西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/11/08(火)

[]我々の授業 22:06 我々の授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 我々の授業 - 西川純のメモ 我々の授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 我々の授業を本でのみ知った人は、とても変わった授業だと思うでしょう。でも、上越に2泊3日ぐらい来て、我々の授業の様子をビデオで集中的に見た人の感想は、「今のままでいいんですね」です。このギャップはどのように理解したらいいのでしょうか?

 どんな先生も、教師の演説の部分があります。それは語る部分、板書する部分です。その後に、子どもたちが作業をする部分があります。子どもたちが、与えられた問題を解いたり、与えられた課題をといている部分です。その部分では、教師は机間巡視をしながら、子どもたちと会話しながらしています。この基本構造は、我々の授業も、一般の授業も全く同じです。では、どこが違うか?それは、それぞれの部分の比率です。一般の授業の部分前者が大部分を占め、後者は一部です。ところが、我々の場合は前者が一部で、後者が大部分です。つまり、比率の問題です。子どもたちの様子は基本的に変わりありません。両者の違いは、子どもだけで何とか出来る部分が大きいか、いや、小さいかの「考え方」の違いなんです。だから、我々の授業を見た人の感想は、自分が見知った子どもの様子が連続しているだけの姿を見て、「なんだ、ものすごく変わったものはないんだ」ということを知ります。しかし、同時に、「何で、このときに教師が指示を与えないんだ???」と思います。でも、教師がごちゃごちゃ指示を与えなくても、子どもたちがちゃんとやりとげることをビデオから見とれます。いや、自分がごちゃごちゃ言うより、早く、質高く達成することが見て取れます。そのあたりでビックリです。でも、我々のデータを通して、何故、教師がごちゃごちゃ言うより、早く、質高く達成できるかを理解するようになります。そうなると、「今のままでいいんですね」という感想を持つようになります。結局、重要なのは、今のままのスタイルで、子どもはごちゃごちゃ言わなくても、早く、質高くできるという考え方を獲得すればいいだけだと言うことが分かるんです。

 さらに、より多くのことを伝えたいと思ってます。それは、人によって様々でいいんだ、ということです。現在、多くの教師が頼っているノウハウは、一人一人の個性に関わりなく、一つの方法をすればいいんだ、と言っているように感じます。ここで、このような発問をし、次に、このプリントを配り、3秒間無言で、腕の確度は何度にして、これこれを言いなさい、というような具合です。でも、私はナンセンスだと思います。10人の教師がいれば、10人のスタイルがあっていいはずです。先ほどの、教師の演説の部分と、子どもたちの作業をする部分の比率は、一人一人違っていいはずです。また、授業の最初に何を語るかは、一人一人の教師、一つ一つのクラス、その人の授業によって千差万別でいいはずです。我々のOBは全く違った授業をしています。でも、子どもをどのような存在として捉えているか、学校教育は何のためにあるのかは共通しています。

 そのあたりを、我々の本を読んだ方に、正しく伝えるにはどうしたらいいか、それを考えています。