西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
ツイッター http://twitter.com/jun24kawa
『学び合い』メールマガジン参加者募集中!(無料)http://www.mag2.com/m/0000270912.html
『学び合い』マップ募集中!(無料)http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kokohagw/
授業公開の仲介のガイドライン http://dl.dropbox.com/u/352241/manabiai-data/koukai.pdf
だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

07/05/31(木)

[]不審者 21:58 不審者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不審者 - 西川純のメモ 不審者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 免許プログラムの院生さん達は観察実習です。我が息子の学校に行ったそうです。彼ら曰く、我が息子は図書室で難しい本を読んでいるそうです。そこで、息子に声をかけたが、嫌われたようだ、とのことです。そこで本日、息子に人に声をかけられたら、ちゃんと挨拶をすべきだ、と説教しました。しかし、息子によれば、知らない人だから応えなかったそうです。う~ん。

 息子には、学校では知らない人に声をかけられても、ちゃんと挨拶するべきであることを話しました。そして、学校の外で、我々が一緒ではない場合は、知らない人と話すべきではないことを教え直しました。M1のお二人さんへ、という事情があるそうです。ごめんなさいね。

 なお、私が「息子はハンサムだろう」と聞くと、0.5秒の迷いなく、「本当にハンサムです」と返事をしてくれました。そこで、「俺と似ているでしょ」と聞くと、0.5秒以上たって「はい」と応えてくれました。息子と私は「使用前・使用後」の関係にあります。あはははは

[]校長の授業 16:07 校長の授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長の授業 - 西川純のメモ 校長の授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日校長の授業を参観に行きました。事前にいただいたメールでは、子どもたちが学び合わないことを心配した内容だったので、ドキドキして参観しました。

 授業を見て笑いを押し殺すのに苦労しました、だって、学び合っているんですもん。一緒に参観した院生さんに「何が不満なんだろう」と言いました。子どもたちは一生懸命に学び合っていました。学習への集中は1時間とぎれることはありません。そこで、校長に「何が不満なんです」と聞きました。それによれば班内の学び合いはあるが、班を越えての学び合いがないとのことです。そして、「私は獣のようにゴチャゴチャした子どもが大好きなんです」とのことです。

 その校長は「学びの殿堂」で公開している佐藤準先生の授業を参観した先生です。そのイメージで捉えられているので、まだまだ学び合っていないと判断されていたのだと思います。しかし、校長が参観した佐藤先生クラスは、1年弱も『学び合い』の文化にどっぷり浸かっている集団です。それを『学び合い』を導入して2、3時間の子どもに求めるというのも「強欲」だと笑ってお話ししました。

 その後、校長とそのクラスの担任と西川研究室メンバーで懇談しました。授業中に見られた、班を越えた動きを阻害している教師の行動に関して指摘しつつ、『学び合い』の「考え方」を説明しました。その担任の先生が実に理解力のある先生です。クラスも良い状態にあります。

 私の見立てでは、阻害する行動をやめ、説教をし始めれば、あと数時間で校長も大満足の『学び合い』になるはずです。佐藤先生の授業が社会科だったので、校長の実践も社会科から始めました。しかし、『学び合い』がもっとも簡単なのは算数、理科、体育、家庭科であることを説明しました。そして、国語社会も「凝らねばならない」という囚われを捨てれば、本当に簡単だということを説明しました。

 小さな学校だけあって、小回りがききます。あの学校は大化けしそうです。ワクワク!

[]もし、学び合う学校上越地区に出来たら 16:07 もし、学び合う学校が上越地区に出来たら - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - もし、学び合う学校が上越地区に出来たら - 西川純のメモ もし、学び合う学校が上越地区に出来たら - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上記の学校帰り道馬鹿馬鹿しいことを思いつき、車中で笑ってしまいました。

 我がゼミ学生は、西川研究室洗脳結果、一斉学習において子どもたちがつまらなそうにしていることを「見え」てしまいます。従って、本当の気持ちとしては一斉学習をすることは苦痛です。が、世のしがらみの中、教育実習で一斉学習をしています。そして、私自身もそうしなさいと言っています。その学生からは、早く、『学び合い』で教育実習できる学校上越に出来たらいいと言われています。

 そこでです。もし、上越地区でそのような学校が出来たら、と想像しました。もちろん、西川研究室学生さんにとってはウエルカムです。ところが、その他の学生さんが実習にいったら面食らうでしょうね。だって、指導案は、本時の目標は「教科書○頁~○頁をクラス全員分かる」で終わりです。そして、予想する反応は「全く予想できない」になります。指導の展開の欄は「一人一人違う」です。教師の支援は「ニコニコして喜ぶ」となります。そして、指導教諭の人は「大丈夫だから、子どもたちが勝手にやるから」と言って、職員室でお茶を飲んでいるかも知れません。あははははは

 指導教諭のいないクラスで、実習生は指導されたとおり、「教科書○頁~○頁をクラス全員分かる」と言ったとたんに子どもたちが立ち歩きはじめ、私語をし始めます。呆然としている状態で授業が終わります。こりゃ悪夢だ・・

 そこで、バカな想像は進みます。そんなことで教師になろうと思っている熱意のある学生さんが落ち込んでは大変です。そこでです。担任の先生子どもたちに課題を与えます。その課題は「実習生を楽しく授業させて、教師になりたいという熱意を高めよう」というものです。そして、担任から実習生の指導案が子どもたちに渡されます。もちろん、一斉授業形式です。そこで、子どもたちは、その指導案を検討し、それぞれの役割分担を決めます。そして、おそらくその実習生が予想する誤答を発言する子、それに絡む子、そして、時間を見計らって実習生が望む答えを言う子が決まります。もし、その実習生の指導案があまりにも稚拙である場合、担任に「せめて、ここの部分はこのように直すよう指導して」と依頼が来ます。その様な準備のもとに、実習生は授業をします。そして、大成功だと思いこみます。実習最終日には、おきまりの「良い先生になって下さい」という寄せ書きが子どもたちより渡され、実習生は大泣きします。

 実習生が帰ってから、職員と子どもたちで検討会が行われます。そして、子どもたちは最後に、「あ~、大変だった。でも、あの人が先生になる気持ちを高められたとしたならば、それで良しとしなければ」と大人びた声で言うのです。あはははははは

 こんな馬鹿話をしていたら、学卒院生から「そんな学校に実習に行きたくない」と言いました。しかし横から現職院生さんからは、「大丈夫、その実習生は最後まで分からないから幸せよ」とのことです。

 『学び合い』の成立したクラスでは、子どもたちはどんどん教師のような振る舞いをします。ちなみに、私が笑っているのは、そんなことは起こるはず無いと思って笑っているのではありません。このレベルのことは『学び合い』の成立したクラスでは実現可能です。私が笑っているのは、これが本当に実現できるからです。あははははは

MizuochiMizuochi2007/05/31 20:48校長先生が授業をされ、大化けしそうという学校の方から
ぜひ、フォーラムに発表していただきたいですね!
いかがでしょう?
もちろん、Y小も!

jun24kawajun24kawa2007/05/31 21:59まったくです。

inoueinoue2007/05/31 22:45なるほど。「強欲」は禁物。(笑)
「学び合い」道に新たな教訓。ありがとうございます。

あべたかあべたか2007/06/01 04:55>私の見立てでは、阻害する行動をやめ、説教をし始めれば、あと数時間で校長も大満足の『学び合い』になるはずです。

という文章に興味を持ちました。わたしは、無意識のうちに「阻害する行動」をたくさんとっているのではないかと思っています。
「失敗学のすすめ」ではありませんが「学び合い」の授業を進めようとする先生方に対する「阻害する行動」事例集を、どこかに書いていただけませんでしょうか。
「失敗」を知ることで、良い方向へ導くことができそうな感じがします。

OB1989OB19892007/06/01 06:12校長の授業は信濃の国のI中学校ですか?そんな学校に実習生を配属してデータを取ってみたいですね(笑顔でニコニコしながら)。

jun24kawajun24kawa2007/06/01 08:24あべたかさんへ
「お応え」します。
簡単に言えば、子どもたちが立ち歩く前に、
教師が机間巡視をして、教えてしまっているんです。
そのため、子どもたちは立ち歩いて情報収集するのではなく、教師が来るのを待っています。
授業を見ていると、遠くからでも「教えているな~」と分かります。
だって、子どもの脇に座っていますから。あはははは

OB1989さんへ
な、なんと上越市の小学校なんですよ。

jun24kawajun24kawa2007/06/01 08:30inoueさんへ
望みは高く、現実には柔軟にです。
従って、強欲で良いんです。
昔のアニメの一休さんの歌にあるように
望みは高く、果てしなく、です!
ただ現実に押しつぶされることなく、理想に向かって、今できることを積み上げることが大事ですよね。

inoueinoue2007/06/01 18:38あっ!「強欲」でいいんですね。ありがとうございます。
「学び合い」道の新たな教訓・・・「強欲」にすすめよ。

あべたかあべたか2007/06/02 04:40「お応え」ありがとうございます。
なるほど。これは、わたしにも理解できます。
無意識にやることがあるかもしれませんので、意識したいと思います。
ありがとうございます。

07/05/30(水)

[]結婚記念日 21:31 結婚記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 結婚記念日 - 西川純のメモ 結婚記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 15年前の本日、こんな私を家内は拾ってくれました。感謝本日は、焼き肉屋に行きました。く、る、し~

OB1989OB19892007/05/31 04:52祝!15回目の結婚記念日おめでとうございます。我が家も今月でした。赤いナイロンザイルであることを感じます(笑顔でニコニコしながら)。

jun24kawajun24kawa2007/05/31 08:37ありがとうございます。
カアチャン孝行しましょうね

07/05/29(火)

[]『学び合い』の定義 22:29 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私なりの『学び合い』の定義を書きたいと思います。

 『学び合い』は生きています。どんどん成長しています。だから、それを定義することは難しいです。だって、今の時点の『学び合い』で定義すると、来年には違うものですから。でも、ずっと不動のものがあります。それをもとに定義すると以下の通りです。

 『子ども達を有能と確信し、逆に言えば、教師の限界を自覚し、学校教育目的である人格の完成を、全ての子ども、全ての時間で一貫して実現する教育』です。

 いわゆるグループ学習との比較で言えば、教師の「出」が多いか少ないかで判別できます。それは、子ども達を有能と信じているか否か、逆に言えば、教師を万能と思うか限界があるかの違いです。

 心だけ、学力だけ、体力だけの向上を目指すのは我々ではありません。人格は、知育、徳育、体育が三つそろっていなければなりません。一つだけを取り上げて伸ばすことは無理です。

 特定の子どもだけをターゲットにしたものは我々ではありません。逆に、特定の子ども(例えば特別支援の子ども)を除外する教育も我々ではありません。

 ある時間の10分間だけ、とか、国語だけ、というのも我々ではありません。それは、テクニックとしてのグループ学習にすぎません。我々は教育の考え方を大事にします。教育は何かが、教科によって、学年によって、単元によって、コロコロ変わるはずありません。もちろん、諸般の事情(例えば、管理職のご命令、また、自分自身が試行錯誤している等々)で限定的なものになるのは当然です。しかし、最終的に目指すものは上記の通りであると願うべきと思います。

 上記によって、我々と他とがハッキリ分かります。

 おそらく、我々が今後、どんなに進歩しても、上記を極めることになると思いますが、外れることはないはずです。

[]校長 22:29 校長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長 - 西川純のメモ 校長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の同志である校長からメールが来ました。異動直後なので、どう動くか黙って待っていました。校長からのメールは、異動先の学校で『学び合い』の授業を試み始めたが、それについてのアドバイスを求めるものです。さっそく、サポートする旨の電話をしました。

 その校長の指導のもと、中堅教師が実践したと判断し、サポートの相談を話しているうちに、そのメールの授業者は校長本人であることを知りビックリしました。

 私は校長が『学び合い』の授業をすることを万人には勧めません。校長校長の役割がありますから。でも、その校長の人となりを知っているので、さもありなんと思い、ニコニコしました。以前から、『学び合い』の授業をされて、それの自慢メールをいただいている教頭先生を知っています(O先生、あなたですよ)。

 こんなことが起こるのは『学び合い』の素晴らしさです。『学び合い』を実践している先生方は本当に幸せです。ライブを参観した人だったら、自分もああなりたいと思うのが当然です。校長も、教頭も。だから、我慢できなくて機会を設け、『学び合い』をしたくなるのもしょうがない。だって、本当に幸せですから。そして、自慢したくなるのも、しょうがない。そして、その自慢で私は幸せになれます。そして、その学校で何が起こるかを想像すると、ワクワクします。

 私の自慢です。世のあまたの教育の中で、その授業を見ているうちに、校長・教頭がやりたくなる、そして激務の管理職が出来るような教育が他にあるでしょうか!

F-KatagiriF-Katagiri2007/05/31 11:11『学び合い』の定義は、「学び合い」の定義ではなく、『学び合い』の理念の説明ですよね。うーん、これを体得してもらうのが難しい。武道のようですね。

jun24kawajun24kawa2007/05/31 14:35笑い事ではなく
『学び合い』道の世界になりそう・・

07/05/28(月)

[]新ブログ 22:33 新ブログ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新ブログ - 西川純のメモ 新ブログ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の同志のブログは、このブログが属しているManabiaiグループにあります。右の「最新日記一覧」をご覧下さい。また、「学び合い」でネット検索して、ざっと記事を読めば、同志のブログかどうか分かります。また、『学び合い』と使っていれば同志だと直ぐに分かります。どんどん、同志が情報発信してただいています。嬉しい。

 この前の埼玉での会で『「学び合い」の道は、油断せず、あきらめず、そして、楽しく。 』との名言を使いながら、飄々と『学び合い』の実践を語られたI先生に、「ブログを作ってください。そして情報発信してください」とお願いしました。そしたら、もう、作られました。http://blog.goo.ne.jp/goo0124-1969です。

 出来るだけ、高頻度で更新し続けることが、ブログで大事だと思います。量によって質は自ずと高まるものだと思います。というより、私自身がI先生の語りをいっぱい読みたいと期待しつつ、紹介いたします。

[]選択 08:34 選択 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 選択 - 西川純のメモ 選択 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 これを読まれている方には、何らかの主任を務めてられる方も多いと思います。中には、教頭(副校長)、校長の方もおられると思います。そうでない方も、自分がそうだったらと想像してください。

 あなたが勤められているのは、教員数三十数人の大規模な学校です。でも、なかなか大変な職員集団です。心の病で休みがちの先生もいます。回りの先生方としょっちゅう大げんかをする先生もいます。教職経験が少なく、要領の悪い先生もいます。そして大多数の先生は、それなりの能力はあるのですが、やる気がなく、自分の仕事が要領よく終わらせて、さっさと家に帰ります。三十数人の先生方には、十弱の派閥があり、喧嘩をするわけではないですが、関わりは少ないようです。もし、このような学校に勤めていたとします。あなたは○○主任、もしくは管理職として、学校全体の企画を成功しなければならないとします。どうでしょう。「ふ~」というため息が聞こえるようです。おそらく、あなた一人が殆どの仕事をこなし、それをみんな仕事のように形を整えるという戦略を採るでしょう。そして、ヘトヘトになるでしょう。

 そこで神様(まあ、ものすごい権力を持った管理指導主事もしくは課長・次長)が現れました。神様から二つの選択肢を与えられ、そのうちの一つの願いを実現しようと言われます。

 第一は、そんな先生方を直ちに他校に異動させます。そして、あなたが願う、どんな先生でも良いから「一人」その学校に異動させます。その先生はどんな先生でもOKです。例えば、「大村はま」、「斎藤喜博」でも結構です。ただし、その先生お一人に学校をおしえてていただきます。

 第二は、教師の全取っ替えは同じです。その代わりに三十数人の人をその学校に異動させます。ただし、ごく普通先生です。それなりの能力のある先生もいますが、要領の悪い先生もいます。そして、大多数は普通先生です。ここまでは、今の学校と同じです。違うのは、殆どの先生(つまり必ずしも全員ではありません)がやる気を持っています。能力のある先生普通先生も要領の悪い先生も、とにかく、自分の最大限で問題を解決しようとします。そして、三十数人は学校目標を実現するために「一丸」となれる先生方です。誰かが困ると、すぐに誰かのところに相談に行き、それでも解決できないと、いつのまにか回りの先生方が集まって解決します。

 さて、あなたは、どちらを選択しますか?おそらく、迷い無く「第二」を選択するはずです。第二の学校だったら、素晴らしいことが出来ることは自明と思います。一方、「第一」は絶対に選ばないはずです。それを選ぶぐらいだったら、現状のバラバラ教師集団の方がまだ良いはずです。だって、三十数人規模の学校を、どんなスーパーマン教師だって一人で教えられないのは理の当然です。

 さて、何人かの同志だったら、上記は何を意味する寓話だと察したのではないでしょうか?上記を「先生」を「子ども」に「学校」を「クラス」に置き換えてください。

 第一は、あなたが願う、どんな先生でも良いから「一人」そのクラスに異動させます。その先生はどんな先生でもOKです。例えば、「大村はま」、「斎藤喜博」でも結構です。ただし、その先生お一人にクラスを教えてていただきます。

