西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/12/12(日)

[]子どもを信じるということ 12:28 子どもを信じるということ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもを信じるということ - 西川純のメモ 子どもを信じるということ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子どもを信じると言いながら、信じられないことは多いように思います。例えば教育研究にも現れます。多くの実証的研究では、実験群と統制群に分け、実験群には教師が色々とこまかな仕掛けをします。そして、教師が思ったような行動をデータ化し実証します。

 我々は実験群と統制群に分けません。それは子どもは実験動物ではないので、善い指導法と悪い指導法に分けて教えることは倫理的に出来ないからです。それと、実験群と統制群に分けたとしても、実は、それほど統制できないということは今までの経験で分かっているからです。でも、もっと根本的な違いは、我々は狙ったことを出そうというより、子ども達の姿を通して自分たちが願っていることは何なのかを知ろうとしている点です。

 我々も最低限の仕掛けをします。でも、それは重要なことではないと思います。最も重要なのは、子どもを信じるという気持ちを持つことです。そうすれば、子どもは我々の思っている以上の素晴らしいことを連発してくれます。

 世の中には、○○メソッド、○○計算等の有効な教材があります。我々は、その教材の有効性を疑うつもりはありません。でも、それが全員に有効か、また、個人であっても、常に有効であると言う人がいたら、それは絶対に違うと断言できます。我々は、何が有効であるかを本当に決めることが出来るのは教師ではなく、子ども一人一人だと思います。そして、子どもはそれが出来ると信じています。そして、今までの研究で、出来ることを明らかにし続けています。だから、仕掛けは最低限度に押さえ、子ども達の姿からよりよい教育の姿を探ろうとしています。教師がよりよい教育の姿を定め、それを実験群にして、統制群との比較の中で実証するという研究とは全く逆です。

 大学教育でも同じです。どうも、大学の教師は、学生は○○を学び、次に、○○を学ばなければならないと考えている人が多いように思います。でも、私は思います。そんなことを言えるだけのデータがあるのか!そして、そのような学び方をして、もし結果が悪かったら責任を取れるのか!だから、私は多種多様なプログラムを用意し、学生さんが選択できるようにすれば、自ずと賢明な選択をすると信じています。ただし、教師が、というより大学が何もしなくても良いかと言えば、違います。それはクラスにおける信頼と放任の取り違えと同じです。大学ははっきりとした目標を与え、それを学生に内在化させなければなりません。教員養成系大学の場合、その目標は教員養成です。つまり、大学は教師になりたいという目標を学生さんに強く伝えることが仕事だと思います。それさえ成り立ては、多種多様なプログラムを用意すればいいはずです。バカな授業は最終的に淘汰されるはずです。(私のこの考えが楽観的に過ぎる、と思われたとしたら、それは子どもを信じられない、ということです)