西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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07/09/30(日)

[]長野の会 14:49 長野の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野の会 - 西川純のメモ 長野の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 選挙終盤の連呼のごとく・・・

 2週間後に長野市『学び合い』の会があります。お誘いします。詳細は以下をご参照ください。

http://rika.shinshu-u.ac.jp/misaki/20071013.pdf

[]教育運動 17:08 教育運動 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教育運動 - 西川純のメモ 教育運動 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日メモは超長文です。

 以前、教師が考える「これぞ教師の職能」というものは何かを調査しました(西川、吉江 2000)。その結果、新規採用当初は教材に関する知識・技能が「これぞ教師の職能」と考えるようです。ところが、7、8年たつと、教え方に関する知識・技能が「これぞ教師の職能」と考えるようです。それが十数年ぐらいたつと、学習者集団に関する知識・理解(つまりクラス作り)が「教師の職能」と考えるようです。これは多くの教師が「まあ、そうだな~」と思うのではないでしょうか?若いことは、とにかく明日の授業を成立させることで精一杯です。教え方ではなく、黒板に何を書くか、それが問題になっています。 現在ある多くの教育運動は、上記の教職経験7,8年以前のレベルターゲットを絞っているように思います。

 以前のメモhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070624)に以下のように書きました。

本屋に並ぶ教育書の九割以上はノウハウ本です。それらには一定の意味があると思います。私の新任時代を思い起こせば、何が何だか分からないうちにドタドタとしていました。授業案の蓄積なんてありません。とにかく明日のことだけで一杯です。高邁な教育論なんて、くそ食らえ、とにかく使えるプリントでした。幸い、私の時代までは先輩教師という万能の教材がいました。しかし、私が高校から大学に異動したあたりから、無計画な採用計画のために、職場の年齢バランスが崩れてしまいました。そのため、だれも救ってくれない職場が生まれました。

 現在本屋に並ぶ本の殆どは、そのような若手教師を救う救済策だったように思います。しかし、それは子どもの救済策だったでしょうか?そうではなかったように思います。それが証拠に、それらの本のユーザーの殆どは、その方面に関して経験のない先生が多いのではないでしょうか?教師としての経験を積むに従って、タネ本・ノウハウ本に頼らずしも授業が出来ようになります。授業前に5分程度教科書を読むだけで、おおよその授業の流れを頭の中で組み立てられるようになります。詳しい板書計画も不必要になります。

 残念ながら、そのレベル以上の先生方に応えられる本がノウハウ本に比べて圧倒的に少ないのが現状ではないでしょうか?同時に、そのレベル以上の先生方が「教える立場」からのみならず、「学ぶ立場」になれるサークルが少ないのも現状ではないでしょうか?その結果として、採用後5年も経てば、「そこそこの授業ですます教師」が生まれます。しかし、一方、その後ももがき続ける教師もいます。おそらく、これを読んでいる方は後者なのでしょう。しかし、その後者の方も、「死にかけている若手」と「そこそこの授業ですます教師」に悩まれているのでしょう。しかし、「死にかけている若手」も「そこそこの授業ですます教師」は被害者でも加害者でもなく、関係の中で不本意な役を演じているにすぎません。「そこそこの授業ですます教師」の中には、「死にかけている若手」と同じ状況にいます。現在、指導力不足を理由に退職に追い込まれる教師は、若い先生ではなく、中堅の先生なんです。』

 我々が異学年学習を分析した結果(西川山田 2005、『「忙しい!」を誰も言わない学校』に収録しています。)によれば、年齢構成によって集団の会話の質は変化し、達成度が異なります。これは教師集団でも同じです。少子化にともない急激に採用を減少させ、最近は、大量退職を見越して、急激に採用を増加させました。その結果、年齢構成が分散の小さい単純な分布になったり、ふた山の分布の学校が生まれます。先の結果によれば、前者では発言する人が少なくなります。後者では、教え込みが行われ、若年者が年長者を煙たがります。結果として、職場での学び合いが崩壊しました。若い教師は藁をもすがる気持ちで多様な教育運動に参加したのは当然ともいえます。幸い、私のつとめた高校は最底辺の大変な学校でしたが、年齢バランスのとれた学校でした。そして、いろいろな先輩教師に支えられました。そのため、職場の外にネットワークを求める必要性をあまり感じませんでした。

 年長の先生方の中には、教育運動に反発し、「そんなもんに染まるな!」と若手に言う人がいます。そのような先生から見れば、教育運動で扱っているものは、いかにも低レベルなものに見えるのでしょう。しかし、その先生職場において適切に若手につながれていたならば、そんなことは起こらないのに、そのことには思い至らないようです。教育運動で育った先生の中には、クラス作りのレベルに達する先生が生まれます。そうなると、昔覚えたものが殆ど不要になります。クラスができあがっているのですから、な~んも苦労なく授業が成立出来るようになります。そうなると、「あれは卒業」と考え運動に距離を置く人もいます。しかし、残っている若手を見捨てがたいという思い、そしてそれ以上に、若手とつながらねば自分が腐ってしまうという賢明な判断から、「教材」や「教え方」レベル教育運動に籍を起き続ける人がいます。実に健全です。先に述べたように、ネットワークが必要なのは若手だけではなく、すべての教師が必要です。

 最近、非常に面白い結果を得ました。その研究では、中学生小学生理科の授業をします。そのため子どもたちが授業を計画し、授業を実施します。その後、授業の反省会子どもたちが行います。その反省に基づき、改良した授業を実施します。我々は授業検討会での子どもたちの会話、そして授業の内容を分析したした。先に挙げた西川、吉江の研究結果によれば、中学生はせいぜい「教材」のレベルに達せれば良い方だ、となるはずです。ところが、彼らは教職経験十数年以上のレベルの議論をしているです。一見矛盾している用でしょ。しかし、彼らの会話をさらに分析すると、その理由が分かります。先の調査で明らかにしたように、多くの子どもたちは「教材」レベルの発言を最初はします。ところが、少数ですが、「教え方」のレベル、さらに「学習集団」のレベルの発言をする子がいます。その子の発言がきっかけとなり、集団の発言は高いレベルの発言が主流になるんです。 中学生だって、「教え方」、「学習集団」が重要であることは理解できます。ただ、目先の「教材」に目を奪われているだけです。しかし、高いレベルの発言に移行します。つまり、『学び合い』が生じた結果なんです。

 若手を救うためには、ネットワークが必要です。特に、職場の年齢バランスが崩れている現在にとっては必須だと思います。しかし、そこで扱われるのは、若手にターゲットを絞った「教材」、「教え方」に限定する必要はありません。もっと高度なことを扱うべきです。それは中堅・ベテラン教師にとっても学ぶ必要のあることです。子どもたちの学習においてお、課題が低レベルであるとき『学び合い』は成立しません。なぜなら、出来る子は自分一人で課題を達成できるため、学び合う必然性がないからです。そして、出来る子が学び合わない限り、『学び合い』は成立しません。それは教師も同じなんです。

 では、どんな課題が適切でしょうか?先に挙げたように「学習集団」のレベルが必要でしょう。しかし、多くの中堅・ベテラン教師の考える「学習集団」とは、教師と一人一人の子どもがつながった学習者集団をイメージしているようです。しかし、その先があると考えています。それは、子ども同士がネットワークを組み、その集団と教師がつながるという『学び合い』です。このレベルぐらいなら、ベテラン教師だってワクワクできると思います。

 私は以上のように時代をとらえ、行動しています。

追伸1

 先に挙げた中学生の授業検討の会話に比べると、多くの学校現場で行われる授業検討の会話は陳腐で低レベルです。だって、その会話の多くは、「オブラードにくるまれた非難」と「露骨な追従」で占められています。非常に悲しくなります。

追伸2

 現在教職大学院の設立に向けて、最終段階に入っています。その計画に初期から私は関わっていますが、常に上記を意識していました。不遜ながら、最高の大学院が成立すると自負しています。

西川純、吉江健治(2000.9):理科教師の実践能力に関する事例的研究上越教育大学研究紀要、20(1)、上越教育大学、29-37

西川純、山田純一(2005.8):異学年同士が学び合う有効性に関する研究、同学年・2学年・3学年の小グループ比較を通して、学校教育研究日本学校教育学会、20、189-200

07/09/29(土)

[]結果を出さねば! 22:27 結果を出さねば! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 結果を出さねば! - 西川純のメモ 結果を出さねば! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志のKさんから本日、以下のメールをいただきました。嬉しかった。私にはもっとすべきことがあると感じました。

『以前、先生に「産休の友人がいるので、渡したいので先生の本にサインしてください。」とお願いしたことがありました。その友人は、無事出産し、産休・育休となっています。その友人からきたメールを、本人の了解を得て、先生転送します。私の友人ですら『学び合い』に入っていくのに、これだけ抵抗があると分かります。以下、全文です。

K先生お久しぶりです。お元気ですか。私は元気です。復帰までにあと六ヶ月。せっかく時間があるうちに何かしたいと思って西川先生の本を読み始めました。だいぶ前に買ってあったのに妊娠中は集中して読めず頭の中に内容が全然入ってこなくて、何度も同じページを読み返して、結局一冊も読みきれず終わりました。でも復帰が近づいた今、改めて西川先生の本を読み始めたら止まらなくて。今月一気に四冊読みました。時々K先生にお会いした時に話をお聞きしただけの時は、正直子供たちに任せて成績が上がるなんて半信半疑だったし、教師は教える為に居るのにそれでよいのかなあと、教師が楽をしている様に思えてしまう気持ちが正直ありました。(とても失礼な事なのですが)でも本を読んで生の子供たちの変容やプロトコルを聞くと、今の時代の子供たちだからこそ、子供たち同士の学び合いコミュニケーションがとても必要で大切な事だと気づきました。知識や学力を身につけさせる事ばかり考えていたけど、その集団に属していたい、自分はその集団で満足しているという実感を休み時間だけでなく授業で持たせる事、子供たちが主役だという事に気づきました。西川先生やK先生の目指す理想のクラス像が、数々の調査・検証・プロトコルによるものだと解りました。理科が大の苦手な私にとって、理科が苦手な人の方がよいという一言は救われました。地層を自由に観察しなさいで2パターン認知スタイルがあったり、誤解を持たない事が問題だったり。読めば読むほど自分で今まで考えもつかなかった事が書いてあって、私は「なぜ、理科は難しいと言われるのか?」がおもしろかったです。全然話は変わるのですが、息子が1歳10ヶ月になりました。毎日ベランダのバラの花に自分の気に入っている物を見せて会話(らしきもの)をしています。バラは私の腹話術です。ある日車(ダンプカー)を見せていたので、「それどこで買ったの」と聞くと「イオン」と答え、「誰が買ってくれたの」と聞くと「ばあば」と答え、それなりに会話が成り立っていました。でも、もっと驚いたのは、「それ何する車?」と聞いたら、「ジャーッ」と言いながら砂利を下ろす真似をして、バワーショベルを持って来てダンプカーに砂利を積む真似をしてたんです。西川先生の本を読んでいた真っ最中の私は、人間は生まれもって説明能力はあるのだ!!と感動しました。息子の保育園を決めるのに何個か園を見て回りましたが、子供たちは意外と何でも自分たちで出来ていて、遊びだって自分たちで成り立たせているんです。一年生の担任が多かった私は、「今まで一年生を侮っていた。みくびっていた。」と反省しました。園で経験してきた事を知らないから、小学校に上がると急に一番下の学年で赤ちゃんのように扱われる。でも低学年でも学び合いは充分成り立つのだと私は思います。私は、復帰の際はきっと低学年か中学年の可能性が大きいです。でも、もっとちゃんと西川先生やK先生から学び合いについて教わり、クラスに生かせたらよいなと考えています。自己モニタービデオ視聴、ロールプレイングプロトコルを聞く、色々あるけれど、できる事から始めたい。本を読んでよかったです。少なくとも、教師から見て子供たちの無駄なおしゃべり、ふざけている様に見える子供同士の会話の中に学び合う会話があると気づいたこれからは、子供たちの会話に耳を傾けずに「静かにしなさい!!」と一方的に叱りつける事はしないと思います。

