西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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05/08/31(水)

[]何故学び合いが主流にならないか? 10:32 何故学び合いが主流にならないか? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故学び合いが主流にならないか? - 西川純のメモ 何故学び合いが主流にならないか? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「何故学び合いが主流にならないのか?」と、学び合いフォーラムに参加されたYさんより質問を受けました。ごちゃごちゃとした説明を大幅に省き、今のところの私の考えを述べます。

 産業革命とともに、教育の大量生産が求められました。その中で作り上げられたのが、現在の学校教育の制度です。作られた現在より100年ほど前の時代は、情報は限られた人に握られ高価でした。従って、それを持っている教師が一斉に指導するという一斉学習の指導が発生しました。確かに、親方と少数の弟子のような徒弟制や、高等教育における場においては、学び合いは当然存在していました。しかし、 大量生産の学校教育を実現するためには、その当時はそれ以外の選択肢は無かったのだと思います。

 ところが、時代は変わりました。情報は安価になり、多くの人が得られるようになります。学校で学ぶことを知っているのは、教師ばかりではなく、学ぶ以前から子どもが知っている状況は一般的になりました。このような状況では教師が一斉指導するより、子どもたちが学びあった方が効果的です。しかし、それが一般的にならなかった最も根本的な原因は、親(その中には親である教師も)、そして、その集合体である社会が学校に求めているのは、家庭の代わり(つまり託児所)なんです。そして、教師に求めているのは、親の代わりなんです。それ故、一人一人の子どもに寄り添って、と教師に求めます。そして、教師自身もそうすべきだと思いこんでいるので、それを自らに強います。

 何度も書いているように、教育において正しいことは、多くの人が既に気づいているものだと思います。我々が主張していることが、天地開闢以来初めてだと主張するつもりはありません。多くの心ある先生が気づいているはずです。しかし、その多くの先生方も、「本当は親のように、一人一人に寄り添うべきなんだよな~」という気持ちを持っていたため、全面的に学び合いにすることを躊躇われたのではないでしょうか?それでは、何故、そのような気持ちを捨てきれなかったのでしょうか?私は、その原因は、ちゃんとした実践の場に即したデータがなかったためだと思います。

 私は教育の実証的研究で最も多くの論文を書いた研究者の一人だと自負しています。その私は、「教育において実践の場に関する実証的データはほとんど無い(もしくは、全く不十分だ)」と断言できます。だって、考えても見て下さい。40人の子どもを一人の教師が「一人一人寄り添う」なんて出来ると思います?45分、50分の授業を40人で割れば1分強です。それで何が出来ます。さらに、一斉授業で授業時間の殆どを教師の演説で占められている現状を考えれば、一人の子どもに10秒程度しか対応できないはずです。事実、私が高校教師だったとき、全ての子どもに授業中に一声かけようとしたとき、かなり無理しなければ出来ないことを、はっきり覚えています。

 今の状態では10秒程度しか個別対応できません。こんな小学生でも分かる算数が、何故、多くの教育関係者が分からないのか、私には理解できません。30人の少人数学級にしたら、10秒が12秒になります。それを2名のTTでやれば24秒になるかも知れません。でも、50歩100歩にすぎません。でしょ?皆さん。一人一人に寄り添うことを軽く見過ぎています。本当は、1時間の授業を、1時間かけて個別対応しなければなりません。従って、少人数、到達度別学習で研究指定を受けた学校が、それに見合った効果を確認できないのは理の当然です。そして、ピグマリオン効果、ハロー効果で出た結果を、少人数、到達度別学習の成果としているに過ぎません(かなりの、疑いを当事者が持ちつつ)。

 残念ながら、小学校算数でも分かる誤りを正すに足るデータは現在ありません。おそらく、少人数、習熟度別を否定することは比較的容易いでしょう。でも、求められているのは、それに代わりうるものです。子どもも教師も親も納得できる代わりうるものです。

 Yさんへ。その事を実現するために、我々は研究しています。そして、その成果を広く還元したいと思っています。我々は同志を求めています。宜しくお願いします。

05/08/30(火)

[]脱稿 10:33 脱稿 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脱稿 - 西川純のメモ 脱稿 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『「忙しい!」を誰も言わない学校』が脱稿しました。他の仕事があったため先延ばしにしていましたが、本日、20ページほど加筆して完成しました。K閣下からはじまって、ヒデコバさん、M夫さん、Y本さん、Ymさん、Hの研究のオンパレードです(Yzさんの研究は、教師教育の研究蓄積がなされるまで待とうと決めました)。改めて研究成果を読み直してみると、ウルウルします。我が研究室の成果ながら、本当に凄いと思います。後は出版社の方にお任せです。今年中には出版される予定です。

追伸 ここでホッと出来るかなと思ったところですが、そうは問屋が卸しません。昨日、上越教育大学の大きなプロジェクトが、文部科学省に採択されました。これがまた大変なプロジェクトなんです・・・・

05/08/29(月)

[]学会 10:34 学会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学会 - 西川純のメモ 学会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子が生まれてから、添い寝は私の担当です。今日、添い寝すると、いつもながら、私の枕を自分の枕にくっつけようとします。そこで、「○○ちゃんは、あまえんぼちゃんなんですか?」と聞きました。今日は、「お父さんが、好きで、好きで・・」と言いながら、私の腕に絡ませながら、密着します。息子の耳元で、「生まれてくれてありがとう~」と言うと同時に、「神様、仏様、ご先祖様、ありがとうございます」と祈りました。

 冬と夏と秋の学会は、我々の研究室の院生さんが、いつのまにか論文を作成できるための仕組みなんです。そして、K閣下の研究が示すように、人間関係をつくりだす仕組みでもあります。私は出張が嫌いです。毎日、普通に、家内と息子と眠りたいと願います。ところが、出張が重なりがちです。でも、院生さんに場を提供し、自然にまとめる節目をもうけるためには学会参加は必要だと確信しています。しかし、本当は最低限にしたい。ところが、世の中、色々な突発事故があるもの。来週の出張も、イレギュラーの出張です。でも、その出張を最大限意味あるものにしたいと思います。

