西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
ツイッター http://twitter.com/jun24kawa
『学び合い』メールマガジン参加者募集中!(無料)http://www.mag2.com/m/0000270912.html
『学び合い』マップ募集中!(無料)http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kokohagw/
授業公開の仲介のガイドライン http://dl.dropbox.com/u/352241/manabiai-data/koukai.pdf
だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

06/12/31(日)

[]この一年 16:17 この一年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - この一年 - 西川純のメモ この一年 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 しばらくインターネットの使えない環境にいたためアップが出来ませんでした。あっと気づくと、今年も最後の日です。これから酒を飲んで、息子の添い寝をしたら、明日までぐっすりです。ということで、急いでアップすることにしました。

 教育者としての振り返ると、まず、ゼミが成長したことを感じます。学部生の成長が著しい。ほぼ現職院生に比肩できるレベルまでに安定して成長できる体制が整ったことを実感します。ゼミがどれほど成長するか、来年楽しみです。また、今まで「自分の語り」を楽しんでいた学部の授業を学び合いシフトしたことが一つの成長です。

 研究者として振り返ると、今年も例年と同様に膨大な学術論文・実践論文生産することが出来、その成果を書籍として出版できました。また、授業を改善する研究から、学校改善する研究シフトする道筋が見えてきたことが大きな成果です。

 さらに、研究室や我々の研究のためになることで、かつ、ここでは公開できないドロドロとしたことを成果としてあげられました。欲深な私は、来年はもっと多くのものを得たいと「悪だくみ」を頭の中で巡らしています。

 思えば、平成10年ぐらいまでは平穏な大学教師の生活をしていました。ところが平成12年度改革で学習臨床コースを立ち上げるために、平成11年度から騒がしくなりました。新コースが立ち上がると、ジェットコースターのような日々が始まりました。その後は、大学国立大学から独立行政法人になるに従って、ジェットコースターの速度は上がります。最近2年間は教職大学院の準備でジェットコースターの難度は鰻登りです。正直、ヘトヘトですが、実際は序の口です。来年から本当の凄い状態になります。平成12年度改革の時は胃潰瘍になりました。今度は健康に乗り越えたい。

 その中で、教育者として、研究者として仕事をするためには、関係各位の一層の協力が必要です。今年一年の協力を感謝しつつ、来年に向けて、改めてお願いします。

 た、す、け、て~

06/12/24(日)

[]淡路島 16:18 淡路島 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 淡路島 - 西川純のメモ 淡路島 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日クリスマスイブです。朝から「サンタクロースは今はスエーデンかな~」と心配しています。家内は、「今は中国ぐらいかな~」と応えました。午後3時頃、買い物から 帰る車の中で、「今は韓国ぐらいかな~」と言いました。夫婦とも「そうだね~」と応えます。そうすると、「次は、九州に行って、次は中国地方で、次は近畿地方で、次は○○ちゃん(自分の名前)のいる中部地方に行くの?」と聞くので、「そうだね~」と応えます。息子は、「○○ちゃんの後に、関東東北地方に行って、最後は北海道?」と聞くので、「そうだね~」と応えます。そうすると、[中部地方日本の真ん中~」と言いながら、自分のおなかを指さします。「そうすると、お尻が近畿地方で、ここ(右股を指しながら)は中国地方で、ここ(左股を指しながら)は四国~」と言います。面白くなって、私は「じゃあ、○○ちゃんの「お○んちん」はどこなの?」と悪のりして聞きました。息子は間髪入れずに「淡路島」と応えました。車中で、夫婦そろって大爆笑です。思わず、息子の「お○んちん」と日本地図淡路島を 頭の中で比較しました。淡路島は、古事記の国生み伝説によれば、日本で最初に出来たという由緒正しい所です。 上越教育大学の兄弟大学である鳴門教育大学に行くときに通るところです。風光明媚なところです。その淡路島と、男子のもっとも大事なところに比すという息子の絶妙な比喩に感心しました。

 息子は社会科の知識があるようです。

06/12/23(土)

[]性教育記念日 16:19 性教育記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 性教育記念日 - 西川純のメモ 性教育記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日の夕食の時、息子が「赤ちゃんなどうやって出来るの?」と質問してきました。どうやって説明して良いか分からなかったので、「お父さんとお母さんが仲良しだから、お母さんのおなかの中で赤ちゃんが出来るんだよ」と説明しました。すると、「なんで、結婚しないと出来ないの?」と聞きました。「考えてみて、お前が生まれたとき、お父さんだけでお母さんがいなかったらどう?」と聞くと、「駄目!」と息子は答えます。「じゃあ、お前が生まれたとき、お母さんだけでお父さんがいなかったらどう?」と聞くと、「駄目!」と息子は答えます。「だからなんだよ」と説明すると、息子は納得したようです。

 きっと、この種の質問は何度かされるでしょう。そして、分かるようになると、質問をしなくなるでしょう。いずれにせよ、昨日は「性教育記念日」です。

06/12/18(月)