 第二は、三十数人の子どもたちは、ごく普通子どもです。それなりの能力のある子どももいますが、要領の悪い子どももいます。そして、大多数は普通子どもです。ここまでは、普通クラスと同じです。違うのは、殆どの子ども(つまり必ずしも全員ではありません)がやる気を持っています。能力のある子ども普通子どもも要領の悪い子どもも、とにかく、自分の最大限で問題を解決しようとします。そして、三十数人は学校目標を実現するために「一丸」となれる子どもたちです。誰かが困ると、すぐに誰かのところに相談に行き、それでも解決できないと、いつのまにか回りの子どもたちが集まって解決します。

 上記のように書き換えられます。我々から見ると、一斉学習や、そして今までの全ての教育論は、第一を目指しているとしか思えません。そして、それは、三十数人の多様性を低く見積もっている一方、一人の教師の能力を高く見積もっているからです。しかし、三十数人の分かり方は全部違う、三十数人の性格は全部違う。その多様性が、現状の教師が考える教師三十数人規模の学校クラスの多様性を越えるものです(従って、「教師が三十数人規模の学校クラスの多様性」の「本当」の多様性は気が遠くなるほどです)。一方、我々教師は凡夫にすぎません。全ての時間を費やしても、「大村はま」、「斎藤喜博」にはなれません。そして、そのレベルであっても、三十数人の子どもの多様性には対応できません。

[]夢 08:34 夢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夢 - 西川純のメモ 夢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前の埼玉での研究会でAbさんと一杯話しました。その際、子どもたちが主体的になったとき実現できる、多くの人が荒唐無稽と思うような夢を語り続けました。それを聞いたAbさんから「先生は本当に子どもの能力を信じているんですね」と言われた。思わず、ニヤリとしました。同時に、私が「夢」と書いていることを正確に表現しないといけないなと感じました。

 私が本ブログに書いている「夢」、また、色々な人にお話しする「夢」は、実現できるかどうかがハッキリしていないから夢なんです。が、ハッキリしていないのは、それをまともに信じてやってくれる人、そして、その人を許す学校が生まれるか否かがハッキリしていないという「部分」がある故に夢なのです。もし、ある人がそれをやったとき、実現するかに関しては、全く不安がありません。だって、私は子どもの能力を信じていますから。ただし、根拠無く信じているわけではありません。上記の「選択」で書いた以下の学校想像してください。

 『それなりの能力のある先生もいますが、要領の悪い先生もいます。そして、大多数は普通先生です。ここまでは、今までいる学校と同じです。違うのは、殆どの先生(つまり必ずしも全員ではありません)がやる気を持っています。能力のある先生普通先生も要領の悪い先生も、とにかく、自分の最大限で問題を解決しようとします。そして、三十数人は学校目標を実現するために「一丸」となれる先生方です。誰かが困ると、すぐに誰かのところに相談に行き、それでも解決できないと、いつのまにか回りの先生方が集まって解決します。』

 そんな学校で出来ることを想像してください。私はそのように考えているので、爪のあかほどの不安もありません。だから、それをやっていただける方の耳には、しつこく語り続けます。

 私は子どもの能力を信じています。正確に言えば、子ども集団の能力を信じています。一人一人の子どもの能力は、教師と同じぐらい有能であり、教師と同じぐらい愚かであると考えています。教師と子どもには経験の違いがあります。しかし、その程度だったら、良質なテキストを与えれば、それを読み取れる子どもはいますし、その子から回りの子に広げます。そのような子どもが三十数人の集団となって課題を解決したら、、「大村はま」、「斎藤喜博」を軽く越えます。だって、どんなスーパーマンだって、分身の術は使えないし、24時間しかないという物理法則に縛られています。一人の人間が三十数倍の能力は発揮できないことは、バカみたいに当然のことです。

 例えば、ある子ども2ケタの足し算の引っかかっていたとします。別な子が、その子がどこに引っかかっていることを同定し、それに対して説明するにどれだけの時間がかかるでしょうか?それが2分としましょう。想像してください、、「大村はま」、「斎藤喜博」だったら、その三十数分の一の時間(即ち、3、4秒)で出来ると思いますか?

 逆に言えば、そんな程度のことしかやっていないのにもかかわらず、指導したと教師が誤解できる程度のことなのですから、三十数倍かければ、本当に分からせることが出来ます。

 こんな小学生でも分かる理屈から、私は子どもの能力を信じています。

 追伸 従って、教師の仕事は、目標の設定、評価、環境の整備であると考えています。

あべたかあべたか2007/05/29 05:53いえいえ。
荒唐無稽にはうつりませんでした。
ちょっとした一歩がポイントなんですね、きっと。
そして、それを共に歩み出す仲間がいるといいのかなぁ……。

jun24kawajun24kawa2007/05/29 12:58あはははは
あべたかさんには荒唐無稽に写らなかったと思いますよ。
だから、あそこまで熱く、暑苦しく語りました。
あべたかさんの指摘のように、我々に今必要なのはネットワークです。どのようにしたらいいか、知恵を下さい。
その筋では全国的にもオーソリティですので。(謙遜しちゃ駄目ですよ)

07/05/27(日)

[]運動会 16:50 運動会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 運動会 - 西川純のメモ 運動会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、息子の小学校運動会がありました。50m走では1位になりました。嬉しい!息子が回りの子ども自然に関わっているのを見て、もっと嬉しい!

HirarinHirarin2007/05/28 05:17それはよかったですね!
我が家は常にビリです。一昨年は保育園の運動会で3人ともスタートさえできませんでした。
でも昨日の幼児レースではトップでした。「風船」という大きな目標があると違いますね。

jun24kawajun24kawa2007/05/28 07:40本当に、そのころの成長は凄いですよね!

07/05/26(土)

[]本日の会 22:42 本日の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日の会 - 西川純のメモ 本日の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日埼玉で『学び合い』の会がありました。

 まず、本日の会を企画・運営していただいた事務局の方々に感謝します。とっても良い会でした!有り難うございます。

 本日発表の方に感謝します。特にI先生、期待していますよ~ん。

 そして、全国から集まった参観者の方々に感謝します。皆様のおかげで、良い会になりました。今後も宜しくお願いいたします。

 古くからの同志、新しい同志の方々と会いました。嬉しかった。ネット上で知っていた方の実物の顔を見てびっくりしました。本当に若々しい方々ばかりです。多くの方より、自慢をいただき、嬉しくなりました。教師ばか(親ばかと同じ種類です)になって、自分のクラス子ども達の自慢されるのを、聞くことは本当に心地よい。幸せな気分になれます。ブログをお持ちになってない方には、ブログを立ち上げて、リアルタイム子ども達の凄さを自慢して欲しいとお願いしました。

 多くの方に、「夢」を語りました。私にはとても出来ない夢ですが、その方々なれば、実現できる夢です。ワクワクします。

 あ~~楽しかった!あ~~楽しみだ!

OB1989OB19892007/05/26 23:03今日はありがとうございました。特別支援教育についてのご講演は素晴らしかったです。ICレコーダを持って行こうかどうしようか迷った末に置いていってしまったことを悔いています。

jun24kawajun24kawa2007/05/27 07:08ありがとうございました
是非、長野でも会を企画してくださいね
参上します。

あべたかあべたか2007/05/27 16:42西川先生の熱き思いに圧倒されっぱなしのわたしでした。
新潟では、西川先生がよくおっしゃる「自慢話」がたくさんできるように実践を重ねたいと思います。
本当にありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2007/05/27 17:35あべたかさんの自慢話、すんごく、期待しています。
子どもを信じる心は、打ち出の小槌です。

酔睡亭酔睡亭2007/05/27 21:47お世話になりました。たくさんの「はてな」をいただいて、わくわくしています。それからすみません、黒麦酒の話、書いてしまいました。いやあ、あまりにも美しかったのでf(^^;。また、よろしくお願いいたします。

inoueinoue2007/05/27 22:05西川先生、ありがとうございました。ブログを開設しました。リアルタイム「学び合い」道を発信してまいります。!(^^)!

jun24kawajun24kawa2007/05/28 07:39酔睡亭さんご苦労様でした。強行軍で参加いただき感謝します。
「はてな」の種を大きく育てて下さいね。
その花を観賞したいと思っています。

inoueさん。
さすが疾風の対応ですね。
ブログアドレス教えてください。

07/05/25(金)

[]サイン 22:41 サイン - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サイン - 西川純のメモ サイン - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、大学の同級会がありました。その際、教師ではない同級生(日本たばこに勤務)から、我々の本を三種類出され「サインしてくれないかな~」と言われました。キョトンとしました。そして、笑いながら、「売るとき安くなるよ」と私が言うと、「かみさんは、こういうの喜ぶんだよ」と彼が言うので安心してサインしました。それを今日、急に思い出しました。

 明日の会で、本を著者割引でお分けします。ご希望でしたら、サインします。お気軽に声かけてください。なんなら、「キスマーク」もしますよ。あはははは

[]反省・・ 15:55 反省・・ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 反省・・ - 西川純のメモ 反省・・ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 だめだな~。お茶室に行って一服しようとしたら、院生ゼミがやっていました。思わず、しゃべりすぎました。イエローカードをいただきました。反省。

[]明日 15:55 明日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明日 - 西川純のメモ 明日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日の埼玉での講演で何を語るかを決めました。『学び合い』での特別支援を語ろうと思います。

07/05/24(木)

[]泣く 21:50 泣く - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 泣く - 西川純のメモ 泣く - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生の成長の凄さに泣きました。明日、もっと泣きます。

07/05/23(水)

[]夢 22:32 夢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夢 - 西川純のメモ 夢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2006年8月31日メモに書かれてあるように、我がゼミでは1時間半の全体ゼミで「27秒も」しゃべると注意を受けてしまいます。本日は実に4時間も修士1年のゼミ生の方々と話しました。なぜなら、目標の設定の段階では教師は語るべきだからです。そこでは「夢」を語り続けました。常識人であるゼミ生の皆さんに対して、一般的には荒唐無稽と思われる「夢」を語り続けました。そして、ゼミ生の皆さんが「それは出来ない」という常識的な理由を、どんどん論破し続けます。

 今は夢です。しかし、今では常識となっていることの多くは、数年前までは荒唐無稽の夢でした。が、夢を願うことによって、それは実現することが出来ます。宝くじのうたい文句じゃありませんが、買わなきゃ当たりません。そして、今までの勝率で言えば、十割なんです。

 一度出来ることが分かると、次は普通に出来ることが分かり、次はとてつもなく簡単にできることが分かります。それが、過去荒唐無稽の夢がたどった経過です。そして、現在荒唐無稽の夢がたどるであろう道です。

[]『学び合い』の定義 21:36 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ 『学び合い』の定義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生達が話しているのを、ソファーで半分寝ながら聞いていました。それによると、他研究室の人から『学び合い』の定義は何かを聞かれたそうです。黙っていました。しかし、この問題は重要なので考える視点を与えたいと思います。(みんな~、見ているよね~)

 『学び合い』は生きています。毎年毎年、成長している概念です。5年前の我々も『学び合い』を研究し、実践していました。しかし、5年前の我々を、今の我々は笑うことが出来ます。なんて愚かだったんだろう~、と。いや、1年前の我々でさえも、その愚かしさを笑えます。そして、来年の我々は、今年の我々を笑うでしょう。我々は日々成長しているます。従って、外的な特徴によって定義しようとしても駄目ですよ。例えば、「教師の発言時間が授業時間の半数以下であり、最終的には数秒レベルになる」とうのはアウトです。そんなのは変わる可能性があります。

 我々が最初に『学び合い』を取り組み始めた最初から、不動の考え方があります。我々はその考え方の意味の深みを発見する営みをしているのです。それは何か?皆さんで考えてください。おそらく、答えは簡単でしょうが、その考えの深みの凄さは、私も推し量ることは不可能です。

[]何を褒め、何を止めるの? 18:18 何を褒め、何を止めるの? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何を褒め、何を止めるの? - 西川純のメモ 何を褒め、何を止めるの? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 munehiroさんより、ご指名の質問を受けました。とても大事な質問なので、可視化します。

 munehiroさんの質問は『学び合い』の授業で机間巡視をしている際、どんなことを褒め、どんなことを叱り、逆に言えば、どんなことを褒めず、どんなことを叱らないか、の基準は何かを聞かれました。

 「学び合いの仕組みと不思議」にも書きましたが、褒め、とぼけ、つぶやくは、有効です。それに関する質問です。

 結論から言えば、ノウハウではなく、徹頭徹尾、考え方が大事です。つまり、「褒めるべきものとしては・・・・」という一覧表を作ろうと思えば、作れますが、あまり意味がありません。何故かと言えば、授業は生き物ですので、同じ事項であっても、ある時は褒める場合もあり、ある場合は叱る場合もあり、ある場合は言わない場合もあります。それ故、一覧表は無意味です。結局、ご当人が「良い」と感じたものを褒め、「駄目だ」と感じたものを叱ればいいのです。しかし、考え方に根ざす、いくつかの注意が必要です。

 第一に、教師が何とかしようとするのはクラス集団であり、子どもではないということです。ある子どもが、駄目なことをした場合、その子を叱りがちです。しかし、それは無意味です。その子を変えることが出来るのは、教師ではなく、回りの子です。教師が叱って何とかしたとしても、それでは教師の目を盗んで叱るべきことをします。教師の目は盗むことは出来ます。しかし、同級生全ての目を盗むことは出来ません。そのためには、「その子」を叱るのではなく、「その子」のやったことが生じることを許したクラスを叱ります。その方が、「その子」にとってプレッシャーになります。そして、それ以上に、クラス全員に何が悪いかを伝えることが出来ます。

 ある子が良いことをしたとします。教師は、その子を勇気づけようとして褒めようとします。それもあまり意味がありません。教師から褒められてやるような「その子」では持続力はありません。回りの子どもに褒められることの方が持続力がある。さらにもっと重要なのは、その子を褒めることより、そのようなことは大事なことだとクラス集団に伝えることが重要なんです。それ故、褒めるにせよ、叱るにせよ、クラス全体に対して伝えることが大事であることを忘れてはなりません。これが心に落ちているならば、どのような方向を向いて語るべきか、声の大きさ、口調、速度などのテクニックレベルのものは、巧まずとも自然に出来ます。

 第二に、教師の仕事目標の設定と評価であり、方法は子どもの考えるべきことです。従って、基本的に方法のレベルで褒めたり叱ったりすることは避けるべきです。教師から見て、駄目だな~、と思うような方法をやっていても、その方法を注意するのは避けるべきです。強いて行う場合は、目標は何かを再確認して、「みんなの考えた方法で、全員出来るのかな~」としらっとぼけて語ってください。また、良い方法を子ども発見して、それを広げたいと思った場合、「すげ~な。教師生活長いけど、こんな凄いのは初めてだ~」と大げさに褒めて結構です。ただし、「この方法の良い点は・・」と解説しては駄目です。ごくごく一般的に褒めるべきです。教師が解説してしまうと、その方法の良さが矮小化されます。その方法の良さの詳細を語るのは教師ではなく、「その子」、「その班」です。

 第三に、褒め、とぼけ、つぶやく、ことは有効です。しかし、それをずっとしなければならないとしたら、教師の負けと考えてください。けっきょく、テクニックにすぎません。そんなテクニックが教師の職能の分けはない。我々の目指すべきは、教師の目指すものが子どもの中に内在化することです。それが成立すれば、そんなものは必要ありません。それを求めている教師がいる、それだけで十分です。それが目指すべき姿であることを忘れてはいけません。

 ただし、例外は二つあります。身体事故に関わる事項、人権侵害員関わる場合は、直ちに、厳しく、かつ、詳細に、語るべきです。『学び合い』のトライアンドエラーが許されない事項ですので。

[]学校図書 12:20 学校図書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校図書 - 西川純のメモ 学校図書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志各位に提案です。西川研究室の本を御校の図書館(職員室のではありません)に置きませんか?そうすれば、同僚、親、子どもが読むことが出来ます。全ての同僚、全ての親、全ての子どもが読み取れるわけではありません。そんなことは無理です。が読み取れる同僚、親、子どもがいるはずです。そこから始める口コミの有効性は、同志各位は知っているはずです。

1kawa1kawa2007/05/23 13:32早速実践しますね!購入時期がまだですが、すでにリストアップしてあります。おそらく、購入することになります。

jun24kawajun24kawa2007/05/23 18:23同僚、親、子どもの洗脳に有効に使ってくださいね。
自慢話、期待しています。

munehiromunehiro2007/05/23 18:40「そんなテクニックが教師の職能の分けはない。」
なんと素敵な言葉でしょう。これを実感できます。真実に歩いている気がします。
詳しく教えていただきありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2007/05/23 21:17有り難うございます。
『学び合い』に完成形はなく、我々は常に悩みながら進んでいます。ただ方向に関しては確信はあります。悩みながらも進んでいく、その時、子ども達が答えを出してくれます。
迷わず進め、あなたの後には道は出来ています。

makine45makine452007/05/24 17:43明日教室に置きます。

jun24kawajun24kawa2007/05/26 22:52その後の様子、教えてくださいね。
きっと、教師レベルのことは直ぐに越えるでしょうね。

07/05/22(火)

[]かわいい 22:00 かわいい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - かわいい - 西川純のメモ かわいい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々のセオリーから言えば、教師は個に繋がるのではなく、集団に繋がるべきです。個に繋がるのは、子ども達の集団であるべきです。

 分かっています。そして、自分にそれを課します。

 が、45歳以上のおっさんから、二十歳を超えたばかりの「坊や」まで、担任している子ども、担任していた子どもは、本当に可愛い!