あと西川先生転送する時に少し文章を追加したいのですがお願いします。「先生の本を4冊読んだ時点でも「学び合い」に対して少し半信半疑で「教師は教えるのが仕事なのに」という固い考えを今でも頭の隅から捨てきれない私です。でもそんな私の心を「学び合い」を迷わずに復帰したらしてみたいという方向へつき動かしたのは、先生の本の内容はもちろんですが、最後に読んだ「学び合いの仕組みと不思議」の93ページ「できると信じることによって、これからの長い教師生活を張り合いのあるものとすることができないだろうか。」という一文です。私の教師生活は、雇ってもらえていれば約20年続きます。この一文を読んで、「せっかく続けるなら張り合いのあるものにしたい。」と強く思いました。子ども達を信じる事で張り合いのあるものとなれば、それは素敵な事です。正直いうと、たとえ30人学級が実現しても二人の先生で半分の15人を見るとしても少人数でも、全員に教師一人が勉強を教えて理解させる事に限界を感じます。少人数でもいつもその壁に当たります。それに勉強を理解させる事を全てと考えていて、授業に子ども達が自主的に参加した充実感を持ったかなんて考えもしませんでした。「学び合い」という私では考えも及ばない違った考え方に出会えてよかったです。ありがとうございます。そこに携わったK先生サークルに参加していてよかったです。あとは、自分が実際に復帰して「学び合い」をした時に、子ども達に実りのある取り組みになればいいなと思います。私が取り組んだら逆にクラスダメにならないように、本を読んだり、先に取り組んでいるサークルのみんなに教わったりしたいと思います。』

[]長野の会 22:02 長野の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野の会 - 西川純のメモ 長野の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2週間後に長野市『学び合い』の会があります。お誘いします。詳細は以下をご参照ください。

http://rika.shinshu-u.ac.jp/misaki/20071013.pdf

[]はし記念日 21:12 はし記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - はし記念日 - 西川純のメモ はし記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かなり以前知った話です。少年院舞台としたドラマ制作現場で、監修を頼まれた少年院の元教員が「おかしい」と指摘した部分がありました。それは、食事場面で、不良役の役者が箸を正しく使って食事しているのに対して、普通子ども役の役者が箸を変に使って食事していたからです。その元教員によれば、少年院に来る子どもたちの中で、正しい箸の使い方を出来る子は殆どいないそうです。その話を聞いて、なるほどな~と思いました。家庭学習がどれほどなされているかは、いろいろな場面で見えます。しかし、もっとも分かりやすいのは食事の場面です。特に、箸の使い方、また、骨付きの魚の食べ方を見ればすぐに分かります。そして、家庭学習の有無が、その後の成長に影響を与えるのは想像に難くありません。

 本日、ふと息子の食べる姿を見ていましたが、正しく箸を使っています。とても嬉しい。今後は、サンマの塩焼きをきれいに食べられるようにしつけよう。

追伸 ふと思い出しました。我がゼミ『学び合い』を基本としていますので、私はゼミ生に対し教えません。学生同士が学び合います。しかし、ただ一つの例外は、箸の使い方です。変な使い方をしているゼミ生がいると、しつこく直すように言います。ということは、私は箸の使い方を「人の道」ととらえているようです。考えてみると、ゼミ生同士では「箸の使い方」を注意していないように思います。

[]時津風部屋 16:50 時津風部屋 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時津風部屋 - 西川純のメモ 時津風部屋 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回の時津風部屋での弟子の急死事件を見ていると、かなり以前のメモhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20020701)を思い出しました。

 オオカミなどの群れるほ乳類が同じ群れのメンバーに攻撃する場合、その方法は儀式的で、けっして強い痛みを伴いません。それでいてメンバーにとって決定的な影響を与えているのは、そのメンバーにとって何よりも重要なのは、その群れに属することであるからです。ボスから、「おまえは群れのルールに反している」という意思表示をされることは、群れる生物にとっては決定的な意味を持ちます。

 そう考えると、殴る、蹴る等の体罰をするということは、とりもなおさず、する側がされる側を同じ群れのメンバーだと考えていない証拠です。運動部での体罰の是非が議論されることがありますが、百歩譲っても、儀式的な体罰で十分なはずです。傷が残るような体罰は決して必要ないことは断言できます。少なくとも同じ群れのメンバーに対しては。

 今回の事件の発端は、その弟子が部屋を脱走したことに端を発しているとのことです。つまり、その子にとって、時津風部屋は自分の群れとは判断していなかったようです。また、その親方と兄弟子は傷が残るような体罰を加えたと言うことは、親方と兄弟子は、その子を自分の群れとは判断していなかったようです。

 これまた、かなり以前のメモhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20020603)に書いたように、群れの健全性を保つ大事な基本は、その群れから逃げられる権利を保障することです。不登校や教室に入れない子どもがいても、それを強制的に戻すべきとは思えません。不登校になれる、教室に入らない、という権利を保障されているのに、クラス勉強することが大事だと思います。

 親御さんには酷い書き方かもしれませんが、戸塚ヨットスクール事件と同様に、体罰が続く背景には、親がある程度の体罰を是認しており、そして、その体罰の実態を知ろうとはしなかった。つまり、全面委任をした、それは子どもを捨てたのです。それ故、子どもが逃げる権利を剥奪された結果であるとも思います。そのことを一番分かっているのは、親御さんでしょう。だから、親方を責める以上に、今、自分を責めていると思います。子を持つ親として切ない。

chunsuzumechunsuzume2007/09/29 22:47>今後は、サンマの塩焼きをきれいに食べられるようにしつけよう。
今秋の脂ののったサンマのおいしさを楽しみながらがんばってください(^o^)丿

jun24kawajun24kawa2007/09/30 07:15はい!がんばります!

07/09/28(金)

[]反抗/交渉 22:00 反抗/交渉 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 反抗/交渉 - 西川純のメモ 反抗/交渉 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』が高い段階に進んだか、否かの試金石がいろいろあります。最初の語りをちゃんと語れば、すぐにクラスの7割、8割の子ども『学び合い』ます。これが高い段階に進むと、「クラスの最低点が上昇する」、「けんかなくなる」、「不登校子どもがいなくなる」、「特別支援の子がクラスの中に入り、目立たなくなる」となります。しかし、それと同時に、「教師に依存しなくなる」、「教師に正当な交渉をする」というものが生じます。「教師に依存しなくなる」というのは、授業のうまい教師にとっては寂しいものがあります。しかし、しばらくすると『学び合い』における教師としての喜びを知ります(最近アップした佐藤準先生の授業記録をお読みください。それに、右下の同志のブログをお読みください。)。問題なのは「教師に正当な交渉をする」ということです。子どもたちが、「みんなで課題を達成するためには、これこれを認めてほしい」という要求は、正当な交渉です。だって、その時間の課題達成は成り立つための交渉なんですから、「勉強したくないから、お休みにしてほしい」とは違います。

 いつもながら、職員室に置き換えます。

 ある校長は「みなさんで、保護者に応援される学校にしましょう」といつも言っています。そこで、職員がいろいろ相談して、「校長、これこれをしたら保護者から応援される学校になると思います」と提案したら、「そんなことは校長が考えればいいことです」と怒りだしたら、どう思います。そして、その校長が「うちの職員は生意気でね~」と他校の校長愚痴っていたら・・

 ある校長は「みなさんで、保護者に応援される学校にしましょう」といつも言っています。そこで、職員がいろいろ相談して、「校長、これこれをしたら保護者に応援される学校になると思います」と提案したら、「そうですか。それで保護者の方から応援されるんですね。分かりました。どうぞ、そうやってください」と言います。その校長は、「みなさんを信じています。ところで、保護者からどんな応援をされましたか?教えてくださいね」とニコニコしています。そして、その校長は「うちの職員はすごいんですよ~」と他校の校長に自慢していたら・・

 子どもたちの「こうしたらいい」を反抗ととらえるか、交渉ととらえるかは、その人の鼎の軽重が問われます。一度拒否すれば、黙ります。しかし、子どもの腹の中でオリがたまります。しかし、それを受け入れ、喜び、しかし、結果を厳しく求めれば、子どもはすごいことをやります。

 http://blog.abetaka.jp/?day=20070928

   を読みながら、そう思いました。

[]対応 13:07 対応 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 対応 - 西川純のメモ 対応 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学で教えたことのある、ある先生から相談メールが来ました。内容は、「あいつむかつく」という手紙があり、その子が発見したそうです。もちろん、犯人捜しをしてもしょうがないことはお分かりのようですが、では、どうしたらいいか分からず、相談してきました。私の返信は以下の通りです。

『さて、『学び合い』の基本原則は、個々の問題を解決するのは子どもたちで、そのような、子どもたちを作るのが教師の仕事です。

おそらく、●●は、今、この問題を解決しようと思っているでしょ?

でも、子どもが解決できる集団にすることが教師の仕事です。

どうするか

改めて、何のために学校に来ているかを語ります。

そして、本日、何があったかを詳細に語ります。

ただし、「いい/悪い」の論評は避け、事実淡々と語ります。

そして、どうしたらいいか考えなさい、と語ります。

もしかしたら、いい解決策を出せないかもしれません。

でも、子どもたちには安易な教師の解決策より、深く、心に刻まれるはずです。

少なくとも「どうしたらいいか考えなさい」といった後の、しーんとした沈黙の時間は、教師の長々とした説教より、手紙を書いたその子の心に響くはずです。

ただし、その子が悪いと考えてはいけませんよ、そして、そのように語ってはいけません。すべては関係の中で決まります』

あべたかあべたか2007/09/29 05:35西川先生。ありがとうございます。まさしくその通りと思います。

jun24kawajun24kawa2007/09/29 07:10あべたかさん
期待していますよ~

07/09/27(木)

[]授業参観 10:57 授業参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業参観 - 西川純のメモ 授業参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日ゼミ生の教育実習先に、授業参観に行きました。

 当然、一斉指導でやっていました。一斉指導としては、良い授業だと思います。ゼミ生の声は通り、子どもあしらいも上手です。教材の提示も明確です。また、子どもが展開予想とは違った反応をしても、当初の教案にしがみつくことなく、別な手だてをするところなど、なかなかのもんです。このまま就職しても、十分にやってけると思いました。

 が、彼の指導ではなく、一斉指導を改めて1時間見て「情けなく」なりました。特に、彼の担当学年が、最近上越『学び合い』をやりはじめたクラスの学年と同じなので、なおさら、そう思います。『学び合い』だったら、「教科書80頁の1番を全員で分かるようにしてね。はいどうぞ」で15分で完了するようなことを、45分+5分もかけても不十分でした。改めて、一斉指導は非効率だと思いました。例えば、以下の部分に端的に表れています。

●隣の子どもが問題を解けているのに、その子に聞かず、机間巡視して個別指導をしているゼミ生を待っています。そんなことしなくても、隣の子に「何やればいいの?」、「どうすればいいの?」と聞けば解決できるのに、と思います。教師であるゼミ生は一人ですので、十数人の子どもを全て見て回るわけにはいきませんし、見てもらえる子どもも待ち時間が無駄です。第一に、分からないことを、隣の子どもに聞けないクラスって、私は異常に感じます。

