西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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03/06/17(火)

[]怒り履歴書 15:12 怒りの履歴書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怒りの履歴書 - 西川純のメモ 怒りの履歴書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先日の「東大寺・・」を読んだOBから感想メールを色々といただきました。内容は多種多様です。色々考えました。私は叱ることも、ましてや、怒ることも基本的にしません。以前のメールに書いたように、人間関係が出来てれば叱る必要はないし、人間関係が出来なければ叱っても意味がないと考えているからです。そのため私がやる方法は、最も多い方法は「からかう」という方法で、それを越える場合はその人の良心に訴えかけるという方法です。具体的には、「期待していますよ」、「信じていますよ」が最も多く、その他は、「私の心には響かないけど、それがあなたの願っているものなの?」、「それを現場の若い同僚に、誇りを持って語れる?」があります。

 従って、怒ったあとは自己嫌悪しますし、記憶にはっきりと残ります。研究者は基本的に短気で同僚・同業者に対しては攻撃的ですが、最近は老化のため、学生さんたちにも短気になったのではと、今回のことで心配になり始めました。自戒のために、私の「怒り」の履歴簿をメモることにしました。

 定時制高校オール1の子どもたち、シンナーを乱用し、暴走する子どもたちを教えましたが、怒りたいと思ったことは皆無です(イヤだな~、困ったな~、とか、かわいそうだな~とは思うことがありますが・・・)。私が叱ったではなく、怒ったことの最初は、大学に移って5年目のことです。その年から全学必修科目を担当(当時は助手でしたので公的には補助ということになりますが)するようになりました。成績をまとめる時期に、まったく見慣れぬ学生が私を訪ねてきました。聞くと、「自分は出席を全くしていないが、その単位を落とされると困る。留年が重なっているので、除籍になってしまう。」という内容でした。その話かたが当然の権利のように語っていました。私にとって定時制高校での生徒のイメージは鮮明です。彼らは厳しい家庭環境の中、あふれるばかりの誘惑の中で、頑張って学校に来て卒業を目指します。約半数近い子どもは誘惑に負けてしまいます。その結果は、思い出したくもないことばかりです。そういう生徒がいるにもかかわらず、脳天気に出席をしてないのに単位を出せと、二十歳をとっくに超えた学生が要求するので、私は切れてしまいました。「バカ野郎、おまえなんかとは比べものにもならないほど苦労して、それでも高校卒業もできない子どももいるのに、なんでおまえなんかが大学卒業できるんだ!」と怒鳴りました。でも、あとで自己嫌悪しました。この種の学生を本気で怒り、あとで自己嫌悪をするのはイヤなので、その後は、「高校卒業できなくても幸せになれるよ。ましてや大学卒業しなくても幸せになれるよ。」とニコッと笑ってあしらうことにしています。一言、弁明しますが、私はかって教えた学生の成績の90%以上はAで、落とす場合は5%もおらず、その全てが出席日数が半数にも満たさず、かつ課題を出していない学生です。定時制高校に勤めた経験から、いまだに「出来ないのは許せる。向き不向き、好き嫌いはある。でも、やらないことは絶対に許さない。」を基本としています。90%以上の学生さんは、私が出席を取らなくても出席してくれます。ここ7,8年、100人授業に関して出席を取るのは、学生さんから出席を取ってくれ、という要望があったからです。

 ある学生さんは、休日の自宅に突然電話をかけてきて、「直ぐ来て欲しい相談したいことがある」と呼び出していながら、行ってみるとその約束をすっぽかすことします。それも複数回。その他、ありとあらゆる場面で約束をすっぽかします。しかしながら、それを自ら謝罪することはなく、「どうしたの?」と聞いた時に言い訳はしますが「ごめんなさい」がなかなか言えない学生さんです。そのようなことを1年以上蓄積しました。あるとき、「出来上がるまで時間がかかるから、7時まで大学で待って欲しい」と言われました。しかし、「私には家庭があるから、もう帰るよ。明日にして」と言いました。ところが、その学生さんは、「私の父親は教師であるが、父は生徒のことを第一に考えている。先生の言っていることは信じられない」と説教されました。これには私は切れてしまいました。「君のお父さんはそうなのかもしれないが、私は違う。家庭をないがしろにする教師が優れた教師だとは思わない。ハッキリという。君を指導することによって、私は一銭の給料も貰っていない。君を指導しようと、しまいと給料は変わらない。私は君の親でも兄弟でも親戚でもない。なんで、私に対して誠意のかけらもなく、約束を気軽にすっぽかす君に、何で私はそこまでしなければならないんだ!」と怒鳴りました。学生さんは訳の分からないことをぶつぶつ言いながら泣きまくりました。自己嫌悪しました。それが2回目の「怒り」です。その学生さんは、その後も行動パターンを変えず、私の方はひたすら距離を保つことによって心の平静を保ちました。

 以上は私が「怒った」経験です。あと「怒り」を拡大解釈すると4回を加えることが出来ます。

 1件目は指導した学生さんが、OBの好意で調査させて貰っているにもかかわらず、その学生さんの怠惰のため、そのOBに迷惑をかけたときです。その時は、その学生さんを呼び出し、説教し、「これからお前の頭を殴る。いいな」と言ってから、持っていた扇子で頭をポンとたたきました。ちなみに、その学生さんの結婚式によばれました。とても良い先生になっていました。

 2件目は指導した院生さんが、学会発表をしたときのことです。ある先生からコテンパンにやられました。私の判断では院生さんの方が理が通っていました。しかし、その院生さんは相当に参ってしまったようです。発表後、二人っきりになったときに、「先生から言われた研究だから、こんなことになったんだ」と私に八つ当たりしました。平常でないことは十分に承知しているんですが、この一言には相当に参りました。しかし、その院生さんは研究を発展し、学会誌に掲載されるレベルまで研究を高めました。

 3件目は、ある院生さんが一人の子どもの事例に拘って研究が進まないので、拘らずに分析するよう勧めたとき、「現実子どもたちを目前にいる私には出来ない!」と言われたときと、別の機会に、「先生学び合い意味をどのように考えているんですか?」と鼎の軽重を問われたときです。この院生さんは、教師として尊敬できる方です。特に、あの年齢で、教育研究に関してあのレベルに達せる人は、極めて希だと思います。

 しかし、以上の3件4回の事例は「怒り」といっても、「怒り」というより「情けない・悲しい」という気持ちが先立つ事例です。

  以上が教師人生20年弱の「怒り」の履歴簿です。私の教師人生はあと20年強あります。これ以上、増やしたくないな~、増やすまいぞ、という自戒のため、メモることにしました。