 感覚としては、「孫」のかわいさのようです。つまり、責任を負わなくても、どんどん成長する身内の感覚です。

[]テストの点数の補足 08:10 テストの点数の補足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - テストの点数の補足 - 西川純のメモ テストの点数の補足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 前日の、「テストの点数」に関して補足します。あのメモの中に、我々の根本的なエッセンスが含まれています。

 第一に、我々は教師が求めるものを直截に子どもに求めます。そのためには「結局、何を目的としているのか?」を考え、虚飾をはぎ取ります。

 第二に、ことさら目標に「ひねり」を入れず、直球勝負です。なぜ「ひねり」を入れないかといえば、子どもたちの関わりの中で、教師の「ひねり」以上のものが生まれると信じているからです。

 第三に、目標は教師の仕事ですが、どうやるかは子ども仕事と考えています。それは、子どもの方が素晴らしい方法を考え出せるという信頼です。しかし、それ以上に、時間的・物理的・能力的制約からかんがえて、教師は「たいして」凄い方法を考え出せないと言うことを、「理論的(小学校数学でも証明できるレベルですが)」に知っているからです。

 だから、目標を与え、その意味を納得させるのは教師ですが、その後は子どもがやります。

07/05/21(月)

[]テストの点数 21:31 テストの点数 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - テストの点数 - 西川純のメモ テストの点数 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 なんやかんや言っても、テストの点数が上がらないと辛いものがあります。とくに、『学び合い』という怪しげなものにかぶれて、学級崩壊させていると疑われているとなおさらです。では、どうやったらテストの点数を上げることが出来るでしょう?

 答えは簡単です。子どもに、テストの点数を上げろ、と求めるのです。そして、上げなければ、ものと一斉学習に戻さざるを得ない、と正直に語ります。そして、どうしたらいいか?と相談するんです。

 簡単でしょ。でも、多くの教師はそれをせずに、自分一人で悩んでしまいます。コロンブスの卵です。

[]布パンツ記念日 21:32 布パンツ記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 布パンツ記念日 - 西川純のメモ 布パンツ記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「布おむつ」→「紙おむつ」→「夜のみの、トレーニングパンツ」→「夜のみの、パッド」との変遷を経て、息子の申し出により、パンツだけで寝ることになりました。

[]だまし絵 17:38 だまし絵 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - だまし絵 - 西川純のメモ だまし絵 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が同志のブログhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20070520)のコメントに「だまし絵」という表現がありました。素晴らしい表現だと思いました。

 だまし絵はそれが一度見えると、それが見えないのが不思議に思えるほど、ハッキリ見えます。が、見えない人には、全く見えません。『学び合い』の授業も「だまし絵」の様なものです。見える人には、ハッキリと見える、見えない人には全く見えません。

 幸か不幸か、私が関わる人は、その「だまし絵」が見える人、また、見ようとする人が圧倒的大多数です。一方、我が同志の方々は、「見えない人」(中には見たくない人もいます)のただ中にいます。このことを心にとめる必要があるな、と思いました。

07/05/20(日)

[]感激二つ 22:35 感激二つ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感激二つ - 西川純のメモ 感激二つ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前から、同志各位にお願いしていることがあります。

 我々の『学び合い』の広報活動を一人で担うには重すぎます。是非、研修会や本をどんどん私と関係なく企画、実行してねとお願いしております。本日、ある方のブログを読みながら、その萌芽を感じました。嬉しい。

 以前、ある同志から教えてもらいました。ある教育に関する運動が、大きな運動になったのは、多くの実力のある方が、「かって連」のように自律的に動き出したからだそうです。今の時代、統制された運動より、分散化された運動の方が良いに決まっています。その分散化された運動を統制するのではなく、サポートするような組織とは何かを考えたいと思います。

 もう一つの感激があります。

 ある同志から、以下のメールをいただきました。

『今度、○○研修が本校で開かれ、私が示範授業をすることになりました。学び合いでやると言ったら、普通の授業を見せてやってくれないかと頼まれました。子どもが不幸になるようなことは進んでできないので嫌です。とは言ってませんが、着任当時、僕はこういう考えで授業をやりますといってあるので学び合いの授業を公開します。提案については、しなやかに、したたかに(でしたっけ)駆逐していきます。ありがとうございます。』

 「子どもが不幸になるようなことは進んでできないので嫌です。」というのは、我々の共通した気持ちです。が、世のしがらみで、そうとも行かないのが渡世です。が、実力があれば、それを通すことが出来ます。頼もしく思います。

[]陶冶価値 10:47 陶冶価値 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 陶冶価値 - 西川純のメモ 陶冶価値 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 あることを学ぶ意味を陶冶価値と言います。認知心理学や『学び合い』を学ぶと、一般的に信じられている各教科の陶冶価値が、馬鹿馬鹿しくなります。例えば、理科数学論理思考力や科学概念の育成が陶冶価値だと思われています。しかし、思い出してください、理科数学先生が職員会議で常に一番論理的でしょうか?(理科数学先生ごめんなさい、ちなみに私はもともとは理科人です)おそらく、理科数学先生以外ならば、そうではないことはご存じだと思います。確かに数学物理化学生物学地学等の自身の専門においては論理的だと思います。しかし、それ以外の課題に関しては、必ずしも論理的ではないというのが認知心理学の領域固有性(文脈依存性)の知見です。そして、日本人の圧倒的大多数は数学物理化学生物学地学等の専門領域において論理的であることを求められることは殆どありません。つまり、算数、数学理科で学ぶ論理思考力や科学概念は、日本人の圧倒的大多数にとっては、殆ど意味がないと言うことです。

 また、国語英語コミュニケーション能力の育成を旗印に上げますが、客観的に見て、この二つの教科の一斉授業ほどコミュニケーションの無い教科はないように思います。コミュニケーションのツールは学んでいますが、コミュニケーションはありません。英語子ども同士や、子どもと教師での「How do you do?」で始まる、会話にバカバカしさを感じなかった人がいるでしょうか?想像してください、様々な醤油の組成を暗記させてはいるが、一度も料理をさせない料理学校があったとしたら。そして、その学校先生は、自分たちは料理を教えていると主張していたとしたら。あはははは

 体育は健康な体作りを目指していると言われます。しかし、高名なスポーツ選手は必ずしも長命ではないはいことは、既に亡くなった二三の選手の名前を思い出せば確かめられるでしょう。健康に繋がるのは体育で学ぶ競技スポーツではなく、普通に歩く方が重要だと思います。よく「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言われますが、それを最初に言ったと言われるローマの詩人ユヴェナリスは、実際には健全な肉体を求めることは、健全な精神を蝕むことをことを警告したものです。ところが、どこかのだれかさんが、意図的に前後の文章を無視して、全く逆な意味に使い始めました。

 もうこれだけでも日本数学、算数、理科国語英語、体育の先生の多くを敵に回してしまっているので、このあたりにしますが、その他の教科も同じです。

 我々は、上記とは全く異なった陶冶価値を見いだしています。どうやって見いだしたか、それは『学び合い』を通してです。子ども達が必死になって、その教科を学びたいと願い、そして、その有効な手段として『学び合い』を選択したとき、感激を与えてくれます。それは、ある時は「止まらぬ感涙として」、ある時は「今まで俺は何をしていたんだ」という虚脱、ある時は「全身鳥肌となる、畏怖」、様々です。

 全てを書いていると長くなるので体育だけを書きますが、体育の陶冶価値は

第一は、出来る奴と、出来ない奴の差が大きい。それゆえ、そのような子ども達の中で関係を結ぶ経験をするには最適な教科だと思います。これは、算数・数学物理学と同じです。

第二は、自らが自らに課すルールを作り出し、そのルールの是非が直ぐにフィードバックできると言う点です。ある意味で、社会科よりも公民教育には意味があると感じています。

 なぜ、そう思うかと言えば、『学び合い』において上記の場面において、最も素晴らしい姿を子ども達が見せてくれるからです。もちろん、実践研究が進めば、もっと多くの素晴らしさを子ども達は教えてくれるはずです。

 私は、どんな偉い先生の本よりも、子ども達の姿が示す陶冶価値がチャーミングに感じます。

makine45makine452007/05/20 14:22陶冶価値について、先生が言われたことが今はとても役立っています。体育って、上には上がいるってことを数字で感じさせてくれることが一番の価値にように思います。しかもその価値は体育において普遍です。100mを10秒で走るやつより、9秒5で走る方が価値があるのです。

jun24kawajun24kawa2007/05/20 16:40大学教師もおだてりゃ、木に登る。
な~んちゃって。

07/05/19(土)

[]ストレス解消法 21:30 ストレス解消法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ストレス解消法 - 西川純のメモ ストレス解消法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子とじゃれ合いながら、ぼーっとしている一日です。ストレスが解けていくのを感じます。ぼ~

07/05/18(金)

[]馬鹿21:42 馬鹿話 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 馬鹿話 - 西川純のメモ 馬鹿話 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日ゼミ生の皆さんと1週間分の馬鹿話をしました。なにしろ、出張続きだったので馬鹿話が出来なかった。2時ぐらいから5時過ぎまで、延々と馬鹿話をし続けました。が、私の語った時間の半数以上は、説教で占められていました。

 我々は「教師は教えるな」と主張します。そうすると無理にでも「黙る」先生がおられます。しかし、しゃべりたくて教師になったものにとっては精神衛生上よろしくない。どんどん、しゃべってください。ただし、馬鹿話と説教と喜びと感謝で。

[]信じるものは救われる 21:51 信じるものは救われる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信じるものは救われる - 西川純のメモ 信じるものは救われる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「あと、もう少し、ガンバ!その後」の方よりメールをいただきました。もう初期段階は完成され、「みんな」の徹底段階に進まれているようです。以下の通りです。

今日、算数の単元テスト【足し算、引き算】をしました。今年度になって2回目のテストです。1校時~3校時まで社会の校区探検でずっと歩きっぱなしで4校時は、そのまとめでした。1番条件の悪い5校時のテストでした。なので疲れて悲惨な結果かもしれないと思っていました。子供達は、疲れているにもかかわらず全員が一生懸命に取り組みました。34人のテスト結果です。目標は、みんなが90点以上です。

90%以上達成(20人)

80%以上達成(7人)

70%以上達成(3人)

60%以上達成(1人)

50%以上達成(2人)

43%達成(1人)

まずまずのできだと思いますが、まだ目標に達してない子が14名もいます。達成できた子の20名が一人ひとりについても余りますので全員達成も夢ではないと思います。学校の方針で単元によって算数の先生と私でクラスを半分に分けて少人数の取り組みをしています。今回は、引き算の所を1週間は、その取り組みをしました。「学び合い」を全員で取り組めたらもっと効果が出ていたと思われます。徐々に算数の先生も巻き込んでいけたらと思っています。

大事なことを言い続ける(説教)そして褒める(評価)。のが良かったのでしょう。なかなか思うように動かないのでイライラした時期もあったのですがそれが少なくなってきました。最近いろんな場面で子供達がもの凄く意欲的になってきました。(ボ-ッとして何考えているのかなと思っていた子までが)なんて表現したらいいのでしょう言い続けたことが頭の中で熟成されてそれが、行動になって現れてきた。まだまだですが、教師が考え方さえ変えれば変わってくるのですね。何かに取り付かれたように細かい所まで一生懸命掃除をしています。(言わないのに床の隙間からごみを取ったり、黒板や黒板ふきをとてもきれいにしたり 私のテ-ブルをきれいにふいたり・整理整頓したりテレビをふいたり・・・等探してやっています。)給食は、いつも10分遅れだったのが今では5分早い時もあります。話をしっかり聞けるようになってきました。(1回目のテストで90点以上を初めて取った子は、今回も90点以上でした。それに気を良くしたのか係活動もとても一生懸命になってきました。かなり落ち着きのない子なのですが、誰よりもしっかり話を聞いていてお友達に注意していたのには吃驚です。今日探検での観察もなかなか良かった。良い面がどんどん出てきます。)掲示物がはずれていたらすぐ止めてくれます。進んでよくお手伝いをします。放課後も残って手伝う子もいます。怒る必要は、ほとんどありません。事務もゆとりを持ってできます。教師が、邪魔さえしなければ存分に子供は個性を発揮するのですね。

以前は、ゆとりを持って子供達に接したい。いっぱい褒めたい。と思ってもなかなかできませんでした。逆に忙しさに追われてゆとりを持って接せない。怒りすぎてしまう。子供達は、反発する。また、怒る。悪循環です。一生懸命取り組んでいるの分かってくれないと挙げ句の果ては、子供の性にする。親の性にする。今はほとんど子供に任せて、よく観察して褒めることができます。それが、上手く循環しています。

来週から一単元を子供に任せてみようと思っています。楽しみです。』

私の返信は以下の通りです。

『あはははは

全員、90点以上を実現するまでは、決して満足してはいけませんよ。

彼らはそれができます。

強く願って、信じてください。

そうすれば彼らは、それを実現します。

まるで宗教みたいですが、

そのようになっているから不思議です。』

でも、本当に不思議です。でも、当たり前です。我々の『学び合い』は数百万年の生存競争の厳しさの中で洗練されているのです。それがうまくいかないはずはありません。

[]ご案内 22:17 ご案内 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ご案内 - 西川純のメモ ご案内 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 選挙の最後の日になると、「最後のお願いに参りました」と連呼します。それと同じです。

 我が同志が以下の会を企画しました。ご案内します。ご参加をお誘いします。

 追伸 不遜ながら、私の講演会を聞いた方だったら、おわかりのことと思いますが、大抵の方は飽きさせません!(全員でないということを自覚しているところが大事です)

--------------------------------

第1回 『学び合い』を学ぶ研究会 in 埼玉  のご案内

研究会は、西川 純(上越教育大学教授)らの研究成果をもとに、子どもたちの相互作用による『学び合い』を研究し、その成果を広めようとする同志を応援する研究会です。お気軽にご参加ください。 │

1 主催  埼玉学び合い研究会

後援  臨床教科教育学

2 講師  西川 純 上越教育大学教授

3 日時  2007年5月26日(土)13時から17時

4 会場  早稲田リサーチパークコミュニケーションセンターN403号室

新幹線本庄早稲田駅徒歩3分

JR高崎線本庄駅から車で10分

5 日程(予定)

12:30~12:45 受付

12:50~13:00 開会

13:00~14:15 西川先生による講演

14:15~14:30 質疑

休憩

14:45~16:30 『学び合い』の授業実践報告と質疑

報告予定者 大平 正芳(横瀬町立横瀬小学校

平林 邦章(上越教育大学大学院2年)

井上  浩 (寄居町立折原小学校) 他

16:45 閉会

17:00 軽い懇親会

6 定員 30名

  定員になり次第、締め切らせていただきます。

 の予定でしたが、それ以上のご希望の方があったので、それに対応できようにしました。

7 参加費 2000円(懇親会費は別途)

☆当日受付で集金いたします。

8 お申し込みの方法

メールにて申し込みください。宛先は、杵淵 眞 までお願いします。

メールアドレス makine44@mail.goo.ne.jp

メールには、①お名前②お勤め先③ご住所④お電話番号⑤懇親会の参加の可否をご  記入ください。

こちらから返信メールをお送りいたします。

9 お願い

学び合い』に興味をお持ちの方が、お近くにいらっしゃいましたら、お声をかけていただきたいと思います。よろしくお願いします。

07/05/17(木)

[]発見 22:27 発見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発見 - 西川純のメモ 発見 - 西川純のメモ のブックマークコメント

グエムル~漢河の怪物」と「チョンマッコルへようこそ」を見た。後者怪獣映画としては、今までにない映画だった。凄い秘密兵器があるわけではなく、家族の愛が主題の映画だ、面白かった。後者は、予告編で予想される通りの展開である。悪い映画ではないが、あまりにも予想通りなので、途中で飽きてしまった。しかし、見ながら気づきました。そこに描かれている米軍は、日本映画では絶対にあり得ない米軍です。

映画を見ながら、「あ~、韓国の人は米軍を嫌いなんだな~」と思います。「あ~、韓国の人にとって米軍占領軍で「お上」なんだ~」と気づきました。ただし、米軍は完全な悪者というわけではなく、基本的に善意を持ってくれているのだけど、細かいところまで配慮がない」というように感じます。きっと、占領統治下の日本に、表現の自由占領軍が与えたら、あんな映画を作っただろうと、勝手に思いました。

[]出張 22:27 出張 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出張 - 西川純のメモ 出張 - 西川純のメモ のブックマークコメント

先週の水曜日からの出張つづきがひとまず、終わります。9日は文部科学省。10~12日は大阪出張。14~15日は群馬出張。16~17日は大阪出張。一つ一つは、意味深く、楽しかった。でも、家に帰るとホッとします。

[]宿題 22:27 宿題 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宿題 - 西川純のメモ 宿題 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 宿題は厳しいでしょうか?いや楽です。

西川研究室ゼミ生、OBだったら分かると思います。「これこれのことをこれこれまでにやりなさい」というのは非常に楽です。だって、とりあえず、それをすれば「安心」出来ますから。でも、「あなたのために何をすべきか?考えなさい。期待しているよ」が私の言い続けている言葉です。そして、それすらも無くなり、2週間、いや1ヶ月以上に1回程度、「どう?」と聞いて、「期待しているよ」で閉めるのが私のスタンスです。本当はそれが一番厳しく、そして、一番、自分に尻を叩いたはずです。

 子ども達に「宿題」を与えるなんて、柔なことはやめましょう。「期待しているよ」でもっともっと厳しく鍛えましょう!彼らはもっと、もっと凄いことをやらかします。「宿題」なんて柔なことをしなくても、もっと凄いことをやらかす子どもを育てましょう。

