西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

06/07/29(土)

[]段位 08:54 段位 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 段位 - 西川純のメモ 段位 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 私の父は武道オタク」でした。小さいときから武道に親しみ、槍道、弓道合気道少林寺柔道空手などで、その段位の合計は二三十になります。特に空手に関しては、ある流派の最高師範に準じる段位でした。帯の色も変わった色です。初心者が白帯、初段が黒帯です。でも、父の段位ぐらいになると、二色の組み合わせになります。

 昨日、学び合いを分かっている方から、「学び合いが出来る人にはレベルはあるのでしょうか?」と聞かれました。即座に、笑いながら「ありません」と応えたら、笑って納得してもらいました。

 もちろん、一人の個人としての能力には違いはあるでしょう。不遜ながら私は、学び合いに関して初心者の方に比べれば、一日の長はあると思います。でも、そんなのはたいしたことありません。教師の力量は、学び合いが分かるか、否かの一段階です。学び合いが理解した瞬間に、数十年間前に学び合いを理解し、経験を積んだ人と同等の力量を持ちます。どうしてでしょうか?

 例えば、個人の能力が1~100で計れたとしましょう。たしかに、個人の力量から見れば、1の人もいます。10の人もいます。100の人もいます。でも、学び合いが分かれば、数十人の子どもの力を借りることが出来ます。つまり、自分が10の力であっても、100の力を持つ子ども30人の力を借りられれば、3010の力量になります。100を誇る人を遙かに凌駕する力量を持てます。

 学び合いが分かっても、最後の最後まで悩みます。採用初年の若手の教師と同じような悩みに囚われます。学び合いが分かっても、それからは逃れることは出来ません。でも、同じような悩みに囚われたとき、それを乗り越える時に、数十の子どもと、多くの教師の力を借りられるか否かは大きな違いです。教師の力量を、その人個人で完結させるか、その人の周りの人を含めて考えるか、大きな違いです。

追伸 強いて言えば、一つのレベルはあるでしょう。それは、自分のクラス学び合いで満足できる人か、それとも、より多くの人の学び合いを願うかです。

[]同志 08:54 同志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志 - 西川純のメモ 同志 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日新潟市学び合いフォーラムがありました。北は北海道、南は鹿児島より同志が集まりました。そのフォーラムは昨年、同志達が始めました。昨年は50人の人が集まりました。今年は100人が集まりました。来年は200人だと、脳天気な同志が言っていました。そして、脳天気の私もそう思います。今まで参加した、どんな研修会よりも、濃密な時間が流れました。おざなりの議論なんて一つもありません。例えば、私が語る講演の部分は実質30分しか与えられません。会の企画者は、私に1時間半の時間を与えるより、その1時間を同志の話し合いの時間に割り当てる方が有効であると判断したようです。そして、その判断は正しいと思います。

 私は全国の同志のために私が出来ることを考えています。最近、そのことを複数の同志に語り、夢を語りました。遅くとも1年以内に、それを実現したいと思っています。

 企画・運営してくれた同志へ

 素晴らしい会でした。皆さんの成した成果に関して、講釈の必要はありませんよね。ご苦労様でした。

06/07/28(金)

[]ワクワク 09:00 ワクワク - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ワクワク - 西川純のメモ ワクワク - 西川純のメモ のブックマークコメント


 学卒の修士1年のHは研究テーマに悩んでいました。そこで、いつも通りに「お前の課題を解決するために、来週までに何をしたらいいと思う?」と質問しました。その結果、実践のビデオを徹底的に見る課題を課しました。そこで、「どれぐらい、ビデオ見るの?」と聞きました。Hは見当がつかないと言いました。そこで、「1日24時間で、寝る時間を引いたら16時間だ。16時間×7で約100時間ぐらいある。従って、1時間のビデオを寝る以外、ずっと見続けたなら100本見られる。しかし、こりゃ無理だよね?でも、1本だけだと足りないよね?つまり、お前は1~100の数を選べば良いんだよ。無限の数から選ぶよりは、すんごく、簡単だよね。」と言いました。Hは50本と言いました。思わず、息をのみ、そして笑い出しました。西川研究室OBの方だったら、1週間で50本の実践ビデオを見るということが、どんなことであるかは分かりますよね。まさに「目くら蛇に怖じず」です。ゲタゲタ笑いながら、「何で、50本なの?」と聞いたら、「1から100の真ん中だから」だそうです。これまた大笑いしました。

 Hはそれ以来、ずっとスタジオにこもってビデオを見続けました。きっと、自分のいった「50本」という言葉呪いながら。1週間後にゼミをしました。そして、「何本見たの?」と笑いながら聞きました。なんと50本に少し欠ける程度でした。これにはビックリしました。さすが若さは凄いと思います。私は15本も見れたら褒めてやろうと思っていましたが、その3倍をこなしました。「それだったら、今日寝ずに見れば50本見れたのに」と憎まれ口をいいますと、「さすがに、限界でした」とのことです。

 さて、それによって何を得たかを聞きました。それによると、学び合いをしている我々の実践ビデオを見ていると、「ワクワク」するそうです。子どもたちが、どんなことをするのかワクワクするそうです。ところが、平常の授業を見ていると、つまらないそうです。そして、自分は今まで、こんなつまらない授業を受け続けていたことにビックリしたそうです。

 50本弱のビデオを見ただけのことを得たようです。

[]お泊まり保育 09:00 お泊まり保育 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お泊まり保育 - 西川純のメモ お泊まり保育 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日は、お泊まり保育です。ほぼ1ヶ月ぐらい前から、そのための準備をしていました。例えば、一人で体を洗える。一人で頭を洗える。着替えをリュックから出して、そして、しまえる。等々です。じっとしていると不安で、不安でしょうがないので、同じような気持ちの幼稚園の親といっしょに飲みに行きました。久しぶりにバカのみをしました。翌日の昼に帰ってきます。息子に合うために、家に帰りました。ところがだだっ子になっていました。幼稚園先生によれば、ちゃんとお泊まりして、駄々をこねなかったそうです。そして、ずっとハイテンションでいたそうです。きっと、他人の中で1日中いたのですから、緊張したのでしょう。1時間、こちょこちょして、ちゅちゅして、ご飯を食べさせたら、機嫌が戻ったようです。

 今からセミナーに参加するため、新潟市に出発します。

06/07/26(水)

