西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/06/09(土)

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不遜ながら言います。子どもの心を成長すること、成績を上げること、人間関係を向上すること・・・・、そんなことは簡単です。少なくとも、現状より良くすることは確実に出来ます。そんな我々の残された課題は、教師を変える、そして、学校を変える、です。現在、Sさんは、それを研究しています。そして、その成果を上げつつあります。しかし、教師を変える、そして学校を変えるために必要なこととは、分かってしまえば、とてつもなく当たり前のことです。そして、それは子どもにおいて我々が知っており、既に我々がやっていることなのです。

 「「忙しい!」を誰も言わない学校」で紹介している山田さんの研究によれば、異学年学習において構成する学年が2学年であるとき、強制ケースになります。しかし、3学年以上で構成するとき、経験交換ケースになります。さて、これを「教師を変える」に置き換えるならば、『学び合い』を理解できる教師とそうでない教師で話し合うならば、それは強制ケースになります。例えば、洗脳旅行においでになった方々と私が議論すれば、私は全ての疑問に対して完全に論破しまくります。結果として、洗脳旅行にこられた人はだまり始めます。しかし、論破されたとして、納得するという分けではありません。そのため、洗脳旅行においては、私と洗脳旅行に来られた方の他に、必ず西川ゼミ院生さんにいていただきます。考えてみれば、このことは山田さんの研究セオリー通りなんです。

 さて、学校で大きな研究をしなければならないとしたとき、研究主任はどのようにするでしょうか?大抵は、もっとも手強い先生にべったりついて説得します。これって、クラスの中で気になる子どもの脇に腰を下ろして教える教師と同じ愚を犯しています。だって、その子、その先生を説得できるのは、自分が一番だと誤解しています。しかし、「何故理科は難しいと言われるのか?」で書いたように、分かった人間が一番の教え手ではないのです。「その研究をやりたくない」と思っている先生を説得できるのは、「その研究は素晴らしい」と思っている研究主任ではなく、「その研究をやりたくないと思っていたの、でもね・・・」という先生なんです。

 逆に、自分の考えに近い、もしくは、自分が説得しやすい先生を呼んで、説得するというのも同じ愚です。そうすれば、先に挙げた2学年での話し合いになる危険性があります。むしろ、わざと自分の考えとは違って、自分が説得しにくい先生と一緒に説得する方がいい。そうすれば、そのような説得しにくい先生の疑問を代弁し、そして、その先生の納得する説明を考えてくれる。つまり、説得される側ではなく、説得される側に立たせることが可能です。

 「「忙しい!」を誰も言わない学校」を、「教師を変える・学校を変える」という視点で見直せば、実に示唆に富んでいます。教えると言うことを課さなくても、見える状態に置けば異学年交流が起こることを水落さんの研究は示しています。また、ゼミにおける会話研究した久光の研究は、研修主任のすべきことは「教える」ではなく、興味を持ち聞くことであることが示されます。

 同僚を変え、学校を変えようとする同志各位にメモります。教師であろうと、子どもであろうと、人間関係は同じです。『学び合い』において重要なのは、全員もれなく高まること、それが自分にとってもっとも良いという確信です。たとえ、あなたの大嫌いな「あいつ」が、全員の中にいたとしてもです。そいつを嫌いのままで結構です。また、そいつを、あなたが何とかする必要はありません。集団が形成されれば、あなたとは別なだれかが「そいつ」を何とかしてくれますから。