西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/12/24(金)

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 最近、私の母親から、私が幼稚園児だったころの話を聞きました。それによると、全く集団行動の出来ない、マイペースな子どもだったそうです。クラスのみんながお絵かきをしているのに、お絵かきしたくないといって、ずっと園庭で遊んだそうです。逆に、みんなが園庭で遊んでいるときに、お絵かきをするような子どもです。ただし、みんなと一緒は嫌だと思って行動しているのではなく、みんながやっているからということに興味が無く、自分がやりたいことをやっていたそうです。そして、私のやりたいことは、みんながやっていることと一緒でないため、集団行動できませんでした。だからといって、みんなからいじめられたことはなかったそうです。私の方も、みんなと遊ばないということを悩んでいるそぶりはなかったそうです。そして、常に何かを考えており、子どもと話すより大人と話す方が好きな子どもだったそうです。その状態は小学校3、4年生まで続いたそうです。当然の事ながら、先生方からは注目されます。でも、私を「困った子」と捉える先生と、「面白い子」と受け入れる先生に分かれていたそうです。

 息子を見ていると、私の血が流れていることを嫌でも意識せざるを得ません。本が大好きで、幼稚園では、一日中でも本を読んでいるそうです。頭の中には、本の話が充満しています。家に帰ると、一日中、私たちに話しかけます。その話はポンポン飛んでいるように思えるときがあります。例えば、「かけっこでは一生懸命はしるんだよ」と話をしていると、突然、息子が「赤いだるまさんに負けちゃうの?」と聞きます。私はあっけにとられます。でも、大抵の場合は、息子は絵本のお話しをデータとして駆使していることを知っています。そこで、「なんのお話し?」と聞きます。そうすると「10月号」と言います。「どこにあるの?」と聞くと、本棚から本を引き出し、その部分のページを開きます。そうすると、赤いだるまさんがかけっこしている話があります。その本は数ヶ月は読んでいない本です。幼稚園に入ってからは、幼稚園にある本を参考にしています。息子の会話は、数百の本を材料に語ります。江戸時代は芝居が古典となっており、互いに語る場合、その知識があることを前提とした会話です。そのため、芝居を知らない人には全く意味不明な会話になります。中世であれば、それがギリシャの古典や聖書がそれにあたります。私の場合は、息子が読んだ本の内、家にある本は一緒に読んだことがあるので、彼の言葉の意味が補完して理解できます。でも、幼稚園の園児の中で彼ほど絵本好きな園児はいないと思います。そのため、彼が語る言葉の意味を理解できないと思います。そして、幼稚園の先生も、幼稚園にある本をあまり読んでいないのではないでしょうか?きっと面食らっていると想像します。

 多くの子どもはデカレンジャーとかのキャラクターものにはまっていますし、知識の範囲も、それに限られます。であれば、語られる言葉も、ある範囲内に収まります。メージャーなキャラクターものの決めぜりふやポーズで遊んでいたら、誤解は生じないでしょう。でも、マイナーな絵本を含んだ数百の絵本の知識をポンポン出されたら、論理的な会話が出来ない子どもだと誤解されるでしょう。息子が文字や本が大好きであることを知っている親御さんは、「どうやったら本に興味を持たせられるのですか?」と聞きます。でも、それを努めたことはなく、ただ、膝の上で読み聞かせをさせただけのことです。私の方は、「どうやったらデカレンジャーにはまらせることが出来るのか?」と聞きたいと思っています。親とは無い物ねだりをするものです。でも、無理に型にはめるのではなく、彼の個性を大事にしたいと思っています。

追伸 そんな集団行動ができない私が、学び合いを研究し、それで生活しているんだから不思議なもんです。今の私にとっては、かつての私(もしかしたら今の息子)みたいな学習者が難敵です。でも、そんな子どもも大きくなれば私程度にはなれるんですから、ほっぽっていくのも一つの方法かも知れません