西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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06/02/25(土)

[]教師評価 16:27 教師評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師評価 - 西川純のメモ 教師評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日長岡で講演しました。講演会場に大浴場があるので、講演前に入りました。とても気持ちがいい。その気持ちの良さで、おもいっきり語りました。

 講演の後の質問に、教師評価のことが話題に出ました。簡単に言えば、教師を評価するのに、「話がよく分かるか」、「板書はよく見えるか」・・等々の細かい項目に分けて評価を受け、それを加算した点数で評価する方法です。一見分析的に評価してるようで、科学的のように見えますが、全く非科学的です。

 この手の評価が意味があるのには、一定の条件が成り立たなければなりません。例えば、良い教師とは、A、B、C・・・という特性によって構成されていることが明らかになってなければなりません。しかし、私の知る限り、そのような構造で一般的に認められた決定版なんて存在しません。せいぜい、素人考えの思いつきで、あれも大事だ、これも大事だを書き綴ったものにすぎません。

 まあ、それが成り立ったとしましょう(かなり無理のある仮説です)。でも、まだ不十分です。A、B、Cの間に強い交互作用があってはなりません。つまり、Aが多くなることは良い教師であるということが、BやCなどに依存しないものであらねばなりません。これはほぼ無理です。かなり以前のメモである「教師にむいている・むいていない」というメモに私自身のエピソードを書きました。

 私が高校教師だったとき、自分自身が「教師に向いていないんじゃないか」と悩みました。大学院指導教官だった小林先生に、「○○先生は、これこれですごい先生なんです。△△先生は、これこれで良い先生なんです。私には一生かかっても、あんな先生にはなれません。」と愚痴ったことがある。小林先生文部科学省の教科調査官を務められた方で、全国の多くの先生方に会われた方です。その小林先生は、「職業柄、たくさんの良い先生にあいましたけど、話のうまい良い先生もいますし、話の下手な良い先生もいます。明るい良い先生もいますし、暗い良い先生もいます。君は○○先生や、△△先生のようにならなくても、君は君のままで良い先生になれるよ。」と教えてくれました。

 ある教師の場合はAという特性が重要であっても、別な教師にとってはAは殆ど意味が無く、Bが重要な場合もあります。いや、Aが多いとことが負に働く場合さえあります。つまり、交互作用が強いということです。

 さらに、それらを加算して評価するためには、さらに条件が成り立たなければなりません。A、B、C・・のそれぞれの重み付けを適切にしなければなりません。つまり、Aが1と同じ意味を持つBはいくつかを定めなければなりません。これも全く不可能なことです。

 つまり教師を「話がよく分かるか」、「板書はよく見えるか」・・等々の細かい項目に分けて評価するということは、非科学的です。さらに、それを加算した点数で評価する方法は馬鹿げた方法です。では、どのように評価したらいいでしょうか?実は、子どもに対する評価と同じなんです。途中経過を事細かに評価すれば、「ふり」ができます。ところが最終結果は「ふり」が出来ません。

 例えば、その学校受験を評価基準にするならば、教えている子ども偏差値受験実績で評価すればいいんです。それさえ良い評価であれば、話が分からなくても、板書がよく見えなくてもOKなんです。まあ、一般の学校でそれほど単純な評価観点はしないでしょう。そうなると、「来年、その先生に教えてもらいたいか?」という質問で評価すればいいんです。そして、書いたとおりの先生に教えてもらえるようすればいいんです。

 教育のように複雑な現象を科学的に分析するということの意味を本当に分かっておらず、単純な現象を扱う物理の手法を安易に使うという、こぐありふれた失敗と同じです。1流の物理学者は、教育現象と同じぐらい複雑で曖昧物理現象を扱っているので、この種の誤りはしません。既に1流の科学者、2流の科学者によって整理されたものしか扱わない3流の科学者が、この種の誤りをよくやります。

06/02/24(金)

[]子ども感想 16:28 子どもの感想 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもの感想 - 西川純のメモ 子どもの感想 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 最近学び合いを経験した子ども感想文を生で見る機会が重なりました。一つはY小学校の実践で、もうひとつはKinさんの実践です。読もうと思うのですが、心が苦しくなって全員を読むことが出来ません。彼らの感想は、今まで経験したことのない自由と可能性を喜んでいます。単純には、喜べます。しかし、学び合いはまだまだ定着しているわけではありません。その喜びを感じている子どもが、来年、いや来月にそれを享受できるかどうか不安です。SFに「アルジャーノンに花束を」という傑作があります。それを思い出します。あの子どもたちには無理かもしれないけど、彼らの娘・息子が学び合いを奪われることのない当然の権利となるように、我々は何が出来るのでしょうか・・。それを思うと苦しくなります。でも、それをしなければなりません!