[]その先 07:10 その先 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - その先 - 西川純のメモ その先 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在、平行して何人もの方が『学び合い』に取り組み始めておられます。面白いことに、それらの方々は、多様な教員研修団体に所属されておられます。そして、一方の旗頭となれる実力のある方々です。

 ですので、安心してサポートできます。何度も書きましたが、『学び合い』は簡単で、誰でも出来ます。が、実力のある教員の方が、早く、安全に出来ます。理由は以下のとおりです。

1)教師が『学び合い』をしよう、また、「みんな全員で高まろう」という目標を与えたとき、「あの先生が言うだから、やろう」と動く子どもの割合が高いからです。つまり、6割の子どもが乗り気じゃない4割の子どもを説得するより、9割の子どもが乗り気じゃない1割の子どもを説得するより、楽で早いのは理の当然です。

2)いわゆる「授業のうまい教師」は共感能力が高い。そして、自分の気持ちをうまく表現できます。これは、『学び合い』において教師がやるべき評価に有効です。子どもたちがすばらしいことをしたとき、五体全てからオーラのように喜びを発します。これは子どもにとって、すばらしい評価です。ただし、これは必須ではありません。なぜなら、どんな教師も感激するようなことを、子どもやらかしますから。でも、あるほうが良いことは確かです。

3)上記に関わることですが、実力のある教師は客あしらい、子どもあしらいがうまい。ニコニコしてからかわれるとしても、要所で、びしっとやるところはやる。そのあたりは大事です。

 以上のことは、いずれも生まれつきの感性に由来したり、数十年の経験で培われたものです。そのため、ちょこっとした研修ではどうにかなるというものではありません。付け焼刃のテクニックで何とかしようとしても、子どもにすぐに見破られます。

 が、同時に、上記はホモサピエンスDNAの中に十分に組み込まれています。『学び合い』をやるには十分な資質があるはずです。従って五十歩、五十二歩の違いに過ぎません。が、2歩でも多いほうがいいのは理の当然です。

 さて、そのような方々から、子どもの素晴らしさの自慢メールをいただいております。そして、そのような見取りが出来ることの喜びが書かれています。まさにセオリーとおりです。世に言われる「指導と評価の一体化」がお題目ではなく、実現した姿を体感できます。

 今は、剣道守破離の「守」の段階ですが、しばらくすると破り、離れる段階に進むはずです。ワクワクします。大事なのは、「子どもたちは有能である」と確信し、「学校教育は何を目指しているかということを心に問いながら、日々の教科指導において、それを具現化する」ことさえ出来るならば『学び合い』です。

 さて、多くの同志がこの段階に達しています。でも、その先があるように思います。経営学教育経営学学校経営学ではありません)の泰斗であるドラッカーは非営利団体(つまり学校)でも経営的な視点が必要だと指摘しています。

 教師にはクラスにおいて『学び合い』を成立させる先に、教師同士の『学び合い』を成立させ、学校内の『学び合い』を成立させることが必要です。そのことによって、自分のクラス子どもたち、未来クラス子どもたち、そして卒業させた子どもたちに、多くのものを与えることが出来ます。

 そして、そのためには予算獲得とボランティアの獲得が必要なんです。そのためには経営的な視点が必要です。

 ゼミ生、OBはご存知のとおり、私は夏休み以降は殆ど指導はしません。何をやっているかといえば、昼休みに一緒にご飯を食べたり、お茶室でバカ話をすることのみです。では、何をしているかといえば、現メンバーが十分な研究が出来るよう予算を獲得しています。そして、未来メンバーに十分な環境が整えられるように、5年、10年のスパン政治闘争をしています。

 では、義務教育先生方は何をやれるか?実は、校内の政治闘争をやるべきだと思います。もちろん、大学のように血みどろにやる必要はありません。おだやかに、かつ、したたかにやるべきです。また、予算獲得をするべきです。『学び合い』が成立すれば、授業時間の多くの時間は教師は自由になります。それによって子どもを見取ることも出来ます。でも、その時間、教師の机に座って書類を書くことが出来ます。

 世の中には、教育の活動に対して助成をしてくれる団体が山ほどあります。数万円のレベルの助成ばかりではなく、数十万円の助成もあります。もし、学校レベル組織が出来るならば、数百万円の助成もあります。その書類を書く余裕が出来ます。考えてください。そのような書類を書ける余裕がある教員が日本にどれだけいるでしょうか?『学び合い』を実現した教員は、その数少ない教員の中に含まれています。ということで、「あたる」可能性が高い。5本ぐらいだせば、1本ぐらいは「あたる」はずです。

 同志各位へ。助成に応募してください。そして、子どもたちの「もっと、もっと」という願いに応えてください。

abematuabematu2007/05/19 07:04なるほど。いつもながら説得力のある文章です。

jun24kawajun24kawa2007/05/19 07:29しなやかに、したたかに、ですね。
コメント有り難うございます。

07/05/16(水)

[]何故 20:24 何故 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故 - 西川純のメモ 何故 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近はレンタルで見る映画の幅が大幅に減りました。いろいろ借りても、結局SFとアニメものが多いです。それを自己分析しました。

 結果として、子どもが家庭という基盤を失い、不幸になることは、とても耐え切れないからだということです。以前から自覚していました、はっきりました。

 スタートレックシリーズを見ますが、何故、それを見ているかというと子どもが基本的に出ないからです。だって、宇宙戦艦の話なのですから大人が中心です。アニメの場合は、子どもは基本的に不幸になりません(最近ではブレイブストーリーが例外)。人情ものが好きなのですが、その過程で子どもが苦しむのは絶対にやです。最後はハッピーエンドになっても、それまで見続ける自信はありません。

 最近ではUDONとクライマズーハイ(途中、ちょっと辛かった)がよかった。

[]鏡 20:03 鏡 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 鏡 - 西川純のメモ 鏡 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の理想の校長を補足します。それを書き終わってから、自戒すべきと思いました。

 旧知の尊敬すべき教師と会ったときの思い出話です。その方といろいろな職場での体験を聞きました。驚き、かつ、納得したのは、己のためという目的が鮮明な上司の下にいた、その方は、その方でさえ自己を守るのに精一杯立ったそうです。

 わがゼミの人たちに私の自戒を可視化します。もし、西川研究室が自分のことで精一杯で、集団を高めようという気持ちが少なくなっていたら、それは、皆さんが悪いのではありません。その場合は、私がエゴイスティックになっており、小役人になっていることを示しています。

 同志の方へ。わがゼミ生を、出来るだけ皆さんにさらす努力をいたします。もし、上記の兆候があれば、私をしかってください。私はエゴイストです、小役人です。でも、それ以上を望む志はあります(ありたいと願っています)。天狗にならぬよう、可視化します。

[]科学的とは 15:38 科学的とは - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 科学的とは - 西川純のメモ 科学的とは - 西川純のメモ のブックマークコメント

 院生さんたちとのバカ話の一つです。

 「明日の天気を分かる」という目標理科天気をする場合があります。その場合、「インターネットで調べる」という意見子どもから出たら、どうすべきなのでしょうか?私は極めて科学的な反応で褒めるべきです。だって、限られた情報を元に、論理的に結論を引き出すのが科学ですから。義務教育子どもが気圧配置をもとに推論するよりも、蓋然性が高い結論が得られるのは理の当然です。

 そんな受け売りは駄目だ、といわれる方がいるでしょう。でも、その方に問いたいのは、「じゃあ、あんた、どれほど、天気予報理論的根拠を知っているの?」と聞きたい。1+1は2だということを知っている人に、何故、2なのかを質問して答えられる人がどれだけいるでしょうか?私はこの手の話をしたとき「ペアノの公理」を知っている人は、今まで皆無でした。結局、どんな科学的議論にせよ、どこかは受け売りしているんです。

 では、どうしたらいいか?「天気予報は何故出来るのかを理解する」ならば、インターネットで調べるという応えは子どもから生じないはずです。

[]理想の校長 15:38 理想の校長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理想の校長 - 西川純のメモ 理想の校長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前のメモで理想の校長管理職)のことを書きました。そこで書いたことは正しいと思います。しかし、最近、相次いで、尊敬すべき校長と会って、究極は何かを考えました。

 究極には、その組織目標としていることを、本気で大事だと思うこと、だと思います。校長で言えば、「子どもを立派な大人に育てたい」と本気で願うことだと思います。それさえあれば、最低限は満たされます。

 一方、「最後は地区の中心校の校長退職したい」とか、「教育委員会や職員や親と喧嘩せずに穏やかにすごしたい」のような自身のエゴや小役人根性では駄目です。すぐにばれます。管理者の鏡である部下は、エゴイスティックになったり、小役人になってしまいます。

[]理想と現実 15:38 理想と現実 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理想と現実 - 西川純のメモ 理想と現実 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下で書くことは大学人以外にとっては、いや、私以外の方には、まったく興味を持たせられないことのように思います。

 ある尊敬すべき大学教師の方と議論しました。内容は大学対してのお上の政策に関するものです。その先生は本当にすばらしい先生なのですが、三つの視点が欠けていると感じました。

 その先生の欠けている第一の視点は政策の裏には予算が必ず関係しているということを意識されていない点です。法律はもちろんのこと、省令、通達の1行の内容は、数億、数十億、数百億の予算が関わっています。政策を理念で議論することも必要ですが、この政策の実施によって、どれだけの予算がかかり、逆に言えば、どれだけの予算を削減できるかという次元で分析する必要があります。

 指導要領の改訂により、教える内容が大幅に削減されました。そのことを教科専門の先生は憤慨されました。そして「必ずゆり戻しがある」と断言されました。しかし、指導要領の改訂の背景には、総合的な学習の時間の導入や、週休2日制があり、それには予算が関わっています。例えば、もし土曜日に授業したら、どれだけの人件費がかかるでしょう?従って、「必ずゆり戻しがある」という断言に対して、そんなことは起こらないと私は断言しました。

 小学校における教科担任制、免許プログラム等はバラバラに見えますが、予算の面から見れば、明らかに一定の方針があると私には見えてなりません。その先にあるものが実現されたならば、「兆」のレベル予算の削減が可能です。その先生とは、お上の「ある政策」を議論しました。その先生はその政策は数年で命脈が絶たれると確信されています。しかし、私はそんなことは絶対にないと思います。なぜなら、その政策の裏には予算が関わっているからです。教員養成系大学に籍を置く私個人としては、お上のその方針は残念に思います。が、同時に、その「兆」のお金で救われる多くの人がいることも理解しています。その中には、老後を控えた私も含まれています。

 その先生が欠けている第二の視点は、理想と現実を埋める具体案の必要性・緊急性です。その方の語られる「美しい大学のあり方」は、私もまったく同感です。そして、その方も現状の大学がそのあり方から大きく外れていることを同意しています。そこまでは私とまったく同じです。そこから先が違います。その方の場合は、「美しい大学のあり方に向けてみんな努力しましょう」というレベルで止まっています。そして、時間をかけて改善すればよく、失敗もありえると考えています。ところが、私の場合は、時間をかけて改善する予算的な余裕は無く、失敗は許されないと考えています。

 その結果として、その先生の場合は『「美しいい大学のあり方」とは大きくは外れているが、とりあえずは「美しい大学のあり方」を本来あると仮定した大学の制度を出発点とする』という立場です。私は『といあえずは、お上のお達しに従って、相手のルールの中で「美しい大学」にしよう』とします。前者でやれば、おそらく美しいかもしれませんが、玉砕するでしょ。だから、宮仕えの人は、私のような戦略をとるはずです。我々大学教師も宮仕えの身なのですが、お分かりにならない方が多いように思います。やわらかく、したたかに、それが宮仕えのみの戦略です。玉砕しては、その人の下の人が迷惑をこうむる。

 つまり欠けている三つ目は、自身がどんな組織に所属し、だれから給料をもらっており、どのような権限を誰が握っているか、そして、その状況でどのように身の振り方を考えるという宮仕えの視点です。

 その先生は本当にすばらしい教師であり、研究者であるので、とても残念です。しかし、ここまで書いて気づきました。そのような方が大学にいることが、大学の美しさを守る必須用件です。そのような方を絶滅させぬよう、宮仕えの私は、やわらかく、したたかに、なりたいと思います。

OB1989OB19892007/05/16 23:54宮仕えをした大学人には,理想と現実がよく分かります。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 05:49あははは
ということは大学人は宮仕えではないということだね。
あははは
しなやかに、したたかに、行きましょうね。

OB1989OB19892007/05/17 07:51言葉が足りませんでした。宮仕えと自覚されていないと思われる方々が回りに大勢いるものですから。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 08:27そして自覚されていない方々も大勢いますよね。
OB1989さんは、いつも優しいね。

F-KatagiriF-Katagiri2007/05/17 13:22「クライマーズ・ハイ」、よかったでしょう?私は大泣きでした。男の子をもつ親は、成長していくとあんな感じになるのかなぁ?と思いながら、見ていました。不安でもあり、楽しみでもあります。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 22:29大丈夫!
我々の子どもは、いつまでもかわゆく、そして、年々歳々、たくましくなります!

07/05/15(火)

[]誕生 05:53 誕生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誕生 - 西川純のメモ 誕生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 朝一番にkanさんより「誕生」というメールをいただきました。「kanさんに似て美人」(kanさん談)の女の子写真が添付されていました。kanさんオメデトウ!そして、少子化対策意味から考えて、kanさんを上越教育大学派遣した○○県教育委員会にとって最大の成果だと思います。そして、今から二十数年後の私の老後の年金を担ってくれる方です。よろしくお願いします。

 同志各位に可視化します。目出度い!

makine45makine452007/05/15 21:08私もメールをいただきました。おめでとう!!!
これから子育てなんて、うらやましい気分です。

OB1989OB19892007/05/16 04:20おめでとうございます。21年前を思い出します。

kankan2007/05/16 21:13ありがとうございます。しっかりと特休をとり、あちこち奔走するとともに、上の子と遊びつつ、睡眠を補充しました。これからがんばります。

07/05/14(月)

[]大爆発の前兆 23:36 大爆発の前兆 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大爆発の前兆 - 西川純のメモ 大爆発の前兆 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日群馬県八幡小学校に行きました。懐かしい同志各位とお話をして気分は最高です。

 この学校の『学び合い』は、全国各地で紹介されました。ある意味で、『学び合い』の聖地です。しかし、本年度になって、職員の3分の2が異動されました。残られた先生方は昨年度末の3月ごろは、どうなることかと心配されていました。

 本日、授業を見させていただきましたが、びっくりです。八幡小学校に異動されたばかりの先生方の中で『学び合い』の初期段階をクリアーされている先生方がいっぱいいらっしゃいます。『学び合い』が簡単であることを知っている私もビックリです。これも文化だと思いました。

 新年度になって実質1ヶ月でこのレベルに達していたとしたら・・・。今後が楽しみです!

07/05/13(日)

[]実践校 22:13 実践校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 実践校 - 西川純のメモ 実践校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「火星人がいる」とか「1+1は実は3だった」と同じぐらい信じられないことを主張するのが我々です。だって、成績が上がり、人間関係が向上し、特別支援が問題なくなり、イジメ不登校が無くなると主張します。そして、それが数日で初期段階がおわり、1ヶ月程度でほぼ完成する、と主張します。そして、ことさらに覚えることは皆無で、数日で会得できると主張します。そして、イライラしていた教師人生が、楽に、楽しくなると主張します。どう考えても、悪徳不動産屋の売り文句です。が、事実です。

 これが本当であることを示すために、西川研究室HPに「学びの殿堂」を開設し、動画配信をしました。でも、ライブはもっと凄い。現在、「お願いしたらOKだよね」と確認済みの人は、新潟県群馬県埼玉県長野県岐阜県愛知県静岡県鹿児島県におります。来年あたりになれば、島根県東京都長崎県石川県もOKになるでしょう。ライブを見れば、我々の荒唐無稽に思える主張が本当であることをオーラのように感じることが出来ます!

 これを書きながらふと気づきました。案外、ライブを見られる地域は多いな~と気づきました。抜けているのは北海道圏、東北圏、四国圏です。でも、東北圏では有能な方が『学び合い』を学び取ろうとしています。期待しています。

[]利己的(その2) 22:38 利己的(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 利己的(その2) - 西川純のメモ 利己的(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の「利己的」というメモに対して二人の同志からコメントをいただきました。本来でしたら、あらためて書き直したいところですが、同志のコメントがとてもチャーミングなので、やめました。是非、昨日の「コメント」をご参照下さい。

07/05/12(土)

[]したたか 08:26 したたか - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - したたか - 西川純のメモ したたか - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、私の頭を怒りで真っ白になったことを心配したした同志から、メールが来ました。

メモ拝見しました。

ご心配をおかけして申し訳なく思っています。でも、ご心配なく。

したたかにやります。

ただじゃすまさないという気になっています。

(今回の事件の内容が書かれていますが、個人特定されると思いますのでカットします。要は『学び合い』の同志の実践を悪意のある誤解をして、それによって、子どもたちが望む『学び合い』を禁止したという内容です。)

家庭訪問で「学び合い」について、たくさん質問を受けました。

説明をして理解を求めました。

でも、最終的には

子ども楽しいと言っているし、友達とうまくいけば、問題ない。学力がつけば言うことなし」

という結論に落ち着きます。

テスト結果でひとつの結果を出しました。

保護者からも応援してくれる人がいるし、へこたれてないで次の作戦を考えます。

楽しくなってきたぞ。』

 笑い出しました。こんな、したたかな人を敵に回すなんて・・・。ご愁傷様です。あははは

[]利己07:42 利己的 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 利己的 - 西川純のメモ 利己的 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある方のブログに『学び合い』が成立すると、子どもは主体的になり、利己的になり、戦略的になるとコメントを書きました。後から考えれば、当然のことながら、『学び合い』が利己的???と困惑されました。すみません。私にとって、上記の利己的というのは決して悪い意味で使っていないのですが、誤解を生じやすい言葉だと思います。今後も、利己的という言葉を使うと思いますので、利己的という言葉意味を補足したいと思います。

 子どもが「利他的」で学び合いをしても、今までのデータによれば1ヵ月半程度に一つの限界が来ます。おおよそ半数のリーダーが「なんで、教えなければならないのか」と思い始め、そうなると影で分からない人を排斥しはじめます。よく、あると思いますが、固定的グループを作って1月ぐらいから、「ね~、班変しないの~」と教師に一人でくる子どもは、排斥された子ども、もしくは排斥しているリーダーである場合が多いと思われます。

 さて、そこで排斥しないケースと、排斥するケースの違いは何か?

