西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/04/09(月)

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 私は若い頃、結婚式の司会を3回務めました。いずれも教師である私の先輩、同輩、後輩の結婚式です。従って、教師の出席者が多い。しゃべりたがりの人たちが続くのですから時間オーバーになってしまいます。それをなだめすかして、時間内に終わらせるのは気がつかれます。その後も、結婚式によばれると自然司会者立場になってスピーチを分析します。

 その結果、教師だからといって長いわけではなく、短くもまとまった話をする人も少なくないことに気づきます。一方、教師以外でもダラダラととりとめのないことを話す人は多いことも気づきます。私の分析によれば、ハッキリした傾向があるようです。非営利団体の現役バリバリ組織の本当のトップ(例えば地方自治体のトップ、教育長教育次長、また、その経験者である大校長)の話は短くもまとまっています。退職して数年以上経った校長(但し先に述べたトップは例外)の中に最悪の方に少なくありません(もちろん、例外は常にあります)。尾籠な表現で恐縮ですが、牛のション便みたいなダラダラと意味もなく流れる話です。

 話が長い理由は二つです。第一に、自分の話は万人にとって意味があり、面白いと思いこんでいる傲慢さ、鈍感さがあります。万人にとって意味があり、面白い話なんて世の中にあるわけありません。よい子ちゃんの子どもや部下しか相手にしていないならば、それを気づかないのかもしれません。でも、ちょっとした観察眼があれば、「つまらないぞ~」というオーラが聞き手は発しているのですが、それを気づかないほどの傲慢さ、鈍感さがあります。中間の管理職は、極めて等質の相手(例えば学校先生だけ)に対応すればいいので、そのような鈍感さでもやってけます。しかし、組織のトップともなれば、様々な政治家官僚ボス校長、地域の有力者など、多種多様利害関係がバラバラの相手に対応しなければなりません。従って、自分の話が万人に面白いと思うなんていう鈍感さは許されません。だから、気づきますし、そのように話します。選択科目の授業や自分がメインの講師で自由意志で参加する講演会ならば、まあ許されるかもしれませんが(もちろん本当は許せませんが)、その人の意志にかかわらず参加しなければならない会でダラダラとした話をするのは暴力です。

 第二の理由は、自分しか見えていないからです。その人の話す時間が定められた時間を超えれば、それを聞いている人、その人の後に話す人の予定を狂わすことになります。そして、そんな無神経な人が連続すると、参観者にとっては拷問になり、会自体が崩壊します。結局、全体の会という視点で、自分の位置・役割を捉えることが出来ず、自分の話す時間しか視野におけないからです。

 私は多くの学会発表、祝辞、講義、講演を聴きました。時間を守るから「良い話」とは決まっていません。しかし、定められた時間を超過した話に「良い話」はあったためしはありません。だって、聴衆に鈍感で、全体の視点で話を組み立てられない人の話が「良い話」になるわけありませんから。