西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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06/10/31(火)

[]同志 18:24 同志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志 - 西川純のメモ 同志 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 同志より以下のメールを頂きました。

西川先生

○○@○○市立○○小学校です。ご無沙汰しております。先日,全国小学校理科研究大会学び合いをいかした実践について発表してきました。そのことについては,後日報告したいと思いますが,参加された先生方は,その良さはわかるが,果たして本当にできるのか?という感じの反応を示されました。本当にできるんだけどなあ。

 さて,本日6年生の「水溶液の性質とはたらき」の学習の最後に金属が塩酸に溶けて別なものにかわるということをみんながわかり説明できるようになるということで学習を行いました。これは難しいのではと思ったのですが・・・・・。一応,塩酸がHClとしめされることや水素がHという元素記号であることなども示しました。

 2時間同じ内容をやって今日が2時間目だったのですが,今日感動してしまいました。子どもたちは,自分たちが成長していることをあまり意識していないようで「何で驚いてんの?」という反応でしたが,

 まず,端的に言うと最後にみんなに対して説明する時間を今回は設定しました。

 すると,成績が最下位子どもが,「先生,ぼく説明できるからさせてください」といいました。

 また,ある子たちは,マグネットを使わせてくれといいそれを使って非常にわかりやすく説明してくれました。

もっと反応が大きかったのは,劇で示してくれた子たちです。鉄を速水もこみちにたとえ,塩酸水素塩素が分かれて,鉄と塩素がくっつくというたとえです。そして水素は,海外へ飛び立つというとってもぶっとんだたとえでしたが,子どもたちの反応はとってもよく授業後もそのことについて話をしていたり,ノートに式で表して

先生,式でもあらわせるよ」といってもってくる子もしました。

 学び合いをはじめて今に至るまで

○一番感動したのは,みんながわかるための説明を考えられるようになったこと。

○どんな問題でも「やってみよう」という意欲をもつようになったこと。

○下位の子たちが,ものすごく自信を持っていること。

○わからないことを堂々と「わからない」しかも「○○ってどういうこと」と具体的にわからない点を聞けるようになったこと。

○黒板や小黒板にほかの子と一緒にかき表しながら考える子がふえたこと。

○ほかの子たちがかいた図などを使って説明できるようになったこと

 などなどです。

 先生,あらためてありがとうございました。

 今日感動しました!!』

 私は『同志、○○さん。既に、あなたのクラスの問題は解決詰みです。次は、あなたが実感していることを伝えることです。おわかりですよね!』と返信しました。メールの中の『参加された先生方は,その良さはわかるが,果たして本当にできるのか?という感じの反応を示されました。本当にできるんだけどなあ。』から、我々と同じいらだちを感じられていることを分かったからです。

[]大化け 18:24 大化け - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大化け - 西川純のメモ 大化け - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日は、楽しみであり不安な日でした。

 先週の木曜日にN小学校に行きました。そこでは学び合いを理解しようとする先生の授業でした。ところが、子どもが動きません。その先生に聞いたところ、そのクラスはその先生の担任クラスではありません。教科指導のために再編成されたクラスです。それらの再編成されたクラス群は、教員がローテーションして担当しています。そして、そのクラスは、直前まで別の先生担当されていました。その先生は、教師の指導の重要性を大事にする先生です。

 木曜日の授業の後、学び合いを理解しようとする先生と話し合ったところ、自分のクラスとの違いを驚かれていました。とにかく、動かないいことを、驚かれていました(その先生の担任のクラスでは、子ども達は学び合っています)。そこで、学校教育は何のためにあるのかを語るべきだと言いました。「学び合う教室」にも書きましたが、教師の「腹」は子どもは見透かします。何も語らずとも、子どもは教師の「腹」を見透かします。だから、子どもを有能と思う教師のクラスでは、何も語らずも子どもは動きます。ただし、教師の「腹」を探る期間が必要です。そのため、2ヶ月ぐらいかかります。ところが、教師の方針を明確にすれば、そのロスが省けます。そこで、ちゃんと語るべきだとお話しした次第です。私は、語れば子どもは変わると確信しました。だって、その先生は「いい先生」ですから。でも、木曜日に見た子どもの姿を思い起こせば不安です。だって、木曜後の時間は、金曜日月曜日の二日だけなんです。

 本日、その先生の授業を見ました。初めの2分で大化けしていることが分かりました。5分後には表出し、10分後には確信に変わりました。本当に、同じクラスとは全く思えません。先週の木曜日には動かなかった子ども達が、じゃんじゃん動いて勉強します。木曜日には、そのクラス勉強の出来る子が黙々と一人で勉強していました。ところが、今日は、その子の周りに固まりが出来て、ニコニコしながら教えています。大小の子どもの集団が出来上がり、それが烏合集散しているんです。授業後にその先生と話しましたが、ニコニコしながら「先生(つまり私)が言ったので、学校教育意味を熱く語りました」とおっしゃっていました。そして、それを言った後、子ども達が「説明して良いのか分からなかった」と言っていたと教えてくれました。さもありなんと思います。子ども学び合いたいのに、教師が駄目だというと思って学び合わないだけのことです。教師がハッキリと学校教育目的を語れば、学び合うのは理の当然です。

 私は小学校の実践経験はありません。小学校の授業を参観する度に、「すごいな~」と先生方を思います。その凄い先生方に「偉そう」に「こうすべきだ」と語ります。本当に、申し訳なく、不遜であると恥じます。でも、私が「偉そう」に語ることは、尊敬すべき小学校先生方が私に教えてくれたことの「受け売り」です。だから、語ります。そして、本日も、尊敬すべき小学校先生方から私が教えてもらったこと(そして偉そうに語ること)は、凄いことであることを、実感しました。本当に、魔法 みたいです。

06/10/29(日)

[]照れ性 18:25 照れ性 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 照れ性 - 西川純のメモ 照れ性 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 家族旅行のためにJTBの人と話していました。息子は備え置きの本を静かに読んでいます。ところが、急に息子がJTBの人と私との間に入り込んで、訳も分からんことをべらべらとしゃべり続けます。はじめは訳が分かりません。急に息子の気が違ったとも思いましたが、家内がニタニタしています。しばらくして理解しました。息子 のお気に入り女の子JTBに入ってきたんです。そして、その女の子のお気に入りが息子なんです。相思相愛なのですから、問題ないはずです。が、男心は複雑なものです。その子は、一生懸命に息子にアピールします。息子に話しかけたり、息子の手を握ったり・・・と。ところが、息子の方は、無意味な発言を繰り返したり、無意味な行動を繰り返し 、その子から逃げ回ります。私の方は、その女の子に悪いので、「ごめんね~、照れちゃってんだよ。○○(息子の名前)は○○ちゃん(その子の名前)が大好きなんだけど、照れているんだよ。」と言いました。

 夜寝るときは、いつも通り、私が添い寝です。息子に何故、ああなったんだと聞きました。息子は「急に本を読みたくなって、話したくなったんだ」と訳の分からんことを言い出しました。そこで、「ここは、おまえとお父さんだけなんだよ。男同士の話なんだ。おまえは○○ちゃんのこと好きだから照れたんだろ?」と聞くと、素直に「ウン」と応えました。そこで、「好きな女の子は、照れるんじゃなくて守らなくちゃ。お父さんもお母さんが好きだから、恥ずかしかったけど、好きだよ、と言ったんだよ」と言うと、素直に「ウン」と応えます。それから、ギューして寝かしつけました。

 彼が寝てから、起きて、家内にそのことを言うと、ニタニタして「照れ性の所は、あなたにそっくり」と言われました。全くその通りです。

06/10/27(金)

[]はじめの感動 18:30 はじめの感動 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - はじめの感動 - 西川純のメモ はじめの感動 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 「感化力」のメモの補足をします。昨日見たのは跳び箱・マット運動です。これを普通の授業でやったらどうやるでしょう。まず、教師が跳び箱の飛び方を実演し、そのポイントを説明するでしょう。それが10分程度続きます。次に、跳び箱の脇に教師が立ち、「ピッ」と笛を鳴らす毎に子どもが飛びます。そして、飛べない子には補助をし、そして、ワンポイントアドバイスをします。それが終わってから笛を鳴らし、次の子が飛びます。さて、このような方法だと45分の授業の中で、子どもは何回、跳び箱を跳べるでしょう。授業前後の跳び箱の用意と片づけを勘案したならば、まあ5回も飛べたら凄いですね。3回だけだってありえます。これで飛べない子が飛べるようになったら、ビックリですね。そして、1時間は跳び箱だけで終わってしまうでしょう。

 さて、今回の学び合いの授業ではどうだったでしょうか?まず、整列をして準備体操をします。そして、教師が「様々な技を出来るようになること」と語って開始です。みんなで協力して準備していたので、授業開始から5分間で学び合いが始まります。体育館には、様々な高さの跳び箱が5台並べられています。同時にマット運動が出来るエリアも用意していました。子どもたちは高さを変えたり、踏切板との距離を変えていました。そのような並列で飛べる状態で、ドンドン飛ぶのですから、それだけでも7倍以上の数が飛べます。子どもたち同志でアドバイスをしたり、補助をしています。さらに、出来ない子どもが嫌がらずに、ドンドン飛びます。教師が演説するようなことは紙に書いてあり、体育館の壁に貼っています。一部の子どもがそれを見て、跳び箱に戻って練習したり、アドバイスをしています。とにかく、本当にドンドン飛んで、ドンドンうまくなっているのが分かるのです。そのことの「ほんの一部」をメモに書きました。そうしたら、それを研究したKさんから「ドキッ!」という以下のメールを頂きました。