 それが利己的なんです。

 つまり、他人をサポートすることが、自分の利益になると分かると、積極的にサポートします。また、自分のためだと分かっているので、どのようにサポートするかと戦略的に考えます。そのようなとき、永続的な『学び合い』が成立します。

 つまり、利己的と表現した意味は、「エゴイスト」という意味ではなく、『学び合い』が「○○ちゃんがかわいそう」という利他的ではなく、「○○ちゃんをサポートすること、それが自分のためになる」ということを理解しているという意味です。

 上記を成り立たせるために、授業開きにそれをちゃんと語りますし、授業の要所要所で語ります。

具体的には「一人を見捨てる集団は、もう一人を見捨て、もう二人を見捨て・・・、次はあなたかもしれない」というような語りです。

 具体的には私どものHPの学びの殿堂の神崎さんの実践の、10月4日の神崎さんの語りの最後の部分をご参照ください。また、10月26日をご覧ください。

[]昨日 07:42 昨日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日 - 西川純のメモ 昨日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は大阪府の楠葉西中学校に行きました。ここの岩谷校長は戦う校長です。ビックリしました。今まで『学び合い』を学校として取り組もうとされた校長先生は、ジェントルマンの方々です。じっくりと職員を説得し、徐々に理解してもらおうとされていました。ところが、岩谷校長の場合は、とにかく突き進みます。もともとアイデアマンですので、攻めの戦略を考えます。校長室で総計8時間ぐらい話しました。前半は私のほうが夢を語っていましたが、後半では校長の夢に圧倒されました。

 その中学校であった研究授業の講評の際、地区の偉い管理職の方が、全職員、そして校長に対して、「岩谷校長のような人の下で働くのは大変ですね」と言っていました。私は大笑いしたのですが、職員の方は笑っていません。それが実感なのだと思います。

 しかし、同時に感じるのは、「この校長は、本気で子どものことを考えているんだな~」ということは多くの職員は理解していると感じました。そして、校長の示す方向に向かって職員が向かっているということを感じました。

 今回の出張では、楠葉西中学校の方々と縁を結ぶことが出来ました。また、ある方との出会いもあり、別な方向での展開も考えられるようになりました。そして、敬愛する方との再会もありました。実に充実した出張でした。

追伸 今まで色々なところで、一般の先生にとっては「1+1」は実は3だった」レベルの話をします。それが終わった後に「質問のある方?」と司会者の方が言っても、会場の先生方は「し~ん」となる場合が大抵です。当然のことです。だって、今までの考え方に対して異質すぎます。どのように捉えていいのか分からない、というのが正直な気持ちだと思います。が、今回の場合は、実に多様で、つぼどころを捉えた質問をいただきました。凄い先生方だな~と感じました。

 その学校の平常授業を見させていただきましたが、大阪は『学び合い』にはいい土壌だと思いました。だって、中学生も「ボケ突っ込み」の文化が血に流れていることを感じます。「こりゃ、鎖をとれば、自然に『学び合い』になる」と感じました。

kankan2007/05/13 19:42「利己的・・・」
海に住む小魚は群れを形成します。一見、弱い立場の生き物が力を合わせてがんばっているようですが、実は群れは極めて利己的に形成されているそうです。つまり、群れの中へ入れば入るほど、外敵から捕食されにくくなる。どの小魚も自分が食べられまいと中に入った結果が極めて統制の取れた一団の群れを形成することになるそうです。学び合いがうまくいくには、やはり、どの子もこの学習が益があると実感することが必要です。「自分が見捨てられないため」も有りですが、教育者としては、「そんな集団で生活したくないから」の方が素敵です。それよりも、Oさんの研究のように、やはり、いろんな子と話すと勉強がよく分かるし考えることが楽しくなるという実感を得ることが一番大事かなと思います。そうすると、結局はいつも先生が言っている「それは課題の設定が駄目なんです。」というところに落ち着きます。もっと授業の難易度をあげようっと。

RX-178RX-1782007/05/13 21:05私もkanさんと同じ考えです。子どもたちに危機感よりも有益性を語るようにしています。もっとも、私の言いたいこととkanさんのものと同じかどうかはわかりませんが・・・
私は、みんなが良くなると自分も得をすることを語ります。例えば、全員が、きちんとルールを守れば、事故が減少し、結果として保険料や道路の修理代が少なくなるとか、みんなが宿題をきちんと出せば、先生の説教の時間が短くなるとか(笑)まあ、集団の質が上がることが物理的な数値によって表れる例を言っています。
子どもにとって、追い詰められるよりもやればやるほど得をしている感じがあるほうがやる気が出るかもしれません。

jun24kawajun24kawa2007/05/13 22:18kanさん、RXさん
コメント有り難う。
お二方のコメントは了解しています。
ただ、教師が最初に説教するとしたら、危機感が語りやすいと思った次第です。だからKanさんもそのように語ったんだよね?しかし、『学び合い』の文化の中ではお二方のおっしゃるようなことは当然に感じると思います。いや、あまりにも当然で、かつ複合的なので、分析的に感じることは出来ず、心地よさとしか感じられないのかもしれません。

07/05/11(金)

[]本日 00:28 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、楽しいことが満載です。朝一番から、夜遅くまで、です。本当に楽しかった。書きたいこと満載ですが、それは明日書くことにします。なぜかといえば、夜11時過ぎに同志からいただいたメールで今は頭がいっぱいです。怒りと、悲しさと、申し訳なさでいっぱいです。

 同志へ。

 悔しいですね。子どもたちに申し訳ないですね。そして、同志を守りきれない今の私が悲しい。でも、この怒りのパワーを形にしましょう。

 体中にアドレナリンが満ち溢れています。闘争本能が全開です。子どもを泣かすやつは、八つ裂きだ! 

[]昨日から本日 06:54 昨日から本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日から本日 - 西川純のメモ 昨日から本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 京都に来て二人の方と別々に徹底的に語りました。そのお一方に話したことをメモります。

 未来の教室はどんな教室でしょうか?未来といっても私がまだ生きている時代でしょうし、もしかしたら現役大学教師の時代かもしれません。そのころはコンピュータ安価になり、高速ネットが一般的になっています。小学校先生からの就学前指導で親に対して、そのようなネットを使いこなすことが求められるような時代でしょう。

 そのような時代では、現在、教師が子どもたちに発問するようなこと、板書するようなことは、たちどころに検索できるようになっています。そのような時代では、教師と子どもの違いは何でしょう。知識量ではありません。また、経験であったとしても、もし外部の経験者と繋がることが出来れば問題ではありません。そのような時代における能力は、個々人の脳髄に限定された知識ではなく、人類全体の知識・経験を共有できます。

 そのような時代において、教師の仕事は「教える」ではないと思います。目標の設定者、そして評価者であるはずです。

 そうなる前には滑稽なことが起こるでしょう。例えば、教師が板書するたびに子どもから「書き順ちがうよ」と指摘されるでしょう。だって、「教師が間違いやすい書き順」なんているサイトを作る人は現れるでしょうし、子どもたちはそれを検索できるのですから。そうなると教師がやるであろう防衛策の第一は、焚書坑儒のようにネット検索を禁止するでしょう。しかし、そんなことが続けられないのは歴史が示すとおりです。次の防衛策としては、教師もネットを利用しはじめるでしょう。そうなると、教師も「書き順」をネット依存し、子どもネット依存しているわけです。そのようなものを「覚えろ」と求める必然性があるでしょうか?そんな能力は「火打石で火をつける能力」と同じで、一生涯使うこと無い能力です。未来においては学ぶべきものは増えるでしょう。ところが未来において1日は24時間であることには変わりありません。従って選択が起こります。そのような時「書き順」が生き残るかは大いに疑問です。これは現在学校教育で教えていることのすべてに当てはまるものです。

 そのような時代において必要な能力はコミュニケーションだと思います。人という複雑で、かつ、絶対に付き合わねばならない相手と繋がる能力だと思います。そんなことを話しました。

 もう一つの話は、予定調和です。我々の主張していることは、あまりにも予定調和的で胡散臭いと感じられる方もいらっしゃいます。まあ、しょうがありません。クラス全員の成績が上がり、クラス全員の人間関係が良くなり、教師の仕事が楽しくなり・・・と、まるで悪徳不動産屋の広告のようです。でも、事実なのですからしょうがありません。そして、その理由は明確です。『学び合い』において子どもが使っている能力は、古くから使っている能力です。それはサルの時代にまでさかのぼる能力です。つまり、数百万年の熾烈な生存競争の中で選択され、洗練された能力です。課題達成がなされなければ、そのサルの群れは絶滅するでしょう。群れの凝縮力が弱い群れは絶滅するでしょう。個々の固体がストレスを感じるような群れは絶滅するでしょう。それらが無矛盾である特殊解を数百万年かけて成立させてきた、それが我々が子どもに使うことを許していることなんです。それが、どっかのだれかさんが数年、数十年前に開発された方法に負けるわけありません。

 さてさて、夜は尊敬する教師の方と飲みました。本当に「教師だな~」と感じます。中学校から大学に移っても、基本的に「子どもたちのために」頭をくるくると回して、走り回っている様子が感じられます。でも、大学に移って行動範囲が広がってスケールアップしています。本当に、彼を採用した大学は「お得な買い物」をしたと思います。私としては、いつも通りに夢を吹き込んできました。あ~楽しかった。 

 京都駅前のビジネスホテルで朝起きると、お寺の鐘が鳴っていました。さすが、古都だと思いました。

 それでは本日の出張先に行かねば。

07/05/10(木)

[]自慢の補足 16:00 自慢の補足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢の補足 - 西川純のメモ 自慢の補足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』が成立しているクラスでは「先生、凄いでしょ!」と自慢します。ところが、普通クラスでは「先生、これでいい?」と聞きます。この違いは何に由来すると思います?

 それは、教師が何を目指しているかをちゃんと語っているか、いないかの違いです。ちゃんと語れば、自分が課題を達成しているか、していないかは学習者がはっきり分かります。だから、自信を持って自慢できます。

 一方、普通クラスでは、教師は最終的に何を目指しているかは語りません。大抵は、その時間の課題をぶつ切りにして、小出しに与えることをします。したがって、ぶつ切りにした、その課題のことは分かっても、その先に何があるのかが分からないので、自分が達成したことが本当に良いのか悪いのかが分からないのです。さらに言えば、ぶつ切りにした結果、それを全部出来ても、最終的な課題を達成しないということが、大抵、起こります。

 校長が職員に文化祭に関して目標の与え方を例にして説明しましょう。想像してください。

 『学び合い』の管理職の場合だったら、「子どもたち、保護者のいずれもが一生記憶に残る文化祭を実現してください。期待しています!」です。そして、文化祭当日まで何も指示をせず、ただ「期待していますよ!」、「皆さんのやりたいようにやってください、責任は私が取ります」と語るでしょう。この目標は漠然としているようですが、これってはっきり自己評価できます。だって、教師だったら自分の心に問いかければ、今年の文化祭は上記に達しているかどうか分かります。だって、だって、自分がどれだけ感激の涙を流せたかで分かるでしょ。

 一方、普通の授業的な管理をする校長の場合だったら、毎日毎日細かな指示を与え、毎日毎日、校長室に呼びつけてチェックします。

 さて、どちらの校長学校で勤めたいですか?そして、それぞれの校長学校での職員はどう動くでしょうか?実は、子どもたちの行動とまったく同じです。20歳、30歳、40歳、50歳の人の行動と、10歳の子どもの行動に差はありません。

07/05/09(水)

[]自慢 23:12 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 下の「あと、もう少し、ガンバ!その後」の方より、追加のメールをいただきました。

鉄棒の授業で「全員逆上がりができるようにする。」で取り組んでいます。昨日,Nくん(問題だった子、今は、普通になっている。)に教えてもらってできるようになった子(Kくん)が、今日は、得意になって別の子に教えていました。

キックするように蹴り上げろ」とか言って一生懸命アドバイスしていました。

教わっている子も必死になって練習していました。手の皮がむけても辞めません。

とうとう何とかできるようになりました。

私が個別に関わってもここまで必死に取り組ませることはできません。

今日の1時間でKくんとNくんが教えて二人の子ができるようになりました。

ビデオに撮ってあるので送りますね。 』

私の返信は以下の通りです。

『あははは

免許皆伝ですよ。

学び合いの仕組みと不思議」に書いてありますが、

普通クラスでは「先生、これでいい?」と聞くんです。

でも、『学び合い』が成立しているクラスでは、「凄いでしょ!」と自慢するんです。

あはははは

○○さんは、自慢しているんですよ。

どんどん、自慢しくてください。

とても嬉しい!』

 あ~嬉しい!私はメールを返信するだけで、その方から、幸せをいただける。なんて、幸せなんだろう。

[]あと、もう少し!ガンバ!のその後 22:31 あと、もう少し!ガンバ!のその後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - あと、もう少し!ガンバ!のその後 - 西川純のメモ あと、もう少し!ガンバ!のその後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 4月24日メモである「あと、もう少し!ガンバ!」の方より以下のメールをいただきました。

西川先生こんばんは、○○です。

本日国語の最初の単元テスト[きつつきの商売」をしました。

音読発表会などで取り組んだ所です。

「あんまり良くないだろうな。」と期待しないでテストしました。

結果は、解答に書かれている期待得点は、

読む:86点  言語:81点 でした。

それに対してクラスの得点は、

読む:男子(95点) 女子(96点)  平均(95.5点)

言語男子(86点) 女子(96点)  平均(91点)

でした。

男子言語事項が女子に比べて低いのは、家庭学習不足です。

学び合い』で取り組みましたのでもちろん私の指導は一切はいっていません。

意外に取れていたので内心嬉しかったのですが、

子供達には、「嬉しい人?」と聞くとほとんどの子が「ハ-イ」と言って嬉しそうに手を挙げました。

そこで、私が「皆さんは、みんなが90点以上を目標に取り組みましたので何人かがそれ以下ですので

みんなではないので、嬉しくないになります。」「できなかったからもうあきらめる?」というと

あきらめない」と威勢の良い声が返ってきました。

Kくんが、私の所へ来て「先生初めて90点以上取った」と報告に来ました。

とてもうれしかったです。

学び合いが成立しているのか半信半疑なのですが、こちらが指示(目標設定)さえ間違わなければ確実に学び合うような気がします。』

私の返信は以下の通りです。

『こんにちは上越教育大学西川です。

メール有り難うございます。

良かったですね。

ところで、『学び合い』で一番、手がかかるのはなんだと思います?

子どもではないんです。

それは、自分の心を変えることなんです。

自分の心が変われば、その鏡である子どもは必ず変わります。

さて、「学び合いが成立しているのか半信半疑なのですが、こちらが指示(目標設定)さえ間違わなければ確実に学び合うような気がします。」

とありますよね。

あなたの心が「半信半疑」だと、鏡である子ども半信半疑なんです。

子ども達を信じてあげてください。

もっと凄いことが出来るはずだと信じてください。

その気持ちはオーラのように子どもに伝わります。

もし、結果が不十分だったら、「何故、君たちに出来ないんだ!君たちは出来るはずだ!」と心の底から説教してください。

けっして「しょうがないよな~」とは思ってはいけません。

学び合い』の程度は数値に確実に表れます。

クラスの平均点ではありません。

クラス全員が驚異的な点数を出すことに端的に表れます。

もう少しです。

みんな」ということの重要性を心にとめて、もっと、もっと高い課題を与え、それが出来ると信じてください。

鏡である子どもは、必ず、応えてくれます。

もし、万が一、百万が一、応えてくれないとしたら、それは、教師の心が、そのような心であると言うことです。

もう少しです!

