西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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05/01/17(月)

[]理科教師の誘惑の罠 09:55 理科教師の誘惑の罠 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理科教師の誘惑の罠 - 西川純のメモ 理科教師の誘惑の罠 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は2年生の学年ゼミです。本日は「実証的教育研究の技法」が題材です。学生さんの間で議論が進み、私は面白く聞かせていただきました。

 さて、ゼミが終わった後に、学生さんの一人が前回のゼミで話題になった理科に関する質問をしました。前回は「なぜ理科は難しいと言われるのか?」という本がゼミの材料となっていましたが、それとの関係で温度と電気抵抗との関係が話題となり、私は分子論的に説明しました。その際に、絶対0度を分子論的に説明しました。温度が分子の動きで説明できることにビックリしたようです。今回の質問は、低い温度に限界があるが、高い温度に限界はあるかという内容です。その学生さんが、好奇心に満ちた顔で私に質問する姿に、正直、嬉しくなりました。

 何か分からなかったら、人に聞くという行為は、ホモサピエンスの本能に根ざしたものだと思います。それが成り立つためには、逆に、聞かれた方は、それを教えたくなるという気持ちになること「も」本能に根ざしたものだと思います。教師になりたいという人は、なおさらです。だから私も、聞かれたこと以上に語りたいという気持ちに負けます。ここで、どんな話をすれば喜ぶだろうかは知っています。そして、その先に、どんな「ちょっとした」実験をすれば大喜びすることも知っています。そして、「先生、理科って面白いんだね」と言わせるには、どうしたらいいかも分かっています。不遜ながら言います。勉強自体が大嫌いなオール1の子どもを引きつける修羅場を乗り越えたものにとって、学びたいと思っている真面目な学生さんの興味をわかすことなど「ちょろい」もんです。別に私の力ではありません、そのためのノウハウは多くの教師の努力によって形成されています。現在のノウハウより、1970年代のカリキュラム改革の時代に書かれた本には、極めて良質のノウハウがあります。私の大学院では、そのようなノウハウの存在を教えてもらえました。そのため、教師時代はそれを利用させていただきました。

 学生さんのきらきらした好奇心に満ちた質問を受けると、どこまでも語りたい欲望を感じます。そして、「先生、理科って面白いんだね」という声を聞きたいと思います。でもぐっとこらえました(でも、抑えながらも語ってしまいましたが)。何故抑えたかと言えば、そんなことをしても、理科を語れても学校教育を語れないからです。理科のノウハウを駆使して出来るのは、教育を語るための導入に過ぎません。本当に重要なのは、その先にあります。質問した学生さんに対して、昨年の4月の段階では理科の面白さを使いました。それを導入に教育の面白さを語りました。それに感じて、理科以外の学生さんである彼は私の研究室に所属しました。だから、彼は理科の面白さでの段階は卒業です。

 これは理科だけではないと思います。そして、大学教師だけでもないと思います。その教科で面白くすることは可能です。そして、手を変え品を変え、面白い教材をぶつけて、面白い話をぶつけて、ぐいぐい引きつけることは出来ます。でも、それで何が起こるでしょう。きっと多くの学習者からは「良い先生」と思ってもらえるでしょう。でも、限りなく全員の子ども達を引きつけることは不可能です。そして、理科の面白さは伝えられても、学校教育の本当の目的である(と私は信じています)人と繋がることの面白さを学ぶ機会を奪うことになります。だから、我慢すべきです。

 でも、先に述べたように、教えたがりというのは人の本能だと思います。そして、その気持ちが強い人が教師です。よほどの覚悟がないと、その罠に陥ります。私は「いっつも」陥ってしまいます。