06/02/23(木)

[]計画的 16:29 計画的 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 計画的 - 西川純のメモ 計画的 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 学部ゼミ生の計画性の無さを、私がからかっている場面の話です。そこにKanさんが話に入ってきました。

 Kanさん:おまえな~、計画的ということ分かってる?きっと、ちゃんとした計画を立て、きちんきちんとそれを実行することだと思っているだろ~。

 学部生:頷く

 Kanさん:計画的というのはな~、早め早めに仕事を終わらすことなんだ。

 実にコンパクト意味のある表現です。

 社会に出れば、自分のペースで、自分の計画通りに仕事をこなせるなんてあり得ません。それが普通です。もし、自分のペースで、自分の計画通りに仕事がこなせるとしたら、その人が無能だと周りから思われている証拠です。社会において有能であると認められた人なら、自分の予想とは別に、どんどん割り込んできます。それも、とんでもない仕事がドカドカとです。だから、社会に出て出来る計画性とは、とにかく自分の目の前にある、出来そうな仕事から早め早めに終わらせるしかありません。

 でも、相当の能力のある人の場合でも、その人の処理能力でも処理出来ないようなスピード仕事が舞い込み、仕事の山が出来る場合があります。そうなるとアップアップになってしまいます。私も今そうです。その場合は、まず出来ることを終わらせます。ポイントは、仕事をやり続けることです。細々した小さい仕事を終わらせると、どうしていいのか分からないような大きな仕事の全体の姿が見えてきます。そうすると、どこから手をつけていいかが分かってきます。どんなに複雑な仕事であっても、単純作業で終わる部分はあります。まずは、そのところから早め早めに終わせます。ところが、ごちゃごちゃと色々な仕事が入ってくると、とりあえず先送りするという人がいます。ところが、先送りしても仕事はへりません。さらに、後からの仕事も加算されて、さらに複雑になります。だから、とにかく出来るところを見出し、早め早めに終わらすしかありません。自戒のためメモりました。

06/02/22(水)

[]フキノトウ 16:31 フキノトウ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フキノトウ - 西川純のメモ フキノトウ - 西川純のメモ のブックマークコメント


 ここ数日の陽気で、雪が急激に溶けました。その結果、久しぶりに土が露出するようになりました。期待して、いつもの場所に行くと、案の定、フキノトウが出ていました。早速、採りました。雪国の良いところは、雪の下で育ったフキノトウを食べられるところです。この雪の下で育ったフキノトウの味と香りは、雪の降らない太平洋岸のと比べて天と地ほどの差があります。

 会議会議の間に1時間の空き時間が出来ました。院生さんの控え室で、フキノトウの外側の固い葉っぱを剥きながら、Kanさんと研究のことを話し合いました。会議続きで、イライラする毎日の中で、ホッと出来る久しぶりの時間を得ることが出来ました。数日中にはフキ味噌天ぷらになるはずです。

追伸 人の運命は、その人が全くあずかり知らない場所と時間に決まることがあります。もしかしたら、Kanさんとの話はそのような時間と場所になるかも知れません。全てが終わったら、その人に、このメモを教えてくださいね。Kanさん。

[]Y小学校 16:31 Y小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Y小学校 - 西川純のメモ Y小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日群馬県のY小学校から3人の先生方が来られました。目的は、我々の研究室の実践を学ぶためです。いつも通りの対応をしました。最初は私と1時間強、議論します。その後、院生さんと議論します。そして、院生さんの実践をビデオを見ながら再度議論します。

