西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

07/04/30(月)

[]犬山 21:48 犬山 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 犬山 - 西川純のメモ 犬山 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 文部科学省全国学力テスト犬山市が参加しないとの決断をしました。一つの英断だと思います。が、我が同志に問いたい、このニュースを聞いたとき、どう思いました?私は、「バカだな~」と思いました。

 残念ながら、我々は上記のような反応を出来る市を作れるだけのレベルに達していません。多くは、一人一人の教師の活動レベルです。さて、校長が「校内学力テスト」を実施する、とのたまったら、どう思います?ウエルカムカムでしょ?だって、『学び合い』をすれば、結果がハッキリ分かりますモン。結果を校内トップの結果を出してから、校長に向かって「本当の学力テストで計りきれるもんではありません」と見得を切ったら、痛快じゃありませんか?そして、「テストの点数ではなく、不登校がいないこと、特別支援で問題が生じていないことを見てください。保護者子どもに聞いてください」と大見得切ったら痛快でしょ。

 もし犬山市で『学び合い』をやっていたら、凄い結果を出しているはずです。だって、学力に特化した授業をすれば、凄い歪みを出すしかありません。市レベルでトータルに結果を出すには、バランスの良い教育しかないんです。

 犬山市全国学力テストを否定していたとしたら、それは結果を出せないと予想したからでしょう。結果を出せないとしたら、それは学力を出せない教育に特化した証拠です。今から、5年前の我々と同じ囚われにいます。学力と心を分離しています。しかし、両者は分離できません。いや、出来るかもしれませんが、それは一部の人フィットしなかったり、全ての人に長期間フィットしません。本当に長期間、全ての人にフィットする教育とは、学力と心が無矛盾で成り立つ教育しかありません。

[][]クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌う ケツだけ爆弾21:48 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌う ケツだけ爆弾! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌う ケツだけ爆弾! - 西川純のメモ クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌う ケツだけ爆弾! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家内ブルーチップ収集のおかげで、無料映画に行けました。感謝!息子の好きなクレヨンしんちゃんの最新作です。観ましたが、駄作です。「親子愛」のメッセージが強すぎて、くさい。内容無いにも関わらず2時間映画にしたため、無意味な冗長が多すぎます。が、これって大人の感想です。横で見ていた息子は大受けです。映画で連発する「うんこ」とか「下痢」とかで喜んでます。考えてみればクレヨンしんちゃん子ども映画です。であれば、6歳の息子が喜んでいるなら、それで、良しとしましょう。が、クレヨンしんちゃん過去映画には、大人の鑑賞に堪える作品が多かった。が、そういう映画って、息子に受けない。ま、しょうがない。

MizuochiMizuochi2007/04/30 22:54私は犬山市に賛成です。
妻の故郷だからではありません。
学力テストの実情は、先生の考えるようなものではないと感じています。
犬山市は国宝犬山城を中心とした愛知県の観光地としてこれまで成り立ってきました。
しかし、それだけでは町としてのアイデンティティが保てなくなってきていました。
それが数年前から、犬山城を中心にしたまちづくりが地域でさかんとなり、
その頃から始まった総合学習と重なって
周辺部の小中学校の子供たちも参加したものとなりました。
そして、今の犬山市は数年前とは、
内実ともに見違えるように素晴らしいまちになりました。
あの「停滞」はなんだったのかという感じです。
学力テストの一番の弊害は地域の学校の序列化です。
競争は、協力を排除し孤立化を生み出します。
犬山の将来の担い手から、犬山への愛情を奪うのは、
「私ひとりでじゅうぶんだ。」と妻は言っております。
今の犬山市に育っていたら、犬山そのものだけでなく、
自分自身もちがった存在に見えていただろうと、
この「犬山」のニュースを見て感じている、と妻は言っています。
『学び合い』の究極の目的は
こんな「まちづくり」にかくれているのではないでしょうか。
※これまでの話には「推測」が含まれています!!

jun24kawajun24kawa2007/05/01 08:35なるほど、町作りの視点から考えて、それだけの実績を上げているとしたら、私は旗を降ろします。
ただ、『学力テストの一番の弊害は地域の学校の序列化です。』という部分にひっかかりを感じます。
続きは、本日のメモに書かせていただきます。

07/04/29(日)

[]手がかかる 21:47 手がかかる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 手がかかる - 西川純のメモ 手がかかる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、長野に小旅行です。大受けすると思ったのですが、息子はご機嫌斜めです。色々と語るのですが、駄目です。理屈では分かっているのですが、納得できないようです。手がかかるのですが、これも成長した証拠です。その後、食事をして、別な公園に行きました。最初の所に比べてたいしたこと無いのですが、息子はご機嫌です。彼の嗜好性が形成された証拠です。

 ですが、ぐずると手がかかります。

HirarinHirarin2007/04/30 04:41お疲れ様です。
私は29日(昨日)は群馬に行きました。子どもたちはかなりご機嫌でした。
今日はそれこそ長野に向かいます。そこではどうでしょうか?ちょっと心配。
ぐずるとせっかくの旅行もちょっと残念になっちゃいますね。お疲れ様です。
私は家族旅行でもほとんど語りません。子どもたちで騒いでいるのが楽しいようです。ぐずった時も他の子がフォローしてくれます。

jun24kawajun24kawa2007/04/30 06:44兄弟の相互作用の妙ですね。
うらやましい!
我が家は一人子ですから、それが出来ません。
息子は温泉好きですので、長野は良きところです。
群馬をトライしたいともいます。
良いところ、教えてくださいね。

abematuabematu2007/05/01 06:31おとなりの福島にもどうぞ!
わたしも、そしてわたしの息子(昨日やっと5歳になりました)も温泉好きです。
先生のご家族と、ご一緒に温泉一泊旅行なんて、わたしの「夢」ですね。
そこで、先生と教育の話やそれ以外の話などもお腹いっぱいできたら最高なのですけど
(あっ、わたしは全種類のお酒は飲めますが、量が入るとすぐに寝てしまいます)

あべたかあべたか2007/05/01 08:56ごめんなさい。
abematuとはあべたかこと、阿部のことです。

jun24kawajun24kawa2007/05/01 12:21私も全種類のお酒は飲めますが、量が入るとすぐに寝てしまいます。ご安心を。
家内の実家が仙台ですので、直ぐ近くに2週間ぐらい滞在しています。是非、福島のお勧めをお教え下さい。
なお、家内は回りの方々に、凄く気の使う人なので、あべたかさんと一緒でしたら、家族抜きでやりましょう。その方が、思う存分飲めますから。
あ、洗脳旅行も楽しいですよ。

07/04/28(土)

[]攻めて下さい! 11:19 攻めて下さい! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 攻めて下さい! - 西川純のメモ 攻めて下さい! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を成立させるための時間は、『学び合い』を研究し始めた時よりも格段に短くなりました。最初は2~4週間かかっていましたが、今では初期段階だったら当日に成立させる自信があります。何故、それが可能になったかといえば、バカみたいな理由です。教師が何を望んでいるかを、ちゃんと語るようになったからです。それまでは、教師が何を望んでいるかを語らずに、方法を語っている部分がありました。分かってしまえば、何故、それを思いつかなかったか分からないほどです。だって、子どもがこうあって欲しいという願いがあるならば、それを説明した方が良いに決まっている。それを子どもが理解してくれれば、一人一人の子どもが、実現に向かって頭を使ってくれる。だから、早く成立させることが出来るようになりました。だから今では、「教師は教えるより、説教をするべきだ」と思っています。

 さて、これって親に対しても同じです。親に語らなくても、子どもが変われば伝わります。学級崩壊のようなクラスは、親にとってもビックリでしょう。でも、1ヶ月も経てば、勉強のことを楽しく親に語るようになります。そして、その勉強の話は、友達の関わりの中で語られるでしょう。そして、テストの点数が、明確に結果を伝えます。

 が、自分が何を願って、どのような考えから授業を捉えているかを語った方が良いに決まっています。我々の考えは、難しげな高等数学も、難解な哲学も必要ありません。例えば、「分からない子どもが分かるためには、5分以上の個別支援が必要。そして、それを全ての子どもが毎時間求めている。それを一人の教師がクラス全員にすることは不可能。」という理屈は、誰だって分かる理屈です。だって5分×クラスの人数は1校時より多くなりますから。そして、「教師の説明を思い出して欲しい。凄い説明でしたか?そうではなくて、ごく普通の会話じゃなかったですか?」や「教師の説明って、わかりにくくて、同級生に聞いた方が分かったですよね?」という質問に対しては、親の方が教師より理解してくれます。だって、教師は現在教育フィットした人が多いですから。逆に、現行の教育いじめられた人は親の方が多いはずです。

 我々の本やHPは、そのような親に対して説得する武器になるはずです。親を味方にすれば、学年主任より、教務主任より、教頭より、校長よりも権力者になることも出来ます。

 同志各位へ。攻めて下さい!

[]モテたい 09:54 モテたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - モテたい - 西川純のメモ モテたい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 このごろ息子に説教するとき一番効くのが「そんなことしていて、女の子達に見られたら恥ずかしくない」です。また、「かっこいいなー、クラス女の子モテモテだね」とほめると、ニヤーとスケベーっぽくにやけます。小学校1年生でも、女の子モテてたいのだと思います。

 しかし、私が以上のように言うので、女性モテることは良いことだ、という規範を与えているのかもしれません。

 息子は美しいと思います。これがこのまま大人になったら、黙っているだけでモテモテになるはずです!

07/04/27(金)

[]第0近似 09:53 第0近似 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 第0近似 - 西川純のメモ 第0近似 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 物理学は計算ばかりとお思いの方もおられるでしょうが、最先端の実験物理学はそうではありません。複雑な現象をいきなり、精密な計算で分析できるわけありません。大凡の「つかみ」で論を立てることが大事です。そのことを第0近似やオーダーエステメイトと言います。複雑な生物物理的に扱う、生物物理学では大事な考え方です。生物物理学で学んだことは、大多数忘れましたが、この第0近似は、複雑な教育を扱うとき非常に便利な考え方です。第0近似の代表的な話に、物理学者ピアニストを人数を推論する逸話があります。記憶が定かではないが、大凡、以下のような話です。

物理学者エンリコフェルミシカゴ大学学生に聞きました。彼は基礎的なデータにより百数十人であると推定したのです。非常に常識的なデータと推論で、現象を大づかみに把握するのが第0近似の考え方です。

 さて、本日、学部3年のTと個人ゼミをしました。その中で、『学び合い』が成立しない場合があるか?ということを議論しました。Tが様々な『学び合い』が成立しない状況をあげて、私が、ことごとく常識的なデータと推論で論破することを繰り返しました。その中で、彼自身の経験した逸話が出ました。それによると彼のクラスに、一人枠の上越教育大学への推薦を希望する同級生が3人いたそうです。彼は、「その3人は学び合わないですよね」と聞いてきました。そこで、私は「別に、その3人が学び合わなくてもいいじゃない。そんな推薦入試枠を争う同級生がいなくても、クラスには合わない奴がいるのが普通だよ。『学び合い』では、合わない奴と学び合うことを強いない。選択の自由は彼らにある。」と言い、第一段階の論破は終了です。しかし、それで終わりではありません。

 私は「3人」いるという話を聞いたとたん、私の中の第0近似の警報ランプがなり出しました。私の頭の中では以下のような過程を経ました。ただし、以下で記載する数値(大学生人口のみですが)はその後調べたものです。その時は、大凡の概数で処理しました。

 日本大学生人口は300万人弱です。従って、1学年は75万人弱ですので、70万人ぐらいです。上越教育大学学生数は160人です。つまり、つまり、5000分の1にすぎません。しかし、高校偏差値で輪切りになっているので、必ずしもランダムではありません。そこで、高校偏差値で5段階に分けたとしましょう。かなり細かく分けたと言えるでしょう。おそらく、本学を受験したいと思う高校生がいる段階は複数にわたるはずですが、それをあえて1段階だけだと考えます。とすれば、その段階の高校生の1000分の1が本学を希望するということになります。地域的な効果を考えれば、200人に一人ぐらいと考えていいでしょう。以上の推論の結果、40人のクラスに本学を希望する生徒が3人もいる可能性は極めて低いことが推論されます。途中の推論に誤りがあったとしても、以上の最終結論はゆらがないはずです。

 以上を私の第0近似が引き出しました。偶然では起こりにくいことが起こったら、それは、何らかの必然があることを意味します。40人のクラスに3人も本学希望者を生み出す必然を生み出せる人は誰か?と考えます。そうすれば「教師」であることは明々白々です。一人の教師の情報量は限られています。その教師のみが情報源となれば、偏った判断が生じるのは理の当然です。ここまでの結論を読んだ多くの教師は、「それなら、もっと受験に関する情報を「教師」が集め、提供する努力をすべきだ」と考えます。しかし、我々はそう考えません。だって、どんなにやっても教師というフィルターをかけたものです。そして、高校生受験に関わるとしたら、担任の影響は大で、それについで進路担当先生ぐらいでしょう。従って、1、2人の教師のフィルターをかけた情報にすぎません。

 我々はどうするか?まず、自分の人生を考える必要があるという、根本的なところを説教するでしょう。そして、「自分の人生なのだから、自分で考えるべきで、そのためには自分で情報収集・判断しなければならない」と説教するでしょうね。一人一人が、自分の人生を考え、自分で多様な情報を収集して判断したならば、同じクラスに3人も推薦枠を争う状況は生まれないはずです。

 つまり、『学び合い』の限界を示すつもりで言ったTの事例は、『学び合い』をやらずに教師がお節介を焼いていることを示す事例であることを語りました。以上で論破終了です。

 ふと思いました。新ゼミ生との個人ゼミビデオに撮り、それを配信するのはいいな、と思いました。

kankan2007/04/27 21:23個人ゼミを配信するかはともかくとして、記録して分析するとおもしろそうって前から言ってましたよね。学部の子も現職もあんまり変わらないことを言うような気がします。教授型の教育イメージがあまりに強く一種のステレオタイプとして日本に根付いているのでしょうね。おっと、国を憂いてしまいました。ふと足元を見て、このメモ読んで今年の進路指導戦略を立て直してみようかなって思いました。

jun24kawajun24kawa2007/04/27 21:49おっと、期待しているよ。
視点を変えれば、宝箱が一杯!と思います。

07/04/26(木)

[]ふふふ 21:25 ふふふ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ふふふ - 西川純のメモ ふふふ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日ゼミ生より提案があった。ようは私の個人ゼミより、学び合いたいという提案である。ふふふ。いいぞ。

MizuochiMizuochi2007/04/26 21:34???
気になるメモですね。
もう少し教えてくれませんか?

jun24kawajun24kawa2007/04/26 21:46新院生と個人ゼミをやっているんですが、いつもの通り、かなりハードになります。私と1対1は。
大変なので、新院生同士が関わり始めています。セオリー通りです。
そして、1対1ではなく、多対1になりたいと希望を出してきました。
これまたセオリー通りです。
以上、報告終わり。
今、新ゼミ生が、どんどん化けています。楽しみです!