ゼミ生が個別指導をした子どもをじっと見ていると、必ずしも理解しているようには見えません。少なくとも、その後の問題を解決できず白紙です。つまり、ゼミ生が一生懸命に説明しても、ようは、答えをまる写ししているにすぎません。よく、「子どもたちが学び合えば、答えをまる写ししてしまう」と心配される先生がいらっしゃいます。しかし、まる写しするような子どもであれば、教師が教えようと、子どもが教えようと、結局、まる写しするんです。だから、まる写ししてもしょうがない、ということを理解させることが大事なんです。

『学び合い』ではみんなが「分かる」ことを求めます。その結果、みんなが全員が分かっているかをチェックしあいます。教師の目を逃れられたとしても、クラスみんなの目を逃れる術はありません。

●正しい問題の解き方を伝えようと思って、出来る子を黒板の前に立たせ説明させていました。ところが、子どもの声が小さく、教師の方向を向いてしゃべるので聞こえません。また、省略の多い説明なので、意味が取りづらい。結果として、「聞こえません~」、「分かりません~」という反応が帰ってきます。そのため、その子の発言を教師が補足してみんなにしゃべります。しかし、実際は、補足という域を超えて、教師オリジナルな説明をしています。つまり、黒板の前に立っている子ども意味は、腹話術師の人形の「パクパク」以上の意味はないのです。

大人だって、みんなの前で不安なことを発表するなんて出来ない人は多いはずです。それを、いきなり求めるのですから無理があります。『学び合い』だったら少人数の普通の会話の中で説明します。従って、出来る子は少なくないですし、やっているうちに出来る子は増えます。そして、小さなグループで自分の意見が是認されることによって、大人数の前でもしゃべれるようになれるのです。職員会議で発言する前に、周りの人と小声で相談することってありますよね。あれです。

 最終的な私の感想は、「あんな非効率な分かりにくい授業で、算数を分かる子がいるんなんて驚異的だ」と思いました。でも、一斉指導に慣れた目には、その異常さ、非効率性は見えにくいだろうな~、と暗い気持ちになりました。

追申 慌てて追申します。子どもたちを見ていると、そのクラスはいいクラスだな~と感じます。ゼミ生の指導して頂いている担任の指導力を感じます。学校先生方も、暖かくゼミ生を受け入れて頂いていることを感じます。本当に感謝です。上記は、あくまでも一斉指導に対してであり、個々人をどうのこうのという意味ではないことを明確にしたいと思います。

07/09/26(水)

[]地元講演会 22:36 地元講演会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 地元講演会 - 西川純のメモ 地元講演会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日地元上越高田地区の先生方を対象とした講演会に行きました。息子がお世話になっている学校先生方々、また、将来、お世話になるかもしれない先生方々です。まさに「先生様」です。いつもとは別種の緊張をしました。しかし、何とか語り終えました。

 語りたいことが多すぎて、最初の「まくら」の話を省略したので、笑いが少なかった。これは反省。でも、いつも通り、マイク無しで語り続け、時間を守りました。これは、ホッとします。

 一人でも多くの先生方の届いてほしいと願います。

[]啓蒙君主 08:25 啓蒙君主 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 啓蒙君主 - 西川純のメモ 啓蒙君主 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アフリカ植民地にした人たちは「愚かな現地人を教導する」ということで、現地政府を設けない植民地経営を合理化しました。それを今の時代、どっかの先進国発展途上国で行ったらどうなるでしょうか?

 啓蒙専制君主として名高いフリードリヒ2世の治世下、プロセインは発展しました。では、今、発展途上国フリードリヒ2世が表れ、同様の治世をしたらどうなるでしょうか?

 今の日本で、上記が成功すると予想する人がどれほどいるでしょうか?

 本日、昨日の「オッカムの剃刀」のメモに対する同志からのレスで、

『>しかし、この思考方法は『学び合い』の基礎である、子ども

>は教師と同じだけ有能であり、愚かである、ことを理解して

>いないと出来ないことです。

この考え方は、私が学び合いにひかれた大きな理由のひとつです。

以前から、先生だって子どもだって人間。ちょっと物知りかどうか以上の違いはないはずだと思っていましたし、それを裏付けるような場面に何度も遭遇してきました。きっと、私は自信を持って、この考え方を他の先生方に主張することでしょう。

しかしながら、この考え方があまねく先生方に受け入れられるのか、と聞かれれば、否と答えることでしょう。実際、先生の方が優れている(はず)とおっしゃる方のほうが多いことでしょう。』

というメールを頂きました。まったく、そう思います。しかし、そう思えない先生に対する義憤(いや怒り)を感じざるを得ません。

私の「子ども」とは「子どもたち」のことです。一人の人間が数十人の子どもより有能だと思うなんて、なんという傲慢なんでしょうか?民主主義の国において、そのような思い上がりをしている人がいるということに、怒りを感じざるを得ません。まるで「愚かな現地人を教導する」と言っている人のようです。

民主社会における教師は、啓蒙専制君主であってはならないと思います。ではどうすべきか、それは市役所の窓口の人の様にあるべきだと思います。即ち、

*法に定められた規定及び、その適用範囲を正確に理解し、それを自らの判断で勝手拡大解釈・縮小解釈はしない。

*上記を越えて「すべき」と考える場合は、説得することは可能であるが、最終判断は市民にある。

*上記の前提の上で、全体の奉仕者としての使命を全うする。

であると思います。そして、それが出来るためには、どんなに手続きに無知な人がいたとしても、相手は自分と同じように有能であり、愚かな存在であることを理解すべきだと思います。

民主社会においては、「子どもは実際そうか、否か」の次元ではなく、「子どもはそうだ」と考えなければならないと思います。そのような個人の集団である、子どもたちを、そう思えないならば、民主社会において教師の資格はありません。

もちろん、民主社会において「禁治産者」や「懲役」のように権利が剥奪・制限される場合はあります。しかし、その場合は適用に関して、明確な規定が民主的な手続きで定められています。私の知る限り、子どもの権利を規定した法令はありますが、子ども学習に関する権利を制限した規定を知りません。少なくとも、「先生の話を黙って聞いて、板書をノートに写さなければならない」という規定を知りません。

知っている人います?

それを面白い授業、分かりやすい授業で乗り越えようと言うのは、「パンとサーカス」で民衆を押さえたローマ帝国末期症状です。決して、民主主義の世界でやるべきことではないと思います。

『学び合い』では、指導要領で定められたことを達成することを、全ての子どもに求めます。しかし、法で定められていないようなこと、例えばどのようにそれを達成するかという方法は規定しません。ただ、一人一人の子ども、そして子ども集団が最善のことが出来る環境保証するよう努力します。極めて、民主的だと思います。

07/09/25(火)

[]オッカムの剃刀 21:42 オッカムの剃刀 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - オッカムの剃刀 - 西川純のメモ オッカムの剃刀 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモDNAの原則から、私は、それが正しいか否かを判断するとき、「他の生き物に置き換えても正しいか?」、「今の自分に置き換えても正しいか?」と考えます。

 人の生き方の本質的な部分は、大人であろうと、子どもであろうと正しいはずです。少なくとも、大人の時期にのみ正しい、逆に、子どもの時期にのみ正しい、よりは本質的だと思います。さらに、もっと普遍的であるならば、人間のみならず他の生物に置き換えても正しいはずです。私の場合は、多くはホモサピエンスに近縁なサルに置き換えます。しかし、「群れ」という色彩が強ければ、オオカミに置き換えたり、アリに置き換えます。

 ゼミ生から研究報告を受けると、私はその結果の「教師」を「学長」に置き換え、「子ども」を「私」に置き換えます。そう置き換えたとき、自分の行動と子どもの行動が一致しない場合、それは、ゼミ生の報告は「誤っている」か「どうでもいいこと」であることを意味します。

 この思考方法は非常に有効です。しかし、この思考方法は『学び合い』の基礎である、子どもは教師と同じだけ有能であり、愚かである、ことを理解していないと出来ないことです。

[]信州21:54 信州へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信州へ - 西川純のメモ 信州へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日信州大学のM先生(家庭科がご専門)が朝一番に着ました。高速を使わなくても1時間ちょっとでこられるとのことです。『学び合い』に興味がある先生なので、一番近いと思われる上越小学校での実践を紹介しました。本日の1時間目に2年生の授業があり、2時間目に1年生の授業があるので、8時に大学にきていただきました。

 ライブは何よりです。多くのことを吸収していただいたと思います。信州大学にはMさん(OB1989さん)がいらっしゃいます。となれば、アクティブなお二人が協同すれば、すごいことができそうです。わくわくします。今後の化学反応楽しみです。

追伸 本日のことで、信州大学学生さん、先生ライブを見せることは、実にたやすいと言うことを実感しました。

07/09/24(月)

[]DNA 22:15 DNA - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - DNA - 西川純のメモ DNA - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、同志より以下のメールをいただきました。

 『ここ3日間のブログ、特に読み応えがありました。何度も読み返しました。さて、今日は質問というか、疑問点がありまして、メールをさせていただきました。

 昨日の西川先生ブログで、ふと気になったことがありました。それは、これまでも、引っかかっていたことでもあります。それは、「つまり、人間は十人以上の子どもの親になることを、DNAに組み込まれていません。子のない人が、数人の子どもを引き取って「親」になることは出来るでしょう。なぜなら、そのような能力DNAの中にありますから。」という部分です。

 先生の著書や手引書の中にも「DNA」という言葉は何度か登場していますね。西川先生は、「人とのコミュニケーション能力DNAに組み込まれている」とお書きです。でも、それは本当なのでしょうか。DNAに「組み込まれている『はず』or『だろう』」ではなくて、「組み込まれている」と言い切れる根拠がどこにも記されていないように思うのです。DNA研究がどこまで進んでいるのか、不勉強で分からないのですが、私自身は、DNAのある部分が特定の病気や症状の原因関係がある「と思われる」程度の表現しか見聞きしたことがありません。さまざまな要素を含んでいる総合的な能力としてのコミュニケーション能力が、DNAに含まれていると科学的に証明されているのか、が疑問なのです。』

 大変重要な疑問です。以前のメモや本にも書いたことですが、改めて、そしてまとめて書きたいと思います。

 まず最初に述べなければならないのは、DNAに組み込まれていると書いているのは、厳密にはDNAに組み込まれている「はず」という意味です。しかし、以下で書く非常に単純な推論から、そう判断する蓋然性が高いと判断しているので、「である」と書いています。

 では、私の推論の元となっているのは、非常に単純な以下を基礎としています。

 文化などの後天的なものは可逆性がある点は良いのですが、反面、脆弱です。ちょっとした環境の変化によって、その文化が破壊される場合があります。したがって、後天的なものを種としての生存に最も基礎的な部分に据えるということは危険です。これは生物だけではなく、たとえばコンピュータの場合も、最も基本的な部分はROMに組み込まれています。

 逆に、DNAにすべてを組み込みすぎても、可逆性を失わせます。生存競争は厳しいものです。DNA無駄情報組み込みすぎれば、生存競争で負けます。だから、そんなことは生物はしません。無駄かどうかは、それが使える場面がどれだけあるかで分かります。これまたコンピュータの場合で説明すると、いつも使えるプログラムを多くすれば、限りあるメモリー空間を消費し、コンピュータパフォーマンスを低くします。

