西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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04/02/27(金)

[]本日勉強したこと 16:54 本日勉強したこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日勉強したこと - 西川純のメモ 本日勉強したこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の全体ゼミで、また、一つ勉強しました。教師の評価は、個々人の子どもに対する評価ではなく、集団に対する評価であることを、改めて実感しました。例えば、我々は「褒める」という方法で、一人一人の子どもを評価します。しかし、その機能は評価ではなく、可視化です。一人一人の子どもを評価するのは他の子どもです。教師ではありません。教師の評価すべき対象は、その学習集団のように思います。その事を活性化するために、きっかけとして教師が褒めるにすぎません。このことはとても大事なことだと思います。

 もう一つ勉強しました。本日は、ゴチャゴチャした仕事がなかったので、久しぶりにじっくりと全体ゼミに参加しました。その結果、やたら発言してしまいました。反省することしきりです。かってK閣下はローテーション法という方法を編み出しました。その方法は、子どもたちが何をやっているかを教師が「分からなく」なるようにする方法です。あの方法を編み出した「教師は分かりすぎるとろくなことがない」という考え方は正しいと思いました。やはり、「教師元気で留守が良い」ですね。

追伸 私の横に座ったKちゃんのメモを横から覗いてみると、とても大事なことを書いていました。でも、それは最後まで言わずじまいでした。もったいないな~

04/02/24(火)

[]同じ言葉 16:57 同じ言葉 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同じ言葉 - 西川純のメモ 同じ言葉 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日と今日、Yzさんと話しました。その事をメモろうと思います。ただし、このメモは禅問答のようで分かりづらいと思います。でも、書きます。

 私が我々の研究室の成果について講演した後の典型的な反応は、「分かるんですが、納得出来ない」という反応です。日本語としては、馬鹿馬鹿しい言葉ですが、その意味がよく分かります。我々が主張していることは、「教師の仕事は目標を与え、子どもたちに共有されること。簡単に言えば、 子どもたちをやる気にすることが教師の仕事。」ということです。また、「子どもたちは有能である(バカではない)」ということです。至極当然で、特段反対されることはないものです。ここまでのレベルは「分かる」のです。ところが、その主張の帰結として、やっていることが納得出来ないのだと思います。つまり、子どもは有能であり、その子どもをやる気に なっているのなら、教師はことさらゴチャゴチャ言う必要がないと我々は考えます。あるOBの実践では、1時間の教師の平均発話回数の20以下です。その多くは、一言ですから、実時間で言えば全部合わせても2分弱に過ぎません。つまり、50分の授業の48分は教師は何もしゃべっていないんです。普通の先生だったら、そんな「バカな~」と思います。そんなに子どもをほっぽていたら、「ふざけてしまう」、「とんでもない方向に進んでしまう」と考えてるでしょう。それに対して、「でも子どもはバカじゃないですよね」と確認すれば、「それはバカではないですけど、それと話が別です」と言うでしょう。つまり、我々が言っている「教師の仕事は目標を与え、子どもたちに共有されること。簡単に言えば、 子どもたちをやる気にすることが教師の仕事。」、「子どもたちは有能である(バカではない)」という言葉のレベルでは分かっても、それの意味することは納得出来ないんです。

 じゃあ、もっと詳しく法則化すればいいかといえば、それは無理だと思います。現実の教室の状況は千差万別で、それを一括りにまとめる法則は不可能のように思います。単純な法則で記述しようとすれば、ざるで水をすくうように大事なものを漏れ落としてしまいます。また、千差万別な状況に合わせて、複雑に記述することも出来ます。しかし、複雑になれば法則としての価値を失います。第一に、千差万別な状況を記述出来るとは思えません。だから、我々は考え方(かっこいい言い方で言えば、子ども観、授業観)を語ります。それは、「教師の仕事は目標を与え、子どもたちに共有されること。簡単に言えば、 子どもたちをやる気にすることが教師の仕事。」、「子どもたちは有能である(バカではない)」ということに凝縮されます。その考え方の意味するものを理解するためには、実際の実践を通して「会得」するしかありません。それは他ならない私も同様です。

 「教師の仕事は目標を与えること」ということは、2000年に出した「学び合う教室」のときから書いています。しかし、今、私が「教師の仕事は目標を与えること」を書いた場合、2000年に書いた時の「教師の仕事は目標を与えること」とは違うと思います。というのは、それ以降の歴代の院生さん、学生さんから教えて頂いた実例を通した研究によって、その意味するものの深みが違います。西川研究室に所属しようという院生さんの殆どは、我々の研究室の本は入学前(正確には受験前)に既に読んでいる方ばかりです。しかし、入学後のカルチャーショックは大きいと思います。おそらく、本のレベルでは分かったと思っていた言葉が、実は信じられない授業の姿を意味することを理解します。ところが、先輩院生はその信じられない授業を軽々と実践し、そして、「うまくいっている」ことを見せつけられることによって、納得せざるを得ません。しかし、当初は、それは希な事例、もしくは、その先輩院生だから出来ると解釈しがちです。それを乗り越えるには、実際に迷いながら自らが実践し、生の子ども姿を通して納得するしかありません。

 我々の現前にある最大の課題の一つは、その事を西川研究室に入らずとも伝える方法は何かと言うことです。それが出来たら、とても凄いことが出来ます。だから、YzさんやYdさんが悩むのは当たり前です。その二人の研究を後ろで支えるのは、我々自身を明らかにするHです。でも、信じています。そして期待しています。だって、「分かるんですが、納得出来ない」という気持ちをリアルに記憶しているのは3人ですし、そして、それを乗り越える過程をよく分かっているのも3人なんですから。つまり、自分に起こったことを、追体験させればいいんです。