MizuochiMizuochi2007/04/26 22:03なるほど~。
文化の伝播はやはり加速度的ですね。
今までに築き上げられたことを土台として考えられる方々が
どんな文化を築き、発展させていくのか
「期待しています。」

jun24kawajun24kawa2007/04/26 22:06合点、承知の助!
私もワクワクしています。
もちろん、あなたにもね。

MizuochiMizuochi2007/04/26 22:09ほーい。
藪蛇だった。。。

07/04/25(水)

[]出来る 22:12 出来る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出来る - 西川純のメモ 出来る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々が『学び合い』を研究し始めた当初より、格段に、出来ることが多くなった。以前は、『学び合い』は15分程度の手だてを、3日にわけて実施すれば出来ると考えていた(つまり総計45分)。これでも、普通学び合いの手だてより、格段に簡単だ。でも、それが15分程度の手だてが1回で大丈夫だと分かり、現在では説教が5分で十分だと知っている。

 我々が『学び合い』を研究し始めた当初は、『学び合い』が根付くまで2~4週間かかると考えていた。これでも、普通学び合いの手だてより、格段に短い。だって、1年間かけて学び合いを作り上げようとしているのが大多数だ。でも、それが今では、初期段階だったら、その日のうちに成立することを知っている。

 そんなことで、成績が上がり、人間関係が良くなり、特別支援の問題を解決出来る。

 何故だろう、と考えた。それは我々が現在できることは、我々が気づくより以前から、実は簡単なことだったからである。ただ、我々は今それを「出来る」と思い、信じ、そしてやってみた。それ故、当然のことながら「出来た」。

 現在、我々の課題は、教師、教師集団の変革である。それを課題と意識し始めた3年前ぐらいです。そして、それをハッキリと目標としたのは2006年4月17日です(5月1日メモに記録しています。)。その時は、その課題はヒマラヤよりも高かった。しかし、たった1年しかたっていない現在、各地のOBからのメールを読むと、打破可能の目標として捉えられる位置に来ていると感じます。

 何故だろう、と考えた。それは、我々はそれを「出来る」と思い始め、信じ始め、やってみはじめた。そして、それが「出来はじめた」。

 あと少しで、『教師、教師集団を変革することは我々が気づくより以前から実は簡単なことだったからである。ただ、我々は今それを「出来る」と思い、信じ、そしてやってみた。それ故、当然のことながら「出来た」。』と宣言できるのではないだろうか?

 我々の目の前にある課題は、バンジージャンプである。実は、一歩進むだけで解決できる。同志各位の志に期待します。

[]改革 21:28 改革 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 改革 - 西川純のメモ 改革 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 改革においては、誰かは血を流さねばなりません。だれもが血を流さない、たった一つの案は、現状維持です。でも、その場合は、全員が緩慢な死を迎えます。それ故、血を出してでも改革はせねばなりません。が、大学のためになっている人(大学のためを思っている人ではありません)に血を流させてはいけないと思います。

 私が現在所属している学習臨床コースの人は、大学のためを思っており、大学のためになっている人です。本日学習臨床コース教員の飲み会です。飲みながら、そう思いました。

07/04/24(火)

[]あと、もう少し!ガンバ21:55 あと、もう少し!ガンバ! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - あと、もう少し!ガンバ! - 西川純のメモ あと、もう少し!ガンバ! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』にトライしている方より以下のメールをいただきました。

*******************************

西川先生こんばんは ○○です。

みんな「○○」を覚えよう。~というめあてを立てて活動させました。(覚えるくらいに音読すれば相当理解も深まるだろうと考えていました。)

1時間で2ペ-ジは大丈夫だろうと思いそう指示しました。はじめ!の合図で勢いよく音読の声が教室に響き渡りました。この調子でいくと2ペ-ジは軽いなとみていました。ところが、なかなか達成できません。結局2時間あまりかけて達成できたのは、34名中20名でした。(励みにと黒板に名簿を貼ってチェックさせました。それが、競争心を煽り返ってプレシャ-となり意欲をなくした子もかなりいたのでしょうか)なぜ、思い通りいかなかったのか分かりません。その時たまたま先生の奥義書に、ある方の音読の実践が紹介されていました。その方のめあてを参考にして

~やっている自分達も聞いている友達も楽しいと思える音読をしよう。~

というめあてで、「2日後に発表会をします。」と言って取り組ませました。子供達は楽しんで生き生きと取り組み始めました。他のグル-プの練習がうるさくて嫌だからとロ-カや図書室で練習するグル-プもいます。先生「図書室の先生に褒められたよ」と言って喜んで戻ってくるグル-プ。給食の準備時間に練習するグル-プ。と意欲的に取り組んでいます。こちらがどんなに一生懸命関わってもこうはいきません。学び合いの威力はとにかく凄いの一言です。

これまでは、管理職が「めあてを週案にしっかり書きなさい」と口うるさく言うから、仕方なく指導書から多くの時間をかけて丸写ししていました。(多くの先生方がそうしています。だから「何でこんな無駄なことに時間をかけさせるのだ!」と裏でぼやいています。)ところが今回の件でめあては、なぜ立てるのかが分かった気がします。(めあて1つで子供の活動はまるっきり違うのです。)それからもう1つ思ったことは、~みんな「○○」を覚えよう。~というめあては、めあてではなくこちら(教師)からの方法の強制になっていたのかなと言うことです。子供達が学び合わなかった大きな原因の1つなのでしょうか。

とても気になっていた例のNくんですが、相変わらず姿勢も悪くうつぶしていることが多いのですが、授業中少しふざけたりは、するものの以前は友達からの関わりだけでしたが自分から進んで学習に関わるようになってきました。掃除給食当番も進んでやっています。特に、表情が明るくなり、休み時間によく話しかけるようになってきた事がうれしいです。ほとんど目立たなくなってきています。(他の子の方が気になるくらいです。)

先生の奥義書は、もの凄い本です。とても参考になります。

******************************

私の返信は以下の通りです。

******************************

あと、もう少しで、最初の山は越えそうですね。めあては大事です。でも、小技になってはいけません。大事なのは、子ども達の能力を本気で信じてください。そして、学校教育は何のためにあるかをちゃんと語り、○○さんがそれを本気で信じてください。その次元で考えると、何故前者が駄目で、後者が良かったかが分かります。

大事なのは二つです。

教師が本当に願っている結果を伝えることで、どのようにするかという方法を目標と取り違えてはいけません。ここで本気で信じているか、否かが問われます。子どもを信じていないと、お節介に方法に介入します。

そして、どんな課題であっても「一人の例外なく、全員が達成する」ということを求めることです。妥協してはいけません。ここで本気で信じているか、否かが問われます。信じていないと、それが子どもに伝わります。そして、勉強の得意な子が自己中心的な戦略をし始めます。

もう少しですよ。遠慮せず、どんどんメールしてください。

追伸です

相手を意識出来る目標は「魔法」を起こします。

「だれだれのために」という目標は、それが成り立ったか、成り立っていないかを判断する基準を持てます。

それゆえ、目標イメージすることがたやすくなります。

そして、「己のため」の目標より、一段高い、動機付けを可能とします。

一方、競争は絶対にさせません。

競争は『学び合い』と相容れないものです。

2004年7月8日メモをご参照下さい。

[]反『学び合い21:32 反『学び合い』 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 反『学び合い』 - 西川純のメモ 反『学び合い』 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日大学院の授業です。そこには、『学び合い』の対極の授業をしています。話術と教材研究の力で、ねじ伏せるように、1時間15分間、語り続ける授業です。授業と言うより、「It's a show-time!」です。

 漫才師の最高の修行の場は、ストリップ小屋だそうです。というのは、面白くなければ、ぼろくそにされるからです。私の教師修行は、定時制高校でした。そこでも同じです。面白くなければ、分からなければ、そして、人間として認められなければ、座っていただけません。そこで鍛えた話術と教材研究の力を、静かに聞いてくれる大学院生にぶつけるのですから・・・。

 語りながら、「俺って、うまい授業やっているな」という自己陶酔、同時に、「それって危険な考えだな」、そして『学び合い』に反するな、とも理解しています。でも、せめて年間15回程度は、かって磨いた己の技量を使いたいと思います。

 だめだな~・・・

[]沈没船 21:32 沈没船 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 沈没船 - 西川純のメモ 沈没船 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が若かったとき、私の職場大学ではなく、大学の中の一つのコースにすぎませんでした。大学の二百弱の先生の中で、私が関わるのは10%程度の人たちです。大学の動きは、そのコースの偉い先生からの間接的情報だけでした。その集団のみんなが、「そうだ」と思っていることに疑問を持っていませんでした。恐ろしいことだと思います。

 今、どんな教員養成系大学も、実情は沈没船です。あまりにもゆっくりと沈んでいるので、客室の中にいるかぎりは気づきません。もちろん、「沈んでいるぞ~」と叫ぶ人はいますが、「そんなバカな~」と「みんな」が言っているので無視します。「そんなバカな~」と言っている人のよって立つ根拠はありません。「I hope」が「It must be」と思いこんでいるにすぎません。

 自戒のため、メモります。

 大学教員が繋がるべきは、事務の方々です。それらの方々の知恵情報は実に貴重です。客室の客が気づかなくても、操舵室で働いている人は、沈没の情報をいち早く得ています。一人でも多くの教員がそれに気づき、救命胴衣をつけて欲しいと思います。

 独立法人化、教職大学院、免許プログラム、設置基準の大綱化・・・、布石は打たれています。

OB1989OB19892007/04/25 05:52沈没船に乗っています。.......。

jun24kawajun24kawa2007/04/25 08:03今なら救命ボートは十分乗れます。
だって、だれも救命ボートに乗ろうとしないのですから。
御学の場合、センターが出来たという意味を理解している方が、何人いるのだろう・・・と、思うことがあります。

taikitaiki2007/04/25 16:50「めあて」の文章を読んで、なるほどと納得させていただきました。
教師からの方法の強制というのは気づいたら陥ってしまって、しかもその自覚があまり出にくいという気がします。
今回のように子どもの様子を見ることで、実は自分が強制していることに気づくことができるのかぁ、、と考えました。

jun24kawajun24kawa2007/04/25 21:15taikiへ
子どもの様子は教師だったら見ています。それをそのように理解するためには理論が無ければなりません。理論がなければ、現象を見ても理解できないんだよ。でも、理論だけでもだめで観察が必要。理論と観察、科学の基本だね。

07/04/23(月)

「でんでん虫」、「個性」、「自己解決力」の三題噺です。

[]でんでん虫 21:56 でんでん虫 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - でんでん虫 - 西川純のメモ でんでん虫 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の学部の頃です。ある人がクイズを出しました。それは「でんで~んむしむし、でんで~んむし」を繰り返すのです。何度聞いても、同じなのですが、それには「良いでんでん虫」と「悪いでんでん虫」の違いがあるのです。それを何度聞いても、その違いが分かりません。私としては、その人の表情、発音等を分析して、その違いを見極めようとします。一緒に聞いている友人は、途中で分かったみたいで、それを判別できます。でも、私は最後まで分かりません。最後に教えてくれました。「でんで~んむしむし、でんで~んむし」というかけ声には差はないのです。その前に、「じゃあ、やるよ、いい?」と言ってから「でんで~んむしむし、でんで~んむし」とやるのが良い(いい)でんでん虫で、「じゃあやるよ」と言ってから、「でんで~んむしむし、でんで~んむし」とやるのが悪いでんでん虫です。分かってしまえば馬鹿みたいなものです。

 認知心理学の初期の研究にバウワーの研究があります。その研究によれば、我々は失敗から学ぶことはできず、成功からしか学ぶことはできないそうです。理由は、失敗した理由は無限なのに対して、成功した理由は限定されるからです。私はでんでん虫に関して、ありとあらゆる仮説を立てて分析します。しかし、失敗しても、それによって正しい仮説への道を探ることができません。ところが成功した仮設ならば、次の仮説の一歩になります。バウワーの研究は、基本的にそのことを自由試行の中で証明しています。

 つまり、分からん話をいくら聞いても意味がないということです。もちろん、分からん話が、いつか役に立つということもあるかもしれません。しかし、学校教育の時間は、そんな丁半ばくちに費やすほど余裕がありません。

 これが三題噺の一番目です。

[]個性 21:56 個性 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 個性 - 西川純のメモ 個性 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子ども達が関わりあうと、個性が失われる、と思い込んでいる先生がいます。それ故、子ども達が関わりあうことを制限します。これってばかばかしいと思います。その馬鹿馬鹿しさを、ゼミ生(佐々木麻衣ちゃん)の卒業研究を紹介しています。詳しくは『「座りなさい!」を言わない授業』(東洋出版社)にあります。そこでは次のように書きました。

 『もし,あなたが宴会の幹事であり,みんながアッと喜んでくれる宴会企画しようと思ったなら,おそらく先輩幹事からいろいろな情報を仕入れるだろう。でも,先輩幹事から得た昨年の企画をそのままやったなら,新鮮みがなく,おそらくアッとは言ってくれないだろう。何よりも,自分が納得できない。そうであるならば,何としても昨年の企画にはないアイディアをひねり出そうとするのではないだろうか。一方,あなたがみんなから押しつけられて嫌々ながら幹事を引き受けたときを想像してほしい。そうであるならば,昨年の企画をなぞって無難宴会企画するだろう。子どもも同じである。  子どもの独自性を保障するには,子ども同士の情報交換を遮断することによっては保障することはできない。子ども自身が独自性を出したいと願うようにすればよい。上記の授業においては,「その時間をとにかく終わらせたい」ではなく,「自分が納得できるおもちゃを作りたい」と願わせることである。そのような願いがあるならば,子ども同士がどれほど情報交換をしても独自性を損なうことはない。いや,むしろ他の子ども情報を得れば得るほど,自身の独自性を高めるために頭をひねるだろう。子どもの個性を保つために学び合いを制限することは,下策の下策である。  麻衣ちゃんが教育実習から帰って,面白いエピソードを話してくれた。子どもがわからないことを友達に聞いている場面である。最初は,一生懸命に聞いて,補足質問をする。しかし,わかりかけると,表情がウーンとなり,「ちょっと,ちょっと,もう言わないで」と教えてくれることを止めるそうである。子どもは自分でできるところは,自分でやりたがるものである。我々が最も大事にする考えは,子どもを信じることである。』と書きました。つまり、情報遮断をするより、自分らしいものを願うようにすることのほうが大事だと書きました。

 これが三題噺の二番目です。

[]自己解決力 21:59 自己解決力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自己解決力 - 西川純のメモ 自己解決力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 わがゼミ卒業生のY(昨日のYとは違います)から電話がありました。Yの勤務校では「自己解決力」を大事にしてるそうです。そこで、『学び合い』の考えからでは「自己解決力」をどう捉えるべきか質問されました。

 彼から「自己解決力」という言葉を聞いたとたん「あ~・・」と思いました。我々の場合は「自分たちで解決する力」なのですが、一般では「自分だけで解決する力」を意味します。そして、たいていの場合、「さあ、5分間は自分で考えて」と指示を出し、そして5分後に「さあ、相談しよう」とします。なぜ「5分間」自分で解決させるかといえば、自分だけで解決する力を養うためです。ところが我々の場合は、そんなことを指定しません。となると、「自分だけ」の先生は、「そんなことをしたら自分で解決せず、人の答えを丸写しにする」と言います。しかし、そんな気持ちの子どもに5分間自己解決の時間を与えたらどうなるでしょうか?きっと、何も考えずに5分間を過ごすはずです。そして、5分後に何をするでしょうか、きっと答えを丸写しにするはずです。つまり、5分間考えさせても無意味です。さらに言えば、まったく分からない子どもに5分間与えても、5分間、無意味になるだけです。

 分からなくても考える時間が大事とお考えの先生もいるかもしれません。思い出してください。多くの人にとって物理学はちんぷんかんぷんでした。そのちんぷんかんぷんの時間に意味があったでしょうか?ありません!我々の脳の仕組みは、分からんことは意味がないんです。もちろん、偶然意味が生じるかもしれませんが、学校教育はそんなに暇ではありません。

 想像してください。新任の教員に自己解決力を育てるために、校長がその先生にほかの人に相談してはいけないと指示します。周りの先生に、教えてはいけないと指示します。そんなことを2週間やったらどうなるでしょうか?大抵の新任の先生は、つぶれてしまいます。子どももそうです。分からない子どもに5分間与えたら、問題解決をする気を失わせます。

 情報遮断によって自己解決力は生まれません。自分で解決したいという気持ちにさせることです。それがなければ、どんな手立ても無理です。子どもは自分で分かりたいと願っています。できることは自分でしたがります。これは子育てした方だったら分かるでしょう!「自分でやる!」と子どもに言われない親があるでしょうか?その気持ちを育てるために、親は何をすべきでしょうか?

