西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/06/18(金)

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 指導教官と今の段階でも「話したことがない」という研究室が存在する、ということを知りビックリしました。その話を聞いたMさんが、思わず、「そういうのも大変ね」と口走りました。それを聞いた私は、「いま、も、って言ったよね」と言うと、Mさんは「ばれました」とニコニコ言いました。

 Mさんとは2002年の冬に初めて合い、2003年の夏からはメールのやりとり頻繁にしました。そして、入学後は週に、個人ゼミ(私とMさんと二人だけのゼミ)、学年ゼミ(同じM1の4人でのゼミ)、そして全体ゼミ(学部3年、4年、修士1年、2年の15人でのゼミ)をこなしています。それを通して、「自身の目的と自己責任の原則」の再確認(簡単に言えばプレッシャー)をします。その他、私と会うたびごとの馬鹿話を通しての、「自身の目的と自己責任の原則」の再確認(くりかえしますが、簡単に言えばプレッシャー)をうけます。それゆえ、思わず「も」と言ったと思います。

 今までの私の人生で、4度、苦しかった時期があります。いずれも長期間苦しみました。その期間は、寝る際、天井を見つめました。そして、思いました。「あ~、あの天井が岩の固まりで、今、自分に落ちてきたら苦しまずに死ねるよな~」と寝るたびに思いました。その苦しみを脱する方法は、目前の問題を解決するために、死にものぐるいで「もがく」しかありませんでした。たしかに、目前の問題を解決することは楽ではありません、苦しかった。でも、天井を見つめながら、どうしようもなく時間が過ぎることを恐れるよりは、ず~っと楽でした。

 今思い出しても、その4度は地獄で、思い出したくもありません。でも、その4度の苦しみで、もがいたからこそ、今の自分があります。その4度の地獄を逃げたり、先延ばししたり、さらに、その地獄の根本原因を気づかなかったりいたら、と思うと、空恐ろしくなります。今、自身のおかれている現状を見据え、その中で可能な望ましい未来を正しく評価すれば、人生において苦しみを感ずるはずです。しかし、その苦しみが強ければ強いほど、それを乗り越えた時に得られるものも大きいはずです。

 私の味わった2番目の地獄は、私が大学院1年の冬です。自身の未来に対して、希望と同時に不安を感じ、そして、その決定を1年以内にしなければならないというタイムリミットもありました。何かをしなければならない、と思いつつ、何をしなければならないか、それが分かりませんでした。大学院入学後からずっと、毎日11時間以上、研究 しつつけました。それでも、先が見えず、不安で不安でしょうがありませんでした。努力しても、努力しても、挫折し、全てが無駄に見えたのが修士1年の冬でした。でも、とにかく、もがきました。そのもがきの結果、山を乗り越え、その結果として、レフリー付き論文4つ(うち1編は国際誌)、その他の論文2つ、そして、東京都に高校教師として採用されました。失礼ながら、私が大学院で味わった地獄を味った人がどれだけいるでしょうか?もし味わったならば、私程度の業績はあげているはずです。

 しかし、私と同じ苦しみを院生さん・学生さんに味あわせたくありません。だから、「自身の目的と自己責任の原則」の再確認してもらいます。そして、自分自身で問題をため込むのではなく、他者の援助を受けられるような場を確保したいと思います。もちろん、「自身の目的と自己責任の原則」の再確認をしなくても、自身で再確認が出来る人もいます。また、他者の援助が受けられなくとも課題達成が出来る人もいます。でも、多くは挫折し、結局は目標を安易なものに変換し、合理化します。私の場合は、運が良かっただけなのかも知れません。私は指導教官にも恵まれたし、仲間にも恵まれました。しかし、それをえら得たのは、M1の冬の地獄を越えてからです。

 「も」の大変さ、でも、それがなければ、私の味わった地獄があるか、それ以上の可能性があるのは、目標を安易なものに変換し、自身を誤魔化すことです。そして、本来みられる山を見ずに2年間を過ごすことです。それ故、指導教官として、一片の迷いもなく「も」を招来する場を設定します。