 全国から多くの先生が我が研究室に遊びに来て、同じような体験をします。しかし、Y小学校は凄いと思います。毎回、3人ほどの先生が遊びに来て、ついに、本年度中に常勤教師の全てが遊びに来ました。凄い学校もあるものです。感心します。同時に、その度毎に対応頂いた我がゼミ院生さんに感謝します。有り難うございました。皆さんの実践は、多くの先生の心に響いたと固く信じております。

06/02/19(日)

[]ウルウル 16:32 ウルウル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ウルウル - 西川純のメモ ウルウル - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日はK閣下がこれから3年間の研究計画の相談に上越に来ました。静かに承りました。しらばらくして涙が出てきました。「凄い」の一言です。かって私が大学院の時、私の研究に対する姿を表して、「砂漠洪水を起こすようだ」と後輩から評されたことがあります。「砂漠を緑にする」というレベルを遙かに超えたものです。K閣下の話を聞きながら、私自身がそれを感じました。

 K閣下研究計画を実現するには、1校レベルの協力ではとうてい無理です。地区レベルの全面的な協力が不可欠です。また草の根の教師ネットワークを構築しなければなりません。私なんぞには、どうやっていいのか皆目見当がつきません。ところが、その難しさを十二分に理解しているK閣下が出来るというならば、出来るのでしょう。また、我々の研究スタイルがいかに手間のかかるものであるので、現場の激務の中で行うのはかなり困難です。ところが、それを平行して二つ以上同時進行する計画です。でも我々の研究スタイルを良く理解しているK閣下が出来るというならば、出来るのでしょう。

 とにかく余人なれば「絶対に無理!やめな!」と指導するところですが、必ず出来ると確信します。K閣下によって「同僚性」の本当の姿が明らかになるはずです。

追伸 当日の夜はT先生博士OB博士D1、そしてK閣下と飲みました。飲み過ぎたせいだと思います。今日の翌朝、「いびき、かいていたよ」と言われました。私は普段は「いびき」はしないのですが、飲み過ぎると「いびき」をします。まあ、しようがありません。周りの勢いにつられて、コップ酒を水みたいにお代わりしていたのですから。

06/02/15(水)

[]合格 16:33 合格 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 合格 - 西川純のメモ 合格 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日博士課程の合格発表がありました。4年前に修士を修了されたK閣下が見事合格されました。本学の博士課程の学生さんは16名に過ぎません。そのうち3名が本学170の研究室の一つに過ぎない西川研究室の所属です。これは、十分誇って良い実績です。

 K閣下は既に西川研究室が過酷であることを十分承知の上で、あと3年間、プロトコルの海に漂う研究をされたいと希望されました。研究テーマは、若い教師の成長です。とてつもないテーマを選んだものだと思います。まさにヒマラヤの高嶺を登頂するようなものです。しかし、K閣下なら必ず登れると信じています(他の方でしたら、やめなよと言うところです)。ワクワクします。凄く期待しています。

06/02/13(月)

[]家が一番 16:36 家が一番 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家が一番 - 西川純のメモ 家が一番 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 土日と兵庫教育大学博士課程の試験のために出張に行きました。片道、実質7時間の旅です。家を出てから、家に帰るまでの間の食事は、駅弁コンビニ弁当ばかりの食事です。最悪。とあいえ、我がゼミの過酷な要求を 博士課程の3年間受けたいという奇特な人がおり、その人が、我がゼミOBなのですからしょうがありません。

 でも、出発の瞬間から、早く、家に帰りたくてしょうがありません。試験の「つぼ」を抑えた瞬間に、直ぐに、兵庫教育大学を出発しました。仲のいい先生に、車で高速バスバス停に送ってもらいました。高速バスで1時間半で新大阪に着き、指定席が取れないことが分かって、大阪に移動、30分並んで自由席に座りました。それから5時間の電車旅です。既に、直江津に行ける電車はないので、富山ビジネスホテルに宿泊。到着は11時20分。直ちに就寝。翌日、5時に起床。風呂に入って、ホテルを出発。途中、コンビニおにぎりを買う。駅到着。ベンチでおにぎりを食べる。電車に乗って1時間強で直江津に到着。タクシーに乗り、30分で自宅に到着。直ちに、朝食中の息子に「チュ」をして。くつろぐ。約15分後に息子と一緒に家を出る。それから6時半まで大学仕事・・。です。