期待していますよ!』

でも不思議です。

なんで、たかが大学教師である私が、現場の方とメールを数回やりとりをするだけで、先生方は『学び合い』を会得するのだろう、と思います。でも、それは、その先生が志の高い方であり、子どもを見とれる人だからでしょう。そして、『学び合い』は本当に簡単だからだと思います。と、分かっていても、まるで魔法のように感じます。

[]巣立ち 22:20 巣立ち - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 巣立ち - 西川純のメモ 巣立ち - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学部3年生のゼミは、舐めるようにして、懇切丁寧な指導が出来ました。禁断の喜びと思いつつも、可愛いゼミ学生を指導する喜びは格別です。いつもだったら『学び合い』で進めていますが、今年は3年生が一人と言うことで、天下御免で個人指導が出来ます。が、連休明けの個人ゼミの際、3年生から「毎週の個人指導は今回で終わりにして、次回からは修士1年の皆さんと学び合いたい」と宣言されました。複雑な気持ちです。そうさせるように説教しまくったのですから、セオリー通りです。が、舐めるような個人指導は出来ない。

 「お、そうか、いいよ~。君が考えたことなんだから、一番の判断だよ。今後は、たまに俺が「研究、どう?」と聞くとき、自信を持って応えられれば良いんだよ~ん。期待してるよ」と言いました。しめしめ、どんどん『学び合い』の術中に落ちていく。『学び合い』は学習者に手の内を晒しても、どんどん術中に落ちます。だって、本人にとって術中に落ちることはプラスであることを納得させているんですから。

 でも、自慢します。日本中の学部3年生の中で、指導教員に向かって、もう、あなたの個人指導は不必要だ、と建設的に言える学生は何人いるだろうか?その一人が我がゼミにいる!

[]偽学生の薦めの続き 22:20 偽学生の薦めの続き - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 偽学生の薦めの続き - 西川純のメモ 偽学生の薦めの続き - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、偽学生の薦めをアップしたら、早速、明後日の大阪での偽学生希望の申し出が来ました。さっそく、楠葉西中学校に了解を求め、快諾をいただきました。ただし、今回は中学校の方々との議論が本来の目的ですので、その様子を見ているようにしてね、と偽学生希望の方にお願いしました。

 偽学生の一人は実践家として国語教育に関する多数の本を出し、大学に席を移した尊敬する教師です。明日(つまり偽学生の前日)、その方と飲む約束をしました。楽しみです。

F-KatagiriF-Katagiri2007/05/10 13:33いいな~。私もその偽学生と久しぶりに飲みたいです。

jun24kawajun24kawa2007/05/10 15:41はい、そのように伝えますよ。

まるしんまるしん2007/05/10 19:58その偽学生は、きっとぼくも知ってる人ですね! いいなあ。

jun24kawajun24kawa2007/05/11 05:25お二人へ
とても楽しい飲み会でした。
朝一番の仕事があるので11時で切り上げなければならなかったのが、残念だった。

07/05/08(火)

[]だから何? 23:02 だから何? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - だから何? - 西川純のメモ だから何? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のkineさんの実践での『学び合い』をしている子どもの様子に関して感激しているゼミ生と議論しました。その良さを示す表現なのですが、学卒院生さんもオーラのように感じていました。とにかく、子ども達が安心して、楽しんで学んでいることはハッキリ分かったようです。その中で面白い表現がありました。子ども達が球技をやっているとき、「なんでできないんだ」という罵声が一度も起こらなかった、と指摘していました。なるほどと思います。さてさて、その後の話です。

 Fさんと雑談をしました。その中で、ある班が、ある漢字を書けない子ばかりだった状態の時、何をするべきかを議論しました。Fさんは「そういう場合は教えるべきではないか?」と議論します。そこで私は「その漢字が書けないと、だから何?」と言い出します。そうするとFさんは、キョトンとした顔になります。こういう顔って、学卒院生と同じ、純真な顔になります。あははは

 そこで、「その漢字が分からないと人生が変わる?」と聞きます。当然のごとく、そうではないことを認めます。そこで「漢字が書けるかかけないかではなく、人とか分かり合って向上するという次元で考えて。何が問題?」と問いかけます。そして「クラス全員が書けなかった?」と聞くと、そうでないことを認めます。そこで、そんなどうでもいい漢字のことではなく、クラスの中に知っている子がいるのに、何故、その班に伝わらなかったかを考えるべきであると語りました。もし、その班の子ども漢字のことを教えれば、漢字は分かるでしょう(定着のことを考えれば、かなり疑問ですが)。しかし、それによって失うものがあります。教師が教えまくれば、子どもが学び合わなくなります。だって、クラス子どもが分からなかったとき、それを何とかする責任は教師が負っていると思うでしょうから。だから、どうすればいいかといえば、教えないのです。そして、結果として分からない子どもがいたと言うことを「クラス全員」に理解させ、それを厳しく評価すれば良いんです。

 その場その場で教えるのは子どもであって、教師ではありません。その場で教えなければならない場合は二つだけです。それは人権に関わること(即ち心の事故)、もう一つは身体事故に関わることです。これは『学び合い』にいおても、その場で教師が教えなければなりません。それは、トライアンドエラーが許されないからです。しかし、ある漢字の書ける書けないというレベルは、学校教育目的である人格の完成に対して、どうでも良いことです。

 学校教育で学ぶ教科の個々の内容は、一つの例外もなく、どうでも良いことなんです。大事なのは人格の完成です。それを実現するためには教科の個々の内容を学ぶ過程でこそ学べるのです。

[]偽学生の薦め 15:20 偽学生の薦め - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 偽学生の薦め - 西川純のメモ 偽学生の薦め - 西川純のメモ のブックマークコメント

 5月6日に偽学生の薦めを書きました。ご希望があれば、私の方にお問い合わせ下さい。直接、連絡すると向こうがビックリすることを、遅ればせながら気づきました。私の方から連絡すると通りがいいと思います。

07/05/07(月)

[]本日 22:43 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は新ゼミ生達が、ゼミOBの授業を見に行きました。その計画を立てているのをニコニコと横目で見ながら、口を出しませんでした。

 私が偉そうに、そして夢物語のように語ることが、現実に見れば説得力は百倍です。そして、私が語る以上のことがあることを感じて帰ってきました。しめしめ。

 kineさん、ありがとう洗脳は成功です。子どもの姿は、私より雄弁です。

 夜は西川久保田研究室の合同新歓コンパです。大笑いの連続です。類は友をよぶと言います。その通りです。実に、陽性の人たちが集まった集団になりました。こりゃ、本当に手間がかからない集団になりそうだ、と感じました。あ~面白かった。私とKu先生は1次会で退却です。今、自宅に戻っていますが、彼らは2次会の真っ最中でしょう。

 コンパの途中、西川研究室の新ゼミ生達が、明日のM1ゼミの作戦会議をしていました。私が近づくと、色々と弁明や逃げを打ってきます。そこで私が語ることは、「誰のための研究か思い出してね。あなたがたの研究が悪かろうと、私の給料には一銭も影響しないんだよ。だから、自分でどうすべきかを決めれば良いんだよ」と顔中に広がる笑顔で語りました。

 明日のゼミ楽しみです。

kankan2007/05/08 21:26よろしければ、私の学校にもどうぞ。いつ何時、どなたの訪問でも受け付けます。今、授業が週に各学級2時間しかないので(言い訳かな?)、丁度、初期段階から徐々に抜け出し始める頃というか抜け出させるための戦略を練る頃になっています。すでに抜け出しているであろうkineさんほどではありませんが。中3の学び合いもおもしろいのでは?何なら授業もやらせてあげます。お近くなら「大胆な方」も時間を見つけて来て下さい。

makine45makine452007/05/08 22:08遠路はるばる参観にお越しいただきありがとうございました。
「後ろに黒い人がずらっといたので、緊張しちゃった」
という子がいました。
1ヶ月ほどしてまた参観すると、違いがわかると思います。
また来てください。私もいつでも大丈夫です。
Kanさんの授業を私も見てみたいです。

jun24kawajun24kawa2007/05/09 06:33有り難う同志!
今から文部科学省に出張します。帰ったら、ご両人が受け入れることをブログで公開しますね。

07/05/06(日)

[]偽学生のすすめ 20:57 偽学生のすすめ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 偽学生のすすめ - 西川純のメモ 偽学生のすすめ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 HP(http://calendar.yahoo.co.jp/jun1959914)に公開しているように、夏休みまでに、私が講演するのは以下の通りです。ご希望があれば、該当機関にお問い合わせ下さい。

 特に8月6、7日は兵庫教育大学で集中講義をいたします。1日半かけて、ごく初期の研究から最新の研究までのまとめて話します。講演会は1時間半程度ですが、6,7倍語ることになります。ご希望があれば、私にメールしてください。この、お誘いは、またします。

5月11日 大阪市枚方市 楠葉西中学校

5月14日 群馬県高崎市 八幡小学校

5月26日 埼玉県本庄市 『学び合い』を学ぶ研究会 (本メモ 4月22日参照)

7月26日 青森県三沢市 東部上北、小中学校教科研修協議会

8月6,7日 兵庫県加東郡 兵庫教育大学 集中講義

8月8日 長野県塩沢市 長野県教育センター 10年経験者研修 共通研修Ⅱ(中学校高校

8月9日 宮城県栗原市 鶯沢小学校講演会

8月10日 新潟県新潟市 学び合いフォーラム(臨床教科教育学会)

[]大胆・・のその後 08:26 大胆・・のその後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大胆・・のその後 - 西川純のメモ 大胆・・のその後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の「大胆・・」の方より以下のメールをいただきました。

『こんばんは。○○です。

丁寧な返信ありがとうございます。嬉しいです。

どうやら私は「学び合い」を勘違いしていたみたいです。誰のための授業か。根本的なところを間違えていました。自分が考えたやり方だと、今まで使われることのなかった子どもの説明能力やコミュニケーション能力は育ちませんね。このままでは私の卒論テーマである、真の「わかる」ということからも離れてしまうところでした。

「学びの殿堂」「勉強しなさいを言わない授業」「座りなさいを言わない授業」をさっそく見てみます。そして、なんとか指導教員を説得したいと思います。実習は○○日からなので、事前にアポをとって会ってきます。

どうぞ公開してください!話題にしていただいて嬉しい限りです。

私が学び合いをやろうと思ったのは、昨年実習校の授業参観に行ったときです。私は社会科なので、社会の授業を中心に●●・◎◎の授業を見学しました。そしてどの授業も先生が説明し、生徒がやらされていました。それに追い討ちをかけるように、今回私の指導教員の授業を見ていたときです。

教室の後ろで見ていた私の目の前の生徒がこう呟きました。

「何話してんだか全然わかんねぇ」

ごもっともな呟きだと思います。私もわかりませんでしたから。その先生の昔話ばかりでしたし。たしかに教えるのが難しい分野だったのかもしれません。もちろん教えるのが難しいからといって適当に流していいわけがありません。子どもたちの貴重な時間を奪っているのですから。ただ、誰のための授業なのか全くわかりませんでした。

その先生と実習の打ち合わせのときにお話しすることが出来ました。ベテラン先生らしい?ガッカリする話でした。

 こういう気持ちは生徒にも伝わるようで、知り合いの生徒が、「社会が全くわかりません。教えてください」「あの先生はクソだ」と言っていました。

塾での経験も理由の1つだと思います。

テストの点を上げるため、成績を上げるために授業をし、問題をやらせる。 講師をしてて、疑問が解決することはありませんでした。

こうした背景から私は「子どものためにわかる授業を」をテーマに実習に「学び合い」を取り入れ、生徒主体の今までに見たことも体感したこともない授業をやってみたいのです。

※ここでいう「わかる」とは、問い直しの大切さを実感することです。問い直しとは、事実を鵜呑みにするのではなく、「なぜこうなるのか」「なんのためにするのか」と改めて考え直すことで、より確かな知識へのプロセスのことです。「学び合い」でいうと、クラス全員がわかる説明を考えるということになると思います。

匿名とはいえ、中傷的で、見苦しいメールになってしまったかもしれません。

すみません。しかし、素直な気持ちです。』

 私の返信は以下の通りです。

『こんにちは上越教育大学西川です。

メール有り難うございます。

 あなたのための忠告です。指導教員を説得することはやめた方が良いと思います。読んでいる限り、無理です。今までの経験から言えば、指導力のある先生は『学び合い』を理解できます。だって、子どもを見ている方ですから、我々の主張していることを「あ~、あれね」と感じることが出来ます。

ところが、子どもを見ずに自分の世界の中で授業している人には、分からない話です。

 また、若い人だと、トライしようとする気持ちがあります。両方とも合致しない人は、説得は至難の業です。こうなると、個人を説得するのではなく、集団を説得しなければなりません。それは、あなたには不可能です(今の私にも)。

 大学の成績のA,B,Cは教員採用試験に影響はないと思います(おそらく)。しかし、教育実習の成績は影響します。無意味な軋轢を生じ、B、Cをとることはやめた方が良い。反面教師を実感することで学んだ方が良いと思います。

 あと、もう一つ、「今まで使われることのなかった子どもの説明能力やコミュニケーション能力は育ちませんね。」とありますが、ちょっと引っかかります。我々の考え方だと、説明能力やコミュニケーション能力は本質的には育たないと考えます。同時に、どんなことしても害することは出来ないと考えます。両者は歩く能力と同じに、DNAに組み込まれていると考えています。教師が出来るのは、それを授業で出すことを許すか、阻害するかのどちらかにすぎません。想像してください、授業中に歩くことを許したら、歩く能力が育つと思います?逆に、授業中に歩くことを禁止したら、歩く能力が害されると思います?以上だからこそ、「○○やってください。どうぞ」でうまくいくんです。

 が、それは初期段階です。我々のDNAの中に組み込まれているのは、ごく親しい少数の人に対してコミュニケートする能力です。親しくない人とコミュニケートして大きな集団を形成するの能力は教育依存しています。だから、『学び合い』において小グループで活発にコミュニケートすることは、とてつもなく簡単です。が、小グループ間でコミュニケーションが生じない、学び合いに入れない少数の子どもがいる、という状況になります。そこで、教師が「みんなが」、「全員が」ということを厳しく求めます。この段階を乗り越えたとき、本当の『学び合い』が生じます。

 さてさて、とにもかくにも、人を見て法を説け、と申します。説得が困難な人を説得することは時間の無駄です。いや、今のあなたの場合は、危険ですらある。やめた方が良いですよ。』

miyoshiyukikomiyoshiyukiko2007/05/08 23:00教育実習は、学ばせていただいている場所なので、色々なことを吸収する場にすることが大切だと過去を振り返って思います。受け入れていただいていることに感謝することです。一波乱やってしまった経験のある私が言うので確かです。(苦笑)
余計なコメント失礼しました。

jun24kawajun24kawa2007/05/09 06:34そ、その通りでした!感謝の気持ち、大事ですね。
心にとめねばなりません。
どうも、子どもが苦しんでいる様子を読むと、感情移入してしまう悪い癖があります。反省。

miyoshiyukikomiyoshiyukiko2007/05/09 23:38偉そうに書いてしまってすみません。言葉足らずでした。24kawa先生のおっしゃることが痛いほどよく分かるので、共感のコメントを送りたかったのです。

jun24kawajun24kawa2007/05/10 08:08多謝!
しかし、大事なことを思い出させていただきました。
感謝!
またコメント下さいね。

07/05/05(土)

[]大胆・・の追伸 18:51 大胆・・の追伸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大胆・・の追伸 - 西川純のメモ 大胆・・の追伸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我がゼミの4年生も、しばらくしたら中学校実習です。彼らの場合は、『学び合い』は絶対に出来ます。だって、「何のために学校教育があるのか」を5分間ぐらい説教して、あとは「○○を全員が出来るようにしてください、どうぞ」だけですから。問題は、、「何のために学校教育があるのか」を5分間ぐらい説教するためには、それを理解していなければなりません。個々の教科内容を学ぶのが学校教育目的であると考えてる人では、、「何のために学校教育があるのか」を語れません。でも、我がゼミ生の場合は大丈夫です。また、「どうぞ」と行った後の子どもの姿が、どんな姿であるかが分からないと、オロオロしてしまいます。そして、うまく行き始めているのに、そのことが分からず、退却してしまいます。しかし、彼らの場合は八幡小学校で1ヶ月以上、『学び合い』を見ています。従って、万に一つも間違いはありません。

 従って、私が下の「大胆・・」で大胆と言ったのは、学部生が出来ないだろうと思って書いたのではないです。あわてて追伸します。

 ゼミ生は『学び合い』を教育実習やりたいと言っています。それは、出来るだろうという感覚を持っているからでしょう。しかし、私は「やめなさい」と言っています。実習校の先生が、理解できないでしょうから。つまり、彼らの能力の問題ではないんです。

 残念ながら、上越に『学び合い』でゼミ生を託せる学校はまだありません。上越に根付かしたいと願っています。

[]可視化 16:24 可視化 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 可視化 - 西川純のメモ 可視化 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、研究室におります。連休中の真ん中、控え室に誰もいないだろうな~、と思っていたら、Sちゃんがいました。黙々と教員採用試験勉強をしています。可視化します。

[]大胆・・・ 16:14 大胆・・・ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大胆・・・ - 西川純のメモ 大胆・・・ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモにあるとおり、我々は初任の先生でも『学び合い』は出来ると信じていますし、実際にやれます。が、私でも「え・・」と絶句するメールをいただきました。以下は、本日いただいた他大学の学部4年生からのメールです。

 『実は今月末から中学教育実習に行ってきます。そこで私は、「学びあい」を実践する予定です。今考えている大まかな流れです。

学習内容は『稲作』です。まず、「米」から連想する言葉メモリーツリー式に書かせます。はじめは各自で考えさせ、煮詰まったら席を立って友達に聞いていいとあらかじめ伝えます。つぎに、メモリーツリーに出てくるであろう言葉(例えば、あきたこまち)を予想して、関連した資料を配ります。(米の主な生産地のわかる日本地図や米の消費量は年々減っていて、生産量も伴って減っているグラフなど)資料からわかることを友達同士で考えさせ、本時の学習内容を理解させます。(ブランド米→減反政策→生産量を減らさず、利益をあげようと農家努力している、日本地図東北北海道生産地が多い→冷害に対応するために品種改良をしている)

ただ、いくつか不安があります。

①実習校や担当指導教員の方針とあうかどうか。教務主任や担当指導教官とよく話し合うつもりです。

②実践したときに、生徒が関係のない話をしたり、遊びだすのではないか。学び合いの形になれていない生徒だと思うので、始めに「関係のない話をしてはダメ」など、縛りを加えてしまうとなかなか席を立たなくなるのではと思います。

③私自身、生の学び合いを体感したり、実践していないので授業になるかどうか。やってみないとわからないと思いますが。』

 私の返信は以下の通りです。

『> 実は今月末から中学教育実習に行ってきます。そこで私は、「学びあい」を実践する予定です。

それは大胆な・・・

> 今考えている大まかな流れです。

> 学習内容は『稲作』です。まず、「米」から連想する言葉メモリーツリー式に書かせます。はじめは各自で考えさせ、煮詰まったら席を立って友達に聞いていいとあらかじめ伝えます。つぎに、メモリーツリーに出てくるであろう言葉(例えば、あきたこまち)を予想して、関連した資料を配ります。(米の主な生産地のわかる日本地図や米の消費量は年々減っていて、生産量も伴って減っているグラフなど)資料からわかることを友達同士で考えさせ、本時の学習内容を理解させます。(ブランド米→減反政策→生産量を減らさず、利益をあげようと農家努力している、日本地図東北北海道生産地が多い→冷害に対応するために品種改良をしている)

あはははは

以上は、我々の『学び合い』ではなく、仕組まれたグループ学習ですね。

仕組まれている???と思ってらっしゃっているでしょうね。

でも、

1)なぜ、メモリーツリー式の連想をさせるのですか?