[]お世辞 16:21 お世辞 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お世辞 - 西川純のメモ お世辞 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 家内結婚前は幼稚園先生でした。幼稚園先生はこき使われます。家に帰ればヘトヘトです。ということで、結婚前は家事はお姑殿がやっておられたと聞いています。結婚前にお姑殿が家内の特訓をしました。ということで、結婚後、家内は家事との格闘が始まります。では、現在家内はというと。おのろけだと思いますが、家内料理は絶品です。シチューなどは、どんなレストランよりおいしいと思います。どんなホテル・旅館の料理を食べても、家内みそ汁以上に美味しいみそ汁を食べたためしがありません。その他、どんな料理も美味しい。何故だろうと考えたことがあります。その結果として、お姑殿がちゃんとした料理家内に食べさせ、その結果として、美味しいものは何かを家内が学んだためだと思います。そして、お姑殿が丁寧な家事をする方で、それをじっと見て育ったためだと思います。その舌があるから、あとは、丁寧に仕事をしながら自己修正した結果、今の家内があると思います。料理以外の家事も、全て同様です。つまり、基本です。

 本日、我がゼミの3年生が、某小学校におじゃましました。来年になれば、その学校で1ヶ月以上、長期宿泊施設を利用しながら、実践研究をします。その学校研究会があるので、参加しました。私は授業と、抜けられない会議があったので、彼らを送り出しました。その学校先生から、「学部生さんは、しっかり学び合いを理解している」とメールを頂きました。不遜ながら自慢します。我がゼミの3年生は、そんじょそこら大学3年生とは違います。現職院生さんを含む、多種多様メンバーの中でもまれた学生です。私は「な~んも」教えなくても、メンバーから多くを学び、教えている彼らです。だから、何がよいか、何が悪いかはよく分かっています。でも、まだ、どうすべきかは双葉マークです。でも、でも、何がよいか、何が悪いかが分かれば、あとは状況がそろえば、きっと開花します。それも、彼らの姿の未来に、彼らが教えるであろう数万の子ども達の姿を見える方々が受け入れてくれるのですから、万に一つの憂いもありません。

 3年のみんな。「本校に2人くらい、新任教諭で欲しいです。(○○県の採用試験を受ける方はいらっしゃいませんか?!)」という言葉をある先生から頂きました。この言葉を誇りにして欲しい。同時に、その言葉を裏切ったら、私は本当に「怒る」よ。でも、心配することはありません。君らが「みんな」で、受け入れてくれた学校子ども先生と「みんな」で高まろうとすれば、間違うことはありません。詳細は、明日聞きます。君らが褒められて、私は誇らしかった!

 お世辞かもしれません。でも、そのお世辞を、本当にするのがこれからの君たちです。

[]馬鹿みたい 16:22 馬鹿みたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 馬鹿みたい - 西川純のメモ 馬鹿みたい - 西川純のメモ のブックマークコメント


 私は学び合いは簡単だ、と標榜しています。そして、学び合う授業は教師が楽しくなると、標榜しています。が、大学学部の授業に関しては、ガンガンの教師が引っ張る授業をやっていました。自己合理化は、本メモに記録されています。「半期15回の授業では駄目だ」と思っていました、でも、中学校でも1週間で出来るのですから、そんな理由は成り立ちません。「自分の話術で引きつけられる子どもたちの姿を見て楽しみたい、自己陶酔したい」というとんでもない本音もあります。でも、そんなものより学び合いの授業の方が楽しい、と標榜しています。我々の研究が進めば進むほど、私の言い訳は成り立たなくなります。と、いうことで、11月20日の「ついに」というメモに書いたとおりに、学び合いを導入することを決断しました。

 結果は、我々が主張しているセオリー通りの展開です。次の週から、既に学び合っています。私はといえば、教室のはじっこに座っています。そして、いつの間にかぐっすりと寝ています。学生さん達が集中して議論している話し声は、本当に心地よい子守歌です。合間合間に目を覚まして聞き耳を立てると、実に質の高い学びが成立しています。ということで、また寝ます。私がやっていることは、授業の最初に説教(おそらく説教とは感じていないでしょうが)を3分間ぐらい語ることと、授業の最後に、ニコニコしていることです。まさに、セオリー通りです。強いて言えば、最初から最後まで可視化をしなくてもいいということが、セオリー以上と言えるでしょう。

 私が講義をしていたときは、欠席者が2,3人はいたと思いますが、学び合い以後は欠席者は皆無です。1時間半という長い時間、彼らの集中はとぎれません。いや、1時間半では終わらないので、空き時間に自主的に集まって勉強しているようです。院生さんから聞いたところによれば、学生宿舎のシャワーの順番を待っているとき、我々の本を立ち読みしている学生さんがいるようです。二宮尊徳のようだ(今の学生さんは分からないと思いますが)。そして、私はといえば、実に楽しい。ワクワクしています。彼らが成長していることを感じます。来年になれば、彼らは私を越えると思います。ワクワクしています。今思い起こせば、「自分の話術で引きつけられる子どもたちの姿を見て楽しみたい、自己陶酔したい」なんて、本当に馬鹿馬鹿しいと思います。今の方が、絶対に楽しい

 なぜ、今まで学び合いを学部の授業に取り入れなかったのか・・・。本当に私は馬鹿だと思います。

06/12/17(日)

[]●さんの術中に陥っています 16:25 ●さんの術中に陥っています - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ●さんの術中に陥っています - 西川純のメモ ●さんの術中に陥っています - 西川純のメモ のブックマークコメント


 同志の●さんのサークル仲間に○先生という方がおられます。●さんの話をきっかけに、学び合いを取り入れている方です。その先生より以下のようなメールを頂きました。

 『○○県小学校教諭、●先生と同サークルの○です。お久しぶりです。今日、●先生とお会いして話をしました。「それ絶対西川先生メールしたほうがいいよ」とのこと。ここ3週間ほどである子に対する関係が大きく変わっています。

