西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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03/03/30(日)

[]初体験 16:38 初体験 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 初体験 - 西川純のメモ 初体験 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 香川出張した際、お世話いただいた方が「うどんは作りたてが一番です!香川の男はたいていは「うどん」を作ることが出来ます。先生にも是非、本当のうどんのおいしさを知っていただきたい。ついては、うどん生地と綿棒をお送りします。」とおっしゃっていただきました。本日の昼の11時頃にうどんが到着しました。急遽、昼のメニューはうどんに変更!みんなの協力の下、うどんをつくりました。非常にもりあがりました。しかし、初心者の悲しさ、細さをコントロールできませんでした。つまり、作り方説明書にはうどんの細さは3~4mmとありました。そのようにしたつもりでしたが、できあがったのは2倍ぐらいの太さになりました。原因うどん生地の厚さを生地の縁で見当をつけたのですが、縁は薄かったのですが、中心にいくほど厚かったようです。結果として、うどんというより甲州名物の「ほうとう」に近いものができあがりました。しかし、私の初心者ミスにもかかわらず、生地のおいしさに救われ、おいしくいただきました。簡単そうに見えたものの難しさを知りました。これをこなしている讃岐の男衆を尊敬します。

追伸 そういえば、兵庫教育大学に行くため、加古川線という電車に乗りました。その電車は、何とワンマン電車なんです。ワンマン電車って想像できます?無人駅に止まるときは、下車する人は一番前の電車(運転手さんのいる車両)に移動します。電車が止まると、運転手さんが車両の中で改札をして、それが終わった人から下車するというシステムです。ワンマン電車初体験です。

03/03/28(金)

[]学位 16:41 学位 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学位 - 西川純のメモ 学位 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、兵庫教育大学で学位をいただきました。学位授与は兵庫教育大学修士課程と同時にやると勝手に思っていたのですが、実際は連合大学博士)だけの学位授与式でした。そのため、授与者は二十数名の小さな式です。ところが、兵庫教育大学鳴門教育大学岡山大学学長上越教育大学の副学長が列席する厳めしいものです。祝電披露で紹介される名前も県知事レベルで、平山新潟県知事の名前もありました。

 一人一人の名前が呼ばれ、学位記が渡されます。遠目にも色々書いてある学位記です。ちなみに、私の学位記に書かれている内容は、以下の通りです。

学位記

東京都

西川

昭和三十四年九月十四日生

本学に学位論文

題目

巨視的時間の距離感形成に関する研究

を提出し所定の審査および試験合格したことを認める

兵庫教育大学大学院連合教育学研究科委員会

右記の認定により博士学校教育学)の学位を授与する

平成十五年三月十三

兵庫教育大学学長 中洲正堯

博乙第十三

 私の修士の学位記 はもっとあっさりしていたように思います。それだけでも、ありがたく感じます。

03/03/26(水)

[]香川 16:43 香川 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 香川 - 西川純のメモ 香川 - 西川純のメモ のブックマークコメント

児島坂出ルート四国にきました。香川に着くなり、お出迎えがありそのまま飲み屋に直行二次会うどん屋にいきおいしいうどんを食べました。朝起きたら、手にマメが出来ていました。なんでだろうと思い出そうと思ったのですが、思い当たる節がありません。しばらくたってわかりました。なんと、出張の鞄をもって駅を移動したために生じたマメです。異常にヤワになったと自覚しました。翌日の午前中は屋島の戦いで有名な屋島自然観察しました。てっきり島だと思っていたのですが、高松の町の一部であることを知り、びっくり。かつ、そこに壇ノ浦というのがあり、那須の与一が扇を射抜いたのは、九州の壇ノ浦ではなく、そこだとタクシーの運転手さんから伺いびっくりしました。昼は別なうどん屋につれてっていただき、また、うどんを食べました。午後は講演をして、すぐさま兵庫に移動です。兵庫教育大学が交通の便の悪いところに位置するため、とても時間をとられ夜に到着しした。やっとコンピュータに向かうことが出来て、何日ぶりかでメモ更新しました。香川ではいろいろとおもしろい話を伺うことが出来ましたが、公開するにはばかられるものも含まれますのでやめます。しかし、どの地に行っても、日本先生方は優秀でまじめな方が多いな~と思います。明日は兵庫教育大学で学位をいただきます。

03/03/24(月)

[]講演 16:43 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 宮城県で講演に行きました。以前からメールやりとりのある先生からのご依頼です。私にとって講演は我々の研究現場先生方に知っていただく絶好の機会です。願ったりかなったりです。ただ、子どもが小さいので長い出張には躊躇があります。しかし、かなり以前にお申し出があったので、わがままを言いました。正月、年度末、夏休の前半には家内実家帰省します。家内と息子をじじ殿、ばば殿におあづけ出来るので、一番、安心して出張できます。そのため、「このあたりに会を設定できないか?」とお願いした次第です。幸い、快く日程の設定をいただきました。