 私はコミュニケーション能力DNAに組み込まれていると述べています。ここでのコミュニケーション能力とは、競技ディベートで必要とされる能力ではなく、子どもたちが休み時間にごちゃごちゃ話している、あの能力です。あれって、特別意図的な学習をしていないのに多くの子どもはやっていますよね。それが、なによりの証拠です。次の証拠は、人間に近い生物であるサルにおいても、コミュニケーション能力が見られるからです。そして、コミュニケーション能力は、その種にとって最も基本的な能力で、生存に必須の能力であると考えるからです。

 逆に、十人以上の親になる能力DNAに組み込まれていないと判断する理由は、そのような事例は一般的ではないからです。十人以上の親になることが一般的な事例であれば、それをDNAに組み込むことは有効ですが、そうでなければ、組み込むことは効率が悪い。そして、十人以上の親にならなくても、ホモサピエンスは生き残っているのです。

 詳細は生態学の専門書をお読みいただきたいのですが、生殖戦略という概念があります。この場合、養育しなければならない性(多くは雌)、養育させる性(多くは雄)では戦略が異なります。養育しなければならない性は、ほ乳類では子離れと言って、一定以上の年齢になった子どもの養育を拒否することによって、養育する子どもの数を一定以下にする事例は多く見られます。これは、自分のDNAを残す方法として有効だからです。

 DNAアミノ酸の順序を決め、それが酵素を決めるというのは、セントラルドグマと言って、私が生物学大学生だった二十年以上前から知られた概念です。現在は、もうちょっと複雑ですが、おおよそ現在も健在です。しかし、生物は生存競争の中で絶えずセレクションされているという概念は、もっと古くから知られて、いまでも健在な概念です。私は、それに基づいて推論しています。

 短くとまとめると、本当に大事なものはDNAに組み込まれる。逆に言えば、本当に大事でないものはDNAに組み込まれません。コンピュータで説明すると、ブートやIOSのような本当に大事なものはROMに組み込まれる。それ以外をROMに組み込むと、コンピュータパフォーマンスは低くなり、売れなくなり、絶滅するのです。

07/09/23(日)

[]広がる、広がる 22:19 広がる、広がる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広がる、広がる - 西川純のメモ 広がる、広がる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、以下のメールをいただきました。(いつもながら、個人特定ができないように加工はしています)

 『こんにちは。初めてメールをさせて頂きます、○と申します。子供の通う小学校で「学び合い」を実践していて、担任の先生より西川先生の著書をお借りして読んだり、HPを拝見したりして「学び合い」を知りました。一年生の息子の授業を参観して、低学年の子供達が「学びあっている」姿を見て、わずか6,7歳の子供達が、わずか入学数ヶ月で、友達の机の間を先生のような呈で歩きまっわっている姿に驚きました。(息子は「誰か来て・・」という顔で座っていましたが!)

 一年生で出来るのならば、保育園児でも?と思いながら先生の著書を読み進めていくと「少なくとも幼稚園では可能」とのこと。実は私は保育園に勤める保育士です。担当クラスのA君は、自閉症の○歳の男児です。クラスは異年齢で、担任と私の2人で持っていています。

 A君はとてもお喋りな明るい性格で、知的遅れも今のところ同年齢の子と変わらないと診断されています。ただ、自閉症という性質が故、行動の見通しが悪くなったり、欲求が通らなかったり遮られたりすると、パニックを起こすのです。泣き喚き、耳ふさぎ、全否定などです。そうなると、平常に戻るまでに別室でクールダウンをしなくてはならないのですが、10分~ときには30分かかるときもあるんです。でも、いったん平常に戻ると何事もなかったかのように機嫌よくクラスに戻れるのです。そこに彼の障害ゆえの生きづらさを感じます。パニックを起こすか否かは、その時の私達の係わり方にもよるので、難しいと感じながらもA君にとってどんな係わり方が良いのだろうと日々考えていました。

 そんなとき西川先生学び合いを知り、HPで「子供を救えるのは子供しかいない」「あなたが育てたいのはいつまでも教師の助力を必要としている子か、友達の協力を上手く借りて生きる力をつける子か」との文章を見つけ、目の前が開けるような気持ちになりました。

・・・クラスにあなたより上手く係われる子がいるはず・・・いるいる!A君の大好きなBちゃん!頬擦りするくらい大好き!

・・・あなたがべったりだとクラクの子がその子に係わろうとしない・・・確かに。A君がなにかするたび「せんせ~!」と呼びにくるし。

 自分達の支援が間違っていたとは思いませんが、少し軌道修正してもいいんじゃないか、と思ったのです。もともと、子供同士の育ち合いを求めた異年齢保育。私はA君ではなく、クラス全体に対して働きかけをすべきでした。そう思ったら、次にクラスのみんなに会うのが楽しみになっていました。そして、思わず先生メールを打っている・・・と言うことなのです!

 学校先生から次回は国語の授業に関しての本が出版されると伺いました。更にその後、発達障害児に関しての本も出版予定とか・・・。まだまだ知ったばかりの「学び合い」ですが、これからも注目して行きたいです。そして、また、私とA君と組のその後をメールできたらいいなと思います。』

 以上のようなメールをいただきました。嬉しくて、嬉しくてしょうがありません。日本のどこかで『学び合い』を実践してくれる人がいる。そのクラス保護者が教師で、我が子の姿・我が子のクラスの姿を通して『学び合い』の良さを感じ、そして、自らのクラスで実践しようとしている。「正のフィードバック」です。これが進めば、その保護者の方が自らの実践経験を、お子さんの担任の方に伝えてくれる。こんなことが起こり始めています。本日は、本当に幸せな気分で眠れます。

 このメールをいただいた方にも、そして、その方のお子さんの担任の方にも感謝です。

[]なぜ少人数指導 18:38 なぜ少人数指導 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - なぜ少人数指導 - 西川純のメモ なぜ少人数指導 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある若い同志が、教師が少人数を議論している満座で「少人数が有効なら、小規模校の学力ほど高くなるということですが、そのようなデータがあるのでしょうか?勉強不足なので教えてください。」と質問したら、一同がし~んとなったそうです。そのメールを読んで笑い出しました。若いから、みんなが言わないようにしている一言を、聞けるのだと思います。

 実は、多くの教師は、そのことが分かっているのに、それでも「少人数がいいのでは・・」と思っています。実は、父母も「少人数がいいのでは・・」と思っているので、行政もそのように対応しているのです。そして、父母がそおもっている理由と、教師がそう思っている理由と同じなんです。なんだと思います?

 それは、教師が学校に求めている最大のものは、保育園です。つまり、自分の代わりに我が子をお世話してほしいのです。それ故、親は教師に我が子の「親」を求めています。また、教師は「そんなこと無理」とは知っているのですが、「そうしなければならないよな~」という後ろめたさを感じています。思い出してください。世にある、教師ドラマ映画の殆どすべては、ある子をどこまでも親身になっている教師の姿を描いています。また、勤務時間外も子どものためにすべてを捧げている教師の本が、売れています。私には驚くべきことだと思うのですが、教師すら、そのような本を読み、そうあるべきだと感じている人がいます。

 このブログをお読みの方なら、その馬鹿馬鹿しさを分かっていると思いますが、あえて書きます。

 ほ乳類の中で、同時に十個体以上の子どもを育てる生物存在しておりません。一回の出産で多くの子どもを産み、かつ、生存率の高い生物の多くは、養育期間は短いものです。人間の養育期間は長いですが、一回の出産人数は平常は一人です。大家族が多かった戦前であっても、5人以上の子供を持つ家庭は少なかったはずです。さらに言えば、中世以前では子どもの生存率が非常に低かった。つまり、人間は十人以上の子どもの親になることを、DNAに組み込まれていません。子のない人が、数人の子どもを引き取って「親」になることは出来るでしょう。なぜなら、そのような能力DNAの中にありますから。しかし、人間が十人以上の子どもの親になることは、まず不可能です(皆無とは言いませんが、日本中に数百万人の教師が出来るわけない)。従って、四十人クラスを三十人、そして二十人ぐらいにしても、不可能は不可能です。もし二、三人レベルの少人数が実現できるならば、親代わりにはなれるかもしれません。しかし、それによって出来るのは「親代わり」であって、学力面から言えば、親の家庭学習以上の効果は期待できません。

 ところが、多くのドラマ映画、本は、この真実を伝えようとはしません。ドラマ映画では一話完結で「ある子」の問題は解決します。ところが現実子どもの問題は「ず~っと」続きます。たとえば、家庭に問題のある子の問題は、教師には解決できません。そうなると、その子に「ず~っと」親身になり続けなければなりません。そうなると、「その子」以外をほっぽります。しかし、画面の後ろの背景に紛れている子どもにも悩みはあるんです。

 プライベートをすべてを捧げ、一人でも多くの子どもを救う教師は一つの理想です。でも、圧倒的多数の教師には家庭があり、子どもがいます。その子どもにも「親」が必要なんです。不良の生徒を救っている教師の家庭で、その教師の子どもが不良になっていたとしたら、それは笑えぬ笑い話です。

 もし、すべての子どもを救おうとしたら、教師はよき親ではなく、よき上司になるべきなのです。そして、学校保育園ではなく、自己実現できる職場になるべきです。しかし、学校保育園になることを願い、教師に親になることを願う保護者そして教師の業は深いと思います。

makine45makine452007/09/23 21:28一番受け入れにくい理屈だと思います。この理屈が素直に分かる人はすぐに『学び合い』に入れると確信します。

jun24kawajun24kawa2007/09/23 21:53そうだよね。
この書き方は、よき教師の反感を呼びます。
でも、「その人たちに届け」と願います。
分かってしまえば、当たり前なんだけどね。

F-KatagiriF-Katagiri2007/09/24 07:12少人数クラスを実施する最大の理由は、教師の雇用増大です。しかし大義名分は「目を行き届かせる」になっています。そこに教育の「ねじれ」があります。
ちょうど週5日制の最大の理由は「教師の労働時間削減」であったのに「ゆとり教育」という大義名分を作ったように。
教育界はすなおじゃないですよね。

jun24kawajun24kawa2007/09/24 15:12Kさんのは、教育委員会やせいぜい文部科学省レベルの理由ですよね。私のは、総務省や財務省レベルのことを書いています。国家予算の多くは人件費に関わっています。そして、その多くを教員の給与が占めています。このあたりのころは、経済の強いKさんだったらおわかりですよね。

07/09/22(土)

[]最後に残った子 22:29 最後に残った子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最後に残った子 - 西川純のメモ 最後に残った子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ある同志から、中級段階の悩みのメールをいただきました。内容は、ほとんどすべての子が学び合い学力向上がみられているが、最後に残った子には発達傷害があるため「全員」を達成しがたいそうです。それでも「全員」を求めるべきか?という質問です。この部分は、「手引き書」に書き加えるべきだと思いました。とりあえず、以下のように回答しました。

 最後に残った「その子」が特別支援の必要な子だったら、どうでしょうか?結論から言えば、それでも『学び合い』は有効です。詳細は、今後出すであろう特別支援に関する『学び合い』に関する本に書きますが、簡単に書きます。

 ADHD:これは本当に簡単に解決できます。何故なら、『学び合い』の授業では、だれもが立ち歩いて勉強します。ADHDの子も1時間座り続けるわけではないの、座るべき時に座ることが出来ます。したがって、ADHDの子が目立ちません。ADHD子どもの中には、学年が進むと症状が改善する例が多いと聞いています。前頭葉の発達が原因とされています。しかし、そのような時になっても、小学校中学校で受けた、「お前は悪い子」というラベルは二次障害で残ります。そして、中学校のある日、先生から怒られたら、とにかく、それ以上の剣幕で反抗すれば教師がおとなしくなる、ということに気づく子がいます。私が高校で教えた子は、その様な子が多かった。『学び合い』ではADHDの子は、問題なく勉強することが出来ます。