 Yへ

 上記のことを先輩の先生に見せたら?それで、「わが校の自己解決力は・・・」とのたまったら、黙って、その通りにしなさい。君のクラス子どもにとって不幸だけど、無意味な5分間を強いなさい。宮仕えは、そういうもんです。そして、その子たちを救うために、自分の立場を固めなさい。期待しているよ。

 三題噺、お、わ、り

[][]分からないふり 21:56 分からないふり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からないふり - 西川純のメモ 分からないふり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子が我々に「回文って何?」と質問をします。そこで、上から読んでも、下から読んでも同じ文であることを教えます。そうすると、長い回文を言い出します。そこで、「何で知っているの?」と聞くと、教科書にあるそうです。そこでです。家内が、「知っていても、授業中に「知ってる、知ってる!」と言っては駄目だよ。先生が授業でそのことを話すとき、黙って聞いているんだよ。そして、先生回文ってどんなとがあるかな~?と言われたら、教科書に書いていないことを言いなさい。先生が説明する前に、そんなことをペラペラしゃべったら、先生が泣くからね」と諭していました。息子の担任の先生は、もちろん、そんなことで泣くような柔な教師ではありません。しかし、それを聞きながら、「あ~、こうやって、分からないふりの、うまい子どもが生まれるのだな~」と感じました。

07/04/22(日)

[]待ってました! 21:05 待ってました! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 待ってました! - 西川純のメモ 待ってました! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我がゼミ生(学部生・学卒院生、つまり現職院生以外)には、「直ぐに『学び合い』をしなくてもいいよ。いや、しないほうがいい」と言います。『学び合い』は簡単です。新規採用の初年でも出来ます。『学び合い』のライブを見て、『学び合い』を実践した現職院生さんとゴチャゴチャ2年間を過ごした我がゼミ生であれば、万に一つも心配はありません。が、彼らが勤める学校が、それを許すかが問題です。3ヶ月間ぐらいほっておいてくれるならば、実績で外野を黙らせることが出来ます。でも、新規採用では、それもかなわないでしょう。だから、「しないほうがいい」と言います。同時に、「数年経って地盤を固めたら、やりなさい」とも言います。でも、その間、子どもを不幸な状態に置いておかねばなりません・・・・。

 我がゼミの出身者にYがいます。『学び合い』を本格的に導入して、「理科」の鎖から放たれた最初の世代です。現職経験4年目に入ったところです。ずっと前から「いつ、動く?」とじっと待っていました。本日、彼のブログに以下がありました。思わず、「待ていました!」と膝を叩きました。

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 昨日が、今年度最初の授業参観でした。最初の山場を乗りこえ、ようやく一段落つきました。新学期が始まってから約2週間。正直言って、すごく楽しく過ごすことができました。忙しいは忙しいのですが、職員室、教室、共に非常に居心地がよくて…。ありがたいことです。

 さて、うちのクラス子どもたちはというと…たった2週間ですが、凄まじい勢いで成長しているような気がします。過去3年間では、見ることができなかった姿。もう、学び合いはかなり浸透してきました。やっぱり子どもたちが普段していることだから、浸透も早いですね。私も、毎日のように学び合いについて語りまくっているからかもしれませんが…。授業で課題を出すと、すぐに動き出そうとする子もいます。それで、面白かったのは、算数の授業でのこと。現在、TTで授業を行っているのですが、うっかりTTの先生にこの学び合いのことを言い忘れていました。

 その授業では、コンパスを長さを測る道具として使い、折れ線になっている2つの道のどちらが近道かを調べると言う内容でした。課題は「Aの道とBの道、どちらが近道かな」として、前の反省も踏まえて、①コンパスを別の使い方で使うこと、②二つの直線を使うことの2つが課題を解くカギであることをさっさと伝え、後はすぐに各自で解決する時間としました。すると、最初は自分の場所でじっくり考えていた子どもたちも、いい加減、我慢できなくなってきたのか、席を立ち、動き回りました。それを見ていたTTの先生は相当驚かれたようで、「どうして立っているんだい!?」みたいな顔をしていました。それが、面白かったです。すみませんでした。

 まあ、確かに見た目は明らかに崩壊授業に見えるでしょうね。特に、廊下から見た場合、休み時間と同じ状態になっているわけですから、TTの先生が驚かれたのも無理はないかな~と思います。でも、意味のない立ち歩きをしているわけではないので、この日の課題は、見事全員クリアできました。やったね!

 こうなってくると、もう学び合いの授業をやめられない、止まらない状態になってきました。普通の授業をしたくなくなってきちゃったのです。普通の授業は、自分が苦しくなってきて、エネルギーの消耗が大きく、子どもたちの姿もゆとりをもって見られないからです。

 本当に最高ですね~これは!ははははは~!

[]新聞 08:05 新聞 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新聞 - 西川純のメモ 新聞 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 八幡小学校の実践が、地元地方紙である上毛新聞に掲載されました。これが弾みなってくれればと願います。なにしろ全国的に伝えられた八幡小学校の実践を、地元は知っていないのですから。正当に評価される機会となるとワクワクします。

[]ご案内 08:19 ご案内 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ご案内 - 西川純のメモ ご案内 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 と、いうことで群馬県の方が、このブログを見ていることを予想し、再度ご案内いたします。

 我が同志が以下の会を企画しました。ご案内します。ご参加をお誘いします。

 追伸 不遜ながら、私の講演会を聞いた方だったら、おわかりのことと思いますが、大抵の方は飽きさせません!(全員でないということを自覚しているところが大事です)

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第1回 『学び合い』を学ぶ研究会 in 埼玉  のご案内

研究会は、西川 純(上越教育大学教授)らの研究成果をもとに、子どもたちの相互作用による『学び合い』を研究し、その成果を広めようとする同志を応援する研究会です。お気軽にご参加ください。 │

1 主催  埼玉学び合い研究会

後援  臨床教科教育学

2 講師  西川 純 上越教育大学教授

3 日時  2007年5月26日(土)13時から17時

4 会場  早稲田リサーチパークコミュニケーションセンターN403号室

新幹線本庄早稲田駅徒歩3分

JR高崎線本庄駅から車で10分

5 日程(予定)

12:30~12:45 受付

12:50~13:00 開会

13:00~14:15 西川先生による講演

14:15~14:30 質疑

休憩

14:45~16:30 『学び合い』の授業実践報告と質疑

報告予定者 大平 正芳(横瀬町立横瀬小学校

平林 邦章(上越教育大学大学院2年)

井上  浩 (寄居町立折原小学校) 他

16:45 閉会

17:00 軽い懇親会

6 定員 30名

  定員になり次第、締め切らせていただきます。

7 参加費 2000円(懇親会費は別途)

☆当日受付で集金いたします。

8 お申し込みの方法

メールにて申し込みください。宛先は、杵淵 眞 までお願いします。

メールアドレス makine44@mail.goo.ne.jp

メールには、①お名前②お勤め先③ご住所④お電話番号⑤懇親会の参加の可否をご  記入ください。

こちらから返信メールをお送りいたします。

9 お願い

学び合い』に興味をお持ちの方が、お近くにいらっしゃいましたら、お声をかけていただきたいと思います。よろしくお願いします。

07/04/21(土)

[]息子の本を盗み読んで 22:17 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ 息子の本を盗み読んで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 クレヨンしんちゃん映画は大人も楽しめる。というか、ありゃ、もともと大人の漫画で、「子どもも楽しめる」というのが正確だと思う。最近、『クレヨンしんちゃん映画15周年記念増刊号』という本を息子は読んでいます。息子が別な本を読んでいるときに、読むとグッとなる部分があります。しんちゃんの父である「ひろし」が「暗黒タマタマ大追跡」で「もう会社なんてどうだっていい、世界の危機もどうでもいい。どんなひどいことになっても家族が一緒にいさえすれば乗り越えられる」と言っています。これって「家族仲良く、健康で」という魔法言葉と同じだと思います。以前読んだ、「さくらももこ」の「そういうふうにできている」という本の中で、『もし、神が「今なら君が今まで排卵してきた全ての卵子と、君の夫がこれまでに造ってきた全ての精子の中から、一番優秀なもの同士の組み合わせで造った赤ん坊と取り換えてあげるがどうする?」と尋ねたとしても、私はこの子どもを手放すことは出来ない。神が抱いている子どもが確かに私と夫の子どもであろうが、あえてこの子を選ぶであろう。そのくらいに大切だと感じているのは本当だ』という一節がある。これは、何度となく、子育てして感じたことだ。今から6年前に読んだ本だが、鮮明に覚えている。

 さて、教師は、こんな気持ちになれるだろうか?テレビドラマの教師であっても。無理だ。テレビドラマの教師であっても、「欠点」を直した子どもになって欲しいと思うだろう。「欠点」をそのままでも、「その子」であって欲しいと思うのは親だけだ。教師は「親」のふりをするより、「親」には絶対になれない「よき上司」になるべきだと思う。

[]毎度の質問 18:32 毎度の質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎度の質問 - 西川純のメモ 毎度の質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、何度も同じ質問を、色々な方から言われます。それは、「先生の本に書かれている『学び合い』は○○でも出来るのでしょうか?」です。この○○の部分に、小学校1年生、中学高校国語英語社会・・のそれぞれが入ります。私は0.1秒の迷い無く、「もちろん」と応えます。

 その度に言います。「腹を空かした子どもを焼き肉屋に連れて行って、彼らが腹一杯食べないのではないか?と心配しますか?」と、その度に語ります。余りにも何度も語っているので、何も考えずにしゃべれるぐらいです。その質問に対する回答は常に、「それはありません」です。もし、焼き肉屋ではなくフォークやナイフやスプーンが十数種類もあるフランス料理屋だったら、食べたくても食べられないでしょう。しかし、焼き肉屋だったら、とにかく肉を焼いて食べれば良いんです。何のトレーニングもいりません。もし、焼き肉屋ではなく、激辛ラーメン店だったら、それを食べたい人は限られるかもしれません。でも、焼き肉は一般的に子どもは好きです。以上の理由から心配しません。

 さて、『学び合い』にはトレーニングがいるでしょうか?不必要です。だって、学習者が勝手にしゃべって相談しているんです。休み時間の彼らを見れば、それをやっているのは一目瞭然です。我々の『学び合い』は競技ディベートや仕組まれた学び合いとは根本的に違います。彼らが彼らの方法で『学び合う』のですからトレーニングはいりません。そして、どう考えても、教師の話を黙って1時間ノートに取るより、面白いに決まっています。もちろん、天才漫談師、名人落語家ならは話は別かもしれませんが、日本に数百万人いる教師がそのレベルの語りが出来るわけありません。どんなに教材や話術を使っても、1時間その普通の教師を受けるより、クラスメートとワイワイやる方が楽しいに決まっています。

 だから、、「先生の本に書かれている『学び合い』は○○でも出来るのでしょうか?」を聞かれる度に、私は。「腹を空かした子どもを焼き肉屋に連れて行って、彼らが腹一杯食べないのではないか?」を質問されるぐらい、馬鹿馬鹿しい質問を受けた気持ちになります。

 問題は、「真面目にやるか?」です。これは自然には出来ません。おそらく、普通先生がやらせた場合、過半数は真面目に勉強しますが、ふざける子どもが一部生じるでしょう。そして、「全員と学び合うか?」は、これも自然には出来ません。特定のグループが形成され、関わる人が固定化される可能性があります。そして、特定の子どもが誰とも繋がらないことが怒る可能性があります。ただし、このレベルであっても、一斉学習や仕組まれた学び合いよりは高い達成度を出せることは保証できます。この状態が凄いのではなく、一斉学習や仕組まれた学び合いが、余りにも馬鹿馬鹿しいからです。

 上記を乗り越え『学び合い』にするには、「みんなで高まる」ということを理解し、彼らに熱く説教する必要があります。これを理解している人にとっては、『学び合い』はオールマイティであり、最強な教育となります。

 分からない人にとっては、禅問答だと思うのですが・・。でも、本当に簡単なことです。分かってしまうと、何故、こんな当たり前で簡単な事が分からなかったのかが不思議に思えるんです。

 追伸です。一流の教師だと、「みんなで高まる」ということを自然に身につけているので、「まかせる」ことさえすれば、直ぐに『学び合い』になります。言うまでもなく、我々の考えは、我々の専売特許ではありません。心ある教師は、それに気づいていると思います。ただ、その強力さに気づいていなかったり、クラブ指導には適用しても教科学習には出来ないと思いこんでいる場合が、あまりにも多い。

[]自慢 08:36 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は学習臨床コースの新入院生さんの歓迎会がありました。そこで各ゼミゼミ紹介がありました。我がゼミの場合は、「西川先生ゼミに来ませ~ん。だから、ゼミ生で勝手に学び合っていま~す。」と言っていました。これって我々にとっては自慢なんですが、知らない人だったら「???」でしょうね。だって、「(教師の)親身な、多くの時間を割いた、個人指導」が良いと思っている人が大多数ですから。ところが、我々の場合は、「(仲間の)親身な、多くの時間を割いた、個人指導」が良いと思っていますので。

補足 我がゼミでは、「個人ゼミ」、「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」の3種類があります。「個人ゼミ」は私とゼミ生と1対1で議論する場です。しかし、これはゼミに入った当初の3ヶ月ぐらいやります。その後は定期的な個人ゼミはしません。ゼミ生が申し出たときにするのが基本です。年間を通して一貫してやるのが、」、「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」です。これが我がゼミの中心となっています。全体ゼミは文字通り、現職院生、学卒院生、学部4年、学部3年が一緒になって議論を深める場です。というとかっこいいですが、とにかくワイワイとやる場です。「院生ゼミ」or「学部ゼミ」はそのものずばりで、院生だけ、学部生だけで議論する場です。この「全体ゼミ」、「院生ゼミ」or「学部ゼミ」は、私は年度当初と年度末に1度づつ出るぐらいです。それを上記で言っているんです。教師がいなくても、自分たちは質高い達成度を維持していると、自慢しているんです。

07/04/20(金)

