西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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03/05/06(火)

[]ボスとして認められる方法 15:58 ボスとして認められる方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ボスとして認められる方法 - 西川純のメモ ボスとして認められる方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々が提案する学習者観、授業観は、ある程度の授業能力が無いと実践できません。それではどれほどの能力かといえば、とりあえず学習者をコントロールできる能力です。具体的には、「静かに!」と言えば、それなりに静かにさせることが出来る先生です。その先生子どもを信じることによって、全く違った次元に進むことが出来ます。しかし、「静かに!」と言っても、子ども達に「せせら笑われる」先生が、子どもを信じようと思っても、結局、授業崩壊が起こってしまいます。

 別な言い方をすれば、猿山の集団の中でボスと認められなければなりません。おそらく、昔は「先生」というだけで、子ども達も敬意を表したのかもしれません。しかし、今は違います。殆どの先生は、それなりの方法を持っていると思います。例えば、最初は怖い面を出してびびらせ、徐々にゆるめていくとか。しかし、私はその方法はとりません。かつて定時制高校の教師だったとき、その方法をやって手痛い思いをした経験があるからです。それでは、どういう方法をとるかと言えば、徹底的に面白く分かりやすい授業で、子ども達をねじ伏せるように1時間のあいだ聞かせるんです。それを1ヶ月ほど続けると、クラスの過半数は教師として認めてくれます。これは、難しいようで、ある程度は簡単に実現できます。先輩教師という生きたノウハウ本を最大限に生かし、面白い話、聞かせる話を仕入れます。また、興味を引く教材、引き込ませる発問などを仕入れます。これらを大きな声で、はっきりとした発音で、早口にならないように注意しながら話せば、まずまずのことが出来ます。さらに慣れてくると、身近な日々の出来事を、自分なりにまとめて、話の導入に使えるようになれば上出来です。

 しかし、クラスの中のには、なかなか私をボスと認めない生徒もいます。しかし、ころっと変わる場面があります。あるとき授業中にガムを噛んでいる生徒がいました。教師になりたての時は、ガムを噛んでいる生徒を見ると怒鳴ってしまいました。しかし、彼らはガムを噛むことは悪いことだと認識していないので、私が怒ると、何を怒っているのか理解できません。そして、私の怒りに対抗する手段として、とにかく私以上に怒るという方法で反撃します。そのような失敗があるため、ニコニコしながら近づき、授業中にガムを噛むことは駄目であることをゆっくり説明します。そうすると、嫌々ながらも、ガムを捨てようとして紙を探し始めました。でも、ノート教科書も持ってきていない彼はガムを包むようなものがありません。そこで、私は手を出して、この上に出すよう言いました。しかし、自分が噛んだから、と遠慮していました。しかし、「おまえが噛んだもの俺は汚いと思っちゃいないよ」と私が促すと、おそるおそる私の手の上にガムをはき出しました。そのガムをそのまま私の口の中に入れ、一言、「授業中にみんなはガムをかめないけど、先生はガムをかめるんだ。悔しかったら、大学に進学し、教職免許を取って、先生になってみな」と言いました。その後は、ニコニコとガムを噛みながら授業をし続けました。授業後に、その生徒をよんで、さんざん私が噛んだガムをつきだし、「授業が終わったからガムかんでもいいよ」と言い、突き出すと、「きったね~」と笑い出しました。そこでガムを手近な紙で包んで彼に渡し、ゴミ箱に捨てるようお願いしました。自分の噛んだガムを躊躇わず口に入れたときから、彼は私に飲み込まれていますので、素直に従ってくれました。それ以降、彼は私のシンパになってくれました。つまり、つまらなくても騒がず、うっぷして寝てくれるようになりました。それ以降は、寝ている彼の耳に息を吹きかけ、「おはよう!」と声をかけるようになります。

 上記の話をノウハウ的に表現する方法ってあると思います?私はないように思います。例えば、「生徒が授業中にガムを噛んだときは、手を出して、それを自分でも噛むこと」なんてルールか出来ると思います。第一、都合良く、ガムを噛んでくれるとは限りません。

 私が、上記のような対応がすんなり出来たのは、何故かと種明かしすれば、種はあるんです。それは、先輩教師からの生々しい経験談です。その話を聞くことによって、子ども達が何を求めており、教師がどのような行動をすべきかが学べます。さらに、私はそれを語る教師を知っています。そのため、各々の先輩教師の経験談を、私から見える先輩教師のキャラクターによって解釈し、意味づけられることができます。その結果、すんなりと行動できました。繰り返しますが、その経験談は一つの経験談ではありません。私の尊敬する先輩教師5人のそれそれから聞いた100以上のエピソードの総和なんです。

 以上のような経験があるため、私は若い教師を育てるのは教師集団以外の何者でもないと確信しています。いったい、教師集団の代わりになるような研究ってあるんでしょうか?私はないと思うんですが・・・。我々の研究は、そのような教師集団に守られ育てられた教師が、一歩踏み出すための手がかりに過ぎません。