追伸 3人とも「誓い」を忘れないでね。

[]M2へのエール 16:57 M2へのエール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - M2へのエール - 西川純のメモ M2へのエール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、OBから「同じ言葉」への感想メールを頂きました。内容は、M1へのエールです。アップすることにしました。吸収し、生かしてください。

本日のメモ「同じ言葉」を拝読いたしました。以下はその感想です。

『Yzさんたちの研究は、次の新しいステップのはじまりですね。Kさん(K閣下)がそうであったように第1歩目はきついんだな、と感じました。私のように第2歩目を行く者が一番らくなのかもしれないと思いました。

さて、私はどうして信者になったのでしょう?

M1の調査を始めて、1か月くらいの時、耐えきれなくなって個人ゼミをお願いしました。

先生は「生きていてくれれば・・・」というメモを書いてくださいました。

それくらい真っ暗だったと思います。

でも、その時の「データをざーっと見てみなよ。きっと何かが見つかるから。」の言葉に支えられ、(半分は、ダメもとのやけくそだったかもしれません。) 帰宅してビデオを見てみました。

教室は教師の目で見ると耐えられない状態です。

児童があっちこっちへ立ち歩いて、教師はその間をうろうろしているだけでしたから。

でも、その中に「学び合い」と言えるものを見つけたのでした。

そしてそれは、たしか私のわりと近い場所だったと思います。

でも、ビデオの中の私は全く気付いていない様子でした。

ビデオを客観的に見つめて始めてわかるものなんだと思いました。

それによって自信を持って臨んだ現場では、「生(なま)」でも見つけることができるようになりました。

やはり、そういう機会がないと難しいのかもしれないと今は感じています。

授業者ではない第3者が、授業者の気付かない児童の活躍を伝えてやることによって授業者も気付くようになるのだと思います。きっと自己モニターも有効でしょう。』

追伸 悩んでいる時、その気持ちを分かってくれる人は貴重です。昔見た映画に、こんな一節がありました。主人公(中年)が恋愛に悩む若者に言う言葉です。

「恋やセックスを、自分が人類史上、初めて発見したと思うなよ。それで悩んだのは、おまえが最初ではないぞ。」

[]アドバイスの松竹梅 16:57 アドバイスの松竹梅 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アドバイスの松竹梅 - 西川純のメモ アドバイスの松竹梅 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 院生さんから研究の相談を受けた時、こんなことを言う時があります。

 『アドバイスには松竹梅があるよ。松は修士論文を書いてあげるよ。ただし、料金は200万から300万円ぐらいだね。高いと思うかも知れないけど、2年間の給料の総額を考えれば決して法外な値段とは思わないよ。ただし、データは自分で取ってね。竹は適切なアドバイスをすることだよ。料金によってアドバイスのレベルが違うよ。梅は、「がんばれー」と精神的なバックアップをするんだよ。これはタダだよ。』

 未だに、松を望む人はいませんし、料金を払って竹を望む人はいません。我々の考えから言えば、教師がやるべきことは「梅」だけで十分なはずです。ところが、教師の性分(おしえたがりの性分)で、無料で竹のアドバイスをしてしまうことがあります。本日も、院生さんと雑談をしながら、思わず、竹のアドバイスをしてしまいました。

 自身の修士論文の経験と、上越教育大学に赴任してからの院生さん、学生さんの指導経験を合わせれば20数年の研究経験があります。そのため、院生さん、学生さんの話を聞けば、「あ~、あのあたりでつまづいているんだな~」と見当がつきます。それに対して、たとえ話をしながら、どうやればそれを脱するかをアドバイスをすることが出来ます。その大部分は「実証的教育研究の技法」という本に書きましたが、全部書ききれるわけではありません。今日も、本に書ききれない部分を院生さんにアドバイスしました。

 ふと思いました。この種のアドバイスを出来る人は、そんなに多くはないよな。うちの研究室が、実践においても研究においても高い実績を維持しているのは、俺の、このアドバイスが出来るからだよな、と思いました。しかし、直ぐに思い直しました。おそらく、アドバイスが無くても、早晩、その院生さんは死地を脱することが出来るはずです。何故かと言えば、本人が、自分の研究を高めたいと本気で思っているからです。となると、重要なのは、自分の研究を高めたいと本気で願うことです。教師としては、そのように願わせるような場を提供することだと思います。それが、我々の考え方です。でも、「俺の、このアドバイスが出来るからだよな」と思う瞬間、ナルシスズムに浸れます。恐ろしい、でも、一生それは治らないと思います。

追伸 データ収集も私がやるという超松の場合、料金は1千万円です。だって、二年間の給料もらって、何もしないとなれば休職と同じです。2年間の給料から考えて、法外な料金ではないはずです。

追伸2 ちなみに、現在のシステムでは、学生を指導しても、院生を指導しても給料は変わりません。毎年、5人以上の指導をしている私も、20年間に一人も指導していない先生も、給料のシステムは変わりません。

[]説明した方がよい 16:57 説明した方がよい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説明した方がよい - 西川純のメモ 説明した方がよい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 食事の後、歯磨きをします。その後、息子を膝の間に寝させ、仕上げ磨きをするのは私の仕事です。ごしごししますが、しばらくすると、歯を磨く私の手を息子が払おうとします。無理に磨こうとすると、一生懸命払おうとします。その際、一度、歯を磨くのを中止します。そして、歯を磨くことは大事であることを、30秒程度、ちゃんと説明します。そうすると、息子は払おうとする気持ちを我慢して、手をぎゅっと握っています。無理にやるより、ずっと効率がいいです。

