西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/03/15(火)

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 現在、修士1年のIさんは若い先生の成長を見ています。若い先生と関わりながら、我々の考え方を理解して貰う過程を観察しています。そのIさんからのホームページに、その先生は初期段階で「私からボスの著作の数々を借り受けて読み、実践したようですがうまくいかなかったようです。」という書かれていました。著者としては気になるので、早速、問い合わせのメールをしました。その結果、その若い先生は、本に書かれていたプロトコルをなぞるようにしたそうです。なるほど、と思いました。

 本にも何度も書いたように、テクニックが重要なのではなく、考え方が重要なんです。考え方が分かれば、表出するテクニックはその人によって様々であっても子どもは応えてくれます。ところが、考え方が無しで、テクニックをなぞっても子どもは応えてくれません。なぜなら、子どもはテクニックを見ているのではなく、教師の考え方を見ているんですから。つまり、子どもはそれだけのことが出来ることが分からないと駄目なんです。でも、多くの熱意ある若い教師はテクニック漬けになっているように思います。

 とりあえず使える雑誌のプリントをコピーし、目を引く特別な指導法に頼り・・。私はそのようなことを全面否定するつもりはありません。私だって新規採用当初の自分が、どんなに教材づくりに追われて、アップアップしていたか分かります。先輩の教師をコピーしたこともあります。子どもがわっと喜んでくれる、面白実験本に頼ったこともあります。でも、その頃の私は、子どもを私の意のままに動く存在であると思っていましたし、教師の仕事は子どもを意のままに動かすことだと思っていました。もし、その頃の私が今の私の本を読んだら、子どもを意のままに動かすテクニックの一つとして理解していたでしょう。ところが、自分ではテクニックを脱したと思うでしょう。だって、たしかに面白実験本やプリントを使うよりは、非テクニック的ですから。

 我々の研究室の本で、様々な生の事例を紹介しています。しかしそれは、我々が感激した経験を追体験して貰い、考え方を伝えたいと思うからです。本の事例を単純になぞるのは、あたかも恋人にどうやって告白したらいいか悩んだ人が「ロミオとジュリエット」を読 み、そのまんまの行動をするようなものです。馬鹿げています。本当は、本を読むことによって学べるのは、方法ではなく、彼らの経験を追体験し、そのことによって彼らの気持ち・考え方を理解することです。そして、他人様におんぶにダッコではなく、その考えの基に、自らの頭を使って行動を定めることが必要です。

 幸い、Iさんが観察した先生は、その段階を脱しました。今、どのような過程で脱したかをIさんは分析しています。Iさんは、その先生にインタビューしました。Iさんのホームページには「インタビューには教師が変容していった様子のエキスが詰まっていて聞いていて胸が詰まってしまいました。きっと、とっても立派な先生になるのでしょうね!このインタビューの内容についてはまた紹介します。」と書かれています。そこで、「すご~く 期待しています。 なかなか教えてくれないので、 「は~やく!」という意味でめーるしゃちゃいました。こちらの方は、感激する用意は万端です!」とメールしました。Iさんからは、「バケツの用意をしておいてください。なんて、そんなに凄いことがあるわけではありませんのでいつもの調子で待っててくださいね!」とありました。しかし、本心は「バケツの用意をしておいてください。」だと思います。その後の部分は、レトリック(修辞学)に過ぎないと思います。すご~く、期待しています。バケツを用意して・・