追伸 家庭持ちの皆さんには大変な部分が多いことは、よ~く分かっています。でもね、それが無かったら、論文をまとめるのがやっつけ仕事になることは分かりますよね。それに、2年間で終わりとちがって、私の場合はあと20年間あるんです。


[]博士 10:35 博士 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士 - 西川純のメモ 博士 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日曜日の夜には博士課程の皆さんが集まりました。現修士メンバー、関係者が集まり11人があつまり、大いに盛り上がりました。私は1次会で退散しましたが、皆さんは午前様で盛り上がったそうです。しかし、元気な皆様は、二日酔いにもならず、しっかりしたプレゼンをされていました。よかった。修士で鍛えられた皆さんですので、なんの心配もありません。安心して聞いていました。あとは結果のみです。期待してます

05/08/27(土)

[]面接 10:36 面接 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 面接 - 西川純のメモ 面接 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は大学院入試です。私は面接担当です。心の中で、「私の見知った人の面接にあたったらどうしよう。」と思いましたが、幸か不幸か、事前に連絡があった方はいませんでした。ところが、隣のブースにそれらの方が座られしゃべっている声が聞こえます。ついたてがあるものの、直線距離は3mぐらいの距離です。イヤでも耳に声が入ってきます。私の目の前の方の話に集中しなければならないのですが、無意識のうちに耳がダンボになってしまいました。

 受験生の皆さん。ご苦労様でした。

追伸 明日は大事な休日です。だって、来週の土日、来来週の土日は出張です。今日は「お父さん」を一人置いて、家内と息子は電車で糸魚川までの往復に出発しました。寂しいよ~。

05/08/26(金)

[]手応え 10:38 手応え - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 手応え - 西川純のメモ 手応え - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は群馬で講演しました。とっても気持ちが良い!

 もともとは一つの小学校の校内研修会に呼ばれたものです。ありがたいことです。でも、その後の展開は平常とだいぶ違います。まず、校内研修会に向けて先生(つまり私)たちの研究を勉強したいから本を著者割りで購入したいとお申し出があり、かなり大量に購入されました。さらに、この前の新潟のフォーラムに大挙して参加していただきました(宿泊こみで)。そして、その学校から校内研修会の案内を地域の学校に案内したら、多くの学校から参加がありました。最終的には約60人の先生方が参加しました。この手の研修会の平常がどうなのかわかりませんが、他校の校内研修にこれだけ参加者がでるということは常態ではないと思います。本日はお昼を「ごっそうに」なりましたが、その際はお二方の校長先生(とっても気さくな先生です)が「そろい踏み」でいっしょに食べました。県レベルの研修会とは違って、あくまでも出る、出ないが判断できる一つの学校の研修会に、これだけの先生方が参加していただいたことを、心から、心から光栄に思います。さらに、その後の質疑応答の時間は充実したものでした。平常の私の講演の場合は、「質問は・・?」となっても、質問者は私の熱い(正確には暑苦しい)講演に当てられ、頭がパンパン常態になります。そのため、ほとんど質問が出ません。ところが、ところが、今回の講演では、あとから、あとから、当を得た、厳しくも暖かい質問が出ました。嬉しかった。前日の講演と同様ですが、学び合いに関する職員集団の意気込みが感じられます。すごく嬉しかった。

 講演でも、講演後の校長室での話し合いでも、「教員のモチベーションを維持するポイントは、教員集団の学び合いの目的と場を仕組めるかです」と語りました。でも、家に帰って思いました。これだけの現場の先生「集団」のモチベーションを維持し、発展することは基本的には学校の取り組みだと思います。でも、そのような学校集団のネットワークを作る必要を感じます。例えば、ある学校での学び合いの取り組みを、別な学校が受け止め、それ以上の目標を設定し取り組む。その結果をまた別の学校が受け止め・・・、その連鎖を生じる目標と場が必要です。そうなったら、どんなことが出来るのでしょう!ワクワクします。昨日も、本日も、多くの先生方の願いと、管理職の願いの凄いパワーを感じます。

[]Z旗 10:38 Z旗 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Z旗 - 西川純のメモ Z旗 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私と同年代か、年上の先生からメールをいただいた来ました。内容は「小生,久しぶりに熱くなった一日でした。年寄りですので健康のためあまり熱くならないようにと思っていたのですが。」です。 しかし、その後の文章は「熱」を感じる文章でした。それに対する私の返答は、以下の通りです。

『熱くなりましょ!

もっともっと熱くなりましょ!

でも、熱くなり方は、20代、30代、40代、50代では違うと思います。

我々が20代、30代の熱くなり方をしたら、直ぐにオーバーヒートしてしまします。

20代の熱くなり方は、とにかく走る!

30代、40代前半の熱くなり方は、企画を提案する!

でも、40代後半以降の熱くなり方は、30代、そして、40代前半の人を「おだて」、「守る」ことだと思います。

走る必要はありません。

静かに熱くなる、それが先生と私の熱くなる仕方なのだと思います。

そういう熱くなり方は、健康に良いと思いますよ。

私には出来ないことを先生は出来ます。

私はきっかけしかできません。

あとは先生をはじめとした皆さんの仕事です。

とっても、期待しています。

そして、アフターサービスは、ばっちりです。』

 私は40歳までは、私が研究を企画し、私が研究をしていました。しかし、その後は、方向性は示すものの私より若い人の後ろについていく研究スタンスです。現場の先生方への研究還元は、いままでは私がやっていました。でも、正直、我々が願っていることの大きさに比べて、私の能力はちっぽけなモンです。研究でのスタンスのシフトと同じことを今後しなければと思います。幸い、それらがどんどん行われています。K閣下は県のレベルで積極的に成果を還元し高い評価を得ています。Kさんは、なんとM県の県センターに講師として呼ばれています。本日は、Kさんが校内研修会の講師様として講演をされました。その他、多くの同志が、その場で活動をされていると思います。