 私のクラスダウン症の子がいます(以下Aちゃん)。4年生までとてもよくめんどうみてくれたのはBちゃんだけです。このBちゃんと同じクラスになることは親も望んでいました。ですから5年生になっても私のクラスの子は、「Bちゃんがめんどうみてるからいいや」という感じでした。

 4月からどうにか周りの子がAちゃんに近寄ってくれないかと考えていました。(Aちゃんからは難しいので)子供たちにいろいろ話をしたこともありました。みんなが多くの子と関われるように考えて学級経営をしていたつもりです。でも正直難しいと感じていました。Aちゃんからコミュニケーションをとれないわけですから。学年主任の先生もそう考えているようです。私の今までと違う学級経営といえば「学び合い」です。

 ある日、Bちゃんがかぜで4日ほど休んだことがありました。Aちゃんはどうなるのかと見ていたら何かのきっかけで活発な子が数人がAちゃんとじゃれあっていました。しかもAちゃんは少々幼いので周りの子はまるで小さい子を扱うかのように上手に。Aちゃんはとても楽しそうでした。大きな声に出しませんが、Aちゃんから友達をからかうような行動もしていたのです。ちょうど書初めのために机を廊下に出し、広くなった教室で「キャッキャッ」いいながらAちゃんとその子達が遊んでいるのが忘れられません。Aちゃんがとても苦手なテスト直しもみんなが優しく教えてくれます。このような変化は本当にここ3週間ほどなのです。急に変わった気がするのです。これまでも何度もいろいろな場面でAちゃんに対することは指導してきたつもりでした。でもなかなか思うように行きませんでした。

 私は、1学期から何度も「学び合い」を続けてきた成果だと思うのです。先日のミシンで手提げ袋作りも、終わった子がAちゃんと作ってくれました。私は頼んでいません。(このミシン学習学び合いおもしろいことになっていましたよ。) 保護者が自由に参観できる「フリー参観」に見えて、こういいました。「ほんとうにみんなが声をかけてくれているのでびっくりしました。」と涙ぐんでいってくださったのです。子供の力はすごいと思いました。

 まだまだ変化が起こったばかりなのでどうなるのかわかりません。少し不安もあります。それに、逆にBちゃんが一人になってしまうこともおこっています。きっとBちゃんにしてみたら面白くないことでしょう。今までのように二人きりの世界でなくなったのですから。これからBちゃんに対してどのように周りが変わるのかも見守っていきたいと思います。この出来事が起こってから、一層、Aちゃんが愛おしく思えました。不思議です。』

 私の返信は以下の通りです。

 本当にありがとうございます。涙ぐんでいます。

 我々の研究の一つに、教師が特別支援の邪魔をしているというものがあります。それは、教師が特定の子どもに支援すると、周りの子どもは「あの子は先生担当」と見なし支援しないんです。まさに、今回の事例と同じです。実は、クラスの中にAちゃんに関わりたい、関わるべきだと考えている子はいたんだと思います。そして、Aちゃん本人もBちゃん以外の子どもに関わりたいと思っていたと考えることは自然です。

 私は○さんに提案します。それは、今までそのような事が起こらなかったのは、○さんの心に原因があり、子ども原因があったのではないと理解する方が「素敵」だということです。子ども集団は、教師の心の鏡です。実は、クラスみんながAちゃんに関わらなかったのは、○さんの心に「Aちゃんの担当はBちゃん」とあり、それを周りの子が感じていたのではないでしょうか?また、Bちゃんもそれを感じ、そのような役割を演じることによって、教師からの評価を得たいと感じていたのではないでしょうか?では、何故、そのように考えると「素敵」なのでしょうか?それは、既に○さんは、「そうではない」ということを知りました。それ故、そのような○さんの心の鏡である子どもは、今の○さんに美しく見える子どもになるはずです。ね、素敵でしょ。

 今願っていることを、もっと強く願ってください。そうすれば、それは巧まずとも、自然に様々なところ(視線、言葉、表情、動き・・)に出ます。それはオーラのように子どもに伝わります。子どもを信じてください。子どもは教師が願えば、それを実現できる存在です。

 まあ、蛇足ながらテクニック的に語るならば、Aちゃん、Bちゃんが二人組でクローズしないような、高度な課題を与えてください。

追伸 上記のことを●さんと話し合ってください。きっと私よりうまく伝えてくれると思います。

追伸2 今回のこと、また、これから起こるであろうことを身近な人に伝えてください。学び合うことによって救われる子ども・教師は多いはずです。

追伸3 今回のエピソード、前回と同様にHPにアップいたします。もちろん個人特的出来ない形で。

追伸 ●さんが何故「それ絶対西川先生メールしたほうがいいよ」と○さんに言ったのは分かります。それは、このようなメールを頂くと、私がボロボロと感激で泣いてしまうことを知っているからです。このメモを読んだら、「やっぱりね」とニヤニヤしている●さんの顔が見えるようです。●さんの術中に見事に(かつ心地よく)陥っています。

 ●さん、○さんにちゃんと学び合ってね。

[]感激の研究成果 16:25 感激の研究成果 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感激の研究成果 - 西川純のメモ 感激の研究成果 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 同志のMさんの研究結果が出ました。すんごく感激したので、ここでも可視化します。Mさんは実践研究をした後で、子ども達に「2年前の6年生が「教科書よりもわかりやすい」ことを目標に作成したデータベース」、「教科書」、「友達」、「教師」の4つの中で役立つ順序を聞きました。その結果、教師はダントツの最下位でした。最も有効なのは「友達」です。これは我々のセオリー通りの結果です。教師なんて、そんなもんです。