 『Kです。メモ読ませていただきました。ドキッとしました。技能向上の要因として、話しあいが増えても活動時間は減らない、むしろ増えるって一生懸命伝えてたはずなんですが…。なーんて、じゃなんで、データで出さなかったんだって話になっちゃいますね。私は技能が向上する要因より、技能向上と見なす評価基準作りとその結果データ化することに捕われていました。そしてもうひとつ、技術認識の深まりを証明したかったんです。だから話し合い、アドバイス内容にこだわりました。でも、正直、授業をしてみると、跳び箱やら鉄棒トライする回数がこれまでのやり方より増えることは、はじめは感動しますが、当たり前のような感覚になってしまうんです。しかし、はじめの感動データ化すれば多くの人が感動しますよね。子供鉄棒の回数やらそうなんですね、離れてみると、技能が向上する根拠となるデータは、一度の実践で山ほど取れることに気付くんですよね。そのようなデータをたくさん出せば技能向上の根拠としてもっと説得力ありますよね。うすうす気付いていても、データ化する過程(労力)が怖かったりして…。きっとまた、新しい院生さんたちが説得力あるデータを出してくれることと期待してます、なんちゃって。』

 これを読んで、はじめの感動は大事だな~と思いました。

[]みえちゃう 18:30 みえちゃう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - みえちゃう - 西川純のメモ みえちゃう - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日の授業参観では、私と一緒に全く別の学校先生方が参観しました。その方と授業者との会話を聞きながら、ビックリしました。その先生方はその学校は初めてで、子どもたちも初めてです。ところが、一人一人の子どもを的確に把握されていました。「あ~、子どもの見取り」というのはこんな能力を指すんだな~、とプロの小学校教師の能力に感激しました。が、一方、「子どもたちの見取り」だったら、多少は私の方が優れていると感じることがありました。もちろん、私は小学校教師の経験はありません。その私が見取りが優れているというのは、とてつもなく不遜だと思います。でも、理由があります。それは一人一人の子どもが見えすぎるため、子ども集団を見ることを邪魔してしまっているんだと思います。本気で子ども集団を見取ろうとしたら、当然、私なんぞは足元にも及ばないほどの見取りが出来るはずです。ところが、一人一人の子どもが見えてしまうので、その子どもを何とかしなければ、ということで頭がいっぱいになってしまう傾向が見られます。ところが私は一人一人の子どもが見えないので、子どもたちの見取りに集中出来ます。

 学者バカも、たまにはいいことがあるもんだと思いました。

[]戦略生物兵器用意 18:30 戦略生物兵器用意 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略生物兵器用意 - 西川純のメモ 戦略生物兵器用意 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、講演依頼がありました。依頼者は、私の大学に異動して最初にお世話した院生さんで、現在校長先生です。その方から講演依頼を受けたとき、思わず「よっしゃ~」と電話を前にして叫んでしまいました。講演の相手は、その地区のPTAなんです。待ちに待った戦略核兵器の発射がセットされました。でも、正確には核兵器と言うより、生物兵器のようなものです。打ち込まれた当初は、それは目立ちません。しかし、潜伏期間の後に、発症します。発症すれば、不治の病です。

 何回かメモで紹介しましたが、人が考え方を変えるには何が必要かは、ポズナーらの概念変容のモデルが参考になります。彼らのモデル科学概念が変容するにはどのような条件が必要かを示すモデルですが、その他にも有効です。彼らによれば、我々が概念変容するためには、以下の4つ条件が成り立つことが必要です。

・先行概念への不満が生じなければならない。

・理解可能な新しい考えが、利用可能なものでなければならない。

・新しい考え方は、もっともらしくなければならない。

・新しい考え方は、先行概念より生産的でなくてはならない。

 では、教師と親を比較したらどうでしょう?

 ●自分の授業に不満を持っている教師と、自分の子どもの担任の授業に不満を持っている親、どちらが多いでしょうか?

 ●「学び合い」を自分でしなければならない教師と、「学び合い」をしてもらう親と、どちらが「学び合い」を難しいと考えるでしょうか?

 ●教師の話が分らない経験をした人は、「学び合い」の考えはもっともらしく感じられるはずです。教師集団と親集団、どちらに教師の話が分からない経験をした人は多いでしょうか?言うまでもなく、大学に進学 し、教職免許を取り、教員採用試験合格する方は、日本人の平均より現状の教育フィットしているはずです。

 ●今まで積み上げたものを捨てなければならない教師と、教師が積み上げたものを捨ててもらう親と、どちらが「学び合い」を生産的だと考えるでしょうか?

 もちろん、自分の授業に不満を持ち、「学び合い」を自分でも出来ると考え、「学び合い」をもっともらしいと感じ、「学び合い」が生産的であると考える教師は少なくありません。そのような方が同志になっていただいています。 残念ながら、そのような方が教師集団の中で辛い思いをしている場合は少なくありません。その方を守る、その方の同志を育てなければなりません。我々は教師の同志のみならず、親の同志も必要だと思います。

[]成績が上がらない(その2) 18:30 成績が上がらない(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成績が上がらない(その2) - 西川純のメモ 成績が上がらない(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 以前のメモである「成績が上がらない!」を再度、取り上げようと思います。ある学校で、ある先生から学び合いをすると成績が下がると言われました。そこで、そのクラスを見ると、直ぐに不思議に思いました。それは子どもが殆ど動かないのです。そこで、その先生に「このクラスで成績の良い子どもは誰ですか?」と聞きました。その子を見ていると、殆ど教えておらず、なんか作業をしています。そこで何で教えていないのか?を聞くと、ビックリしました。そのクラスでは、膨大なドリルを与えているそうです。そして、出来る子はそのドリルをこなすので精一杯なそうです。聞きながら、「そりゃ、そんなら学び合いは起こらず、分からない子が生じても無理ないは・・」と思いました。その先生は、授業時間に「3人に教えてください」と指示を与えます。そうすると、子ども達が教えていますが、「ノルマ」が終わると、ドリルに戻ります。 つまり、成績が上がらないのは、学び合いの せいではなく、学び合いが成立していないためです。その状態で、教師が「教えない」ということをするのですから、そりゃ成績が下がるのは当たり前です。だって、教える人が誰もいないのですから。

 その先生が誤解しているのは、成績の良い子も、膨大なドリルをした方が良いと思いこんでいるようです。でも考えてください。「1+1=2」や「-1×-1=+1」と分かっている人が、そのことを千回唱えることによって得るものがあるでしょうか?ナンセンスです。そのような人が伸びるためには「1+1は何故2なの?」とか、「-1×-1は何故+1なの?」という疑問をぶつけられることです。それによって「ペアノの公理」や「 ガロア理論」に発展する可能性があります。

 そのクラスにいる成績の良い子は、その先生が教える前から分かっているんです。だって、その先生から話を良く聞くと、成績が下がっているのは成績の中と下なんです。つまり、成績が上の子は成績は下がっていないのです。つまり、その先生が教えなくても成績が下がらない、ということは、その先生によってそのような子は何も得ていないということです。そのような子が無意味ドリルを繰り返し、そして、他の子どもと関わる機会を奪われています。そして、同時に、成績中・下の子どもは、他の子どもから学ぶ機会を奪われています。

追伸 その先生は何を目的として、教師になったんだろう?と思います。「二桁の計算が出来ること」、「漢字を一つでも多く覚えること」なのでしょうか?その先生クラスづくりを大事にするとても熱意のある方だと、その先生の同僚の方から教えてもらいました。たしかに、「良い先生」の香りが凄くする方です。しかし、教科学習の時間、即ち学校教育の殆どの時間は、「二桁の計算が出来ること」、「漢字を一つでも多く覚えること」のためにあり、クラスづくりの時間ではないと考えているようです。そして、そのとてつもない矛盾に気づかれていない。残念です。そのような方が、教科学習でクラスづくりが出来ることに気づかれたら、どんなことが起こるのだろう・・・

[]成績が上がらない(その3) 18:30 成績が上がらない(その3) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成績が上がらない(その3) - 西川純のメモ 成績が上がらない(その3) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 クラスには多様な子がいます。その子達が分からないことを調べ上げ、それが分かるようなドリルを作ったとします。残念ながら、この種の教育研究・実践研究は山ほどあります。1時間の学習内容に対応して、そのようなドリルを作ったら、1時間ではとても終了できないような分量になるでしょう。さすがに、これは馬鹿馬鹿しいことは誰でも分かります。では、何故、この種の教育研究・実践研究が絶えないかと言えば、子ども達の多様性を「甘く」見て、典型的な代表例を1、2だけ取り上げ、粗雑な説明をしている程度だから、1時間程度の中に収まるドリルになります。そして、分からない子ども気持ちが分からない教師は、それで十分対応できたと安心しています。そして、それでも分からない子どもがいた場合、それは、その子がそのドリルを真面目にやっていないからと解釈します。

 それでは我々はどうするか。それは、その時間で成り立った時に初めて解ける問題、つまり、その時間の最終的な目標に対応した課題を数題与えます。出来る子は、直ぐに、自分が分かることを確認できるでしょう。分からない子どもは、分からないことを確認できます。後は、分かる子どもからの情報で問題を解決します。

追伸 どうしてもドリルが大事だと思う方は、どうぞ、子ども達に与えてください。ただし、使えと課さないでください。そして、じっと見守ってください。「学び合いが成立すれば」(成立しなければ駄目ですよ)、子ども達は、そのドリルを殆ど使わないはずです。そして、成績が上がることに気づきます。これに関しては、120%の確信があります。だって、人間以上にパターン認識と判断力を備えた「ドリル」なんてあり得ませんから。我々は子どもの多様性をバカにしません。それらに対応できるのは教師でもなく、ドリルでもなく、子ども「たち」です。

[]わからない 18:30 わからない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - わからない - 西川純のメモ わからない - 西川純のメモ のブックマークコメント


 学び合いを説明しているときに、なかなか分かってもらえないときがあります。その時、「子ども達の説明より、あなたの説明の方が分かりやすいと思いますか?」と聞きます。分かってもらえない先生は、当然のごとく、「そうだ」と応えます。そこで、「まったく分からない子どもも、成績最優秀の子どもも、先生の説明が最善ですか?」と聞きます。ところが、それに対しても迷いなく「そうだ」と応えます。正直、ビックリします。まあ、我々の主張によれば、そういう先生もいるだけ先生も多様なのですから、しょうがありません。でも、相手の立場になって考えると複雑です。だって、私だって万人向きの最善の授業があると思っていました。いや、今でも講演会ではそれをやっています。講演会での私、また、授業での私、そして研究指導の私、結局、私自身の中に、私が呆れる教師がいる。

