時間、話せました。

 その中の、ある先生がおっしゃっていました。「先生の手引き書の中で、ぐっと、来たのは、何のために教師になったのですか、の部分です。確かに、私は漢字を教えたくて教師になったわけではありません。子どもを大人に成長させるためです。でも、現実には漢字を覚えさせるレベルに終止している。だから、『学び合い』を学びたいと思っています。」とおっしゃっていました。

こがけんこがけん2007/11/24 00:12西川先生、昨日はありがとうございました。
まず、算数の教科書まで見て具体的に説明していただいたことで
『学び合い』のすすめ方についてさらにイメージがつきました。
そして、トラブルの多くなった低学年の子どもへの教師の関わり方は本当に目からうろこでした。ふえたトラブルを肯定的に見ることと、教師が仲裁に入る限り子どもたちだけで解決する力はつかない、ということを学ばせていただきました。
後、なんと言っても『学び合い』がすすんだクラスの驚くべき姿!
「ほんまにほんまかいな!」と思ってしまいます。

昨日お話をたくさん聞かせてもらって、『学び合い』への理解が
深まった感があります。
『学び合い』がいいって、当たり前のことですね。
・子どもは先生に教えてもらうより、自分らで教えあうほうが
面白いし燃えるにきまってるし、
・個別指導の時間が圧倒的に増えるから成績も上がるし、
・人間やっぱ信じて任してもらえたら「やるぞ!」って思いますもんね。
後、今クラスでやっていることを職員室におきかえたら、いかに子どもにひどいことをやっているかが実感できました。

本当にありがとうございました!

jun24kawajun24kawa2007/11/24 17:27あなたは、最長でも今年中に中期段階はこえられます。
そこから後は、どん欲になることです。
同僚のMさんと、子どもたちのための悪巧みをしてください。
そして自由都市の人たちといっしょに「大」悪巧みをしてください。
あはははは
何かあったら、直ぐにメールください。
期待しています。

こがけんこがけん2007/11/25 09:00西川先生ありがとうございます。
『悪巧み』いたします。
「もののはじまり何でも堺」
「堺から世界へ」
なんてフレーズもありますから!

jun24kawajun24kawa2007/11/25 09:22期待していますよ~ん!

07/11/21(水)

[]群馬県総合教育センター 22:28 群馬県総合教育センター - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬県総合教育センター - 西川純のメモ 群馬県総合教育センター - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は群馬県総合教育センターで講演してきました。や~、気持ちよかった。節目節目で笑いをとれて、嬉しかった。参観者の方に、感謝です!

 勝因の一つに、スライド47枚を1時間半かけて語ったことです。その結果として、脱線や話をふくらませることが十分に出来た。やはり、語ることを絞ってふくらませるというのがいいな~

 現在はM1のFさんは、昨年の講演会で最前列で座っていたとのことです。講演会で「名前を言わないでくれと言うのでいいませんが、現在、西川研究室に所属されているある方は、昨年の講演会に参加されていました」と言ったところ、会場の特定の人が大爆笑していました。Fさんのお知り合いなのかもしれませんね。

 群馬県に関しては、もう少しで発火点に達するような気がします。それが、来年なのか、3年後なのかは分かりません。でも、『学び合い』に対する認知度はかなり高いと思います。そして八幡小学校もある。関係者のおかげで、今年度中に二つの「仕掛け」を仕込みました。発火点に至るまでの時間を短縮できるでしょう。

 とにも、かくにも、『学び合い』で一番難しいのは「やる」ということです。やりはじめ、分からなければ、やれる人に質問すれば本当に簡単です。発火点に達すれば、一気です。

 あははははは

kluger1213kluger12132007/11/22 11:44 友人から長いメールが届きました。「感動がさめないうちに・・・」という書き始めで、「西川先生のお話に2時間くぎ付けでした。」等々、先生のお話を聞いて感動しまくりの内容でした。講演会大成功、おめでとうございます。

janglejapjanglejap2007/11/22 15:57講演会、K県ではありませんか?ぜひぜひ、お話を伺って私も感動しまくりたいです。

ところで先生、今日はやりました。算数体積のテストで150点満点で120点以上を全員合格しました~。前回の20点の子も125点でした。嬉しいです。感謝で胸がいっぱいです。ありがとうございました。やっぱりやってみてよかったです!!

jun24kawajun24kawa2007/11/22 16:22Klugerさんへ
その感動を「やる」につなげることが我々の課題ですよ。それは私の語りではなく、人とのネットワークです。きたいしているよ~ん
janglejapさんへ
良かったね。みんなをほめましょうね。
そして、もっともっとを願いましょう。
どん欲にね!
追伸 K県からのお呼びは、まだありません。ふ~

まりっぴいまりっぴい2007/11/22 23:26初めまして、昨日の群馬総合教育センターでお話しを伺った一人です。そして、八幡小の保護者です。大変楽しく、しかし、大変複雑な心境でお話しをお聞きしました。正直、八幡小の昨年度の娘と息子の学級において、学び合いの授業と称して参観させていただいた授業が惨憺たる状況で、保護者一同、まさに学級崩壊、いじめ、学力不振の現状に悲鳴を上げていたからです。担任なさっていらっしゃった先生方は、みな異動させられました。八幡小のこの春の大型移動には、訳があるのです。その辺、勘違いなさらないでいただきたいのです。新聞記事を読んで、ごく一部のうまくいっている社会の学級の実践のみを取り上げて、すべて良いことだらけのように書かれている事実に、心の底から怒りを感じております。現に、社会科で、数クラス持っていらっしゃる先生の学級で、うまくいっている一クラスのみ、先生方が参観にいらっしゃるという…。なぜ、全クラス公開なさらないのか、それには訳があるのだと思います。ICレコーダーをつけている状況なら、それは子供達も心理的な縛りから、望むべき会話が増えることでしょう。実際は、1時間じゅう誰も机の回りに来てくれず、ずっと下を向いてばかりの子の寂しそうな顔、立ち歩いて今日の放課後の遊びの相談をしている子供達、授業参観で親が大勢いる状態での現実です。正直、子供達の貴重な一年をモルモットにしないで頂きたい!!もちろん、すべて「学び合い」を否定するわけではありません。現在娘のいる5年1組の社会科においては、良く機能していて、確かに上位の子供達の学習の様子は素晴らしいと思います。でも、この月曜にオープン参観で見た限り、やはり下位の男子グループは誰からも声を掛けられず、プリントの半分も終わらない状況なのです。これでは、下位の子はおいて行かれるばかりでは…。ましてや算数で、教科書と課題を与えられてさあどうぞ!!で、できるようになる訳がないではありませんか!!昨日の講演のあと、質問タイムが欲しかったです。先生が、気持ちよく漫談されて、さっと去られてしまい、大変欲求不満でした。是非、納得のいく解答をください。と、押さえて書かなければと思っていたのですが、書いている内に、本音が爆発してきてしまいました。是非議論したいものです。よろしくお願い致します。

jun24kawajun24kawa2007/11/23 00:25まりぴーさんへ
コメントありがとうございました。
一つ反論します。
 私は子どもをモルモットにするつもりはありません。それ故、我々の『学び合い』の研究では、対照群をもうけておりません。我々は最善の教育を実践するつもりで最善を尽くしております。しかし、我々の研究がモルモットにするつもりの研究と思われたとしたら、私の不徳の致すところです。お詫びします。
 思い出して下ださい。あなたの『学び合い』で表出する問題は、『学び合い』の問題ではありません。そのクラスの「地」が出るだけのことです。上記に書かれていることは、「一斉指導」の中では問題なかったことですか?違うことはご存じのことと思います。
 過去のメモにも書いたことですが、残念ながら「教師間の学び合い」は私どもの課題です。ありがとうございました。そして、バンドルネーム「まっぴい」さんがどなたかは私は分かりません。しかし、八幡小学校の先生方は、このメモをお読みになることと思います。深く受け止められると思います。
『学び合い』は考え方です。
 学校が『学び合い』に所属したら考え方が分かるわけではありません。一人一人の先生方がもがきながら学ぶしかありません。それは講演で述べたとおりです。考え方はそのままで、形として『学び合い』をしたときは惨憺たるものになることは想像に難くありません。しかし、それを『学び合い』の姿ではありません。それは、そのクラスの「地」なんです。
 是非、おいで下さい。そして、見てください。そして、お子さんのためにどのような教育が必要か語りましょう。「まりっぴー」さんは「出来なかった事例」をごらんになったかもしれませんが、それは「その人」が出来なかった事例です。「ましてや算数で、教科書と課題を与えられてさあどうぞ!!で、できるようになる訳がないではありませんか!!」とお書きになりました。それを実現してるクラスはいくらでも紹介できますよ。
 私は上越教育大学の西川純です。「まりっぴい」さんへ

