西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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03/10/07(火)

[]園バス 22:11 園バス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 園バス - 西川純のメモ 園バス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、来年息子が入る予定の幼稚園が、入園予定者を招いてピクニックを催してくれました。一昨日に、「明日はピクニックに行くよ」と息子に言うと、ニコニコしながら「ピクニックピクニック」と連呼しました。おそらく、幼稚園から歩いていける距離になる、高田の駅前商店街をてくてく歩くのだろうと予想していました。昨日、その様子を家内から聞きました。

 幼稚園に15組程度の親子が集まり、園庭で遊んでいます。息子はというと、興味のある園バスを見つけ、その周りを駆け回っています。すると、先生が「バスに乗ってください」と言うので、家内が息子に教えると興奮状態になります。そのバスに乗って近くの公園に到着です。降りるとき、息子が運転手のおじさんに「運転手さんになりた~い」と言うので、バス中が爆笑しました。運転手さんが「それでは、雇ってもらえるようお願いしてあげるよ」と言ってくれたので、ニコニコしながら降りたそうです。周りの子ども公園の中で遊び回っているのですが、息子は、先生が配る用意をしているお菓子が気になってしょうがありません。家内が押さえなければ、勝手に食べそうな勢いだったそうです。家に帰ってから、何が楽しかったと聞いたところ、「チョコレート」と言っていました。

 家内に、「元幼稚園先生として、目に付いてしまう事ってない?」と聞くと、「バスのドア近くで子どもが挟まれないか冷や冷やしていた」とのことでした。


[]偉人22:12 偉人伝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 偉人伝 - 西川純のメモ 偉人伝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 小学校図書館には野口英世ノーベルシュリーマン等の偉人伝がいっぱいありました。小学生の時は、それを読みあさり、自分の身の丈に不相応な空想に浸りました。それが、中学校になると高校受験に置き換わり、高校になると大学受験に置き換わります。少しは現実的にはなりますが、他から与えられた尺度には違いがありません。さらに、偉人伝の時代に比べると、尺度が偏差値という1次元の尺度の集約されています。でも、本当にいい学校に行くことが幸せに繋がるのでしょうか?

 おそらく、偏差値55の大学偏差値70の大学を行くのでは、学歴社会においての位置も違い、収入も違うと思います。しかし、偏差値55の大学に行くのと偏差値50または偏差値60の大学には余り違いがないように思います。それにも関わらず、受験雑誌に掲載された順序の一つでも上の大学に行きたがります。バカみたいなモンです。

 さらに、進学するという良いという単純な枠組のままでいると、なんとなく博士課程に進学する人もいます。博士課程の試験の場合、専門では差が付きません。差が付くのは外国語です。そうなると、専門の素養・センスはさておき、外国語が出来ると進学出来ます。ところが就職は話は別です。就職は運も重要な要素ですが、専門における業績が評価の対象となります。そうなると、外国語が出来るだけの人の末路は哀れなモンです。20歳台で望みもある状態でさえ哀れなのに、それが30歳台、40歳台になると目も当てられません。なんで研究者の道に進んだのか理解出来ません。

 昨日、食後に息子と遊んでいたとき、「幸せだな~」と思いました。私は結婚しましたが、結婚しなくても、友人や自分の仕事を通して充実した人生を送れると思います。そのとき、こんな普通の生活の幸せさを、何故、学校で教えないんだろうと思いました。発展途上国教育だったら、「もっと、もっと」と子どもの尻をたたくのも意味があるかもしれません。でも、日本の場合は、身近で誰もが実現出来る幸せを書いた本を、小学校図書館におくべきだな~と思いました。