 我々の研究は、常に自分に返ってくる。自分に返ることが出来るほどの研究だ!と思い誇りに思い、反省しました。

06/10/26(木)

[]感化力 18:36 感化力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感化力 - 西川純のメモ 感化力 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 以前、我がゼミ洗脳旅行に来られた方が、我がゼミ東京大学佐藤学先生とを比較されました。かの高名な先生と比較されたのでビックリしたので、すごく印象的でした。その方によれば、我がゼミに欠けているのは、実践校だそうです。なんやかんや言っても、それが実現した姿を見せてくれる学校があるか無いかは大きな違いだと、その方はおっしゃいました。理屈としては、よく分かります。そして、そのような実践校を育てたいな、となんとなく思いました。

 本日東京のN小学校に行きました。私がその学校に行くことを知った、東京のJ小学校先生が、参観を希望しました。正直言って、その学校先生学び合いを理解しているかどうかは「?」の部分があります。でも、その学校先生の中で、理解しようと試みている先生がいることは知っていました。そして、その学校校長は、学校の授業を見せてくれることに関しては確信はありました。そこで、その校長に連絡しましたが、二つ返事でOKしてくれました。

 当日行くと、J小学校先生方がまっていました。そして、一緒に授業を見ました。見ながら多くのことを発見しました。でも、やはりプロです。その先生方は私が見ったものの十倍以上のことを見取っていました。そして、私が学びあいに関してごちゃごちゃ言ったことの実際が何であるかを得心したようです。やはり、言葉より、子供の姿と思いました。

追伸 本日の学びあう体育授業を見ながら、「失敗した~」と思いました。今度の本で、学びあうことによって体育の技能が上がることを証明するデータを出しています。それは、算数の授業と同じに話し合いの時間をデータとして表示しました。でも、学びあう体育の授業をライブで見て、もっと分かりやすいデータがあることに気づきました。今日の実践は跳び箱です。端的に分かるのは、授業時間中に何回跳び箱を子供が飛んだかです。学びあう授業では数十倍違います。そして、その質が断然違います。なぜかは、ここには書きませんが、産休中のKさんなら分かるはずです。ライブならば分かるはずです!Kさんへ。なんで、このすごさをもっと伝えてくれなかったの?と思いました。あれを見れば、学びあいのすごさは、プロの小学校教師だったら、一目瞭然だと思います。

追伸2 これを読んだ、ある学校管理職は、私が何を期待するであろうか、分かってくれるだろうと思います。

[]校長は凄い 18:36 校長は凄い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長は凄い - 西川純のメモ 校長は凄い - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日は、東京のN小学校に行きました。その学校は、校長がうちの研究に惚れ込んでくれた学校です。今回は4度目の訪問です。一度目は、校長と副校長と話しました。二度目は、講演をしました。三度目は、学び合いの試みをされた先生の授業を見ました。今回は4度目です。印象深かったのは、今回は学び合いが出来ていました。体育の授業を見させていただきましたが、最初の2分で分かります。もう、なんていうか、子どもを信じていることが分かります。だから、最初の準備体操の段階から、見せてくれた校長に「大丈夫ですね」と言いました。もう一つは算数でした。こちらの方は、まだまだです。でも、授業後に話してみると、分かっている方でした。不思議に思ってよく話してみると、分かりました。そのクラスは、クラス解体して再編成した集団で、教師がローテーションしながらやっているクラスです。私が見た状態は3回目でした。そして、それ以前は、教師主導の先生が指導されていたようです。さもありなん、と思いました。学び合いが出来る方でも、教師主導の先生クラスでは苦労されることが分かります。私はその先生に、その先生の考え方を、ちゃんと伝えたらいい、と語りました。

 今日思いました。校長は凄いと。校長学び合いを取り入れたいと願えば、直ぐに複数の先生方は学び取れることが分かりました。たった4回の訪問で、成果が上がっています。理屈の上では分かっています。だって、学び合いは簡単なんですから。でも、我々の同志が、なかなか苦労している姿を知っているので、校長は凄いなと思いました。

追伸 Y小学校と同じものを感じました。その体育の先生は十分に学び合いを理解しています(理解していなければ、絶対に学び合いは起こりません)。でも、その先生は、まだまだだと勝手に思い込んでいるようです。そこで、学びあいは段・級はなく、出来るかできないかの二段階であることを言いました。でも、まだ伝わっていないように思います。今度いったら、ちゃんと伝えねばと思いました。

06/10/25(水)

[]選択権 18:38 選択権 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 選択権 - 西川純のメモ 選択権 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、私の所属するコースで、卒業研究研究室所属のルールが議論されました。

 色々のメモにも書いたように、私は、常に学生さんの選択権を確保する立場で論をはります。例えば、私の授業を聞きたい人には、聞かせたい。私の研究室に所属したい人には、所属させたい。逆に言えば、私の授業を聞きたくない人には、聞かなくていいようにしたい。私の研究室に所属したくない人には、所属しなくていいようにしたい。全ての学生さんが、自分にあった授業、研究室を選択出来るようにしたいと思います。

 今回の議論で焦点となったのは、各研究室の所属人数に上限を設けるべきか否かです。私は、上限を一律に課すことに反対しました。かつて所属したコースでは、そのような上限を一律に課していました。その結果学生さん同士の人間関係が悪くなるのを見ていました。だから、絶対に反対しました。さて、その議論の中で、「あまり多くの学生が所属すれば、質の低下は免れない」という意見が出ました。学生に対して、一定の質を保証したいとの気持ちからの意見です。ただちに「私の研究室には1学年5人が所属しています。4年生は5人のうち、4人が2次試験まで合格内定を受けています。また、いままでにおいてもゼミ生の研究は、学術論文学会発表で、高い評価を得ています。従って、私の研究室に関しては、人数が多いからということは問題有りません。しかし、各研究室には事情が色々ですので、上限を設ける研究室はあり得ると思います。しかし、全員にそれを課すのは反対です。」と主張しました。本コースの先生方は、学生のことを思って判断する方々ばかりです。直ちに了解していただきました。

 ということで、もし、学習臨床コースの研究室で、多くの学生さんが特定の研究室希望し、それが叶えられたとしたら、それは我々のゼミ生の実績の成果であると、誇っていいと思います。

追伸 会議で大見得をきったとき、誇らしかった。

追伸2 いずれにせよ、研究室決めの面談では、「怖いよ~、恐ろしいよ~、大変だよ~」を連呼することになると思います。

06/10/23(月)

[]開眼のきっかけ 18:40 開眼のきっかけ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 開眼のきっかけ - 西川純のメモ 開眼のきっかけ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 わがゼミのKinさんの仲間にH先生という先生がいらっしゃいます。KinさんがH先生に「学び合い」を伝えていたのですが、どのように目標設定するべきか、悩まれたそう。その先生家庭科の調理実習で学び合いを実践され、開眼されたそうです。それをKinさんから聞いて、なるほどと思いました。家庭科の調理実習は学び合い に開眼するには最適な単元だと思いました。

 理由は目標の設定が、分かりやすいからです。学び合いが成立するためには、「何のためにやるのか」と「どういうことをしなければならないのか」という目標の設定が必要です。前者に関しては、学校教育とは何か(なぜ学校に行かねばならないか)をちゃんと語らなければなりません。後者に対しては、今までの考え方を捨て、子どもたちにストレート目標を語る必要があります。これが出来るには、子どもが有能であることを確信できなければなりません。それが出来ないと、おせっかいなことをしはじめます。

 家庭科の調理実習では、「食べる」という至極、分かりやすい学ぶ意味があります。学校教育レベルで語らなくても、子どもが納得してくれます。また、「おいしい」という判断をすべての子どもが出来ます。例えば算数の場合、すべての子どもが出来たか、出来ないかはわかるとは限りません。これを乗り越えるのは子どもたちの学び合いが必要です。それが成立する前は、答えを子どもに渡すことが有効です。ところが、答えを分からないように、教科書をしまわせる先生がいるほどですから、抵抗が大きいです。ところが家庭科は、そのようなことをしなくても全員が判断できるのです。

 Kinさんから家庭科実習の話を聞いたとたん、上記のことを理解し、なるほどと判断しました。これを是非、広めたいと思いました。そこでKinさんを通して、H先生からより具体的な姿を教えてもらいました。 以下がそのメールです。いろいろな方より知恵を授けていただけることを感謝しています。

 『初めまして。突然のメール失礼いたします。埼玉県公立小学校教諭のHと申します。Kin先生と同じサークルで刺激を受けている者です。先週家庭科の授業を行いました。これまでにKin先生に教えていただいた「学び合い」のつもりです。

調理・・・味噌汁

調理中私が、クラス全体に言った言葉は以下の通りです。

1「おいしい味噌汁を作ります。2時間目が終わるまでにきれいに片付けてください。」

2「包丁は、ふきんにくるんでもって行きます。」

3「味噌煮干は、先生の所で渡します。必要な量を言ってください。入れ物も持ってきてね。」

4「煮干は、30分くらい水に浸しておいてから調理を開始します。」(これは、教科書に書いていないため。)

このくらいだったと思います。

●時間

 味噌汁作りでは、2時間だと思います。30分だしを浸す時間があるので。ほかのクラスは、朝来たときから浸し、1時間目で終了したところもあります。実質2時間です。

●安全面

 包丁の使い方やガスの使い方は、1学期にすべて指導してあります。湯が沸騰してお鍋が空っぽに鳴ると危ないので、見て回りました。

○班に声をかけたこと

 二つの班が「だしをとる」と教科書に書いてあったので、文字通り煮干を火にかける前にだしを取り出してしまいました。「ほかの班見たあ?」と声をかけました。

 油揚げの「あぶらぬき」が書いてあることに気づいた班が二つありました。「よく気づいた!」とほめました。しかし、油揚げに湯をかけるのではなくてお鍋の中に入れたので、「教科書見たあ?」と声をかけました。

○広がる情報

 味噌の計量方法が難しかったようです。計量スプーンに「すりきり」もって行く子がいました。それを見て次々とすりきりをまねしていました。

煮干はらわたと頭を包丁で切っている班がありました。一つの班に教えました。「ほかの班にも教えてくれば?」と言っておきました。

子供が「見て学んだのだろう」と私が判断したこと

 調理後の授業での感想です。「揚げ玉を入れたのが早すぎてべちゃべちゃになってしまいました。」・・・味噌汁に揚げ玉を入れる班があったのです!もう一つのコンロでほかの二人が揚げ玉を使っていました。明らかに様子が違います。こちらは、ちゃんとみそしるらしくサラッとしてました。

 「わかめは、やっぱり切るんだったみたいです。」・・たぶんわかめを「水に浸す」ところまでは、ほかの班を見てわかったのかもしれません。でも、切るところまでは見なかったようです。(ほかの班は、カットわかめを使用していたせいかな?)