まりっぴいまりっぴい2007/11/23 01:20早速の返信、ありがとうございます。私は、昨年、八幡小の校長先生ご本人にも本件に関して直接相談に伺っています。PTAとしても、育成会としても八幡小の一保護者として、大変八幡小にお世話になっており、よりよい教育をしていただくためには協力を惜しまないつもりでいるものです。同時に近隣校勤務の現職教員として、子供達に力のつく授業とはと、日々つたない実践を重ねながら、そのあり方を真剣に考えている新米研修主任であり、西川先生と同じ、もとは理科専攻だったものです。おそらく、読まれた八幡小の先生方は○○だとお察しのことと思います。
実践の一部をかいま見ただけで、すべて否定するような失礼な文面になってしまったこと、お詫びいたします。我が娘がA先生の社会において、「去年の○○先生の学び合いは、よくわからなかったけれど、今年の社会は面白い。よくわかるし、楽しい。」と言っているのも事実です。現に先日参観させていただき、一部の女子児童の意欲的に学ぶ姿は、実に刺激的でした。豊富な資料を用意し、子供達が学んでいける環境作り、配慮が感じられ、感謝しています。一部の先生方にお聞きしたところ、「なるほど良い面もある」と、おっしゃっていらっしゃったのも事実です。しかし、すべてそれだけをやっていればすべてうまくいくという「魔法の薬」のようなものではないと現場の子供達と日々過ごす中で、強く実感します。古来からの教育の中における、「手本をまねる学習」や、「反復繰り返しの中で習得する学習」の中でしかつけることのできない、丁寧さや話を聞く姿勢もあると思います。
昨年、お若い素敵な先生が、「教師が何も指導しない方が学び合いにおいては良い」というアドバイスの基に、学級経営することができなくなり、ご苦労なさる姿は、保護者としても、同僚としても、辛かったです。無法地帯と化す中で、変わっていってしまう子供達の姿が、どれほどのものになるかは、現場で子供達と過ごす現職教員なら、容易に想像がつくのではないのでしょうか?先生のおっしゃるクラスの「地」が出てしまった後から修復することは、大変困難であり、多くの子供達が傷つく結果になってしまいます。「学び合い」が、すべてをうまくしてしまう、魔法の特効薬のようにおっしゃると、ある意味、大変危険なのではないでしょうか。
先ほどから、学びの殿堂のビデオを数本見せていただいたり、手引き書をプリントアウトして読ませていただいています。なるほどと思う部分もあれば、これは危険と思う部分もあります。ビデオの中のようなざわざわした環境の中では、我がクラスの○○ちゃんや○○くんは、落ち着いて考えることもできず「うるさい」と耳をふさいでしまうのではないかとおもいます。また、誰の所に行く間のないまま、一問も解けないまま、その一時間を過ごしてしまうのではないかと思います。
喜んで、この場で私も学ばせていただきたいし、教育のあり方について考えて行きたいと思っています。あえて個人メールにせず、ブログに書き込みさせていただいたのは、西川先生ご本人はもちろん、いろんな方にご意見を伺いたかったのです。
毎日の雑踏のような日々の中で、時には、こちらに伺えないこともあるかと思いますが、今後も時折尋ねたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2007/11/23 05:07まりっぴいさんへ
丁重なレスありがとうございます。
ご指摘の通り、『学び合い』は劇薬です。
効果はてきめんですが、使用上の注意を守らないと毒となります。
心します。
でも、是非、おいで下さい。
そして、実践の中で議論しましょう。
ご自身で『学び合い』をご理解いただくことが、一番だと思います。お待ちしております。

makine45makine452007/11/23 14:27『学び合い』を実践している教師として、生の保護者の声を伺うことができて、我が身を振り返りました。もっともっと議論をしてほしいと思います。『学び合い』は不思議です。うまくいったと思うと、あっという間に落ちていきます。まだまだ発展途上です。

rion_fujirion_fuji2007/11/23 22:55 同じく学び合いを実践しているものです。保護者の方の意見は,本当に学ぶことが多いですね。ありがたいことです。
 何事もそうかもしれませんが,「何のために~」が抜けると大変なことになってしまいます。学び合うのは何のためなのか?ではドリル的なことを授業の中で行うのは何のためなのか?教師が教えないほうがいいのではないと思います。学習の本質に関わる部分では大いに出て,子どもの中でストーンと落ちる語りをする必要があると思います。自由と放任は,一見似ていますが,まったく異なります。私も毎日,子どもから多くのことを学ばせてもらっています。そして,毎日修正することで子どもと共に進化していっているつもりです。こんな経験ができるのは,学び合いに取り組んだおかげだと思っております。

jun24kawajun24kawa2007/11/24 17:11ご両人へ
まったくですね。
よりよいものにしましょうね。

07/11/20(火)

[]家はいい 22:28 家はいい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家はいい - 西川純のメモ 家はいい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日はゼミのカニ旅行です。年休を取って、学生さんの車で1時間半かけて移動。直ぐに温泉に入り、直ぐにカニ食べ放題。その旅館の1つの階は我々が貸しきりでしたので、夜遅くまで飲み会です。私は途中で抜け出し睡眠。朝食を食べて、大学に移動。到着後、直ちに山のようにたまった仕事をこなし、7時まで。こなしきれない仕事は、学生さんに「お、ね、が、い」と頼みました。

 家に帰ると、息子が「チュ」でお出迎え。直ちに風呂に入りました。夕食は家内の料理と晩酌。つくづく思います。家が一番。

 と、分かっているのですが、出張が続きます。

 明日は群馬の教育センターで講演。がんばるぞ~。群馬の『学び合い』の種火を劫火にしなければ!

 明後日は大阪に異動!兵庫と大阪の先生方との議論と飲み会が楽しみ!

 次の日は、大阪で学生さんと議論と飲み会が楽しみ!

 そして次の日は家に帰れる。それが楽しみ!

kluger1213kluger12132007/11/21 11:40 先生、本当に全国行脚、お疲れ様でございます。先生の研究のすばらしさは勿論ですが、その健康さとタフさは本当に素晴らしいです。そして、そのポジティブシンキングと即実行の精神を最も見習っていきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2007/11/21 22:18そんなことないよ。
私は落ち込みやすいネガティブシンキングです。
取扱注意なので、いたわってね。
あ、御校のS先生と黙礼しましたよ。

07/11/19(月)

[]大抜擢 21:42 大抜擢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大抜擢 - 西川純のメモ 大抜擢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越に学校として『学び合い』を取り組み始めた学校があります。10月頃から私や院生さんがサポートし、今は、我々の手を離れています。現在は学部生が入って、授業の姿を観察・分析させていただいています。その学校に本日も学部3年生が行きました。

 その学生が急遽、明日、授業をすることが決まりました。と、聞いたものだから、私は大笑いしました。同時に、その学生が授業させて欲しいとでも言ったかなと不安にも思いました。教育実習でもないのに、免許も持っていない学生(それも3年生)が授業させて欲しい、というのはそうとう図々しい要求です。もし、そうであるならば、その学校にすっ飛んでいって、校長先生にお詫びしなければならないな、と思いました。ところが、よく聞くと事情が違うようです。

 その学校のある先生が「おめでたい理由」で1週間ほど休暇を取られています。という理由で、いろいろな先生方が、代わりの授業を担当されています。そこで、です。いつもの通り、授業観察に来た学生を校長先生が見つけると、「授業をやりなさい」と言ったそうです。それを聞いて、また、大笑いしました。前から好奇心旺盛で、お茶目な校長先生だと思っていましたが、『学び合い』の実力をよく分かっている方だと再認識しました(まあ、そうでなければ学校として『学び合い』を取り組むことを決断しなかったでしょうけど)。

 『学び合い』であれば、課題がシャープでシンプルに建てられるならば、3年生だろうと、2年生だろうと、いや中学生であっても可能です。その学生は、かなりの時間、『学び合い』を見ています。おそらく、課題設定は出来るでしょう。そして、校長が手を入れるでしょうから万全です。と、分かっているのですが、とても面白いと思います。

 でも、いいシステムだとも、思いました。自分を分析できなくとも、人は分析できます。いわゆる岡目八目というものです。だから、授業の見せあいっこは有効です。でも、互いの指摘を率直に言える、聞けるという関係があることが前提です。ところが、学生の授業だったら、職員全員、言いやすい。まさに、学部生はまな板の鯉状態です。学部生の授業を通して、その学校の先生方が授業力をアップできるシステムです。

本当に面白い。『学び合い』のおかげで、閉塞した学校において、金鉱がそこらじゅうにあることを気づきます。あはははははは

OB1989OB19892007/11/19 21:53全く同感です。だから,私が小学校の家庭科の授業をする意義もそこにあると思っています。今度,12月3日と12月10日に附属長野小学校で6年生の家庭科の『学び合い』授業をすることになりました。

jun24kawajun24kawa2007/11/19 22:03理科も期待していますよ。

07/11/18(日)

[]授業参観 18:58 授業参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業参観 - 西川純のメモ 授業参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は授業参観です。家内と二人で参観しました。幼稚園に比べて、明らかに、周りの子どもと関わっています。嬉しく思いました。しかし、周りの空気が読めず、一人で盛り上がっています。こまりました。おそらく、担任の先生は、その息子が浮き上がらないように、と思っているのだと思いますが、こまめなフォローをいただいております。感謝しています。

 息子を見ていると、自分の過去も、あんなだったんだろうな~・・・と思います。

07/11/17(土)

[]注射 19:03 注射 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 注射 - 西川純のメモ 注射 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は家族3人でインフルエンザの予防注射です。昨年は、大泣きし、大騒ぎしたため、私と家内と看護婦さんたちに取り押さえられての注射でした。しかし、泣きはしましたが、大暴れはしませんでした。大いに褒めて、ファミレスで食べました。