[][]禁断の味 16:18 禁断の味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 禁断の味 - 西川純のメモ 禁断の味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この時期は新ゼミ生の院生さんに個人ゼミをします。やってはいけない、教材、話術を縦横に使った指導(洗脳)をします。これが楽しい。新ゼミ生のかたは思った通りの質問をします。それに対して私は、それようの決まり切った話をします。そして、これまた、思った通りの反応を新ゼミ生の方はします。まるで、武道の型のようなもんです。現職者の方も、もちろん学卒の方も、「ナデナデ」したいほど綺麗な目で私の話を聞いてくれる!「あ~、快感!」と思います。 が、この状態がいつまでも続いたら、私の負けです。私を踏みつけにして、高見に達してもらわなければなりません。そして、それによって私も一歩高見に近づける。

 その後、修士2年の方と「久しぶり」に研究的な話しました。馬鹿話が98%、期待しているよ~が2%です。これで、凄いことが起こるから、『学び合い』はやめられない。さらに言えば、面と向かって話していないOBからは、自慢メールを頂ける。本当にやめられません。

 が、たまには「教師対学習者の親密な関係、これがないと駄目だよな~」と、私の中の旧来の囚われという悪魔がささやきます。駄目だな~

MizuochiMizuochi2007/04/20 22:45いいんじゃないですか~?
私は西川先生と親密な関係(念のためですが変な意味ではありません 笑)があると思っています。
もちろん時間的物理的に距離はあります。
でも絶対的な安心感を安定的に保っているつもりです。
かつて私が担任した子供たちにも同じ関係を求めていました。
子供たちですから失敗は日常茶飯事ですし
私ですからミスの割合はそれ以上でした。
『学び合い』は方法ではなく考え方ですから
失敗やミスをカバーしてあまりあるものとも言えます。
もちろん、旧来の人間関係説に立ち戻る必要はないと思いますが
「同志」として存在する感覚は、他にはないものなのかもしれません。
・・・だれか、上手く説明してくれないかな?

jun24kawajun24kawa2007/04/21 08:29ありがとう
でも、それに絡み捕られると、テレビドラマ的な良い教師になり、ナルチシズムと自己憐憫の海に沈んでしまう。くわばらくわばら

07/04/19(木)

[]凄い凄い 16:19 凄い凄い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 凄い凄い - 西川純のメモ 凄い凄い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志からの自慢メールです。凄いと思います、嬉しいと思います。そして、当然、とも思います。

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こんにちは。○○です。

報告です。算数で、学年の『学び合い』をスタートさせました。学級の枠を取り払って○○名で参考書作りをする課題を与えています。なんとか、スタートさせることに成功しました。教師の仕事について語りまくってのスタートです。

今日、54÷2の筆算の解き方を説明するペーパーを作る。というミニ課題を設定して、仲間の若い先生がLTになって行いました。そこでは勿論、みんなができるように、という条件を課してあります。先生が回っていったとき、よくできて人の成績に無関心だったK君の周囲の子どもたちに、「先生に説明して」と言ったそうです。そうしたところ、周囲のみんながすばらしい説明をするのだそうです。よく聞くと、K君がみんなにわかるように説明したというのです。同僚の先生は今までの実践で、周囲の友達なんかそっちのけで自分のことばっかりやっていたのに・・・と涙ぐんでいました。また、よくできるMに、私が「あなたの課題はよくわからない人がわかるように説明することだね」というと、「そっか!よかった、わからない人がいてくれて」と言ったのです。初日にしてこんな感じです。同僚の先生も、すごい!楽でこんなにいいなんて!といっていました。

いい1時間でした。

taikitaiki2007/04/19 21:14「同士からのメール」を見させていただくと嬉しい気持ちが咽喉にひっかかって苦しくなります(笑)
きっと、先生にメールを送ってくださる方も同じように誰かに伝えたくてしょうがないのではないでしょうか?
生意気を言ってすいません。

kankan2007/04/19 21:14教師が目標について語るのが『学び合い』の重要なポイントですよね。私は5クラスの理科の担当をしていますが、2つ目のクラスで語っていた時に生徒の「つまらなそうな顔」に気付いてしまいました。次からは、目標を書いた紙を渡して、「ここに書いてあることをよく読んで、どんなことを大切にして、どんなイメージの授業になるか全員が言えるようにして」と言って、15分ほどの時間を与えることにしました。時間終了後、1人2人指名した後。「今、みんながしたようなことをそのまま授業でやるだけだよ。」と私が言います。暑苦しく語る手間が省けます。

jun24kawajun24kawa2007/04/20 08:39taikiへ。私もそう思う。それと「生意気」なんて言う言葉は我々にとって意味無いよ。大事なのは「誠意」があるかないかだよ。とても誠意を感じました。ありがとう。
あのテクニックを誇るkanさんの語りで15分でつまらなそうになるというのは、にわかには信じられないけど、それが事実なんだよね。あはははは。でも、一度分かってしまうと、もう戻れない。あはははは。ありがとう。

MizuochiMizuochi2007/04/20 12:17私が担当するクラスの中に、耳が不自由な子がいます。
今までもそうでしたが、
目標は黒板に書き、みんなで読みます。
目標をメタ認知してもらうためです。
この後、私が話すことはほとんどありませんので
耳が聞こえないことは、今のところ問題ありません。
軽い自慢です。

jun24kawajun24kawa2007/04/20 16:07きっと、御校のだれかさんが担任したら、「大変なのよ~」と騒ぎまくって、大変だよね。あはははは

1kawa1kawa2007/04/23 22:37KanさんへあるOBです。新しい学校で楽しくやっています。そのアイディアいただきます。また、情報交換しましょう!よろしくお願いします。今度は逆転して後輩になれるように勉強する必要に迫られそうです。先生に話さなければ・・・正式にはまだ許可を取らなければならないセクションがいくつかあるので一つ一つ前進しようと思っています。

kankan2007/04/24 22:321kawaさんへ。誤解の起きる可能性があることを覚悟の上でいうと、授業中楽することばかり考えていると、面白いアイデアが浮かびますよねえ。またよろしくお願いします。生意気なようですが、たくさん勉強する必要がありました。特に英語はやっぱり重要でした。

07/04/18(水)

[]性悪説性善説 21:52 性悪説・性善説 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 性悪説・性善説 - 西川純のメモ 性悪説・性善説 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教育論は、子どもはほっとおくと遊びだし勉強しないという性悪説の前提で組み立てられています。また、子どもは教師の丁寧な指導がないと分からないという性「バカ」説に立っているようです。その子どもを、なんとか教師が引っ張らねばならないという前提で、あの手、この手の教材が山ほどあります。ところが我々は、子どもは本来勉強したがっているし、子どもは自らの力で勉強できるという立場に立っています。基本的に性善説立場に立ちます。

 が、我々は、遊び出す子どもがいることも、分からない子どもがいることは百も承知、二百も合点です。それでは何故、性悪説に立たないのか。それは、性悪説に立った様々なことを十分にやって、それでは無理だと言うことを知っているからです。もう一つあります。性悪説立場教育論は、子どもを変えようとします。でも、性悪説立場からは子どもはなかなか変わりません。人が悪になり善になるのは、あくまでも関係の中で決まります。子どもが変わらないならば、自分(教師)が変わらなければなりません。つまり、子どもが悪いのではなく、自分が悪いことをしているから、勉強したがっていることもが遊びだし、分かることの出来る子どもが分からない、と考えます。それを自らに課すために、性善説立場に立ちます。

 子どもは遊びたがり、子どもは能力がない、という立場で出発すれば、壁にぶち当たれば、「子どもが悪い」、「親が悪い」、「社会が悪い」と自己合理化します。事実それが正しいとしても、それは絶対に避けたいからです。何故なら、そのような自己合理化からは安寧は得られますが、進歩は得られないから。

[]教師がやるべき事 21:52 教師がやるべき事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師がやるべき事 - 西川純のメモ 教師がやるべき事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある中学校の同志からのメールです。

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 ちょっと話したいことがあるので聞いてください。家庭訪問中のことです。家庭訪問で、最後に訪れた家の子は勉強ができない子です。「英語は単語の読み方がわからない。」「授業中、何を言ってるのか分からない。教科書の下に単語が書いてあるでしょ。あの下にある変な記号(発音記号のこと)も訳が分からない」と話し、英語教科書をもってきました。発音記号について説明し、英語勉強の仕方を教えました。その後、その子は数学プリントを持ってきました。分からないところを一緒に勉強しました。途中気のせいかもしれませんが、勉強しながら涙ぐんでいるようにもみえました。(僕が怖いんじゃないですよ。なんか余りにも分からない自分に対してのような気がしました。)

 結局、最後の家ということもあり、その子の家に1時間半ほどいました。帰りの車の中で、私の中の情が、毎日1時間でもいいからこの子やそれと同じぐらいの状態の子の勉強を見てやりたいなと思いました。それと同時に、私の中の理が、やっぱり通常の授業では、この子達は救えない。教師じゃこの子は救えない。と思いました。私の勤務校は、かなり優秀な先生もいます。そういった先生に『学び合い』の話をすると、おもしろそう。やってみようかなと言います。

 やってみようかなと言う先生に、西川先生HPの奥義書の公開は非常に助かります。何といっても、私が語る手間が省けます。多謝。

 話がそれました。やっぱり学校を変えなくちゃいけない。

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 このメールを読んで涙が出ました。教師を一生の職として選んだ身として、この子の気持ちを察すると胸が張り裂ける思いです。この子は必死に分かりたいと願っている。でも、逃げ道が無く、迷っている。救ってくれそうな人にすがっている。教師としては、おぼれている子どもを見捨てることは出来ません。でも、さすが我が同志です。この子に毎日1時間教えても、限界があることを理解しています。そして、そんなことすれば、他の子どもを捨てることになります。その子を救うのは、『学び合い』しかありません。しかし中学校なのですから、教科担任制です。その子が助けを求めている教科で助けてあげるには、全ての教科で『学び合い』をしなけれなりません。従って、その同志がすべきことは、その子に1時間を割くよりも、学校の同僚を変えることに1時間割くべきです。それによって、その子を含めた全ての子どもを救うことです。

 一人の子どもも見捨てたくない。全員に分かる喜びと、居心地のよい教室を与えたい。そのウエットな気持ちが我々の出発点です。しかし、ウエットな気持ちに飲み込まれてしまうと、ナルチシズム、自己憐憫に陥ります。ウエットな気持ちを心に秘め、クールに計画を立てねばなりません。

 以前のメモと同じエールを送ります。

 ヤマト発進!主砲三連装ショックカノン、副砲三連装ショックカノン、艦首ミサイル煙突ミサイル、対空用の2連装パルスレーザー、そして波動砲、何でもかんでもぶっ放して、とりあえず在籍校を変えてね。

OB1989OB19892007/04/19 05:43長野県の方であれば,ご連絡ください。

jun24kawajun24kawa2007/04/19 08:01ありがとうござます
残念ながら長野県ではありません。

07/04/17(火)

[]うり二つ 08:53 うり二つ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - うり二つ - 西川純のメモ うり二つ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある方から以下の相談メールをいただきました。

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掃除時間にちょっとしたトラブルがありました。問題のN君が、掃除を怠けているのをI君が注意しました。(席が前後で、相性が悪いのか普段からよくケンカをしている。)それが、気にくわないものだから「ハクサイ頭。」と言って文句を言っている所へ6年の先生が通りかかり厳しく注意をされていました。たくさん子供達が集まっているのでどうしたのかなあと行ってみると文句を言って謝りもしないんだよと6年の先生が凄い剣幕で言って立ち去って行きました。いつもの自分ならそこで6年の先生と同じように怒ったと思うのですが、躊躇してしまいました。それで、後で子供達には、学習の時と同じように先生は、解決しません。皆さんで解決して下さいと言いました。そう言ったものの反省のないN君の態度と普段の様子に、むらむらとした感情を抑えることができず、残して指導してしまいました。文句を言って悪いと思ったら謝るべきじゃないのと指導しましたがI君も悪いんだよと引き下がりません。埒があきそうにもないのでそこで切り上げてました。みんなが君のことを心配して学習を見てくれていることに対して「良い友達に囲まれて良かったなあ。」ということとN君の良い所(前年度の担任から聞いた話など)してさよならをしました。こんな子へは、どう対応したらよろしいのでしょうか。 』

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その返信は以下の通りです。

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○○さんも、ありがちな対応をしてしまいましたね。偉そうな事をいっている私も、N君のことを知れば「むらむらとした感情」が生まれます。そして、そんな感情を持っていることをN君は気づいているはずです。では、どうするか、N君のことを一度忘れるのです。

○○さんにはN君を変えることは出来ません。出来るのはクラス子ども達です。N君の問題を忘れて、クラス全員が90点になることを求めて下さい。そして、N君のことを忘れて、クラス全員が高まることの意味を何度も何度も説教してください。

喧嘩は必ずしも悪いとは思いません。関わり始めるから喧嘩も起こります。

○○さんがしっかりと踏ん張り、道を示してください。

いかがでしょうか?

*************************

 さて、そのメールを返信した直後に、ある同志から別件のメールをいただきました。先週、クラス開きをしたばかりの同志です。先のメールを、名前を伏せて転送し、その方だったらどうするかを聞きました。それが朝届きました。以下の通りです。

*************************

西川先生

大変おもしろい事例ですね。

実際に会ってみないとわかりませんが、「多様な子がいる方がいい」という大前提から考えると、こういう子もいた方が楽しいと思えば問題はないと思います。私のところでも、今日もS君のところでトラブルが発生しました。教えに来た子たちに対して「いいんだよ、うるさいな」と、切れた状態になっていました。子どもたちは冷静に「おい、Sが切れた」と笑って接していました。高学年になれば、お互いの性格もだいたい知り合っています。少なくても、その子の性格を知っている子がいます。

今回の発端は、そうじです。おそらくその子がそうじをしないことを周りは知っていたのだと思います。それを注意すると、逆に怒り出すことも。

教師がすべきは、その子を激しく注意することではなくて、学級でそうじの目標について理解させることだと思います。それで、「みんなで協力してやった方がいいと思わない?」と投げることを私ならします。

先週、そうじがあまりにもたるんでいるので、全員の前で5分ほど「そうじの目的」をしゃべりました。全員が理解する必要はないので、短時間に終わります。あとは、そうじの時間に「そうじの目的って何だっけ」と声をかけておけば大丈夫でした。メールの子は、そうじをさぼって強がって教師と子どもたちの注目を集めることを目標にしています。そんなことに付き合っても、あまり意味があるとは思えません。

参考になったでしょうか。

**********************

以上が同志から朝届いた返信メールです。

どうでしょうか?