[]分からないのは誰 09:01 分からないのは誰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からないのは誰 - 西川純のメモ 分からないのは誰 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 先だって、群馬学校院生さん3人と行きました。院生さんは、その学校先生たちと議論しながら学び合いを伝える役です。Kanさんは秀逸な一言を織り出す才能を持っています。その時もありました。ある先生一年生が学び合いが出来るか不安に思い、「一年生は伝える能力がない」とおっしゃっていました。それに対して、Kanさんは「一年生の子どもが伝えられないのは、クラスメートではなく、教師であるあなたに対してではないでしょうか?」と看破されました。まさにそうです。子どもたちの会話を聞くと、「え???、何で、そんなことで分かるの?」という場面がよくあります。ある子が別の子に説明します。我々にはその子の説明はちんぷんかんぷんです。ところが、説明を受けた子どもは「分かった」と言います。教師は子どもを教える能力がない同じ理由で、子どもが教える能力を分からないのだと思います。

追伸 実はもう一人の援軍がいます。Kinさんの現場実践で学び合いを実感したS先生です。我々4人と一緒に語っていただきました。Kanさんが、その先生言葉を秀逸な一言として語っていました。曰く、「俺は、今までの授業でも良いんだけど、子どもたちが喜ぶから学び合いをするんだ」です。実力のある教師の一言だと思います。しかし、KinさんとTTで授業をしているS先生の様子をビデオ記録で見ると、本当に幸せそうです。子どもの凄さを実感し、「すごいな~」と純粋に驚き、喜んでいます。実は、子ども以上に、S先生が喜んでいるのだと思います。

[]面白い 09:01 面白い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 面白い - 西川純のメモ 面白い - 西川純のメモ のブックマークコメント


本日は、愛知県鹿児島県から我が研究室での実践ビデオを見るために先生が来られました。あわせて上越市内の先生方も実践ビデオを見に来られました。実践ビデオを見た後、議論しました。面白く感じたのは、その人たちが、学び合いを既に会得されている方だからです。私の感想は、「そこまで分かっているんなら、もう、十分じゃん」と感じました。でも、何となく分かります。その方たちが求めているのは、我々が今求めていることと同じなんです。つまり、自分が「学び合い」を出来るために来たのではなく、周りのみんなに「学び合い」を伝えるために来られているのです。明らかに、我々は次のステージに進みつつあります。

06/07/23(日)

[]怒濤の8月 09:02 怒濤の8月 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怒濤の8月 - 西川純のメモ 怒濤の8月 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 心に引っかかっていた、博士課程の方の指導が本日終わりました。兵庫教育大学先生も遠方からおいで頂き、充実した指導の会が出来ました。ホッとしました。そこで、少し余裕が出来たため、ふと8月の自分の予定を改めて見てみた。10カ所の講演、3つの学会があります。その他にも出張・公務があり、1ヶ月の間に今のところ予定が入っていないのは、7日間だけ。そのうち2日間は日曜が含まれます。大枚の予算を組んでお呼びいただくのですからありがたく思います。でも、自分の予定表を見ながら、少し呆然となりました。明日は群馬に講演に行きます。

06/07/21(金)

[]音楽美術 09:03 音楽・美術 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 音楽・美術 - 西川純のメモ 音楽・美術 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日は、博士課程の合同セミナーがありました。色々なコースの博士課程の方の発表を聞きました。正直言って、芸術系の博士課程の人の発表はつまらないと思っていました。だって、私は音楽美術は大嫌いでしたから。ところが、思いの外、というより、本当に面白かった。なぜ、音楽美術の人の発表が面白かったかと言えば、ちゃんと説明してくれたからです。

 音楽院生さんは伝統音楽学校教育に位置づける研究です。聞いていた、「なるほど日本の伝統的な音楽学校教育に位置づける必要がある」と思いました。そうなると、そのためにはどうしたらいいか、という話は俄然面白くなります。ところが、私の受けた音楽ではそんな話は全くありません。例えば、「春の海」のような琴の音楽鑑賞を学校でさせられました。ところが、なぜ、それを聞かねばならないかの説明を受けた記憶はありません。もしかしたら、音楽先生は説明したのかもしれませんが、私の記憶に残らない程度の説明なのだと思います。結局、訳も分からず、「ありがた~く」聞くしかありません。それは、私の受けた音楽教育に一貫したものです。「何故、ヘ音記号を理解しなければならいのか?」、「何故、縦笛を吹けなければならないのか?」等々、音楽で受けた授業の全部が私には不明です。そして、やらねばならない実技や鑑賞だけがあるだけです。おそらく、何故、音楽を学ばなければならないかは、かろうじて社会科の一部にあるぐらいなのではないでしょうか?別な院生さんは、「竹とんぼ」作りの実践を発表していました。子どもたちが自主的に活動し、教師を超えることをやり始めました。これは、「遠くに飛ばそう」という子ども自身が判断できる明確な目標を与えたからです。まさに、我々の主張していることです。

 我々は教師は学ぶ意味を分からせるのが仕事だと主張しています。そして、何をやるかは子どもが考えるべきだと主張しています。ところが、音楽美術の殆どは、「何故」はほとんど無く、「何を」ばかりの授業ばかりです。我々にとって、未開拓の領域が大きいと思います。そして、音楽美術先生が我がゼミに来てくれれば、と思いました。

06/07/20(木)

[]無能 09:05 無能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 無能 - 西川純のメモ 無能 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我がゼミ出身の若き教師が数日前に『大学で学んだことを、現場活用したいと思います。しかし、出来る気がしないのです。子どもはきっと有能なんだと思います。しかし、こんなこともできないの?と思うこともしばしば。』とブログに書きました。すごく、気になりました。気持ちは分かります。私もそうでした。いや、今もそう思うことはあります。でも、「こんなこともできない」のは、自分が原因だと解釈することは「いつでも」も出来ます。たとえば、自分は善意でネックレスを与えているつもりでも、実は首輪、手錠、足かせを課しているのかもしれません。そして、教師は「私はこんなことをしてあげているのに、こんなことも出来ない」と嘆きます。でも、子どもにしてしてみれば、「こんなことを課すから出来ないんだ」と思っているかもしれません。いや、もっと恐ろしいのは、小さいときから首輪、手錠、足かせを課して育てられているから、それが不自由だと気づかないことかもしれません。現状を、どのように解釈するかで、次の一歩は全く違います。

[]可愛い 09:05 可愛い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 可愛い - 西川純のメモ 可愛い - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、二十代前半、三十代中盤、三十代後半の3人の人の個人ゼミをしました。実に、「かわいい」と思いました。思ったような反応を連発し、自分が思ったように、誘導できます。でも、心の中で「ケタケタ」笑い 、そして心の中で頭のなでなでしていました。しかし、一方、心の中で「早く大化けして、自分を越える存在になって欲しい」と願います。