[]新潟市 19:03 新潟市 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新潟市 - 西川純のメモ 新潟市 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は新潟市で『学び合い』のサークルの会合がありました。しかし、予防注射があるので参加できません。そこでスカイプで参加しました。新潟市でも花咲いてほしいと願います。

07/11/16(金)

[]まってるよ 22:26 まってるよ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - まってるよ - 西川純のメモ まってるよ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の学級ではポニーを飼っていて、引き馬が息子は大好きです。日曜日に授業参観があります。本日の息子の作文です。

『日よう日に、おとうさん、おかあさんを、ひきうまにしょうたいすることにしました。おとうさん、おかあさん、ぜひきてください。まっているよ!』

 もちろん、行きます。

[]色々 22:12 色々 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 色々 - 西川純のメモ 色々 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は学部2年生を中心に、西川研究室以外の学生・院生さんを十人ほど地元のS小学校に連れて行きました。3時間目は5年と6年の「一緒にいるだけの異学年」、4時間目は社会科の『学び合い』です。当然ながら、学生さんたちは呆然としていました。あはははは

 異学年は2時間目ながら、子どもたちは異学年を楽しんでいました。単一学年では見られない、ダイナミックな動きが生じました。やはり、いい!と思いました。お二人の担任の先生は課題を見いだされていましたが、それ以上に、その課題を楽しんでおられました。

 次の4時間目は6年生の社会科の『学び合い』では、担任の先生より平均点が92点であることが発表されました。しかし、子どもたちは手放しで喜んでいません。自分たちの実力は92点以上であると考えているようです。さすがです。3時間目の異学年の『学び合い』に比べると、落ち着いた感じがします。

 5年生は『学び合い』ではありませんが、ふと、教室を見ると『学び合い』になりそうな雰囲気です。図々しく、担任の先生を手招きして、話しました。話したことは、「課題をシャープに、単純にすること」、「みんなということを求めること」、「最終段階でどのような評価をするかを明示すること」の三つです。私が教室を出ると、その方向で、課題を再設定をされている声が聞こえました。5分後に覗いてみると、『学び合い』ではないはずの授業が『学び合い』に変わっていました。セオリー通りですが、まるで魔法のようです。そして、実に素直な先生だな、と思いました。剣道でいう守破離の守の段階では素直であることが重要です。「この先生、凄い勢いで成長するぞ」と思いました。

 授業後に、両先生と議論しましたが、意欲的な両先生にワクワクします。その際、M1の二人と現職さんが授業で気づいたことを両先生に話しているのを聞きました。現職さんの見取りの確かさは当然といえ、M1の見取りは正直ビックリしました。私を遙かに超えています。教員養成系学部ではない学部出身の院生さんです。1学期にS小学校に「放り込んだ」ときはどうなるかな、と思っていました。しかし、この半年間、クラスに入り込んで、徹底的に見ることを通して力がついたことを感じました。

 私は教育実習では「やる」より「見る」を大事にしたいと思っています。もちろん、法で定められた「やる」はもちろんやりますが、それ以上に「見る」を経験させたいと思います。人はしゃべる前に、膨大な聞くが必要です。人は書く前に、膨大な読むが必要です。聞く、読むを膨大に行えば、巧まずとも、しゃべり、書きます。授業も「やる」前に、膨大な「見る」が必要です。ただ、小中高大で受けていた学習者の立場からの「見る」ではなく、授業者の立場からの「見る」が必要だと思います。M1を見て、それは正しいと再確認しました。

 最近、M1が両先生の一斉指導の授業を参観しています。理由を聞くと、「新鮮だから」だそうです。それを聞いて笑いました。確かに、彼らは膨大な『学び合い』の授業を見ています。しかし、一斉指導はほとんど見ていません。あはははは

 ふと思います。もし、上越地方に『学び合い』が広がって、定着したら・・と想像します。学部3年の教育実習はどうなるのだろう?もし、一斉指導をやったら、子どもたちから総スカンをくらうでしょうね。う~む・・・

 

07/11/15(木)

[]幸せ 22:57 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、私のプロポーズに家内がOKしてくれた日です。いつもの470円のワインと日本酒で乾杯しました。本日は、ボジョレーヌーボーの解禁日です。奮発して、2200円のワインで乾杯です。幸せだな~っと思って飲んでいます。

 世の中には数万円のワインを飲んで、それでも幸せになれない金持ちもいるでしょう。私はその人たちよりも金持ちだと思います。裕福さとは、収入で決まるわけではなく、収入と支出の差に、満足度の係数をかけたものだと思います。

[]実践校 22:23 実践校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 実践校 - 西川純のメモ 実践校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

佐賀市のFさんより中学校の『学び合い』の実践をみたいとご希望がありました。そこで長崎のYさんを紹介しました。本日、以下のメールをいただきました。

『今日は、長崎県のY先生の授業を参観させて頂きました。佐賀市のE指導主事(専門は中学理科)と2人で行ってきました。1,2、3年の理科の授業見せていただきましたが、生徒達がしっかりと学び合っている姿が印象的でした。生徒達に、授業が終わってからビデオに何か一言お願いしますとなりゆきで言ったら、「学び合いは最高。学び合いで90点とれました。学び合いはいいですよ。」と口々に明るい声で言っていました。授業でも、生徒同士で学習課題を真剣に、そして楽しそうに、解決していく様子が見受けられました。中学も立派な『学び合い』ができていました。特に、Y先生は、4~6時間の小単元毎に、課題を提示し、『学び合い』授業を展開されておられましたので、大変参考になりました。』

そのYさんよりは以下のメールをいただきました。

『ありがとうございました!今回のお見合いは、私にとってもすばらしいものでした。その根底には、子どもたちの力がありました。わたしも驚くほどの場面をたくさん見せてもらいました。今回は、下品は言い方ですが、”ケツの穴”まで見てもらいました。もし、次の”お見合い”があれば、やっぱり”ケツの穴”までお見せします。 ありがとうございました。』

 かって、東大のS先生の強みは実践校があるからだ、と教えてもらいました。なんやかんやいっても、実践の姿がなによりの証拠です。そう考えると、『学び合い』にはとてつもない強みがあります。私は、同志に「授業見せてあげて」と気楽に言えます。何故かと言えば、それが同志にとっても、子どもにとっても良いことだし、楽しいことだと分かっているからです。日本中で授業公開が行われています。自主的なものもあり、しがらみもあり、強制的なものもあります。さて、授業者はなにを見せようと思っているでしょう。理科の場合は、たいていは「実験法」です。他の教科の場合は、教材(というより教具レベルですが)が大多数です。もしくは、当意即妙に出来る自分自身でしょう。ところが、『学び合い』においては、自慢の子どもたちを見せたいと思います。

 教材・教具だったり、単元に依存する指導法だったりした場合は、「その単元」であらねばなりません。ですので公開授業の日時に合わせて、綿密に指導計画を立てねばなりません。急な予定が入れば、いっぱつでおじゃんです。さらには、事前に別なクラスで試してみる必要もあるかもしれません。いずれにせよ大変です。

 自分自身を自慢する人もいるでしょう。たいていの高名な授業者の授業公開は、その人が自分を自慢するためにやっているものです。でも、いつもいつもの自分を自慢できるほど、ナルチストの人は少ないと思います。たいていは、先に述べた教材・教具や単元に依存する指導法によって保険をかけています。

 ところが、『学び合い』では、子どもたちを自慢するのですから、どんな単元であってもOKです。なんの準備もいりません。それに自慢の子どもたちを自慢するのですから、楽しいに決まっています。子どもたちだって、自慢の自分たちを人に自慢するのですから、楽しいに決まっています。まあ、自分の息子のビデオを他人に見せるようなもんです。そのビデオを見せて、その人が「へ~」と驚いてくれたら楽しいでしょ。

 公開授業の指導案、あれは無駄ですね。作る方が、苦しむし、読む方もそれほど意味がない。そんなことだったら、自慢の子どもたちに自己紹介文を書かせて、それを綴った方が良い。そうすれば授業者は楽です。そして、授業後に、フリーに教師と語り合えばいい。出来れば、子どもたちともね。

 ということで、私にはすぐに頼める実践校・実践クラスが今の段階で数十あります。これはすごい強みです。そして、来年はもっと増えるでしょう。ゆくゆくは、それをインターネット上の組織にして、私と関係なく、お見合いが成立できるようにしたいと思っています。そしたら、凄いことが起こります。授業を通して、関わるすべての教師の力が伸びる。当たり前のことを、当たり前にやりたいと思います。

koushinsenjinkoushinsenjin2007/11/16 00:00ああ、わくわくします~♪

OB1989OB19892007/11/16 06:05この場を借りて,出前授業で『学び合い』をお見せできます。ご要望があればお寄せください。

jun24kawajun24kawa2007/11/16 15:13koushinsenjinさんへ
本当に楽しいですよね。
OBさん
お願いしますね。

さとう@山形さとう@山形2007/11/17 07:07「プロポーズにOKしてくれた日」という記念日もあるんですね!先生、こういう方面でも、ロマンにあふれた方なんですね。

jun24kawajun24kawa2007/11/17 07:28私みたいなものを拾っていただいた方ですので、感謝しているのです。頭が上がりません

07/11/14(水)