 兵庫教育大学では、「もう一泊したほうがいいよ」という声が多かったです。でも、朝に家族と15分を過ごすために、富山に一泊しました。馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、その判断は正しかった!今日の夕食は、家内普通の食事です。

 現職院生さんと違って2年間の限定がありません。2年間ならば、私も耐えらます。でも、40の後半も過ぎ、これから19年間の生活パターンを作らなければなりません。家が一番、出張は嫌いだ!

06/02/10(金)

[]評価 16:37 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日は学部3年生の研究がどこまで進んだかを評価しました。

 何度も公開しているように、西川研究室では、研究の初期段階(約半年弱)ではいっぱい議論をします。そこで研究の方向性をしっかり固めます。しかし、その後は介入しません。もちろん、相談には乗りますが、まあ、お悩み相談程度です。何故なら、学習者が有能であること、そして、それ以上に学習者集団は有能であることを確信しているからです。

 でも、今年の3年生は殆ど相談に来ていない、本当に相談していません。また、会議会議で彼らの学部ゼミをじっくりと聞くことは殆ど出来ませんでした。短時間ですが参加した学部ゼミで、彼らが議論している声の調子から、質の高い議論が交わされることは理解しています。でも、とても不安になりました。そこで、何とか時間のやりくりをして本日の学年ゼミで5人の研究報告を聞きました。ビックリしました。実に質が高い。私は研究で飯を食っているものです。ものの数十秒も話を聞けば、レベルが分かります(詳細は「個人ゼミの前に」を参照)。それから各自10分弱程度の発表を聞かせてもらいました。

 一人一人が収集したデータ量(即ち、卒業研究にかけた時間数)は大きな差があります。結果として、夢物語を語っている段階もあれば、データ分析で詰まっている段階、第一段階を終え次の段階に進む悩みの段階があり、その差は歴然としています。しかし、全員が自分の課題を理解しており、自分の言葉で語っていました。3年のこの段階で、このレベルの語りが出来るのは我がゼミのみだと思います。それでは、何故、彼らがそのような語りが出来るか。研究は三つのことが大事です。それは、資料(本)を読み、自分で考え、人と語り合う、ことです。その中で特に大事なのは人と語り合うことです。3年の彼らは、学部ゼミでいっぱい語り合っていることが本日の彼らの語りは明確に示しています。人に語り、人から聞くことによって、自身の考え、他者の考えを作り上げることが出来ます。

 安心しました。私の仕事は「指導」ではなく、「環境を整え」、「評価」に専念できます。あと、もう一つは、もっともっと高い課題(つまり、厳しい課題)を与えることですね。

追伸 本日は、Gさん、Koさん、Hさんの論文の第1案を読みました。質の高いものであり、十分に学会レベルに達しています。しかし、3人のやった労力に比べて、こぢんまりとまとまっていると感じました。そこで、もっと高いレベルを要求しました。次の原稿楽しみです。

06/02/07(火)

[]心に響く言葉 16:38 心に響く言葉 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 心に響く言葉 - 西川純のメモ 心に響く言葉 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 最近メモ更新が滞りがちです。本当だったら、書くべきことはいっぱいあります。例えば、この前の金・土曜日には大阪出張し、Kuさんの博士口述試験がありました。一人の学位を出すために、3つの大学の5人の教員が、宿泊を含めて遠方から集まるというのですから、博士という学位は凄いものです。

 さて、そんな状態ですが、とても心に響いた言葉があったので、メモることにしました。

 本日修士論文発表会がありました。前回の口述試験以上にリラックスして聞けました。発表している院生さんもリラックスです。それもそうでしょう。今までに何度もあった、学会発表、そして全体ゼミ発表に比べればチャンチャラ楽です。指導教官バカですが、プレゼンの方法、もちろん内容のレベルの高さは格段です。終わった後、Kanさんと二人で発表について話しました。その中でOさんの研究が話題になりました。