 ふと思いました。このことって、我々が主張してることと同じだと気づきました。何も説明せずに、「これこれをしなさい」と言うより、何のために必要かを説明することが重要だということです。おそらく、私が歯磨きに関して気づいたことを、子育てにおいて気づけた教師は少なくないと思います。でも、それを自身 の教室に適用した人ってどれだけいるんでしょうか? 3歳の息子が出来るんですから、小学生・中学生が出来ないわけありませんよね。

追伸 我々の考え方から言えば、何のために必要かを説明できれば、どのようにすべきかは学習者に任せるべきです。でも、今の息子はきれいに磨ける能力はありません。だから、説明した後、私が歯を磨いています。でも、本当は息子は磨けるのかも知れません。私の中に、信じ切れない 私がいます。

04/02/20(金)

[]卒論発表会 16:58 卒論発表会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 卒論発表会 - 西川純のメモ 卒論発表会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は学習臨床コースの卒論発表会です。学習臨床コース一期生ですので、最初の卒論発表会です。我が研究室の4年生の研究の質の高さは自信を持っていましたが、他の研究室の発表を聞いてビックリしました。とても、素晴らしいものです。コース代表の先生から、「おまえは担任なんだから、最後にしゃべろ」と言われて急遽話すことになりました。以下が、その内容です。

 本日の発表を聞いてビックリしました。院生さんの発表に遜色なく、いや、わかりやすさも含めれば院生さんの発表を越える発表ばかりでした。また、教員採用試験においても、学習臨床コースの君たちは社会コースとともにダントツの合格率でした。おそらく、本年は望む進路に進めなかった諸君も、来年には望みを果たすであろうことを確信しています。研究においても、また、進路においても学習臨床コースが、これだけの実績を上げたとなれば、教官としては「学習臨床コースの教育が素晴らしいからだ」と誇りたいところですが、おそらく違うと思います。

 どの組織においても、その開設初年においては素晴らしい人材が出ます。それは、必ずしも成績がよい人が集まったからではありません。それは、何がなんだか分からない、そんな組織に入ってみようと思う気概があるためだと思います。しかし、その組織の歴史を重ねるごとに、そのような人材が出なくなってしまいます。教える側のマンネリもあるでしょう。でも、最大の原因は、入ってくる人に初年度の人にあった気概が無くなるためだと思います。ここには4年生以外の学生さんがいます。その方に言いたい。4年生が持っている、新たな場ですごいことをしてやろう、という気概を持って欲しい。その気概があるならば、君たちは4年生を越える成果を上げられる。頑張ってください。

 4年生の諸君へ。私は君たちと同じ学習臨床コースに所属出来ることを誇りに思います。ありがとう。

04/02/19(木)

[]会議 16:59 会議 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 会議 - 西川純のメモ 会議 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、大学では独立法人化のためにあたふたしています。本学でも昨日は全学集会が開かれ、独立法人化に向かっての説明を学長が説明していました。パワーポイントを使ってコンパクトにまとめられた、よいプレゼンでした。内容は極めてラディカルです。説明の後、質疑が行われましたが、そこで出た質問は些細なことばかりでした。さらに、学長からは補足説明がなされましたが、それまた従来の大学にとっては驚天動地の説明でした。しかし、それに対してポイントがあった質疑はありませんでした。

 学長は誠意を持って説明していたと思います。何故なら、あれだけラディカルな提案を、オープンにして説明しているんですから。ところが、受けての教官集団は、その意味を理解していないように思えます。理解していないから、あれだけ平穏に受け止められるのだと思います。なぜ理解出来ないかというと、暗黙の内に、ある前提をおいているんです。例えば、あることを決める場合、従来はある委員会で決めていたとします。その委員会が従前の通り存続すれば、その委員会で決めると勝手に思いこんでいるんです。しかし、独立法人化に関係する法規を見れば、そうではないことは明らかです。つまり、名称のみが残り機能が変わるのに、名称が残ったということから機能が残ると勝手に思いこんでいるんです。こんなことは歴史上、なんどもありました。急進的な改革を行ったカエサルは暗殺されました。しかし、それを継いだアウグストスは平和的に改革を行いました。彼は、一つ一つでは名誉職的な役職を得ることを積み上げました。あそれらは実態がないと思いこんでいる人たちにとっては、どうでもよいことです。しかし、自分たちが万古普遍と思っている前提は、そのような小さなものの積み上げでしかないことを理解していません。一つ一つでは名誉職であっても、それらが複合すると巨大な権力を形成することが出来ます。

 もちろん、学長の説明したものの本当の姿を分かっている人が私だけだとは思いません。私のようにだまって承っていた人がかなりいたはずです。少なくとも、質問者の中で、たったお一人だけは、ラディカルな改革案であることを理解していたからこそ出る質問をされている方がいました。しかし、現在進行していることをある程度知っていたとしても、ある意味で歴史の必然であればどうしようもありません。だから、私も黙って見ていることにします。来年度から、どれだけ変わるのでしょうか?