 会場に着くと、依頼のあった先生、また、管理職の方々が、私に何度も失礼を詫びられました。内容は、当日は人事の発表のある日で、そのため、移動予定の先生が講演途中に中座するとのことでした。しかし、我が儘いったのは私の方ですので、謝られるたびに、かえって恐縮してしまいました。

 講演では気分よく話すことが出来ました。ウンウン頷いていただける先生もいる一方、お二人ほどは詰まらなそうにしておられました。俺の話す能力も落ちたな、と思ったんですが、いやいや、それが見とれるだけ、まだ正常なんだと納得しました。高校教師の時代です。いつになく子どもたちの反応が悪かったので、ブルーになって職員室に帰ってきたときのことです。めざとく教頭先生が、「西川さん、どうしたの」と聞きました。「受けが悪かった」と言いましたら、「あんた、あんたの授業をいつも全員が受けていたと思ってたの?」と大笑いされました。「あんたのタイプが好きな子どももいる一方、嫌いな子どももいるのが普通だよ」と教えてくれました。そのことを思い出しました。

 帰り際には、聞いていただいた殆どの先生方が出口で送っていただきました。大切に扱っていただき恐縮するばかりの一日でした。

03/03/23(日)

[]友遠方より来たる 16:49 友遠方より来たる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 友遠方より来たる - 西川純のメモ 友遠方より来たる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 久しぶりに昔の旧友に会うことができました。遠方での会でしたが、出張と重ねることができたのでちょっとだけ会に参加しました。自分の年を自覚するには、旧友に会うことが一番です。しかし、第一印象は、「なんだぜんぜん変わらんじゃない」という方が大部分です。もちろん、風格を備えた方も少なくありませんが、変わらない方が多かったように思います。ぜひ話したいと思った方も少なくなかったのですが、当時の旧悪を思い出すと、とても話しかける勇気が出ません。また、話しかけられても、ドキドキしてしまいます。会場の一番後ろで静かに見守っていました。

 一人一人のスピーチを聞くと、千差万別です。巣立ったときは同じ出発点に立っているにもかかわらず、毎年、毎年の積み上げが数十年になると、まったく違った生き方をされています。楽しい時間をすごすことができました。

03/03/22(土)

[]モバイル 16:50 モバイル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - モバイル - 西川純のメモ モバイル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 出張に出かけました。ところが行き先についてびっくり!なんとノートパソコンを持ってきていないことに気づきました。今度の出張は長期で、宮城東京香川兵庫に行きます。短期間ならばあきらめもつきますが、これほど長期だと仕事に支障が出ます。よほど、強行軍上越に帰ることも検討しました。しかし、数万円のお金と、1日をつぶすことがなんとしても馬鹿らしいです。いろいろ考えましたが、以前から買おうと思っていた、出張用のモバイルコンピュータを買うことにしました。ハードソフトをあわせると相当の出費です。しかし、幸い、プロバイダーに接続するための諸情報記憶していたため、3時間ほどで一通りの設定が可能となりました。使い始めて、買ってよかったと思っています。実に快調です。

追伸 各種設定に関して私が契約しているプロバイダー(ソネット)に電話して、設定の指示を仰ぎました。びっくりしました。なにしろテクニカルサポートにお話中が一度もなく、一発でつながりました。かつ、指示も適切で、スムーズに設定できました。PHSの接続に関して全国統一番号(それがあれば出張でも電話番号を変える必要がなくなります)が無いため、プロバイダーを変えようかな?と思っていましたが、今回の対応に大満足なので変えることはやめました。

03/03/21(金)

[]送別会 16:52 送別会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 送別会 - 西川純のメモ 送別会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先だって修了式がありました。院生さん主体の送別会がありました。最後の閉めは、修了生一同が一人ずつスピーチをします。それらのスピーチは抱腹絶倒の内容で、時間を忘れるほどでした。やがて一つのことに気づき、ジワジワと嬉しくなりました。それは、お一方お一方のスピーチには、必ず、研究室の仲間と出会えたことを大学院での収穫であると絶賛し、感謝の意が表されました。ところが、一方、教官であるわれわれに対する感謝言葉がありません。

 理科コース時代は、この種の会があったとき、気恥ずかしくなるほどの感謝言葉を受けました。ところが、そのような言葉がありません。我々は教師は場の設定者であって、自分が一人一人の子ども達とつながるのではなく、子どもたち同士のつながりが形成されることに心を使うように主張しています。としたならば、上記のことは我々の目指す姿が、我々の研究室で成り立ったことの何よりの証拠です。院生さんのスピーチを聞きながら、とても心豊かに(その他大勢の一人として)楽しい会を過ごすことができました。