 学習障害:図形認識が不得意な子、逆に音声認識が不得意な子がいます。多くの場合は、介助員がついてサポートします。しかし、介助員のサポートを詳細に分析すれば、その多くは子どもでもサポートできるレベルです。従って、『学び合い』によって問題なく学習を継続することが出来ます。

 知的障害(ダウン症等):『学び合い』でも、学力向上の効果は限界があります。しかし、そうであっても、それらの子どもが居心地のいい時間と場所を与えることが出来ます。それによって、先に述べた二次障害の発生を避けることが出来ます。

 自閉症『学び合い』でも、学力向上の効果は限界があります。しかし、そうであっても、それらの子どもが居心地のいい時間と場所を与えることが出来ます。それによって、先に述べた二次障害の発生を避けることが出来ます。思い出してください。教師が「いこうよ」と引っ張るとパニックになってしまうのに、ある子が「いこうよ」と引っ張ると素直について行くことはなかったでしょうか?これは、相性の問題で、いかんともしがたいのです。

 アスペルガー:このタイプが、例外的に時間がかかります。なぜなら、『学び合い』子ども同士の関わりによって課題を解決します。しかし、アスペルガーの中には、関われば関わるほど「イライラ」させる子がいます。この場合は、「仲良く」なることを強いるのではなく、「課題を解決」することを求めます。

 想像してください。校長が教員に仲良くすることを求めたら、おそらく、見た目は仲良くなりますが、陰に隠れて陰湿になります。しかし、校長がすべてのクラスで高い課題達成を「全員」に求めたら、関わりを持つようになります。関わると不快になる同僚がいたとして、正常な職場ならば、その人を攻撃するようなことをしないでしょう。まあ、一定の距離を置きつつ、無視をしない関係、つまり「大人」の関係を持つでしょう。子どもも、そうなります。

人間能力は高度に文脈(状況)に依存することが知られています。一般には、「畳の上の水練」と知られています。だから、教師と「その子」と二人だけの架空の状況でのソーシャルスキルトレーニングの効果には限界があります。「その子」が学ばなければならないのは、教師に対するソーシャルスキルではありません。「その子」が学ばなければならないのは、クラス子どもたちとのソーシャルスキルです。従って、子どもたちと実際に関わり合い、その中でのトライアンドエラーの中で学んだことが身につきます。もしかしたら、ソーシャルスキルを理解できないかもしれません。でも、「その状況」でのソーシャルスキルを覚えることが出来ます。最悪の場合は、「その子」は変わらないかもしれません。しかし、周りの子どもが、その子に対するソーシャルスキルを学ぶ可能性は低くはありません。

 その他の子:上記のような明確に特別支援の必要な子以外にも、教師からは「その子」と気になる子がいます。しかし、上記で記した理由と同じ理由で、その子にとっても『学び合い』は有効です。

文部科学省は6.3%の特別支援の必要な子が普通学級にいるとしています。しかし、多すぎると思いません。だって、その子は大人になるわけですから。我が国の人口の6.3%は特別支援の必要な人たちとなります。その人数は、実は東北6県の全人口に当たります。私は健常児を、特別支援の必要な子どもと誤ってラベリングしている可能性が高いと思います。事実、プロが特別支援の子であると判定しましたが、『学び合い』をしたら、そのタイプの特別支援の子が達成できない高い学習達成度を実現した結果を得ています。

 教師:「その子」が上記のどのタイプの子であるかによって、どれだけ時間がかかるか、また、どれだけの効果が見られるかは違います。しかし、いかなる場合においても、一斉学習を下回ることはあり得ません。そして、最も効果が高いのは教師に対してです。多くの教師は「その子」に振り回されてイライラします。結果として、「その子」に強く当たります。そうすれば、クラス子どもたちは、あなたを同じように「その子」に強く当たります。そんな状態でよい授業が出来るでしょうか?無理です。『学び合い』によって「その子」の呪縛から離れることによって精神的に余裕が生まれます。

 クラスの中には、上記のような様々な子どもがいます。それらの中には、教師から考えて、どう考えても学力向上には限界がある子がいます。ところが、『学び合い』では、その子を含めて全員が高い点数を取るように求めます。そこに矛盾が生じるように感じられるでしょう。だって、目の前の子どもは簡単な足し算さえおぼつかない子どもかもしれません。周りの子どもがどんなに教えようとしても、答えを丸写しすれば満足してしまう子かもしれません。「その子」以外が100点を取るようになっても、「その子」は変化が見られません。さて、そのようなとき、どうしたらいいでしょうか?

 ありがちな対応としては、「クラス全員が90点以上」ではなく、「クラスの平均点が90点以上」もしくは「クラスのほとんどの子が90点以上」のような目標に変えます。これはだめです。なぜなら、教師がそのような基準を設けたならば、何故、教師がそのような基準を設けたのか子どもが察します。つまり、「先生はその子のことを考えて、そのような基準を設けた」と察します。そうすると、子どもたちは、その子が課題達成しない場合の対応するのは先生だ、と理解します。そうすれば、子どもたちは「その子」をなんとかしようとは思わなくなります。では、どうするか?教師はあくまでも「クラス全員が90点以上」という基準を要求し続けます。もし、『学び合い』によって子ども集団が成熟したならば、子どもたちは、その要求を受け入れ続けるでしょう。基準を達成しなくても、その基準を堅持することの意味があることを理解しているからです。安易に、「クラスの平均点が90点以上」もしくは「クラスのほとんどの子が90点以上」にすると、どのようなことが起こるかを理解しているからです。しかし、さらに成熟したならば、子どもたちは教師に対して基準を変更することを「要求」するようになるでしょう。その時は、『学び合い』学校観の原点に立ち戻って、「みんなが大人になるということに照らして、合う基準を設けられるなら、みんなで話し合って考えろ」と言えばいいのです。その結果として、「クラスの平均点が90点以上」もしくは「クラスのほとんどの子が90点以上」という基準を彼らが設定したとしても、それは教師が設定したのとは全く別の意味を持ちます。

 教師は先回りしてはいけません。個々の子どもの問題を解決するのは子どもたちです。そのような子ども集団を作り上げるのが教師の仕事です。その基本を忘れてはいけません。

07/09/21(金)

[]ユーレカ 22:27 ユーレカ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ユーレカ - 西川純のメモ ユーレカ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から二十数年前のことです。教員採用試験合格して、来年度から教壇に立つことが決まっていたときの頃です。その頃、「もし、道ばたでタバコを吸っている高校生にあったら、俺はどうすべきなのだろうか?俺は高校教師なのだから、当然、指導すべきなのではないか?でも、どうなのだろう・・・」と悩んだことがあります。ところが、新年度に実際に教師になり、特に、最底辺校の教師になって、「私が教師であるのは、私の学校の生徒にとってであり、私の学校の生徒以外にとっては私は教師ではない」と至極当然なことを分かりました。私は一般の大人程度にすべきことをすべきですが、だからといって、私が教師として何かをすべきではないのです。また、しようとしても不可能なのです。

 本日、家に帰る車の中で、長年の謎が解けました。

私は『学び合い』はすばらしものだと確信しています。ところが、私が大学で行う授業は、徹底的に「わかりやすい」、「面白い」授業を目指しております。そして、大技・小技のテクニックがいっぱいの授業です。私の直感は、それは正しいと思っていました。何故なのだろうと考えました。一つ考えたのは、大学の授業は半期15回です。それでは『学び合い』は出来ないのでは、とも思いました。ところが、2泊3日の洗脳旅行においては、私は『学び合い』をやっています。重要なのは、期間でも、回数でもありません。

 本日、分かりました。結局、聞いている人たちの多くが、私を管理者と認識しているか、否かの違うのだと思います。短くとも、洗脳旅行に来られる方は、私を管理者と認めている方であると、私は認識しています。もちろん、西川ゼミ学生さんは私を管理者と認めている方と、私は認識しています。だから、私はもっともすばらしいと思っている『学び合い』で指導します。ところが、大学の授業の場合、それも必修でない科目の学生さんは、私を管理者と認めている方が多くはないと思っています。その場合は、「わかりやすい」、「面白い」程度のことしか出来ません。

 『学び合い』では、「人の道」を語ることが大事です。それが語れなければ『学び合い』は出来ません。道でタバコを吸っている高校生に、それはだめであるということを語ることは「理論上」はすべきです。しかし、それには無理があることは、最底辺で教えたことのある私の実感です。

追伸

 ただし、ある集団の6,7割が管理者と認めてくれるならば、その集団に属したいと思っている人にとっては、個人的には私を管理者と認めなくても集団の力で、私は管理者になれます。


[]独裁者 17:12 独裁者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 独裁者 - 西川純のメモ 独裁者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 独裁国家市民が、「我々は○○を熱烈に支持する」とか、「○○を命の限り守る」と叫んでいる姿がニュースに流れているのを見ることがあります。さて、我が国の人たちは、それを見てどう思うでしょうか?「あ~、かわいそうに、そう言わざるを得ないんだろうな」と思うでしょう。けっして、その独裁者が熱烈に支持されているとは信じはしないですよね。

 『学び合い』を始めると、色々な問題が見えます。例えば、今まで真面目だと思っていた子どもが、やんちゃをやりはじめたりする場合があります。また、クラスの中の特定の子は、孤立していることが見えるようになります。しかし、それは『学び合い』によって生じたわけではありません。単に、『学び合い』によって見えやすくなっただけのことです。その問題は、一斉指導の時にもあったのです。ただ、独裁国家市民のように、上っ面を整えただけのことです。

 現在先進国では、独裁国家は殆どあり得ません。何故でしょう。それは、独裁国家にくらべて民主的な国の方が、遙かに生産性が高く、国力があるからです。だから、独裁国家民主国家とは勝負にならないからです。もし、「我々は○○を熱烈に支持する」とか、「○○を命の限り守る」という言葉が額面通りで、支持率100%の国家であればかなりの効率性があるはずです。そうでなければ、「我々は○○を熱烈に支持する」とか、「○○を命の限り守る」は嘘だと言うことです。

 民主政治独裁政治に比べれば、まどろっこしい面があるかもしれません。そして、独裁国家に比べれば、民主国家マスコミは混乱の極致かもしれません。しかし、民主国家の方が、一人一人が主体者となり得るので、一人一人の生産性が高まります。また、一つ一つの問題が表出しやすいので、それらをみんなで解決することが出来ます。

 整然とした一斉指導になれた人から見れば、『学び合い』学級崩壊のように見えるでしょう。でも、『学び合い』になれた人から見れば、一斉指導のクラスは、「我々は○○を熱烈に支持する」とか、「○○を命の限り守る」と市民が叫んでいる国を見ているようで、悲しくなります。

07/09/20(木)

[]抜き返される 23:00 抜き返される - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 抜き返される - 西川純のメモ 抜き返される - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アップの効果かもしれませんが、HPアクセスカウンターブログを超えました。ビックリ

[]アップ 14:42 アップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アップ - 西川純のメモ アップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 数日前にメモりましたように、『学び合い』における教師の姿の資料を、佐藤準先生のご協力のおかげでHPhttp://www.iamjun.com)にアップできました。感謝。あと、「手引き書」超短縮版をアップしました。

07/09/19(水)

[]本日 22:01 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日より3ヶ月の長期洗脳旅行にこられたOさんと、地元学校での『学び合い』の実践を参観に行きました。またまた、深化していました。諸般の事情で、詳しくはかけませんが、『学び合い』のすごさを改めて感じました。