04/02/18(水)

[]バレンタインチョコ 17:00 バレンタインチョコ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - バレンタインチョコ - 西川純のメモ バレンタインチョコ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、家内の友達のお母さんたちが、子どもをつれて我が家に遊びに来たそうです。直ちに、保育園状態になったそうです。その際、女の子からバレンタインチョコを息子は受け取ったそうです。家に帰ると、息子がそのチョコを私に見せてくれました。世の中にバレンタインチョコという習慣があることを、私が始めて知ったのは小学校5年生のことです。ところが、息子は3歳にしてバレンタインチョコを貰いました。負けた~。

04/02/16(月)

[]確定申告 17:01 確定申告 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 確定申告 - 西川純のメモ 確定申告 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 サラリーマンは税金の手続きは勤務先が全部やってくれます。しかし、副収入がある程度あると確定申告をしなければなりません。私の場合、講演や集中講義や印税での収入で生活出来るレベルではありませんが、小遣いのレベルを超える額を稼いでいます。そのため、確定申告をしなければなりません。最初の年は、ドキドキでした。確定申告に関する本を5冊ぐらい買って、色々と勉強しました。それを元に領収書や源泉徴収票を引っかき回し、電卓で何度も検算し、それでも不安で税務署での相談窓口で相談し、やっと提出しました。おおよそ1週間ぐらいはかかったのではないでしょうか?しかし、何度もやっていると、だいたいの作業が分かります。それに伴って、事前の領収証の整理もしてあるので、作業量が減ります。

 昨年、ふとしたことから国税庁の確定申告書の作成ホームページがあることを気づきました。考えてみれば、今時、面倒だと思うようなことにたいしては、大抵、ホームページで解決出来る世の中です。それに数値を入力すると、確定申告が作成されます。しかし、昨年度の場合、一つ一つの数値が何を意味しているか、やはり本を見て確認しなければならない部分が多かったように思います。ところが、今年のバージョンはさらにユーザーフレンドリーです。というのは、分からないところをクリックすると、勤務先でもらえる源泉徴収票の「これこれの場所の数値」を入れろというような説明が出るんです。これはありがたい。そのため、本年度は確定申告の本を読み直すことはありませんでした。それで作成したものをカラープリンターで打ち出したものを税務署に持っていきました。そのような方法で作成した方は 他にはいないため、担当の方がとてもビックリされました。その後、補足説明の別紙を添付して出しました。ちゃんと整理されていたので、とても褒められてしまいました。

04/02/12(木)

[]性(さが) 17:04 性(さが) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 性(さが) - 西川純のメモ 性(さが) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は学内で集中講義をしました。久しぶりの講義です。気持ちよく話せました。終わってから、絶賛のメールを頂きました。定時制の高校教師の頃、面白い授業、分かりやすい授業を目指し、古典落語の名人のテープを何度も聞きました。鏡の前で、笑い方、表情の作り方を練習しました。さらに、授業案を何度も練り、誰もいない教室で一通り話してみました。それも、これも、「面白い」、「分かりやすい」と子どもに感じてもらうためであり、なにより聞いてもらうためです。その気持ちは今でも同じです。正直、嬉しい。お世辞であっても、率直に嬉しい。でも自戒です。

 高校教師の時代、私の授業を面白いと感じてくれる子どもと同じ数だけ、つまらないと思う子どもがいるということを、お仕えした教頭から教えてもらいました。大学の生物の授業、また、統計学の本から、正規分布という左右対称の分布が自然界の分布の基本であることを学びました。

 事実、本日の集中講義の教室を見渡せば、積極的な敵意の表明をしている院生さんもいます。それを見ると正直悲しい。「私はあなたの敵ではないよ」と耳元でささやきたい。しかし、嬉しいメールをいただける方も、苦虫を噛んでいるような方も、氷山の一角に過ぎません。私には見とれない、大多数の方の中に、満足してくれる方と同数だけ、満足いただけない方もいるはずです。私としては、その平均値を出来るだけ満足してもらえる方に動かす努力をします。でも、全員は無理です。では、どうするか・・。

 やはり、我々の研究室が求めているように、教師が全員を何とかするということは無理です。教師は学習者集団をコーディネートする役割にシフトしなければなりません。本日の私の講義は、話術と、教材で何とかするレベルです。しかし、それは最終的な到達点ではありません。単なる出発点です。1日しかおつきあいできない方々へ話す場合、学び合いの文化を伝えきれないための便法にしか過ぎません。

 それにしても、「教師は教え手ではない」と標榜する私も、「先生の講義は面白い」と言われるとホクホクしてしまいます。恐ろしい罠です。年を取っても、「自分の話をつまらない人がいるんだ、ただ、顕在化しにくいだけだ」という自戒は持ちたいと思います。

追伸 でも、たまには褒められたい。教えたいと思って教師となった者の哀れな性です。

[]カラオケ 17:04 カラオケ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - カラオケ - 西川純のメモ カラオケ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は歌うことは好きですが、カラオケで歌うことはしません。院生さん、学生さんと一緒にカラオケにいったとき、「先生歌って」と言われることはあります。しかし、「俺の歌はプロ並みだから、タダでは聞けないよ。」と言って断ります。でも、本当の理由は、「歌って」と言っている人が、歌詞の1番目の後半から、全く興味を示さなくなることを知っているからです。私は、人の気持ちに敏感な方です。それゆえ、「興味がない」というオーラの中で歌う気力は無くなります。

