西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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06/12/16(土)

[]予想できる 16:29 予想できる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予想できる - 西川純のメモ 予想できる - 西川純のメモ のブックマークコメント


 金曜日に、あるゼミ生から「先生の言っていることはブレない。だから、どんな状況であっても、先生がどんなことを言うであろうかは、我々ゼミ生は予想がつく。そして、その予想は外れない。」と言われました。目標の設定者としては、最大の賛辞です。でも、これは私の側からも同じです。我が同志が、それぞれの場面でどのようなことを言うであろうことは、予想がつきます。そして、予想は外れません。もちろん、言葉の言い回しは違います。でも、「学校教育とは何か?」、「子どもとはどんな存在か?」、「それ故、授業とは何か?」という基本は「同志」です。それ故、そのような場面で自分が言いたいことと、同志が語りたいことは同方向です。

 最近の同志のHPにそれを感じたのでアップします。他のHPのマルッポコピーは気が引けたので、今日まで控えましたが、やはりアップしたいと思いました。ちなみに、同志は某高校の進路担当の教師です。

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指導の量が多ければ多いほど成果が出ると考えている教員は多い。

「多い」というよりもむしろ「ほとんどだ」といった方がいい。

受験指導なんかも教員が介入すればするほど

合格に近づくと思っている。

介入し、介入し尽くしても、不合格だった場合

「もっと早くから始めればよかった。」

「もっと多い時間しどうすればよかった。」という反省の元、

教員の介入はさらに強化される。

どうして介入すればするほど子どもたちは意欲が減退するのがわからないんだろう?

明らかに意欲が減退している姿を見て

「もっと本気になれ。」

「そんなんじゃダメだ。やる気を出せ。」

先生はもう知らない!」

と、「わけのわからない」指導になる。

一番必要なのは子どもたちにやる気を起こさせることなのに、

その意欲をそいでいる。

たまに「いやぁ、やりすぎちゃったから生徒はひいちゃったのかな?はははは。」

なんて冗談めいて言う教員がいるが、実は全く反省していない。

別の時にまた同じようなことをしている。

この種の教員の最も重視するのは過程であって結果ではない。

自分がいかに時間を割いたかが重要なのだ。

就職指導でも同じだ。

子どもが意欲を持って就職試験に臨もうとし、

面接指導や、作文指導をお願いしてきたとき、

自分の固定観念にある「型」に当てはめようとする。

指導する教員は、自分の押しつけた型を守ろうとしない子ども

(「こっちのほうがいいんじゃないですか?」と言い返す子ども

に対して

「あれじゃあだめだ。採用されない。」

「不採用になって自分を知るんじゃないか?」とまで言う人もいる。

ところがちゃっかり採用されたりする。

見放された子どものほうが合格・採用されたりするものだ。

教師が介入せず、子どもの心に火を付けることに

時間を割いていきたい。

[]成長 16:29 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、我が息子の幼稚園クリスマス会です。息子は年長児として聖劇を行いました。最近の「記憶」に書いたとおり、宿屋2を担当しました。そして、宿屋が語るべきではない台詞は「断固」語らず演じました。

 家内が夕食の時、「毎年、穴があったら入りたいことがあるのに、今年は安心して観られた」と言っていました。私もそう思いました。そして発見がありました。私と違って、本気に声を出すと、よく通る声を彼は持っています。私の場合は、そのような声がないために、授業や講演では、ことさら大声を張り上げなければなりません。ところが、彼は通る声を持っています。凄いです。

 本日の最後に園長先生が、「聖劇をするためには大変です。子ども達は台詞を読めません。それ故、各家庭で台詞の練習をして本日を迎えたと思います。」と年長児の過程をねぎらっていました。しかし、我が家に関してはそれはありません。彼は漢字を含めて、どんどん読めます。そして、その意味を理解し、自分で演じ方を研究しています。我々は、彼が「役作り」をしているのを、ニコニコしてみているだけです。というより、家内は家事で忙しいですし、私は夜が遅いので、私たちと関係なく勝手にやっている姿を横目で見ているというのが実態です。