西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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04/06/14(月)

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 本日の夕方、Tちゃんが院生室に来ました。用件は、4年生で集団面接の練習をするから4階に来て欲しいとのことでした。そこで、4年3人(Tちゃん、Tちゃん(男)、Hくん)と4人の現職院生さんと私でコーヒーを飲みながら話し合いました。現職院生さんから、各県での面接対策を、ご自身の経験に基づき話してくれました。私もとても勉強になりました。そのあと、シミュレーションをしました。私は家に帰るため途中退席しましたが、その後も続いていたと思います。

 大学は理学部、大学院は教育で、私は学びました。その後、東京都の定時制でオール1の子たちを教えました。そこで学んだことは、大学・大学院で学べることは、ごくごく限られたことだ、ということです。現場にいていっぱい学べました。私を教えてくれたのは子ども達でした。ちょっとでも手を抜けば、それを素直に表現し、授業が成立しない子ども達でした。でも、私ががんばれば、それが反映する子ども達でした。そして、行き詰まった時に助けてくれたのは先輩教師でした。そのことから、教師教育に関して、ある仮説(確信と言っていいですが)があります。私は教師の資質というのは静的ではなく、動的なもののように感じています。つまり、「これこれのことが出来れば資質がある」という固定的なものはなく、「その場、その状況によって必要となる資質がある」と思っています。その場、その状況は多様であるため、その時求められる資質も多様です。それらを一人の教師が全て持つことは不可能なのではないかと思っています。それではどうしたらいいのか。それは、その場、その状況で動的に変化する必要とされる資質を、その場で獲得する能力が教師の資質と思います。同時に、その人が獲得できる場を確保できる能力が教員の資質だと思います。具体的に言えば、2つあると考えています。第一は、子どもの反応に敏感(そして小心)であると考えています。問題だと感じることが、改善の出発 点です。しかし、個人の能力には限りがあります。多くの人たちのサポートを得なければなりません。従って、教師の第二の能力は、多様な先輩、同輩、後輩の仲間をもつ能力だと思います。一人の教師の資質を、その教師の努力・熱意・能力に全てを還元しようとする考え方は、子どもの学力・態度を、その子の努力・熱意・能力に還元しようとする考え方と同じで誤りだと思います。一人の子どもの学力・態度も、一人の教師の資質も、その人が置かれている場によって大きく影響されると思います。教師の資質の場合、その教師集団の年齢構成、教科構成等々の様々なバランスが関係します。また、教室において学び合う文化が出来るか出来ないかは、教師の授業観が影響すると同様に、校長の学校観、教師観が影響します。つまり、教員の資質向上も実は「学び合い」と同根と考えております。

 教育実習から帰った時、ゼミ生たちは「自分は教材に対する力が足りない」と異口同音に言っていました。それを聞いて頼もしくなりました。それに気づけると言うことは、教育実習が、単なる子どもと仲良くなって終わりの段階を脱して、教えるという段階に進んでいる証拠です。しかし、だからといって「教材の力を付ければ良いんだ」という単純な方向に進んでは欲しくありませんでした。教えるに必要な知識・技能を大学で学ぶとしたら何年間かかるのでしょうか?私は理学部で生物を学びました。おそらく、平均的な教育学部の理科コースの学生さんの数十倍の時間を生物の勉強に費やしています。でも、それらの勉強では現場では全く足りません。だとしたら、全科を教える教育学部の修学年限はいくらにすべきなのでしょうか?おそらく、卒業と同時に退職になるような年限になっても無理でしょう。それ故に、ゼミ生のみんなには、先のことを語り、「子どもをバカにしたり、子どものせいにしてはいけない」、「そして子どもが喜んで欲しい、逆に言えば、つまらなそうにしている子どもを恐れて欲しい」と語りました。そのような気持ちを持てば、つねに学ぼうと思うし、何を学べばいいか分かります。その学べばいいことを、どのように学ぶか?それは他者からです。新卒者の場合は、特に先輩教師からです。だから、年長の先輩と仲良くやる能力が、教師の力量なんだよ、と語りました。

 本日の4年生の行動は、まさに、教師の力量を示すものです。

追伸 それにしても、H、Tさん、Sちゃん、Nちゃん、今日いなかったのは、失敗だったよ。あとで、3人に話を聞きな。貴重な受験対策は、我が研究室の秘伝としましょう。