西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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03/08/22(金)

[]目標と方法 10:37 目標と方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 目標と方法 - 西川純のメモ 目標と方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々は、「目標を語ること」と「方法を語ること」を分けることが重要であると考えております。今までにも、教師の語っていることが目標なのか、方法なのかに関して色々な判定法を提案してきました。最近、ふと考えてみたら、とってもよい判定法があることに気づきました。それは、「その事が成立したとき本当に満足出来るか?」ということです。満足出来るなら「目標を語っている」、満足出来ないなら「方法を語っている」ことになります。例えば、以前のメモ(今年7月13日)で『例えば、ある学校では、給食の時間、静かに食べることを学級(むしろ学校)のルールにしているそうです。でも、小学生がしーんとして食べている給食の時間って、不気味だと思いません?何故、そんなことをしているかといえば、給食の時間内に食べ終わらない子どもが続出したためだそうです。そのため、教師が「しゃべるな」というルールを設定したとのことでした。』ということを紹介しました。この場合、「しーんとして、しかし、時間内に食べ終わらない」としても、その教師が満足しているならば、それはその教師にとって「目標を語っている」ことになります。しかし、「しーんとして、しかし、時間内に食べ終わらない」ことに満足出来ず、「楽しく会話しつつも、時間内に食べ終わる」ことに満足出来るならば、「しゃべるな」は方法を語っていることになります。つまり、「結局、何を求めているの?」という問いかけが本質的なもののように感じます。もちろん、その求めていることが、子どもが求めるものとしなければならないことは言うまでもありません。

[]出来る子にとって 10:37 出来る子にとって - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出来る子にとって - 西川純のメモ 出来る子にとって - 西川純のメモ のブックマークコメント

 うちの研究室研究に興味を持って、遠方から私のとこに話にこられる奇特な先生は少なくありません。この夏休み中も色々な県の先生方が遊びに来られました。そのお一方とお話ししたときのことです。その先生が、「たしかに学び合いは、成績中位、下位の子どもにとって概念獲得にとって有効だということは分かります。しかし、成績上位の子どもにとって有効なんでしょうか?」と質問されました。それに対して、以下のように答えました。

 「成績上位の子どもにとっても有効であるという結果を得ています。また、100歩ゆずっても、成績が悪くなることはありません。しかし、そのことは本質的なことではありません。一つ聞きますが、もし、今まで通りの授業をやっているとき、成績の上位の子が、「先生、一人で自習させてくれない、その方が勉強になるから?」と質問されたら、どう答えます?

 その先生は、うんうんうなって考えました。勉強の仕方の分かっている子ならば、下手に一斉学習を強いるより、優良なテキストと問題集を与え、一人でどんどんやらせた方が成績が上がることは確かです。結局、その先生がおっしゃたのは、「成績を上がることだけが大事じゃないんだよ」と語るということでした。そこで、私は「そうでしょ。成績のことで説得できないでしょ。結局、学校教育は何のためにあるのかを、語らなければならないんですよ。」と申しました。つまり、「成績が上がる」程度の目標観では、成績上位の子どもから見放されるでしょう。もちろん、成績上位の子にターゲットを絞った「成績が上がる」授業は出来るでしょう。でも、そうなると、クラスの大半を捨てることになります。さらに、そんな授業だったら、塾や予備校先生の方が、遙かにプロです。