 息子は生まれてからずっと我々夫婦が寝がしつけていました。ところが、もうすぐお泊まり保育です。それに対応するためには、私とくっつかなくても寝られるようにならなければなりません。そこで、私はわざと離れて寝ます。ところが、息子は「おとうさん、こっちへきて」と言います。そこで、ちゃんと説明して、くっつかなくても寝られるようにします。でも、心の中では、私自身がくっついて願いと思っています。

 私は院生さんたちを我が子は思っていません。有能な後輩であると思っています。だから、「早く大化けして、自分を越える同僚になって欲しい」と願います。でも、児童・生徒を 我が子と誤解している教師は少なくないと思います。そして、教師のあるべき姿だと思っている人は少なくありません。でも、子どもはそう思っているでしょうか?自分の過去を思い出せば分かることです。もし、児童・生徒が教師を親と思っていたとしたら、それは、その子にとってとても不幸なことです。万が一、そう思わざるを得ない状態だとして、教師は親代わりになるのではなく、その子が頼れる仲間を得ることが出来る場の提供者になることです。だって、教師にとって児童・生徒は数十人なんです。 個人専属になれるわけありません。親は専属にならなければなりません。そして、教師には何よりも守るべき家族が別にいるんです。

追伸 だれとは言いませんが、子どもを我が子と思って、勤務時間外に勤務地以外に活動した教師がいます。私には出来ません。でも、その人は教師という職を辞しました。さもありなん、と思います。

06/07/19(水)

[]著書(その2) 09:14 著書(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 著書(その2) - 西川純のメモ 著書(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 家に帰ったら、息子が彼の著書、第二号を見せに来ました。題名は「コロコロクリリン クイズにこたえてほっかいどうにいこうのまき」です。前著にくらべて色が一層カラフルになりました。漢字を使おうとする気持ちがあるようです。大多数は家内に手伝ってもらっていますが、「小たる」の小の字は自分で書いたようです。 息子によれば、来年小学校に入学する準備だそうです。物語の内容はさらに一層複雑になっています。私は1冊書くのに1年間ぐらいかかりますが、息子は1週間かかりません

06/07/18(火)

[]善人なおもて 09:15 善人なおもて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 善人なおもて - 西川純のメモ 善人なおもて - 西川純のメモ のブックマークコメント


 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」これは歎異抄の最も有名な言葉です。苦労すれば、一生懸命すれば報われるという単純な考えからすれば、途方もない考え方です。でも、仏陀が苦行の修行にあけくれ、それでも救われないことを悟ったことに対応します。結局、凡夫の修行なんてたかがしれているんです。善人は凡夫の修行が仏の悟りニアリーイコールと考えています。ところが、実際は天と地ほどの違いがあります。仏の悟りが一億だとして、善人と悪人の違いは百と一の違いなんです(本当は、もっと凄い違いです)。たしかに、百と一は違います。でも一億の前ではちっぽけなもんです。善人が悟ったら一億百です。悪人は一億一です。どれほどの違いがあるでしょう。ところが、百と一の違いから、百を足せば一億になると誤解する善人。一方、百と一の違いから、一をいくら足しても一億にならないと気づく悪人。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉は、そんな言葉だと思います。

 では、善人と悪人の違いはあるのでしょうか?難しい問題です。

 弥勒菩薩は 地上のあらゆる人を 救うという願をたて 五十六億七千万年の後 最後の一人を救い 願を達成し 佛におなりになるのだそうです。仏典には何も書いてありませんが、弥勒菩薩は苦行をされた方だと思います。

 我々の学び合いを習得するには1週間で出来ます。では、それまでの苦労は何だったんでしょう。きっと子どもに対する授業に関して言えば、それまで教材・話術で苦労した先生と、その能力を習得しなかった先生には違いはないかもしれません。でも、苦労した先生は、苦労した先生の気持ちが分かります。きっと、苦労した先生に分かってもらうためにはどうしたらいいかを、真面目に考えられると思います。

 「念仏を唱え阿弥陀に全てを任せた人々を救う」と誓いを立てた阿弥陀仏は「悪人」を救う方でしょう。でも、弥勒菩薩は、最後まで百と一の違いに拘る「善人」を救う方なのだと思います。我々の考え方は運動となれば、何も考えず、何となく救われる人が多いと思います。でも、これは大事です。だって、何となくであってもどうであっても、その人のクラス子どもは救われます。でも、そうでない教師があり、そして、その教師が教えている子どもがいます。その人を救うには、同じように苦労した人が必要なのかもしれません。

追伸1 Kineさんのブログに対する私の応えです。

追伸2 何度も言いますが、私の宗教葬式仏教の域を超えません。ただ、文学・知識としての各種の宗教には惹かれるものは多く、学ぶものは多いです。私の大好きな亀井勝一郎も、結局、帰依しきれなかった知識人です。彼も帰依することを願っていましたが、結局、帰依しきれませんでした。でも、それ故、分析を出来ました。帰依した人は分析をせず、ただ信じるだけですから。

06/07/16(日)

[]口説きのテクニック 09:17 口説きのテクニック - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 口説きのテクニック - 西川純のメモ 口説きのテクニック - 西川純のメモ のブックマークコメント


 一般の教師が考える 教える能力は、口説く能力に近いと思います。口説くには、話術も必要です。準備も必要です。 教師は子どもを口説き、授業や自分に引きつけます。そのために、声の出し方、板書の仕方を工夫します。それは口説きの、声の出し方に対応します。教材の内容は、口説きの「話題」対応すると思います。しかし、恋人を得るための口説きと、伴侶を得るためのプロポーズは違うように思います。伴侶を得るためのプロポーズで大事なのは、自分がその人をどう思っているか、その人の人生をどう思っているかという、真剣な思いだと思います。口説きのテクニックを伴っていれば、それは良いかもしれませんが、重要なのは真剣な思いです。それさえあれば口説きのテクニックは必ずしも必要ありません。逆に言えば、真剣な思いがなければ、口説きのテクニックがいくらあってもしょうがありません。でも、そのような口説きは、「騙そう」という下心があるし、相手をバカにしている気持ちがあ ります。

 我々の場合は、口説きのテクニックが重要なのではなくて、真剣な思いが大事だと考えています。具体的には、子どもを有能だと信じています。そして、彼らの有能さを最大限生かす授業が、彼らの人格の形成に有効だと確信しています。

  「分かってもらおう」という気持ちで「口説きのテクニック」を学んだはずなのに、おおにして、本来の目的を忘れている人は 少なくないのではないでしょうか。我々は、そんな口説きのテクニックが無くても、「何でこんなこと勉強するんだよ~」という子どもからの問いに対して、満足な答えを出すことのほうが大事だと考えています。

06/07/14(金)

[]著書 09:18 著書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 著書 - 西川純のメモ 著書 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 息子は本屋が大好きです。本屋に行けば、1時間でも2時間でも大丈夫です。大きな本屋にいくと私の本があります。それを見せると「これは、おとうさんのほん?」と不思議そうに「西川純」という漢字を読みます。