 最近、息子は歌に興味を持ち始めています。コマーシャルの歌を覚えたり、子ども番組の歌を歌います。このごろはしょっちゅう歌っています。最近はビデオの電車の歌がお気に入りです。それを見せると、画面に映る歌詞を読みながら一生懸命歌おうとします。しかし、歌が早いので間に合いません。そこで、「おとうさん、うたって」と頼まれました。そこで画面の歌詞に合わせて歌いました。歌が終わるまで、私のうまくない歌を一生懸命に聴いて、一生懸命歌ってくれました。とても良い聞き手がいたので、楽しく歌えました。

04/02/10(火)

[]スパムメール対策ソフト 17:06 スパムメール対策ソフト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スパムメール対策ソフト - 西川純のメモ スパムメール対策ソフト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 スパムメール(迷惑メール)対策ソフトも最近は進化しています。ちょっと前までは、メールアドレスを指定したり、キーワードを指定したりしてスパムメールを認識していました。ところが、日に100弱到着する海外からのスパムメールに対してはそれらは無力です。それらに対応するため、メール中に2バイト文字(まあ、全角文字と思ってください)があるか無いかで判別するソフトが出ました。ところが、文字化けした英文メールがすり抜けてしまいます。そこで、キャラクターコードや、メールの経由国の分析等々の高度な分析が導入され、英文スパムはほぼ根絶状態です。たまに削除したメールのログを見ると、削除された膨大なスパムメールの一覧を見ることが出来ます。それを見ると、「ざま~みろ」というサディスティックな快感に浸れます。

追伸 スパムメール対策ソフトとメール転送ソフトを組み合わせると最強です。

[]ばらす 17:06 ばらす - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ばらす - 西川純のメモ ばらす - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「西川研究室の院生の方に前に一度きいたことがあるのですが、西川先生はパソコンに向かって仕事しながらも院生の話を聞いていて的確な指導をされるとのこと。それを聞いて私は、聖徳太子みたいだ。すごいなと思ったのです。私の女房も、パソコンでカードゲームをしながらテレビも見てしまうのです。世の中の人はほとんどそういうことができてしまうのでしょうか。」というメールを他研究室の院生さんから頂きました。 それに対する返信は以下の通りです。

 『「西川研究室の院生の方に前に一度きいたことがあるのですが、西川先生はパソコンに向かって仕事しながらも院生の話を聞いていて的確な指導をされるとのこと。」ということの種明かしをしましょう。実は、ゼミの皆さんには既に種明かしをしているんですが・・・・ 私はゼミの院生さんの話を詳細に理解しようとしてはいません。私が聞いているのは、院生さんの声・そして速度、いや簡単に言えば雰囲気なんです。院生さんご自身が、自分の研究に悩んでいたり、つまっていると声に出ます。そして、悩みに悩んでいると、そのことを知らず知らずのうちに語っているんです。だから、ぼーっと聞いていても、私の耳には「先生、聞いて、聞いて」という声が聞こえます。そして、「先生、これだめかな~?」や「先生、こうやったらいいとおもうんだけど」という声が聞こえます。「声が聞こえる」というと達人が分かるように読めるかも知れませんが、ほとんど、そのものずばりをご本人が言っている場合も少なくありません。

  じゃあ、教師としての私がやるべきものは何か、といえば、自分の研究を本気でよくしたいと思ってもらうように、研究の素晴らしさを語ることです。そして、自分の研究を他人任せにしている場合、「心に響かない」と冷たく言うことです。逆に、本当に自分の研究を真剣に考え、その結果として素晴らしい研究をしたばあい「心に響いた」と感激することです。注意は、まじめに考えたことを感激するのではなく、まじめに考えた結果として生じる結果を感激します(この1行は、西川研究室でないとぴんとこないかも知れませんが・・・)。そうすれば、ムキになって研究に邁進します。そうなれば、パソコンに向かって仕事をしながらも、院生さんの声をちょっと聞くだけで分かるんです。ちょっと、偉そうに書きましたが、現場経験のある○○さんなら分かるでしょ。

  ちなみに、上記のことを西川ゼミの方にばらしてください。我々は、学習者に教師の手の内を全部さらした方が、よい関係が成立すると信じています。』

 せっかちな私は自分でばらすことにしました。だって、ばらした結果として、院生さんがとれる対応策は、「私をだませるような声を出す練習をする」か、「本気で自分の研究を感激し、その結果として、私をうならせる」の二つの対応が考えられます。どう考えても、まともな人なら、後者の方が生産的ですし、なにより自分が納得できます。

[]高橋留美子 17:06 高橋留美子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高橋留美子 - 西川純のメモ 高橋留美子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はアニメが大好きです。その中でも、手塚治虫、萩尾望都、、そして宮崎駿の3人は別格です。高橋留美子も3人と同格の一人です。彼女のうる星奴らは名作です。とくに、「ビューティフルドリーマー」は何度見ても新たな発見がある名作です。

 手塚治虫は最後まで巨匠でした。萩尾望都は最近はおとなしいですが、駄作を出し晩節を汚すことはありません。宮崎駿は現在も巨匠であり続けています。しかし、高橋留美子は・・・。毎週月曜に「犬夜叉」を息子と見ています。それなりに楽しく見ることが出来ます。しかし、基本パターンの無限循環という、少年漫画の基本パターンに陥っています。おそらく、人気があるため、「とにかく続ける」ということ自体を目的としてしまったように思います。サザエさんやドラエモンのように大いなるワンパターンが基本であるならある程度納得できます。彼女の過去の作品と比較すると老醜を感じしていまいます。残念。

04/02/09(月)