07/09/18(火)

[]訃報 22:02 訃報 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 訃報 - 西川純のメモ 訃報 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 さっきメールが来ました。大学院時代お世話になった先生がご逝去なされたそうです。退職前のお年です。

 その先生は、おそらく大学以外では生きられないような方でした。はちゃめちゃの武勇伝、う~ん伝は山ほどあります。

 大学の義務は全部、無視です。学者なのに論文は書かない、学会に参加しない。いきなり夜中に指導学生の部屋に行き、「そばを食べよう」と言って誘います。直ちに筑波を出発し、途中の車中で寝て、信州戸隠のそばを食べるというような先生です。試みに、その先生の名前でググってみましたが、なんと2件しかヒットしません。そんな先生です。しかし、その先生の「大学以外では生きられない」よい面を多くいただきました。その先生料理好きで、よく手料理を食べさせてもらいました。その先生は一生独身でしたが、あまりにも料理家事がうますぎるためと、学生たちは判断していました。その先生の部屋で、初めて「最高級のステーキ」、「毛ガニ」、「テールスープ」・・を食べさせてもらいました。その先生は酒を飲まれませんでしたので、その先生の1室には山ほどの「もらい物」の高級洋酒がありました。それを水のように飲みました。そして、高級食材・高級酒は、馬鹿のみした学生の「ゲロ」なってしましました。それを、おだやかに受け止めた先生です。その先生オーディオ好きでした。当時、馬鹿高かったCDを初めて聞いたのは、その先生の部屋です。LPの音になれた私は、雑音のない澄んだ音に、腰を抜かすほどびっくりしました。学生お金に困ると、割のいい学内バイトを探してくれました。学生が好きだったのだと思います。

 死んだ我が父より教えてもらいました。人間の価値は、その葬式の時に何人の人が「泣いているか」と。我が父は、ごく普通の人でしたが、葬式で多くの人の涙で送っていただけました。

 心よりご冥福をお祈りいたします。涙は出ません。でも、がっくりします。

[]少しずつ 18:34 少しずつ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 少しずつ - 西川純のメモ 少しずつ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は二つの学校サポートにいきました。ゼミ生各位の協力によって、少しずつですが上越の地に『学び合い』が根付き始めています。わくわくします。

 でも、支援して再確認しましたが、『学び合い』の初期段階は本当に簡単です。一番大変なのは、「やる」と決心することだと思います。初期段階であっても、現在の多くの先生方が悩んでいることの多くが解決します。

 しかし、初期段階を超えると、もっと高いことを要求したくなります。そして、「アラ」が見えてきます。それからが、中級、そして上級への長い道のりです。それは「教育」とは何か、を問い続ける道です。かく言う私も、その途上にあります。それ故に、成長し続けられます。

追伸 『学び合い』の初期段階は本当の簡単です。ただし限定があります。それは、周りの教員、管理職邪魔しないことです。上記の二つの学校とも、校長『学び合い』の理解者です。

07/09/17(月)

[]追い抜く 19:09 追い抜く - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 追い抜く - 西川純のメモ 追い抜く - 西川純のメモ のブックマークコメント

 いつかくると思っていました。本日HPの6年間半のアクセスカウントを半年のブログアクセスカウントを超えました。感謝です。

[]近日公開 19:09 近日公開 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 近日公開 - 西川純のメモ 近日公開 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』における教師の行動は、一斉学習の教師の行動とは全く異なります。だって、教えないんですから。暇でしょうがない教師は、個別学習をします。具体的には、「気になる子」のそばによって、あれこれ教えます。しかし、その行動は善意から発するものですが、残念ながら『学び合い』を阻害するものです。

 初期段階では「学び合いの仕組みと不思議」に書いた、「褒め」、「つぶやく」ことをします。しかし、それはあくまで初期段階です。子どもたちが動き始めたらは、あまりやり過ぎると、「邪魔」になります。

 となると、何をしたらいいのかわからなくなります。

 その段階の『学び合い』に進めば、評価をするんです。でも、評価というより、感激・感謝なんです。でも、これって多くの教師にとっては異次元なのでわかりづらいです。でも、「おまえらすごいな~」と感激し、時には、感涙を流しながら過ごすなんて、いいと思うでしょ。それは、決して夢物語ではないんです。

 ある同志は、それを克明に記録しているんです。それを公開する予定です。ただいま、M1NYの協力の下、個人特定できる情報削除作業をやっています。その作業をするために読み込んでいますが、感激で涙が流れます。乞うご期待!

07/09/16(日)

[]子ども御輿 17:00 子ども御輿 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子ども御輿 - 西川純のメモ 子ども御輿 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は地域の秋祭りです。子ども御輿で息子が参加しました。どうして、こんなに面白い発言をする子が、私の子どもに生まれたのだろう・・・、と思いました。

07/09/15(土)

[]進歩 23:23 進歩 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 進歩 - 西川純のメモ 進歩 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ディアルCPUコンピュータを使い始めました。確かに、早い。でも、私が初めてフロピーディスクを使い始めたときの驚き、コンパイルの経験したときの驚きはありません。昔に比べれば、今の進歩は遅いと思います。

MizuochiMizuochi2007/09/16 10:31「一流の研究」と「2流、3流の研究」の話を思い出します。
やっぱり「教えない方がいい。」という結論(悟り?)は凄い!

jun24kawajun24kawa2007/09/16 16:45本当ですね。神様が味方しているように感じます。

07/09/14(金)

[]本当に大事なこと 21:57 本当に大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本当に大事なこと - 西川純のメモ 本当に大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教師が誤解していることって多いです。たとえば、「教師の気になる子への善意の個別支援は大きなおせっかいだということを知らない」、「ほめる言葉、叱る言葉は、その子より、周りの子どもに影響が大きい」・・数え上げるときりがありません。だから、「手引き書」も現在150ページ以上になってしまいます。でも、一番大事なのは、「手引き書」で書いた、「最初の語り」と中級編の「最初の語り」を自分の言葉で語れるか否かのように思います。それが語れれば、自ずと、自分がなすべきものはわかるものです。

 本日、アップした資料も、それを語れる人には意味があり、それを語れない人には、荒唐無稽に見えてしまう。う~ん。

[][]ありがとう 21:48 ありがとう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ありがとう - 西川純のメモ ありがとう - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、私の48歳の誕生日です。お祝いの言葉をいろいろいただきました。また、お客様がお帰りになってから、ろうそくのついたケーキと、ハッピーバースデーの歌をいただきました。ありがとう

 家では、家族で祝っていただきました。息子の誕生日プレゼントは、私の絵です。すごくうまくてびっくり。家内プレゼントは、新しいお弁当ジャーです。結婚以来のジャーだったので、もうそろそろと思っていたので、ぴったりです。

 感謝です。

[]公開 15:24 公開 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 公開 - 西川純のメモ 公開 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日ゼミを参観したいと希望された、信州大学先生3名と学生さん一人がこられました。お客様が来るのだから、「私も出ようかな~」と言いましたら、「いつも通りで良いですよ」と学部生に即座に却下されました。しかし、「まあ、最初の方と、最後の方に覗きに来れば良いんじゃありません」とお許しが出ました。

 我がゼミでは指導教員がゼミに参加するのに、お許しが必要です。あはははは

[]指導要領公開 10:54 指導要領公開 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 指導要領公開 - 西川純のメモ 指導要領公開 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々が子どもたちに指導要領や教師用指導書を公開していると言うと、大抵の先生方がビックリされます。でも達成して欲しいなら、達成して欲しいことを、達成して欲しい人に公開しないなんて、馬鹿馬鹿しいと思いません?そこで、同志が子どもたちに配っているプリントをご紹介します。HP(http://www.iamjun.com/)の「『学び合い』を学ぶコーナー」の玉手箱にアップしました。

さとう@山形さとう@山形2007/09/14 20:59資料、拝見しました。
「これが見たかった!」と感じた方、きっと多いと思います。もちろん自分もです。いい手がかりをありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2007/09/14 21:39よろこんでもらってうれしく思います。
資料もいいですが、ライブが一番です。
今度、Aさんがライブに行きます。

さとう@山形さとう@山形2007/09/14 22:18
手引き書155ページを職場でプリントアウトしようとしてあわててやめたさとうです。
「ライブに『いきます』」とは、どこに?そしていつのことですか?

chunsuzumechunsuzume2007/09/14 22:27
西川先生、お誕生日おめでとうございます(^o^)丿
今日アップされた資料、興味深く読ませていただきました。
ところで、その資料の中の「評価」の中の「評価規準」の項は、子どもたちがどのように書くことになるのかがちょっと不明でした。もし機会があればご説明いただければうれしく思います。
では、よいお誕生日の夜をお過ごしくださいませ。

OB1989OB19892007/09/14 22:39本日はありがとうございました。お会いできて光栄でした。お誕生日おめでとうございました。

MizuochiMizuochi2007/09/14 22:54お誕生日おめでとうございます。
ますますエネルギッシュにご活躍の48歳。
尊敬します!

あべたかあべたか2007/09/15 03:40ハッピーバースディ!西川先生の誕生日とは知らずに、わたしは、西川先生からプレゼントをいただいてしまいました!早速紹介された方にメールを送りました。返事が楽しみです。これからもよろしくお願いいたします。

あべたかあべたか2007/09/15 03:49さとう@山形さん。
西川先生が言うAさんって、わたしのことです。わたしが今度「学び合い」を日常的に実践されている方のところに勉強しに行かせてもらうという話です。具体的なことを知りたい場合は、直接わたしにメールくださいね。

jun24kawajun24kawa2007/09/15 07:34ちゅんさんへ
ありがとうございます。質問がどの部分なのかちょいとわからないので、もう少し説明ください。
基本的に、あの資料を読んで、子どもたちが指導要領にそった「めあて」を定めます。それに基づいて自己評価をします。最終的に「評価基準」を定め、自己評価することをします。
OB1989さんへ
 今後もゼミ交流をしましょう。今度、寺泊で合宿懇親会を行います。かに食べ放題パーティーです。一緒にやりません?
あべたかさんへ
 ナイスフォロー感謝します。
さとうさんへ
 あべたかさんと連絡してくださいね。日程があったら、一緒に行ったらいいと思います。『学び合い』は人数が多いほどいいですから。
 なお、日程が合わなかったら、さとうさんが日程が合う日を教えてください。だれか紹介しますよ。さとうさんがご存じの通り、『学び合い』はイベントではなく、毎日普通にやっていることですから。基本的に、いつでもOKです。

ftogpxtakaftogpxtaka2007/09/15 22:03一日遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。
私の方も、ようやく中間報告が終わりました。準備の間の癒しとして、先生の原稿に触れさせていただいておりましたが、いよいよ本格的に読ませていただきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2007/09/15 22:37ありがとうございます。どうぞ、よろしくおねがいします。

chunsuzumechunsuzume2007/09/17 23:51改めて質問です。
分からないことは、これです。↓
http://manabiai.net/nota/chunsuzume/?20070917233858
ご教示いただけるとうれしく思います。

jun24kawajun24kawa2007/09/18 17:58ちゅんさんへ
子どもが指導要領を基に、自分たちで考えます。

07/09/13(木)

[]校長もやりたい! 10:53 校長もやりたい! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長もやりたい! - 西川純のメモ 校長もやりたい! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、サポートに入っている学校今日行きました。懇談の際、校長ニコニコしながら、「昨日、『学び合い』やってみたんですよ。見ていると本当に簡単そうだから。でも、見事に失敗しちゃいました」とおっしゃっていました。