私は笑い出しました。

だって、うり二つですから。

我々は多くの教育論・指導法と違って考え方を重視します。

だから、ありとあらゆる場面に適用できます。

そして、「大学先生様のありがた~いお説」ではなく、実際に行動を定めることが出来ます。そして「ブレ」ません。

心ある教師は我々と同じことに気づいていると思います。しかし、それが教科学習にも成り立つことに気づいていない場合が多いように思います。我々は教科学習に置いてクラス作りをしており、クラス作りが学力向上なんです。

と、書くと、中高の先生小学校とは違って教科担任制だ、と言われる方がいます。しかし、ナンセンスです。自分が担任している教科の時間における子どもたちの姿は、その先生が決めています。その時間、その時間がクラスです。なお、補足として、その方に以下のメールを送りました。

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言葉が足りなかったので追伸します。

つまり、怒らなかった、ということはとても良かったと思います。

もう一歩進めるとしたら、それは、N君を忘れて、そして、クラス全体の目標を語るんです。

ありがちな行動というのは、

みんなが君のことを心配して学習を見てくれていることに対して「良い友達に囲まれて良かったなあ。」ということとN君の良い所(前年度の担任から聞いた話など)してさよならをしました。

のようにN君に対して何かをしようとしている点です。

そんなのは必要ありません。

悪くすると、N君の術中に陥ります。

教師がやるべきは、クラス全体に語ることです。

07/04/16(月)

[]ご案内 21:54 ご案内 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ご案内 - 西川純のメモ ご案内 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が同志が以下の会を企画しました。ご案内します。ご参加をお誘いします。

 追伸 不遜ながら、私の講演会を聞いた方だったら、おわかりのことと思いますが、大抵の方は飽きさせません!(全員でないということを自覚しているところが大事です)

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第1回 『学び合い』を学ぶ研究会 in 埼玉  のご案内

研究会は、西川 純(上越教育大学教授)らの研究成果をもとに、子どもたちの相互作用による『学び合い』を研究し、その成果を広めようとする同志を応援する研究会です。お気軽にご参加ください。 │

1 主催  埼玉学び合い研究会

後援  臨床教科教育学

2 講師  西川 純 上越教育大学教授

3 日時  2007年5月26日(土)13時から17時

4 会場  早稲田リサーチパークコミュニケーションセンターN403号室

新幹線本庄早稲田駅徒歩3分

JR高崎線本庄駅から車で10分

5 日程(予定)

12:30~12:45 受付

12:50~13:00 開会

13:00~14:15 西川先生による講演

14:15~14:30 質疑

休憩

14:45~16:30 『学び合い』の授業実践報告と質疑

報告予定者 大平 正芳(横瀬町立横瀬小学校

平林 邦章(上越教育大学大学院2年)

井上  浩 (寄居町立折原小学校) 他

16:45 閉会

17:00 軽い懇親会

6 定員 30名

  定員になり次第、締め切らせていただきます。

7 参加費 2000円(懇親会費は別途)

☆当日受付で集金いたします。

8 お申し込みの方法

メールにて申し込みください。宛先は、杵淵 眞 までお願いします。

メールアドレス makine44@mail.goo.ne.jp

メールには、①お名前②お勤め先③ご住所④お電話番号⑤懇親会の参加の可否をご  記入ください。

こちらから返信メールをお送りいたします。

9 お願い

学び合い』に興味をお持ちの方が、お近くにいらっしゃいましたら、お声をかけていただきたいと思います。よろしくお願いします。

あべたかあべたか2007/05/01 06:10ずっと悩んでいたのですが、参加することに決めました。
今から申し込みします。まだ定員の30名に達していないことを祈りながら。

jun24kawajun24kawa2007/05/01 12:18是非おいで下さい!
お待ちしております

07/04/15(日)

[][]ヒット 21:22 ヒット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ヒット - 西川純のメモ ヒット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今見たら2万ヒットを越えていました。2ヶ月弱前にHPの「メモ」をブログに移してからの数です。1万ヒットだったのは3月24日です。つまり23日間で1万ヒットした勘定です。3年前にHPの「メモ」のアクセス解析した時の2倍弱の日平均アクセス頻度です。

 このブログを読んでいただいている方は、「自分を変えよう、学校を変えようとしている真摯な教師」、そして、子育て戦士の方だと思います。同志各位に感謝エールを送ります。

[]成績が上がらない 07:35 成績が上がらない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成績が上がらない - 西川純のメモ 成績が上がらない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は成績が絶対に上がります。しかし、「成績が上がらない」とか「成績が頭打ち」という悩みを持たれる方がおられます。

 まず第一の理由は、『学び合い』になっていないからです。『学び合い』では成績が絶対に上がります。理由は単純です。「クラス全員の情報を利用」し、「徹底的に同級生からの個別指導を受ける」からです。

 成績が上がらない方の話を聞くと、成績上位の子が動きが悪いという場合が多いように思います。これでは、有効な情報が周りの子どもが得られない。これは、目標レベルが低すぎることに由来しています。

 また、その方の授業で話す時間を聞くと、授業時間の半数以上を占めている場合があります。我々の『学び合い』では5分も話せば、「長すぎる」と感じます(ただし、説教をするときは別)。つまり、(授業時間-5分)以上を子ども達が「学ぶ」時間です。教師が長く話すということは実は、「分からない子どもにとってはチンプンカンプンの話によって、子ども達が主体的に学ぶ時間を奪っている」ことを意味しています。

 さて、クラス全員が積極的に動き回って「学んでいる」時間が、授業の圧倒的大部分であるのに成績が上がらない場合もあります。子ども達のつぶやきを聞けば、彼らが相当に高いレベルに達していることは分かるのですが、それがテストに現れない状態です。これは、教師が「成績を上げろ」という目標をハッキリと与えていないことに由来します。

 学習によって伸びる能力は多種多様です。その中でテスト等で現れる成績で計れるのは、ごく一部です。『学び合い』では能力が全体的に伸びるので、子ども達のつぶやきから感じる彼らの成長が成績に反映される部分は一部にすぎません。では、どうするか?「成績を上げろ」と求めることです。「成績を上げろ」というのは程度の低い目標のように思われがちです。しかし、私はとてもいい目標だと思います。だって、「心を成長せよ」や「コミュニケーション能力を高めろ」や「学ぶ力を伸ばせ」などの、もっともらしい目標は、分かったようで、分からない目標です。特に、子どもにとってはチンプンカンプンです。もし、子ども目標が分からなければ、それに向かって勉強せず、従って結果に反映しません。ところが、「成績を上げろ」は分かりやすい。だって、テスト結果としてハッキリ分かります。また、どのようなテストを説明すれば、もっと分かります。

 「成績を上げろ」では偏った能力しか伸びないのでは、と危惧される方もおられるでしょう。しかし、杞憂です。もし、「クラスの平均点を70点以上にしよう」程度の低いレベル目標であるならば、「一部の子どもが頑張って、やらない子どもがいる」、「成績の低い子が、とりあえず暗記する」というようなことが起こります。しかし、「クラス全員、もれなく、90点以上取れ」というレベル目標を与えたならば、そんな戦略は通用しません。その時、大人になって本当に必要な様々な能力を総動員しなければ達成できません。具体的には、「異質な人に自分の考えを伝える能力」、「異質な人の考えを理解する能力」、「異質な人と人間関係を維持・発展する能力」等が必要となります。

 結局、成績を上げるならば、とてつもなく高い目標を与え、彼らが学ぶ環境保証するしかありません。それは、自分がやっていることを、校長に置き換え、その時の職員集団を思い起こして判断すれば答えが求まるはずです。それが出来るのは、「子どもを信じる」という我々の基本が大事なんです。

07/04/14(土)

[]影と本体 22:54 影と本体 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 影と本体 - 西川純のメモ 影と本体 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある方からメールをいただきました。その方のやっていることは『学び合い』と殆ど近い。その方が抱えている課題も、よく分かります。あと少しで、パーフェクトの結果を得ることが出来るでしょう。でも、面白かったのは、その方は、ご自身の実践の凄さを理解いないてんです。そして、やはり指導法だと捉えている点です。

 子ども達は指導法を見ているのではありません。その先生を見ています。その先生の思いを、ちゃんと見ていて、そして、それにあった行動をしています。その先生の思いは、高い高い志です。その先生の思いは、我々と一致しています。でも、思いを実現する方法を「指導法」に求めています。しかし、本当に思いを実現するのは「子ども」達です。

 本体は、その人の「思い」です。その人の授業は「影」にすぎません。それを私は伝えたいと思います。

07/04/13(金)

[]分かってもらえないのかな・・ 22:24 分かってもらえないのかな・・ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分かってもらえないのかな・・ - 西川純のメモ 分かってもらえないのかな・・ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 どうも『学び合い』は一つの指導法だと思われる方が多いようです。しょうがないとも思うのですが、残念です。本当は考え方なのですが・・・

 コンピュータの時代の最初の巨人IBMでした。その頃は、コンピュータ機械の性能が決定的でした。そして、当時のパソコンの規格はIBM互換が規格でした。そのIBMソフト発注をしたのがビルゲイツです。ビルゲイツIBM用のBASICを作り、大成功の出発点を作りました。その後、彼はMS-DOSを生み出しました。その際、NECは自社製のMS-DOSを考えられないほど安価に世に出しました。MS-DOSソフト開発者にとっては宝箱みたいなものでした。当時大学院生だった私も、こんな凄いソフトが、当時で1万円程度で手にはいるなんてビックリしました。他社製はその十倍以上でした。結果として、NECには良質なソフトが排出し、NECの天下の時代でした。ところが、Windowsの時代になって風向きが変わります。どんな会社も互換性が保証されます。そして、そのWindowsNECMS-DOSと同程度に安価です。結果としてNECは没落します。今、マイクロソフトワープロ表計算プレゼンソフトも自社製が有利に働くようにしているようです。そこにグーグルが生まれました。彼らはソフトネット上に置き、無料で提供しています。オープンソースプログラムもやがてネット上に置かれると思います。

 上記は考え方の戦いの歴史です。機械が大事と考える時代、フロッピーディスクCDで提供されるソフトが大事と考える時代、そしてユーザーにとってはバーチャルな世界のソフトが大事な時代への変遷です。そして、勝者は常に自分の資産安価無料)で世に提供した側にあります。自分の資産をもとに囲い込み、それでもうけようとした側は常に敗者です。

 私なりの試みとして、本として出版するつもりだった「『学び合い』の奥義書」を公開しました。「学びの殿堂」も製品として売り出せば、それなりの価値は生じます。でも、そんなことは敗者への道です。出来るだけ、簡単に、そして無料で、情報を公開すること、それが「考え」を伝える術だと思っています。

[]フォロミー 08:46 フォロミー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フォロミー - 西川純のメモ フォロミー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「あべたか」さんから教えてもらい、ネット映画を借りるサービスに入りました。いや~、宝箱みたいです。昔見て感激した映画が一杯です。昔の「心の旅」をたのみました。また、「あべたか」さんやKさんが推薦するクライマーズハイも頼ました。残念だったのは「フォロミー」が無いことです。これは妻帯者は必見の映画です。切なくも、美しくて、そしてハッピーエンドです。残念ダー

[]漢字 08:13 漢字 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 漢字 - 西川純のメモ 漢字 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、「窪田」という表札が出ている家の前に立ったとき、「これって久保田先生とは違う「くぼた」だね」と言い出します。ビックリして、「何で読めるの?」と聞くと、土讃線窪川という駅があるからだそうです。調べましたが、本当にありました。

 息子は本が大好きです。そして、電車が大好きです。普通の本を読んでいるので、普通漢字はいつの間にか読めるようになっています。あまりポピュラーではない漢字に関しては、電車地図時刻表を読んでいるうちに覚えるようです。しかし、徳川忠輝を読めるのは、依然として謎です。

abematuabematu2007/04/14 09:24「フォロミー」、ぜひ探して見てみます。

michitamichita2007/04/14 09:41はじめまして。最近,学び合いに興味を持っている道田という者です。指導法ではなく考え方,ということは,同じ考え方に基づく別種の指導法がありうるということでしょうか。コンピュータの場合も,同じ考え方に基づくさまざまな製品があるわけですが,それと同じと考えていいでしょうか。

jun24kawajun24kawa2007/04/14 10:50あべたかさんへ「フォロミー」が見つかったら教えてください。
本当にいい映画です。ただし、母ちゃんと一緒に見たら駄目ですよ。旦那が一人で見て、反省し、「母ちゃんを大事にしなきゃな~」と思う映画です。色々な意味でハッピーエンドです。

jun24kawajun24kawa2007/04/14 10:59はじめまして道田さん
その通りです。
例えばグーグルを検索サービスと考えるか、バーチャルな世界に本体を置いている会社かと見るかの違いです。前者は製品で見て、後者は製品の背後にある考え方で見ています。
『学び合い』の根本は「子どもを信じる」という考え、もっと正確に言うと「子ども集団は大人と同じだけ有能であり、大人と同じだけ愚かだ」という考え方です。
『学び合い』においては、子どもは一人一人自分の学習法を選び、作ることが出来ます。それは一つとして同じものはありません。そして、一人の子であったとしても、今日の学習法と明日の学習法は違います。
『学び合い』に基づく様々な指導法があるというより、無限の学習法を保証している、というのが、より正確な表現のように思います。
伝えきれない部分もあると思います。どうぞ、どんどんコメント下さい。また、メールしてください。メールアドレスは上段にあるHPに公開しています。お待ちしております。

michitamichita2007/04/14 23:48さっそくのご返事ありがとうございます。
思うのですが、もし仮に、「バーチャルな世界に本体を置いている会社」がグーグル1社しかないのであれば、その考え方は製品と渾然一体となってしまって、両者を区別するのは難しくなると思うんですね。しかし、「同じ考え方にもとづくのだけれどもグーグルとはまるで見え方の異なる別種の製品」がいくつかあれば、それらを理解するためには、製品そのものではなく背後の「考え方」に目を向けざるを得なくなると思います。
そういうわけで「同じ考え方に基づく別種の指導法がありうるのか」とお伺いしました。それがあるのであれば、それを提示することが「指導法」と「考え方」を分けて理解するひとつの手立てではないかと愚考したのですが...

jun24kawajun24kawa2007/04/15 16:41なるほど、道田さんの質問の意図が分かりました。
どうも、私自身が指導法はどうでもいいという考え方に染まりきっているため、意図を取りきれず申し訳ございません。
それでしたら山ほどあります。
例えば、現在までに我々は「学び合う教室」、「学び合いの仕組みと不思議」、「静かに!を言わない授業」、「座りなさい!を言わない授業」、「忙しい!を誰もいわない学校」、「勉強しなさい!を言わない授業」の本を出しています。そこでは、様々な授業の様子を出しています。また、HPの「学びの殿堂」で様々な授業を公開しています。そこでは小学校、中学校の実践、様々な教科における実践を出しています。使っている教材、語り口は様々です。
 これが様々な製品とも言えます。しかし、本当の様々な製品は一人一人の子どもの会話に現れています。ある子を教えている、別の子の説明は無限のバリエーションがあります。それこそが、様々な製品だと思います。いかがでしょうか?

michitamichita2007/04/16 08:18ありがとうございます。私はまだ西川先生の本は1冊しか読んでいませんので,ほかの本も見ることにします。

なお,子どもの説明には無限のバリエーションがあっても,先生の指導(行動として現れる部分)が1種類しかないようにみえるのであれば,やはり指導と考え方が渾然一体となってみえてしまうのかなあと思いました。もっとも,そのこと自体は悪いことではなくて,その指導のあり方(先生の動き方)を,その考え方の現われとして理解できるのであれば,何も問題ないのではないかと,(本を一冊読んだだけの)私は考えています(西川先生が「分かってもらえないのかな」と思われるような受け取り方をされる方がどのように捉えているのか分からずに書いているので,的をはずしているかもしれませんが)。

jun24kawajun24kawa2007/04/16 09:24レス有り難うございます。
是非、本やHPに見えるものが一つに見えたら、それは我々の見方で見ているということです。そう見えたとしたら、いわゆる一般の方が「指導」と称していることが無意味で、考え方の方が大事だと感じて頂けると思います。一度、面と向かってお話ししたいですね。

F-KatagiriF-Katagiri2007/04/16 10:28「奥義書」の次の1歩として、「奥義書」を誰でもが書き加える、修正できる、コメントできるようにしたらいかがでしょうか?web2.0の時代の教育書として。

方法として、ブログ化する、「はてな」のキーワードに登録するなんてのが考えられます。

jun24kawajun24kawa2007/04/16 12:04私もそれを狙っているんだけど、そうだと、それなりのチェックの委員会を設ける必要があると思います。なんか、いい方法ない?