[]公募 18:01 公募 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 公募 - 西川純のメモ 公募 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 カタギリさんが、交流作文の相手先の小学校のクラスを求めています。高校の先生であるカタギリさんのクラスの子と、小学生が作文を通して交流することを企画しています。これは「学び合う国語」に載せている実践です。詳しくは以下をご覧下さい。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/F-Katagiri/20071114

異学年は、いいですよ~

[]多体問題 15:55 多体問題 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 多体問題 - 西川純のメモ 多体問題 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 物理学で苦しめられた方も多いと思います。あれを学ぶと、物理学では運動を厳密に式で記述できように思いこまされたかもしれません。しかし、3つ以上の物体が相互作用を及ぼしているとき、その運動を厳密に記述することは困難で、多くは不可能です。近似で記述するしかないのです。このような問題を多体問題といいます。たった三つで物理学はギブアップなんです。しかし式で記述できなくとも、現実にやってみれば答えが出ます。それが出来ない場合はシュミレーションによって答えを出します。

 本日、「いっしょにいるだけの異学年」の初回を参観に行きました。6年生と5年生が一緒の部屋に集まります。それぞれの担任の先生が、課題を与え、「さあどうぞ」で終わります。いつも通りの『学び合い』で準備も苦労も皆無です。いつもと違うのは、違った学年の人と物理的に一緒にいられるというだけです。

 5年生も6年生も、どうやっていいか手探りです。しかし、教師は「みんなが分かるようになりなさい」と求め続けます。徐々に動き始めます。どんどん変化します。私は「おもしろいぞ~」といいながら、スキップしながら動き回ります。何がこれから起こるか分かりません。しかし、一人一人の子どもがトライアンドエラーの中で「みんながわかるための最適解」を求めて動き始めます。まるで多体問題が式で解答を出せなくてもシュミレーションによって解答を出す過程を、コンピュータのディスプレーで見まもっているようです。面白くて、面白くて、ワクワクして、身をよじりながら参観していました。

 初日でも多くの発見がありました。でも、これは大化けすることは120%保証できます。なぜならば、お二人の担任は私と同じように、ワクワクしながら楽しんでいるからです。これが成功することに不安はないようです。教師が信じて願えば、子どもはそれを達成します。失敗するのは、教師が不安に思ったり、本当には願っていないときです。しかし、両担任にはそれは全くありません。

 面白いぞ~・・声の限りに全国に叫びたい!

 本当に面白かった!

追申 5年生の担任は出張のために途中で学校を出発しましたが、何の問題もありません。あはははは

F-KatagiriF-Katagiri2007/11/15 13:17今日ちらっと「小学生に読んでもらう作文を書く」なんてあるクラスで伝えたら、異常な盛り上がりでした。楽しみです。まだまだ募集中です。

jun24kawajun24kawa2007/11/15 21:57うふふふ
楽しみだね。
Kさんがワクワクすると、もっと、子どもたちが燃えるよ。

07/11/13(火)

[]どん欲 22:01 どん欲 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どん欲 - 西川純のメモ どん欲 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』が成立して、すばらしい姿になったのに、いつの間にか停滞していることがあります。あっと気づいたら、好きなもの同士の固定的集団になっている。何故か?

 いろいろな理由があります。その一つに、前と同じレベルの要求をしている場合です。『学び合い』によって勉強の仕方が効率よくなります。簡単に言えば、要領良くなります。そうなると、いままで難しかった課題が簡単になります。人は怠惰な生物です。それほど努力しなくても解決できるような課題だと、努力しなくなります。そして、安直な集団を形成します。

 『学び合い』の教師はどん欲であらねばなりません。つねに「もっと、もっと」と思わねばなりません。子どもの様子を見て、「この子たちだったら、こんなことを実現できるのではないか?」と夢を見なければなりません。子どもより、もっと先を見なければなりません。走り続けなければ集団は腐ります。ただ、一人で走るように尻をたたいてはいけません。みんなでワッショイ、ワッショイと明るく走り続けるよう尻をたたきましょう。一人が疲れて動けなくなったら、みんなが、その子を背負って走る集団にしましょう。そのためには明るく、どん欲にならねばなりません。

 子ども集団は凄い力があります。だって、教師の30倍の人間の力があるのですから。

[]ルール追加 17:37 ルール追加 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ルール追加 - 西川純のメモ ルール追加 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我がゼミは「自己判断・自己責任」を原則としております。自己判断を最大限許容しております。しかし、「自己判断・他者責任」となることが立て続けに起こりました。そこで以下のルールをHPに加筆しました。

『現場学校への最初の交渉

 個人の資格で入るのではなく、「西川研究室」という看板を背負って現場にいく場合は、学校現場に研究ではいるとき、その最初は、西川に了解を取ってください。相手方の校長に、私が連絡をしてお願いします。西川研究室内部のことは、私が飲み込めば問題ありません。しかし、現場学校で失敗すれば、後輩に迷惑がかかります。

 物品の購入

 物品を研究費で購入する場合は、西川に了解を取って、西川が手続きをします。領収書を持って、西川に事後報告をするのはやめてくださいね。勝手に購入した人の私費で処理することになります。』

 私の問題にしたいのは、上記のことが起こるのは、ゼミメンバー同士のコミュニケーション不足です。十分にコミュニケーションが行われたならば、上記のような馬鹿馬鹿しいことはおこるはずありません。今回に限り、このようなことが起こったという罰金を自分に科しました。しかし、今後は「自己判断・自己責任」を求めます。正しい判断をするには、他者とのコミュニケーションを行うことは、どんな人にも大事なことです。

 合併、増資に関しては株主の同意が必要です。あはははは

[]大株主 15:32 大株主 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大株主 - 西川純のメモ 大株主 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近の西川研究室における私の位置は会社における「社長」というより「過半数の株を持っている大株主」のような位置にあるようです。とにかく、そう感じます。社長より「過半数の株を持っている大株主」のほうが圧倒的に権力を持っています。が、日常の経営方針に関しては、社長以下の経営陣にお任せです。株主としては、株価が上がり、多くの配当がなされれば文句を言いません。

 しかし、本日、修士2年生の方に関して、「ひさしぶり」に指導をしました。なんか社長になった気分です。でも、もしかしたら株主総会での発言なのかな・・・

[]感染方法 15:32 感染方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感染方法 - 西川純のメモ 感染方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不謹慎な例を言わせてください。

 多くの指導法、教育論が本を読んだり、講演会を聞いたりするレベルで出来るようです。まあ、本のページをコピーすれば使える指導法はあります。まるで空気感染みたいなもんです。『学び合い』も、そのレベルで感染できる方がいます。でも、その方は感染する前から保菌者なんです。多くの方は、そのレベルでは感染できません。実際にライブを見たり、我々と議論したりすると感染できます。また、スカイプやメールのやりとりでも感染できます。が、いずれにせよ「肉体接触」が必要です。まるでエイズのようです。しかし、エイズのように不治の病になるのが強みとも言えます。

 現場で、職場の仲間に『学び合い』を広めるにはどうしたらいいかを悩んでいる方は多いと思います。一番いいのは、お互いの授業を見せあいっこすることです。しかし、忙しい状態でなかなか大変です。そこでお勧めなのは、「いっしょにいるだけの異学年」です。方法は簡単です。一方の学年には「教科書○ページ~○ページを全員が出来るようにしなさい」と言い、他方の学年には「教科書○ページ~○ページを全員が出来るようにしなさい」と言いい、最後に、「みんなとはみんなですよ」と言うだけのことです。課題をあわす必要はありません。ただ、いっしょにいるだけのことです。だから、なんも準備はいりません。

 明日、地元の学校で初挑戦です。楽しみです。ワクワク

chunsuzumechunsuzume2007/11/13 16:08
>エイズのように不治の病になるのが強みとも言えます。

見事に感染しちゃいました。治らないんです、先生!
(治りたくないです。もっともっと、という感じです。)

jun24kawajun24kawa2007/11/13 16:22あはははは
それじゃ、もっと不治の病仲間を増やしましょうね。

osugiosugi2007/11/13 17:57最近、話す相手が保菌者かどうかなんとなく分かるようになってきました。まだ、なんとなく、ですが。「学び」について5分も話せば分かる気がします。昨日は愛知で見つけました。

jun24kawajun24kawa2007/11/13 18:26はい、私も分かります。少なくとも、直ぐ感染する人は分かります。

07/11/12(月)

[]世間話 21:14 世間話 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 世間話 - 西川純のメモ 世間話 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の学級では毎日、絵日記を書かせています。本日は附属幼稚園の年長さん(海組)が附属小学校に来ました。それに関して、こんな事を書いていました。

 『きょう、ふぞくようちえんのうみぐみさんがあそびにきたよ。ぼくは「さいきん、ようちえんのにゅうえんりょうはどう?」といったら「・・・」ってなにもいいませんせんでした。どんないちねんせいになるのかな?』