 先のメモOBの「私は、6年生の担任で、25日には卒業式です。この2年間の学級経営上越での経験を生かし、新鮮な気持ちでできて、手前みそながらいい学級経営ができたと思っています。子どもの内面をよく見ようと努めた2年間でした。いい卒業式が迎えられそうです。」というメールの一節を紹介しました。私の気持ちは、まさにそれです。

追伸 個人的にお会いしたとき、お一人から心のこもったご挨拶はいただきました。気はづかしくて、ちゃんとご返答ができなかったと思いますが、心の中では超嬉しくなりました。

03/03/20(木)

[]ピーターパン 16:53 ピーターパン - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ピーターパン - 西川純のメモ ピーターパン - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年の事ながら、卒業式・修了式のある、この頃になると自分がピーターパンのようだと思います。巣立って行かれる方は、普通社会に戻れます。ところが、私は大学という特殊な環境の中に取り残されます。ネバーランドは、短期間滞在するならパラダイスです。でも、数十年生きるには、なかなかしんどい世界です。ところが今年は、自分が取り残される・・というような気持ちになりません。何でだろう・・・と思い、自己分析すると理由が四つあるようです。第一に、修士2年の方がだれか大学にいて、いつも通りの馬鹿話をし続けているので、修了されるという実感がない。第二に、理科コースから学習臨床コースに異動した関係で、所属希望学生を受け入れることが出来ず、西川研究室始まって以来初めて、学部4年生(卒業生)がいない。第三に、修士2年のお一人であるKさんは、過酷な西川研究室を2年間過ごしたのにもかかわらず、奇特(マゾヒズムかな?)にも、博士課程に進学される。第四に、卒業式・修了式が終わると直ぐに、香川宮城での講演があり、その他に東京兵庫出張があるため、3月いっぱい忙しい。以上の理由で、余り感じませんでした。

 昨日、OBからメールが来ました。そのメールの中で、『私は、6年生の担任で、25日には卒業式です。この2年間の学級経営上越での経験を生かし、新鮮な気持ちでできて、手前みそながらいい学級経営ができたと思っています。子どもの内面をよく見ようと努めた2年間でした。いい卒業式が迎えられそうです。』という部分がありました。とても嬉しく読みました。読み終わって、「あ~~、俺はピーターパンなんだな~」と思い始めました。

 大学院研究をするところです。でも、研究が最大の教育的価値を持つものではないと思います。私は、『研究は、自分で考え、本を読み、人と語る、この3つで成り立つものだよ。一つでも欠けると研究は出来ないよ。』と、院生さん・学生さんに話します。でも、これって全てに通じますよね。忙しさの中で、自分で考えず、言われるままにやっていないだろうか?忙しさの中で、本を読まず、自分の既に持っているもので何とかしようとしてはいないか?忙しさの中で、人と語らうことを煩雑と感じ、本当に考えていることを人に語ることを避け、当たり障りのない話題に終始してはいないか?これは、他ならない自分自身への自戒です。今日、修了される5人の方も、3つのことを充実して行っていました。また、その価値を十分に自覚しておられます。それ故、修士として十分に修了される資格があると思っております。きっと、数年後に、先のOBのように、自信と誇りを持ったメールをいただけることと信じています。本日は修了式です。ご苦労様でした。

[]グッドニュース 16:53 グッドニュース - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グッドニュース - 西川純のメモ グッドニュース - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、嬉しいニュースを聞きました。上越教育大学大学院理科教育を修了されたMさんが、来年度から国立大学助教授になることが決まりました。北海道大学のSさんに続いて二人目です。以前のメモに書いたとおり、私は大学教師という職業を人に積極的に薦める気にはなれません。しかし、ご本人がそれを希望するならば、その希望が叶うことに関して、心から喜べます。Mさんの研究業績は、下手な大学研究者の4、5倍はあります。したがって、当然なる能力はあり、なるのが遅すぎた、というのが印象です。Mさんは、何度も、何度も大学教師の公募に応募し、落とされました。その度に、私は「Mさんの実力を評価できない、バカが・・」と思いました。公平に評価した場合、Mさんが落とされる理由を、私は考えることが出来ません。しかし、Mさんはへこたれることなく、何度も応募されました。その結果、今回の採用に繋がりました。

 先に述べたように、ご本人が望み、その能力があるならば、何よりの慶事です。また、採用した大学にもお祝いを言いたい。採用した大学は「とても良い買い物をしたと」思います。採用してから、ジワジワと、Mさんの能力のすごさに気づかれるでしょう。まずは目出度い!

