西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/06/11(土)

[]納得 12:41 納得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 納得 - 西川純のメモ 納得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

私が抱えている「疑問」がいくつかあります。その一つは、我々の考え方が、何故、今まで教育において主流にならなかったかです。「子どもは有能だ」(その一つの表れが異学年です)と信じさえ出来れば、成績が上がります、子どもたちの人間関係はあがります、そして、教師は余裕を持てます。全方位に満額回答を得ることが出来ます。分かってみれば、ばからしいほど当たり前のこと、そして、驚異的な効果があること、それが教育に主流にならなかった理由が分かりません。

 前から、異なった領域のことを学ぶことは意義があるな~と思っていましたが、本日、ビンゴに当たりました。ある理論によれば・・

 部下の成熟度が低いとき、仕事に関する指示的リーダーシップが有効になる。部下の成熟度が上昇すると、仕事と人間関係をともに強める説得的リーダーシップが有効になる。部下の成熟度がさらに高まると、人間関係を強める相談的リーダーシップが有効になる。部下の自立が完了すると、委任的リーダーシップが有効である。

 我々の考えが理解でき、それが実践できる人には、笑い出したくなるほどピッタリする理論だと思いません?上記は、教育の理論ではありません。これを知って納得しました。今まで我々の考え方が主流にならなかった理由が分かります。部下(すなわち子どもたち)の成熟度が最悪な状況しか経験した人が、教育の理論を語っていたからに他なりません。最高の状況になれば、子どもと教師は目標を達するための仲間になるんです。もちろん、目標と評価のイニシアティブは教師が握っています。しかし、そうであっても、異質ではあるが仲間になるんです。その境地を経験した教師は、我々の考え方は、当たり前すぎるほど当たり前なんですが・・

 我々は「分かりやすい授業」、「面白い授業」を高くは評価しません。でも、それは必要です。不遜ながら、私だってそれをめざし頑張りました。そして、不遜ながら「分かりやすい授業」、「面白い授業」に関するテクニックは人には負けないという自負を持っています。ただし、それを教師の最終到達点と考えている教師とは違って、それは通過点にすぎないと「知って」います。「分かりやすい授業」、「面白い授業」によって教師の役割は人間関係にシフトし、やがて、それすらも委譲するようになります。さらに、最近の研究によってさらに分かります。実は、教師の役割が人間関係にシフトする段階に進むには、必ずしも名人芸的な「分かりやすい授業」、「面白い授業」は必要ありません。なぜなら、子ども自身がそれを望んでいるからです。彼らが望んでいるんですから、こちらでごちゃごちゃ姑息なテクニックを駆使する必要はありません。

 分かってみると、馬鹿らしいほど当たり前のこと。それを伝えることは、とてつもなく難しい。う~む。

追伸 上記の事を書いていたらOBのKさんから、本日の新潟日報の夕刊にT大のS先生の関わった学び合いの実践が載っていたと教えてもらいました。それに対する返信は以下の通りです。

『正しいことには、多くの人がたどり着きます。

我々が最初でも、Sさんが最初でもなく、多くの教師が既に明らかにしていることです。

我々のオリジナリティは、それを実証的なデータで明らかにしている点です。

でしょ』