F-KatagiriF-Katagiri2007/04/17 12:40長くなるのでブログに書きます。

07/04/12(木)

[]オーラ 03:08 オーラ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - オーラ - 西川純のメモ オーラ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 院生控え室にいると、ドアの外に院生さんの近づく音がします。そこで、ドアのそばでじっと構え、明けたとたんに「ワッ」と脅かして遊びました。相当驚かれ、そして「Kanさん(今年修了された院生さん)の言ったとおりだ」と呆れられました。「言ったとおり」というのが気になったので、「なんて言ってたの?」と聞くと、「西川先生は頭の良い中学生と同じような行動をする」というのがKanさんの西川評です。凄い当たっている表現なので大笑いしました。全くそうです。私の頭の中では、どんなバカなことをして楽しもうとたくらんで、常にクルクル回っています。立場上、教授ですので、それっぽい行動はしますが、本質的には「中学生」です。

 本日、ある方から教えてもらいました。4月に入った修士1年の院生さんの中に、「西川先生と話したいが、オーラが出ているので、畏れ多い」と言っている方がいるそうです。それを聞いて「オーラ?」と言って、後は腹の底から大笑いです。頭の中は中学生の私がオーラを発しているとは、いやはやビックリです。最近家内からは「あなた、加齢臭がする」と言われていますので、きっとオーラではなく加齢臭なんだと思います。あはははは

 さて、本日、Kineさんと電話で話しました。電話の声だけで、私は押し倒され、圧倒されるように感じました。富士山が私にのしかかるようです。これこそがオーラだと感じました。この方が1年間でクラスをどんなに変えるのだろう、と考えると嬉しいし、そら恐ろしく感じます。それをOさんがリアルタイムで分析し、結果を教えてくれる。私はなんて幸せモンだろう、と感謝しました。

[]花見 03:08 花見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 花見 - 西川純のメモ 花見 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の強い希望により本日家族3人で花見をしました。実に楽しかった。息子はちょこなんと座って食べて「う~ん、桜は盛りだね」なんて大人びたことを言うので家内と爆笑です。たしかに高田夜桜は今が盛りです。来年から我が家の恒例にしたいと思います。シートを引いた近くに高田城の説明看板がありました。小学校1年の息子は、それをすらすら読みます。どうして、「徳川家康」、「徳川忠輝」を読めるのか謎です。

07/04/11(水)

[]同志からのメール 22:10 同志からのメール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志からのメール - 西川純のメモ 同志からのメール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、ニッパチ理論の事をブログに書きました。興味があるかたは本ブログの検索で捜してください。集団を変えるには、その2割の革新者(確信者)がいれば十分だという考え方です。学校を変えようという方に、そのことを話します。今年異動した、そのような同志の方からメールをいただきました。

今日,6年生に「種」を蒔きました。『学び合い』のガイダンスで,これからの学習方法を話しました。みんな「キョトン」としていました。どう動くかは予想していました。ガイダンスを終えて,子ども達の様子を見ていますと,予想通りに動きます。PC教室,図書室。ほとんど子どもは,ここから情報を得ようとしています。「教科書」に優るものはないことはまだ分かりません。想定内の「動き」でした。楽しみです。やれそうです。やってくれそうです。

若い女教師と教護教諭に西川先生の考えやら,私がやってきたことを45分位話しました。目が輝いていました。二八のスタートです。』

 上記の同志が何を考えているかを分かるために、ちょっと補足します。調べ物学習で、子どもが図書館やPC教室に移動し調べる子どもは熱意があるように思われています。しかし、『学び合い』を経験すると、そんなものより同級生の有効性が分かります。そして、情報源としては教科書で十分であることに気づきます。そうなると、相対的に学習に熱意のない子ども(正確には何をやったら分からない子)が図書館やPC教室に移動し、圧倒的大多数はクラスの教室で、教科書片手に同級生と議論します。そして、やがて図書館やPC教室に移動する子は殆ど無くなり、たまに教科書では駄目なときに移動するのみとなります。そのことを分かっているので、「想定内」と表現しています。今はセオリー通りの子どもの動きです。でも、直ぐに予想を超える子どもの凄さが表出します。それからが本当の楽しみです。多くの教師が、自分の思ったとおりの動きを喜び、誇るに対して、我々は自分の思いを越える動きを喜び、誇ります。そのメールがしばらくしたらあるでしょうね。

[]春の味第三弾 21:47 春の味第三弾 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 春の味第三弾 - 西川純のメモ 春の味第三弾 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の昼休み学内コシアブラを取りました。研究室に置くと、コシアブラで一杯です。近日中に天ぷら等になるでしょう。楽しみ。あとは、春の味の最後、ワラビです。葉桜になり、ツツジが咲く頃が目安です。

[]「感謝」集団登校 08:45 「感謝」集団登校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 「感謝」集団登校 - 西川純のメモ 「感謝」集団登校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、息子と同じクラスの子が、我が家から20m程度先、それも玄関から見える家であることを家内発見しました。さらに、その家にはお姉ちゃんがいて、一緒に登校しています。さらに、さらに、息子と同じ幼稚園で1年生の子が、その家に集まって集団登校するようです。結果として6,7人の子が集団になって登校しています。息子をお願いしたら、受け入れてくれました。感謝。そういう上級生が息子の小学校に一杯いることを、可視化します。

[]滑り出し 08:45 滑り出し - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 滑り出し - 西川純のメモ 滑り出し - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年卒業したYちゃん(いやSさんと言うべきか・・)のブログに以下がありました。早速可視化します。

『ひよこ教師になり、はや1週間・・・

いろいろなところで新任の挨拶をする機会があります。

職員の方々に向かって。

全校児童の前で。

保護者会で保護者に。

これからですが、クラスの子に。

また、書面に載せる文章も何回か書きました。

そんなとき、よく思うのは、ゼミで培ったことがすごく役立つということ。

Kineさんに教えていただいた「じゃんけん」作戦はみごと大成功♪♪(先生方にも好評でした!)

ほかの機会でも、意外にスムーズに話せます。

なんでだろう?と思ったら、院生さんと話していたから、全体ゼミ発表していたから、今までよりは緊張せずに人前で話せるのだと思います。

ほかにも、パソコン関係なんかはなんとか役に立つことができます。(こんなにゼミ室ではSakさんに頼っていた私が、ここではまぁまぁ使える部類に入るみたいです(笑))

いやぁ、N研って思っていたよりももっとすごかった』

私のコメントは以下の通りです。

『よんでウルウルしました。

まずは滑り出しOKだね。

さて、説教親父になって・・・

じゃんけん」作戦は有効ですね。

でも、しょせん小技にすぎません。

それを教師の職能と考えてはいけませんよ。

N研究室の現職さんは、そんな小技は山ほどあるのに、それは小技にすぎないことを理解している方々です。その先があります。大学に入学した当初の人気者が、4年の時に人望があるかといえばそうでもない。長いスパンでつきあったとき、話の面白さなどのことより、結局、その人が自分をみんなをどのように考えているかという「徳」の方が重要になります。子どもも、同僚も同じです。

新採直後に『学び合い』をやったら、回りの先生方はビックリするし、よほどの大物先生でない限り、新採指導の先生は許さないでしょうね。ご飯の炊き方と同じで、「はじめちょろちょろ」でやりましょう。君は『学び合い』の子どもたちの姿を見ています。だから、どのような時、子どもが本当に主体的になるかを知っています。まがい物で誤魔化されては駄目です。期待していますよ。』

さて、この可視化は誰に向かって可視化して、なんのために可視化しているかは分かっているね。

07/04/10(火)

[]教師と親 21:27 教師と親 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師と親 - 西川純のメモ 教師と親 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日、ふと気づきました。息子が小さい頃から、一貫して私が息子に言っていることの一つに、「出来るか、出来ないかは問題ではない。真面目にやることが大事だ。真面目にやって出来なくてもいい。不真面目にやって出来ても意味がない。」です。我がゼミで、私が一貫して言っていることは、「遊んでいても良い、何してもいい、結果を出してね。」です。見事すぎるコントラストです。前者プロセスを評価し、後者結果を評価しています。でも、これで良いのだと思います。学校社会の縮図です。社会に出る準備をしているのです。社会結果を評価されます。だから、社会を体現する教師は結果を評価しなければなりません。が、同時に学校においてもプロセスを評価する集団を保証しなければなりません。それ故、『学び合い』が重要です。もし、一人一人の子どもサポートする集団を提供せずに、結果を求めたら大抵の人はつぶれます。

 親と教師の違いに気づいても、私は教師に「結果」を求めて欲しいと思います。教師に親と同じようなプロセスを評価して欲しいとは思いません。だって、数十人の子どもプロセスを評価できるわけなく、中途半端(というより全くしない)結果になるのは目に見えています。

 同時に、プロセスを評価できる集団を提供して欲しい。これは親には絶対できません。

 我が息子の担任は本当に優秀な方だと思います。指導能力、話術、志、全てにおいてビックリするほど、凄い先生です。こんな先生の担任のクラスになれて息子は幸せだと思います。が、旧来の枠組みの中で指導するはずです。旧来の枠組みでも十分に出来る方だとお見受けしました。が、旧来の枠組みだと、どんな優秀な先生であっても「ぬけ」が生じます。その「ぬけ」が我が息子でないことを心より願います。機会があったら、その先生と話したいな~、と思います。でも、教育学教授が話しに行ったら、動きが取れなくなるのは目に見えているので遠慮します。お預けしたら、親は何も出来ません(今の学校システムでは)。

[]目標 21:27 目標 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 目標 - 西川純のメモ 目標 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 研究授業を見させていただくと、大抵、クラスの壁には「学級目標」が書いてあります。子ども達に「このクラス目標は何?」と聞きます。大抵、答えられません。おそらく、目標は教師一人が決め、そして、それを子ども達が納得させるプロセスが省略されているのだと思います。

 本日の朝、息子が家を出ると、5年生か6年生とおぼしき子どもが通学しています。服装を見ると、息子と同じ学校子どもです。息子はあわてて家を出て、その子に追いつこうとします。不安な通学を一緒に出来ると思ったのだと思います。私もあわてて車に乗り、その様子を見える位置に移動しました。結果として、息子は必死にその子に追いつこうと駆け寄っているのですが、その子は息子を無視してどんどん歩きます。その無視しても、駆け寄っている息子の姿は健気です。

 入学式では、在校生一同が声を合わせて、何かあったら自分たちに頼って欲しい、というようなことを言っていました。その練習をするための時間はどれだけかけたのでしょうか?そして、1年生はどんな気持ちで学校にくるのか、そして、自分たちは何をするべきかに、クラスでどれだけ時間をかけたのでしょうか?少数事例で全体を推し量ることの非科学性は十分に分かりますが、前者に比べて後者が著しく少ないことは、容易に想像できます。

 本当に、何を成すべきかという目標が設定されていれば、圧倒的大多数は、本日の上級生のようなことはしません。

 少なくとも「ぬけ」があることは確かです。

[]一歩 16:47 一歩 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一歩 - 西川純のメモ 一歩 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある方とお話ししました。その中で、自分が『学び合い』を会得できるのか不安であることをおっしゃっていました。さもありなん、と思います。2006年の6月2日に「バンジージャンプ」というメモを書きました。そこでは『学び合い』の難しさをバンジージャンプに例えて、以下のように書きました。

バンジージャンプには特段の技術はいりません。踏み台より、一歩足を出すだけのことです。足を踏み出しさえすれば、後は、体に付けた紐と重力という自然の力がやってくれます。学び合いも同じです。目標をハッキリ与えるという5分程度で終わる「紐」を付ければ、後は一歩足を踏み出せば、子どもたちの学びたいという自然の力がやってくれます。なんも技術はいりません。」

 我ながら良い例えだと思います。実は偉そうに大丈夫ですよ、と言っている私だって「大丈夫かな~」と不安になる旧来の尻尾はあります。しかし、やってみれば、直ぐに子どもたちは結果を出すので安心します。そして、「俺って、本当に愚かだな~」と思います。私でさえ「一歩」は不安なのですから、不安に思うのは当然です。結局、やってみて、実感するしかないのだと思います。私が出来るのは「一歩」歩ませるぐらいです。あとは、子どもが教えてくれます。

[]異動通知 09:15 異動通知 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 異動通知 - 西川純のメモ 異動通知 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、異動の挨拶手紙を2通も受け取りました。ビックリです。教員の異動は年度末に決まります。ばたばたしているうちに3月31日になります。そして、直ぐに入学式、授業開きとなります。入学式の父母、授業開きの子どもたちの前では、百年前からいたような顔にならねばなりません。従って、異動の挨拶が来るのは5月の連休明けぐらいが多いように感じます。つまり、5月の連休に異動の手紙を書くことが出来るようになるわけです。ということで、昨日受け取ったということは驚異的といえると思います。

 2006年2月23日に「計画的」というメモを書きました。詳細は、それを見て下さい。そこでKanさんの言葉引用しました。彼によれば計画的とは「ちゃんとした計画を立て、きちんきちんとそれを実行すること」ではなく、早め早めに仕事を終わらすこと」なんです。実に大事な言葉です。それ故、お二方は実に計画的な方だと思います。

 あ!・・・、そういえばKanさんからの異動の手紙が届いていない・・・

 あははははは

kankan2007/04/16 23:01最近気付きました。早め早めの行動は「見通し」によって支えられています。異動したてで、たくさんの校務分掌を振られています。以前なら、軽くさばいていたように思いますが、誰かさんのおかげで、その仕事に意義が見出せず苦労しています。だって、4月末までの学級経営の見通しを提案してくれっていわれたら、えっ全校生徒分(500名ほど)いるじゃん。そんなの無理だし、作ることに意味ないしとかまず思ってしまいます。

jun24kawajun24kawa2007/04/17 09:12あははは
その誰かさんは誰かは分からないけど(笑)
きっと、その誰かさんは、いかなる状況においても、対応できる指針を語っているはずですよ。例えば、ニッパチ理論とか、子ども集団における『学び合い』は教師集団における『学び合い』と同じであるとかなど。そして、それを乗り越えると、どんな世界が広がってるかを語っていたと思います。誰かさんは。
ということで、期待しています。

07/04/09(月)

[]一日目 20:48 一日目 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一日目 - 西川純のメモ 一日目 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日小学校1日目です。昨日のようなパニックもなく、ルンルンで家を出発しました。昼前に機嫌良く帰ってきました。が、夕方から生あくびばかりです。食事も眠たげに食べます。毎日、息子が眠るまで私は添い寝をしています。平常ですと熟睡して寝息が変化するのは30から45分ほどかかります。しかし、本日は10分で熟睡です。彼は彼なりに気を遣ったのだと思います。