 本心から願います。同志のみなさん。私はちっぽけな人間で、家庭人です。とても我々が願うことを実現するを担えるような人間ではありません。とにもかくにもいっしょにやりましょう。そのきっかけ、皆さんの交流の場の声かけぐらいしてか出来ません。実現を10年先に設定しようかなとも思いますが、その間に苦しむ子どもや教師を捨てて良いとは思いません(不遜ながら)。私は焦っています。

 日露戦争の時、Z旗を掲げたそうです。その意味は、「皇国の興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ」です。皆さんのおかれた状況の中で、ご自身の家庭に不都合のない範囲で奮闘努力しましょう。私も努力します。

05/08/25(木)

[]初体験 10:42 初体験 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 初体験 - 西川純のメモ 初体験 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は現メンバーのKさんの現任校で講演をしました。この講演は色々な意味で初めての部分があります。

 その学校の先生から、私の講演の前に勉強したいから本を紹介して欲しいというお申し出がありました。そこで「学び合う職員室」というメモに書いたことを求めました。そうとうきつい要求でしたが、良く応えていただいたようです。おかげで、色々な先生から講演会の後の質問が出ました。特に、若い先生からも質問が出て嬉しかったです。私の講義や講演を聴いた人なら分かるのですが、私の講演を聴いた後は「頭がパンパン」になり、とても質問を言える状態ではありません。従って、講演会の後にあれだけ当を得た質問があったと言うことは、予習がしっかりやられているという証拠です。これは凄いことです。

 また、この学校での講演に関して安心できます。何故なら、Kさんが職場にいるからです。だから、「詳しくはKさんの授業を見てください」と言えます。うちのOB、現メンバーの学校で講演したのは、今回初めてです。

 もう一つ初めてのことがあります。駅に教務主任の先生が迎えに来ていただきました。その先生の誕生日は私と同じなんです。当然、とても良い先生に決まっています!その先生は左ハンドルの外車にお乗りでした。乗ってから気づきました。左ハンドルの外車に乗ったのは、45年の人生で初めてでした。

 気持ちよく語れ、時間通りに家に帰り、今、家でくつろいでいます。目出度しめでたし。明日は群馬で講演です。

05/08/24(水)

[]安上がり 10:44 安上がり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 安上がり - 西川純のメモ 安上がり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子はお気に入りのおもちゃ・本を枕元に置きます。夢の中で遊ぶそうです。最近のお気に入りは新聞折り込みの広告です。

 息子は電車が大好きです。二三回、電車に乗せると、その路線の駅を覚えます。そして、「ガタゴトー、ガタゴトー、次は~○○です。開くドアにご注意下さい。」と言いながら家中を走り回ります。最近は電車のビデオで知っている路線の駅を教えろとせがみます。そこで、 家内が新聞折り込みの広告の裏に、時刻表を使って駅の名前を漢字とふりがなで書きます。読み方が分からないときは、私がインターネットで調べます。新しい路線の紙を作ると3、4日はそれで遊びます。本当に、安上がりです。

05/08/23(火)

[]ありがとう! 10:46 ありがとう! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ありがとう! - 西川純のメモ ありがとう! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先週の「学び合いフォーラム」は内容的に大成功だと思います。感激しました。私も数多くの研修会に参加しましたが、今回の会は我々らしいオリジナリティがあったと思います。第一に、公開ゼミという形式です。生の子どもの姿をもとに、徹底的に語り合うという形式は、意外に、研修会でやられていなかったようです。また、徹底的に学術に裏打ちされた実践的な研究の発表は、学術と実践の両立を願っている我々の特徴が出ているものだと思います。我々の間ではごくごく普通にやっています。しかし、当たり前すぎて見逃していましたが、このような形式はとても大事なことだと思います。

 終わってから、色々なアイディアを頂きました。例えば、「30歳限定のお悩み相談コーナー」というのもありました。面白い企画です。初対面の人が集まる研究会で、若い人が質問したり、意見を言ったりするのは大変です。そのような人の悩みを聞くことによって、我々も学ぶことが多いと確信しています。その他、ここでは書ききれないほどのアイディアを頂きました。そのようなアイディアを頂ける人たちの知恵を、今回は生かし切れなかったことを残念に思います。同時に、来年はそれらの知恵を結集し、学び合いによって会を企画・運営したいと思いました。このような会に出会えたことを、深く、深く感謝します。

 会の声かけと調整をして頂いたKさんありがとう。

 Kさんのお知り合いで、初対面でしたO木さん、K田さん、M野さん、ありがとうございます。当日は、ちゃんとご挨拶できず、すみません。何よりもネットワークが広がっていくことが嬉しく思いました。

 運営のために、遠方から来てくれたヒデコバさん、Yzさん、Iさん、H、グレートOさん、M膳さん、ありがとう。懐かしい顔と、相変わらずのパワーを嬉しく思います。皆さんの進んだ道、また、進もうとする道に間違いはありません!

 ずっと裏方で頑張ってくれたM婦人、ありがとう。当日、受付の横でいっぱい伺ったお話、参考になりました。

 準備で頑張ってくれたのですが、セミナーには諸般の事情で参加できなかったYdさん、Mさんありがとう。次は日程調整したいと思います。

 新潟市に住んでいるKさん×2、前日の準備もご苦労様でした。また、現メンバーとの調整役として頑張ってくれたObさんありがとう。気を遣う役目でしたね。

 M2のIさん、Gさん、Oさん、有り難うございます。参観者に学術と実践の融合のあり方を伝えられたと思います。

 M1のKさん、Tさん、Hさんありがとう。来年は、一層期待していますよ。

 学部4年のO、ありがとう。懇親会までつきあってくれて有り難う。色々からかったけど、君は大きく成長しているよ。

 学部3年のT×2、Sちゃん、ありがとう。若い君たちがいるということの効果は、YmさんやHの研究で分かっているよね。

 そして、参観者の皆さん、ありがとうございます。殆ど組織的な宣伝をしていないのにもかかわらず、この会の存在を見出し、参加して頂き感謝します。

 そして、そして、最後に互いにありがとう。おそらく、皆さんは互いにありがとうと言いたい気持ちだと思います。我々は子どもたちの学び合いを研究しています。しかし、学び合いが有効であり、そして必要としているのは教師も同じです。今回の会では、参加した全員が学び合う機会を持てたと思います。

 さて、みなさん、次に向かって頑張りましょう!すご~~く、期待しています!

