西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/12/22(水)

[]仲良し 12:17 仲良し - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 仲良し - 西川純のメモ 仲良し - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々は「学び合い」をキーワードにしています。でも、それが「仲良し」と混同される危険性を感じています。我々の目指しているクラスの姿を一言で言えば、「良い職場」なんです。教師人生をある程度やれば、様々な職場を経験するでしょう。その中で、「いい職場だったな~」と思い起こす職場を思い起こしてください。様々な先生がそこにいたと思います。それなりに協力して、一つの方向性を共有していたと思います。でも、みんなみんな全員が一つの方向性を共有していたとは限りません。な~んも仕事をしない人もいたのではないでしょうか?それほどでもなくても、相対的に仕事をしていない人は必ずいたと思います。一緒に仕事をしている人であっても、腹の中では「ウマの合わないやつ」と思っていた人はいたのではないでしょうか?尊敬している人、よく一緒に飲みに行った人であっても、「あの部分はイヤだな~」と思っているところがあったのではないでしょうか?我々が目指しているクラスは、そんなクラスなんです。だって、考えてみてください、20年前の青春ドラマで描かれているような、みんなみんな仲良しなんていう職場なんてあり得ます?人間は十人十色、ウマが合うのも、ウマが合わないのもあって自然です。それなのに、絶対に実現できるはず無い、みんなみんな仲良しなんかを目指していたら、気が変になってしまいます。

 それでは、そんなウマの合わないやつがいる職場を、なんで「いい職場だったな~」と思い起こすのでしょうか?それは、その職場において自己実現できたからに他なりません。そして、それが成り立つために必要な、「自己実現と職場の目標が一致する」、「自己実現のもっとも強力な手段である仲間と有機的に繋がり得た」という条件が成立したからだと思います。

 我々の目指すべきクラスにおいて、「あいつはきにいらね~」と陰口が出てもいいんです。ただ大人社会のルールと同じように、それなりの礼儀をわきまえた関係を維持できればいいんです。自分から見て「仕事が出来ないやつ」と思える人がいてもいいんです。人間、完全無欠の無能な人なんてそういません。だから大人社会では、そいつの能力・特徴をふまえてつきあえばいいんです(いわゆるバカとハサミは使いよう)。自分から見て「仕事が出来ないやつ」と思える人からは、逆に、自分は「仕事が出来ないやつ」と思えるのかもしれません。しかし、その人も自分の能力・特徴をふまえてつきあえばいいんです。

 でも、ウマが合わないやつがいてもいいですが、ウマが合わないやつが少ない方が、自己実現に有利であることは自明の理です。また、仕事が出来ないやつがいてもいいですが、仕事が出来ないやつが少ない方が、自己実現に有利であることは自明の理です。でも、それのために何をするか、逆にしないかは、費用対効果で決まるものです。「あいつはきにいらね~」とか「仕事の出来ないやつ」を直接どうにかしようと費用対効果以上のことをするのは限界があります。費用対効果で成り立つ範囲内のこと(大抵の場合、ほっぽっとくという方法)をしているうちに、いつの間にかそいつが変わることはあるものです。

 以上のことは教師人生を長くやれば教師は分かっていると思います。その分かっていることは、クラスにおいても成り立つと考えるのが、我々の特徴です。学習者は教師と同じだけ有能だと考えています(同時に、教師と同じように無能でもあります)。上記のようなクラスの理想と考えれば、気も楽になるのではないでしょうか?

追伸 蛇足だと思うのですが、再度繰り返します。我々が目指すべき、心の

成長した学習者とは、みんなと仲良くできる学習者ではありません。上記のような大人の関係を維持できる学習者が、本当に心が成長した学習者だと思います。そして、私は「大人の関係を維持できる学習者」の方が、「みんなと仲良くできる学習者」より素晴らしいと思います。少なくとも私は、上司・同僚・部下として選ぶならば、前者の人を選びます。