 ふと思いました。本日は学部・大学院入学式です。新入生の人たちは息子のように爆睡しているでしょうか?それとも不安で眠れないでしょうか?でも、連休明けには、たいていの人は十年前から生活している顔で大学を闊歩するようになります。息子もそうでしょう。

[]時間 20:48 時間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時間 - 西川純のメモ 時間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は若い頃、結婚式の司会を3回務めました。いずれも教師である私の先輩、同輩、後輩の結婚式です。従って、教師の出席者が多い。しゃべりたがりの人たちが続くのですから時間オーバーになってしまいます。それをなだめすかして、時間内に終わらせるのは気がつかれます。その後も、結婚式によばれると自然司会者立場になってスピーチを分析します。

 その結果、教師だからといって長いわけではなく、短くもまとまった話をする人も少なくないことに気づきます。一方、教師以外でもダラダラととりとめのないことを話す人は多いことも気づきます。私の分析によれば、ハッキリした傾向があるようです。非営利団体の現役バリバリ組織の本当のトップ(例えば地方自治体のトップ、教育長教育次長、また、その経験者である大校長)の話は短くもまとまっています。退職して数年以上経った校長(但し先に述べたトップは例外)の中に最悪の方に少なくありません(もちろん、例外は常にあります)。尾籠な表現で恐縮ですが、牛のション便みたいなダラダラと意味もなく流れる話です。

 話が長い理由は二つです。第一に、自分の話は万人にとって意味があり、面白いと思いこんでいる傲慢さ、鈍感さがあります。万人にとって意味があり、面白い話なんて世の中にあるわけありません。よい子ちゃんの子どもや部下しか相手にしていないならば、それを気づかないのかもしれません。でも、ちょっとした観察眼があれば、「つまらないぞ~」というオーラが聞き手は発しているのですが、それを気づかないほどの傲慢さ、鈍感さがあります。中間の管理職は、極めて等質の相手(例えば学校先生だけ)に対応すればいいので、そのような鈍感さでもやってけます。しかし、組織のトップともなれば、様々な政治家官僚ボス校長、地域の有力者など、多種多様利害関係がバラバラの相手に対応しなければなりません。従って、自分の話が万人に面白いと思うなんていう鈍感さは許されません。だから、気づきますし、そのように話します。選択科目の授業や自分がメインの講師で自由意志で参加する講演会ならば、まあ許されるかもしれませんが(もちろん本当は許せませんが)、その人の意志にかかわらず参加しなければならない会でダラダラとした話をするのは暴力です。

 第二の理由は、自分しか見えていないからです。その人の話す時間が定められた時間を超えれば、それを聞いている人、その人の後に話す人の予定を狂わすことになります。そして、そんな無神経な人が連続すると、参観者にとっては拷問になり、会自体が崩壊します。結局、全体の会という視点で、自分の位置・役割を捉えることが出来ず、自分の話す時間しか視野におけないからです。

 私は多くの学会発表、祝辞、講義、講演を聴きました。時間を守るから「良い話」とは決まっていません。しかし、定められた時間を超過した話に「良い話」はあったためしはありません。だって、聴衆に鈍感で、全体の視点で話を組み立てられない人の話が「良い話」になるわけありませんから。

[]発進! 17:59 発進! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発進! - 西川純のメモ 発進! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 修士2年の現職3人組は現場で実践研究を開始します。例年ですと、学校が落ち着く5月の連休明けぐらいにはいるのですが、今年は異常に早くから入ります。こんな早くから受け入れてくれる、各学校感謝です。ただ、研究室の文化の伝承の点が不安ですが、そのことは織り込んでおり、対応して頂けるそうです。ほ・・

 本日先生を変え、学校を変え、益田市を変え、島根県を変えるため、最後のSakさんが出発しました。彼曰く、イスカンダルに出発するそうです。それを聞いて直ぐに、「いそげSakよ島根県へ、日本教育が崩壊するまで、あと●●日・・」と浮かびました。Sak(ヤマト)発進!主砲三連装ショックカノン、副砲三連装ショックカノン、艦首ミサイル煙突ミサイル、対空用の2連装パルスレーザー、そして波動砲、何でもかんでもぶっ放して、結果を出してね。

追伸 若い人には意味不明かもしれませんが、宇宙戦艦ヤマト世代には分かると思います。

07/04/08(日)

[]初めての一人 18:18 初めての一人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 初めての一人 - 西川純のメモ 初めての一人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子の小学校入学式です。が、特段のことはありません。淡々と進みました。本日イベント入学式ではなく、その2時間前にありました。

 今まで何度も、私や家内と一緒に小学校の登下校の練習をしました。交通事故や不審者に会わないよう、歩いている間中、口を酸っぱくして注意していました。でも、なんとか出来るようになっていたので安心しました。そこで明日から登下校をしなければならないので、本日、初めて「一人」で行かせました。初めはルンルン気分で玄関を出たのですが、家を出て20メータあたりから引き返してきました。それからはワンワンと泣き通しです。彼曰く、「怖い怖い」ということです。それを聞いてはたと気づきました。私が心配していたのは、交通事故と不審者です。しかし、それ以前のことがありました。

 生まれてから今まで、私と家内、また、幼稚園先生、祖父母から10m以上離れたことは、息子は一度もありません。大型スーパーで数分でも我々を見失うと、店中に響き渡る声で泣きます。その彼を数百メータ先の学校に一人で行けというのですから、彼がパニックになるのは当然です。本来でしたら十分時間をかけて納得させるべきですが、明日には行かせなければなりません。そして、2時間後には式があり余裕がありません。そこで、かなり強引に説得しました。幸い、達成しました。その後は息子はルンルンです。

 でも、基本的に「目標の設定」は成立しているので、「じゃ小学校いくのやめるか?」と言えば、ひときわ大きな声で泣き始めます。従って、我々の設定は、「学校に行くためには一人で通学しなければならない」ということを理解させ、彼が逃げられない現実を受け入れるだけのことです。彼は負けず嫌いで、自分が出来ないと駄々をこねます。その度に、「やらなくてもいいんだよ」と言うと、「やる~、やる~」と泣きながら叫びます。そのため、いつも最後は出来るようになります。やはり、「やりたい」という目標の設定が何より大事だと思います。

 ふと思います。多くの学校先生は、子どもが「やりたい」と思っていない(従って、教師に立場から言えば、思わせていない)ことを、無理にやらせています。これじゃ、効果がないのは理の当然です。

OB1989OB19892007/04/09 23:07ご入学おめでとうございます。ノスタルジックに14年前を思い出します。

jun24kawajun24kawa2007/04/10 09:19ありがとうございます
思い出して下さい。そのころは戦争だったよね。
14年後にノスタルジックに思い出せるよう、
頑張ります!
いや結果を出します。

07/04/07(土)

[]中国地方の方々へ 18:13 中国地方の方々へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中国地方の方々へ - 西川純のメモ 中国地方の方々へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が上越教育大学に勤めている関係で、我がゼミ生は西には少ないのが実態です。が、今年の修士2年に島根県より現職派遣されたSakさんがいます。彼はもうすぐ地元学校に戻って数ヶ月にわたる『学び合い』の実践研究をします。Sakさんの授業を見たい方、相談したい方がいたら、私にメール下さい。私からSakさんに「お願い」します。私のメールアドレスHPに公開しております。

 あはははは。Sakさんへ。上記のように「かってに」宣言させていただきましたよ。

[]権力者ってだれ? 16:23 権力者ってだれ? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 権力者ってだれ? - 西川純のメモ 権力者ってだれ? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 職業柄、教育の世界の色々な役割の人と話すことがあります。新任の先生、中堅の先生、学年主任の先生研究主任の先生、教務主任の先生、教頭先生校長先生、大校長先生がいます。行政畑のセンターの指導主事、市の指導主事、管理指導主事、教育事務所長、県教育次長などがいます。大学に20年もいると、そんなレベルの人まで教え子がいます(わたしゃまだ47歳ですが)。

 そんな方々と腹を割って色々と話します。私が腹を割って話す人は、志の高い方々です。その方々がどのような志を持ち、どのようなことを行ったかを具体的に、微に入り細にいり聞きます。その中では、誰が学校の、そして教育行政の権力者なのか分からなくなります。例えば、学校先生と話すと指導主事が権力者のように思えます。ところが、指導主事と話すと、現場先生の方が権力者のように思えます。人事の話を聞くと、校長・管理指導主事・大校長教育事務所長・県教育次長のだれが決定権を持っているか分からなくなります。現場先生方が、単純に職階が高いほど決定権を持っているように思っているようですが、高い職階の方に聞くと、実質的な決定権がなさそうに思えます。

 実際の権力関係は、グー・チョキ・パーの関係のようなもののようです。グーがパーに負けることを嘆いてもしょうがありません。グーはチョキに勝ちます。そのチョキを使ってパーを動かすことが出来ます。

 4月は異動の時期です。様々な立場の方が、上記のように考えて、高い志を達成することを期待しています。

[]現状把握 13:37 現状把握 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 現状把握 - 西川純のメモ 現状把握 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在八幡小学校での『学び合い』の実践に関して新聞掲載が分かっているのは以下の通りです。抜けている新聞は、今後掲載される予定なのか、私が見落としている新聞です。掲載された日をおわかりの方は、ご連絡いただければ幸いです。

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河北新報 3月21日

東奥日報 3月17日

デーリー東北 3月17日 

秋田魁新報 3月20日

山形新聞

岩手日報 夕刊 3月23日

福島民報 3月17日

福島民友新聞 3月17日

上毛新聞 4月22日

千葉日報 5月5日

埼玉新聞

山梨日日新聞 3月22日

信濃毎日新聞 夕刊 3月20日

新潟日報 夕刊 4月14日

名古屋タイムズ

中部経済新聞

伊勢新聞

静岡新聞 夕刊 4月6日(muto60さんよりの情報

岐阜新聞

北日本新聞 夕刊 3月23日

北國新聞

福井新聞 3月27日

北陸中日新聞

日刊県民福井

京都新聞 3月26日

神戸新聞 夕刊 3月17日  

奈良新聞

大阪日日新聞

山陽新聞

中国新聞 3月21日

日本海新聞 3月19日

山陰中央新報 3月26日

四国新聞 3月19日

徳島新聞 

高知新聞 3月27日

大分合同新聞 夕刊 3月17日

宮崎日日新聞 3月23日

長崎新聞 3月26日

佐賀新聞

熊本日日新聞 夕刊 4月2日

沖縄タイムス 3月17日 (g-yktkaさんの情報

琉球新報 3月17日 (g-yktkaさんの情報

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muto60muto602007/04/08 05:53はじめまして,静岡で中学数学の教員をしております,武藤と申します。4月6日の静岡新聞夕刊で,八幡小の「学び合い」について掲載されました。
自分も「スタンドアップ方式」と名付けて,2年前から生徒同士が自由に席を立って互いに教え合い学びを深めることを軸とした授業を行っております。日々の授業の様子をhttp://www.enpitu.ne.jp/usr4/48536/diary.htmlに記しています。(日記の一番下にある「検索」の欄にスタンドアップを入力していただけますと,関係した日記一覧が出てきます。)
同じようなことを志している方がいることを知り,大変心強く感じました。

jun24kawajun24kawa2007/04/08 09:16情報有り難うございます。
それとホームページ読みました。私も静岡で同じ方向を見ている方いることを心強く思います。我々がやっていることは時代の必然だと思います。おそらく、明治時代に学校でやっても出来なかったと思います。しかし、今の時代はそれが出来るし、しなければならない。日本中に数百万人の教師がいます。これに気づいている教師はかなりいると思います。いっしょに広げましょうね。

07/04/06(金)

[]「学びの殿堂」充実中 04:04 「学びの殿堂」充実中 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 「学びの殿堂」充実中 - 西川純のメモ 「学びの殿堂」充実中 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在青木先生平野先生、荻野先生、そして子ども保護者のご協力とゼミ生の努力によってHPの「学びの殿堂」が充実中です。感謝です。

 授業をみて改めて思いました。一斉学習で「子ども達の目がキラキラ光っていました」と言う先生がいますが、「ありゃ嘘だ」と思います。『学び合い』での子どもを見慣れてしまうと、一斉学習においては、意欲的に取り組んでいる子どもより、目が死んでいる子どもの方に目がいきます。一番、目がキラキラしてるのは、実は、全員がキラキラしていると思いこんでいる先生の目だったりして・・・(笑)

 それと、一般の「学び合い」やグループ学習で、「はい、最初の5分間は自分で考えて」と指示し、5分後に「はい、ここから相談タイムです」なんてコントロールすることを、よくします。しかし、それはナンセンスだということは一目瞭然です。だって、『学び合い』での子どもを見れば、そんなこと言わなくたって、一人で考えたいと思う子どもは一人で考えるし、相談したい子どもは相談することが分かります。そして、どのときに一人で考えたいと考えるか、相談したいと思うかは、バラバラなんです。それを一律に○分とコントロールするなんて馬鹿馬鹿しい。

07/04/05(木)

[]醜悪 22:23 醜悪 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 醜悪 - 西川純のメモ 醜悪 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ギリシア文明は多かれ少なかれ奴隷制度がありました。ルネサンスの時代は封建制度でした。両時代とも文明が花開いていました。ギリシャ時代の偉人達を思い起こせば、奴隷を使っていた人が多かったはずです。ルネサンス芸術家哲学者の中には封建領主が含まれます。そうでなくても、その封建領主をパトロンとしていた人が殆どです。さて、その人達奴隷を使っていた、人民搾取したと非難するべきでしょうか?奴隷制度も封建制度も、その時代の必然であり、個人を非難してもしょうがありません。

 家に帰ってみると、ある高名な実践者の特集がありました。そこでは、その実践者のクラスで悪口があり、それを解決している様子が描かれています。二人の子どもクラス全員の前に出て、私はこんなことを言われたといっています。それに対して実践者がリードして、実は、クラスのある子どもが媒介していることを明らかにします。そして、最後は、3人の子どもタッチしながら仲直りします。

 クラス全員がクラスの歌を歌い、かたぐみをしている姿をほほえましく描いています。

 ある重病の人をクラスによんで、その人を核として授業を組み立てています。

 これらは良き教師の姿を描こうと思っているようです。しかし、私にとって、その姿は醜悪です。

 我々は子どもは教師と同じだけ有能であり、同じだけ愚かだと考えます。だから、無意識のうちに、職員室に置き換えます。さて、以下はほほえましいでしょうか?