[]天啓 10:47 天啓 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 天啓 - 西川純のメモ 天啓 - 西川純のメモ のブックマークコメント

  学者人生を20年やっていますが、いわゆるひらめきというのは、そうそうありません。しかし、今日は天啓がありました。

 私にはなかなか分からなかった謎がいくつかあります。その一つに、「なぜ、我々の学び合いが学校教育で主流にならないのか?」という問題があります。だって、我々の学び合いをやれば、成績は上がる、子どもたちの人間関係は良くなく、そして、教師は気が楽になる、と良いことずくめです(ちなみに、もう一つ、簡単というのもあります)。本当にいいものは世に広まるはずです。ところが現状はそうでもありません。もちろん、我々以前にも多くの心ある教師は気づいており、実践していました。でも、それが主流にならず、「指導無きところに、成長無し」という方は少なくありません。何故なんでしょうか?

 その手がかりはいくつもあります。以前のメモ「未来」に書いたように、アルビン・トフラーの「第三の波」によれば、従前の世界は、「規格化」、「専門化」、「同時化」、「集中化」、「極大化」、「中央集権化」という共通の性質があります。そして、新たな時代は、それの対極である、「デファクトスタンダード」、「プロシューマ」、「24時間化」、「分散化」、「ミニチュア化」、「分権化」であるとしています。現行の教師主導を根付かしているものの最大の要因が、学習の最大の手段が、高価で有限な教師であるというモデルに則っているからだと思います。たしかに、印刷物が高価で、それ以外の情報取得の方法が口伝である戦前においては、たしかにそうかもしれません。しかし、印刷物が安価になれば、教師に頼らずとも良質の参考書があります。少なくとも、教師と子どもとの相互作用が限定された現行の指導方法であるならば、下手な教師が教えるより参考書の方が有効です。さらに、テレビ等の情報は、下手な書籍よりも金をかけた情報を無料で提供してくれます。さらに、インターネットの普及によって、多様な情報を簡単に取得することが出来ます。つまり、現在の「指導無きところに、成長無し」は、前時代の状況に根ざすものです。

 さらに、最近集中的に読んだリッカートの経営学も示唆に富んでいます。そこに書かれている、良き管理者として書かれているものは、我々が述べているものと全く一致しています。ところが、必ずしも世の管理者は、「指導無きところに、成長無し」ということを言っていいます。リッカートはそれを嘆いています。そして、リッカートは、何故、そのように間違った管理がなされている理由として、ちゃんとした評価がなされていないことを指摘しています。教育も全くそうです。例えば、「指導無きところに、成長無し」ということも、「教科の力が良いほど、良い教師」とうような素人的には受け入れやすい仮説も、それが正しいということを証明する実証的な研究はありません。しかし、経営学のレベルでは、それは嘘であるということを証明する実証的な研究はあります。

 しかし、私には今ひとつ腑に落ちないところがありました。「指導無きところに、成長無し」という考え方が、19世紀の世界で必要とされた理由もトフラーによって分かります。そして、その状態が変わっているのに、それが正されない理由もリッカーの考えからも分かります。しかし、今まで私が腑に落ちなかったのは、19世紀以前においても、「指導無きところに、成長無し」と いう教育観があった点です。

 もしそれが分かれば、「指導無きところに、成長無し」が前時代の「規格化」、「専門化」、「同時化」、「集中化」、「極大化」、「中央集権化」によって学校教育というシステムが作られ、正しい検証がなされなかったため、今に至ってもそれが続いているということが分かります。

 本日、夕食の後の息子の歯磨きをしながら分かりました。私は「指導無きところに、成長無し」という方針で、息子を教えています。おそらく、親が子を指導する場合は、それは正しいのかもしれません(あくまでもごく初期ですが)。以前のメモでサルの本能のことを書いたように、我々の中にある本当は基本的にサルの本能に近いものがあります。そして、サルの教育は親から子を基本としています。そこにいたって疑問が氷解しました。

 つまり、我々ホモサピエンスは群れの中で学び合う能力をDNAの中で刻みつけると同時に、その初期段階は「指導無きところに、成長無し」という親子関係の教育もDNAに刻みつけていたのだと思います。それが産業革命以後の「規格化」、「専門化」、「同時化」、「集中化」、「極大化」、「中央集権化」によって、システム化されました。ところが、次の時代になって「デファクトスタンダード」、「プロシューマ」、「24時間化」、「分散化」、「ミニチュア化」、「分権化」になったのにもかかわらず、正統な実証的なデータが無いため、そのままの状態が続いています。

 そして、そのベースになっている誤解は、教師が自分の子どもを教えると同じように、自分の教え子を教えるべきと考えている点です。しかし、親と教師は別です。親は教師にはなれません。考えて下さい。自分の子どもを含むクラスの担任になれるでしょうか?逆に、教師は親になれません。考えてください。数十人の子どもに対して、自らの子どもと同じように出来るでしょうか?ナンセンスです。

 従って、我々は三つのことを主張すべきです。第一は、「現代社会において教師が最善の教え手はない。」ことを、実証的なデータで示すべきです。第二は、「教師は親ではないし、親は教師ではない。そして、別々であることに倫理的な問題はない。いや、両者を一致させようとすることが問題だ」ことです。本日は、すっきりしました。

[]天啓(その2) 10:47 天啓(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 天啓(その2) - 西川純のメモ 天啓(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 分かるときには、本当に分かるものです。私にとって、ずっと分からなかった疑問は「学び合いを目標とすべきか?」です。おそらく、我々の学び合いが理解できない人には、全く禅問答のように意味がないように思われるかもしれません。しかし、我々にとっては根本問題です。というのは、我々の考えの基本は、子どもは有能であるという確信があります。「学び合い」は手段であって、目標ではありません。目標は、一人一人の自己実現です。一人一人が自己実現を願うならば、子どもたちが選択する方法が学び合いなんです。だから、「学び合いを目標とすべきか?」という考えは 、「否」が我々的な回答です。ところが、実際のクラスにおいて、学び合いを目標としたくなります。そして、教師の直感で、それが正と感じる場面があります。そこが悩みの種です。