[]授業中のガム 17:07 授業中のガム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業中のガム - 西川純のメモ 授業中のガム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の授業中、ガムを噛みながら聞いている学生がいると、大抵の大学教官はものすごく驚きますし、憤慨します。そして、一定の割合の人は、怒り狂います。しかし、私は平然として対応出来ます。理由は、定時制高校に勤めていた経験から、その子がガムを噛みながら授業中することを注意された経験がないためであることを知っているからです。つまり、全く悪気がないんです。だから、怒らずに、ゆっくりと、じんわりと、ニコニコしながら対応出来ます。

 先ほど、我が研究室のゼミ生さんの掲示板を覗いたら、驚くべきことが書いてありました。それは、発表時間を守らず延々と話し続け、それを悪いと思っていない院生さんがいたと言うことです。さらに、さらに、司会の人が「時間が短くてすみません」というような社交辞令(もしかしたら嫌み)をいったら、「いつものことです」とのたまったそうです。私はそれを読んで、「信じられない」、「バカ野郎」という気持ちがむくむくおこりました。しかし、小一時間たって、それは授業中のガムと同じだということに気づきました。きっと、その人は発表時間を守るべきだということを、一度も注意されたことがないんでしょうね。そういうことを2年間、指導されなかった研究環境を哀れと思います。 しかし、指導だけの問題とも言えません。ちゃんとした家庭に育った子どもは、注意されなくても授業中にガムは噛みません。大人もそうです。結婚式のスピーチで、とりとめもない自己満足な言葉をだらだらとしゃべる人もいる一方、短くも心に残る言葉を贈る人もいます。後者の人の場合は、指導教官に指導されなくても発表時間は守れます。

追伸 その掲示板には、その人の発表の内容に関しては何も書いていませんでした。でも、その必要はありません。発表時間を守らない発表に、内容があったことは、私の過去に「1度」もありません。発表時間を守れないということは、自分の発表を他者の視点からモニター出来ないことを意味します。簡単に言えば、マスターベーションです。他人様がマスターベーションすることは、その人のかってですから結構です。しかし、私は他人様のマスターベーションを見るような趣味も、暇な時間もありません。

[]1.5人論文 17:07 1.5人論文 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 1.5人論文 - 西川純のメモ 1.5人論文 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「1.5人論文」という言葉をご存じでしょうか?それは、論文を書いた当人(一人)と印刷所の校正担当者(0.5人)しか、その論文を読む人いないという意味です。無意味な研究を示す言葉です。全くの趣味人で、自分のお金で、自分の趣味を研究と称するのはかってです。しかし、いやしくも他人様から給料を与えて頂いて研究するならば、その研究が他人様に還元 されないならば給料泥棒です。もちろん、「直接役に立たなくても、じんわりと役に立つんだ」と言い訳をする人がいますが、私の見るところ、そう言っている人に限って「じんわり」とも役だったように思えません。何故なら、他人様に還元しよう (しなければ)と いう気があれば、それは研究にも現れますし、実際に還元しうるものを「含んで」いるはずです。少なくとも、還元し得ることを「屁理屈」でも言るはずです。それが言えない人は、還元しようと本気で思っていない人です。還元しようと本気で思っていない人の研究が、いつか還元されるなんてことが起こるのは、宝くじで100万円(1億円とは言いませんが)があたるぐらいの確率に過ぎません。

 では、研究をどうやって還元できるでしょうか?まず、多くの人の人の目に触れる学会誌、書籍を通して知って貰うことです。そして、身近な研究団体、研修団体において発表することです。少なくとも、あなたの知っている同僚に理解して貰い、それを利用して貰うことです。もし、一人の教師であっても、本当にそれを理解し、利用して貰えるならば「二人論文」です。たった一人でも共感して貰える人がいるならば、もう少し努力すれば、さらに増えるでしょう。そうなれば「1.5人論文」の汚名を脱することが出来ます。

 先週の土曜日に学習臨床コースの修士論文発表会がありました。私と違って、院生各位の方はジェントルです。思うところがあっても、言わないかもしれません。しかし、このことを覚えておいて下さい。2年間の派遣に際して、地方公共団体は臨時採用教員2年間の給料として1千万円強の投資をしています。発表会で見た発表の中には、「一千万円に値しないのでは・・」と思う論文もあったかもしれません。でも、もし、あなたの論文が1.5人論文だったら、その「一千万円に値しない」論文と50歩100歩に過ぎません。「自分の研究は、あんな研究とは違う」というプライドを持って欲しい。そして、そのプライドを裏切らない今後の活動を「期待」しています。

04/02/06(金)

[]今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの 17:08 今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの - 西川純のメモ 今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの」と前のメモに書きました。それは「自分」、もしくは「自分たち」なんです。我々が授業で明らかにしつつあることは、極めて強力です。それは授業場面のみならず、職場、クラブ等、人が共にいる場面に適用出来るものです。従って、当然、自分にも適用出来ます。しかし、自分を見る目は曇るものです。そのため、どうしても見えない部分があります。ある意味で、その部分は先延ばしにしていたのかもしれません。しかし、我々の考え方を、より多くの先生方に理解して貰いたい、という当面の最大の課題を達成するためには、どうしてもそれを避けられません。つまり、我々が何故に、我々の考え方を理解し得たかを分析することによって、人に理解して貰うにはどのようにすべきなのかが明らかになります。しかし、繰り返しますが、それが辛い。だれしも自分の劣っているところ、誤っているところを見つめることは辛いものです。