それが全ての子どもにとって良いと思っているのは誰ですか?

○○さんですよね。

で、本当に全ての子どもにとって良いのでしょうか?

もし、そうだとおっしゃっているならば、その根拠は?

2)「出てくるであろう言葉(例えば、あきたこまち)を予想して、関連した資料を配ります。」とあります。

つまり、子どもは○○さんの予想の中で、予想することを期待していますよね。

そう期待していることを、準備した資料を見れば子どもは感じますよ。

まあ、賢い子どもは、それ以前に見透かすでしょうね。

そうすれば、○○さんの仕組んだとおりに、踊り出します。

我々の『学び合い』は以下の通りです。

鐘が鳴る。

教師が入室

本日は、「本日の課題は、米の主な生産地のわかる日本地図統計をもとにして、日本農家がどのように生き残ろうとしているかを、クラス全員が分かる説明を考えるです。どうぞ」

以下、子どもの活動です。

え???とお思いかも知れませんね。実際にそれをやっています。

http://www.iamjun.com/の「学びの殿堂」をご覧になりましたか?

我々の学び合いは、課題を述べるのみです。

それで、人間関係が向上し、成績が上がります。

その仕組みは、「勉強しなさいを言わない授業」にあります。

> ただ、いくつか不安があります。

>

> ①実習校や担当指導教員の方針とあうかどうか。

> 教務主任や担当指導教官とよく話し合うつもりです。

まあ、無理でしょうね。

我々の考え方は、革命的ですから。

>

> ②実践したときに、生徒が関係のない話をしたり、遊びだすのではないか。

> 学び合いの形になれていない生徒だと思うので、始めに「関係のない話をしてはダメ」など、縛りを加えてしまうとなかなか席を立たなくなるのではと思います。

遊ぶのは何故でしょう。

おそらく、勉強がつまらないからです。

ところが、我々の『学び合い』では絶対に遊びません。

その理由は、「座りなさいを言わない授業」の石崎さんの実践にもあります。

>

> ③私自身、生の学び合いを体感したり、実践していないので授業になるかどうか。

> やってみないとわからないと思いますが。

一度は見た方がいいと思います。

それでも、やろうと思い、指導教諭の方もやっていいと、おっしゃったら相談に乗りますよ。』

 私は夢追人で、発想も大胆だと思っています。が、やはり時代の先を切り開くのは若い人の大胆な行動なのかも知れません。

 それにしても大胆だ・・・。同時に、凄いな~

07/05/04(金)

[]え、もう 21:22 え、もう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - え、もう - 西川純のメモ え、もう - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年、学部を卒業したゼミ生のRの近況をブログで読みました。なんと、新任の、それも、自分のクラス小学校2年生)を持って十日ぐらいで学び合いをやりはじめました。そして、1週間で学び合いの初期段階は達しています。次の段階は、「みんなで」を徹底させる段階ですが、この分では直ぐに出来るでしょう。

 今の段階の私は、新任のRが1週間ぐらいで初期段階を達ししていることに驚きません。だって、『学び合い』は本当に簡単ですから。そして、Rは2年間の西川研究室の洗脳を受けているんです。でも、「やった」、「やれた」ということに驚いています。

 考えました。Rの世代の学部ゼミ生の特徴は、『学び合い』のライブをたくさん観た点です。だから、『学び合い』が成立しているときの子どもの姿を五感を通して知っています。そして、その時の授業者の様子を見ています。それ故、バンジージャンプが怖くないのだと思います。いやRは、はやくバンジージャンプがしたくてしょうがなかったのだと思います。Rの世代以前から、『学び合い』のライブを観ようと思えば、可能でした。特にKちゃんの場合はMさんのクラスに長期に実践研究に入った。が、Kちゃんは海外協力に旅立ってしまった。その意味で、Rの世代が『学び合い』のライブをたくさん観た最初の世代と言えます。では何故Rが最初かと言えば、我々のゼミが歴代の先輩の蓄積の結果として成長したのだと思います。

現職院生は、いっぱい学部ゼミ生に自慢話を話したはずです。そして、「見に来なよ」と誘ったはずです。同時に、自慢話を聞かされた学部ゼミ生は「見に行かせてください」と言ったはずです。どちらが最初というわけではなく、あうんの呼吸だったのだと思います。どちらの側の発言も、我々の成果の蓄積の成果だと思います。

でも、それにしても、新任で『学び合い』をするなんて、Rは大胆な奴か、Rの初任校はそれを許しそうな学校とRに感じさせる良い学校なんでしょう。おそらく、両方だったのだと思います。Rは幸せモンです。

今、Rは自分がゴチャゴチャしないことを実感して、それを可視化することをしなければと分かっています。偉い!でも、おそらくRは「学び合いの仕組みと不思議」のMちゃんの研究で紹介している「褒める」、「とぼける」、「大きな独り言」をしよう考えているのでしょう。でも、それは初期段階で十分です。やりすぎると、五月蠅くなる。もう一つ、大事な可視化があります。それは、クラスの外に対する可視化です。具体的には親、同僚です。

Rへ。凄く良いプリントをKineさんとKanさんからもらって手元にあります。君も、もらったら。あれを使って可視化したら一発だよ。だって、あれ読んだら、親は絶対に「○○先生って、どんな授業をしているの?」と聞くはずです。そして、彼らはクラスの様子を語ってくれます。これでOKです。あはははは

[]本屋 21:22 本屋 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本屋 - 西川純のメモ 本屋 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子の希望により富山に行きました。電車好きの息子の希望により、各駅停車直江津から富山まで移動します。2時間もかかります。富山では市内を散策し、ラーメン屋で食事しました。時間つぶしに駅前の本屋に入りました。本屋と言っても、そんなに大きな本屋ではありません。そこで、息子はずっと本を読んでいます。

 家に帰って、「富山は楽しかったか?」と聞くと、「ウン」と応えます。そこで「何が面白かった?」と聞きました。私としては「電車」と来ると思っていました。しかし、彼は「本屋」と応えました。がくっときました。あんな本屋だったら2時間もかけて来なくても上越にもいっぱいある。気づきました。息子は電車好きですが、それ以上に本好きなんです。休日に「どこに行きたい?」と聞くと、「本屋」と言います。思い起こせば、私も本好きでした。が、本屋が行くのが良いと思ったのは小学校中学年以上だったと記憶しています。息子は年少からその傾向があり、年中からハッキリしていました。そこで気づきました。時間つぶしに入った駅前の本屋は、以前、私の出張中に家内との小旅行で行ったところだそうです。息子から「富山に行きたい」と言われたとき、我々は「富山電車に乗っていきたい」と解釈していました。しかし、本当は、「富山のあの本屋に行きたい」というのが本当なのだと思います。そして、行くのだったら電車で行きたい、という優先順序だったのです。

 ということで、片道2時間、往復で2万円弱をかけて、ごく普通本屋に行きました。しかし、息子が喜んでいるのですから、良しとします。

RR2007/05/06 14:51紹介していただいて、恐縮です。
「学びあい」は授業の一部でやったりしている程度で
まだまだ、「学びあい」と言うには程遠い状態です。
しかし!
子どもの生き生きとした顔を一度見たらやめられません(笑)
これから、こつこつやっていきたいと思います。

外への可視化ですが、ん~・・・。
もっと時間がかかるとは思います・・・。
保護者への可視化は・・・。
もっと時間がかかると思います・・・が、本当に少しずつ学級通信や
授業参観で「学びあい」と言うより、「皆が分かることを大切にしている」
ことを伝えています。
とにかく、子どものために、精一杯やりま~す!

jun24kawajun24kawa2007/05/06 15:08君も知っての通り、わたしゃ、せっかちだよ。
早く、早く、もっと早く
もっと、もっと、凄いことやらかしてね。

07/05/03(木)

[]夢 21:40 夢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夢 - 西川純のメモ 夢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、新ゼミ生と個人ゼミをしています。最初は、今までに出版した西川研究室の本を出版年代に沿って読み、分からないこと、納得できないことを議論します。その議論によって、西川研究室の本が一般の先生にはどのように見えるかが分かります。だって、西川研究室に所属を決めるぐらいの方でも、なかなか納得してもらえないのですから。

面白いのは、「何故理科は難しいと言われるのか?」、「学び合う教室」、「学び合いの仕組みと不思議」、「心の教科指導」あたりまでは、比較的たやすく納得してもらえます。その頃の時代は、一般の先生方が悩んでいることを解決していた時代です。それ故、ゼミ生の方は、「は~、なるほど、今まで悩んでいたことが解決しました」とか、「へ~、こんな方法でやれば良いんですね。今までやっていた方法より簡単だし、効果が高い」と感心してくれます。

 が『「静かに!」を言わない授業』、『「座りなさい!」を言わない授業』、『「忙しい!」を誰も言わない学校』、『「勉強しなさい!」を言わない授業』になると、カルチャーショックを受けるようです。今まで信じていた大事なこと、そして、それに基づく疑問が、どうでもいいことであることを連綿と証明しているのですから。理屈としては分かるのだが、必死になって、それを否定しようとします。しかし、私の方で、それを片端から、誰でも知っている知識を単純な論理を組み合わせることによって論破します。さらに、それが現実となっているクラス子どもを見せれば、証明終わりです。

 でも、今では研究が終わっているが、まだ本にしていない知見を知り始めると、もっと混乱します。だって、これから出版する本では、「特別支援の子どもの過半数を、簡単に問題ない子どもに出来る」、「子どもが指導要領を読み込んで、教師から観ても妥当な評価観点を作り、自己評価する」、「子ども達が数ヶ月にわたって単元計画をして学習を進める」というものです(その他もあります)。そのいずれにおいても教師の発言時間は極めて短く(最短の場合は、1時間あたり3秒)で、クラスの全員(特別支援の子どもも含む)の成績が驚異的に上がるということです。まあ、ゼミ生がデータを見せられて混乱するのは当然です。私だって、「火星人がいる」、「1+1は実は3だった」というデータを出されたら、そのデータ論理的で妥当であったとしても、納得するより、その瑕疵を捜すことに全力を尽くすでしょう。

 おそらく、このレベルになってくると、我がゼミOBでさえ信じてくれないでしょう。そして「また、西川先生は夢みたいなこと言って」と心の中でつぶやくはずです。でしょOB各位。でもね、思い出して、私が「○○である」と言うときには、ちゃんとした理論データを、皆さんの後輩が既に出していることですよ。そして、それがどんなものであるかは、皆さんが知っているでしょう。皆さんが証明したことは、おそらく多くの先生にとっては、「火星人がいる」と同じ話に見えると思います。どんなデータで皆さんは、それを証明しました?それと同じデータ理論で皆さんの後輩が証明済みなことです。

 でも、まだ夢があります。「どんな教師でも、数日で『学び合い』を理解し、実践できるようになる」、「どんな学校でも、1ヶ月で全教師が『学び合い』を理解し、実践できる。」ということです。この実践できるとは、上記で書いた「火星人がいる」というレベルと同じぐらいに思われることです。単に、子ども達が一生懸命に話し合って、クラスの平均点が数十点あがる程度のレベルの低い実践ではありません。「ほら、バカみたいな夢を言っている」という声が聞こえます。でもね、夢があるから、現実に出来る。その夢があるから、我が研究室は数年のレベルで驚異的な進歩も出来る。私には上記を出来るような気がします。

 さて、上記を書きながら、気づきました。そんな「火星人がいる」レベルのことが書いてある本が、一定数、つねに売れ続けていることにビックリします。だって、ゼミ生であっても、ゼミOBでも飲み込むのは辛い内容を、身銭を払って買っていただいている。あ、そうか、そうだった。我々が学術的に実証していること、しようとしていることは、我々の専売特許ではない。それに近い実践をしていること、また、それを願っている教師は少なくない。そういう人が買ってくれるんだ。あ、そうか、そうだった。そういう人がこのブログを読んでくれるんだ。

 みなさんへ、

 本年度かおそくとも来年度までに、「特別支援の子どもの過半数を、簡単に問題ない子どもに出来る」、「子どもが指導要領を読み込んで、教師から観ても妥当な評価観点を作り、自己評価する」、「子ども達が数ヶ月にわたって単元計画をして学習を進める」ということを書いてある本をを出版します。そして、「どんな教師でも、数日で『学び合い』を理解し、実践できるようになる」、「どんな学校でも、1ヶ月で全教師が『学び合い』を理解し、実践できる。」を出版できるよう願っています。

[]補足の補足 18:26 補足の補足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 補足の補足 - 西川純のメモ 補足の補足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の「補足」を補足します。

 『数学の点数が80点は、数学の点数が60点より良いと「本気」で信じている』ひとは、『自ら管理する集団内部において「序列」を導入する人』になるかを説明します。

 それは、数学の80点の人の方が、数学の60点の人より優れていると思ってしまうからです。少しでも、その気持ちがあると、表情、口調、間・・色々な所に現れます。そうなると、子ども達も、80点の人の方が、60点の人より優れていると思ってしまいます。優れているというのは相対値ですので、全ての人が「優れている」という評価を得ることが出来ません。それ故、競争が生まれます(詳しくはブログ内検索でドイチェを引いてください)。だから、一度、そんな点数はどうでもいい、と思わなければならいと思います。

 その上で、クラスの達成度を示す指標として、拘わります。例えば、我々は「クラス全員が100点を取る」という普通の教師だった馬鹿げている課題を与え、「本気」でその達成を願い・信じます。この場合は、クラス全員に対しての課題です。それ故、「田中さんが百点で、鈴木さん百点で、太田さんが80点で、・・・」ということは気にしません。気にするのは「全員が百点か、否か」の一点です。教師の視野の中には、一人一人の比較はありません(もしくは押し殺すように自分に言い聞かせます)。

 そして高い点数を求める目的は、数学を分かること、国語を分かることではありません。その点数に現れる、一人一人の学ぶ意欲、一人一人が学びたいと思ったときに得られる個別対応、そして、一人一人の人格の完成です。教師が、一人一人を観なければならないという呪縛数学国語は学ぶ価値があるとする呪縛から、一度、離れなければ、一人一人の、数学国語学習は成り立たないと、私は信じています。

 私とは違った立場の方もいるでしょう?その方に、いつも聞く問いは二つです。

 第一は、「一人一人を観なければならないのですか?結構ですね。で、それで一人一人を観ているのですか?」という問いです。大抵の方は、「いえ、それは無理です」と応えます。そこで、「じゃあ、どれだけの時間、一人一人を観ていますか?」と問いかけながら、授業時間÷クラスの人数の計算をします。でも、大抵の方は「それでも、出来る限りするべきだ」とお考えのようです。そこで、我々のデータを示しながら、『学び合い』で本当の一人一人に対応した教育が成立していることを示します(例えば『「勉強しなさい!」を言わない授業』(東洋館)で紹介した事例を示します)。

 第二は、「じゃあ、どの教科、どの単元でも結構です。具体的な内容を挙げて、それを学ぶ必然を説明してください。」と問います。どんな内容を挙げても、小中学生も分かる根拠と論理で論破出来る自信があります。私が定時制高校子ども達にやられたことを思い出せば、チョロいモンです。これをまともにやると反応は二つです。論破されて、感情的になる方がいます。これはしょうがありません。論理と納得は別物ですから。もう一つは、「では、学校教育意味がないというのですか?」と聞かれます。その場合は『学び合う教室(東洋館)』の第1章で語ったことを、たっぷりと議論します。

[]春の味の最後 16:46 春の味の最後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 春の味の最後 - 西川純のメモ 春の味の最後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ワラビ取りに近くの山に家族で行きました。行ってビックリです。いつもより2~3週間ぐらい早い感じです。ワラビは開いているものが多いです。この冬は雪が少なかったためと思います。だめだな~と半ばあきらめていましたが、いつもの場所に行くと、そこにはありました。ホッとしました。帰宅後、重曹処理して、明日食べたいと思います。