 が、それじゃ寂しい。それを解決するのが今回の結果です。質問したのは「それが無くても学習できるか?」という質問です。その結果データベース教科書は、殆どの子どもが、それが無くても勉強できる、という結果です。しかし、教師と友達はほぼ全員が必須であると回答しています(友達は全員です)。ということは、教師は、勉強には役立たなくて、それにも関わらず、無くては勉強できないという存在です。普通だったら「????」で禅問答ですよね。

 Mさんが理由を聞くと、「だって、何をやったらいいか分かんないじゃん。」、「それに、いつまでに、どこまでやるとか・・・。」とのことです。教師に対して「勉強に役立たない」と回答できた前回の結果もそうですが、まさに学び合いが成立しているクラスの姿です。

 同志の自慢を引用して、私が自慢します。あははははははははは

追伸 名古屋のIさんへ。同じ質問をしてみたらどう?

06/12/16(土)

[]予想できる 16:29 予想できる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予想できる - 西川純のメモ 予想できる - 西川純のメモ のブックマークコメント


 金曜日に、あるゼミ生から「先生の言っていることはブレない。だから、どんな状況であっても、先生がどんなことを言うであろうかは、我々ゼミ生は予想がつく。そして、その予想は外れない。」と言われました。目標の設定者としては、最大の賛辞です。でも、これは私の側からも同じです。我が同志が、それぞれの場面でどのようなことを言うであろうことは、予想がつきます。そして、予想は外れません。もちろん、言葉の言い回しは違います。でも、「学校教育とは何か?」、「子どもとはどんな存在か?」、「それ故、授業とは何か?」という基本は「同志」です。それ故、そのような場面で自分が言いたいことと、同志が語りたいことは同方向です。

 最近の同志のHPにそれを感じたのでアップします。他のHPのマルッポコピーは気が引けたので、今日まで控えましたが、やはりアップしたいと思いました。ちなみに、同志は某高校の進路担当の教師です。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

指導の量が多ければ多いほど成果が出ると考えている教員は多い。

「多い」というよりもむしろ「ほとんどだ」といった方がいい。

受験指導なんかも教員が介入すればするほど

合格に近づくと思っている。

介入し、介入し尽くしても、不合格だった場合

「もっと早くから始めればよかった。」

「もっと多い時間しどうすればよかった。」という反省の元、

教員の介入はさらに強化される。

どうして介入すればするほど子どもたちは意欲が減退するのがわからないんだろう?

明らかに意欲が減退している姿を見て

「もっと本気になれ。」

「そんなんじゃダメだ。やる気を出せ。」

先生はもう知らない!」

と、「わけのわからない」指導になる。

一番必要なのは子どもたちにやる気を起こさせることなのに、

その意欲をそいでいる。

たまに「いやぁ、やりすぎちゃったから生徒はひいちゃったのかな?はははは。」

なんて冗談めいて言う教員がいるが、実は全く反省していない。

別の時にまた同じようなことをしている。

この種の教員の最も重視するのは過程であって結果ではない。

自分がいかに時間を割いたかが重要なのだ。

就職指導でも同じだ。

子どもが意欲を持って就職試験に臨もうとし、

面接指導や、作文指導をお願いしてきたとき、

自分の固定観念にある「型」に当てはめようとする。

指導する教員は、自分の押しつけた型を守ろうとしない子ども

(「こっちのほうがいいんじゃないですか?」と言い返す子ども

に対して

「あれじゃあだめだ。採用されない。」

「不採用になって自分を知るんじゃないか?」とまで言う人もいる。

ところがちゃっかり採用されたりする。

見放された子どものほうが合格・採用されたりするものだ。

教師が介入せず、子どもの心に火を付けることに

時間を割いていきたい。

[]成長 16:29 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、我が息子の幼稚園クリスマス会です。息子は年長児として聖劇を行いました。最近の「記憶」に書いたとおり、宿屋2を担当しました。そして、宿屋が語るべきではない台詞は「断固」語らず演じました。

 家内が夕食の時、「毎年、穴があったら入りたいことがあるのに、今年は安心して観られた」と言っていました。私もそう思いました。そして発見がありました。私と違って、本気に声を出すと、よく通る声を彼は持っています。私の場合は、そのような声がないために、授業や講演では、ことさら大声を張り上げなければなりません。ところが、彼は通る声を持っています。凄いです。

 本日の最後に園長先生が、「聖劇をするためには大変です。子ども達は台詞を読めません。それ故、各家庭で台詞の練習をして本日を迎えたと思います。」と年長児の過程をねぎらっていました。しかし、我が家に関してはそれはありません。彼は漢字を含めて、どんどん読めます。そして、その意味を理解し、自分で演じ方を研究しています。我々は、彼が「役作り」をしているのを、ニコニコしてみているだけです。というより、家内は家事で忙しいですし、私は夜が遅いので、私たちと関係なく勝手にやっている姿を横目で見ているというのが実態です。

06/12/15(金)