 今、修士1年の3人は、それに立ち向かおうとしています。偉そうなことを言おうとすれば、その言葉の刃は、すぐに自分の胸に刺さります。それ故、結果をあからさまにすることをためらうでしょう。しかし、過去の研究が示すように、自己モニターは極めて強力な武器です。現在の壁を乗り越えられたら、きっと西川研究室は次世代に脱皮出来ると思います。その先が分からないけど、凄いものがあると思います。だって、今までは「学び合う集団を創造する」ことをターゲットにしていました。しかし、次世代では、「学び合う集団を創造」する集団を創造するんですから。

追伸 次世代の西川研究室では、より高次の考え方に基づき、研究室運営をすることが出来ます。もちろん、その手の内は私が独占しようとはしません。メンバーにオープンにします。手の内を見せることの方が、絶対に有効に働くということは、次世代でも真理だと思います。

追伸2 平常だったら、もうそろそろ修士1年の定期的な個人ゼミはなくなり、不定期の個人ゼミが主体となります。ところが、今年に限っては、不定期の個人ゼミと共に、定期的な学年ゼミを継続しています。そのため、現在の修士1年の方は、今も毎週、私の「期待しているよ」、「遊んでいいよ、結果さえ出してくれば」、そして、「心に響かない」の定期的攻撃を受けています。そのことでOBや先輩諸氏が怪訝に思っているかもしれません。しかし、一言弁明します。それをやれと強いているのではありません。ご本人たちの発意に基づくものです。学習者は、最も良い方法を考えつくものです。私はそれを信じています。実は、この院生さんの学年ゼミというものも、「今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないもの」に関わるように感じてなりません。考えてみれば、何故にいままで学部では学年ゼミをやっていて、大学院ではやっていないのか、その理由を考えることが出来ません。何故なんだろう・・

04/02/05(木)

[]影と本体 17:09 影と本体 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 影と本体 - 西川純のメモ 影と本体 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、本の原稿を3つ平行してやっています。一つは、「何故理科は難しいと言われるのか?」の続編で、「何故、理科を学ぶのか?」(仮)です。理科を主な題材とはしていますが、おそらく他教科でも同じだと思います。内容は、一般に流布している教科教育目標を一つ一つ潰して、別な視点で目標を捉え直そうというものです。もう一つは、「学び合う学校」(仮)で異学年学習を中心にまとめています。本当は、もう既に出す予定だったのですが、Ymさんの昨年の研究を含めれば、異学年学習のおおよその概要が出せる予定なので、それを待っています(Ymさん読んでる。あなたの結果をまってるわん)。最後に、「静かにを言わない授業」の続編で、「座りなさいを言わない授業」(仮)です。内容は「立ち歩き」に関してです。しかし、もう一つの大きな願いがあります。それは、我々がやっている実践を教師の側に立って記述するという試みです。

 我々の実践を講演で話すと、喜んでもらえます。でも、「本当かな~」と思われてしまい、実際に実践するまでに行かない方が多いと思います。それがとても残念です。本当は、ある一定レベル以上の先生(おそらく日本の教師の過半数)であれば、考え方を変えてもらえれば直ぐにでも出来ることなんです。一番いい方法は、西川研究室に入って、その集団の中で考え方を変えることです。でも、私はもっと多くの先生方に分かって欲しいと願っています。おそらく、我が研究室研究上の当面の最大の課題です。その試みとして、典型的な授業の様子を最初から、最後まで、そのまま記述する部分を設けています。しかし、以前のメモに書いたように、その中で私が見て欲しいと思う部分と、多くの先生方が着目する部分とには大きな違いがあると思います。それを、どのように説明したらいいのか、頭を悩ましています。

 例えば、我々の実践では、教師はごちゃごちゃ細かいことを言いません。おそらく平常の教師の発言数の十分の1、百分の1程度(それ以下かも)しか発言しません。しかし、「発言しなくても、授業がうまくいく」ではなく、「発言しないからこそ、授業がうまくいく」ということを理解してもらわなければなりません。じゃあ、形だけ真似て「黙ればいいか」というと、それも違います。やはり教師が語らなければならないことは、限られますけど、それが欠けては授業が成立しない部分もあります。となると、何をしゃべり、何を黙るべきなのか、を判断しなければなりません。それをルール化することが非常に難しい。変にルール化してしまうと、本来の姿からかけ離れてしまう。結局は、「子どもは有能である」ということの意味を本当に理解してもらわなければならないんです。「子どもは有能である」という考え方が本体で、授業に現れる教師の言動は影にすぎません。「子どもは有能である」という考えは、あまりにも抽象的で、その意味をどのように捉えるかは多様です。だから、事例を通してしか伝えられません。ところが、事例は影に過ぎません。痛し痒しです。比べるのにはおこがましいですが、仏様が教えを直接説明できないため、たとえ話(方便)で伝えるようなものです。それが、隔靴掻痒で辛い。

 しかし、明るい兆しがあります。今、修士1年を叩きに、叩いています。おそらく、歴代のOBの中で、叩いている期間がもっとも長期間に及んでいるのでは無いかと思います。しかし、私には確信があります。もう少しで、今の私には全く見えないもの、そして知りたくてたまらないものを教えてくれる、そのきざはしに立ってくれます。あとは、Yzさん、Ymさんはフィールドを確保すること、Hは今自分が手にしてるデータの貴重さに気づき、それに没頭できること、それが出来れば、必ず出ます。

04/02/04(水)