 読んだ夫婦は大爆笑です。何で幼稚園児に入園料のことを聞いたか分かりません。風呂に入ったとき、その理由を聞きました。それによれば、それをきっかけに話が盛り上がると思ったそうです。まあ、大人の会話で「今日はいいお天気ですね」とか、「最近、急に寒くなりましたね」というような話題と同じようなものです。しかし、言われた幼稚園児はあっけにとられて「・・・」でした。それが息子にはとても残念だったようです。

janglejapjanglejap2007/11/13 19:24すごくかわいいです~。笑ってしまいました~。

jun24kawajun24kawa2007/11/13 21:45そりゃかわいいですよ。だって、私の息子ですから。あははは
ありがとうございます。

07/11/11(日)

[]生徒指導 21:29 生徒指導 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生徒指導 - 西川純のメモ 生徒指導 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある方より相談メールをいただきました。我々の本をほとんど読破し、「手引き書」をお読みになった方でした。小技のレベルではありません。結局、ごく普通の日常を大事にするしかないと思いました。そこで、以下のメールを返信しました。

『方法は、「みんな全員、80点以上をとれ」と求めることです。それがクリアーされたならば、80点を、90点にしてください。その中でクラス全体の関係が変わります。』

 おそらく、『学び合い』以外では考えられないと思います。子どもたちの人間関係を改善し、生徒・生活指導の手段として、業者テストの点数を上げろと求める事なんて。

07/11/10(土)

[]一年生 16:56 一年生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一年生 - 西川純のメモ 一年生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ある地域の小学校1年生の実践を見せていただきました。終わってから研究会です。地域の小学校、中学校の先生ばかりではなく、幼稚園、保育園の先生方が集まってきました。そこで実践を見た後、その数百人の方々の前でコメントを求められました。事前に会のコーディネーターの方から「きついコメントをしてね、その方が会が盛り上がるから」とのご指定がありました。そのため、「レベルの低い実践だ!」と切り捨てました(今思い出してもドキドキする気持ちで)。その後の質疑で、その実践をがんばった先生方から「どこがレベルの低いのか?説明してほしい」と言われました。当然です。平均的な1年生のレベルから言えば、高いレベルです。それをよく知っている小学校の先生の当然の反応です。私の応えは「それは、ここにおられる幼稚園・保育園の先生に聞いていただきたい。今日の実践と同じようなことは、私の息子は幼稚園の年長でやっていました。お子さんをお持ちの方だったら、よくおわかりのはずです。何が何だか分からない年少の子どもが、次の年になり年中になると激変します。さらに1年たって年長になるとさらに大人になります。小さい子どもの1年の成長の大きさはすごいものがあります。ここにおられる幼稚園・保育園の先生方にお伺いしたい、皆さんが年長で卒園させた子どもたちが半年たった姿として十分に成長しているでしょうか?」です。

 おそらく、きつい一言だったと思います。だって、その1年生の先生もお子さんがあれば、私の言っていることが分かるからです。その先生が悪いわけではありません。ただ、現在の学校が1年生を幼く、愚かにさせているだけです。本当は年長よりさらに成長している1年生は本当にすごい力があります。今年のM2のFさんはそれを実証した研究を行っています。

 さて、今、現場で1年生を担任している同志より以下のメールをいただきました。ご紹介します。

 『先週、病気のため4日間のお休みをいただき、やっと出勤しました。久し振りに会う子ども達。「みんなで、力を合わせて頑張っていた?」と聞くと、大きく頷く顔、顔、顔。きっと、自分たちも、頑張っていたという自信があったのでしょう。

 同僚から、「今日は、先生、先生って言われて、大変だったでしょう」と言われたけれど、そう言えば、1年生なのにA君一人を除いて、そんなことなかったなあと一日を振り返りました。さびしいような気もしますが、思わず、にんまり。それが、我がクラスの目指している姿ですから。

 面白い場面も見かけました。

 先日たくさん拾ってきたどんぐりを使って、生活科で、画用紙にお絵かきをしました。どんぐりをテープやのりで貼ったり、クレヨンで絵を書き足したり、楽しい秋の作品が仕上がっていきます。作品が仕上がると、それぞれ、自分の作品を壁面の自分のコーナーに展示に行って、クリップでとめます。A君、たくさんののりの上に、どんぐりを並べました。そして、作品が仕上がると、一番高いところにある自分のコーナーに展示するため、オルガンのイスの上に、上がったのですが・・・。それを見ていた友達から、「A君、のりが垂れちゃうよ」「乾かしてからにしなよ」とブーイングの輪が広がっていきました。それでも、高いイスの上から、降りようとしません。けんかになるかと思っていたら、そのうち、A君の下に自分の作品コーナーがあるBちゃんが、静かに、説得を始めました。「A君の絵が、もし、上の人ののりで汚れちゃったら、どうする?いやでしょう?だからわたしもいやなんだけど、わかる?」さすがに、これで、A君も諦めるかと思ったら、それどころか、ついに自分の画用紙を持ち上げて、クリップにとめ始めたのです。その途端、画用紙から、どんぐりが落ち始めました。A君が「誰か、拾ってよ~」と叫びました。でも、誰も、拾おうとしません。Bちゃんが言いました。「だって、自分が決めてやったことでしょ。自分で、拾って!」さすがに、A君も、半べそをかきながらイスから降りてどんぐりを拾い始めました。

 その後、手直しをされたA君の作品は他の友達の作品と一緒に並べてありました。たった7年しか人生経験のない子どものお裁きに拍手です。道徳の教科書にでもでてきそうな一場面でした。観覧料も払わないのに素晴らしい観劇をさせてもらいました。』

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071009

 に池田さんの「教師になるということ」という本を紹介しました。そのメモで、その本の中にあった『教師を目指す理由の一つに、「子どもが好きだから」というものが良くあります。私も教師になるときは、子どもが好きなのではないかと思っていました。ですが、教師になってみて思ったのは、(私が好きなのは子どもではなく、子どもを大人に育てるのが好きなのだ)ということでした。

 子どもが好きだから教師になるというのは、ま、正しいのでしょうけど、それだけでは駄目なような気もしています。子どもが好きな教師は、子どもを子どものままにしてしまいがちです。子どもの良さを受け入れつつ、子どもを大人に育てる仕事に就きたいと思える人が教師になるのが良いのではないでしょうか。』 

 という文章を紹介させていただきました。「子どもの好きな」教師だったら、休み明けに「先生、先生」と我先に抱きつき競争されるクラスが幸せなのだと思います。しかし、『学び合い』では子どもに大人になることを求めます。それ故、自分を頼ることなく、解決する姿を喜べます。その願いを持った教師のクラスにおいては、教師の心の鏡である子どもは、そのようになります。

 ちなみに上記の同志がその場面を観劇できたのは、クラスの誰も「先生~、A君が~」と言いに行かなかったし、行こうとも思っていなかったということです。あははははは

OB1989OB19892007/11/10 17:19研究会でのコメントに大賛成です。今日も日本教育実践学会全国大会でM2のFさんの発表を聞いた後に,食堂でFさんと一緒に食事をしながら今日のN先生のメモと同じ話をしていました。以心伝心だなあと恐ろしくなりました。

jun24kawajun24kawa2007/11/10 17:34我がゼミの学生さんだったら、私がどんなことを言うか、誤りなく言えるはずです。私も、ゼミの皆さんだったら、どんなことを言うか言えます。だって、同志ですから。もちろんOB1989さんもね。

07/11/09(金)

[]点数 22:35 点数 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 点数 - 西川純のメモ 点数 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は何度も業者テストの点数のことを書きます。但し、業者テストの点数なんて、どうでもいいと思います。しかし、大事にしています。

 平均点を上げるなんて、たやすいことです。一部の子ががんばれば、それなりにあがります。しかし、クラス全員の点数が向上するのは大変です。クラス全員もれなく80点以上を実現するためには、ものすごいコミュニケーションがなければなりません。私は業者テストの点数はどうでもいいと思いますが、それによって示されるクラスのコミュニケーションの質の高さに着目しています。

 それに、親が『学び合い』を理解するには最も簡単な指標です。子どもたちが自分たちの質を評価できる大事な指標です。分かったようで、分からん、ふぬけたお題目の呪縛から逃れるための指標です。

 仮に、一部の子どもが80点に達しなかったとしても、それを知った子ども集団が「みんなでやろう!」と奮い立ったら、そりゃ全員が100点を取ったぐらいに凄いことです。ただし、教師はその子どもたちの姿に感激しても、「クラス全員80点以上とれ!」と明るく、厳しく求め続けましょう。それが教師のお仕事です。

[]算数 14:26 算数 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 算数 - 西川純のメモ 算数 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1971年8月15日にアメリカはドルと金の交換を突然停止ししました。その結果、それまでずっと360円だったドルがあっという間に308円となり、今では、百数十円となっています。この混乱で破産した人は山ほどいます。ドルショックと言われます。

 私は最近怖いことがあります。全国には算数の教科教育研究で飯を食っている研究者、そして、飯を食おうとしている院生さんがいます。また、各県の小学校には研究会があり、算数部門という会があります。それらの人は、自らの実践研究に誇りを持っています。が、『学び合い』が浸透すれば、それらが全く無意味だということが分かります。まるでドルショックのようなことが起こるでしょう。

