西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/03/25(金)

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 私はよくウルウルします。それらは、学生さん、院生さんの研究に感動し、子どもたちの姿に感動するからです。映画でもテレビでも、良い人が幸せになると、ボロボロと大泣きします。自分では涙もろいと思います。でも、一方、私はいままで怒りや悔しさで泣いたことはありません。そんなときは、どうやって復讐してやるか、それも、誰から も非難されなくて、それでいて効果的な方法を考えることで頭がいっぱいになります。以前のメモにも書いたように、研究者は本質的には攻撃的な人間です。また、悲しくて泣いたことありますが、ごく僅かです。いずれも親しい人が死んだときです。変なこだわりですが、悲しくて泣くのはいけないことだという刷り込みがあるようです。

 本日、戸北・西川研究室のゼミ室に行きました。卒業生・修了生の机は綺麗に片づけられているか、引っ越しで梱包された箱が積み上げられています。私はもうすぐ家に帰ります。日曜日から3月いっぱいは出張で上越にいません。彼らをゼミ生として見る機会はもうありません。そんなことを考えている内にウルウルしてしまいました。そのとたん「何で泣いたんだろう」と不思議に感じました。先に書いたように、「死」以外に私は悲しくて泣くことはないからです。でも、直ぐに分かりました。嬉しかったんです。こんな風に、卒業・修了して送り出すのが残念だな~と感じる出会いがあったことを嬉しく思い、感謝する気持ちになったからウルウルしたのだと思います。

 23日の追い出しコンパの最後に「お言葉」を、と会の企画者に以前から言われていました。何を言おうか迷いました。語りたいことはいっぱいある、でも、限られた時間で語れるのは少しです。直前まで決まりませんでしたが、指名されて、その時決まり、語りました。

 『私は比較的早く父を亡くしました。その際、「父を忘れることが供養だよ」と言われました。その事があったので数年前の追い出しコンパで、「私たちを忘れて下さい」と言いました。今年もその言葉を贈ります。でも、私の本心は「忘れて欲しくない」と思っています。でも、迷い無く「忘れて欲しい」と言えます。何故なら、絶対に忘れられないものを、戸北・西川研究室の集団は卒業生・修了生に伝えられたと思っているからです。

 教師は最終的には、その教師の望む姿に到達することが出来ます。一つの理由は、到達できる姿を自分の望む姿にすることによって合理化してしまうからです。でも、安易に合理化せず、真摯に向き合う教師であるならば、教師として志した姿に達することが出来ます。でも、どのような「志」を持つかで大きく異なります。例えば、「志」を教材におく教師がいます。即ち、教材としている数学、自然科学、社会科学、人文科学、芸術に価値を見出し、それを正しく伝えることが教師の理想の姿である、という志もあるでしょう。また、教材ではなく子どもに目を向ける教師の中には、子どもを自由自在に動かせる能力を指導力と捉える人もいるでしょう。おそらく、テレビ番組的、また、世の教師像としては、上記の方が一般的だと思います。私も、そのような教師を目指したことがあり、教材や指導法に目を向けていました。しかし、今は違います。では、何故変われたのか?それは、多くの学生さん、院生さんの研究から教えて貰ったことによって変われたのはもちろんのことです。でも、私が学生さん、院生さんの研究の中に、光ものを感じることが出来たのは、私自身に原体験があるからだと思います。私自身が好きだった先生、私を高校教師として育ててくれた職場での子どもや同僚との経験があるから、学生さん、院生さんの研究から「あ~、あれのことだな~」と感じることが出来たのだと思います。

 卒業・修了するメンバーは戸北・西川研究室という集団の中に浸ることによって、我々が「良し」としていることを原体験出来たと思います。そのことは、どんなに忘れようと思っても忘れられません。だから、迷い無く「忘れて欲しい」と言えます。』

 同時に、残るメンバーにも語りました。

 『今、我々が「良し」としているものは、今の段階での「良し」としているものです。その「良し」の先にある、もっと素晴らしい「良し」があるはずです。それを今から見てみようじゃないですか!その「良し」の先にある、もっと素晴らしい「良し」を生み出し続け、OB・OGに 発信し続けられるならば、我々は常に繋がっているんです。』

 そんなことを話しました。照れ性の私は、どうも卒業生・修了生としんみりと長く話すのは苦手です。長く話すと皆さんの目の前でウルウルしそうなので、素っ気なく対応してしまいます。そのため、皆さんが挨拶してくれたときも、ちゃんとした挨拶が出来なくて済みません。

 多くのことを学ばせてくれて有り難う!いっぱい楽しい思い出を与えてくれて有り難う!今、私は研究室で一人で、感謝の気持ちがいっぱいで泣いています。ありがとう。

 皆さん、行ってらっしゃい!期待していますよ!