 家に帰ると、「ほんつくったんだよ~」と自作の本を見せます。見ると、全48ページの本で、一枚、一枚、セロハテープでくっつけています。表紙には「コロコロクリリンのじどうしゃレースのまき」とあります。見ると二つの自動車が書かれ、 それぞれ3人と二人が乗っています。山あり、川ありの様々の所を競争しています。それをニコニコ見せながら、「これ、ほんやにおけるの?」と聞きました。

 私の39歳で最初の単著を出しました。息子は6歳で単著を出しました。

[]感激 09:18 感激 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感激 - 西川純のメモ 感激 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日学会発表練習会です。ゼミ生の発表がありました。聞きながら、素晴らしさにウルウルしてしまいました。 ここでの発表の十分の一の感激を、学会で得られることは本当に希です。その後、西川久保田研究室の合同コンパがありました。そこで、あるゼミ生から、発表では言わなかったエピソードを聞きました。感激しました。数分間、 感激のうれし涙で号泣してしまいました。素晴らしい!大学教師になってよかった、と感じました。

追伸 以前のメモに書いたことですが、世にあまたの教育研究者がいたとして、私ほど自分のゼミの成果で感激の涙を流している研究者はいない!と自負しています。(まあ、年のせいか、涙腺が緩い部分は、ちょっとはありますが・・・)

06/07/12(水)

[]いろいろ 09:21 いろいろ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いろいろ - 西川純のメモ いろいろ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 今月の28日、29日に新潟市学び合いの会を開きます。その会へ来ませんか、というお誘いをした方からレスを頂きました。非常に面白かったので、それに対する私のレスを以下にアップします。

『こんにちは上越教育大学西川です。メール有り難うございます。

> ○○中学校 ○○です。ご案内をいただき,ありがとうございました。是非,参加させて頂きます。

ありがとうございます。

> ○○市の中学校教育研修会では,テーマが「学び合い」となりました。ある中学校先生(同期です)が「学び合い」を取り入れた公開授業をしたいと願っています。 しかし,「西川先生のおっしゃる学び合いレベルが高いので,自分はもっと初歩の意見交換から・・・」と,なかなか「教師がさせる学び合い」的な考え方を脱却できないでいます。その方と,当校の若手,前任校の研究部を連れて行きたいと思います。

有り難うございます。人数把握のしたいので、出来るだけ早く、事務局にお申し込みを頂ければ幸いです。

さて、

おそらく、その方は「子どもにとってレベルが高い」と誤解されているのだと思います。しかし、実は、「自分にとってレベルが高い」というのが本当のように思います。○○さんは分かっていることですが、我々の学び合いは、簡単にできます。学び合いを導入したとたんに、子ども学び合います。

子どもにやらせようとして難しい場合は二つです。第一は、子どもの出来ないようなことをやらせる場合。第二は、子どもがやりたくないことをやらせる場合。ところが、我々の学び合いに必要な子どもの能力とは、休み時間に子どもがゴチャゴチャと相談している能力以上のものではありません。つまり、出来ることです。また、黙って先生の話をご拝聴しているより、みんなでワイワイと相談しながら勉強した方が楽しいのはあたりまえです。楽しくて出来ることをやらせるのに、特別な仕掛けなんていりません。例えば、焼き肉大好きの大学生を焼き肉屋に連れて行って、「焼き肉をいっぱい食べてもらうにはどうしたら良いんだろう・・」と悩むぐらい、馬鹿馬鹿しいことです。上記のことを理解することが教師にとって抵抗があるだけのことなんです。そんな話を、機会があったら、その方にお伝え下さい。

> 当校の若手は毎日私の授業を見に来ていますが,「どっちがいいんだろう・・・」と,悩み始めました。バスケットボール部活指導にかけている方で,「理科バスケとどっちをとるの?」と聞いたときに,迷わず「バスケです」と答えていた人です。良い兆候だと思っています。

あははははは

この部分を読んで、約1分弱、コンピュータの前で大笑いしました。禅に公案というものがありますよね。手をたたいた後で、どちらの手が鳴ったか、のような訳の分からん問題を出し、それに対して、これまた訳の分からん答えを出します。でも、問題を出した方は、その人が理解しているか、否かがハッキリ分かります。私は○○さんの授業を見たことは一度もありません。でも、○○さんが学び合いの出来る方であることは、上記でハッキリ分かります。学び合いが出来るか否かは、その人の知識・技能に依存しません。その人の考え方に依存します。だから、上記を読んだだけで分かります。

その方に、以下のことをお伝え下さい。我がゼミに、Kさんという院生さんがいらっしゃいます。その方は、教材の力、話術、カリスマ性、子どものあしらい方・・・どれをとっても超一流の方です。また、ご自身もそれに自信を持っている方です。その方が我がゼミ入りました。そして、「教材の力、話術、カリスマ性、子どものあしらい方・・」は、どうでもいい、という我がゼミ洗脳にかかったんです。今まで大事にしたものを捨てるには相当な苦労がいります。洗脳期間の後期に、私と議論しているとき、「先生、分かるんですが、辛いんですよ・・」とおっしゃっていたのが印象的です。迷いながらも、現場に戻って学び合いを実践しました。もともと、子どもの見取りが出来る方ですので、実際の学び合っている子どもの姿を見たとたんに、疑問が氷解しました。分かってから私と議論したときに、バスケットのことと絡めた話がありました。その方は、中学校バスケット全国大会に進出したバスケットチームの顧問をしたことがあります。その時は、殆ど指導をしませんでした。というのは、バスケット専門家ではなく、ただ、校内事情で担当しただけの顧問なんです。ところが、彼らはドンドン強くなっていきます。練習の際は、「すごいな~、すごいな~、なんでおまえらこんなことが出来るんだ~」と喜んでいただけなんだそうです。その時の自分と、学び合いの授業での自分が極めて似ているとおっしゃっていました。

○○さんの授業を見に来ている先生にお伝え下さい。バスケットの指導で得られること、出来ることは、授業で出来ることなんです。バスケット部のみならず、理科授業を部活にして、全国大会で優勝して下さい。とお伝え下さい。ちなみに、上記のKさんは今度の会に出席します。その先生とKさんが話すと面白いですよ。ちなみに、Kさんの今年のテーマは、若手教員に学び合いを伝えるというテーマです。なんと、1週間で出来ることを明らかにした人です。』

06/07/11(火)

[]教師改造計画(その5) 09:23 教師改造計画(その5) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画(その5) - 西川純のメモ 教師改造計画(その5) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日、ある先生よりメールを頂きました。その先生は、数千キロの彼方から、教師改造計画のためにお金と時間を費やして上越にこられるです。以下のように回答いたしました。