 私は、すべての班の味見をして、最後にコンロ周り、ガスの元栓をチェックして終わりました。とても楽な実習となりました。』

 認知心理学のごく初期の研究(たしかバウワー)によれば、我々は失敗によって学ぶことは出来ないそうです。学び取れるのは、成功からです。なぜならば、失敗した場合、何が失敗の原因か特定できない一方、成功した場合は、何が成功の原因であるかを特定しやすいからだそうです。

 一度、学び合いを経験すれば、本当に子ども達が主体的になると言うことはどんなことかが分かります。そして、そのためには今まで後生大事にしていたものが殆ど必要ではなく、むしろ、今まで大事にしていなかったことが大事であることに気づけます。

[]Y小学校 18:40 Y小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Y小学校 - 西川純のメモ Y小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 学校として学び合いに取り組んでいるY小学校に行きました。到着早々、駆け足で各クラスを参観しました。ポイントは、いわゆるグループ学習か、学び合いになっているかです。両者の違いは、教師が方法までも制限を加えているか、いないかです。学び合いになっていれば、ゴチャゴチャしています。見え方とすれば、学級崩壊クラスのようです。しかし、ちょっと見れば、子ども達がつねに学習課題を中心としており、課題から離れていないことが分かります。次に、そのクラスで一番出来る子の行動です。また、班を構成している場合、班を越えた情報の交換があるか否かです。このような見方をすれば、3分ぐらい見れば、学び合いが成立しているか、いないかがハッキリ分かります。

 私の見立てでは、全18クラス全てが学び合いを指向しています。そのうち、9クラスはハッキリと学び合いになっています。のこりの9クラスのうち6クラスは、本当にあとちょっとで学び合いになりそうです。もっと高い課題を与え、もう少し教えたいという気持ちを抑え、逆に、子ども同士の関わりを高めることに気を向ければ大丈夫です。

 凄い学校だと思います。ただ、学び合いを出来る方が、自分の実力を過小評価しているようです。子ども達が学び合いで凄い力を出しており、それを成り立たせているのは、その先生なのに、そのことを過小評価しています。以前のメモに書いたように、学び合いに関しては、○段とか、○級などのランクはありません。学び合いには出来るか、出来ないかの二段階だけです。出来る方は、十年以上前より出来る方と同じパワーを持っています。出来る先生方がもっと自信を持って、お互いにネットワークを組めば、「直ぐに」凄いことが出来ます。

追伸 西川研究室メンバーで職員集団を構成したら、凄い学校が出来る、と私は毎年思います。職員集団が集まれば、とてつもない望みを語り合い、それが次の日には実現できます。自分の実践を気持ちよく自慢でき、他の人の自慢を気持ちよく聞け、そしてそれを生かすことの出来る職員集団です。西川研究室院生さん、そして学生さんだったら、そんな職員集団を作れるのにな~と確信しています。それが、この学校では、あとほんの少しで実現できると思います。そんな学校を実現するには、学び合い大学院で実践したOB管理職になるまでは、出来ないかな~と考えていました。しかし、私の予想より10年ぐらい早く実現できそうです。

 考えたら、当たり前かもしれません。学び合いは、我々が発見したものではなく、心ある教師がたどり着く一つの必然です。それと同じように、学び合いを主軸にした学校づくりは、我々の専売特許ではなく、心ある校長のたどり着く一つの必然だと思います。幸運だったのは、そのような校長と、我々が出会えたことです。

06/10/21(土)

[]エプロン拒否記念日 18:43 エプロン拒否記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エプロン拒否記念日 - 西川純のメモ エプロン拒否記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 今年の9月頃から食事の際にエプロンをしなくなりました。親として一念発起してエプロンを付けなくなったわけではありません。最近エプロンを汚さなくなったので、「まあ大丈夫だろう」程度の気持ちでエプロンを付けないときがあり、それがいつのまにか多くなり、いつのまにか全く付けなくなったという過程です。本日の朝、昨晩のハヤシライスを食べました。さらに、息子の服は明るい色です。そのため、この服を汚されてはたまらん、ということでエプロンを付けようとしました。ところが、息子が断固拒否します。理由を聞くと、「もう、お兄ちゃんなんだから!」と言います。その主張に従って、エプロンは断念しました。でも、我々夫婦の視線は常に息子の服に行き、「あ~、つきそうだよ~」と注意しまくっていました。そこで、エプロン拒否記念日としました。

[]すごい、すごい 18:43 すごい、すごい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - すごい、すごい - 西川純のメモ すごい、すごい - 西川純のメモ のブックマークコメント


 最近研究室メンバーのパワーが凄い。少なくとも、学部3年、4年、学卒院生のパワー総量の凄さは、西川研究室過去で最高ではないかと思います。学部4年と現職院生の凄さは歴代でも凄かった。そして今年も凄い。でも、学部3年と学卒院生の凄さは、今までに経験したことがないほど、と感じます。相当高い目標(おそらく他研究室だったら修士論文相当)の課題を与えても、それを軽々とこなしています。さらに言えば、実にセンスがいい!我々の学び合いがしっかりと分かっています。従って、課題のポイントが実に凄い。悔しいので彼らの前では、そんな顔をしていませんが、驚いています。

 何故なんだろう、と考えました。色々あるでしょう。大きな原因としては久保田研究室存在があります。方向性が同じで、異質な集団と関わることは実に意味があります。そのため、西川研究室の集団全体としてのパワーが上がっています。学部3年と学卒院生のパワーもその中で上がったのだと思います。学部3年、また、学卒院生に何かしたのでは起こりえない変化です。やはり集団の力だと思います。そして、もう一つあります。今年の学部3年と学卒院生は、現職院生さんの学び合いの実践研究の「ライブ」を見に行っていることです。「ライブ」は本当に凄い感化力があると実感しました。本で書いていること、ゼミお茶室で議論していること、その実際を知ることが出来ます。そして、その本当の姿を知ることが出来ます。来年度以降、是非、彼らに課すべき課題だと思いました。まあ、私がゴチャゴチャ言わなくても、彼らが文化を伝えるでしょう。

 とにかく凄い、と思います。

[]イジケル 18:43 イジケル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - イジケル - 西川純のメモ イジケル - 西川純のメモ のブックマークコメント


 久しぶりに時間があったので、全体ゼミにいこうかな~、と思っていましたが、Kanさんが「来なくても良いです」に言われました。ちょっと悔しくて、行くのをやめました。ちょっとイジケて、来年度に向けての書類づくりをして、それを大学本部に持って行って相談をしていました。それらが終わった頃、ゼミ生の控え室に行ったら、学部ゼミがやっていました。実にレベルの高い議論が交わされていました。その議論を心地よく、横で聞いていました。ちょうど横にいたKanさんがいたので、「来なくても良いよ」と言われたので行かなかったよ、と言いました。Kanさんが、「先生、いじけました?」と聞きました。曖昧笑顔を返したら、「先生、全体ゼミに出ても良いですよ」と言われました。ちょっぴり嬉しかった。でも、冷静に考えれば、自分の研究室ゼミにでるのに承諾がいるなんて・・・・。でも、これが我々の自慢です。

06/10/19(木)

[]群馬 18:44 群馬 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬 - 西川純のメモ 群馬 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日は群馬で講演しました。新任の研究主任の方々を前に、気持ちよく2時間語れました。細かいところでも、「笑い」をとれて嬉しかった。なにしろ、研究室では27秒「も」話すと、「話しすぎ」と注意される研究室にいるんです。我々は教師の教えすぎは駄目だと主張しています。そして、話術・教材で組み立てる授業は駄目だと主張します。その私の講演は、徹頭徹尾、話術・教材で組み立てるのですから、自己矛盾のようです。でも、しょうがありません。教師がやるべきことは目標の設定です。その部分は、我々の授業であっても、熱く(暑苦しく)語ります。それ故、昨日も暑苦しく語りました。聞いてくれた百数十人の一部の方には、伝わったものがあると信じています。その方が、種を広げてくれるであろうことを期待しております。

追伸 何故、笑いがとれたかは分かっています。今回の講演は2時間与えてくれました。時間の余裕があると、最初の10分ぐらいの時間に笑いを取る話を組み込めます。最初に笑って頂いて、私が「怖い難しい教授」ではないことを分かってもらえると、後の話も笑っていただけます。ところが、1時間半ぐらいだと、その部分を省略し、全体的に早口になり、そして「間」を取ることが出来ません。だから、時間に合わせた内容にするべきだと言うことは分かっているのですが、どうしても語りたい内容があり、削りきれません。

06/10/14(土)

[]権益 18:47 権益 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 権益 - 西川純のメモ 権益 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 家族旅行で遠方の温泉に行きました。高速道路ではなく、下道で行きました。いけどもいけども同じような風景が続きます。ほとんどが利用されていない土地が続きます。そんなとき、ふと思いました。北方領土が帰ってきて、何が意味あるだろうと思いました。私が 見た放置されている土地の広がりは、北方領土色丹島ぐらいの大きさがあると思います。色丹島が帰ってきても、殆ど放置されたままになるでしょう。色丹島の周りの海には漁業資源があるのでしょう。でも、それで潤う人はどれだけでしょう?日本の全人口で考えれば、誤差のうちです。色丹島の周りに天然資源があったとして、それで潤う人はどれだけいるでしょう。考えてください。日本の中にある、鉄鉱山や銅鉱山を油田がどれだけあるか知っている人が、日本にどれだけいるでしょう。少なくとも私は知りません。尖閣列島の周りに油田があったとしても、それによって日本人全体にとってどれほどプラスになるか分かりません。

