西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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06/11/30(木)

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 本日テレビによれば、私が危惧した「加害者の出席停止」は見送られたようです。でも、ビックリしたのは、その案を最初に提案し、主張した人に、自身が不良だった経験を持つ教師がいたということです。朝のテレビで、その方は、影響力の強い子どもの場合、その子がいる状態では指導できない、ということを言っていました。最底辺の学校で教えた経験から言えば、すごく納得できます。同時に、自身が、そのような影響力のある「不良」であるご自身の省みての発言だと思います。でも、私の経験から言えば、どんな不良も子どもです。いや、正確に言えば全員ではないかもしれません。でも、圧倒的大多数は、さびしがり屋で甘えん坊の子どもです。ただ、虚勢の衣をまとっているだけのことです。

 もし、懲戒としての出席停止が有効だったとします。では、どの段階から出席停止になるのでしょうか?イジメ自殺者が出てからでは遅いですよね。でも、「お前なんか嫌いだ~」と一言言ったとたんに、出席停止になったら、クラス全員が出席停止になってしまう。 馬鹿馬鹿しい。{影響力のある子どももいる状態で指導しなければならない」という前提で議論しなければ、上記のような矛盾がすぐに生じてしまう。どうも、このことは雲上人の会議では気づいていないように思います。もちろん、興奮した状態の子ども隔離しなければならないことは、よく分かります。でも、それは一時的なものであり、それは現行制度の枠内でも可能です。現行でも可能なのに、ことさら出席停止が提言されたら、どんどん暴走してしまいそうで恐ろしい。

 私の勤めた高校でも、職員室謹慎というのがありました。職員室の横の部屋で反省文を書かせるんです。空き時間の先生が、お茶を飲みながら、その子を「見張って(笑)」います。私は、「お前のせいで、休めなくなっただろう~。困っちゃうんだよな~」と笑いながら言い、世間話をします。その中で、ちょっとづつ説教をかませます。おそらく、次の時間の先生も、その次の時間の先生も同じような対応をしたと思います。それが数日続くんです。職員集団がまとまっていれば、そんな対応は十分可能です。そんな対応で、大多数の緊急避難的な隔離は可能です。でも、本質的な解決方法は、先のメモに書いたように、その子を含めた全員の前で、学校教育は何のためにあるかをちゃんと語ることだと思います。

追伸 言うまでもなく、上記は教育レベルの話です。犯罪レベルになったら、それは学校教育の管轄ではありません。司法担当すべきものです。その場合の、少年院等への送致は当然あるべきと考えています。 もし、犯罪レベルのことを学校教育が管轄したら、出来ることは「隠す」ことぐらいです。ただし、司法の管轄から、学校の管轄に移行したら、速やかに受け入れられる集団を作って待っているのは学校の責務です。

 以前のメモに書いたように、厳しい罰に教育意味はあるとは思えません。罰が有効なのは、罰を与える側が罰を受ける側と同じように痛みを感じる場合です。そして、罰を受ける側が、罰を与える側に繋がりたいと願う場合です。そして、そのような関係があれば、 厳しい罰は必要はなく、儀礼的な罰で十分です。そうでない場合は、教育的配慮としての罰ではなく、社会的制裁としての罰に過ぎません。どんなに、教育的配慮の衣をまとっても。

 社会的制裁としての罰だったら、学校にやらせるのではなく、少年法等を改訂して司法に任せるべきです。私は社会的制裁の意義はあると思いますし、それは未成年でも同じです。ただ、担当する司(つかさ)が違うと思います。