[]公開授業・研推会議 16:33 公開授業・研推会議 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 公開授業・研推会議 - 西川純のメモ 公開授業・研推会議 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、Kinさんの投稿論文を読みました。でも、つまらない、と突っ返しました。何故かというと、Kinさんが本当に面白いところが当たり前に感じ、その部分を十分に記載していないからです。Kinさんの実践では、子どもたちに指導要領を見せて、自分自身で評価規準を考えさせ、それに基づいて自己評価させる実践です。子どもたちに指導要領を見せるなんて、普通は思いつかないでしょう。でも、我々は子どもが主体的に学ぶために、手の内をさらすことは大事だと考えています。なぜなら、手の内をさらさなければ、子どもはどうやって学ぶのか主体的に判断出来ないからです。従って、我々の考え方の帰結として、指導要領を見せることになります。結果として、成績が上がり、人間関係が良くなることを臨床的データで示しています。ところが、その子どもたちの中にどっぷり浸ったKinさんにとって、子どもが指導要領を読み込み、素晴らしい評価規準を考え、自己評価し、成績が上がることを、ごく普通に感じてしまいました。まあ、しょうがありません。本当に子どもたちは自然にそれを行うから。でも、我々が伝えるべき相手は、それを信じられない人なんですから。その方々が、なるほど、と思ってくれるようなデータを示さなければなりません。

 夢は膨らみます。指導要領を理解し、評価規準を考え、評価するということは、教師だけが出来ることだと思われています。でも、そんなことは、子どもたちが容易く出来ることです。それを発展させたら、もっと凄いことが出来ます。例えば、小学校クラスの係は、「学級委員」、「保険係」・・・が定番です。ところが、「教務」、「庶務」、「生徒指導」、「研究推進」という係を設けるんです。子どもたちは、「今年度の国語の年間計画はどうしようか」、「○○の成績はAにしようかBにしようか」を議論するんです。そして、今度の公開授業で、参観の先生方に何を伝えようかを、学級研推会議でやるんです。そして、そんな会議の様子を公開したら、インパクトありますよね~。あはははは。私には子どもたちの姿がリアルにハッキリ分かります。そして、それを見ていて呆然としている先生方の姿が目に見えるようです。そして、それを見て、笑いを押し殺している我が同志の姿が見えるようです。

追伸 上記のようなクラスにおいては、教師のことを「校長」と子どもによばせましょう。だって、教室の中には、教務主任や生指主任などがうじゃうじゃいるんですから。

[]忘年会 16:33 忘年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 忘年会 - 西川純のメモ 忘年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日は西川研究室久保田研究室の合同の忘年会がありました。これほど楽しい忘年会は希です!

 まず、3年の幹事を褒めます。今年は3年生が30人弱の両研究室忘年会の幹事を務めました。最高年齢の47歳の私を含め、殆ど全てのメンバーが年長者である会の幹事を務めたことを褒めます。幹事を務めることは、本当に意味があることです。やる側になることによって、大バカの「やってもらう人」にならないにはどうしたらいいかを学べます。

 久しぶりに大バカの学生さんがいることを知りました。私が学生だった頃は、私の他にも一杯いたタイプ学生さんです。学生は大抵バカです。バカをやるから、バカに対して寛容になれます。バカになりすぎてはいけません。早めにバカを経験し、若年者のバカを止められる人になって欲しい。そういうことの出来そうな学生さんがいました。

 最初から、最後まで、我々教員を特別扱いしませんでした。いわゆる「お言葉」を求められませんでした。

 以上、誇ります。

 今年一年を通して、我がゼミのパワーがアップしているのを感じます。その最大の原因久保田先生を初めとする久保田研究室の面々の力であると感じます。ありがたいと感じます。HPで公的に大々的に感謝します。少人数学習を信奉する人と違って、我々は集団の力を知っています。集団が多様で、かつ、多数であるとき本当の力を得ます。

06/12/14(木)

[]記憶 16:35 記憶 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 記憶 - 西川純のメモ 記憶 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 私が幼稚園に入るために知能検査を受けた記憶があります。だいたい3歳ぐらいの記憶です。なんで、そんな記憶があるかと言えば、私にとって「理不尽」な事件があったからです。幼稚園の知能検査で色々の問題を与えられました。その中で、『音楽を聴きながら「絵」を書きなさい』と言われました。先生は、そのリズムに合わせてギザギザの絵を描くことを求めたのだと思います。ところが、私にとってノコギリの歯のような線は「絵」ではありません。そこで、音楽の雰囲気から海をイメージし、魚の絵を描きました。それに対して、先生から何でそんな絵を描いたかという叱責を受け 、このように書くんだと言われギザギザの絵を見せられました。3歳の私は、「そんなギザギザは絵じゃないじゃん」と非常に不満でした。それ故、今でもハッキリ記憶に残っています。

 あと数日で、クリスマス会です。息子は宿屋2の役です。息子が劇で歌う部分は以下の通りです。

マリア、ヨセフ、宿屋1:とんとんとん(ドアをたたく音)宿屋さん、どうかお部屋を貸してください。

宿屋1:どこのお部屋もいっぱいだから、こまった、こまった、どうしよう。となりの宿屋に行ってください。

マリア、ヨセフ、宿屋2:とんとんとん(ドアをたたく音)宿屋さん、どうかお部屋を貸してください。

宿屋2:どこのお部屋もいっぱいだから、こまった、こまった、どうしよう。となりの宿屋に行ってください。

マリア、ヨセフ、宿屋3:とんとんとん(ドアをたたく音)宿屋さん、どうかお部屋を貸してください。

宿屋3:どこのお部屋もいっぱいだけど、馬小屋ならば空いてます。

 本日家内幼稚園に行くと、幼稚園先生から「とんとんとん(ドアをたたく音)宿屋さん、どうかお部屋を貸してください。」を歌わない、と言って困っていると言うことである。ちなみに「どこのお部屋も一杯だから、 こまった、こまった、どうしよう。となりの宿屋に行ってください。」は歌うそうである。家に帰って家内が息子に聞くと、「とんとんとん(ドアをたたく音)宿屋さん、どうかお部屋を貸してください。」はマリア・ヨセフが宿屋に言う台詞だから、宿屋が言うべきではない、とのことでした。