『>  先生メモの教師改造計画を読ませていただき,一言一言になっとくしてしまいま した。

>  私は,学び合いは,あるレベルまではできてもその先は難しいと考えていました。

> というのは, おそらく教材の力に固執していたし, そこを理解しないと子どもを先のレベルまで高めることはできないと考えていたから だと思います。

不遜ながら言います。我々の同志の大多数は、そんじょそこらの教師の誇っている、教材の力なんて軽く凌駕しています。そのメンバーが、教材の力が無くても大丈夫だと確信しているんです。ただし、小学校の教師の場合は中学校レベル中学校の教師は高校レベルを確実に押さえることは必要です。実は、これは意外に大変です。でも大学の学部レベルのは必須とは思えません。

>  また,先生の同志の方がかかれていた教室内の現象は,確かに私が担当している 4~6年のクラスの授業でもみられます。ですから,書かれている先生が感じられていることはよくわかります。

> 子どもたちはものすごいところまでたどり着いてまうのではないか・・・と。

>  以前の私は,理解力があり,もっと高いレベルの内容を求めている子どもに着目していたこともありますし,そういった子どもたちをみて「すごいなあ」と思ったこともあります。しかし,それは,内容としての目標レベルが悪かったと思いますし,理解力のある子どもたちが教室というという場で,何をすることが自分の力になるのかということを語ることができていなかったと思います。理解力の低い子たちを置き去りにしていたのだろうなあと思います。また,私が関わって高めてあげようと思っていた自分がとても恥ずかしく思えます。これも,今だからわかることかもしれませんね。

そこに気づけば、ほぼゴールです。

>  しかしながら,私自身も目標のたてかたや子ども同志の人間関係・教員同士の人間関係を調整するのに

> 四苦八苦しています。お互いを認め合うっていうのはなかなか難しいことだなと思います。

でも、それができるから、今のあなたがあるんです。我々が目指すクラスは、テレビドラマにあるような全員がなかよしこよしのクラスではありません。嫌いな人がいてもいいんです!その人と、それなりのつきあいが出来れば。我々自身もそうなんです。

でも、教師は凄い権限を持っているんですよ。それはとてつもないことを求めることなんです。

考えても見てください。ある程度の目標を達成するなら、一人でも出来ます。でも、大変な目標を達成するためには、協力が必要です。さらに、凄い目標を達成するには、全員と協力する必要があります。

だから、教師は凄い目標を与えることが大事なんです。そして、その凄い目標を「やらねば」と納得させるのが、凄い教師(校長)なんです。

>  しかし,それも,適切な目標を共有し,そのためにやるべきことを確認し,そこを共に目指すことである程度解決できるのかもなあと思っています。

それを学ぶために、いらっしゃい。

待っていますよ。』

[]教師改造計画(その6) 09:23 教師改造計画(その6) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画(その6) - 西川純のメモ 教師改造計画(その6) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 教師改造計画の前半は、徹底的に我々の実践を見てもらうことです。それで、出来る人もいます。でも、それを受けて、その方の実践を、学び合いを分かった人が見て、実践後にアドバイスをすることは有効です。でも、そんなに何回も必要ではありません。何故なら、分かって欲しいのは「子どもは有能である」というたった一つのことだけなんです。

 今まで多くの院生さんと、修士1年の段階で実践研究の計画で議論しました。その時、私が伝えることは、「子どもは有能である」につきます。典型的には、以下の3つの議論に現れます。

 第一は、不必要な手当をしようする場合です。子どもに任せようと思っても、子どものために色々と用意しようとします。結果として、手だてが複雑になります。簡単に分かるのは、そんなこと毎時間、絶対出来ないような「複雑」なことをやります。まあ、指導主事訪問の時は出来ても、普通では出来ないことです。私が言うのは、「何でそれが必要?」と議論します。しばらくすると、それらが大きなお世話であることが分かってもらえます。

 第二は、自分が繋がろうとする場合です。学び合いをすれば、一見教師は暇になります。そうなると個別指導をしたがるのが教師の性分です。クラスで問題のある子のそばによって、あれこれ指導します。これは、自分のアドバイスの方が、子ども「たち」のアドバイスより優れていると思っているためです。これまた、「子どもは有能である」ということが信じられないことに原因です。

 第三は、目標の設定を自分が分かっていればいいと思っている場合です。多くの教師は目標の設定が曖昧です。暗黙の内に、自分が分かってさえいればいいんだと思っています。ところが、子どもが分かっていなければ、子どもたちが主体者になれません。これまた、主体者になれるほど「子どもは有能」であることを信じられないことが原因です。

 その他にも諸々ありますが、結局、「子どもは有能」ということを信じられないからです。ところが「子どもが有能である」と信じられる人にとっては、その表出の形は様々でも、直ぐに「あれ?????」と感じます。例えば、高校生スプーンで「あ~ん」して食べさせている様子を見たら誰だって「あれ????」と思うでしょ。あれです。それを感じたら、「なんで、そんなことをするの?」と聞きます。その問答の中で、自分の信じている「子どもの有能さ」の底の浅さが分かります。そして、我々の信じている「子どもの有能さ」の本当の意味が分かります。

 この「子どもは有能である」という我々の子供観が分かれば、教師は何をすればいいかという問いに繋がります。その問いの先には、我々の授業観に繋がります。そして、学び合いに惹かれたきっかけである、「全ての子どもに何をするのが教師であるか」という根源的な問いに関して、我々の学校観が対応します。そして、全ては輪に繋がります。あとは、その輪をどんどん大きくするだけです。

 簡単なことなんですが、「あれ????」と思う人の一言で、自分の囚われを気づくことが出来ます。その囚われは、実際の授業の際に、端的に表れます。だから、分かった人が見るといいんです。

追伸 でも、一度、分かってしまった後は、「教え-教えられる」という固定的な関係ではありません。一度分かってしまえば、共に囚われを解いて、もっと凄いことに感激するための同志になれます。

追伸2 上記以外に必要なことが、もう一つあります。学び合いが生じている初期の段階で、その中でもの凄い学びが成立することを実感できない場合があります。だって、今までと凄く違うんですから。そのようなときに不安になる院生さんに、「大丈夫だよ」と安心させるのも私の仕事です。

06/07/10(月)

[]大発見 09:25 大発見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大発見 - 西川純のメモ 大発見 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我が同志のブログhttp://blog.goo.ne.jp/sg1600/e/20400c7b88a1b972c93a3080710094d2)に凄いことが書いてありました。許可を得たので以下に示します。

 『これは、我が家の夕飯後に妻から聞いた話です。妻も私と同じように、戸北・西川研究室で、学び合い研究し、実践しています。おもしろいので「メモ」します。

妻:1年生を初めてコンピュータ室に連れて行き、キッドビクスでお絵描きをしたらね。同じことを5・6年生のクラブでしたときには見られなかったような、素晴らしいのができたよ。誰か1人が、新しい機能を見つけると、すぐに「なに、なに?どうやった?」と何人かが集まり、あっという間にその使い方が広まって。本当に、凄いスピードだった。初めのうちは、まだ思うようにマウス操作ができなかった子もいたんだけど、周りの子が楽しそうにしているのを見ているうちに、隣の子に「それ、やって!」と頼んで、そのうちに自分でできるようになっちゃってね。私は、驚いてそれを見てたの。でも、その後、普段(の授業よりも)忙しい状況になったよ。(操作法を)教える必要がないのに、とても忙しくなった。どうしてか、わかる?