 今の時代、一番の権益は何かと言えば、「人」だと思います。沖縄や、小笠原が返還されて一番得たものは、その土地ではなく、その回りの経済水域でもなく、そこに住む「日本人」と思っている人だと思います。極端な例をいえば、「ビル・ゲイツ」 並の日本人尖閣列島とどちらが日本にとってプラスでしょうか?尖閣列島でどんな大油田が出たとしても、マイクロソフト並の企業を興せる人の方が日本にとっては大事です。そう考えると、日本には素晴らしい資源が山ほどあることに気づきます。 基本的な教育水準の高い人が、1億いるんです。「ビル・ゲイツ」は数百・数千いてもおかしくありません。その人たちが、私を自分の群れの一員と考えて欲しいと思います。それが成り立てば、私はもの凄い大金持ちになれます。

[]飲み会 18:47 飲み会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飲み会 - 西川純のメモ 飲み会 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日は西川久保田研究室飲み会です。研究室飲み会なのですが、一つのコースと同じだけの集団での飲み会です。来年久保田研究室がさらに巨大になるので、大きなコースと同じだけの集団になるとおもいます。まず、誇るべきは、最初から最後まで私は奉られず、「集団の一人」でい させてもらったことです。 ありがちな、最初の挨拶乾杯挨拶、締めの挨拶が私にふられることは全くありません。さらに言えば、私にふろうかふるまいか、を全く気にもしていません。私は集団の管理者ですが、「飲み会」の管理者ではありません。従って、私が奉られないと言うことは極めて健全です。

 私は上越教育大学就職して20年たちます。その間に、私は徐々に変化しました。そして、私が研究室に望むものも変わりました。今の研究室に望むものは「学び合う」集団であり、もの凄い成果を上げ続ける集団です。集団を見ながら、既に私の望みを越えてい ます。西川研究室の力は当然ですが、今年の凄さの多くを占めているのは久保田研究室の面々のおかげだと思います。異質であり、かつ、方向性が同じ集団の存在は、かつての戸北研究室と同じように心強いものです。 久保田研究室は、今年は修士1年だけの集団ですが、来年修士2年、1年、学部3年の集団になります。そうなれば、来年の今頃の飲み会は、大爆発です!その人達と一緒に進めたら、凄いことが出来ます。ワクワクします。同時に、欲深な私は「もっと」と願います。その前提を創るのが私の仕事です。 ただし、学生さん・院生さんの飲み会で演説することではありません。

 昔の映画と同じに「深く静かに潜行せよ」です。

[]教育実習 18:47 教育実習 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教育実習 - 西川純のメモ 教育実習 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我々が言語を獲得する過程は、膨大な受動があって能動があると思います。例えば、しゃべる前に、その数百・数千・数万倍(以上)の時間を「聞く」に費やしています。書く前に、その数百・数千・数万倍(以上)の時間を「読む」に費やしています。それが無いから、 学校外国語が身に付かないのだと思います。

 以前から、教育実習に不満があります。なんで、教育実習では直ぐに授業をするのでしょうか?上越教育大学は、日本で最も教育実習を充実している大学だと誇れます。大学1年から観察参加があり、それは2年もあります。その上で、大学3年と4年の教育実習があります。でも、それにしても、我々が言語を獲得する時間配分に比べて観察実習は少なすぎると思います。私が考える教育実習は2週間、3週間のようなケチなものではありません。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、ことによれば半年、1年のレベルです。しかし、その殆どを観察実習に費やします。私が「この先生ならば」と思う人に学生をあづけます。「煮るなり、焼くなり、ご随意にどうぞ。疲れたときは、30分肩もみさせても結構です。パシリに使っても結構です。とにかく、先生の授業の様子を、教室の後ろで見させてください。」と願います。学生はじっと見る過程で、多くを学ぶでしょう。その先生が、幸せな教師をしていることを見るでしょう。そうすれば、授業をやりたくなります。それは、柔道名人が、「すぽん、すぽん」と一本背負いを決めるのを見ていると、自分もしたくなるのと同じです。今の教育実習が、本人が 不安で不安でという状態で授業させているのと大違いです。とにかく、やりたくて、やりたくてしょうがない、という状態にするんです。授業を見ているときに、学生は「なんで、この先生はこうやって、こんなに凄い授業ができるのだろう?」と考えるでしょう。 そのことを、見せてもらっている先生と徹底的に話すんです。やがて「こやったら出来るんじゃないか」と考えるでしょう。そして、「こうやったら、もっと凄い授業が出来るのでは?」と思うでしょう。その時々に、その先生雑談し、パシリをするんです。そして、そのクラスでなじんだ頃、その先生が「よし」と思ったときに授業をさせるんです。 その学生が出来る段階に達したか否かは、雑談で十分分かるはずです。おそらく、2ヶ月以上はかかるでしょう。そして、それでも失敗するでしょう。でも、その後、直ぐに議論を深め、「駄目だ~」と落ち込むよりも、「よし、こうやってやろう」と勇気づけます。既に2ヶ月以上、授業を見ているのですから「ツボ」は押さえている学生です。有能な後輩に仕事を任せる気持ちになれるはずです。結果として、その学生が授業をすることによって、その先生も「息抜き」が出来ます。そして、自分の授業を相対化できます。そして、授業者として成長するのみならず、授業者を育てる教師として成長できます。凄いと思いません!そして、そんなことをする大学教員がネットワークを組んで、現職院生、学卒院生、学部生を育てるんです。日本の、いや、世界の教員養成・教員再教育歴史の中で、こんな凄いことは無かったと思います。

 そんなことをしたいと願います。今は、超~、忙しい。でも、上記の望みを叶えるための苦労です。やりがいはあります。

06/10/12(木)

[]大望 18:49 大望 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大望 - 西川純のメモ 大望 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、Kinさんから現場に戻ってから何をしたいかを聞きました。感激しました。

 かって、学び合う教室において、子どもが自分「たち」が勉強したいために、「これだけの時間が必要だ」と教師に主張することを教えてもらいました。私は、あまりの素晴らしさにボロボロと十分以上泣いてしまいました。さて、Kinさんは小学校先生です。そのKinさんに現場に戻って何をしたいかを聞いたら、それの拡大版であることを教えてもらいました。小学校では1日は様々な教科で構成されています。その1日を子ども達が再構成するんです!例えば、教師はその人の課題を各教科別に語ります。そして、子ども達は1日を計画します。そして、「今日国語の課題は、30分で終わるから、その時間は算数に割り当てたい。さらに、社会の課題は20分で十分だから・・」ということを子ども達は主張します。それに対して、Kinさんは、「そんなこと俺に言う必要ないよう、最後に結果を出せば良いんだから」とニコニコ言うんです。さらに進めば、1日ではなく、1週間になり、1ヶ月になります。それは、現在西川研究室の姿です。それを小学生が達成するんです。凄いですよね。そして、西川研究室と同様に、すんごい成果を出すんです。ワクワクします。

 これを聞いてKinさんに私が言ったことは、スモールステップにしないでやったら、ということです。つまり、普通の教師だったら、そしてKinさんが修士1年の段階だったら、まずは一つの教科で学び合いを試してから、徐々に広げるという方法を採ります。しかし、今のKinさんだったら、はじめて担任した子どもに上記を語れると思います。そして、語られた子どもは、それを達成すると思います。

 我々は既に、一つの教科において1ヶ月以上を子どもに任せ運営することを実現しています。そして、西川研究室で言えば、1年以上のスパンで「全て」を子どもに任せ運営することを実現しています。私は言いたい。かって、あまたの高名な教育実践者の中で、Kinさんが願っているような願いを持った人がいるでしょう か?1日、1ヶ月のレベル小学生に任せるのです。小学生を大人として本当に扱うんです。

 すごい大望です!

06/10/11(水)

[]嬉しかったこと2 18:53 嬉しかったこと2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しかったこと2 - 西川純のメモ 嬉しかったこと2 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 先のメモを読んだ院生さんより以下のメールを頂きました。

 『直接話すのも口はばったいのでメールします。4年生諸君、ほんとうによくやっていますよ。何より彼らは真剣です。そして、「みんなが」卒業研究を達成するためによく相談をしています。まさに学び合いを具現している集団です。ゼミでも、○月○日までにこれぐらいの成果はあげておかないと・・・という話を、かなり厳しい条件で言っても非常に前向きな回答しか返ってこないので、正直日々驚いています。研究は自分達のために自分達の手でやるものという極めて当たり前で、それでいて難しい意識があるのだと思います。「君達よくやってるね。感心するよ。」と4年生に話したところ、Mから返ってきた返事は「私たちはただ卒業したいだけです。」でした。さすがです。今のペースでいけば、評価者としての先生仕事は、11月17日の4年生のプレゼン発表を見て、ぽろぽろと涙を流すだけで十分な気がしますよ。細かいところはゼミで何とかしますから、先生は寂しさを感じつつ涙の準備だけしておいて下さい。』

 ということで、今日あたり「現状のレポートを出して、私に説明せよ」という指令を出し、評価を入れることを考えていたのを中止します。11月17日に感激の涙を流す準備をするだけです。その日は、4年生の評価であると同時に、我がゼミの評価をする日です。

[]いらない 18:53 いらない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いらない - 西川純のメモ いらない - 西川純のメモ のブックマークコメント


 今年の夏に3泊4日の西川研究室洗脳ツアーに来られたのはIさんとFさんです。Iさんよりは先だって自慢メールを頂き、メモで紹介(自慢)しました。本日、Fさんからも自慢メールを頂きました。タイトルは「かなしけど、うれしいことがありました。」です。

 『○○です。本日子どもたちに授業についてのアンケートに答えてもらいました。その結果,級友と協力して学習に取り組むことの方がみんなで一斉に授業をするより「わかりやすい」と答えた子どもの割合が94%でした。また,教師の説明より友達と話をした方がよくわかるようになると答えた子の割合が8割以上でした。