 昨日のメモに書いたように、本年度になって社会で『学び合い』をやっていた先生がおられます。最近、算数でも『学び合い』をやり始めました。昨日実施した業者テストの結果を聞きました。1クラス23名中、100点が12人、90点以上が9人、80点以上が2人で全員が期待得点以上です。旧来の算数指導の常識では考えられないレベルを、やすやすとクリアしています。ちなみに、その時間において担任の先生がやったのはニコニコしているだけです。旧来の算数教育学だったら、何故、子どもがそんなに分かったかを研究するでしょう。でも、我々はそんなことを細かく調べようとは思いません。だって、23名一人一人違うからです。そして、それらを分析し、パターン化しようとしてもしょうがないと考えます。だって、日本中の小学生は全員違った理解の仕方をしていると考えているからです。我々は、その次元のことを気にしない代わりに、子ども集団が関わり合える環境と、そのための教師の「考え方」に着目します。あたかもコップに水を注いだら水はどうなるかを、水分子一つ一つの運動方程式をたてて解明するのが無意味であるのと同じです。そんなこと考えなくても、小学生でもコップに水を注いだらどうなるかは分かります。

 どんな教科であっても、『学び合い』の効果は絶大です。しかし、『学び合い』が簡単なのは算数だと思います。理由はいくつかあります。

 第一に、課題が単純で分かりやすいからです。「深い読み」、「深い社会認識」、「美しい音」というような、分かったようで、分からないものに拘りを持つ先生が少ないからです。

 第二に、『学び合い』で一番難しいポイントは、「やる」という一点です。本メモで何度も書いている「バンジージャンプ」と同じです。大抵の先生は、自分の大好きな教科は自分で教えたいと願います。まあ誇りもありますし、何よりも自分が楽しみたいのです。しかし、小学校の場合は全科担当です。全ての教科が少ないという先生は多くはありません。そして、算数が大好きという先生は多くはありません。従って、やる、というポイントに抵抗が少ないのです。

 どんなダイエット食品の広告よりも信じられない効果を短時間で上げられる『学び合い』が広がるはずです。でも、そうなると今まで営々と積み上げていた算数科指導の蓄積が暴落してしまいます。それが怖い。

追申 14日に算数の、「いっしょにいるだけ」の異学年をやることが決まりました。これまた楽しみです。

OB1989OB19892007/11/09 14:57いよいよ始まりますね。バンジージャンプに挑んだ管理職に敬意を表します。自分が今頃校長をしていたら真っ先に飛び込みます。

janglejapjanglejap2007/11/09 19:59先日は「可視化」していただきびっくり!そして感激です。
算数で取り組んで初めてのテスト、今日結果がでました。少人数指導なので15人です。100点7人、90点以上6人、75点1人、20点1人でした。(20点の子は怠けているわけではありません。周りの子も教えています。)今日のメモを拝見してそうだ、うちはどうかな?と見てみたらこの結果なのでまたまた驚いて感激しています。これだったら本当に、少人数なんかしないで大人数でやりたいですね!

jun24kawajun24kawa2007/11/09 22:10OB1989さんへ
私は管理職には「もっと、もっと」と吹き込んでいますよ。うふふ
janglejapさんへ
20点の子も、75点の子も、そして90点以上の子も、みんな、これからです。どんどん、学び方を学んでいくと思います。もっともっと面白いことが起こりますよ。ワクワク
でも、本当に少人数なんて馬鹿馬鹿しい。

07/11/08(木)

[]異学年 21:58 異学年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 異学年 - 西川純のメモ 異学年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の「広がる・広がる」に補足があります。

 6年と5年の担任である両先生と話し合っているうちに、異学年学習を勧めました。異なった学年が一緒に学ぶとすばらしいことが多いことは「忙しいを誰も言わない学校」(東洋館出版社)に紹介したとおりです。たとえば、上学年の中の目立たない子が、下学年と一緒にすると、いいとこを見せようと張り切ります。下学年で仲の悪い子が、異学年をすると関係が良くなります。そればかりではありません。二つの学年の教師同士が、互いのクラスをいっしょに見ながら議論できます。これほど授業力を向上できる研修はありません。これはYzさんの研究が示しているとおりです。さらに、二人クラスを合同すれば、実は、一人の先生で運営できます。つまり、これを進ませると、年休が取りやすくなります。

 ただ、異学年をするとなるとカリキュラム・時間割を調整しなければならない、とお思いがちです。しかし、『学び合い』ではそんなこと無用です。単に、同じ部屋に入れて、それぞれの学年に対して、それぞれの担任が、それぞれの課題を与え「どうぞ」と言えばいいだけのことです。ことさら、異学年で学び合えなどと言う必要はありません。

 両先生は、直ぐにでもやりたいということになりました。が、明日は私は会議と講義でその学校に行けません。こんな面白い試みををする最初の場面に立ち会えないのは残念です。ということで、来週にすることをお願いしました。あ、そうだ。こんな面白い学びの姿を見たい人、私にメールしてください。

 何度も書いているとおり、『学び合い』はイベントではありません。どこかの研究授業のように、「その日」のために数週間前から調整する必要はありません。「その日」のために、別の学級で試しに実践する必要はありません。毎日、毎日の普通の姿です。ことさら教師が準備する必要はありません。ですので、見せることに関して『学び合い』の実践の方はウエルカムです。だって、繰り返しますが、普通の姿を、普通に見せるだけですから。ということで両先生はウエルカムです。それに、その学校の校長には何も言っていませんが、もちろんウエルカムと言うに決まっています。

 面白いぞ、面白いぞ。この一緒にいるだけの異学年は、「忙しいを誰も言わない学校」にMさんの実践で紹介しています。でも、私自身もライブは初めてです。初めての子どもたちの様子、それ以上に、両先生の様子を見ることは楽しみです。ワクワク

[]ムカゴ 21:58 ムカゴ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ムカゴ - 西川純のメモ ムカゴ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学内を散歩しながらムカゴを取りました。秋の恵みです。家に帰れば、早速、おつまみになります。晩酌しながら思います。出張は嫌いだ、家がいい。

[]社会科 18:00 社会科 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 社会科 - 西川純のメモ 社会科 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、嬉しいメールが来ました。

『西川先生こんばんは。質問に答えていただきました、○○です。

今日は質問ではないので、お返事は結構です。

10月から『学び合い』にチャレンジしてみて、体育、算数(少人数)、総合、図工、と少しずつ教科を広げています。

今日は初めて社会に挑戦してみました。8時間後にテストということで投げかけました。

私自身は、社会で学び合いをさせたいと思っていましたが子ども達はどうかな~と思っていました。

でも「やった~」の声がでました。

そして初めてなのに、グループも今までにない組み合わせがあっという間にできました。一人でやる子もいます。

先生役を置いて追い読みをしたり、黒板にまとめたり、ノートにまとめたり。日本の歴史漫画のところに集まる子たち。国語辞典をかりにくる子。

漫画でまとめてもいいの?と(まさか無理だよね?)と聞いてきた子には「おもしろこと考えたね~。モチロンいいんだよ、どんなやり方でしても」

と、(みんなに聞こえるように)応えました。

「誰か~、講和条約って何?」と大声で聞く子がいると「クラスで揉め事が合った時にさ先生が間に入ってさ・・」「まぁまぁ・・・ってこと?」「じゃあ、ロシアと日本が喧嘩してアメリカが先生ってこと?」

という会話が始まりみんなもそれとなく聞いている、という場面がみられたり。

とっても幸せな気持ちで子ども達の様子を眺めていることができました。

マットの発表の時にも、1学期にはクラスメイトから「ダーク4」なんていわれていた4人組みも、一生懸命さが伝わる発表をし、皆から拍手をもらっていました。

まだまだ、これから勉強していきますが、そのための元気をもらっているな~と思います。

なんだか今日はいつも以上に子ども達がかわいく思えたもので誰かに聞いてほしくてメールさせてもらっちゃいました。

お忙しい中すみません。お返事は結構です!!聞いてくださってありがとうございました。』

 以下が私の返信です。

『ありがとうございます。

このようなメールが私の元気の源です。

さて、社会科の『学び合い』ですが、体育、算数に比べると課題の設定が難しいと思われるかもしれません。

人間関係の向上は直ぐに見えるのですが、両教科に比べると、必ずしもテストの点数に反映しないということが起こる可能性があります。

それは、課題が抽象的で、子どもたちにとって分かりにくい時に起こります。

方法は簡単です。

くよくよ悩むより、業者テストを参考にシンプルな課題を与えればいいのです。

シンプルな課題であっても、クラス全員が80点以上を実現するためには、

深い理解がなりません。

教師がゴチャゴチャと教材にひねりを入れなくとも、一人一人の子どもが意味深い教材に変えてくれます。

注意点は作業量を多すぎないように加減することです。

作業量を多くするよりも、課題を困難にする方が望ましい結果が得られます。

社会科での『学び合い』を乗り越えれば、

学び合い』は教科の内容には依存せず、一貫した学校観・学習者観・授業観に基づくものであるということが分かると思います。

期待していますよ。

ちなみに、○○さんの次の課題は、周りの人を巻き込むことです。

学び合い』によって成長するのは、子どもばかりではなく、教師も同じです。

自分が向上し、クラスの子どもたちが向上するためには、

教師の『学び合い』が必要です。

すんごく期待していますよ。』

追申 ちなみに本メモは「可視化」です。『学び合い』の考え方は常に一貫しています。

[]広がる・広がる 17:47 広がる・広がる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広がる・広がる - 西川純のメモ 広がる・広がる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日はもう一つの学校にサポートに入りました。その学校には今年からサポートに入っている先生がおられます。最初は半信半疑だったのですが、校長先生の話から社会科での『学び合い』を「やるはめ」になったようです。しかし、その先生は力のある先生です。やり始めると、子どもの関係がどんどん向上し、成績が向上していることに手応えを感じておられます。今月から算数の『学び合い』を始めましたが、今までの文化があるため、始めた瞬間から中期段階を突破する質の高い『学び合い』が始まりました。

