西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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06/01/12(木)

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 「忙しいを誰も言わない学校」を読み終わったある方から、こんなメールをいただきました。

 私の学校は全校生徒50人の小規模の中学校です。(おわかりだと思うのですが・・・)自然に「総合」では異学年学習になります。そこで一番の問題になるのが「評価」に関してです。1学期、2学期とあまり考えず感覚的につけていました。(細かく評価しろといわれても忙しくなるだけなのですが・・・)こんなんでいいのかなぁと思いました。

 また、○○中学校で異学年学習を行っており、そこに研修にいったときの話です。その学校は中・大規模中学校です。理科の電流に関して1・2・3学年(33人くらい)で勉強をしていました。全員楽しそうに学習に取り組み、求めることができなかったのは10班中1・2班でした。その後の授業検討でも「評価」に関して問われ、何を基準に評価するのか?知識の差があるにもかかわらず、同じ評価基準でいいのか?ということでした。しかし、授業者の先生は「総合では、他学年とはなしをしたり触れ合うことが目的だからどうのこう」といってごまかされました。

 学習指導要領では「総合的な学習の時間に行った「学習活動」,「評価の観点」を記載した上で,それらの観点のうち,児童生徒の学習状況に顕著な事項がある場合などにその特徴を記入するなど,児童生徒にどのような力が身に付いたかを文章で記述する。」とありました。

 同僚の先生も評価に関して「この本は評価に関しては書いていないね」といわれました。

 評価に関してアバウトなもの(評価しにくいもの)に最大105時間もつかえることが不思議に感じてきました。そのくせ学力向上させろと言われても現場は忙しいのに・・・となってしまいます。ハード面を改善するにはどうしたらいいのでしょうか?自分のようないち講師があがいてもしょうがないことですが、先生がなにかご存知でしたら、教えてください。

 本日の2年生ゼミでも同様な質問を受けました。内容は、私語や立ち歩きを許すようなクラスで、どんな態度を評価したらいいのか?というものです。

 私の返答は、ほぼ同じものです。まず聞いたのは、「その授業の目標は何なの?」ということです。何を評価していいか分からない、ということは、何を目標にしていいか分からない、と同値です。だって評価というのは目標を達成したか否かを評価するのですから。もし教師が何を目標にしているか分からなければ、子どもたちに何を目標とするのかを語れるのでしょうか?もし、語れなければ、子どもたちは何を学習するのでしょうか?ナンセンスです。

 では何を目標とすべきなのでしょうか?実は簡単なんです。だって、指導要領や管理職学校のしがらみで決まっているならば、それが目標なんです。だって、きれい事言ったて、宮仕えの 身である我々はそれに従わなければならないんですから。それを率直に子どもに語らなければなりません。なんだったら、「いや~、先生もつらいんだよ」というような本音で語るべき場合もあるでしょう。

 もし、そんなものがないか、アバウトならばどうしらいいでしょうか?それは、自分や自分たちで決めればいいんです。宇宙のどこかに、フワフワと評価の正解があるのではなく、教師である我々が子どもたちの前で胸を張れる目標を語ればいいんです。それでは、どのような目標を語ればいいのでしょうか?それは、その人の学習者観・授業観・学校観が決め手なんです。学習者観・授業観・学校観は抽象論やお題目ではありません。それらは、明確な目標を語る指標となるべきものです。逆に言えば、それに繋がらない学習者観・授業観・学校観は抽象論やお題目です。回り道であっても、それに耐え得る学習者観・授業観・学校観を形成し、それに戻って考えるべきだと思います。

 ちなみに、私に質問をしたお二方は、両方とも我々の学習者観・授業観・学校観をご存じな方なので、それは省略しました。要は、その学習者観・授業観・学校観に戻って考えれば、自ずと「その人の答え」が出るはずです。

追伸 もし上記のように考えたならば、本に細かな評価項目を書いてあるなんて、不遜か愚かなことだと思います。だって、その学校クラスの諸条件を著者が千里眼で分かるわけありません。我々が出来るのは、そのようなことが自分で考えられるベースとなる学習者観・授業観・学校観を事例を通して共感してもらうだけのことです。

追伸2 某大学の事務系のある方が笑いながら『事務方が下案を用意していると「何で、そんなことを事務が決めるんだ!」と先生方から文句を言われる。そのくせ、下案無しで検討を求めると「下案無しで検討出来るか!」と先生方から文句を言われる。』と愚痴っていました。でも、そんな程度の「先生方」は文句は言えても、代案は出せないので、事務方が作った「下案」通りの案を受け入れるという「無様な」ことになります。他人様からどんな「下案」を出されても、それをニコニコ受け入れたふりをして、自分自身の願っていることを実現するのが教師です。だって、それが子どものためだったら、そうすべきでしょ。「指導要領や管理職学校のしがらみ」がどんなものがあっても、頭を使えば逃げ道はあるものです。「何で、そんなことを決めるんだ!」、「下案無しで検討出来るか!」と文句を言っているのは、単に怠惰なのかもしれません。