私:わかんない。どうして?

妻:作品ができあがった子が「せんせい、みて!みて!」と私の手を引っ張ってね。ついて行くと、にこにこしながら、説明するんだわね。「せんせい、これはね~。こうやったんだよ!(操作して)すごいでしょ!」ってね。だからは私は、「ほんとうだ!すごいね!こういうふうにつかったんだ!」って応えたんだ。それを見ていると、すぐに、別の子が「せんせい、みて!みて!」と、私の袖を引っ張ってね。次々に、「せんせい!、こんなのできたんだよ!」とやってくるんだわ。 この子たちは、出来上がった自分の作品を見せるだけじゃなく、自分がどの機能をどう使ったのかをやってみせ、操作の様子を見せたいんだわね。また、それが、みんな感動ものなので、次から次とくるから、聞いていくのが忙しかったって話。。。

私:なるほど~。コンピュータの操作法が、次々と伝播していくのって、本当に速いよね!工学会論文スキャナの操作が伝播していくのスピードが加速することを書いた)で、明らかにできたのって、ほんの一部分にすぎないんじゃないかなって気がするんだよね。実際の教室って、もっとすごいことが次々に起こってるんだから。

妻:うん、うん。

私:それに、学び合いは、結局、忙しい!というのが、真実みがあっていいね。教師の役割を「目標の設定」「可視化」「評価」と考えたとしても、やれること、やるべきことは山ほどあるわけで、大人の固い頭で思いついた操作法を偉そうに教えてる場合じゃないよね!

妻:うん。それも、1人1人が、それぞれの操作を説明できるってところが凄いと思う。

私:コンピュータは、それがすぐに再現できるって点で、大した道具と言えるよね!なかなか、紙と鉛筆では、そうはいかないから・・・。

妻:それに、子供たちが教師のところに、「すごいでしょ!みて!」ってやってくる時って、どうしてそれが良いのか、必ず説明できるのが凄いと思う。自分の中に、評価規準っていうか、理想の姿が見えてるって感じ。

私:なるほど。

妻:今、そういう研究やってるんでしょ?どういうの?

私:子供たちが良いと思った作品を選んで、なんでそれを良いと思ったのか出し合って評価規準を作っていく・・・。

妻:そう言ってしまうと淡々とした作業みたいだけど、そこにはきっと、すごく良いものがあるから、自分の研究の価値をよく考えた方がいいと思うよ。

私:おお。』

 これを読んで、背筋がゾクゾクするほど感激しました。この文章の中での「みて、みて」の自慢の部分は、我々は了解済みです。そのことは、「学び合いの仕組みと不思議」でも書きました。学び合いが成立した初期段階の典型的な兆候です。やがて学び合いがさらに充実してくると、教師の存在フェードアウトするので、「みて、みて」は頻度が減少します。そうなれば、教室の中で教師がどう動いても、子どもは影響されなくなります。

 私が感激したのは、奥様の「子供たちが教師のところに、「すごいでしょ!みて!」ってやってくる時って、どうしてそれが良いのか、必ず説明できるのが凄いと思う。自分の中に、評価規準っていうか、理想の姿が見えてるって感じ。」という部分です。まさに、そうです。

 ずっと前に、気づくべきことでありながら、私の囚われから意識化出来なかった部分です。素晴らしい!

追伸1 こんな会話を夫婦で出来るというのは、Mさんならではだと思います。

追伸2 現場の激務の中で、これを出しています。KinさんOhさんへ。もたもたしているとMさんが全部解決しちゃうぞ!

[]老眼 09:25 老眼 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 老眼 - 西川純のメモ 老眼 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日、老眼を買いました。それも2種類です。一つは、運転用の眼鏡で、遠距離+中距離対応です。他方は、部屋にいるときの眼鏡で、読書面談用の眼鏡です。検眼した結果に基づく、試用眼鏡をかけると、実に快適です。かなり高い買い物ですが、軽いフレームのを注文しました。今週末に出来上がるはずです。

 今から十数年前です。ボスのT先生老眼をかけ始めました。しかし、本を読むとき以外は掛けていませんでした。ところが、しばらくすると常に掛けるようになりました。昨日の試用眼鏡をかけると理由が分かります。眼鏡を掛けると、自分がいかにぼやけた 像を見ていることに気づきます。眼鏡を掛ける前には、全く気にならなかったのに、分かってしまうと不快でしょうがありません。なんか「学び合い」みたいなもんだと思います。

06/07/07(金)

[]教師改造計画(その4) 09:28 教師改造計画(その4) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画(その4) - 西川純のメモ 教師改造計画(その4) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 教師改造計画(その3)に対して、ご当人より以下のレスが来ました。

 『西川先生、おはようございます。○○です。

 学び合いレベルステージが明記されていて安心しました。

> しかし、○○さんが書かれているように、その先があります。

> では、その先を成り立たせているものは何でしょう?

