西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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07/04/21(土)

[]息子の本を盗み読んで 22:17 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 クレヨンしんちゃん映画は大人も楽しめる。というか、ありゃ、もともと大人の漫画で、「子どもも楽しめる」というのが正確だと思う。最近、『クレヨンしんちゃん映画15周年記念増刊号』という本を息子は読んでいます。息子が別な本を読んでいるときに、読むとグッとなる部分があります。しんちゃんの父である「ひろし」が「暗黒タマタマ大追跡」で「もう会社なんてどうだっていい、世界の危機もどうでもいい。どんなひどいことになっても家族が一緒にいさえすれば乗り越えられる」と言っています。これって「家族仲良く、健康で」という魔法言葉と同じだと思います。以前読んだ、「さくらももこ」の「そういうふうにできている」という本の中で、『もし、神が「今なら君が今まで排卵してきた全ての卵子と、君の夫がこれまでに造ってきた全ての精子の中から、一番優秀なもの同士の組み合わせで造った赤ん坊と取り換えてあげるがどうする?」と尋ねたとしても、私はこの子どもを手放すことは出来ない。神が抱いている子どもが確かに私と夫の子どもであろうが、あえてこの子を選ぶであろう。そのくらいに大切だと感じているのは本当だ』という一節がある。これは、何度となく、子育てして感じたことだ。今から6年前に読んだ本だが、鮮明に覚えている。

 さて、教師は、こんな気持ちになれるだろうか?テレビドラマの教師であっても。無理だ。テレビドラマの教師であっても、「欠点」を直した子どもになって欲しいと思うだろう。「欠点」をそのままでも、「その子」であって欲しいと思うのは親だけだ。教師は「親」のふりをするより、「親」には絶対になれない「よき上司」になるべきだと思う。

[]毎度の質問 18:32 毎度の質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎度の質問 - 西川純のメモ 毎度の質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、何度も同じ質問を、色々な方から言われます。それは、「先生の本に書かれている『学び合い』は○○でも出来るのでしょうか?」です。この○○の部分に、小学校1年生、中学高校国語英語社会・・のそれぞれが入ります。私は0.1秒の迷い無く、「もちろん」と応えます。

 その度に言います。「腹を空かした子どもを焼き肉屋に連れて行って、彼らが腹一杯食べないのではないか?と心配しますか?」と、その度に語ります。余りにも何度も語っているので、何も考えずにしゃべれるぐらいです。その質問に対する回答は常に、「それはありません」です。もし、焼き肉屋ではなくフォークやナイフやスプーンが十数種類もあるフランス料理屋だったら、食べたくても食べられないでしょう。しかし、焼き肉屋だったら、とにかく肉を焼いて食べれば良いんです。何のトレーニングもいりません。もし、焼き肉屋ではなく、激辛ラーメン店だったら、それを食べたい人は限られるかもしれません。でも、焼き肉は一般的に子どもは好きです。以上の理由から心配しません。

 さて、『学び合い』にはトレーニングがいるでしょうか?不必要です。だって、学習者が勝手にしゃべって相談しているんです。休み時間の彼らを見れば、それをやっているのは一目瞭然です。我々の『学び合い』は競技ディベートや仕組まれた学び合いとは根本的に違います。彼らが彼らの方法で『学び合う』のですからトレーニングはいりません。そして、どう考えても、教師の話を黙って1時間ノートに取るより、面白いに決まっています。もちろん、天才漫談師、名人落語家ならは話は別かもしれませんが、日本に数百万人いる教師がそのレベルの語りが出来るわけありません。どんなに教材や話術を使っても、1時間その普通の教師を受けるより、クラスメートとワイワイやる方が楽しいに決まっています。

 だから、、「先生の本に書かれている『学び合い』は○○でも出来るのでしょうか?」を聞かれる度に、私は。「腹を空かした子どもを焼き肉屋に連れて行って、彼らが腹一杯食べないのではないか?」を質問されるぐらい、馬鹿馬鹿しい質問を受けた気持ちになります。

 問題は、「真面目にやるか?」です。これは自然には出来ません。おそらく、普通先生がやらせた場合、過半数は真面目に勉強しますが、ふざける子どもが一部生じるでしょう。そして、「全員と学び合うか?」は、これも自然には出来ません。特定のグループが形成され、関わる人が固定化される可能性があります。そして、特定の子どもが誰とも繋がらないことが怒る可能性があります。ただし、このレベルであっても、一斉学習や仕組まれた学び合いよりは高い達成度を出せることは保証できます。この状態が凄いのではなく、一斉学習や仕組まれた学び合いが、余りにも馬鹿馬鹿しいからです。

 上記を乗り越え『学び合い』にするには、「みんなで高まる」ということを理解し、彼らに熱く説教する必要があります。これを理解している人にとっては、『学び合い』はオールマイティであり、最強な教育となります。

 分からない人にとっては、禅問答だと思うのですが・・。でも、本当に簡単なことです。分かってしまうと、何故、こんな当たり前で簡単な事が分からなかったのかが不思議に思えるんです。

 追伸です。一流の教師だと、「みんなで高まる」ということを自然に身につけているので、「まかせる」ことさえすれば、直ぐに『学び合い』になります。言うまでもなく、我々の考えは、我々の専売特許ではありません。心ある教師は、それに気づいていると思います。ただ、その強力さに気づいていなかったり、クラブ指導には適用しても教科学習には出来ないと思いこんでいる場合が、あまりにも多い。

[]自慢 08:36 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は学習臨床コースの新入院生さんの歓迎会がありました。そこで各ゼミゼミ紹介がありました。我がゼミの場合は、「西川先生ゼミに来ませ~ん。だから、ゼミ生で勝手に学び合っていま~す。」と言っていました。これって我々にとっては自慢なんですが、知らない人だったら「???」でしょうね。だって、「(教師の)親身な、多くの時間を割いた、個人指導」が良いと思っている人が大多数ですから。ところが、我々の場合は、「(仲間の)親身な、多くの時間を割いた、個人指導」が良いと思っていますので。

補足 我がゼミでは、「個人ゼミ」、「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」の3種類があります。「個人ゼミ」は私とゼミ生と1対1で議論する場です。しかし、これはゼミに入った当初の3ヶ月ぐらいやります。その後は定期的な個人ゼミはしません。ゼミ生が申し出たときにするのが基本です。年間を通して一貫してやるのが、」、「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」です。これが我がゼミの中心となっています。全体ゼミは文字通り、現職院生、学卒院生、学部4年、学部3年が一緒になって議論を深める場です。というとかっこいいですが、とにかくワイワイとやる場です。「院生ゼミ」or「学部ゼミ」はそのものずばりで、院生だけ、学部生だけで議論する場です。この「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」は、私は年度当初と年度末に1度づつ出るぐらいです。それを上記で言っているんです。教師がいなくても、自分たちは質高い達成度を維持していると、自慢しているんです。