 しごく、当然である。笑い出しました。もしかしたら、彼が47歳になった時も、残る記憶になるかもしれません。

06/12/13(水)

[]コスト意識 16:36 コスト意識 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - コスト意識 - 西川純のメモ コスト意識 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 日本国立大学の全職員の人件費は約1兆円です。それでは勤務1日あたりのコストはどれだけでしょうか?1年365日で週休2日ですから、年間の勤務日は約250日となります。従って、1日40億円のコストがかかります。

 本日、本学ではセンター入試の説明会がありました。3部構成で半日を費やします。それを年明けにもう一度半日を費やします。それに、教職員・事務職員の殆ど全員が参加し、拘束されます。その説明の殆どは、英語リスニングテストに関しての説明です。さて、そのリスニングテストを昨年担当し、受験生と同様に聞いた人によれば、殆ど中学校レベル大学入試に課す必然性が無いとのことでした。

 リスニングセンター入試にいれようと考えた人は善意の人です。しかし、コスト意識は無いと思います。親方日の丸だからやれることです。民間では絶対に出来ないし、やらない。国立大学法人になっても、コスト意識は無いようです。

 国民だって、このような無駄を許すべきではない。でも、あまり関心はない。何故なら、国立大学に対して国民は厳しい評価をしていない。例えば、教員養成系大学だったら、教員採用率や教員再教育の実績によって予算を劇的に変えるぐらいの評価をすべきだ。何故なら、教員養成系大学目的は、まさに、それだから。教員採用率や教員再教育の実績で、その大学の職員の給与が変わるならば、大学側だって考えるだろう。1日という時間が、自分の給与に影響を与えるとしたら、真面目に「リスニングは必要か」と考え始める。国民だって、リスニングテストを実施するより、250分の1だけでも「良い先生」が増える方が得るものが多いはずだ。すくなくとも私は、私がセンター入試担当する数十人の若人にリスニングテストを課すことによって国民還元しうる貢献の遙かに大きなものを、教員養成・教員再教育貢献できる自負はあります。

06/12/12(火)

[]大見得 16:38 大見得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大見得 - 西川純のメモ 大見得 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我がゼミKanさんは、「旅費・滞在費を支給してくれれば、学び合いを実現してみましょう!」と大見得を私にきっています。つまり、10万円を保証してくれれば、与えられたクラス学び合いを実現しましょう、という大見得です。我々は、学び合いをすれば、人間関係が良くなります、成績が上がります、特別支援が解決できます、評価が楽になります、そして、教師が楽しくなります、と「ホンマカイナ~」ということを主張しています。でも、自信があります。だって、とてつもなく当たり前のことをするだけのことですから。でも、現職院生さんに、ちゃんとした旅費・滞在費を支給できる腹のある所なんてないでしょうね。残念

 本日大学の近くの学校に講演によばれました。車で5分です。これは、今までで最短距離です。色々なところで愚痴を言いましたが、私は上越学校からのニーズが殆どありません(例外はO小学校)。こんな距離だったら、旅費・滞在費がいりません。そこで、本日、朝、我がゼミM1の現職院生の方に上記のことを語り、「与えられたクラス学び合いを実現しましょう」と大見得を切りたい、と語りました。私としては、最大でも1週間、まあ2・3日、クラスを任せてくれれば、多くの教師が「ホンマカイナ~」というクラスを実現してくれるだろう、と考えました。院生さんの反応は、その程度では本当の我々の目指している姿は実現しないと反論されました。さもありなん、と思います。でも、「子ども達に○○やれ!と言っただけで、な~んもしなくても、子ども達の集中力が1時間切れず持続するレベルで十分だよ」と言いましたら、「2時間続きは必要だ」とのことです。そこで、「二日連続で、2時間続きの時間設定をしてくれれば大丈夫だよね?」と聞くと、大丈夫だと言うことです。

 と、いうことで、本日、その小学校校長に「どんな学年、どんなクラス、どんな教科でも結構です。二日連続で、2時間続きの時間設定をしていただければ、我々の主張する学び合いの姿をお見せします!」と大見得を切りました。

 大いに自慢します。我々が大見得切ったのは、教師相手の模擬授業ではありません。つまらんときは、つまらんとハッキリ出す子ども相手です。ペスロッチコメニウス、ヴィゴツキー・・・、あまたの巨星の中で、こんな大胆な宣言を言える人が言えるでしょうか?私の能力はたかがしれている。しかし、我々の主張していること、また、それを実践できる同志の能力、それは、あま たの巨星より強力だと確信しています。

 な~んて大胆な宣言をしているんだろう。こ、わ、い。

追伸 言うまでもないことですが、「子どもは愚かだ」ということを信じている担任、学校においては、我々の様な飛び込みは無力です。我々が上記を出来るのは、変わりたいと思っている担任、学校においてのみです。

