西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/06/24(金)

[]音読 12:34 音読 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 音読 - 西川純のメモ 音読 - 西川純のメモ のブックマークコメント

  現在も吐き気がするほど忙しい状態が継続中です。しかし、8月にある「新潟音読研究会」という国語の先生方の研究会の講演で語りたいことがあったので、備忘のためメモります。以下はメールのやりとりをしている小学校1年生担任の先生からのメールです。そもそもは我々の研究室の本を読んだのがきっかけでメールして頂いた方です。学び合いに関して、色々とメールしています。

 『今日国語の時間に班ごとに音読の練習をやりました。目標は「やっている自分たちも、聞いているともだちにも楽しいと思える音読をしよう」でした。4月から、朝の会に「あさのおんどく」の時間を設けたり、国語でいろいろな音読の仕方を練習したりして、力をつけてきたつもりでした。でもまだ1年生の1学期だから大した音読にはならないだろうな・・と考えていました。でも今日は感動しました。それは、学び合いによって、想像もつかなかった音読を子どもたちは始めたからです。

 物語文の音読でしたが、私から考えると

  1行ごとに交代して読む。

  「。」ごとに交代して読む。

  台詞(「」)を役割を決めて読む。

 ぐらいを想像していました。練習を初めて10分間何もアイディアが浮かばず悩みに悩んでいる班がありました。「どうしたの、わからなかったら他の班のを聞いてみれば」と投げかけました。立ち歩きをする4人(バラバラでした)。しかし、数分後にはどの班ともちがうオリジナリティーの読み方を考え出しました。2人→1人の繰り返しで2人で読むペアもどんどん変わっていきます。見ている自分は鳥肌が立っていました。「すごい。感動した。」と思わず私が言うと、立ち歩きがまたぞろぞろ・・・

 各班とも、オリジナリティーな音読に挑戦し始めました。

  文脈を無視して(しかし絶妙の)2行交代読み。

  1人→2人→3人→4人→2人→3人・・・・とどんどん人数を変えて読む。

 教職12年間でこんなに様々な音読が生まれてきたのは初めてです。何より子どもたちが楽しそうでした。今までいかに型にはめて学習を進めて自己満足をしてきたか反省しました。明日、発表会をやります。また感動できたらいいなあ。

 ところで先生の予定をHPで見てみたら、音読についても講演されるのですね。マルチですねえ。どんな音読がよい音読だとお考えですか。自分自身は○○の○○式音読にかなり影響を受けて実践をしています。』

それに対する私の返答は以下の通りです。

 『あはははははははははははははは

 その「応え」は既にご自身が書かれていますよ。

 我々の考え方の根本は、子どもたちは有能だ、という揺るぎない確信です。普通の教育研究は、心理学・教育学の理論に基づき、「よい姿」を求めます。しかし、子どもたちは多様です。そんな一概にいえるでしょうか?一つだけ言えるとしたら、学校教育である のですから指導要領に基づく目標が達成されることです。例えば、漢字が覚えられる、とか、音読が出来るとかです。しかし、○○さんがお求めの応えは、それとは違う姿ですよね。では、その「よき姿」はどんなものでしょう?それを描き出せるのは誰でしょう?誰だと思います?先ほど申しましたように、我々の考え方の根本は、子どもたちは有能だ、という揺るぎない確信です。

 つまり子どもたちなんです。

 我々は、これこれのことが良い姿である、ということを子どもたちから学ぼうとしています。そのため、我々は子どもたちに学ぼうという願いを持たせ、彼らが自分で判断し実行できる環境を整えます。子どもたちは、いろいろな「方法」を考え出すでしょう。そして、トライアンドエラーするでしょう。その「方法」とトライアンドエラーの結果を相互に分かち合うでしょう。その結果、それぞれの子どもが、それぞれの方法を選択します。その時の姿が、「よい姿」なんです。よく誤解されますが、我々は「学び合い」を目標としているわけではありません。我々が目標とするのは、一人一人が考え、判断し、向上することです。その際、子どもたちの多くが選択する方法が「学び合い」なんです。だから、子どもたちが「学び合い」を選択しなかったら、それが最善の方法なんです。(まあ、ホモサピエンスの本能からいって、希なケースだと思いますが)ここまで書けば、「その「応え」は既にご自身が書かれていますよ。」の意味がお分かりだと思います。

 私は○○の活動を高く評価しています。現場教師の知恵を定式化したいという思いは私も共通しています。そして、現場における年齢バランスの崩壊に伴って、それを自然発生的なものに頼ることが出来ない現状に対応した必然だと考えています。その必然性があるからこそ、あれだけの広がりをもっているのだと思います。ただ、私は、その先がある、と思います。たしかに、○○の方法によって、いままで2,3割の子どもしか教えられなかった教師が、6,7割の子どもを教えるようになれるかも知れません。しかし、どうやっても、それを8,9,そして10割に増やすことが出来ないと思います。子どもたちは多様です。どんなに優れた方法であっても、全員は無理です。我々の考え方は、6,7割を教えられる先生に、8,9,10割に増やすためには子どもを信じるしかない、と主張しています。考えてください。先ほど述べたように、子どもたちが主体的に学ぼうとし、教師が方法の選択権を与えたならば、子どもたちが一つの方法を選ぶと思います?○○式音読を考えてください。

 想像してください。ある食堂にいってメニューを見たら、一つの定食しかないんです。食堂の主人が「○○理論からいって、一番いい食事は、これです」と言い張るんです。そして、老人も、中年も、若者も、子どもも、おなかのすいた人も、小腹が空いた人も、おなかの調子が悪い人にも、同じ事を繰り返すんです。そして、もし、あなたが毎日、その食堂でしか食べられないとしたなら・・・

 決してその食堂の主人は悪い人ではないんです。よかれと思って、一つの定食をあなたのために選んでくれるんです。どうでしょうか?でも、出来れば、お勧め定食と銘打ち、何故、それがお勧めかの説明書を添える程度にしてはいかがでしょうか?そして、他のメニューも取りそろえるのです。もし、本当にいい定食だったら、いつの間にかそれを選ぶ客が増えると思いますよ。私の好きな食堂には、沢山のメニューがありますが、客の7割は味噌ラーメンを選びます。また、ある中華料理店では客の3割は中華丼を選びます。理由はそれが美味しいからです。それと同じです。○○式音読が良いか悪いかは、子どもが判断してくれます。』