[]補足 16:47 補足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 補足 - 西川純のメモ 補足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『数学の点数が80点は、数学の点数が60点より良いと「本気」で信じている』と、おとといのメモに書きました。補足したいと思います。

 私は定時制高校オール1の子ども達、暴走族子ども達に物理学を教えました。その際、「何で物理なんか勉強するんだよ~」と言われ続けました。おそらく理科教育学で言われている、ありとあらゆる学ぶ意義を語り尽くしました。全て論破されました。それも、とてつもなく単純な理屈です。私は理科教育学会から学会賞をいただきました。理科教育学限界を強く感じる経験です。結局、私は理科という内容で説得は不可能だと悟り、面白い授業、分かりやすい授業、子どもとの人間関係、そして私のカリスマ性で、「何で物理なんか勉強するんだよ~」と言われなくしました。でも、それを問われたら答えられませんでした。

 しかし、『学び合い研究によって応えが分かりました。つまり、理科という内容で説得するのではなく、何故、学校教育があるのかというレベルでしか応えられないということを理解しました。だって、多くの教師が目くじらをたてて大事だと思いこんでいるどんなことでも結構です。それが分からなかったら、出来なかったら、その人の人生は駄目になりますか?ナンセンスです。極論すれば、数学を全く出来なくとも、国語が出来なくとも、学校教育目的である人格の完成は成り立ちます。という覚悟が必要だと私は思います。

 しかし、だからといって、数学国語を学ぶ必要性は無いという立場には立ちません。だって、人格の完成を「鼻くそのほじくり方」で学ぶより、人類数千年の成果である数学国語などで学んだ方が良いに決まっています。そして、その達成度を非常に分かりやすく示す指標が点数なんです。だって、「自然を愛護する気持ち」では分かったようで、分からないですよね。そして、子どもが分からない目標は、絶対に達成できないと我々は考えています。

 それ故、個々の教科、個々の単元、個々の内容に、拘りません。しかし、教科学習を通した全人的な人格の完成には拘ります。だって、学校教育の圧倒的大多数は教科学習の時間で占められています。それ故、教科学習で人格の完成をしなくて、いつやるんだ!と強く主張します。

 かっての教育史をひもとけば、学ぶ内容を重視する実質陶冶と内容を操作する能力を重視する形式陶冶の論争があります。しかし、我々は人格の完成に向けて実質陶冶と形式陶冶が無矛盾でなりたつとき、その時のみに、実質陶冶も形式陶冶も成り立つと考えます。

makine45makine452007/05/04 08:05同じこと近いことを考えていらっしゃる方は、志が高い。
埼玉県本庄市での研究会に和歌山・大阪・富山・福島から参加される方がいらっしゃいます。その志の高さに感激しました。

jun24kawajun24kawa2007/05/04 08:45私もそう思います。そういう方に、合えることが楽しみです。

07/05/02(水)

[]あ、そうか 05:51 あ、そうか - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - あ、そうか - 西川純のメモ あ、そうか - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、起き抜けに、気づきました。もしかしたら、犬山市は私なんぞには及びもつかない、したたかな市なのだと思います。

 第一に、市は下々の教師と違って、全国テストを拒否できます。そして、その判断によって、犬山市教育を全国に知らしめることに成功しています。宣伝効果としては、数億以上です。それ以上に、その決意を管下の教師、地域の父母に伝えることが出来ます。これは、凄い。

 でも、それでも全国テストに参加し、協働的な学びの凄さをアピールして欲しかった。あ、そうか。もっと良い方法がある。今回は拒否して、その後、参加する。参加してみたら、全国トップクラスの成績だった。それだったら、かっこよすぎる!

 Mさんの言われるとおり、犬山市は素晴らしい町づくりを達成したところです。トップが優秀なのでしょう。だったら、上記レベルの、したたかさがあってもおかしくない。そうだったら脱帽。

1kawa1kawa2007/05/02 20:59???犬山市って私が修論を書いているときに、少人数学習をしらべていたらとっても盛ちょっとんに少人数学習を進めている地域だったと記憶しています。少人数だと子ども一人一人に対する教師の支援がきめ細かく行えるという論調が多かったような・・・。少人数は、学力格差が生じやすい教科におけう指導をより細かに行えるように重点的に教員を配置して実施していたような・・・教育長のコメントも「自ら生きる力」を育てるには少人数によるきめ細かな指導が大切である。といった感じだったと記憶しています。その当時はとっても違和感がありました。その市が学力テストに反対したというのはちょっとびっくり!でした。近頃本も出たみたいなので読んでみようかな、と思います。ちょっと批判的だった私の理解が間違っていたのか・・・真相が知りたくなりました。
おまけですが、私たちの学校でも少人数が出来るような体制はありますが、私の学年ではやめてしまいました!2クラスを全部一緒にして担当になった3人で見て?います。少人数の逆です。今のところ、子ども達にも、学年の算数の主担当の先生にも好評です。

1kawa1kawa2007/05/02 21:00誤字が多くてすみません・・・

jun24kawajun24kawa2007/05/02 23:09はっきり言います。
犬山市の実践は我々の『学び合い』ではありません。
ごく普通のグループ学習のレベルにとどまっています。
でも、しょうがありません。
でも、一つの組織が意志を持つと言うことは、とても重要です。ピグマリンオン効果、ハロー効果が生じます。
1kawaさん、我々も、そのレベルまで行きましょう。そうしたら、もの凄いことが出来る自信あるでしょ。あはははは

07/05/01(火)

[]喧嘩 22:03 喧嘩 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 喧嘩 - 西川純のメモ 喧嘩 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 全国テストに関して、我が同志より意見をいただき、じっと考えました。同志にすら私の考えを伝えきれないのですから、これを読んでいる方に伝え切れていないことは容易に想像できます。同志の方でしたら、どうせ合って話せば伝えられるし、同志の方のお考えも理解できる。でも、これに関してはブログで公開しているので、文字で表現すべきと考え、加筆しました。

 私にとっては全国テストは、たかがテストという意識です。だから、お上にたてついても絶対負けるに決まっているんですから、喧嘩しません。むしろ相手を逆手にとって、こちらの手段にすればいいと安直に感じます。宮仕えしている身だったら、この戦略は有効であることは了解だと思います。お上にたてつかず、お上の仰せに従いつつ、そのルールをこっちが利用すれば良いんです。

 だって、全国テストを選別に使ったとき、勝ち組負け組、どちらの方が人数が多いでしょうか?勝ち組負け組、どちらの市・県が多いでしょうか?自分が頭を使わなくたって、負け組言い訳を考えてくれます。総合学習も導入当初は教師は戦々恐々としていました。でも、今では、誰もが担当しなければならないのですから、誰もが出来るものでいいという風になりました。学力向上事業だって、結局、ビックリするような成果を上げられない学校が多いので、統計処理でなんとでも出来る報告書でOKになっています。もちろんバカな管理職のもとでは問題が起こるでしょう。でも、そのような管理職のもとでは、したたかにやらざるを得ないのは全国テストだけではありません。そして大多数の管理職は「しょうがないな~、無難にこなそう。」と思うでしょう。そして、「そこそこの結果は出してくださいね」と願うでしょうが、教師管理の手段には使わないはずです。そんなことしたら、どうなるかは分かっていますから。そして、バカな管理職以上にいるであろう、賢い管理職は、私と同じように、それをしたたかに利用するはずです。リッカート研究にあるように、成果を出す管理職は、部下を競争させませんから。ということで、たかがテストと思っている次第です。

 あははは、が、小中学校では違うと言われれば、それまでです。もし、総合学習の変質とは違った過程を経る可能性は無いとは言えません。

 さて、そこで考えました。私の中で、お上に逆らっても、「喧嘩」をしても絶対に許せないものは何か?それは、自ら管理する集団内部において「序列」を導入する人です。具体的には、数学の点数が80点は、数学の点数が60点より良いと「本気」で信じている人です。極めつきは、そのような考え方で、習熟度別集団を作る人です。この部分は同志の考えと同じです。いや、多くの方より先鋭とも言えます。だって、私は全国テストが悪いのではなく、「序列」につながったテストであれば、それは全県テスト、全市テスト、全校テスト、学年テスト、そして5段階の成績、かけっこの順位のいずれも悪だと思います。しかし、序列に繋げられなければ、全国テスト、全県テスト、全市テスト、全校テスト、学年テスト、そして5段階の成績、かけっこの順位でも、悪とは思いません。

 しかし、圧倒的多くの教師は数学の点数が80点は、数学の点数が60点より良いと「本気」で信じているのではないでしょうか?しかし、数学にせよ、国語にせよ、たかが「数学」、たかが「国語」と相対化し、それ以上に大事なものがある、という視点を持てなければ、序列は生まれます。たかが全国テストに善悪はありません。むしろ『数学の点数が80点は、数学の点数が60点より良いと「本気」で信じている』ことのほうが私には恐ろしい。

[]高い志 18:17 高い志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高い志 - 西川純のメモ 高い志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、あるところでばったりとある方に合いました。その方は普通学校から特別支援の学校に異動されました。なんで異動したのだろう、と気になっていました。聞くと、自分から希望されたとのことです。年齢は既に若いという範疇ではありません。顔は、相変わらず若いのですが、頭には白髪が目立ちます。そこで「何故?」と聞きました。それによると、自分のクラスに特別支援の子どもがいて、その子に十分に対応できなったそうです。それをきっかけにして、特別支援の学校に身をおかなければ、本当のところは分からないと感じたそうです。

 今のままの能力で、十分に、その後の人生を生き残れるだけの実力のある方です。若くはない年齢で、さらに学び、よき教師になろうとする方です。が、その声には「さらり」としたものしかありません。「勢い」だけで身を投じたわけではないことを感じます。私は、あの方の年齢で、そのような行動は出来なかった。

 ただただ頭が下がります。

[]Mさんのコメントに対して 08:39 Mさんのコメントに対して - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Mさんのコメントに対して - 西川純のメモ Mさんのコメントに対して - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のMさんのコメントに対して、私の「夢」を書きたいと思います。

 「序列化」は学力テストによって生じるのではありません。教師の心に「序列」があればそれは生じます。たしかに、その存在を前提にする(現実的にはそれが正しいと思います)ならば、学力テストがあれば、「助長化」することは確かでしょう。しかし、それを前提とした議論に実りが少ないと私は思います。そんな前提で、犬山市への愛着が生まれるのでしょうか?犬山市の実践は、その序列化を打破することを求めていると思います。もし、犬山市の実践で序列化を打破しているならば、学力テストを導入しても、序列化にはならないはずです。テストの点数は単に点数にすぎません。それを序列に使うのは、人の心です。

 たとえ話です。ある国では、右手の小指で持ち上がられる重さが大事だと思いこんでいました。小指の力で学校での序列が決まります。そこで、小指の力だけのトレーニングだけをする学校も生まれます。しかし、小指だけをトレーニングするため、手の発達、体の発達がアンバランスです。そのため障害を起こす子が生まれます。

 その国では「小指の力、全国調査」を実施することが決まりました。しかし、A市(いうまでもなく犬山市ではありません)では、そのような調査をしたならば、地域の序列化が助長されると危惧しました。また、我々が育てたいのは、そんな小指の力「だけ」ではない、と言って拒否しました。

 それに対して、ある人は、拒否する必要はないと主張しました。理由は、その人の立場は、野球やその他の体育をバランス良くやるべきだという立場です。体育をバランス良くやれば、手の発達、体の発達がバランス良く進みます。さらに、小指のトレーニングより楽しいに決まっています。だから、全ての人が、長期間にわたって成長し続けるはずだ、と主張しています。結果として小指の力「も」伸びます。

 さて、野球やその他の体育をバランス良くやっている地域があったとします。その地域の人たちが「小指の力、全国調査」の話を聞いたら、どういう反応するでしょう。「バカだな~」とせせら笑うでしょう。そして、「どうぞ、結果を出しましょう」と言うでしょうね。そんな地域で各学校の「小指の力」の調査結果が出たら、それで序列化が起こり、地域への愛着は無くなるでしょうか?

 さて、その地域は、野球やその他の体育をバランス良くやるべきだ、と言っていますが、しかし、本音は「小指の力」が重要であると思っている地域だとします。その地域で、「小指の力、全国調査」を実施したらどうなるでしょう?で序列化が起こり、地域への愛着は無くなるでしょうね。でも、そんな程度の考えでやっていて、「野球やその他の体育をバランス良くやるべき」の実態はたかがしれています。

 現実には、「野球やその他の体育をバランス良くやるべきだ、と言っていますが、しかし、本音は「小指の力」が重要であると思っている地域」だと考えるのが妥当なのかも知れません。しかし、私としては、「小指の力」をせせら笑う気概を持てる地域だと信じたい。少なくとも、その地域には、本気で、「野球やその他の体育をバランス良くやるべきだ」と教師もいるし、クラスもいるはずです。その教師や子どもの実践に正当な評価を与える機会だと信じています。「野球やその他の体育をバランス良くやるべきだ」と信じられない程度ならば、やろうとやるまいと五十歩百歩にすぎません。しかし、その五十歩の差の恐ろしさを知っているMさんなればのコメントだと思います。

 Mさんはご存知の通り、私は「夢追人」です。それは現実に身を置く人には、現実離れしていると思われるかも知れません。しかし、夢を追うから、現実化できる。例えば、あなたの実践も、多くの人にとっては現実離れしていると判断されるでしょう。でも、それが出来ると思ったから実現できます。「全国調査」に翻弄される学校・地域ではなく、「全国調査」をせせら笑い、逆手にとって利用できる学校・地域を創る方が「夢」でしょ?

追伸

 かけっこで、みんなで手を繋いでゴールする学校があるそうです。理由は、ビリの人がかわいそうからだそうです。でも、子どもがビリだとみじめと思う理由は、教師がそう思っているからです。そう思っている教師の下で、かけっこしたとして、みんなで手を繋いでゴールしたとしても、みじめに思う子は生まれます。だって、手を繋いでゴールしても、自分は遅いと分かっているし、回りの子どもに、そう思われていることは理解していますから。しかし、冷静に考えてください。かけっこの順位が、その子の人生にどれだけ影響するでしょうか?そして、その順位が、その子の価値に影響するでしょうか?その前提で、かけっこを考えてみれば、全く違った視点を持てます。「順位が重要でないとしたら、何故、かけっこをするか?」という問いかけです。そして、「かけっこを通して、どんな人格形成を目指すか」という問いかけです。そのような問いかけに応えられ、それを子どもたちに語れる教師の下でかけっこをしたとき、ビリであることがみじめでしょうか?

追伸の追伸

 学力テストが教師の序列に使われるという危惧もあります。が、少なくとも犬山市ではあり得ないでしょう。だって、あれほどの大見得を切った市が、そんな利用をするわけありません。もし、そのような使い方をしたら、大笑いします。しかし、そのように自己分析した結果、拒否したのだとしたら、非常に残念ですが、一つの見識と思います。

 が、犬山市以外の多くの地域の場合は、問題が生じる可能性が多いと思います。それ故、犬山市以外で反対というのは、理解できます。しかし、反対と言っているだけでは、何も進みません。そして、お上の命令で実施されます。どうせ実施されるならば、逆手に取る算段を考える方が建設的です。

F-KatagiriF-Katagiri2007/05/01 14:42学力テスト問題の国語だけをじっくり見ましたが、どれもが脊髄反射で解ける問題であり、どこが「国語の力なんだ?」というものばかりでした。しかしこの点数が高ければ全国的には「国語の力がある」と認められてしまうんだろうなぁ。テストを作る側も国語力を試せるテストを作れない。作る力がない。あれは採点する側の都合で作ったテストです。子どものためのテストではない。40億円も使って、結局あれほどのことかとがっかりしました。国際学力調査PISAの読解力低下を受けてのテストがあれじゃあ、さらに読解力が下がるような気がします。

jun24kawajun24kawa2007/05/01 17:48あはははは、そりゃそうですよ。全国一斉テストを作ろうとしたら、良い問題を作ろうとするより、文句を付けられない問題を作るのが日本です。諸外国の大規模調査での良問が話題になることもありますが、あれを日本でやれば賛否両論になることは目に見えています。
以前、教科書会社の人が嘆いていたのを聞いたことがあります。それによれば、良い教科書を作っても、数年のうちにもとの教科書に戻ってしまうそうです。理由は、全国各地の先生からクレームの山が届くからです。結局、良いわけではないが、クレームの付かない教科書、つまり前からず~っとあった教科書に戻るそうです。

MizuochiMizuochi2007/05/01 22:58私のコメントに関し、いろいろとお考えありがとうございました。
私は、先生のようにいろいろと考えてはいないかもしれません。
「全国の中で1つでも不参加の市があって良かった。」
「そこにはそこの考えがある、と認められる社会で良かった。」
と思ったのでした。
学力テストのようなつまらない話ではなく、
この『学び合い』サイトが賑わうことを願っています。

jun24kawajun24kawa2007/05/02 05:41いえいえMさんだから、安心して書けました。色々考えさせていただきました。それと、犬山市は、私のお呼びもつかない、したたかな作戦があるのでは、と思い至りました。

OB1989OB19892007/05/02 05:54伝わっているOBもいますよ。ご安心ください。ちなみに,北海道も組合が学力テスト反対を表明しています。
ところで,「高い志」に共感します。

jun24kawajun24kawa2007/05/02 12:11ありがとうございます。
同志の方に関しては、根っこで繋がっているので安心して議論できます。