[]駄洒落 16:38 駄洒落 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 駄洒落 - 西川純のメモ 駄洒落 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 最近、息子は駄洒落にはまっています。本日の夕食における彼の駄洒落は以下の通りです。

 刺身のつまのシソを食べながら「このシソ、おいしそ~」

 豆を食べながら、「ま~目が、すかっとした~」

 親ばかながら、我が子は天才!と思います。

06/12/10(日)

[]感激 16:40 感激 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感激 - 西川純のメモ 感激 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日は臨床教科教育学会がありました。様々な発表がありました。感激しました。今から5年前に最初の会を開いたときは、こじんまりとした会でした。ところが、発表数、質、研究の幅は、どれをとっても十分です。その中で学校として「学び合い」を取り入れている学校発表がありました。学者生活は20年ですが、十歩下がってベスト5に入る発表です。見ているうちに、感激のために泣いてしまいました。気づかれないようにしていたのですが、学部生に見つかってしまいました。

 今まで学校としての取り組みの発表を見たことがあります。でも、たいていの場合は、明らかに、学校のごく一部の人が関わっていることが想像できます。ところが、今回の発表学校全体の取り組みであることがハッキリしています。また、荒削りですが、視点としては学術レベルに耐える内容だと感じました。そして、学校全体で学び合いを取り組んだら、どんなことがおこるか、という今までとは違った次元に進んでいます。感激しました。確実に、学び合いは次の次元に進んでいると思います。

[]得をするのは誰 16:40 得をするのは誰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 得をするのは誰 - 西川純のメモ 得をするのは誰 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 学会の懇親会で北海道教育大学のMさんの挨拶がありました。その中で、「3年生が来年は、学会(臨床教科教育学会とは別の秋にある学会)で発表すると言っていた」と紹介していました。4年生が臨床教科教育学会で発表するのは当然です。以前から、我がゼミ学生レベルは、それだけではもったいないと思っていました。そこで、他学会発表することを進めました。4年生の教員採用試験のことが終わった後でも、10月後半なら大丈夫だと思います。ということで、彼らに勧めた次第です (最近メモ「新たな伝統」参照)。そのことを3年生がMさんに語ったようです。

 見ると、3年生同士で「何でそんなこと宣言するんだ!」と言い合っている姿をみて、ニヤニヤします。彼らは西川研究室の術中にどんどん陥っています。でもね。3年の諸君へ。君たちだけじゃないんだよ。西川研究室の厳しさの洗礼をうけた、教師経験10年、20年のOBも同じなんです。昨日、自らにもの凄い宿題を課すことを、自ら申し出る状態に陥りました(それも5人も)。それは何故か、というと、その凄いことをすることが自分、そして自分たちにとって意味あることがよく分かっているからです。だから、私と話し合っているうちに、「○○までに、○○をします」と宣言してしまいます。つまり、どんどん術中に陥れば、一番特をするのは自分なんですよ。

 教師がすべきことは、方法を語ることではありません。何を成すべきかを分からせ、納得させることです。それさえ終われば、「期待しているよ」だけでOKなんですよ。我々の本の中で書いていることは、研究室普通にやっていることです。つまり、研究室では冗談ばっかり言ってニコニコしているばかりで、な~んも教えないという私の姿が、学び合う教室における教師の姿です。でもね、よ~く見ていると、やるべきことはやっているんだよ(と自己弁護する)。

06/12/08(金)

[]我が子が主役 16:41 我が子が主役 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 我が子が主役 - 西川純のメモ 我が子が主役 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 息子はキリスト教系の幼稚園に通っています。従って、年末キリスト誕生劇です。家内幼稚園に勤めていたときは子どもが多かったので、ローマの兵隊やガブリエル以外の様々な天使が出演し、1時間以上の劇になります。ところが、現在少子化のため人数も少ない。従って、出演者もマリア、ヨセフ、東方の3博士羊飼い宿屋という少人数編成です。どの役に割り振るかは、幼稚園先生方が「その子」をどのように評価しているかを端的に表れます。息子は私と似ています。幼稚園先生方にとって、きっと、扱いやすい子どもではないと思います。どんな役になるかな~と思いましたら、宿屋2です。最近、家に帰ると、息子はニコニコと一生懸命にその練習をします。見ていて「ボロボロ」とうれし泣きをしてしまいます。どんな役に配役されても、親にとっては我が子が主役です。主役に配役されて、私は大満足です。

06/12/07(木)

[]幸せ 16:43 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 西久保研究室西川研究室久保田研究室造語)の院生さんと学生さんの控え室では、心地よいうるささがあります。そう、良い職場のざわめきです。だれかが目的を目指して作業をしている。そして、他の人と相談しています。決して静かではありません。でも、その中で静かに作業をしている人がいます。うるさいのです。しかし、その活気は全員のエネルギーを与えています。私と言えば、そのざわめきの中で、ニコニコしているだけです。いや、みんな一生懸命にやっている中で、バカな冗談を連発し、呆れられています。その中で、どんどん素晴らしいものが生まれ、私は安心しきっています。

 明後日、臨床教科教育学会が上越で開催され、子どもを徹底的に見る研究の最先端が発表されます。そこで発表されること全ては、子ども達を救うものです。我々の力は、まだ小さい。でも、受け止めてくれる先生はいます。それによって、日本の1億人の中で、数人が救われるかもしれない。でも、数人でも、救われる1時間を与えるとしたら、それは凄いことです!