[]本日の大受け 17:11 本日の大受け - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日の大受け - 西川純のメモ 本日の大受け - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、T先生とK君と昼飯です。あごが腫れて大口を開けられない私の弁当は、ドロドロ系でした。K君は鶏肉の照り焼きです。T先生が「タイ産の鶏肉ではないの?」とK君につっこんだことから、遺伝子組み換え食品の話に発展しました。遺伝子組み換えの場合、全く予想しないものが生まれる可能性は、単なる掛け合わせに比べて高いと言えます。全く予想もつかないような優れた品種が生まれるならば、それと同等以上(かなりの高率で)の確率で、全く予想もつかないような悪い品種も生まれます。ところが、掛け合わせの場合、遺伝子自体をいじくってはいないのですから、両親の形質の組み合わせの範囲に収まる確率が高いです。

 そこで、K君に「普通の掛け合わせだったら大丈夫だけど、K君との掛け合わせだと駄目かもね」とつっこみました。K君は、「いや~、優れた子が生まれますよ」と行ったので、私は「そうかもしれない、君以下になることはないから」と反撃しました。そこで、です。いつもは、この種の馬鹿話を冷ややかな目で見て黙っているT先生が、「優秀な・・」と切り出したのでビックリしました。曰く、「優秀なサルが生まれるよ」とぽつりとT先生はいいました。私の「K君との掛け合わせは駄目かもね」や「君以下になることはないから」以上に厳しいつっこみです。K君と大笑いしました。

[]非公務員へのカウントダウン 17:11 非公務員へのカウントダウン - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 非公務員へのカウントダウン - 西川純のメモ 非公務員へのカウントダウン - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年の3月31日をもって、国立大学は無くなります。そして、数十万人いる国立大学職員は非公務員になります。私自身は、それなりに対処しているつもりでした。しかし、本日の夜8時に大学から、労働者としての代表者を選出するようにというお達しが来ました。そして、新たに結ばなければならない労働協約の一覧が提示されました。それを見ると、覚悟を決めていた私も、「ごくっ」とつばを飲み込んでしまいました。噂によれば、3月末には「退職願」を学長に提出しなければならないということです。退職願を出したのは、都立高校をやめて上越教育大学に異動した17年ぶりです。その時も、大丈夫と思いつつも、「退職願」を出すことに不安を感じ始めました。

 現状の大学が、独立法人化によって適度の緊張が生じることは、私の望んでいたことです。しかし、その私もドキドキし、迷います。私はマリッジブルーにはなりませんでしたが、今の私は、まるで軽度マリッジブルー状態です。

[]恵方巻 17:11 恵方巻 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 恵方巻 - 西川純のメモ 恵方巻 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は節分です。我が家では、イワシと恵方巻を食べて、節分をしました。一昨日から急に耳下腺が腫れてしまいました。そのため太巻きを食べられません。帰ってみると、私の食事の分は、全てポタージュ系にしてくれました。さらに、恵方巻きはお粥に変身していました。家内は太巻き、私は恵方お粥、息子はサラダ巻きを食べました。家内も私も恵方を向いて、無言で一気に食べました。食後は豆まきをして、年の数だけ豆を食べました。食後に44粒も一気に食べるのは多いなと感じました。一方、3粒しか食べられない息子は不満そうです。そう言えば、私は節分の豆が小さい頃から大好きだったので、なんで年の数しか食べられないのか不満だったのを思い出しました。それが、いつのまにか多いなと思うほどの年になりました。

追伸 おたふく風邪は既にやっているので、原因ストレスと思います。その原因と思われるT先生に、思いっきり嫌みを言いました。

04/02/02(月)

[]僕記念日 17:13 僕記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 僕記念日 - 西川純のメモ 僕記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子のことを○ちゃんと呼んでいます。その結果として、息子は「○ちゃん」と自称します。ところが、2月1日に「僕」を使い始めました。息子が「俺」や「自分」という自称を使い始めるのはいつなんでしょう?

[]VHS 17:13 VHS - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - VHS - 西川純のメモ VHS - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先だって、新聞を読んだら、ついにVHSビデオをDVDを越えたという記事を見ました。

 私が最初にビデオを購入したのは今から18年前で、高校教師1年目の冬のボーナスでした。下宿が西八王子でしたので、中央線に乗って新宿のヨドバシカメラで買いました。当時の価格で10万円強だったと思います。現在の貨幣価値でいえば30万円以上です。冬のボーナスでやっと買えました。その当時はベータ(今の学生さんは分からないだろうな~)、VHSの戦いの真っ最中で、レンタルビデオ店に行くと、ベータとVHSが二分していました。大学の研究ではベータを利用していた関係で、ベータを購入しました。ところが、いつのまにかレンタル店でのベータのスペースが減少し始めました。そして、ベータのソフトがたたき売られるようになりました。それから数年経つと、ベータが絶滅しました。

 今、レンタル店に行くと、DVDソフトが徐々に拡大しています。そして、VHSのソフトがたたき売られるようになりました。あれを見ると、「かってのベーターのようだな、VHSにもう先はないな」と思います。いまさらVHSビデオを購入する人がいるとしたら、時勢に疎い人か、未だにアナロクレコードを使っているような「お宅」でしょう。でも、VHSにも捨てがたいものがあります。それは、3歳の息子でも操作することが出来る点です。DVDの場合、記録面を素手でべたべた触るので、息子に渡せません。一方、VHSは息子に任せられます。こうなると、VHSが絶滅するのと、息子がDVDを操作出来るのとの競争です。VHSが息子の成長するまで、生き残って欲しいと思います。

追伸 本日、レンタル店に行ったら、今まで無かった、幼児用の電車のDVDがありました。VHSの絶滅もカウントダウンだなと思いました。