 本日分かりました。私は、「学び合い」に「仲良くなる」、「学び合う」、「メンバー全体が高い達成度を実現する」の三つをごっちゃに願っていました。しかし、管理者としての教師が願うことは「メンバー全体が高い達成度を実現する」なんです。それを願うことは間違いはありません。仲良くならなくても、学び合わなくても、いいんです。求めることは「メンバー全体が高い達成度を実現する」です。その集団に適正ならば(そして、圧倒的大多数の場合は)、子どもたちは大部分(全部とはいいません)は仲良くなるし、学び合います。そして、かぎりなく全員が高い達成度を実現します。

 私は今まで個人個人に対して高い達成度を求めとめるべきでした。そして、学び合うことを強制するべきではないと考えていました。しかし、今は「メンバー全員」に対して高い達成度を求め、学び合うことを強制するべきではないと考えています。ポイントは管理者としてメンバー全員の成果を求めることは正当だと考えている点です。

 分かってみれば、あたりまえ。そして、その多くは以前から言っていたこと。でも、その腑の落ち方、確信の度合いに大きな違いがあります。おそらく、我々の考え方が分からない人にとっては、無意味な議論なんでしょうね。でも、これが腑に落ちるか否か、確信するか否かが、授業の姿に現れることを実証的なデータで示しているのが我々です。

[]感度 10:47 感度 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感度 - 西川純のメモ 感度 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎日、息子の添い寝をします。その部屋には空気清浄機があります。空気がキレイなときはランプが緑色です。空気が汚れたときに赤くなります。本日、息子の添い寝をしているとき、オナラをしました。そのとたんに空気清浄機のランプが赤くなりました。馬鹿馬鹿しくて寝ている息子の脇で必死に笑いを押し殺しました。

 息子と寝ている部屋は7畳半の部屋です。可能性は二つです。7畳半の部屋にオナラ一発で反応するほど敏感な空気清浄機なのか、空気清浄機を反応させるほどのオナラ一発なのかです。私は現代の機械の素晴らしさを信じるが故に、前者を採用したいと思います。

05/08/20(土)

[]講演会 10:48 講演会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演会 - 西川純のメモ 講演会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 一昨日は新潟市で250人の国語の先生方を前に講演しました。80分の時間内に「いっぱい」語りたいことがあったので、最初の馬鹿話は省略しました。普通、この馬鹿話を省略すると、講演で笑ってもらえるまでの時間が長くなります。ところが、今回は何故かすんなりと笑ってもらえました。また、いつもより多くの部分で笑ってもらえたので、気持ちよく、勢いよく語れました。国語の先生とは波長が合うのかな~と思いました。

 翌日の午前中に会議があるため上越に戻り、会議が終わり次第120Km離れた新潟市に戻ります。本日の準備のために会合を持ちました。新潟市で一泊し、本日は新潟市のユニゾンプラザ(一昨日の講演場所と同じ)で学び合いのフォーラムで講演します。ところが今回はちょっとやりづらいです。というのは、私が講演で紹介する研究をやったご当人が多数来ます。そのご本人が語るのですから、私の出番がありません。何を話そうかな~と考えました。色々と考えた末に、何故我々が学び合い研究にシフトしたかを、認知心理学研究の成果を元に語りたいと思います。つまり、よく分かっている教師は、良い教え手ではないことを語ろうと思います。この話は大学の講義の際は語ることですが、講演会で語るのは初めてです。

 本日は、久しぶりの同志といっぱいあえます。楽しみです。

[]学び合いフォーラム 10:48 学び合いフォーラム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合いフォーラム - 西川純のメモ 学び合いフォーラム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「学び合いフォーラム」が新潟市で行われました。実にいい会でした。手作りで、手探りの会でしたが、実にいい会でした。このような会をどのように運営されるのか、終わって、やっとイメージできるようになりました。この会ではノウハウを伝えるのではなく、具体的な生の授業の画像、データを基に、徹底的に語り「合う」ことを通して、考えを共有しようとする会です。これは、教師の研修会としては画期的なものだと思います。これを守り、育てなければならないと思いました。

 今まで通りの授業では、泣き、崩れていく多くの子どもがおり、教師がいることを知っています。我々の試みは小さいものかもしれませんが、きっと花開くものと確信しています。日本各地から集まって頂いた参加者の方々に深く感謝します。また、この会の準備、実施に関わって頂いた方々に深く感謝します。

追伸 とても気持ちよく眠れます。余韻に浸りながら。

05/08/17(水)

[]怒濤の日は続く 10:50 怒濤の日は続く - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怒濤の日は続く - 西川純のメモ 怒濤の日は続く - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先日のメモで、以下をせねば、と書きました。

 『1.来訪する名古屋市の先生との面談

 2.8月20日の講演会のOHPづくり

 3.連合博士課程の本の原稿の最終調整

 そして、空いた時間を使って4回連載記事の残りの2回分と、新刊の本の加筆をやりたいと思います。』

 幸い、最後の「新刊の本の加筆」以外は本日終了しました。4回連載分を出版社に送ったら、「驚きです。さっそく4回分をいただけるとは!原稿督促が編集者の仕事。ありがとうございました。」という丁重なレスを頂きました。でも、私にとってはあたりまえのことです。だって、連載を一貫した主張でまとめるとしたならば、全体を書かなければなりません。とりあえず、第一回の原稿を送った後に、第二回の原稿を考え始めたら前後の論理に齟齬があった場合、直しようがありません。それに、山ほど仕事を抱えている人だったら分かると思いますが、目の前の仕事を今、こなさなければ、後から来る仕事の山に押しつぶされます。ちなみに、4回分の連載にかけた時間は総計で6時間程度です。全体の構想に2時間で、その後は4時間かけて雑誌3頁×4回の原稿を仕上げました。

 これから1ヶ月の間に、平常の業務以外に絶対やらなければならない仕事をメモります。(おそらく、それ以外の仕事はドンドン増えるでしょうが・・)