 その先生の姿に誘われて別な先生が、自ら『学び合い』を立候補しました。私としては、一番やりやすい算数での『学び合い』を勧めました。これまた、「直ちに」『学び合い』が成立しました。それで味をしめたので、他教科でも『学び合い』を拡大中です。

 その先生のクラスの音楽を担当している先生が、そのクラスの様子が急に変わったことを感じ、「最近何かした?」と聞いたそうです。そこで、『学び合い』のことを説明しました。そこで、その先生は本日から『学び合い』をやり始めました。

 本日は3先生と一緒に話し合いました。どんどん夢を語りました。音楽の先生は書写も担当していることを聞いたので、「学び合う国語」を謹呈し、是非するように語りました。やるそうです。

 『学び合い』は正しくやれば、2週間以内、明確な変化が見られます。百万遍のごたくより、現実の子どもたちが何よりの証拠です。

 あはははは

07/11/07(水)

[]いつまでも 22:24 いつまでも - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いつまでも - 西川純のメモ いつまでも - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日サポートに入った学校では、すでに「ご卒業」になった先生がおられます。今サポートに入っている先生の授業を見ながら、ふと、隣のクラスを見ると、そのクラスで『学び合い』をやっていました。子どもたちの様子は相変わらずです。でも、そのクラスの先生の姿は違います。2週間前までは、「本当に、ちゃんと教えなくて子どもは分かるのか・・・」と不安でクラスの子どもの会話やノートをチェックしていました。ところが今日のぞいてみると、黒板横の教卓で内職していました。私が覗いているのを気づくとニコニコしながら近づいてきました。そこで、いろいろな話をしました。私が語ったのは、三つです。

 『学び合い』を長期的に見れば、子どもたちの学習が盛り上がるときと、そうでもないときがあります。多くの教師は、盛り上がらない時、その問題がもっとも目立つ「遊ぶ子」に注目します。しかし、そのような子はあまり変わりありません。もともと、そのような子は集中力は高くなく、遊びがちな子どもです。実は、『学び合い』のレベルを決めるのは、そのクラスのトップレベルの子なんです。『学び合い』が盛り上がらない時であっても、その子は、ちゃんと「自分」の課題はやっています。しかし、周りの子どもを学習に引き込む努力が怠っているはずです。だから盛り上がらないとき、遊んでいる子どもにとやかく言ってもしょうがありません。クラスのトップレベルの子を動かすしかないんです。しかし、そのトップレベルの「その子」を動かそうとしてもだめです。クラス全体に語るしかありません。その言葉を分かるのはトップレベルの「その子」なんです。

 もう一つは、いつまでも終わりはない、ということです。『学び合い』が盛り上がると、クラスは完成された!と感じがちです。たしかに、どう考えても、こんなパワーのある集団だったら何にもしなくても大丈夫だ!と感じることがあります。でも、実際は違います。そのパワーの源泉は、「教師」なんです。我々ホモサピエンスは、ほっとおけば小さな集団をつくります。そして、いつのまにか大きな集団を崩壊させます。しかし、大きなパワーを持てるのは、大きな集団を維持しているからです。教師はゴチャゴチャ教える必要はありません。そんなことは子どもでも出来ます。でも、いつも、いつも大きな集団を維持し続けなければならない、というオーラを出し続ける必要があります。それが、少しでも弱くなれば、あっというまに子どもは小さな仲良し集団に陥ります。『学び合い』において完成はありません。つねに、いつまでも、教師が願い続けなければなりません。

 以上のように語りました。そして、もう一つ。子どもだけではなく、教師集団にも『学び合い』が必要であることを語りました。それによって、周りの教師、クラスばかりではなく、自分のクラス、そして自分も救われることを語りました。

 人に語りながら、自分に語りました。『学び合い』です。

[]グーグル 18:45 グーグル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グーグル - 西川純のメモ グーグル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、立ち読みしてたら、マイクロソフトはグーグルに負けない、という記事がありました。へ~っと斜め読みしました。その最後に、グーグルが勝つには無料のネットを全国に広げることが必要だと書いています。そして、そんなの無理という前提に立っているようです。私も、無料のネットを全国に広げないとしたら、マイクロソフトの現在の戦略もありだな、と思っています。でも、私は、無料のネットを世界中に広げるだろうと思っています。

 私はグーグルをプロバイダーになるとは思っていません。プロバイダーならばネット利用を無料にはしないでしょう。また、ネット上でサービスを売る会社とも思っていません。そうであればサービスを無料にするわけ無いですから。私は放送局だと思っています。民放は全国各地に放送を行き渡らせるために、膨大なお金をかけてインフラ整備をしています。そして無料でサービスしています。そしてお金を儲けています。さらに言えば、グーグルには既存の民放より有利な点があります。それは、自らがコンテンツを作る必要がないからです。世界中の人たちが無料でコンテンツを作ってくれます。従って、役者や放送作家にお金を払わなくていいんです。舞台装置にもお金をかける必要もありません。これはだいぶコストダウンになります。

 Gmailを見ると、昨日よりさらに30MBの記憶領域を無料で、世界中の人たちに提供しています。グーグルの検索は何故あんなに早いのか分かりません。どうして毎日世界中の人たちに30MBの記憶領域を無料で提供できるのか分かりません。でも、私はどうして放送局が毎日、放送できる理屈は分かりませんが、そのサービスを享受しています。それと同じです。

[]学校が変わる 12:27 学校が変わる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校が変わる - 西川純のメモ 学校が変わる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、一つの学校が『学び合い』で変えることにサポートしています。本日、全ての先生が『学び合い』を出来るようになったことを確認しました。あと二日サポートに入ります。その後は、その学校の内部で高めるだけです。でも、本当に『学び合い』は簡単だということを、再確認しました。

minemotominemoto2007/11/08 06:23西川先生、ご無沙汰しております。県センでお世話になった峰本です。今は、現場に戻って張り切って授業をしております。
片桐さんの研究会に参加したりして、再び「学び合い」に注目しております。「学び合いを持続させるパワーの源は『教師』である」ということに、非常に腑に落ちました。教師の在り方で、授業もクラスの雰囲気も変化するのだなと思います。
「学び合い」について、さらに学ばせて下さい。よろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2007/11/08 06:26お久しぶりです。
『学び合い』も教師主体であることには変わりありません。すべて子ども主体でやれば、遊びになり、学校教育ではなくなります。ただ、教師の主体性を目標を与えることと、子どもに主体性を保証するところにおくところが特徴でしょう。今後の展開、期待しております。

07/11/06(火)

[]本当に簡単 22:34 本当に簡単 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本当に簡単 - 西川純のメモ 本当に簡単 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、サポートした4人の先生のうち、3人までは初日から初期段階を超えています。自分でいうのも何ですが、「手引き書」はかなり完成度が高くなっていると感じます。先生方を見ていると、難しいのは声がけのようです。つまり、褒めるにせよ、叱るにせよ、多くの先生方は「その子」に声をかけています。しかし、『学び合い』においては、「その子」を何とかするのではなく、クラスを何とかしようとします。従って、「その子」ではなくクラスに語りかけます。当然、声の大きさ、表情、言い方が違います。が、多くの先生方は「その子」に語ってしまいます。しかし、そうであっても、平常のクラス経営が『学び合い』と近い場合、本当にすぐに『学び合い』は成立してしまいます。

[]Gmail 22:34 Gmail - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Gmail - 西川純のメモ Gmail - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この数日前からGmailを使っています。使えば使うほど、すばらしいメールソフト(?)だと思います。本当にサービス精神にあふれています。ビックリするのは膨大な領域をタダで利用させてくれる点です。たいていのGmailの説明書では「2.5Gも」提供してくれると書いています。ところが、日々、時々刻々と提供してくれる領域を拡大しています。本日段階で4.7Gです。私は比較的多くのメールをいただくため、おおよそ1日で数M領域を利用しています。ところが、1日たつとそれより遙かに多くの領域が増大しています。今の調子だったら、永遠に私は使い切れるとは思えません。

 ベッキーは全文検索が早くて便利でした。ところが、Gmailはグーグルが提供するサービスだけ合って実に早い。そして、それをやっているのは目の前のコンピュータではなく、世界のどこかにあるコンピュータがやっているので、目の前のコンピュータのCPUを使いません。ベッキーの時は検索中はCPUを使いまくっていました。

 今までのメールソフトではフォルダーでメールを整理していたので、フォルダーがないGmailに不安を感じていましたが、使ってみると、こちらの方が断然良いことに気づきます。だって、以前は頻繁にメールのやりとりをしていたためフォルダーを作ったが、最近は殆どメールのやりとりがない人のフォルダーの山がベッキーにはありました。しかし、Gmailにはそのようなことがありません。新陳代謝がスムーズに進む方式だと感心します。そしてフォルダーが無いため、各種の設定がシンプルです。

 一点だけ難点を言えば、既存のメールの移行が「ど素人」には簡単ではない点です。インターネットで検索した結果をやってみたら、ベッキーが暴走し、多くの人たちに迷惑をかけてしまいました。今のところは、移行をあきらめました。手元にベッキーを記録帳として残しておき、Gmailを使い続ければ、過去の記録は殆ど不要になると思います。

 それにしてもGmailは実にいい!

