西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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06/11/12(日)

[]授業の見方 17:59 授業の見方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業の見方 - 西川純のメモ 授業の見方 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 こんど公開した学びの殿堂には、「授業の見方」というものを付けました。そこには我々の授業の特徴を書いています。ただ、それは入門用ですので、テクニック的な記載です。我々の考えが分かった方用も書くべきだと考えました。我々の考えは「考え」であって「テクニック」ではありません。したがって、本当に重要なのは自分の心の中です。おかれた状況によって、教師が主導する時間が長い場合もあるでしょう。また、「方法」を長々語らなければならない場合もあるでしょう。でも、そのときの自分の心のありようが問題です。

 一つは、「そうせざるを得ない事情がありえる。そして、そこでの教師主導こそが教師の力量だ」と考えることもできます。もう一つは、「自分が無能だから、そんなことをしているんだ」と考えることもできます。後者が我々の考えで、前者が旧来の教師の考え方です。前者の考えになる気持ちは私は十二分に分かります。でも、冷静に考えてください。自分の考えを、自分の管理職に置き換えてください。もし、勤務校の校長が、教諭に具体的な作業工程と、個々の作業を指定したらどうでしょうか?そして、そのような指示ができることが校長の力量だと思ったら。そして、自分たち教員集団は、そのような指示をうけないと満足に仕事ができないと認識していたら。そのときの、自分は幸せでしょうか?もし、それが幸福だと思うならば、とてつもなく不幸なことではないでしょうか?ちなみに、子どもと自分たちは違うと合理化しているならば、それは我々ではない。学び合いをテクニックに使っているに過ぎません。

 我々が願います。子ども達が自らの考えで、自分が思う以上の高みに達することを。そして、自分の愚かさを笑うことを。そのような子ども集団をつくりあげるために、何をすべきかを納得させるのが自身の職能と考え、何をすべきかを語ることを恥じます。

 力量のない教師が学び合いをテクニックとして使えば、惨憺たる結果になります。ところが力量のある教師の場合、学び合いをテクニックとして使うこともできます。その人の総合的な判断力、絶妙の対人能力によって問題なく運営することができます。しかし、力量のある教師であっても学び合いをテクニックとして使っている限り、絶対に味わえないものがあります。それは自分の愚かさを子どもたちに教えてもらえ、そして感激・感謝することです。学び合いをテクニックとして使っている限り、得られる最高のものは、自分の「教える力量」に対する「再確認」です。