 新潟市(2回)と埼玉県と群馬県の講演、札幌と岐阜の学会に参加で計11日間の出張。

 大学院の入試

 博士課程の院生の指導

 文部科学省に出す書類2種類

 新刊本の加筆

 その他、時間のかかる会議が5回程度

 ふ~。それ故、とにかく目の前の仕事をちゃちゃとこなしています。

05/08/15(月)

[]不思議だな~ 10:57 不思議だな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不思議だな~ - 西川純のメモ 不思議だな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、家内から「不思議ね~」と聞かれて、私も答えられず「不思議だ~」と思うことがあります。

 少なくとも私の年代、もしくは近い年代の方だったら分かると思うのですが、私にとってはデパートはパラダイスでした。屋上には遊園地があり、ゲームセンターがあり、アイスクリーム屋さんがありました。また、オモチャのコーナーは、フロアーの大きなスペースを占め、多種多様のオモチャがあふれていました。ところが、最近のデパートの屋上は、私の記憶の世界よりかなり貧弱です。さらに、オモチャコーナーなどはさらに悲惨です。すみっこに申し訳程度しかありません。一方、元気なのはスーパーです。ちょっと気の利いたスパーだと子どもコーナーを設けています。私の住んでいる上越でもっとも大きなオモチャ屋は、大型スーパーのジャスコにあります。

 この変化は私の気のせいではないように思います。でも、なんで変化があったんだろう~。不思議です。

[]書名決定 10:57 書名決定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 書名決定 - 西川純のメモ 書名決定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 次の本が秋に出ることが決まりました。内容は異学年、ジェンダーです。当初の考えていた書名は「学び合う学校」です。ところが、出版社の方からインパクトが弱いとの注文が来ました。どうしようかな~と思っていたところ、Mさんより知恵を授けてもらいました。それにちょっと手を入れて『「忙しい!」を誰も言わない学校』として、副題は『暇な先生は読んではいけません!』にしました。出版社に提案したらOKしてもらいました。この書名にあわせて、内容を少し手を入れたいと思っています。

 現場の先生から「忙しい!」という言葉をよく聞きます。でも、その話を聞くと、忙しさを自ら作り出しているとしか思えないことが多いようです。つまり、子どもに任せればいいのに、子どもを信じられないために全部自分でひっかぶります。さらに、教師集団で対応すればいいものを一人でひっかぶります。本では、子どもに任せなさい、という流れでまとめようと思います。最後の教師集団に関してはIさんの研究や、Tさんの校長研究も出したいのですが、それはもう少しまとまってからにしようと思います。今回の本では、Ymさんの多学年の異学年学習、Hの年の離れた集団の学び合いを入れ、なんとかYzさんの教師同士の学び合いまでを入れようかと思っています。

 ちなみに次以降の書名は以下の通りです。学び合いが学力向上に効果的であるということを多くの先生に知ってもらうための研究をまとめて『「勉強しなさい!」を言わない授業』を考えています。さらに、子どもたちに任せれば、教師が主導するより遙かに早く課題が達成できることを多くの先生に知ってもらうための研究をまとめて『「早くしなさい!」を言わない授業』を考えています。このあたりははっきりしていて、あと2年間のうちには発刊できるでしょう。さらに、そのころには評価・評定に関する本、障害児教育に関する本も具体化するはずです。さらに、早急にまとめなければならないと思っているのは、OBの授業をそのまままとめた本です。

 これから明らかになることを考えるとワクワクします。しかし、そんなことより、まずは『「忙しい!」を誰も言わない学校』として、副題は『暇な先生は読んではいけません!』の原稿をまとめねば・・・

[]怒濤の一日 10:57 怒濤の一日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怒濤の一日 - 西川純のメモ 怒濤の一日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は2週間ぶりに上越に帰ってきました。出張中もインターネットで仕事をこなしていましたが、やはり仕事の山でした。とにもかくにもこなしました。本日片付けた仕事の一覧です。

 1.某学会の学会誌編集の業務

 2.本学組織改革に関する2週間分の空白を埋めるために関係者より情報収集

 3.教師用雑誌の2ページの記事

 4.別の教師用雑誌の4回連載の記事のうち2回分

 5.8月18日の講演会のOHPづくり

 6.兵庫教育大学の集中講義のレポートを評価

 7.教師用雑誌の9月号の初稿チェック

 8.その他、たまりにたまったメールと郵便の処理

 以上の通りです。そして明日中にこなさなければならない仕事は以下の通りです。

 1.来訪する名古屋市の先生との面談

 2.8月20日の講演会のOHPづくり

 3.連合博士課程の本の原稿の最終調整

 そして、空いた時間を使って4回連載記事の残りの2回分と、新刊の本の加筆をやりたいと思います。しかし、明日になれば明日の仕事が入ってくることは目に見えています。本日は、盆休みだったので、私に電話をかけて来るであろう人がお休みです。でも、明日になれば、どんどんかかってくるはずです。それに来週ある二つの講演会の準備もしなくては・・・

05/08/14(日)

[]やっぱりそうだった(その2) 10:58 やっぱりそうだった(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やっぱりそうだった(その2) - 西川純のメモ やっぱりそうだった(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の「やっぱりそうだった」を読まれた方からメールを頂きました。文面は以下の通りです。

 『Iさんが書いていることは、わかるようだけど、私にはわかりません。彼の知っている学校は「病んで」いないのかもしれませんが、私の知っている学校は病んでいます。

現実問題として、私は今、困っている先生を助けずに溺れていくのを見ぬふりしています。「大丈夫?」とは言えることはあっても、一緒に考えたり、相談にのったりする時間はありません。正直言うと、こっちが聴いて欲しい状況です。たまりにたまって教頭に話すと、教頭が私以上に苦しんでいることを知るのでした。とにかく病んでいるんです。

