西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/09/24(月)

[]DNA 22:15 DNA - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - DNA - 西川純のメモ DNA - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、同志より以下のメールをいただきました。

 『ここ3日間のブログ、特に読み応えがありました。何度も読み返しました。さて、今日は質問というか、疑問点がありまして、メールをさせていただきました。

 昨日の西川先生ブログで、ふと気になったことがありました。それは、これまでも、引っかかっていたことでもあります。それは、「つまり、人間は十人以上の子どもの親になることを、DNAに組み込まれていません。子のない人が、数人の子どもを引き取って「親」になることは出来るでしょう。なぜなら、そのような能力DNAの中にありますから。」という部分です。

 先生の著書や手引書の中にも「DNA」という言葉は何度か登場していますね。西川先生は、「人とのコミュニケーション能力DNAに組み込まれている」とお書きです。でも、それは本当なのでしょうか。DNAに「組み込まれている『はず』or『だろう』」ではなくて、「組み込まれている」と言い切れる根拠がどこにも記されていないように思うのです。DNA研究がどこまで進んでいるのか、不勉強で分からないのですが、私自身は、DNAのある部分が特定の病気や症状の原因関係がある「と思われる」程度の表現しか見聞きしたことがありません。さまざまな要素を含んでいる総合的な能力としてのコミュニケーション能力が、DNAに含まれていると科学的に証明されているのか、が疑問なのです。』

 大変重要な疑問です。以前のメモや本にも書いたことですが、改めて、そしてまとめて書きたいと思います。

 まず最初に述べなければならないのは、DNAに組み込まれていると書いているのは、厳密にはDNAに組み込まれている「はず」という意味です。しかし、以下で書く非常に単純な推論から、そう判断する蓋然性が高いと判断しているので、「である」と書いています。

 では、私の推論の元となっているのは、非常に単純な以下を基礎としています。

 文化などの後天的なものは可逆性がある点は良いのですが、反面、脆弱です。ちょっとした環境の変化によって、その文化が破壊される場合があります。したがって、後天的なものを種としての生存に最も基礎的な部分に据えるということは危険です。これは生物だけではなく、たとえばコンピュータの場合も、最も基本的な部分はROMに組み込まれています。

 逆に、DNAにすべてを組み込みすぎても、可逆性を失わせます。生存競争は厳しいものです。DNA無駄情報組み込みすぎれば、生存競争で負けます。だから、そんなことは生物はしません。無駄かどうかは、それが使える場面がどれだけあるかで分かります。これまたコンピュータの場合で説明すると、いつも使えるプログラムを多くすれば、限りあるメモリー空間を消費し、コンピュータパフォーマンスを低くします。

 私はコミュニケーション能力DNAに組み込まれていると述べています。ここでのコミュニケーション能力とは、競技ディベートで必要とされる能力ではなく、子どもたちが休み時間にごちゃごちゃ話している、あの能力です。あれって、特別意図的な学習をしていないのに多くの子どもはやっていますよね。それが、なによりの証拠です。次の証拠は、人間に近い生物であるサルにおいても、コミュニケーション能力が見られるからです。そして、コミュニケーション能力は、その種にとって最も基本的な能力で、生存に必須の能力であると考えるからです。

 逆に、十人以上の親になる能力DNAに組み込まれていないと判断する理由は、そのような事例は一般的ではないからです。十人以上の親になることが一般的な事例であれば、それをDNAに組み込むことは有効ですが、そうでなければ、組み込むことは効率が悪い。そして、十人以上の親にならなくても、ホモサピエンスは生き残っているのです。

 詳細は生態学の専門書をお読みいただきたいのですが、生殖戦略という概念があります。この場合、養育しなければならない性(多くは雌)、養育させる性(多くは雄)では戦略が異なります。養育しなければならない性は、ほ乳類では子離れと言って、一定以上の年齢になった子どもの養育を拒否することによって、養育する子どもの数を一定以下にする事例は多く見られます。これは、自分のDNAを残す方法として有効だからです。

 DNAアミノ酸の順序を決め、それが酵素を決めるというのは、セントラルドグマと言って、私が生物学大学生だった二十年以上前から知られた概念です。現在は、もうちょっと複雑ですが、おおよそ現在も健在です。しかし、生物は生存競争の中で絶えずセレクションされているという概念は、もっと古くから知られて、いまでも健在な概念です。私は、それに基づいて推論しています。

 短くとまとめると、本当に大事なものはDNAに組み込まれる。逆に言えば、本当に大事でないものはDNAに組み込まれません。コンピュータで説明すると、ブートやIOSのような本当に大事なものはROMに組み込まれる。それ以外をROMに組み込むと、コンピュータパフォーマンスは低くなり、売れなくなり、絶滅するのです。