 気持ちは分かります。だって、数日で子どもたちが激変しているのを目の当たりにすれば、自分もしたくなるのが「教師」です。そこで、あるクラス先生出張なので、そのクラスでやったそうです。私は、どのような課題をやったかを聞きました。そして、どんな指導をしたかを聞きました。私の見立てでは、課題設定と褒めるを直せばOKだと判断しました。

 課題で大事なのは、ひねりを入れることではなく、その課題が子どもに分かることが大事です。そして、我々が褒めるのは、「その子」のためではなく、「クラスの成長」のためです。その事を説明しました。納得して頂けました。

 次の「先生出張」を待ち遠しそうに、ニコニコされていました。次は絶対、大成功でしょう。

07/09/12(水)

[]大事なとこ 22:13 大事なとこ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大事なとこ - 西川純のメモ 大事なとこ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は「考え方」であるにも関わらず、でも、テクニックとして捉えられがちです。そうなると、手引き書の中を「つまみ食い」することになります。私自身も、「出来るところからでいいんです」とは言いますが、いまいち釈然としません。そこで、「『学び合い』の手引き書」の中でもっとも大事な部分はどこか?と考えてみました。

 結果として、それは入門編の最初の語りの部分だと思います。もし、「つまみ食い」するとしたら、その部分が最も罪が浅い。本当は、学習者観・学校観・授業観のところです。しかし、それを諦めるとしたら、そこだと思います。最初の語りは「考え方」を理解していないと、自分の語りになることが出来ません。そして、それを語り続ければ、結果として、我々の『学び合い』しかありえないことが分かるはずです。

07/09/11(火)

[]3回目 17:05 3回目 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 3回目 - 西川純のメモ 3回目 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先週の金曜日月曜日火曜日大学近くの学校に、現職院生さん達とお二人の先生サポートに入りました。

 事前に、その先生がたの授業見ましたが、「こりゃ、簡単に出来る」と思いました。「遅くとも2週間で、『学び合い』の初期段階は卒業だ」と思いました。愚かにも私は間違いました。このペースでは、今週中に「ご卒業」です。

 最初の金曜日に最初の語りを行い、課題を与えました。子どもたちがドンドン動きます。特に、世話好きな子どもがドンドン動きます。しかし、褒めることが少なかったというのが、その先生の反省です。

 月曜日、教えない、褒める、つぶやく、そして説教が全開です。子どもがもっと良い動きをします。しかし、課題量が多すぎたために、子どもが関わる時間を十分に保証できなかったというのが、その先生の反省です。

 本日火曜日。既に、その先生の語りは型から離れ、自由に語れます。子どもの動きが激変し、「全ての子ども」が学習に集中し続けています。子どもたちが生き生きしている姿、また、その姿を見て喜んでいる先生の姿を見ていると私は幸せになります。

 もちろん、子細に見れば「抜け」・「課題」はあります。しかし、それはクラス作りの中で解決されます。これからが楽しみです。その先生方には、チョモランマのように見えたクラスの課題を、子どもたちが自然に解決することを知った瞬間の「その先生」の顔を見たい。心が洗われるような、いい顔をしているはずです。それが楽しみです。

 行き帰りの車の中で、一緒に入っている院生さんのお一方と話しました。「なんで、こんなに簡単で、効果絶大なこと、やらないのだろうか」と。 

07/09/10(月)

[]増殖中 18:05 増殖中 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 増殖中 - 西川純のメモ 増殖中 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前、洗脳旅行にこられたど偉りゃ~ご一行様よりメールをいただきました。洗脳旅行にこられた3名が、別の指導主事3名に説明し、ご理解頂けたとのメールをいただきました。また、事務所勉強会を開いたそうです。そして、ライブを見たい、見せたいとのご希望をいただきました。早速、別府鹿児島の同志に依頼をしましたところ、即時、ご快諾頂けました。

 同志へ

 集団は多いほど、多様であるほど、学び取るものも多く、安定するというのは、子どもばかりではなく、教師の『学び合い』においても正しい!わ~い!ドンドン進むぞ~。参観の方の洗脳よろしくお願いしますと、「子どもたち」にお伝え下さい。

[]自慢 08:38 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学部4年のゼミ生は、今、ICレコーダーデータを海に泳いでいます。卒業研究で入ったY小学校子どもたちの学びを明らかにするためです。その一人のブログ

『実際に教育現場に出たらこんなに子どもの声を聞くこともないだろうし,次はどんな授業をしているのかが楽しみに思えたりするし。

不遜ですが,普通の教師よりも子ども一人ひとりの声を聞いている時間は超えているとも思う』

 とありました。

 22歳の学生物言いとしては、本当に不遜です。しかし、事実です。教壇からの子どもの声は聞こえたとしても、子ども同士の会話を教師は聞こえません。

 このようなゼミ生達がゼミの仲間であることを誇りに思います。

newtown0426newtown04262007/09/10 12:14全くその通りです。子どもたちの会話大事ですけどほとんど聞けていません。

jun24kawajun24kawa2007/09/10 13:51ありがとうございます。
でも、newtownさんは、今は聞けるでしょ!
今まで教えてばかりいたときは、子どもを評価することなんて無理です。でも、『学び合い』はそれを可能にします。今日も、いっぱい、子どもたちの素晴らしさを鑑賞できたと思います。

07/09/09(日)

[]授業を見せること 07:53 授業を見せること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業を見せること - 西川純のメモ 授業を見せること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この夏、兵庫で偽学生で参加いただいた方より以下のメールをいただきました。

西川先生、先日はメールありがとうございました。○○です。

 先生ブログにアップされた手引き書、少しずつ読ませていただいています。本になりそうなくらいですね。読み応えがあります!

 実は、ついつい嬉しくて、先生お礼が言いたくて、メールしました。

他県からの講師を招いた研究授業がありました。特別支援教育の視点に立ったもので、担任全員が5分程度の授業を公開するという予定だったのですが、講師の先生がじっくり1クラスを見たいというご希望で、学校で一番、いろいろな個性をもった子どもたちが元気いっぱいに爆発している私のクラスが提案授業をすることになりました。(なんと、決まってから1週間もありませんでした。)でも、授業を見てもらうに際して、指導案は必要ない、子どもの動きを見てもらうということなど、普段のそのまんまで授業させてもらうという約束で実行しました。

 ○年生の算数で、ゲームを取り入れてた学習をしました。ねらいと課題をはっきりさせて、自分たちで友達の所に行ったり調べたい物を見たりして自由に考える時間を取りました。(さすがにまだ教室内ですが。)いっぱい子どもたちが活動しました。その中で気づいたことは、

○いつも反抗的で、授業の中で大声を出したり友達に意地悪をしたりしてしまっていた子どもも、自分なりのアイディアで一緒に活動していた。(私はこれに気づかずにいたので、研究会先生方が見ておられたよと話し、先生が見つけてみんなに教えてあげたら良かったね。よく考えたねと後で謝りました。)

夏休み前はおどおどびくびくして自分らしさを出せなかった子どもが隣の友達に教えたり、一緒に活動したりすることによって開放的になり、学習学習以外でも素敵なアイディアを出したり世話焼きお姉さんのように友達の面倒を見られるくらいに活発になってきている。

○やはりおとなしくて下を向いていた女の子が、笑顔がたくさんみられるようになり、みんなの前で発表したりすることができるようになってきている。(そういえば、この子は班の中でもリーダー立候補しています!)

○特別支援が必要だと言われている子どもたちが一番に集まって、ああでもないこうでもないと授業のねらいを達成するために道具を使って話し合っていた。

などでした。細かいところを挙げるとまだまだきりがないほど、子どもたちの成長を実感しています。子ども同士の関わりが増えているように感じています。また、何よりも、変わったのが自分自身だとも思います。校長先生が、講師の先生への謝辞でこんなことを言ってくださいました。「○○さんは、4.5月は本当に悲愴な表情をして、大丈夫かと思っていた。クラスも困難な状態だったが、この夏、自分で兵庫教育大学に行きたいと言い、自分で学び、乗り越えてきている。子どもたちも変わってきている。教師が元気になるのが本当に大切だと実感している。」というようなことでした。

「授業」というには本当に準備不足で板書計画も何もあったものではないし、実践的には大変つたない物だったのですが、やってよかった・・・『学び合い』を学ばせてもらって良かった・・・と実感した授業研究会でした。

私のクラス以外にも、課題を抱えた子どもたちやクラスはいっぱいあります。先生方が疲れています。少しでも役に立てたらと、『学び合い』のわたしがかじっている部分を伝えたりもしています・・・。

 また、今回の授業研究会が、教師を見るのではなく子どもの動きを見るものだったので、授業者が見ることができなかった子どもの活動はもちろん、子ども同士の関係や個性など子どもの実態について話し合うことができ、(先生方の子どもに対する温かい見方が伝わってきて)授業者自身も大変得るものが多く、やってよかったと思えたのがありがたかったです。(授業の不備などをつつかれるのではなかったので・・・)

 というとこで、大変わかりにくく読みづらい文章だったと思いますが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいです。『学び合い』に出会って良かった。子どもたちの成長を涙が出るくらい嬉しく感じています。(でも、まだまだまだまだ初歩の初歩。奥が深いのも承知です。)どうもありがとうございました!!』

 私の返信は以下の通りです。

『有り難うございます。

ウルウルしています。

よかったですね。

あとは、手引き書にあるとおり「みんな」の徹底と、

夢を持ってください。

期待しています。』

 メールやりとりで、こんな感動をいただける。だから、真面目な先生からのメールに、ちゃんと返信を送ることはやめられません!それにしても、管理職があたたかく見守っていることがよく分かります。さて、

 昨年度は、埼玉県のS先生の授業を何度も見せていただきました、また、群馬県のY小学校先生方の授業を見せていただきました。それは、上越教育大学関係者のみならず、『学び合い』を学びたいと希望する先生方を誘って見に行きました。そこで教えてもらいました。「君たちの『学び合い』を見たいと遠くから見に来るんだ。君たちの凄さを見せてやろう」とクラスで言うと、子ども達が燃えます。そして、どんどん『学び合い』の質が向上します。そして、参観の当日は、ぐ~んと伸びるそうです。そして、その伸びた状態が、参観後も続くそうです。つまり、参観は子ども達を変容させる起爆剤になります。そんなことを教えてもらいました。それ故、『学び合い』の参観希望の方がいると、私は同志を紹介します。だって、それが同志のためになり、同志のクラスのためになることを確信していますから。

 残念ながら、『学び合い』の同志は、各県ごとにいるというわけではありません。しかし、他県に出張しても見たいという方は、是非、メール下さい。『学び合い』はイベントではありません。いつでも、ごく普通にやっています。だから、同志はそのためにことさら何かをするわけではありません。だから、いつでも受け入れOKです。ただし、行事や行事の準備のために授業がない日というのはありますので、事前調整した方が安全です。とりあえずは仲立ちを私がしますよ。

07/09/08(土)

[]洗脳18:08 洗脳中 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 洗脳中 - 西川純のメモ 洗脳中 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日富山市よりお一人が洗脳希望でいらっしゃいました。6時間半、みっちり語りました。来週からやられるはずです。まあ、1週間で『学び合い』は成立するだろう、と見立てました。