 でも、学び合いによって、この状況を打破できることは確信していますし、そのために今、研究しています。』

 このメールを読んで「う~ん」と唸ってしまいました。この方は、我々の学び合いを分かっている方で、実践できる方です。その方であっても、「病んでいる」学校では、学び会えないんです。あたかも、学び合いたいと願っている子どもたちがいても、教師が邪魔すれば学び合えないのと同様に、学び合いたいと願っている教師たちがいても、管理職が邪魔すれば学び合えないのだと思います。「衝撃の事実」のメモで紹介した先生のような方でも、「若手を救おうと思うと、自分も死んでしまう。だから、若手が死んでいくのを、可哀想だけどじっと見ているだけ。現場は、それだけ余裕がないんですよ」と言われるのもうなずけます。このような状況では、若手の先生も悲惨ですが、それと繋がることによって救われる中堅の先生も悲惨です。現在、中堅教師の中で学級崩壊を起こしてしまう教師が増えているのも頷けます。理由は若手と繋がれないからだと思います。

 私の勤務した高校は、私を育ててくれた中堅、ベテランの先生がわんさかいました。大学に勤めてからも、上司にはめちゃくちゃ恵まれています。だから、私は「やっぱりそうだった」のIさんのメールがピッタリしています。しかし、私のような人ばかりではないのは当然です。私が考えるより現場の状況は悪いのかも知れません。でも、「7割は駄目だ」と看破された先生よりは状況はよいのだと思います(いや、信じています。いや、願っています)。その様な状況でやるべき事は、先日のメモと同様です。問題は教師集団にあり、その根本は管理職の問題です。だから、我々的な対策は、学び合う職員集団研究、管理職研究に力を費やし、学び合う教員集団を作り得る管理職が増えるような研究が本筋です。

追伸 でも、この研究をやるためには、管理職レベルの人が「教師集団の学び合い」研究をやろうと思って頂けないと出来ないんです。う~ん、これは難しい。でも、教師集団の学び合い研究をやれば、えられる成果はもうみえています。子どもたちの成績は上がり、学校の成果は上がり、子ども・教師・親の人間関係はよくなり、教師・教頭・校長は心のゆとりが得られる。そして、校長はニコニコしているだけ。そんな学校にしたい校長先生は、是非、私にメールして下さい。

05/08/13(土)

[]やっぱりそうだった 11:00 やっぱりそうだった - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やっぱりそうだった - 西川純のメモ やっぱりそうだった - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「衝撃の事実」のメモを書いた後に、Mさんから「現場に余裕がないからこそ学び合いなのだと確信しています。」というメールをもらいました。また、Iさんのブログに以下のように書かれていました。

 『指導力に問題がある先生は確かにいると思います。しかし、私がかかわってきた先生方を見ると、それほど悲惨な状況ではないと思います。きっと、周囲がそうさせているだけだと思います。自分で指導力が無いと考えて頑張っていた、仲間のS先生も(2次調査の先生)、今は一人でしっかりと教壇に立ち、立派な先生としてやっています。彼女を支えてきた教師の仲間達もいましたよ!教師の指導力不足や若年教師、経験年数が少ない教師に対するフォローは大変貧弱なことも事実でしょう。初任者研修が本当に教師を育てる意味で生きているかも疑問です。でも、私の身近にいて、私もいろいろと成長にかかわった先生方はほとんど例外なく、多くの先生方に支えられて立派になっています。若手や指導力不足の教師をフォーローして育てると、ベテランも忙しくなりすぎて共倒れになるから見て見ぬふりをすると言う話は、信じがたい話です。たしかに若い世代と仲良くなることはエネルギーを必要とします。でも、その分エネルギーをもらえばいいだけの話です。結構楽しいです。ですから、必ず世話をする人が現れます。困っている先生をそのまま見捨てるような学校は、病んでいます。指導力不足の先生の内、何とかしたいと考えている先生ならば、全く大丈夫のような気がします。というか、周囲の力でなんとでもなると考えます。』

 まさに、その通りです。問題がある子がいると、その子をいじりたくなるのは教師の性です。でも、その子に問題があるのではなく、周りの環境に問題があるというのが我々の考えです。つまり指導力に問題がある教師に問題があるから、指導力に問題がある教師に対応しようとするのは誤りで、指導力に問題がある教師用のノウハウ本は良い対応ではありません。問題は教師集団にあり、その根本は管理職の問題です。だから、我々的な対策は、学び合う職員集団研究、管理職研究に力を費やし、学び合う教員集団を作り得る管理職が増えるような研究が本筋です。

 どうも、衝撃の事実に目を奪われ、ことの本質を見間違うところでした。Mさん、Iさん、ありがとう。

05/08/12(金)

[]衝撃の事実 11:01 衝撃の事実 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 衝撃の事実 - 西川純のメモ 衝撃の事実 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は「授業づくりネットワーク」の大会での講演のため福島に行ってきました。大会では、懐かしい人にあって色々と話せました。また、メールのみ、またはブログでしか交際のない方ともお会いして、「あ~、あなたが・・」という出会いもありました。また、「実は会場にいたんですよ」というメールを後からいただき、残念、と思ったこともありました。大会の後の懇親会の際、衝撃の事実を二つ聞きました。

 我々の学び合いを実践するのは、実は簡単です。具体的には「静かに」と言って、せせら笑われるような人でなければ実現可能です。ですので、日本の殆どの先生は大丈夫だと考えています。と、こ、ろ、が・・・。懇親会の際、『「静かに」と言って、せせら笑われるような人でなければ実現可能です。』と言ったとき、ある先生が、言下に「そりゃ7割の人は無理だ」と言われました。これには正直ビックリし、言葉を失いました。『「静かに」と言って、せせら笑われるような人でなければ実現可能です。』とは、別な言葉で言えば、学級崩壊をしていない人なら実現できると言うことです。どうかんがえても日本の7割の教室が学級崩壊しているとは思えません。おそらく、私の言った『「静かに」と言って、せせら笑われるような人でなければ実現可能です。』という表現を、かなりレベルが高いものに解釈されたのだと思います。でも、 その先生は全国的にも知られた先生で、カリスマ力があり、多くの先生方をひっぱている先生です。その先生がおっしゃるのですから、現場における指導力の全くない先生が、私が予想している以上に多いのが実態なんだろうな~、と深刻に感じました。

