西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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03/07/22(火)

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 以前のメモでも書いたように、先週の全体ゼミはKさんの知っている先生の授業を、その先生自身がとったビデオを見ての検討でした。ビデオを見ると、その人が何を注目しているかがよく分かります。特に、自分自身が見たい点と異なる場合は如実です。

 その先生は、数式とグラフとの関係を気づかせたいという授業目的がありました。そのため、黒板の4分の1を使って、コンピュータ画面を投影していました。そのコンピュータ画面にはグラフが描かれているというものです。ビデオでは、黒板に投影されたコンピュータ画面に焦点を当て、何度もフォーカスを調整しているところから、その画面をよく写そうとする意図が見受けられます。つまり、「数学の時間にコンピュータを利用した」というところが「売り」と見受けられます。

 ところが、我が研究室の面々が注目した点は、全く違います。我々が着目するのは、第一に、その授業の最初に、どのような目標の設定が行われているか、という点です。つまり、授業の最初に先生が何を語るかということです。第二に、学習者がどのような学習手段をもっているか、ということです。つまり、隣の人、全く離れた人と相互作用できるのか(簡単に言えば、私語や立ち歩きが出来るのか)に着目します。第三に、全体的に、子ども達と先生の間での暗黙のルールがどれだけあるか、ということです。つまり、両者の関係は形成過程にあるのか、出来上がっているのか、に着目します。第四に、授業が成立したか否かを、教師がどのように評価し、そして、実際に成立したか、ということです。

 上記の4つが基本です。それより、かなり下がって、第五に教師の発問の方法(どのように発問したか、そして、どれだけの間をとっているか)というような、授業の方法です。さらに、かなり下がって、第六に、教材の構造です。さらに下がって、第七に、使っている教材・教具です。

 おそらく、拝見した先生は「第七」に着目し、それを見せようとしたと思われます。しかし、「第七」のレベルのことは、私が院生だった20年以上前からやられていたことです。当時の私自身ですら、見せられた手法よりはるかに高度な手法を既にやっていました。さらに、グラフに現れる事象と人間の直感の違いに関しては、私のもっとも親しい友人がかなりのところまで研究を進めています。したがって新鮮味は殆どありません。きつい物言いかもしれませんが、理学部出身者(ちなみに私自身も理学部出身者です)が教育に関してのトレーニングを受けていなければ、しょうがないというのが率直な感想です。第六の教材の構造ですが、それは、院生の皆さんが典型的な受験参考書の構造に従っていると言うことを、直ぐに看破されました。第五の授業の方法に関してですが、発問に子どもが答えるまでの時間を待てない、というようです。でも、出席者一同、平均的な高校数学教師の授業スタイルに比べて、遙かに教育的で、丁寧な教え方(つまり、良い教え方)であるとの感想です。

 さて、我々が着目する第一から第四までは、全く意識していないように感じます。第一の目標の設定の場面ですが、殆ど何も語られず、いきなり授業に入っていました。第二の学習者の手段ですが、教師の黒板をノートに写す程度の手段しか与えられていません。第三の子ども達と先生の間の関係はある程度出来上がっているようです。第四の評価ですが、「分かった?」と言うだけで、本当に分かったかを確認する必要性を感じていないようです。それでは我々は何を見ていたか、といえば、上記のように壊滅的(ただし、先に述べたように、平均よりかなり良い授業です)な状況下においても、子ども達は必死に分かろうともがいています。その姿を我々は見取ろうとしています。例えば、黒板に書かれた解法を教師は「間違い!」と言い消したため、必死にノートに書いた自分の解法を解法を消しゴムで消す姿をみます。また、子どものざわめきや、首の動き、また、隣の友達に聞く様子などです。それらの子ども達の行動は、ビデオを記録した教師にとって注目すべき対象とは認識されておらず、画面の中心におかれた黒板の周りにある、意味のない映像として位置づけられているようです。

 このように書くと、ビデオを記録した先生と、我々との違いはものすごくあるように書いているように読みとれるかもしれません。しかし、それほどの違いはありません。あれだけの授業が出来る人ですから、目標の設定の重要性、子どもの有能性を気づくことさえ出来れば、直ぐに我々の視点に立てるはずです。一度ゆっくりお話したいと思いました