 学び合いの有効性を語るとき、学力低位の子どもにとって意味あることは分かりやすいのですが、学力上位の子どもにとって意味あるかが議論になるときがあります。下手すると、学力上位の子どもは、学力低位の子のお世話に時間を取られ、時間のロスになりかねません。学び合いを推進する教師は、「教えることによって、学びが深まる」という理由で反論します。しかし、Oさんの研究は、そのような議論に新たな地平を開くものです。それは、子どもたちは学力によらず、教え手にもなり、学び手にもなることを明らかにしました。このことに関しては、我々の予備的な調査では明かですが、それを実証的なデータでしっかり採ったという点でOさんの研究意味深いと思います。

 学力上位の子ども学力低位の子どもから学ぶ場面を、Oさんの研究では実証的データで示しています。分かるものから分からぬ人に教えるという、単純な構図ではそのような現象は理解出来ません。その事に関して、Oさんは「結局、頭の良い子というのは、どんなことからも学び取れる能力がある。逆に言えば、そのような能力があるからこそ、成績が高い」と看破されました。まさに、その通りです。そのようなことをKanさんと話し合いました。そのとき、Kanさんが「学びにとって重要なのは、教え手ではなく、学び手なんですね。学び手さえしっかりしていれば、学びは成立するんですね」とポツリと言われました。その言葉、すごく心に響きました。

 考えてみれば当たり前です。リンゴニュートンに教えようと思って木から落ちたのではありません。リンゴは何にも考えていません。ところが、ニュートンはそこから万有引力の法則を学び取りました。学力上位の子どもは、学力低位の子どもが意図していない発言でも学び取ることが出来ます。そのため、両者に負担が無く、学び合いが成立するのだと思います。「学びにとって重要なのは、教え手ではなく、学び手なんですね。学び手さえしっかりしていれば、学びは成立するんですね」というのは、教育の発想の一大転換だと思います。だって、今までの教育では、教師がどのように教えるかが議論の中心となっていたんですから。

 分かってみれば、とてつもなく当たり前のこと。それでいて、囚われている頭では気づかないこと。そして学ぶことによって、自分の愚かさを知ること。このような快感を今年も多く得ることが出来ました。あと、10年間、20年間で、私はどれだけ、自分の愚かさを学ぶことが出来るのかワクワクします。

06/02/01(水)

[]同僚 16:39 同僚 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同僚 - 西川純のメモ 同僚 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 本日関係する全ての人事の手続きが完了したので、やっとオープンに出来ます。来年度よりKuさんを助教授として同僚に迎えることが出来ます。

 修士を修了させて3年、今年度中に博士の学位を取ります(私が主査として与える最初の博士です)。本学は、研究業績には全国でも有数に厳しい大学であるので、内心はビクビクものでした。しかし、実際は「正当」に評価されたため、ほぼ満額の評価を得ました。県も、極めて円満に送り出してくれました。ホッとしました。以前のメモにあるように、我々の中にある歪みの根本原因は、T先生管理職に移動したことに由来します。これを解決出来るのは、私しかいません。それ故、多くの時間と労力を費やしました。来年からは同僚です。指導院生より、格段に高度で複雑に「すご~く」期待しています。

 我々が目指していることは、高く、厳しいものです。今度のことは一歩に過ぎません。各位が、多方面で活躍されることを、「すご~く」期待しています。

追伸 どっかの大学の教師になったとたんに「先生様」になるなんてナンセンスです。あくまでも関係によって決まります。例えば、大学院の同級生であるOgや後輩であるTは、基本的な関係は同級生・後輩です。しかし、本学大学院に在学中は「○○さん」対「西川先生」です。修了すれば、もとの基本の関係(「○○」対「西川」か「○○」対「西川さん」)にもどります。従って、師弟関係のない方は、KuさんはKuさんのままであることは当然です。馬鹿馬鹿しいことですが、この手のことを気に病む人がいがちなので、一応、蛇足をつけました。

 なお、もう一つ、蛇足をつけます。十数年前のことです。現職院生さんが、自分の教え子を大学院につれてきました。いつもは「○○さん」と呼んでいましたが、その子たちの前では「○○先生」と呼びました。