西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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06/08/11(金)

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 初対面の人と酒席を共にすると、大抵緊張されます。おそらく大学時代トラウマかもしれませんが、「大学教授」というと気むずかしくて、怖い人というイメージがあるのかもしれません。また校長から厳しくしつけられるような地域の先生の場合、その傾向は顕著です。きちんと背を伸ばし、正座をして飲んでらっしゃいます。そのような場合は、「続けられないことはやめましょ。いつか崩すのですから。もし、最後の最後まで正座されるつもりならば結構ですが。でも、本当に、絶対に、ずっと正座して下さいよ。」と言って、ニコッと笑うと崩してくれます。このことを言うのは、日本社会においては、「たまたま」上席に座った者の責務だと思います。

 我々は教師の仕事目標の設定、評価、場の設定であると主張しています。特に、目標の設定が最も大事であると主張しています。昨日の講演でも、そのように話した後、「どのような目標を設定したらいいのでしょうか?」との質問を受けました。質問される先生は、いずれも本当に真面目な先生だな~、と思われる先生です。そのような先生方は、私が目標の設定が大事だと言うと、それは教材研究を積み上げた結果として初めて出来る目標設定だと解釈されるようです。いままで、教材研究は大事だ、大事だ、と教えられ、また、自らにもそれを課した先生であれば、私が目標の設定が大事だと言うと、そのように解釈されるのもしょうがありません。

 その質問をされた方に、「先生のお考えの目標の設定は、年に何回ぐらい出来ますか?おそらく指導主事訪問の時ぐらいにしかできないのではないですか?」と聞きました。その先生も、周りの先生方も笑って同意されました。教師は毎日、毎日、何時間もの授業をしなければなりません。そのような授業毎に、何週間もかかかるような、いや、一日もかかるような教材研究をすることなんて無理なことは、小学生でも分かる計算で証明できます。結局、年に数回の教材研究で深めた授業をやったことで達成感を感じるかもしれません。でも、ナンセンスです。教師が大事にしなければならないのは、年間数千時間にわたる毎日の授業全てです。その1%にも満たない授業ではありません。

 我々の考える目標設定とは、その日にやるべきものを、率直に子ども達に語ることです。例えば、「2桁の計算を出来るようにする」、「廊下を走ってはいけないことを納得する(私個人としては馬鹿馬鹿しいと思いますが・・・)」・・・を率直に語ることです。ところが、多くの教師は、それを語らず、作業のみを語ります。無理矢理にでもコントロールします。例えば、研究授業の資料に書かれている「本 時の目標」を語る先生が、いったいどれだけいるでしょうか?語る先生も、多くは、最後の最後になって語るのではないでしょうか?しかし、我々は授業の最初に、そのものずばりを言います。これには、高度の教材の知識・技能は不必要です。必要なのは、それだけで子ども達は出来ると信じられる心が必要なだけです。それさえ出来れば、毎日、毎日、全ての授業でやることが、だれでも出来ます。

 それでは、授業の最初に、そのものずばりを子どもに言えば、何故、子ども一生懸命になって課題を達成するのでしょうか?それは、授業の最初に語り、そして、年間を通して信じ続ける、「子どもは有能であるという子ども観」、そして、「学校教育コミュニケーションを実践し、より広いコミュニケーションの広がりを学ぶ場であるという学校観」に他なりません。つまり、徹頭徹尾、我々が大事にするのは考え方であって、テクニックでありません。