[]大きなかぶ 09:00 大きなかぶ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大きなかぶ - 西川純のメモ 大きなかぶ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子が教科書にある「大きなかぶ」を読みました。ご存じな方も多いと思いますが、おじいさんが大きなかぶを引き抜こうとしたがだめで、おじいさんをおばあさんを引っ張って手伝います。それでも抜けないので、孫、犬、猫、ネズミが一列に並んで引っ張るという内容です。でも、不思議です。そうしたら、おじいさんに負担が集中します。全員で直接、かぶを引いた方が良いのに、と思います。それを息子が5回読み上げている間中、気になりました。

 馬鹿馬鹿しいですが、こんなところが気になるのは、理科人ぐらいだと思います。

F-KatagiriF-Katagiri2007/09/10 16:25「大きなかぶ」には、思想的背景があるので、自然科学的には不合理なのでしょう。「思想的背景」というのは、「最終的には小さな力が全体の役にたつ」という、○○主義(忘れた)の思想です。かぶを引っ張る順番を、小さな動物たちからにすると、「結局は大きな力の強い者がものをいうんだ」と言うことになりますよね。

jun24kawajun24kawa2007/09/10 17:56な~るほど・・・
でも、それって子どもに説明しているんでしょうか?
説明していなければ、しょうがないですよね。

F-KatagiriF-Katagiri2007/09/11 20:50昨夜また息子にロシア民話を読みました。「ガラスの目と金の角のヤギ」だったかな?畑に入り込んだヤギを動物たちが追い払う話です。クマから始まって、結局ハチが追い出すことができました。ちっぽけと思われる動物が問題を解決した話です。「大きなカブ」と同じですね。たしか「大きなカブ」もロシア民話だと思います。

先生方はこの思想自体知らずに学校で扱っているんでしょうね。小学校低学年向けだったら、思想的背景よりもストーリー性の方が重要視されると思います。だって初めから成功したらお話は終わってしまいますから。

jun24kawajun24kawa2007/09/11 21:42素人考えですけど、息子は言葉のリズムを楽しんでいるように思います。

07/09/07(金)

[]アップ 21:59 アップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アップ - 西川純のメモ アップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの方に手助けされて「手引き書」をHPにアップします。今までの奥義書の改訂版です。もう少し手を入れたいと思っているし、コメント受けてからとも思っていました。しかし、それではきりがありません。とりあえずアップすることにします。コメントを受けながら改訂しつづけたいと思っています。

 また、「『学び合い』の玉手箱」というコーナーも作りました。ここには、授業プリントや学級通信などの様々な利用可能の情報をのせたいとおもっています。まずは指導案です。

 『学び合い』で指導案を書いたらどうかきますか?という質問を受けます。書き方は様々ですが、一例をアップしました。

 いずれもHPhttp://www.iamjun.com)の「『学び合い』を学ぶコーナー」の中にあります。関係各位のご協力に深く感謝します。

07/09/06(木)

[]プロ 17:43 プロ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プロ - 西川純のメモ プロ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先ほど、修士2年の現職院生さん3人と一緒に、ある学校サポートに入りました。その学校先生が『学び合い』を始めるための、最初の話し合いです。

 私は話し合いが始まると、その場から外れ、少し離れた席からじっと見ていました。ほとほと、感心しました。さすがプロです。院生さん、そして、その学校先生方という共に小学校教師のプロの会話は、音楽を聴いているようで心地良い。私には分からない言葉でしゃべっていますが、理解が深まっていることが分かります。時より、というより、しじゅう大笑いの声が響きます。

 現在、手引き書を書いています。しかし、何よりの教材は人であると、改めて思いました。

[]攻める 14:29 攻める - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 攻める - 西川純のメモ 攻める - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミの各位に、我がゼミのここ数年の基本戦略を説明しました。この一年で、大きな目鼻がたつと踏んでいます。ワクワク。

07/09/05(水)

[]不安なこと 16:10 不安なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不安なこと - 西川純のメモ 不安なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日お茶を飲みに控え室に行きました。お茶飲み場で、学部生+現職院生さんがゼミをしていました。私はお茶を飲みながら、好奇心旺盛なおっさん(即ち『学び合い』における教師)になりました。

 その中で、10月27日、28日に横浜で行われる教科教育学会の発表原稿を既に送っているということが判明しました。私は見てもいないし、それどころか、送ったということも知りません。そして、ゼミ生のだれも、私に見せようとも、報告しようとも思いません。だから、「あ、先生に言ってなかったですね」と満面の笑顔で事後報告がありました。まあ、ホウレンソウ(報告、連絡、相談)が大好きな校長だったら激怒するところでしょう。が、我がゼミセオリー通りですので、私は「あはは、そう」で終わりです。私がチェックしなくても、最高レベル発表原稿になっていることに関して、微塵も不安はありません。それだけの研究室ですから。

 が、不安になりました。というのは、今度泊まるビジネスホテルは、大浴場のあるビジネスホテルにしたいな~、と思っていたのですが、このままでは、私に関係なく決まりそうです。そこで、「ね、大浴場のあるビジネスホテルにしてね」とお願いしました。

 私は、ゼミ生の学会発表に関しては不安はありません。不安なのは学会参加で泊まるホテルの方が不安なんです。あはははは。これって、自慢しているんですよ。

[]洗脳終了 12:33 洗脳終了 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 洗脳終了 - 西川純のメモ 洗脳終了 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ただいま、洗脳を終えてご一行様はお帰りいただきました。今後が楽しみです。

[]記念日 12:33 記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 記念日 - 西川純のメモ 記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、息子が家内のおなかの中にいることを知った記念日です。8年前のこの日から、我々を幸せにし続けてくれています。

さとう@山形さとう@山形2007/09/05 19:27「最高レベルの発表原稿になっていることに関して、微塵も不安はありません。それだけの研究室ですから。」というところ、驚きです。「期待を裏切られた~」などと思うことがないわけですね。「信じる」とは、こういうことですね。

わたしはきのう、指導している放送委員の子たちに「ん~~、今日のは準備不足がひどかったねえ!」と言っちゃったばかりです。

HirarinHirarin2007/09/06 05:51>さとう@山形さん
大丈夫ですよ。先生は発表原稿を見ていませんが、ゼミ生は全員ゼミ生の原稿を見て何度もアドバイスをしてきました。お盆休みもそこそこにして学部生は頑張っていました。
学部生の原稿は、知らない人が見れば間違いなく修士レベルの原稿に仕上がっています。院生は博士レベル??でしょうか。
あとは「期待を裏切る発表」(←期待以上の発表で、先生が「怒る!」ことです)のために精進する、精進させるだけです。

jun24kawajun24kawa2007/09/06 08:56さとうさんへ
 駄目だったら、駄目と言っていいんですよ。本当は出来るのに、という信頼がありさえすれば。ね。
Hさんへ
 あはははは、まったくそうだね。セオリー通りです。『学び合い』は、子どもでも大人でも全く同じ。もちろん、我がゼミでもね。予想以上の発表を聞いて、「彼らの能力を見くびっていた俺はなんてバカなんだろう~」と泣く準備をして横浜に行きます。

さとう@山形さとう@山形2007/09/06 19:53>hirarinさん
「ゼミ生は全員ゼミ生の原稿を見て」いるということ、なるほど『学び合い』とはこういうものか!と思いました。
>先生
「信頼」は、もちろんあります。
「泣く準備」をしておきます(^_^)v

jun24kawajun24kawa2007/09/06 22:23俺は感激で泣きたいな!と宣言したらどうです。
私なんて、しょっちゅう言っていますよ。
さとう学級だったら、それに応えてくれます!

07/09/04(火)

[]洗脳15:02 洗脳中 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 洗脳中 - 西川純のメモ 洗脳中 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は大学での洗脳を終わり、飲み屋での洗脳をしました。あまり楽しい洗脳なので飲み過ぎて、昨夜はそのままバタンキューでした。本日も、朝から洗脳進行中です。

07/09/02(日)

[]ど偉りゃ~先生 22:26 ど偉りゃ~先生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ど偉りゃ~先生 - 西川純のメモ ど偉りゃ~先生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 県の課長・事務所長・県教育次長・県教育長・・、このレベルの人たちになると、私にとっては雲上人です。県庁の奥の院の、奥深い一室に鎮座ましましている方と思います。

 ところが、明日、上記のレベルの、ど偉りゃ~先生が指導主事の先生をお二人連れて、我がゼミの2泊3日の洗脳旅行のために、飛行機に乗ってこられます。洗脳旅行希望する最初のメールをいただいたときは、あまりにも気さくで普通の感じだったので、ど偉りゃ~先生とは感じませんでした(偉い先生だとは分かりましたが)。しかし、時間が経つにつれて、それが分かりました。

 昨年は校長先生が3泊4日の洗脳旅行に来られました。その先生も、今回と同じで気さくで普通先生メールだったので、校長先生と感じられませんでした。校長先生洗脳旅行希望することにビックリしました。ところが、今年は県教育行政の偉い先生洗脳旅行希望されるようになりました。この分だと、来年文部科学大臣洗脳旅行希望したりしたりして。あはははは

 日本教育の評価は必ずしも高くはありません。私の耳には、教育行政の問題が聞こえます。しかし、日本教育の懐は深く、広いと思います。日本には、地方大学一教師のところに、飛行機に乗って、数日の時間をかけて学びに来るど偉りゃ~先生がいるのですから。

追伸 あ、そうだった。忘れちゃいけない、Y県のM教育次長は、上越教育大学派遣院生の時と同じ若々しさと、気さくさを保っています。

07/09/01(土)

[]トップ 17:59 トップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - トップ - 西川純のメモ トップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、何気なく「学び合い」でググったら、本メモがトップになっていた。不動と思っていた、ベネッセさんを越えてのトップです。嬉しい。あとは、学び合いグループ、及び、同志のブログがもっと上位にヒットしてくれること願います。なお、それらは右にリンクを張っています。

[]何のため 15:39 何のため - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何のため - 西川純のメモ 何のため - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校で用意されたプリントを片手に、息子と散歩しました。プリントでは、「町の様々なところで観察し発見しましょう」レベル目的が書いています。息子と一緒に観察しましたが、「空虚な目的だな~」と感じながら観察しました。例えば「田舎のおばあちゃんに、住んでいる町を教えちゃおう」ぐらいの目的があれば、やる気も起こるし、情報選択の基準も明確になります。

[]再確認 07:24 再確認 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 再確認 - 西川純のメモ 再確認 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 全ての教室で、全ての教師が、全ての教科で、『学び合い』は可能であり、最善の道であることを信じています。個々の問題にぶち当たれば、心が揺らぐこともあることは確かです。でも、どう考えても、今の一斉指導の授業以下になることはありません。劇的な改善が無かったとしても、それだけは確かです。そして、どんな教室にいる子どもだって、充実した学校教育を受ける権利があります。そして、どんな教師であっても、教師という職業に誇りを持って1年を過ごしたいはずです。我々はそれに応えなければならない。

 関係する方々が私と同じ志を持っていることを信じ、願います。まずはK小学校です。まずは、Oさん、Fさん、Sさん、宜しくお願いします。『学び合い』の力は強力です。絶対い出来ます。そして、皆さんが地元に帰ったらやるべき事の前哨戦です。ワクワクします。

HirarinHirarin2007/09/02 05:28トップおめでとうございます。驚きました。
「何のため」の記事。勉強になりました。小1が夢中になる課題ですね。

jun24kawajun24kawa2007/09/02 06:50ありがとうございます。
ブログ開設半年でここまできました。

F-KatagiriF-Katagiri2007/09/02 15:43やりました!とりあえずの目標(メディア関連)は通過しましたね。あとはGoogleの機嫌を損ねないようにして、次の目標はNHK出演ですね。

jun24kawajun24kawa2007/09/02 16:08あはははは
それではお化粧の練習をし始めなければ