[]能力 17:30 能力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 能力 - 西川純のメモ 能力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は地元の先生3人のサポートに入りました。私はそばにいるだけで、Sakさんがサポートしています。それを横目で見ながら、「こう語ればいいんだよな~」と思いました。無神経な私が、Sakさんの能力を持っていたら、もっと『学び合い』は広がるよな、と思いました。

 でも、私はSakさんに「お願いね」と言える能力があるとも言えます。あははははは

[]脇毛 13:31 脇毛 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脇毛 - 西川純のメモ 脇毛 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、一緒にお風呂に入っていると、私の脇毛を引っ張りながら、「ぼくもこういうふうになるのかな~」と言っていました。そこで、「おそらく中学生か高校生になることには、そうなるよ」と言うと、色々考えているような顔になりました。そこで、「どう?」と聞くと、「痛くないの?」と聞きました。どうやら脇毛が生えることは、痛そうに見えるようです。

F-KatagiriF-Katagiri2007/11/07 18:48Gmail、私はメールのバックアップに使っています。勝手にスレッドになっているのには驚きました。ただ、私にはモバイル常時接続環境がないので、Gmail移行はまだまだできません。そのうちE-mobailを導入して、モバイル常時接続するかも。

jun24kawajun24kawa2007/11/07 21:56なるほどね。
私の場合は、大学と自宅は常時接続で、出張は常時接続のホテルを使っているので問題がありません。Web2.0のこっち側に早く来てね。

07/11/05(月)

[]ごめんなさい 23:07 ごめんなさい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ごめんなさい - 西川純のメモ ごめんなさい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在、メールソフトの移行中です。ただいま、いじくっているうちにメールソフトが暴走しました。もしかしたら、昔、昔のメールが届いているかもしれませんが、ご放念ください。

[]今昔 08:48 今昔 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今昔 - 西川純のメモ 今昔 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が小さい頃の子供用の本に二十一世紀の様子が書かれていました。そこには、空を飛ぶ自動車や、奇抜な形の高層ビル、宇宙服みたいな服を着た人たちがいました。ところが、二十一世紀の今、それほどの変化は感じられません。

 最近、1970年代と1960年代の映画を見ました。みながら、「あ~そうだったよな、あのころ」と町並みの変化を感じました。しかし、一番違和感を感じたのは、町並みでも服装でも車でもありません。それは喫煙と電話です。昔の映画を見ると、男も女もやたらタバコを吸っています。特に違和感を感じるのは、ホワイトカラーの公的会議でタバコを吸っている姿です。現在ではほぼタブーになっていることが、頻繁に写されると違和感を感じます。また、携帯電話が無く、巨大な固定電話で会話をしている姿に違和感を感じます。

 いまから三十年、四十年前に予想した未来とは、違った方向で大きく変化していると思いました。

07/11/04(日)

[]Web2.0 23:42 Web2.0 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Web2.0 - 西川純のメモ Web2.0 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1994年11月から電子メールを使いましたので、電子メール歴は13年です。その殆どはアルメールで、2年前からはベッキーでした。今後は、グーグルのGmailを中心に使うことにしました。今年の3月には、HPのメモをブログに移行しました。予定管理もYahoo上で管理しています。どんどん、私の仕事の情報が、目の前のコンピュータから、世の中のどこかに存在している情報の向こう側の世界に移行しています。最後に残っているのはワープロですが、これとてもグーグルのDocsやノートがもう少しで肩代わりしてくれそうです。

 マイクロソフトの時代がこんな風に終わるなんて想像もしていなかった。最終的にはグーグルは無料のLanを世界中に提供するようになるだろう(想像ですが)。そうなったら、NTTもソフトバンクもauも、そしてありとあらゆるプロバイダーも終わってしまう。私が大学院の時代はハードを売る時代だった。それがソフトを売る時代に変わり、今ではソフトを使ってもらう時代になった。世界中の数十億人の一般人が良質の情報を無料で提供する時代に、一部のエリート集団が情報を産みだし有料で販売するシステムは機能しないと思います。無料の情報の流れをコントロールする者が勝者になります。

 考えてみれば『学び合い』も教育のWeb2.0と言えます。マイクロソフトの時代は高度なソフトを動かすことの出来る高度なハードが必要でした。一人の教師が教える時代には、それを駆使できる教師が求められました。ところが、無料・良質・膨大な情報がある世界においては、ことさら高度なハードは必要ではありません。むしろ、無料・良質・膨大な情報はどのようなものであるかという理解が重要です。教室には学習者という無料・良質・膨大な情報があふれています。それらに教師が勝とうとする試みは、マイクロソフトがグーグルに勝とうとする試みのようなものです。無駄です。グーグルの戦略に乗るべきです。むしろ、グーグルの先を見据えるべきです。ダイナミックで面白い時代を生きているとワクワクします。

rion_fujirion_fuji2007/11/05 08:12アメリカでカナダ・オーストラリアの人の間では,ITをいかに教育の中で活用していくかが話題になっていました。携帯電話やipodを授業の中で子どもたちが活用していくというものです。学校の中の規制緩和も必要かな?
そのあといかにバランスをとって制御していくかがポイントですけどね。でも,学び合いの考えでは子どもたちがバランスを取りそうですけどね。

jun24kawajun24kawa2007/11/05 08:40はい、そう思います。
教師があれこれとルールを課すより、最終的に押さえるべきことを伝え、彼らに任せる方がいいと思います。

07/11/03(土)

[]学び合う国語 18:40 学び合う国語 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合う国語 - 西川純のメモ 学び合う国語 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 指導要領改訂の方向性が新聞にリークされています。それによれば理科や英語が大幅に増えるそうです。理科教育や英語教育の研究者が狂喜乱舞しているかもしれません。しかし、今回の改訂の中心は国語力の向上であると私は思っています。しかし、国語力の向上といっても「国語科」力の向上ではありません。コミュニケーション力の向上です。

 今度、「学び合う国語」を出版しました。しかし、『学び合い』の国語ではありません。それは私も、片桐さんの部分にも書いたとおりです。『学び合い』は学校観・学習者観・授業観という考え方です。それを突き詰めると、多くの人が思っている教科から離れてしまいます。一方、多くの人は教科の内容を伝達することが教育だと思っています。今回の本は、多くの人に『学び合い』に出会えるきっかけを得てほしいと願って作りました。従って、意図的に純『学び合い』にはしておりません。

 しかし、一貫しているものはあります。それはある意味で革命的だと私は思っています。それは、国語を必然性のあるコミュニケーションの場としている点です。その革命的な意味を多くの人に伝わってほしいと願います。そして現状の国語科が、必然性のない不自然な学習であることに違和感を感じてほしいと思います。分かってしまえば、ばかばかしい変なことを日本中の国語でやっていることに気づくはずです。

追伸

 おそらく今年度末までに『学び合い』の特別支援の本を出します。そして、来年度中に、純『学び合い』の本を2冊出します。一つは、私の単著で理論的(もちろん実践的な理論)の本と、同志の共著の本を1冊です。『学び合い』の同志であっても腰が引けるほど、子どもを信じた実践です。そこまではリアルに計画できます。しかし、その先があります。その二冊でさえも常識的に見えるほど、革命的に子どもを信じる実践の本を出したい。でも、それが出来るためには、一人一人の同志の力ではなく、学校としての取り組み、いや、学校群としての取り組みが必要になります。でも、それを実現することをリアルに描き始めています。あはははははははは

 本に出るのは実践後、たいてい2、3年たっています。その2、3年の中で我々は常に爆走しているんです。

追伸2

 いずれにせよ、我々の本は、書いてあることを直ぐに使うことは出来ません。書かれていることを通して考え方を理解し、自分で具体を考えるという作業が必須です。

janglejapjanglejap2007/11/04 08:54『学び合い』の特別支援!!すっごく楽しみです。今の私の関心は『学び合い』と『特別支援』なんです。
「考え方を理解し、自分で具体を考えるという作業が必須」・・
実践を試みながら、体で覚えていこうと思います。ライブ見せていただき、感じたかったのに今回は無理だったのが残念!『学び合い』のライブラリーのある実践も私のパソコンではなぜか「実行できません」なのでそれも悲しいのです。

jun24kawajun24kawa2007/11/04 11:01特別支援の本は、今のところ2月中に発刊予定です。ライブラリーで動かない点に関しては、詳しい人に聞いてください。こちらも調べてみます。

07/11/02(金)

[]本日 23:01 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は阿久比町のシンポジウムに参加しました。関わっている方々がみんな熱意あふれる方々ばかりです。私の失礼な物言いも、肯定的に吸収できる方々です。今日、一日中、愉快な時間を過ごしました。

07/11/01(木)

[]のんびり 19:26 のんびり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - のんびり - 西川純のメモ のんびり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子育てもなく、仕事もなく、のんびりとビジネスホテルの一室で時間を過ごしています。