西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

07/10/16(火)

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 12月8日上越で第6回臨床教科教育学セミナーを行います。是非おいでください。

 http://nishikawarab.web.infoseek.co.jp/rinkyo2007.html

[]学び合う国語 22:23 学び合う国語 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合う国語 - 西川純のメモ 学び合う国語 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 また、『学び合う国語』がアマゾンで注文できるようになりました。

[]アブノーマル 08:53 アブノーマル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アブノーマル - 西川純のメモ アブノーマル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人類の殆どの社会では近親相姦はアブノーマルです。しかし、クレオパトラで有名なプトレオマイオス朝(また、それ以前のエジプト王朝)、また、我が国の神話においても近親相姦が見られます。しかし、その社会でノーマルであったとしても、アブノーマルかノーマルかを判別するのは社会の文化によって決定されるものではありません。生物学的に決定されます。なぜなら、全てのアブノーマルなセックスは、種を保全すると言うことにはマイナスに働くものばかりです。それ故、多くの種はノーマルなセックスをしている動物のみが種を維持しています。教育セックスに似ているところがあります。それは次世代を維持する機能があるからです。それ故、生物進化において最も保守的であり、かつ、完成されています。

 上越での3泊4日の洗脳旅行の最後に言う言葉は「今のままで良いんですね」という言葉です。移動時間を含めれば、まるまる4、5日という時間をかけ、大枚のお金をかけて上越に来られるわけです。今まで気づきもしなかった、新たな知識・技能を得ようとして来られる方々ばかりです。しかし、その方々が最後に言う言葉は「今のままで良いんですね」です。それも、満足げにです。不思議ですね。

 初日、二日目は、ビックリ連続です。我々がその方々に語る言葉は驚天動地のことばかりです。見せられる映像は、どう考えても学級崩壊の姿です。当然、色々な疑問がわき、それを我々にぶつけます。我々は、難しげな理論統計分析で、それを説明しません。徹底的に、ごくごく普通のことで説明します。ある時は、全ての教師が経験している日常の子どもの様子。またある時は、教職員室における自分の姿です。それらによって、徹底的に論破されます。3日目あたりになると、「そう言えば・・」と思い当たることがいっぱいあることに気づきます。そこで、「これこれの場合は、どうするんですか?」と質問します。この質問は初日の質問とは違います。初日は『学び合い』がおかしいぞ、ということを必死に探そうとする質問です。しかし、3日目以降の質問は、自分の腑に落ちた『学び合い』が正しいかを確認する質問です。つまり、「自分の理解だと、こういう場合はこうするんだろうな~」ということを質問し、それが自分の予想と一致することを確認するための質問です。4日目になると、もう質問することもなくなります。あとはやるだけのことです。なぜ、アブノーマルに思える『学び合い』がノーマルに思えるようになるのでしょうか?それは、『学び合い』が実はノーマルだからです。先生方はノーマルな方々です。だから、現実の指導の中で『学び合い』無意識に取り入れています。しかし、多くの先生方は教科指導以外の時間(例えばクラブ指導等)に実践しているものの、教科指導ではやっていません。だから、全く新たなことを学ぶ必要はないんです。ただ、今までやっていたことを教科指導の中でやれることに気づくだけのことです。そして、その普通にやっていることこそが、学校教育目的である「人格の完成」であり、それは学力向上を包含するものだと言うことに気づくだけのことです。だから、最後の言葉は「今のままで良いんですね」なんです。

 現状の学校制度は、人類数百万年の歴史の中でたかだか二百年弱あっただけのことです。それも、学校という特殊な環境の中でのみ存在したものです。私の目からは、現在学校制度は、古代エジプト王朝の中でのみ存在した近親相姦と同じぐらいアブノーマルに見えてしまいます。