 素材の力のみではない、というのもわかります。しかし、

> 第一の力量は、子どもの反応に敏感で、子どもをバカにしないことです。

> 第二の力量は、同僚と繋がり、そのサポートを受けられる能力です。

 これで、目標設定に対する教師力量の向上がはかられるでしょうか。今の私であれば、この力量2点は、学び合いを成立させる目標設定のための教師力量として大切だと思いますが、これがつけば目標設定の能力が高まるとは言い切れないように感じています。学び合いをしようという教師と学び合いをしようと思っていない教師(表面上は学び合いをしようとしているというかと思いますが)の目標はそんなに違いがあるように思えないのです。だから、この2つの力量なんだ!といえばそうなんですが、とても「ひやく」があるように思えます。それを埋めるものが何か、あるいはホントは何もないかもしれない。今は漠然と思っております。』

 それに対する私のレスは以下の通りです。

 『それは、そうです。でも、「ひやく」をおこすものって、その人、その場に高度に依存するように思います。例えば、最底辺学校にいる先生目標設定の能力と、有名進学校にいる先生目標設定能力は違うように思います。結局、その学校にいる子どもや同僚を通して、その学校に必要な能力を得るしかないと思います。

 認知研究をやっていた最後の時期、私は子どもの誤解のパターンを見出そうとして、かなり多くの事例収集をしました。ところが、パターン多種多様でまとめ切れません。大ざっぱに分けても、数十にはなりそうでした。それ以下にまとめることも出来ましたが、そうなると「ごもっとも、でも、だから何?」というような実践にはあまり役に立たないものになりそうでした。○○さんが書かれた「あるいはホントは何もないかもしれない。」という直感は、10年前の私の直感と同じように感じます。

 私は、「どうしたら、誤解のパターンを明らかにして、それに対応した教師の指導を明らかにするすることが出来るのか?」という問題の設定をやめました。その代わりに、「だれが誤解のパターンを明らかにし、それに対応した指導を明らかに出来るのか?」という問題の設定にしました。その結果は、「当人、及び、回りの同級生」なんです。○○さんの課題も、「どうやったら「ひやく」させれるか?」という問題設定ではなく、「だれが「ひやく」させることができるか?」という問題設定にしてはどうでしょうか?それは「当人、及び、周りの人」なんです。このようなことが成り立つために、当人に求められることは、私は先に書いた2つだと思っている次第です。

 追伸です。

> 学び合いをしようという教師と学び合いをしようと思っていない教師(表面上は

> 学び合いをしようとしているというかと思いますが)の目標はそんなに違いがあ

> るように思えないのです。

 大きな違いが「はっきり」とあります。学び合いを全く考えない先生の場合、目標を言いません。○○さんが小中高で受けた授業を思い出して下さい。例えば算数で3桁の足し算が出来るようにと願っている教師の授業はどうであったでしょう?おそらく、3桁の足し算を教えるし、3桁の問題をやらせるでしょう?でも、この時間の目的は「3桁の足し算が出来るように」と言っていなかった場合が多と思います。また、国語物語の解釈で、登場人物の一人が何故そのようなことをしたかを読み取れる箇所はどこかを見いだせる、ということを願っている授業はどうであったでしょう?おそらく、その目標を言わず、とりあえず段落毎に読ませ、新出漢字を確認し・・という作業を指定していたでしょう。そして、最後の最後に「登場人物の一人が何故そのようなことをしたかを読み取れる箇所はどこかを見いだせる」を言うかも知れません。でも、それがこの授業の最大の目標だと言うことは最後まで言わないでしょう?子どもにとってそれは、段落毎の音読や新出漢字の確認と同じ、一つの作業としかとらえられないでしょうね。

 次に、学び合いをしようとしている教師の中で、それが出来る教師と出来ない教師の違いは明確です。願っていることをストレートに包み隠さず述べられるか否かです。子どもを信じられない教師の場合は、過剰に課題を分割し、本来の目的が分からないような課題を出します。結果として、子どもが主体者になれず、いつまでも教師に依存するようになります。また、また子どもに手の内をさらせず、ぼやかした目標を与えれば、子どもは納得出来ないでしょう。

 授業の最初の5分間だけ聞けば、その先生学び合いを出来るか出来ないかはハッキリ分かります。(少なくとも出来ない先生の場合は)』

[]ドリームメーカー 09:28 ドリームメーカー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ドリームメーカー - 西川純のメモ ドリームメーカー - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日、院生さん達にこんなことを語りました。

 『学び合いが実現出来れば、現在、教師が悩んでいることの殆どは解決・軽減される。もちろん悩みはなくなるわけではないが、その場で解決するにはどうすべきかを考える指針は明らかに出来る。今後も研究テーマはあると思うが、枝葉末節のように感じてしまう。例えばDNAの二重らせん構造を発見した人が、その二重らせん構造における分子間の距離が現在知られている距離より1%多いか少ないかに関して研究するに来なるだろうか?おそらくならないだろう。次の大きな課題は、より多くの教師に対して学び合いを伝えるにはどうしたらいいかだ。しかし、これすらも、この数年で解決しそうだ。一定のプログラムをへれば1週間程度で伝えられることになりそうだ。私は定年まであと19年ある。何をしたらいい?』

 院生さん達からは、半ば呆れられながら、馬鹿話を議論し合いました。私は院生さん達に「これが明らかになったら凄いよね」とニコニコしながら言います。院生さん達は、それを実現するための様々な障害を思い浮かべ躊躇します。でも、わたしは「でも、凄いよね。いいよね。」としつこく語ります。私は院生さんの研究における細かな状況を聞かないようにしています(もちろん相談されれば、聞きます)。それは、私が知ってしまえば、院生さんと同じように躊躇してしまうからです。それでいて、結局、その問題を解決出来るのは私ではなく院生さんご自身です。それゆえ、知って益がないので、聞かないようにしています。それ故、脳天気に、膨大な苦労が必要なことを、「でも、凄いよね。いいよね。」と言います。しかし、それが研究指導における私の最大の職能なのかも知れません。

 宝くじを買ったらあたるわけではないにしても、買わなかったら絶対にあたりません。同じように、願ったら叶うわけではないにしても、願わなければ叶いません。それに研究を通しての願いは、宝くじより確率はぐんと高い!とてつもないことを願い。それをしつこく語る。それが私の仕事なのかも知れません。(と、自己合理化をする)

06/07/06(木)

[]教師改造計画(その3) 09:30 教師改造計画(その3) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画(その3) - 西川純のメモ 教師改造計画(その3) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我々の同志から以下のような「教師改造計画(メモ)を拝見して」というメールを頂きました。

 『教師改造計画こそが、3日で教師を学び合いにさせる方法の解答であると理解しました。私の研究の一つである教師の力量を高めるために、やる気のある先生に集まってサークル活動を始めたわけです。次回に、3時間も取ってしまったので、私の実践を見せます。「やってね」で始まり「よくできたね」で終わる授業で、後は子どもがやってくれるでしょう。初任だろうが、10年選手だろうが、学び合いを理解できれば学び合いができるとは思います。しかし、真の学び合いにするには、「目標」を教師がきちんと考え、設定しなければ成立しないと思います。また、単元のデザインをしなければなりません。ここに本来の教師の力量が出てくるように思います。特に本時の授業の目標は、現場では課題とか問題といわれている部分ですが、力量そのものだと思います。この設定こそ、教師が問われる部分です。学び合いそのものもこの目標によって、変わると思われます。以前の目標で、かっては1ヶ月2ヶ月かかるであろう学び合い、異年齢の○○さんの学び合いが引き合いに出されましたが、学級という集団内においては、私の実践では、入学したての1年生であっても、最初の授業で成立させています。それは、目標の設定が今の子どもにあっているからだと思います。おもしろいことに、同じ目標設定で、学び合いをしたいという先生にやってもらったところ、子どもが学びあうことを実感したという方もいました。この目標設定の能力こそ、教師力量になると思われます。