 その理由も「多くの考えを知ることができ楽しい

 「説明がわかりやすくなり自信がもてる」

 「自分が説明するのでよくわかる」

    などなどでした。

 やはり,私はいらないということかもしれませんね。

 今日の5年生の授業では,発表をしてもらったところ私の存在を忘れ去って子どもたち同士で白熱の議論をしていました。その後,静かに聞いていた子にまとめてもらいました。ほかの子は,「納得!」という顔をしていました。

 コーディネートするという意味が何となくわかってきました。

 授業って楽しい最近ますます思えてきました。』

 私の返信は以下の通りです。

 あはははは

 「やはり,私はいらないということかもしれませんね。」は違いますよ。

 約3年前のことです。学部生が私と関係なくゼミをしています。学部生に「私と関係なく、これだけゼミが出来るんだから、私いらないよね」と聞きました。ある子が「そ~だ~。先生いらないや」と言いました。すかさず別の子が、「何、言っているの。先生がいなかったら、○○なんてさぼり出すジャン」といいました。その子も含めて全員で納得していました。

 毎日、毎日の学び合いに関して、教師は必要ありません。しかし、1ヶ月、1年問いうスパンで考えるとき、教師は絶対に必要です。長期的に、ある方向性を集団(全員である必要性はありません)に与えることが出来るのは教師だけです。

 そろそろ、もっと高い課題を与えていいんじゃありません?

 ○○さんが絶対に無理だと思うようなことです。

 それを子どもたちが軽々とこなし、自分が思いもよらない高見に達することを学び、自分の愚かさを笑うんです。

 教師のロマンですよ!

06/10/10(火)

競争社会 18:54 競争社会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 競争社会 - 西川純のメモ 競争社会 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 Kinさんのブログを読みながら、思ったことです。私は現状においては、「制度上、機会の均等だけを保障し、後は本人の努力次第で「勝ち組・負け組」の単純な「競争社会」」を選択します。なぜか・・

 消費税が導入された時、それが適性に運営されるか否かという疑義はさておきます。私が気になるのは、消費税を導入されたらという質問に対しての、「低・中所得者」の反応が気になります。それらの方々は、断固反対です。そして、福祉の財源は高所得者が負うべきだと考えているようです。つまり、自分たちは大変なんだから、自分たちより大変な人の面倒は、自分たちより豊かな人の分担でやれという考え方です。馬鹿げています。日本のような富の配分がされている国において、上記のような政策は取り得ません。さらに言えば、「自分たちではなく、別の人の負担で」という考え方が問題です。本当は、所得が低い人ほど、自らも負担することによって得ることが大きいのに・・

 同じようなことが大学でもありました。大学のかつてのシステムは、理系文系実験系・非実験系が厳然として分かれていました。そして、それは施設の配分にも現れています。 しかし、現在は制度的には文系文系実験系・非実験系はありません。最近、施設を再配分する会議がありました。現在、施設を多く持っている部局からの大反発があると予想していました。ところが、それがありません。ビックリしました。大学のために、再配分が必要であることを理解していました。ところが、意外なことに反発したのは、殆ど施設を持っていない部局でした。自分たちが持っている、僅かな権益を守るために反対するんです。正直、ビックリしました。そのような部局こそが、自らの権益を放棄することによって、放棄する以上の権益を得るのにもかかわらず、それが分かっていません。まさに、日本の縮図だと思いました。

 私もKinさんと同じように思います。しかし、それが実現することに悲観的です。フランス革命記念日フランス人、また、独立記念日アメリカ人映像を見ていると涙がボロボロ流れます。欧米各国は、自由と民主主義を勝ち取るために、血を流した。そして、それを誇りとしています。我々は戦争に負けることによって自由と民主主義を得ました。血は流れましたが、自由と民主主義を得るために流した血ではありません。自由と民主主義には代償が必要だと言うことを認識し、それを誇りとしている国とは思えません。自由の民主主義の果実は当然の権利と主張する一方、それを得るための義務を拒否します。でも、それを理解するために、血の代償を払うべきとは思いません。結局、日本独自の先延ばしでしのぐしかありません。案外、それが有効なんです。でも、時間がかかります。とりあえずは、競争社会で痛みを感じなければ、先に進まないように思います。であれば、公平な競争保証することが大事だと思っています。それ故、「制度上、機会の均等だけを保障し、後は本人の努力次第で「勝ち組・負け組」の単純な「競争社会」」を次善の策として選択します。もし、日本社会低所得者層(中の下も含む)も消費税を賛成する側に入り、自分たちを例外にすべきだと主張しないようになったなら、上記は取り下げます。まあ、 しばらくは無理でしょうけど・・・。でも、それさえ出来れば、日本には欧米にはない素晴らしものがある。そうすれば、日本独自の福祉の姿が見えるのに、と思います。

[]嬉しかったこと 18:54 嬉しかったこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しかったこと - 西川純のメモ 嬉しかったこと - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、久しぶりにTと二人で話しました。話して数分で、私の知っている以前のTとは全く別人になっていることを感じました。私は何もしていません。彼が彼の人生を本気で考え、変わったのだと思います。同時に、我が研究室の集団が、その場を提供したのだと思います。彼を採用しなかった、どこかの都道府県政令指定都市は、本当にバカだと思います。彼自身に対して、上記を言いませんでした。しかし、彼を気にかけているOBOGのために公的に褒めます。同時に、我がゼミの健全性を強く感じ、誇りに思います。

追伸 4年の皆さんも、凄く成長していることと期待しています。受験中、受験直後は何も言いませんでしたが、そろそろ評価を入れる時期だと思っています。期待していますよ。

06/10/09(月)

[]新刊書 22:00 新刊書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新刊書 - 西川純のメモ 新刊書 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 新刊書が11月に発刊されます。中心はIさん、Kさん、Oさんの三人の実践です。そこで、学び合いが成績向上に意味があるか、本当の個に対応する指導とは学び合いしかないことを語ります。同時に、教育のあり方、管理者としての教師の姿を語りたいと思います。同時に、少人数指導・習熟度別がいかに馬鹿らしくて、罪であることを語りたいと思います。署名は、『「勉強しなさい!」を言わない授業』です。副題は、「少人数指導、習熟度別指導ではたいして成績が上がりません」です。「たいして」の部分を赤字にしてもらおうと思います。

 最近の我々の研究では、成績が上がることを保証しています。院生さんは、その部分を語ります。大学院での研究発表でそのことを語ると、「成績を上げることが意味あるのか」という質問があります。OB各位にとっては、大笑いだとおもいます。その質問をいっている人は、成績と心を分離して考えているのでしょう。我々にとって「成績」は一つの指標でしかない。ただ、それを気にする人が多いから、それをことさら強調しているだけのことです。そして、子どもの成長はトータルなものであると考える我々にとって、成績は、計りやすい一つの指標なんです。言うまでもなく、心の成長もばっちしです!

 今度の出版に関しては、反応が大きいかもしれません。その中には、批判もあるでしょう。でも、我々には、あらゆる批判に耐えられるだけの、実証的データがあります!

追伸 といっても、私は落ち込みやすい弱い人間です。たすけてね。

[]学び合いの難しさ 22:00 学び合いの難しさ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合いの難しさ - 西川純のメモ 学び合いの難しさ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 ある先生メールを読みながら、学び合いを会得することの難しさを感じました。

 学び合いに関して、レベルは「会得した」か「会得しない」の二段階しかありません。多くの先生方がイメージしている、教師の職能の多段階とは全く違います。学び合いを会得するとは発想を転換することを必要とします。発想を転換するには、外国語が堪能である必要はありません、難しげな論文を読む必要はありません、また、万巻の教育実践書を読む必要性もありません。ただ、目の前の子どもの姿を、違った立場で見てみることが必要です。分かってしまえば、とてつもなく簡単であり、逆に、分からなかった自分が不思議に思えるほどです。でも、発想を変えねばなりません。しかし、この0/1性は大変です。

 ちょっと分ければ、ちょっと効果があり、さらに分かれば、さらに効果がある、というならば徐々に変わることが出来ます。とことが、分からない限り、その本当の変化を実感できないんです。多くの先生方は、ちょっと分かって、ちょっと試す、そんなことをするはずです。ところが、ちょっと分かって、とは、全く分かっていないことを意味しています。

 西川研究室に所属すれば、「ちょっと分かっている」と思いこんでいる人を、じっくりとサポートできます。現在、Oさん、Sakさんがやっていることもそうです。世の中には、我々の研究とは全く関係なく既に分かっている人はたくさんいます。そのような人は、我々の成果によって「分かっている」ことを確認し、確信に変えることが出来ます。では、「既に分かっている人」の一歩手前の人をどうサポートするか。難しい問題です。

06/10/07(土)

[]方便 22:02 方便 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 方便 - 西川純のメモ 方便 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 嘘と方便という言葉があります。いずれも事実とは異なることを、意図的に語ることです。しかし、両者には決定的な違いがあります。それは嘘は「おのれ」のために語るに対して、「方便」は相手のために語ることです。一般的にはお経は、何を言っているか分からない「音」です。でも、それには意味があります。世の中にはちゃんと「現代語訳」されているものもあります。しかし、そこに書かれているもの(その多くは物語)は、事実とは違うことを釈迦が意図的に語っていることです。でも、それらは、方便です。

 本日、ふと思いました。我々の考え方に立てば、教材研究無意味です。そりゃ、教師自身の楽しみとしての教材研究は残りますが、教師が思っている「子どものため」の教材研究無意味です。教材研究大事の人は、教材研究によって素晴らしい教材・指導法を編み出そうと思っています。しかし、そんなの無理です。正確に言えば、全員の子どもに対して素晴らしい教材・指導法は無理です。それらを考え出せるとしたら、ご当人(つまり子ども一人一人であり、子ども集団)だと考えるのが我々です。それでは何が教師にとっての職能かといえば「自然を愛護する気持ちを育てる」のような分かったような気になりそうで、全然分からない指導要領の目標を、「子どもに」納得させることです。そんなことと、その学問の蘊奥を極めても答えは出ません。必要なのは、学校教育とは何かという考え方です。