06/12/03(日)

対策 17:20 対策 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 対策 - 西川純のメモ 対策 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 怒ってばかりで、イジメ対策を書かないもの卑怯なので、私なりの対策を書きます。単純に考えると「学び合い学校に導入せよ」とでも書きそうですが、そうしません。それは我々の考えではありません。今回のいじめ対策もそうですが、一般的に教育行政は方法を厳しく縛る一方、評価はそれほど厳しくないという特徴があります。つまり「こ~しなさい、あ~しなさい」という一方、イジメが解決されなくても「まあ、しょうがないよね」という評価しかありません。ところが、その考えは全ての状況に最善の方法があると仮定しています。我々はそんなのあり得ないと考えます。 それを課している行政も、「最善といっても、そんなに劇的な変化は無いよな~」と思っているので、厳しい評価をしません。

 我々の問いは、「最善の方法は何か?」ではなく、「その状況において誰が最善の方法を考えられるか?」です。その答えは、「その状況の当事者」です。 だから、方法を細かく指定しません。一方、「その状況の当事者」が協働出来るならば、凄いことが出来ると信じ切っています。だから、厳しい評価をしても、それをクリアー出来ると信じています。従って、授業でも、このような課題でも、管理者のやるべきことは、目標を与え、それを納得させ、方法は自由にさせ、厳しく評価します。

 つまり、「イジメは様々な原因があり得るが、少なくとも学校・教師が対応すれば問題が生じる可能性は著しく減少することは絶対に出来る!」を納得させることです。そしていかなる場合においても結果責任はあるということを納得させます。その上で各自治体に対していじめ問題を解決することを求めます。方法は自治体に任せます。そして、大幅な裁量権と、予算的な措置を「ひも付き無し」で与えます。それでは自治体はどうすべきかは、同じ構造です。各学校に対して、上記のことを納得させ、方法を任せ、裁量権と予算を与えます。それでは校長はどうすべきか、は上記と同じ構造です。

 では評価はどうしたらいいか?自殺者の数では悲しいですよね。でも、どっかの学者やお役所のお偉いさんの評定では妥当性が問われます。少なくとも、妥当だとは当事者は納得しません。そんなもので評価されたることが分かっていれば、当事者目標の納得しません。だからといって教師のお手盛りでは駄目です。大多数の教師が駄目だといういう評価基準だとしても、それがまかり通ります。これは避難できません。だって、どんな組織にいる人だって、組織内部の人に著しく不利になる基準に賛成するのは辛いですよね。では誰が評価するのが妥当でしょうか?

 想像してください。マクドナルドマクドナルドの各店舗を評価する最も妥当性のある方法は何でしょう。東京本社の人が年に数回出向いて評価するべきでしょうか?それとも各店舗店長自己評価するべきでしょうか?馬鹿馬鹿しい。お客の評価がベストです。でも、お客の中で「お客様委員会」を立ち上げて評価すべきでしょうか?それまた馬鹿馬鹿しい。お客全員の評価の総和で評価である、売り上げで評価するのが最も妥当だと思います。ただし、短期ではなく長期的な評価です。何故なら、短期的ならばむちゃくちゃなことをする可能性がありますし、「食中毒」のような企業にダメージの大きな事故が生じる可能性があります。

追伸 言うまでもなく、そのようなことを求められたとき、圧倒的大多数の人が選択する方法が「協働」なんです。それはホモサピエンスDNAに組み込まれている方法なんですから。でも、どのような協働があるかは多様性があるし、少数ながら「協働」を選択しない人もいる。それもOKと考えるのは我々です。

評価 17:20 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 保護者・児童・生徒が学校・教師の評価をすることは、極端に嫌う教師がいます。大学にもいます。新聞によれば、外部評価することに関して再生委員会の一部から「教員の権威が低下したり保護者に媚びる事態を招きかねない」という意見があり見送られたとされています。大学にも、まったく同じ理屈学生の授業評価を嫌がる大学教員がいます。でも、これをマクドナルドに置き換えたらどうでしょうか?「マクドナルド店員の権威が低下したり、お客に媚びる事態を招きかねない」という考え方は成り立つでしょうか?また、市役所に置き換えたらどうでしょうか?「市職員の権威が低下したり、市民に媚びる事態を招きかねない」という考え方に成り立つでしょうか?そして、そのような権威にあふれ、利用者に媚びないマクドナルドや市役所に行きたいでしょうか?馬鹿げています。民主主義、市場 主義経済は大衆の英知を仮定した制度です。ただし、その大衆が多様な情報に基づき、独立に判断できる状態を保証しなければなりません。それが無ければ、衆愚政治情報操作社会になります。しかし、それが成り立てば、大衆の判断は極めて健全です。

 保護者・児童・生徒の厳しい評価に耐えられるほど、日本の教師・学校の圧倒的大多数は健全です。そして、その厳しい評価によって、教師集団からもどうしようもないと判断される教師の問題を解決できます。どう考えても、当たりはずれの大きい個人(例えば校長)の評価よりは安心できますよ。だから、保護者・児童・生徒の評価はウエルカムです。むしろ、彼らの与えられる情報が、一部に偏っていないか、全員一致を求められ独立性が損なわれないか、そのあたりを気にした方が良いと思います。

追伸 この大衆に対する信頼の有無が、インターネット社会における旧人類新人類の決定的な違いです。