西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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03/04/21(月)

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 ある院生さんから、「先生たちの研究は若い先生に影響することは出来ない。」、「先生の書かれているのは、私程度の教師にとっては当たり前のことである」との厳しい指摘をいただきました。まったく、その通りなのだと思います。本にもメモにも書いているように、我々の研究を理解し、誤り無く実践できる先生は、「既に理解し、実践できる先生」か、その直前の先生方なのかもしれません。 私は何度も、色々なところで書いたように、若い先生方が分かりやすくするためノウハウ的に記述することは出来るだけ避けるようにしています。それでは、若い先生方は分からなくても良いのか、といえば違います。若い先生方の中にも、我々が気づいていることを既に気づいておられる方は少なくないと思います。その中には、実践の中で生かしている方もおられると思います。そのような方であれば、我々の本を読んでも誤ることはないように思います。でも、そうでない先生もいます。先の院生さんは、「私にはそのような先生方も分からせることが出来る研究がある」とおっしゃっていました。でも、私は「そんなことが出来るのかしらん」と思っています。では、私はどう思っているかと言えば、「若い先生方を育てるのは、職員集団だ」だと思っています。だから、我々の研究を誤り無く理解できる先生方を増やすことが、結局、若い先生方を育てる方法だと、今は信じています。

 我々の研究は「当たり前である」というご指摘は、全くその通りです。しかし、現実に「それに熱烈に反対する先生」もいますし、「それを理解できない先生」もいます。しかし、「当たり前」と感じる先生が少なくないことは確かです。それでは我々の存在意味は何か?と問われれば、実証的なデータによって分析している点です。実証的データによって、「当たり前のこと」を、「当たり前」と思えなかった人に共感してもらえることが出来ます。それが学術研究存在意味だと思っています。

追伸 上記をご指摘頂いた院生の方のご意見の95%以上は、好意的な意見であり、我々をよく理解して頂いている意見です。とても勉強になりました。二つの意見にしても、その方面にも意識したら良いのではと言う建設的な意見です。ただ、表現上、短くまとめてしまうと「きつい」ものいいのようになってしまいました。全ては、私の舌足らず、筆足らず、不徳の致すところです。