西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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06/08/26(土)

[]教材研究 08:37 教材研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教材研究 - 西川純のメモ 教材研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 私が教材研究を大事にしている先生方の前で講演をすると、その人を傷つける結果になることをメモ愚痴りました。それを読んだ同志Yzさんはブログでとても心に響くことを書かれていました。例えば、「教材研究をすれば授業ができるのではなく、授業を行ったから教材研究をしなくてはならない」、「とかく、授業の準備をするための教材作りや(教師が想像する)子どもにわかりやすい学習内容を作ることが「教材研究」のすべてと考えるからN研のいう過剰な「準備」の不必要な主張を否定的にとらえるのではないでしょうか?」、「N研の考え方の授業でも教材研究は、「必要」です。いやこれまでの授業よりもある意味授業をしていく限り教材研究を続けて行かなくてはいけません。」とあります。とても心に響きます。

 世の多くの先生方は、授業の準備に教材研究が必要だと信じ切っています。しかし、それはいりません。しかし、教材研究をするような先生であることは大事です。何故なら、その教科を大好きである教師の姿は、その教科を学ぶ意味を伝えることが出来るからです。どう考えても、英語が大嫌いな人が英語の教師をするより、英語が大好きな人が教師になった方がいいのは理の当然です。そのような教師にとって、学び合う子どもたちの姿は宝箱のようです。色々なことを教えてもらい、それに触発され、自分も教材研究したくなります。そして、「褒める」のではなく、感激・感謝する姿となります。それが、子どもたちに確信を与えます。そこでの教材研究は授業のためではなく、自分の喜びのための教材研究です。

 しかし、教材研究至上主義の先生には気に障るようなことを、すぐに付け加えたくなってしまいます。それは、そうであっても教材研究は必須ではないということです。だって、一人の教師が教材研究できる範囲はどれほどのものでしょう。例えば、理科好きの教師が理科の教材研究で名をはせたとして、その人の国語の授業はどうなのでしょうか?実は、その先生理科の授業を通して、学ぶことの意味を伝えています。従って、全ての授業に教材研究の準備は必要ありません。でも、教材研究より私は子ども研究の方が面白いと提案します。もっと正確に言えば、「子ども集団研究」が面白いと思います。これだったら、全ての時間において、素晴らしい宝を子どもたちは与えてくれます。そして、全ての時間に、子どもたちに学ぶ意味を実感させることが教師に出来ます。

追伸 実は「子ども集団研究」より面白い研究があります。それは『「子ども集団研究」をしている教師・教師集団の研究』です。

[]自慢話と 08:37 自慢話と - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢話と - 西川純のメモ 自慢話と - 西川純のメモ のブックマークコメント


 先日、ある学校で講演をしました。その学校先生OBが講演のことを話し合ったそうです。自慢話です。紹介します。

 『先日の○○校のご講演についての話で盛り上がりました。○○さん(その学校先生)によると講演の後、教務室の先生方が20分ほど「し~ん・・・」となっていたそうです。そのうちに、ポツポツと話し始め、議論になったそうでその中では、だいたい想定できる内容です。

例えば・・・

○言っていることはわかった。でも本当にできるのかな~?

○1回勝負の授業(技術の時間に材料の板を切るような場合)で、もしも間違った情報が伝達され、みんなが失敗してしまったら、どうしよう?

 という感じだったそうです。その後、校長先生が「もう一度西川先生に来ていただいて授業を見てもらおう。」と言ったそうです。「実際の授業を直接観ていただいて、どこが悪いのか指導してほしい。」そうです。○月○日とか言っていました。そのうちに○○さんから依頼が届くと思います。「聴いて終わり」の講演はうんざりするほどありますが「確かめてやろう。」→「実際に見てもらおう。」→「また呼んじゃおう!」となるところが

他とちがうところですね。西川研究室研究が、どんどんと(着実に)教育現場に近づいているのを感じました。』

 最近、我々の説得力は一層強まっています。昨年、修了されたIさんが、「最近、一層強力になりましたね」と言っていました。1年間でも、それだけの進歩をしているのですから、説得力は強くなるのは当たり前です。でも、この先に進もうとしたら、研究だけでは限界があるように感じます。それは、多様な媒体であり、組織であると直感します。やらねば・・