 と思うのですが、教材研究に命をかけた真面目な良い先生に対して、「教材研究無意味だ」というこ言葉は、その人の人生を否定する言葉のように思われてしまいます。そのことを考えながら、「方便」のことを考えました。そのような先生方には「教材研究は大事です」、「学び合いにおいても、教材研究の深さが影響します」と言うんです。もちろん、嘘です。教材研究の深さなんてたいした意味を持ちません。重要なのは、学校教育は何か、授業とは何か、子どもとは何かという考え方です。そして、その考えに基づいて、1時間(そして1年)を子どもに任せられるか否かです。でも、あえて嘘を言います。そして、「先生方の教材研究の深さは、語らずとも子どもに伝わります。いや、子どもに強制しなくても伝わるのが、本当の教材研究です。従って、教師は教材研究に邁進するべきですが、それを語るのを控えるべきです。」と語るべきなのかもしれません。そうしたら、教材研究に命の人も受け入れてくれるかもしれません。そして、子どもの姿を通して、そんなことは馬鹿馬鹿しいことに気づいてくれるかもしれません。

 子どもは有能です。教師が相当バカでも、積極的な邪魔をしなければ、相当のことをします。

追伸 我々の職能は、教材研究によって二流の国文学者、二流の歴史学者、二流の数学者、二流の科学者、二流の・・になることではありません。教材研究によってそれらで一流になれるならば、文学部理学部経済学部・・・・で研究者になればいい。しかし、我々教師の職能は、教材の背景となる学問の蘊奥を極めることでもない。また、それを、ちょちょと手を加えて教材とすることでもない。我々教師は、人として、人である子どもに学ぶことの意味を語ることが仕事です。私は問いたい!教材研究に命をかけている人に、「その日の教材、その教科の意味ではなく、学校教育意味を語れますか?」と・

06/10/06(金)

[]自慢 22:07 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 夏に3泊4日で我がゼミ洗脳ツアーに来られたIさんから以下のメールが来ました。

 『唐突ですが,6年「水溶液の性質」で指導案を書きながら,思ったことを。

 「気体が溶けた水溶液」があることを多くの子どもたちが分かっていないことが実態調査から判断できたので,「二酸化炭素が水に溶けることをみんなが分かる」ことを導入に単元の学習を始めます。もちろん子どもの中には,気体が溶けた水溶液があることを知っている子もいるわけです。でも,きっと「溶ける」「溶けない」と多様な見方が出てくるでしょう。そこで「みんなが分かる」ために彼らがどんな姿を見せてくれるだろうと考えるだけでワクワクします。指導案を書いているのは,そのずっと後に「塩酸アルミニウムが溶けて別のものになることをみんなが分かる」ところです。しばりがあるので「予想される児童の反応」なんてのも,「予想できるわけないのにな」「どうせ予想を越えていくのにな」と思いつつ書いています。200%の自信で,「塩酸の中にまだある」「蒸発させればいい」「塩酸は気体が溶けてるから何も出てこない」「出てきた」「ほらアルミだ」「いや違う」…なんてのを軽く越えていく姿が見られると思います。授業のことを考えていても,私は以前のように迷いません。そのことに指導案を書いていて気付きました。以前言っていた「理科がうまくいかない」ことは,子ども自然に考え方の多様さを求めるようになってから,もう心配しなくなりました。「土地のつくりと変化」の終末では,子どもは「なんて地球はすごいんだ」と時間と空間のロマンまで感じることが出きていました。

 本校は,今,「学校開放週間」で,保護者が自由に教室に来てくれます。みなさん忙しいのでなかなかたくさんの方には来ていただけないのですが,今日は算数を一緒に学んでいってくれた方がいました。子ども普通保護者と学びます。保護者の目の前で,「よくできる子」に質問をした子が,「分かんない」と言い,「よくできない子」がそこへ来て説明し,「分かった!」が飛び出し,「○○くんの言うことは難しいの」と言われて「よくできる子」がかたなしで,私は近くで大笑いでした。保護者も大笑いでした。でも授業後「よくできる子」は,「△△さんが分かってよかった」と言いました。

 西川先生,私は教師で幸せです。幸せみんなで分け合わないといけませんね。頑張ります。』

私の返信は以下の通りです。

『朝起きてメールチェックして、本メールを見つけました。まったく無防備の状態で読んでしまったので、ボロボロ泣いてしまいました。そばには息子がプラレールで遊んでいるし、家内は朝食と弁当で頑張っています。見つけられると、説明するのが大変なので、しばらく別室で涙を拭きました。ありがとうございます。

指導案の「予想される反応」に「乞うご期待!」と一行だけなんて、どうですか?無理ですよね(笑)

期待していますよ~。また自慢メールして下さいね。自慢メールは私を勇気づけてくれます。』

追伸 以前、同志のM奥様が看破しているように、学び合いにおいて教師に自慢する子どもは、何故自慢するかを教師のレベルを超えた理解で語ることが出来ます。今回も、そう思いました。そして一般の教師が自分のやったことを長々説明することによって自慢するのに対して、我々は子どものことを説明することによって自慢します。なぜなら、教師の役割は何かという点が、一般と違うからです。Iさんもそうです。そして、Iさんのことを通して自慢している私もそうです。でも不思議です。たった3泊4日で変われる人がいる一方、学び合いの渦中にお入り、その時の学習者の様子を見ても変われない人がいる。両者の違いは何だろう、と思います。単純に、ご当人の資質に帰すのは我々の作法ではありません。集団に還元し、理解するのが我々の作法です。そうじゃなければ、出来ない理由、そしてしなくても言い理由を作り出す以上のことは出来ませんから。

 でもIさんのメールを読んで感じました。「私は大学教師で幸せです。幸せみんなで分け合わないといけませんね。結果を出します。」と

[]ゼミ 22:07 ゼミ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゼミ - 西川純のメモ ゼミ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 他の研究室の人が「うちの先生は30分ぐらいゼミ遅刻するけど、それをちゃんとまっているんだ」と、我がゼミの学部生に言ったので、そのゼミ生は「うちでは先生は殆どいないよ。ふらっと来て、お菓子を食べて(お菓子のある部屋でゼミしています)、食べ終わるといつのまにかいなくなる」と言って、ビックリされたと言って笑っていました。さもありなんと思います。多くのゼミでの会話の殆どを占めているのは指導教員です。従って、その指導教員がいなければゼミは始まりません。ところが我がゼミではそのようなことはありません。ちなみにゼミで配られる発表資料は、私の分はありません(私が読むだろうなんて、まったく想定していないからです)。完全にゼミゼミ生が運営しています。それは、学部ゼミ(学部3年、4年のゼミ)、院生ゼミ修士1年、2年のゼミ)、全体ゼミ(学部、大学院全体のゼミ)のいずれもそうです。

 本日、他のゼミの人が「今日の全体ゼミに参加してよろしいでしょうか?」と私に聞きました。聞かれた私はキョトンとしてしまいました。「なんで私に聞くの・・」としばらく分かりませんでした。しかし、「あ~、普通ゼミはそうなんだよね~」と理解し、「そんなこと私に聞く必要はないよ」と言いました。でも、その人は不思議な顔をしていました。全体ゼミに参加した後(その日も、私は殆どいません)に、「何故、聞く必要がないと言ったか分かったでしょ」と言うと納得していました。そして、「あのゼミに、先生入り込む余地はないですね」と言われました(余地はないとまでいわれると、ちょっぴり寂しかったが・・・)。

 我々が小学校教育、中学校教育高校教育において主張していることは、もちろん、大学大学院教育にも当てはまります。当然、我がゼミの運営は、我々が対外的に主張している通りです。ゼミにおいて私は教え手ではなく、管理者です。管理者としての私がやるべきことは、各ゼミで質の高い学びが成立しているかを保証すればいいことです。従って、私はゼミにおいて5分間以上いる必要性は殆どありません。ゼミでの話し合いの様子は、端っこに座っていても直ぐに分かります。一人一人の声の響き、誰と誰が話しているか(逆に話していないか)、どのようなジャンルの話題であるか等々です。学びが成立していれば、私がそこにいる必然性はありません。その私がゼミに5分間以上いる理由は、おおよそ三つです。

 第一は、ソファーのある部屋でゼミをしているときで、私がもの凄く疲れているとき、そこで「寝る」ためです。学び合いが成立しているときざわめきは、実に良い子守歌になります。本当に心地よい。

 第二は、お菓子が美味しくて、おなかか好いているときです。(宮城県のHから注意がありそう)

 第三は、一人のメンバーとして、とても興味がある話なので聞き入ってしまう。でも、このときは危険です。誘惑に負けて、がんがんしゃべりたくなる。私の発言が27秒で注意を受ける研究室なのですから・・・。その場合は、「私は管理者なんだ」と心に言い聞かせ、予算獲得・人事等の私しかできないことをするために研究室に戻って書類づくりをしたり、電話メールをしたり、偉い人の部屋に行ったり、会議の会場に行きます。

追伸 現職の方だったら分かると思います。いつもいつも学校にいて・・・・・

1)職員室にしょっちゅう顔を出し、職員会議の度に大演説をする校長

2)お早う運動の先頭に立って、職員の誰よりも早く出勤する校長

3)学校の花壇の整備に燃え、用務員さんと間違われる校長

 こんな校長は望む校長ではないはずです。そんな校長ではなく、

1)学校の基本方針は明確に示し、それに対しての評価は厳しい。しかし、細かいことは言わない校長

2)教育委員会・指導主事に対して、学校立場を明確に主張できる校長

3)対外的な会議が多く、学校に殆どいない。でも、どこからか予算を持ってくるし、職員の異動希望を何故か叶える校長

 を望んでいるはずです。校長は同僚・先輩でもなく、教務主任・研究主任でもありません。管理者なんです。管理者が管理者の仕事を十全にやろうとしたら、同僚・先輩、教務主任・研究主任の仕事をする暇なんて、絶対にありません。

