西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/12/16(木)

[]何を期待しているか 12:24 何を期待しているか - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何を期待しているか - 西川純のメモ 何を期待しているか - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は「期待しているよ」と言います。それを説明したいと思います。

 学生さん・院生さんから「先生の期待に応えるデータを出しました」とか「先生の期待に応えら得ない結果しか出せませんでした」とか言われると、「え!?」と思います。これらの発言は、学生さん・院生さんが「私の期待」を想定し、それを目指しているときの発言です。

 私が「期待しているよ」と言うときには、「これこれの結果を出すのでは・・」と予想すること「も」あります。でも、本当に期待しているのは、そんなレベルのことではありません。私が期待しているのは、私が予想もつかないようなレベル、そして、それは私の考えが陳腐で愚かであることを気づかせてくれることです。私が予想がつけられるレベルであれば、そんな結果をいくら出されても、私自身がより高い次元に進めません。私を踏み台にして、私よりずっと高い次元に進んでくれれば、私はその後を進むことが出来ます。

 想像してください、私が予想もつかないようなことを明らかに出来たなら。いつもいつも「期待しているよ」攻撃を受けている私を、ぎゃぶんと言わせるようなことが出来たなら。どうします?気持ちがワクワクするでしょうね。どうやって私をぎゃふんと言わせられるか、作戦を練るでしょうね。一度私に語り始めたら、一気呵成に語るでしょう。私は、そのようなことを本当に期待しているんです。そして、私はゼミの皆さんは全て、それが可能なデータを持っているし、出せるはずだと「想定」しています。だから、指導教官をやってられるんです。

 そのためには、私がどう思うなんて関係なく、自分の研究に惚れなければなりません。そして、その自分が惚れた研究を自慢してください。

[]歴史から学ぶ 12:24 歴史から学ぶ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 歴史から学ぶ - 西川純のメモ 歴史から学ぶ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本学の大学院では教育史は必修科目ではありません。いまさら必修科目にする必要性は無いと思いますが、出来れば、教育史の本をせめて2,3冊は読んだ方が良いと思います。教育史を読むことによって、現在の議論を、相対化して冷静に見ることが出来ます。そして、結局、何も変わっていないことと、そして、変わっていない原因が分かります。

 文部科学省は学力低下を示すデータを公開しました。それに伴って、マスコミ各社は学力低下の声高に主張し、「ゆとり教育」の不備を主張します。でも、ちょっと前の「ゆとり教育」が始まる前のことを忘れたのでしょうか?その頃は「おちこぼれ」」、「詰め込み教育」をマスコミは非難していました。

 歴史を知らない人にとっては学力低下は新鮮に思えるでしょうが、歴史を読む人にとっては陳腐な話題です。義務教育が成立してから、何度も言われている議論です。古くはデューイの時代のエッセンシャリストとプログレッシブの対立、また、戦後まもなくの生活理科等、同じ対立構造が繰り返しています。つまり、「一定のものを伝えること」と「伝える子ども」のどちらを重視するかです。 一般には前者は学問中心主義(discipline center)、後者は児童中心主義(children center)といわれます。前者が強調されると、しばらくすると、詰め込みによる弊害が主張されます。その反動として、後者が強調され、しばらくすると、何も知らない学習者の弊害が主張されます。その反動として・・・。それが、100年以上前から、同じ枠組みで繰り返されています。

 二つを対立的に捉えている限りは、振り子の振動のように、二つの間を揺れ動き、一時期は行き過ぎることになります。結局、この対立を解決するためには、二つは矛盾するものではないという我々の考えしかないと思います。でも、我々の考えが世に受け入れるためには、それを受け入れるだけの世の構造が必要だと思います。以前のメモに書いているように、今までの教育が成立した根拠は、情報が特定の人間だけが 占有しているという構造に由来しているものです。しかし、現在は、その構造が変わりつつあると思います。でも、私のこの予想が間違っていたならば、今後も、10年ごとにマスコミが逆なことを主張し、それにおどって学校現場がオロオロするという構造は変わらないと思います。

追伸 今のマスコミの報道では、日本の順位が下がったことが強調されています。でも、冷静に見てください。日本より上位に位置づけられた国の名前を読んでください。その中に、どれだけ、あこがれる国があるでしょうか?それらの多くは中進国が主です。教育史が示すように、国が先進国になるに従って、実学から教養教育に重点が移ります。そして、国民全員が等しい教育を、等しいレベルで学ぶ国から、各人の志向性に伴って職業教育と学術教育に分かれていきます。 したがって、国が成熟するに従って、国民全体を調査対象とする平均点は相対的に下がります。だから、いわゆる先進国の点数は、必ずしも高くありません。

 ノーベル賞を人口比で多く取っている国と、教育調査の点数の相関が見られないことが分かるはずです。実は、ノーベル賞レベルの創造性を 育成する方法は、平均的なレベルアップでは成り立ちません。

 点数の上下に一喜一憂することはナンセンスです。「○○を知らない」、「○○も出来ない」という議論もバカバカしいと思います。自分子どもにとって、そして、国にとって、どんな人を育てたいという議論がなされず、○○を知らないという議論に終始することをガッカリしています。