 『ある高名な校長の特集がありました。そこでは、その校長学校で悪口があり、それを解決している様子が描かれています。二人の教師が職員全員の前に出て、私はこんなことを言われたといっています。それに対して校長リードして、実は、職員室のある先生が媒介していることを明らかにします。そして、最後は、3人の教師がタッチしながら仲直りします。

 職員室の教師全員が学校の歌を歌い、かたぐみをしている姿をほほえましく描いています。』

 この姿は醜悪ではないですか?第一に、その時点で悪口を言い合って問題になるクラスなんて、馬鹿馬鹿しい。我々の同志だったら、小学校1年生であっても2学期段階だったら、教師がしゃしゃり出なくても子ども集団が解決する!それが解決できず、教師がしゃしゃり出たとしたら、それは、子どもの問題ではなく、子どもが解決できないように、教師がしゃしゃり出ている証拠です。

 『ある重病の人をクラスによんで、その人を核として授業を組み立てています。』

 そんなこと、年間の授業でどれだけ出来るでしょうか?馬鹿げています。我々が責任を持っているのは、イベント的な1時間ではありません。1年間の毎日6時間です。我々が授業公開する場合、イベント的な授業を公開するなんてナンセンスです。我々の場合は、いつでも、どこでも、いつも通りの姿を公開します。だって、年間通して、いつも通りの授業をやっているんですから。イベント的な授業なんて意味ありません。そんなことしなくても、子ども達の関わりは、一人一人の中では凄いイベントなんです。わざわざ、教師が小技をやる必要性はありません。

 徹頭徹尾、醜悪です。が、その実践者は素敵です。その志の高さに、私はひれ伏します。が、その実践は醜悪です。

 自己嫌悪します。そんな尊敬すべき実践者の姿を醜悪に見て、それを記載する私は醜悪です。しかし、弁明です。その人を否定するつもりはありません。私は、そんな素晴らしい教師であっても、旧来の枠組みの中にあり、その姿は醜悪になることを。でも、そうであっても、そう書く私は醜悪です。

[]『学び合い』への道 11:22 『学び合い』への道 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』への道 - 西川純のメモ 『学び合い』への道 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は実に簡単です。分かってしまえば、今日から直ぐに実行でき、直ぐに子どもたちが変化します。学力が向上し、子どもたちの人間関係が良くなります。不登校だった子ども、学級に戻ります。特別支援の必要だと思われた子が、気にならなくなります。こんな夢みたいな事が、直ぐに起こります。ただし、今までのあまたの教材・指導法と決定的な違いがあります。それは切り売りが出来ません。根本となる考え方を理解して頂く必要があります。逆に、根本さえ理解すれば、後は自分で考えればいいだけです。教材毎に本を読む必要はありません。何かの技術を覚える必要もありません。

 考え方を伝える最もいい方法は、上越教育大学西川研究室に入って、その文化の中に浸れば確実に分かります。だって、研究室の中では、ごく普通に『学び合い』を実践しています。そこに浸れば、子ども立場から『学び合い』を理解できます。そして、そこでの西川を見れば、「あ~、そうか、本で書いてある○○って、こういうことか」が分かります。逆に言えば、「え???、本と逆のことしているじゃない。あ~、こんなことすると、こんなことが起こるんだ・・。だから本ではしてはいけないって書いてあるんだな~」ということが分かります。そして、『学び合い』を理解している上級生、同級生、下級生、さらにはOGOBが勇気づけてくれます。

 が、全ての人が、その機会を得られるわけではありません。職場の事情、家庭の事情、様々です。でも、上越教育大学大学院に入学しなければ『学び合い』を理解できないわけではありません。何度も繰り返しますが、『学び合い』は実に簡単です。分かってしまえば、何で今まで、あんなバカなことをやっていたんだろう、何で今まで、それを気づかなかっただろう、と自分を大笑いできます。が、囚われ、因習に染まっていると、なかなか理解できません。例えば、我々が「子どもを信じる」と言っても、それを否定する人はいません。しかし、我々が「子どもを信じる」というレベルは、普通先生には信じられないレベルです。だって、我々は数ヶ月間、一言も子どもに細かな指示をしなくても、学習は成立すると信じているんです。せいぜい授業中に言うのは、一生懸命にやっている子どもに、「もう時間だから、やめろ!」という一言レベルです。と、いう、レベルまで信じられないと、本当の『学び合い』は成立し得ません。

 では、どうするか?詳細はHP(http://www.iamjun.com/)の「『学び合い』への道」にアップしました。

MizuochiMizuochi2007/04/05 21:59このメモに書かれていることは
事実であり、真実であることを保証します。

jun24kawajun24kawa2007/04/05 22:26ありがとう。同志。

MizuochiMizuochi2007/04/05 22:44最近「あしたのジョー」の特集を見ました。
その中でお金持ちの白木葉子さんが少年院を慰問した際
「自分の為に慰問活動をしているんじゃないか?」
と、ジョーに詰られます。
妙に、真剣になってそのシーンを見ました。
結局、教師も(もちろん私を含め)自分が大切ですし
自分と学習者の両立を目指しているのではないか、と感じました。
その考えはそれで、間違ってはいませんが
その先に、もっと両立できる・・・
自分も、自分以外の教師も、もちろん学習者も両立できる道があることを
追い求める必要があるように感じています。
(少々、きれい事過ぎますが・・・。)

jun24kawajun24kawa2007/04/05 22:52ありがとう
でも、きれい事ではありません。
だって、それが、ごくごく自然に実現することを見ているでしょ。
我々の仕事は、それがごくごく自然で、当たり前の姿であることを多くの人に知ってもらうことです。ね。

07/04/04(水)

[]何故変わらないのか? 22:38 何故変わらないのか? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故変わらないのか? - 西川純のメモ 何故変わらないのか? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を研究して、学力が向上すること、人間関係が良くなること、評価の質が向上すること、特別支援が解決すること・・・、こんな事には既にワクワクを感じることが出来ません。だって、当たり前だから。我々にとっての最後の壁は、教師を変えること、それにつきます。さて、どうするか?こりゃ難物です。子どもを変えるなんて、チョロいモンです。邪魔しなければ、自然に変わる。だって、今の教育が、時代遅れだから。『学び合い』が可能となる社会になっているのに、情報が高価で、教師しか媒体がなかった時代の教育を引きずっている。

 生産性の低い時代においては、多様性は認めら得ない。しかし、生産性が高く、余裕が出来れば、多様性は必然性です。熱力学を引き合いに出さぬとも、歴史が証明しています。子ども30人には30の多様性があるべきなのに、せいぜいTTを使った2種類の多様性を用意して、「個に応じた」と称する愚がまかり通っている。教師は何故変わらないのだろう?

 我々の同志が自分のクラスで、学力を向上させ、人間関係を良くし、特別支援の問題を解決しています。それを身近で知っている教師は、何故、それをまねしようとしないのでしょうか?それを個々の教師の「愚かさ」で理解するのは我々の作法ではありません。結局、関係原因です。

 『学び合い』の無い多くの教室においては、クラスの中に勉強の得意な子がいても、「どうやればいいの?」と聞こうとはしません。結局、今までのままを続け、当然、成績は低迷します。『学び合い』の無い多くの教室においては、関わることにエネルギーの消費が少ない、いつもの関係だけしかありません。これは職員室の病理と同じです。

 私は校長ではありません。従って、目標の設定や評価、環境の整備は出来ません。どうしたらいいのだろう?と思います。今できるのは、自ら変わろうと願う先生に、我々の成果を伝え、誤り少なく達成する手助けをすることです。それによって変わった先生が、私には出来ないことを実現してくれる。ではどうするか?

 経営学によれば、「なんで、こんな良い商品が売れないんだ!」と嘆く場合、それは販売促進であって、マーケティングが成されていないことを意味します。ニーズ調査を行い、消費者ニーズによってセグメント化し、各セグメントにあった販売戦略をしなければなりません。

 今から十年以上前までに数十の学術論文の業績与え、博士の学位を与えてくれたが、今は、馬鹿馬鹿しくてやめたアンケート調査をもう一度やるべきなのでしょうか?気乗りしません・・・

 本日、学部4年生が「教師を変える」ための作業に汗していました。彼らの努力が正当に報われるために、私が何をすべきなのか?それを考えながら、答えが見つかりません。とほほ

07/04/03(火)

[]追伸 10:49 追伸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 追伸 - 西川純のメモ 追伸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 追伸です。昨日、書いた特集は「光が見える 再生への助走 先生が教えない授業」です。

[]父親 21:32 父親 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 父親 - 西川純のメモ 父親 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ふと思いました。息子には関わりない職場のことで私は落ち込み、喜びます。もちろん、家には持ち込まないようにしているつもりですが、人は感情の動物です。絶対に持ち込んでいるはずです。その私の劇変は息子にとっては意味不明でしょう。

 きっと、私は大きくて、意味不明なのでしょう。落ち込んでいるときや、急いでいるときは、怖い存在なのでしょう。でも、温かくて、優しい存在でもあるでしょう。でも、いずれにせよ、意味不明なのでしょう。

 が、彼が子を授かり、子育てすれば分かるでしょう。親はエゴイストであることを。子どもが気づかないだろうと、我が儘を押し通してきたことを。でも、同時に気づくはずです。でも、子どものために多くを失い、それを喜びと感じることを。寝ている息子に感謝

MizuochiMizuochi2007/04/03 21:28ぜひ夏のフォーラムで八幡小の皆様にお話しいただきたいですね~。
一歩一歩、あしたが近付いている感じがします。

jun24kawajun24kawa2007/04/03 21:33はい、そのようにしたいと、おっしゃていました。
すごいこと、これからもやらかしますよ。

船です船です2007/04/03 23:22新聞で、八幡小学校の実践を読みました。勇気が出まいした。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2007/04/04 07:06こちらこそコメントで勇気を頂きました。
でも、限られた新聞紙面で出せるのは、八幡小学校の実践のごく一部です。八幡小学校、そして『学び合い』の実力はあの程度ではありません。
例えば、我々のデータとして子ども達の話し合う時間の総計が180分となっていましたが、あれは『学び合い』を導入した直後です。『学び合い』が進めば定常的に300分弱にはなります。さらに、最高に盛り上がったときは500分にもなります。勉強のことをそれだけ真剣に話し合えば、成績が上がるのも、人間関係が向上するのも当然です。でも、それは序の口にすぎません。本当は、もっと、もっと勇気が出ることがいっぱいあります。

07/04/02(月)

[]八幡小学校 22:18 八幡小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 八幡小学校 - 西川純のメモ 八幡小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高崎八幡小学校の『学び合い』が全国各紙に掲載されています。また、今後も掲載される予定です。そのうちのいくつかは、全国の皆さんのご厚意で手に入りました。読んでみましたが、感激ものです。特に、最後の作文は感激ものです。掲載済の新聞、もしくは掲載予定の新聞は以下の通りです。

室蘭民報 河北新報 東奥日報 デーリー東北 秋田魁新報 山形新聞 岩手日報 福島民報 福島民友新聞 ジャパンタイムズ 上毛新聞 千葉日報 埼玉新聞 山梨日日新聞 信濃毎日新聞 新潟日報 名古屋タイムズ 中部経済新聞 伊勢新聞 静岡新聞 岐阜新聞 北日本新聞 北國新聞 福井新聞 北陸中日新聞 日刊県民福井 京都新聞 神戸新聞 奈良新聞 大阪日日新聞 山陽新聞 中国新聞 日本海新聞 山陰中央新報 四国新聞 徳島新聞 高知新聞 大分合同新聞 宮崎日日新聞 長崎新聞 佐賀新聞 熊本日日新聞 沖縄タイムス 琉球新報

 残念ながら、北海道新聞茨城新聞下野新聞神奈川新聞富山新聞中日新聞愛媛新聞西日本新聞南日本新聞全国紙では掲載がありません。

 いずれにせよ、八幡小学校の活動が全国に知られるきっかけになることが、嬉しく思います。なお、新聞の掲載予定は変更がありますが、私の地元新潟日報は約1ヶ月後だそうです。八幡小学校地元上毛新聞は約2ヶ月後だそうです。特集記事は、ほぼ1面を使った大きな扱いです。掲載される地域の方で、まだ、掲載されていない場合は、乞うご期待!

[]春の香り第2弾 22:18 春の香り第2弾 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 春の香り第2弾 - 西川純のメモ 春の香り第2弾 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 雪が解けてしばらくたちます。雪が解けて最初に出るのはフキノトウ。次にカタクリです。気になったので、本日の昼休み大学近くの某所に行きました。するとカタクリは既に花が開いていました。カタクリの美味しいのは、地面から茶色い小さい筆みたいのが出ている状態の時です。花が咲いている状態では美味しくありません。そこで、日当たりの相対的に悪い方(つまり、雪が最後まで残った場所)を捜すと、ありました。ベストの状態のカタクリです。小一時間捜すと山ほど取れます。本日は、そのうちの一部を食べましたが、美味です。昼休み山菜が採れる点は、上越教育大学の魅力です。次はコシアブラです。あと1週間だと思います。

F-KatagiriF-Katagiri2007/04/03 12:36すばらしい!早く新潟日報に掲載されないかな?

jun24kawajun24kawa2007/04/03 12:38もうちょっとまっててね。

07/04/01(日)

[]普通の教師 15:55 普通の教師 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 普通の教師 - 西川純のメモ 普通の教師 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2003年の10月7日に「偉人伝」というメモを書きました。そこで、子どもたちに、身近で誰もが実現できる幸せ重要性を教えるべきだと書きました。そのために、図書館には偉人伝より、普通幸せを書いた本をおくべきだと書きました。でも、これは教師においても同じですね。

 我々の圧倒的大多数は、ものすごい研鑽の末に到達できる名人教師になれません。ましてや、ものすごい研鑽をしても、到達できるのは天賦の才を持つ人しかなれない神様教師にもなれません。でも、それに到達しようとする教師はいます。でも、それを自身に課せば大変なことになります。私の身近にも、「大村はま」のような国語教師なろうとして、体と心を病んだ方がいます。自分の妻に「家よりも学校が大事だ」と言い放った教師がいますが、その方も体と心を病まれたそうです。

 もしかしたら、山のような本を読み、数十年にわたる研修を受ければ、名人教師になれる方途もあるのかも知れませんが、我々はそんな道を見つけたいと思いません。だって、そんな道を歩けば、圧倒的大多数は途中で野垂れ死にます。

 しかし、だからといって買ってきた本をコピーして配布すれば出来る指導法、決まったせりふを言えば感涙させることの出来る種本を書こうと思いません。だって、そんなものは全ての子どもを分からせたり、感激させることは出来ませんから。そして、なによりも教師自身が真の誇りを持つことは出来ません。しょせん便利な道具にすぎません。(まあ、採用直後の先生や、家庭との両立で苦労している共稼ぎの先生に、ちょっとした余裕を与えるという意味では、とても意味がありますが・・・)

 我々の『学び合い』は難しくないことを強調します。やれば、その日のうちに、最悪でも2~4週間で成立します。そして、成績が上がり、人間関係が良くなり、それが人格の完成に繋がります。が、同時に考え方の変革を求めます。教師の真の誇りは何であるかを伝えます。

 我々は誰もが実現できる教師の幸せを書いた本をもっと書きたいと願います。

[]一年16:04 一年生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一年生 - 西川純のメモ 一年生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日より息子は小学校一年生です。まあ、正確には入学式校長先生が「入学を許可する」という宣言の後ですが・・・

 本日スーパーに買い物に行き、駐車場で車を降りる時、息子は「だっこ」とねだります。そこでダッコして、息子の耳元に「小学校のお兄ちゃんが、ダッコされていると思う?」と小声で言うと、直ぐに降りました。家内が、「どうしたの?」と息子に聞くと、「小学生はダッコって言わないんだよ!」と偉そうに言っていました。息子に、「お前が大人になったら、お前にダッコって言うからね」と言うと、直ぐに「お父さん、ダッコしてあげる」と言い出しました。笑いながら、「そりゃむりだ」と言うと、「じゃ、おんぶしてあげる」と言います。さらに笑って、「中学校になったら、短い距離だったらおんぶできるようになるだろうけど、今は無理だよ」と言いましたが、おんぶしたがります。ということで、車からスーパーの入口まで、一生懸命おんぶしている「つもり」の息子を又の間に入れながら、よたよたと進みました。