 しかし、難しいところがあります。管理職の大事な仕事に、職員の成長に興味を持つことです。そのため、「職員室にしょっちゅう顔を出す」とか「お早う運動の先頭に立つ」ということはあります。しかし、重要ポイントは、職員室に顔を出す度に、また、お早う運動の度に、管理職がする行動です。一方の管理職は、その度に「詳細な指示」をします。他方は、「へ~」と好奇心を示します。どちらが良い管理職かは、言うまでもありません。このことはリッカートが明らかにしています。

[]光栄 22:07 光栄 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 光栄 - 西川純のメモ 光栄 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、とても光栄なことがありました。KinさんからS先生伝言を聞きました。S先生はKinさんの実践研究クラスを提供してくれた先生です。教科の指導力は優れており、教材研究の蓄積は凄い方です。Kinさんの実践の中で、子ども達の変容を、子ども集団の中で実感されました。そして、Kinさんの実践研究終了後は、学び合いの授業を継続されました。その姿をビデオで見ると、とても幸せそうです。見ている私も幸せになるぐらいです。

 その方の伝言として、「教師人生のまとめの段階で、こんなに幸せな経験を得ることが出来たのは西川先生のおかげです。ありがとうございました」という言葉を賜りました。当然のことながら、Kinさんに「お礼言葉ではなく現金・金券でね、と伝えて」といつもの憎まれ口をいいました。しかし、心の中では嬉しかった。だれでも好きな人が幸せになるのは幸せです。そして、その人からその幸せは「あなたのおかげです」と言われたら、どんなに幸せになれるでしょう。たとえ、それが買いかぶりだとしても、しばらくはその幸せに浸りたいと願います。

 私はS先生の授業のような素晴らしい小学校授業は一生涯出来ません。でも、その授業の一部に私が関われたことを光栄に思います。

追伸 今日の朝のメールを読んだときと同じことを思いました。Kinさんの授業を見ていたのはS先生だけではありません。しかし、S先生は吸収できましたが、吸収できない先生もいます。なんでなんだろう、と考えます。おそらく、OoさんやSakさんが明らかにするはずです。だよね!

06/10/05(木)

[]有能 22:09 有能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 有能 - 西川純のメモ 有能 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 私は私と一緒に仕事をしていて、私がどれだけの仕事を平行してやっているかの一部でも知っている人からは、「有能」だと認識される自信があります。平均的な人の一桁上の仕事の量を、一桁上の質で、常に行っています。全体像を知ったら、ビックリすると思います。本当に、秒単位とは言いませんが、数分単位で次々で仕事をこなします。でも、今日、ふと思いました。それが出来るのは、周りの人の力だと思います。

 私の仕事の大部分を占めている教師としての仕事研究者としての仕事の殆どは、西川久保田研究室の面々のおかげでなりたっています。20人を超える西川研究室教育研究西川研究室の集団の中で解決しています。さらに、今年になって、西川研究室とは異質ながら、方向性を共有する久保田研究室の方々の力を得られることが出来ます。本当に、楽ちんです。それを同僚のKu先生が全体像を描いてマネージしていることによって安心しています。そして、スキなく、課題が解決されていることを肌で感じます。

 さらに言えば、昨年までは全部・全部・全部やらねばならない、研究室の面々にお願いできない仕事を、個々の方法のことは言わずに、目的だけを語れば解決してくれるKu先生のおかげで本当に気が楽です。そのおかげで、私しかできない仕事に時間を費やせます。でも、人に仕事をあづけても、その分以上の仕事が舞い込みます。ふ~・・。

追伸 現場経験から、現場教師の忙しさを身にしみています。それ故、大学教師は現場教師より「暇」なのではという、思いはありました。でも、現場教師として人の何倍も仕事をこなしていたKuさんが、大学教師としての仕事と私からの仕事で大変です。あのKuさんでさえ大変なんだな~とを感じ、「大学教師は忙しい」ということを実感し、変なところで負い目が無くなりました。

06/10/04(水)

[]スカイプ大作戦 22:13 スカイプ大作戦 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スカイプ大作戦 - 西川純のメモ スカイプ大作戦 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 スカイプというTV会議システムは本当に便利です。と、本メモで宣伝したら、H県の小学校から、スカイプを通じて学校研究授業の支援の申し込みがありました。その学校は以前に講演におじゃまし、その熱意は十分に分かっているので、二つ返事でOKです。スカイプを通じての学校支援をテーマとしてるSさんに直ちに指令です。SさんはS県の現任校で実践研究中です。ということで、H県とS県と新潟スカイプで結びました。まず、数日前に機器の接続テストです。1対1の接続は何度もしましたが、(1対1)×2の接続は初めてですのでテストしました。快調です。本日の10時半より、H県の学校での授業をS県のSさんと、新潟県の私と西川研究室院生さんと見ました。その後、Sさんとスカイプで協議しました。そして、15時に3県を繋いで授業検討会を1時間半行いました。実に充実した研修を行うことが出来ました。

 本実験を通して、スカイプの可能性が広がりました。課題としては、1対1の面談と違って、相手方のマイク、こちら側のスピーカーを用意すべきことが分かりました。でも、遠く離れた学校の授業研究を支援することが、こんなに簡単にできることにビックリしました。

追伸 スカイプを通じて一緒に見てもらった院生のSさん(G県派遣院生)は、「先生、これって講師派遣料は発生するんですか?」と聞かれました。その質問の意図が分からなかったので、キョトンとしましたが、「もちろん、発生しないよ」と言いました。そうすると、「これって、美味しいですよね」と言いました。それを聞いて理解しました。私が遠方に出張して、講演等をすれば旅費・講演料などで、かなりの高額な講師派遣料が発生します。でも、遠方の出張は2、3日の時間を潰すのですから・・・。一方、スカイプの場合は日常の仕事を大幅に潰さずにすみます。学校の取り組みとして、十分の熱意のある学校だったら、今後も是非やりたいと思いました。

追伸2 ただし、これを利用するためには、その学校教育委員会が、小役人根性丸出しのセキュリティポリシーを言い出さないか、それがあっても、それに対してちゃんとものが言える管理職学校であるか、いずれかであることが前提です。

[]そういえば・・・ 22:13 そういえば・・・ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - そういえば・・・ - 西川純のメモ そういえば・・・ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 そういえば・・・、本日学習過程臨床の修士論文の中間発表会です。でも、スカイプでの学校支援と、大学学長から急に依頼された文部科学省向けの書類書きで、聞く時間もありません。でも、考えてみれば、その準備の段階も私は関わっていません。院生さん集団の中で、発表練習会を自主的に行い、互いに支援し合っているようです。院生さんも、私が聞いて指導するであろう、なんて、全く期待していないようです。

 数日前から自主的な練習会をやっていることに気づいた私は、「大丈夫だよね?」と聞くと、院生さん達からは「大丈夫です!」との返答。私は、「期待しているよ」と言うだけです。本日も、自主的な直前練習会をやっていたようですが、会話は「大丈夫だね?」、「大丈夫です!」、「期待しているよ」です。本日の中間発表会が終わって帰ってくる院生さんに、「どうだった?」と聞くと、「もちろん」との返答です。

 私は学習者個人の能力に疑問を持つことあっても、学習者集団の能力に疑問を持つことは微塵もありません。ましてや、西川研究室の集団の力には万全の信頼を持っています。が、これほどまでに「この種」のことに対して、期待されていないことに、驚き、誇りに思い、そしてちょっぴり寂しく思います。

追伸 そういえば、私の以前所属したコースの時は、修士論文発表会は、一部の方々の教科教育への攻撃(イジメ)の場でした(ご当人たちはそう意識していないようですが)。それに関連した嫌な思い出は山ほどあります。しかし、現コースではそのようなことはありません。本当に隔世の感を持ちます。

06/10/03(火)

[]自慢 22:16 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 現在、実践研究中のSさん(学び合い文化を伝えることを研究テーマにしています)より以下のメール「ちょっと聞いて下さい」が来ました。

 『今回新たに繋がった,男性教諭がとても順調です。

 今までは学習中に教え合うことのなかった異なる部活女の子が一緒に勉強したことに驚いたそうです。きっかけは,○○部の女の子先生に質問に来たら「聞いてみたら」とたまたま○○部の女の子を紹介したんだそうです。はじめは「え~!」と言っていたけど,結局「ああじゃない,こうじゃない」と言いながら活動していたのでよかったなあと先生が思ったんだそうです。そして,驚いたということもあるのですが,この授業(学び合いの授業)でないとできないと思ったそうです。さらに,「楽ちんだった。こっちが必死こいてやらなくてもすんだ。」と言っていました。子どもたちの有能性がわかり,教師側の限界を肌で感じたのではないでしょうか。これが「学び合い」の授業を初めて2回目の授業の後に話した会話の中で出てきたことです。このよさを如何に伝えればよいかとても悩むところです。「どうしましょう?」といえば,先生は「上手くやってね。期待しているよ。」と言うに決まっているので,こちらの先生ともいろいろ話をして助けてもらいます。

 期待していてください。・・・・なんちゃって!』

 私の返信は以下の通りです。

 わはははははは

 Sさんは気づいていました?これが「自慢」というものです。教師は教える必要はありません。目標を与えた後は、あとは評価です。さらに言えば、その目標が自分自身の目標であることを学習者に納得させたならば、評価することさえ必要ありません。まあ、たまに「大丈夫?」とか「期待しているよ!」を言えばいいんです。でも、自慢の聞き役になることは大事です。自慢の聞き役になるためには、学習者の目標意味あることであると確信している教師であると、確信してもらうことが大事です。その男性教諭に対しても、最終的には自慢の聞き役になればいいんです。

 ところで、○さんもブログを始めたら(いや、始めて下さい)。日本全国の方に発信して下さい。この面も期待しています。

追伸 上記の返信をしたあとで、ふと、思いました。上越教育大学の中で、「なんちゃって」という言葉研究やりとりが出来る研究室がどれほどあるだろうか、と。我々は子どもたちを研究した結果を、自分自身に還元出来る、すごいことだと思います。