西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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05/01/24(月)

[]エコナ 09:54 エコナ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エコナ - 西川純のメモ エコナ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 遠方からのお客様からおみやげにお菓子を頂くことがあります。でも、それらの殆どは、私や家族が食べることはなく、そのまま学生・院生控え室に直行です。だって、体重を気にしている私と家内、そして4歳の息子が一箱のお菓子を食べられるわけありません。でも、頂くお菓子は吟味をしたお菓子が多く、誘惑に負けて一つ食べてしま うことがあります。それが美味しいと、もう一つとなってしまいます。おいしいとなると、また・・・・。あっというまに半分以上食べてしまったと言うこともあります。この誘惑で家内を迷わせたくないので 家には持って帰りません。この美味しいお菓子の悩みを、私と同じく体重を気にしているYzさんに話したことがあります。

 本日、Yzさんから頂き物をしました。いつも通りに、「この箱の中には札束がつまっているのかな?」なんて憎まれ口を言いながら、ありがたくちょうだいしました。その際、Yzさんは考えるところがあるらしく、「乞うご期待」という笑顔で中身を語りません。お菓子ではなさそうなので、家に帰って袋から出すと脂肪が付きにくい油の詰め合わせでした。家内と私は大笑いして、同じ悩みを持つ同志の心遣いを感謝しました。

 以前にも書きましたが、貰ってありがたいものは「現金・金券」、「保存の利く、普通の料理に使える食品」、「食べきれる量の高級食材」の三つです。前二者の共通点は保存が利くということで、最後は保存 の必要がないというものです。40歳を過ぎた私は、これにもう一つ付け加えるべきだと感じました。それは「健康に良いもの」です。

[]教科書 09:54 教科書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科書 - 西川純のメモ 教科書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ある教科書会社より教科書の完成直前本(いわゆる白表紙)の校閲を頼まれました。しかし、丁重にお断りをして、その教科書の最後に私の名前を書くのは勘弁して欲しいとお願いし、了承してもらいました。

 教科書の作成に関わることは教科教育に携わるもののステータスみたいなものがあります。若い頃の私にとっては憧れであり、目標の一つでした。でも、携わって分かったことがあります。結局、本当に教科書のコンセプトづくりに携わっているのは一部で、多くの人はルーティーンの作業に関わっています。そして、私レベルの研究者は何度か会議に呼ばれ、編集の人が「ご意見」を拝聴するレベルで「お飾り」です。でも、しょうがないことも理解しています。だって、内容的には指導要領の縛りがあります。そして、多くの教科書は100年の歴史を持っており、その蓄積を動かすことは出来ません。私の場合は、この4、5年で数回会議に出席しました。でも、この2年間は会議すらよばれません。

 大学の教師だったら「お飾り」の仕事の一つや二つはあります。でも教科書の仕事の場合、「お飾り」の数時間の会合のために数日を潰さなければなりません。それでいて民間の仕事なんですが、謝金は学校レベルの研修会より少ない。それでいて、感謝されているように感じませんし、誠意も感じません。おそらく、「教育研究者なんだから教科書に携われるんだから光栄だろう」という思いがあるのではないかと、悪意に解釈したくなります。つまり「やる意義を感じない」、「時間の拘束が多い」、「収入に繋がらない」、「感謝されない」と四重苦なんです。

 良い勉強になりました。教科書と研究者の関係は、私がかって思っていたものとは違うようです。せめて、四重苦のうち2つぐらいは除外されない限り、関わるのはやめようと思いました。

追伸 色々書きましたが、教科書に携わっている編集の方の能力と熱意には、ただただ敬服します。出身の学部と関連のない教科の教科書の編集している人もいます。でも、それを専門とする私が脱帽するほど、よく勉強しています。そして、教科書づくりに熱意と誇りを持っています。すごいな~と尊敬します。