 話を戻します。メモにあるように3日間教え込んでも、その教師が設計する新単元の目標設定をその教師ができなければ、学び合いそのものは成立できないように思われますが、いかがなものでしょうか。』

 私の返信は以下の通りです。

 『まさに、その通りだと思います。でも、第一に言わねばならないのは、「目標」を考えるために最も必要なことは、教材の力のようなものではなく、「子どもを信じる」ということだと思います。それさえあれば、「教科書の何頁の問題を全部解けるようせよ」とか「この物語の中にある○○が、何故、○○しかたを考える上で、重要部分はどこかを示せ」のように、ひねりの全くない目標を与えるだけでもかなりのレベルまで実現出来ます。私がメモの書いた3日で教師を変えることが出来ると書いたのは、このレベルです。

 しかし、○○さんが書かれているように、その先があります。では、その先を成り立たせているものは何でしょう?おそらく、教材の力、あたりが一般的だと思います。しかし、私はその立場には立ちません。だって、それが正しいとしたら、小学校先生事実上不可能です。小学校先生は全科担当です。それら全ての教材の力を求めるのは物理的に無理です。さらに言えば、中学校高校先生だって無理です。私は中学校高校の免許状をもっています。しかし、コンクリートと石の違いは分かりますが、安山岩玄武岩の違いなんて分かりません。専門の生物学ですらそうです。私は動物生物物理学を専攻したので、そのあたりの知識はある程度あると思いますが、植物分類に関しては壊滅的です。野山を歩くと、物理学を専攻されたT先生に呆れられます。私は教材の力がある人だから出来る目標の建て方があることを否定しません。(ただし、認知心理学自動化からいえば、かなり疑わしい部分もありますが・・・)でも、同じように音楽が得意な先生だから出来る目標の建て方、植物学が得意な先生だから出来る目標の建て方があるべきだと思います。

 では、どのような力量がもっとも重要かと言えば、過去にも話したと思いますが、二つです。第一の力量は、子どもの反応に敏感で、子どもをバカにしないことです。これがなければ成長が起こりません。しかし、これだけでは不十分です。だって、自分一人の力なんぞは、たかがしれています。第二の力量は、同僚と繋がり、そのサポートを受けられる能力です。

 さて、学び合いの授業を出来ることと、上記との関係はどうでしょう。○○さん自身も言っていたし、歴代のOBが言っていたことですが、学び合いの授業では、教師は子どもを見ることが可能となります。そして、今まで「勉強しない奴」と思っていた子どもは、そのこなりに勉強することに気づきます。従って、第一の力量を高めるにとても良いと思います。

 さらに、子どもの姿を通して、自らの職場でも学び合いネットワーク重要性を感じるでしょう。そして、学び合いがどんどん活性化したら、子ども達の要求に応えるためには、他の教師と繋がる必然性が生じます。つまり脱学級王国しなければなりません。従って、第二の力量を高めるにはとても良いと思います。

 おそらく、本時の目標の設定を建てるレベルだったら、直ぐに出来ます。ところが、本当に難しいのは、子ども達の中に問題が生じたり、教師同士の問題が生じたりのように、人間関係の問題が生じたとき、どのような目標を設定することだと思います。そこには万能の処方箋があるわけではありません。でも、その処方箋を作り上げるには、どのような基本方針が大事であるかは、我々は分かっていると思います。それは、学び合うということ、そして、個に対応するのではなく、その個を含めた集団としてとらえるということです。そして、それは○○さん自身が、現場で既にずっとやっていることです。

 これが私なりの応えです。

 今は、理科の授業改善のためのサークルかも知れません。でも、それは直ぐに、次のステージに進むはずです。○○さんなら、それが出来ると確信しています。

 期待していますよ。』

06/07/05(水)

[]教師改造計画 09:31 教師改造計画 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画 - 西川純のメモ 教師改造計画 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日Kanさん、Sakさんと話しました。内容は、どうやったら確実に学び合いが出来るようになるか、ということです。ただし、前提として、自分が変わりたいと願っている先生に対してです。変わりたくない先生の場合は、変わりたいと願うところからやらねばならないですが、そこは除外します。

 お二人の話をまとめると、以下のようなプログラムが考えられます。

 2泊3日かけて、我々の実践のビデオを見てもらい、疑問となるところを徹底的に議論します。その後、3日間、その先生の実践の場に我々が出かけます。そして、その人なりの理解で学び合いの実践をします。それに対して、ソクラテスの産婆法のような問答をしながら、その先生の中にある囚われを解いていきます。3日以内に、一定以上の理解がはかられ、学び合いの実践が出来るようになれる、とお二人は断言されました。そして、1~2週間後に、その先生がどのように発展させたかを確認すれば完成です。つまり、1週間とちょいとで考え方を変えることが出来ます。

 でも、これって凄いことです。学び合いが分かれば、いわゆる経験の乏しい教師、教材の力の弱い教師、また、話術の巧みではない教師でも、かなりのレベルの授業が出来ることが保証出来ます。なぜならば、授業の成立のかなりの部分子ども達が一緒に背負ってくれるからです。それが、1週間とちょいで実現出来るんです。5年研修、10年研修、15年研修という研修プログラムがあります。また、長期派遣制度もあります。それに対して膨大な予算をかけています。ところが、その百分の1の費用で、100倍の効果が期待されます。なんとかシステム化したいと思いました。

[]教師改造計画(その2) 09:31 教師改造計画(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師改造計画(その2) - 西川純のメモ 教師改造計画(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント


 教師改造計画をアップした後、KanさんSakさんと断続的に話し合いました。その結果、Sakさんの課題が見えてきました。それは、「変わりたいと願っていない人」を洗脳するにはどうしたらいいか、です。Kanさんは、「何でも相談して、全面的にバックアップするから」とか「いいアイディアが沸きそうだ」とニコニコしながらSakさんに言っていました。まるで昨年のGさんがよく言っていた、「ご安心下さい。それはKanさんが解決してくれます」と同じです。

 インターネットで調べるとS県の人口は74万人だそうです。日本人口は1億2千万人です。そして、日本中の義務教育先生の人数は67万人です。ということは、単純計算でいうとS県の義務教育先生は約四千人となります。ニッパチ理論によれば、800人を動かせれば良いんです。そう考えてみると、あながち無理ではないんじゃありません?ね、Sakさん。