 それに関連して、そういう先生を本当に救うのは勤めている職場学校の教員集団であると言うことを述べました。その際、別な先生が、小声で「若手を救おうと思うと、自分も死んでしまう。だから、若手が死んでいくのを、可哀想だけどじっと見ているだけ。現場は、それだけ余裕がないんですよ」と 自嘲的・悲しげに語ってくれました。これは、本当に衝撃を受けました。その先生は、現場実践家として高名で、現場で実践研究を真面目にやっている人だったら知らない人はいないと思います。また、お話ししても、人柄の良さがにじみ出る 方です。人の評価に関して辛口のKさんも絶賛される方です。その方が、そのように語ることを聞き、顔には表さないようにしていましたが、腰が抜けるほど衝撃を受けました。「あの方でさえ、そう であるならば・・」と思います。若い人がノウハウ本にすがり、宗教のように活動に参加する気持ちも分かります。悲惨すぎます。

 大会では、多くの方から、我々のやり方をノウハウ本的に出来ないだろうか?という質問や提案を受けました。上記の状況を考えると、そうすべきなのかもしれません。でも、残念ながらノウハウ本的に表現できないのは我々の考え方です。表現したとしても、考えを読み取ってもらえない限り、それを生かすことが出来ません。う~ん・・・

05/08/09(火)

[]プロの力 11:03 プロの力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プロの力 - 西川純のメモ プロの力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 研究室のメンバーのTさんのブログに、以下の記事がありました。

 『今年の6月、ある中学校の教育実践を見に行った。そこの中学校には、プロの詩人、音楽家がやってきて、生徒はプロに直接指導を受けているようだ。私は、N研究室の考え方同様・・プロは知ってしまったから、教えるのがうまくないのでは・・じゃあ、プロが来ることに、なんの意味があるのだろうか?と思っていた。確かに、すごい人ってことで子どもの興味、関心はひけるのだろうけど・・今日、その長年?の疑問に光が見えた。

 今日は、お茶の日。今日はめったに見ることができない、先生のお手前を拝見することができた。プロ、先生のお手前は実に美しかった。無駄がない。動作にキレがある。一つひとつに心を感じる。「やっぱりプロだ、すごい」と思った。自分は、まだまだ足元にもおよばないなぁと思った。プロに教わること。それはやっぱり、目標を口でなく表現で伝えられることだと思った。「私も先生のようになりたい」わたしがそう思ったように・・そう子どもが思うこと、それが子どもの原動力へと変えられること。それがプロに教わる利点じゃないかと思った。』

 Tさんへ。以下が私のコメントです。

 『我々はプロが特別に教え方が下手だとか、プロの教育的価値が全然無いと主張したことはありません。我々が主張しているのは、どんな教師であっても、全ての子どもに対して良い教え手とはなり得ない、と主張しています。レベルの高い子を教えられるのは、レベルの高い教師しか出来ないことです(ただし、追伸参照)。しかし、レベルの低い子を教えられるのは、むしろ、その教科が得意ではない教師の方が良い場合があります。さらに、よりベストの教え 手は子どもたちの中にいる可能性は大です。ただ、世の多くの人は、プロであればプロであるほど、良い教師だという素人的な暗黙の仮説に浸っているために、それを否定する場面が多く、そのためプロのみを否定しているように感じられるのかもしれません。

 プロの世界では、プロが教えることに何の問題もありません。プロの凄さを感じられる人だけがプロになれるのであり、そうでない人を、どんどん「切って」いくことが可能です。考えてください。Tさんが感じた「やっぱりプロだ、すごい」という気持ちを、万人すべからず感じられるでしょうか?私はそうは思いません。ところが、そう感じられる人は、万人すべからず感じられると信じ切っています。だから、多くの教師(即ち、その教科のエキスパート)は、自分にとって良かったことを、全ての子どもに強いることをします。

 私は、プロの教師の教えを、選択肢の一つとして使うことを否定しません。おそらく、それが有効である子どもは少なくないと思います。しかし、それを全ての子どもに、それを強いた場合、益するより害の方が多いように思います(まあ、年に一回、二回程度使う分には良いかもしれませんが)。

 我々が否定しているのは、プロではありません。選択権を認めず、一つの方法を強いることなんです。一人の教え手を強いることは、それがプロであろうと無かろうと、良いことではありません。』

追伸 なお、「レベルの高い子を教えられるのは、レベルの高い教師しか出来ないことです。」ということさえも、現在、Oさんはデータで打ち壊しつつあります。我々は、素人的な暗黙の前提を、実証的データで乗り越えています。

05/08/05(金)

[]先行研究 11:05 先行研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 先行研究 - 西川純のメモ 先行研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は学会で色々な発表を聞きました。一番の感想は先行研究を見ていない研究(?)が実に多いということです。もちろん、先行研究を全部調べるなどと言うことは、どだい無理であるということは当然です。しかし、ある学会で発表するとしたら、少なくとも、その学会の過去の研究をちゃんと読むのは、研究のイロハのイです。私が大学院生だった二十数年前と同じ(もしくはそれ以下)の研究発表を聞くのは苦痛です。

  不思議なことがあります。研究者の指導を受けているか、もしくは、共同研究している研究の中に、上記のような研究(?)が散見しています。もちろん研究者と言えど、全ての領域に精通している訳ではありません。その研究者の過去の論文を思い起こせば、「あ~、知らないんだな~」と想像つく場合があります。でも、自分が知らなくても、「ちゃんと先行研究を調べろ」となんで指導しないのか謎です。さらに不思議なことがあります。その分野の権威で、私も尊敬している方の研究室の人が、今から二十数年以上前の研究以下の研究(?)をしている場合がありました。これは全く理解に苦しむところです。ただし、その方は「教師(研究者の教師という意味ではありません)」として素晴らしい方であることを知っています。おそらく、自分がさらし者になることを覚悟の上で、高度の教育上の配慮から何も言わないのかもしれません。

追伸 メンバー各位へ。そのように思われないように、先行研究のサーべーはちゃんとして下さいね。「実証的教育研究の技法」に書いたとおり、「先行研究はありません」というのは、愚かな判断です。私はさらし者になるのはごめんです。