03/03/18(火)

[]最大の施設 11:17 最大の施設 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最大の施設 - 西川純のメモ 最大の施設 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、遠方から他大学の現職派遣院生(14条適用)の方が遊びに来ました。色々研究室で話しましたが、そのあと一緒に学食で食事をしました。いつもの通り、T先生院生さんの皆さんとの食事です。食事中は、馬鹿話で花が咲きました。そのあと、我々の研究室関連を施設を見せました。とくに、30人程度の院生さんが集まる院生控え室に驚かれていました。それらが全て現職院生であることに更に驚かれていました。

 最後にその院生さんがおっしゃったことは、「話す相手がいるということは、いいですよね」とのことでした。

 上越教育大学への派遣とその他の大学への派遣(14条適用)の最大の違いは、2年間フル大学派遣と1年大学派遣(2年目は現場)があります。しかし、それ以上に、同じような立場の現職派遣教師が多いということがあると思います。馬鹿話をして、研究のことを相談することが出来る集団。それが本学の最大の施設のように感じました。

03/03/17(月)

[]博士 16:55 博士 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士 - 西川純のメモ 博士 - 西川純のメモ のブックマークコメント

今年度は3つの課題がありました。時間的順番から言えば、「教授昇任」、「学会立ち上げ」、そして「博士号取得」です。三番目がこのたび、正式に決まりました。一つ一つでも大変なのに、三つ一緒というのは、冷静に考えればクレージーです。それが実現できたのも、関係する方々のおかげです。

 博士という学位の意味を簡単に説明したいと思います。学者の世界(特に人文系)における博士という学位の意味は、ちょうど小中高校の教師における専修免許状に対応します。以下が、似ている点です。(以下、罰当たりな書き方かもしれませんが、部外者に分かっていただくための「方便」とご理解下さい。)

1.なくても職に就ける

 専修免許状が無くても、1種、2種免許があれば教師になれます。少なくとも人文系の場合、博士の学位が無くても、修士の学位があれば研究者になることが可能です。

2.職に就かなければ役に立たない

 専修免許状を持っていても、教師として採用されなければ、その免許状を持つメリットはあまりありません。同様に、研究者でなければ博士という学位を持っていてもメリットはあまりありません。

3.でも無いと不便

 以上のように書くと専修免許状のメリットが全くないように思えますが、そうではありません。例えば、教師の場合も、管理職になるために専修免許状が求められることがあります。大学の場合も、博士課程の指導教官(○合資格)になるためには、博士が求められる場合があります。その他、大学において対外的に看板となる立場になる場合、博士号を持つことが求められることがあります。

 私の学位論文は、「巨視的時間の距離感形成に関する研究」というタイトルで、私が理科教育研究を中心にやっていた時代の認知研究に関するものです。理科教育学博士の学位を日本で取得した日本人は、歴史上、おそらく30名はいないと思います(真面目に数えれば数えることが出来るレベルです)。おそらく、最初は大庭先生高知大学名誉教授:故人)で、高野先生筑波大学名誉教授)、寺川先生広島大学名誉教授)、平沢先生信州大学名誉教授:故人)、森先生大阪教育大学名誉教授)、武村先生広島大学名誉教授)、恩藤先生神戸大学名誉教授:故人)、野上先生神戸大学学長)、磯崎先生広島大学助教授)と続き、戸北先生は10番目です(多少のズレ・抜けがあるかもしれませんがご容赦)。

 以上のお一人である、高野先生博士論文ワープロに打ち込んだのは私でした。当時、大学院生でした。高野先生ワープロ打ちのアルバイトやらないかと持ちかけられ、やりました。当時の高野先生筑波大学教授で、理科教育学会の学会長でした。そのような先生博士の学位を取ろうとしていることを、理学部出身の私はビックリした次第です(理学では課程博士が主で、27歳程度で取得するのが一般的です)。その際、教育学における博士という意味が、理学の博士とは全く異なっていることを知りました。高野先生は「観察」に関して30年近く研究した方ですので、その成果も膨大です。ワープロに打ち込んでも、打ち込んでも終わりません。最終的には10cm強の厚さの論文となったのを記憶しています。打ち終わった後、「いつかは自分も教育博士を取りたい」と思いました。それから20年弱たちました。感慨無量です。

 高野先生に比すのはおこがましいですが、巨視的時間に関する研究は私の大きなテーマの一つです。博士論文をまとめる経験を通して、改めて教科教育学における認知研究意味を考えることが出来ました。また、まとめるに際して多くの先生方からコメントをいただきました。そのコメントをどれだけ吸収できたかは分かりませんが、今までとは違った視点で見直すきっかけとなることが出来ました。個々の論文を書くのとは違って、博士論文というのは全体を俯瞰(ふかん)する論文です。その意味でも、とても良い経験になりました。同時に、多くの方々のおかげだと感謝することしきりです。

[]ホワイトデー 16:55 ホワイトデー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ホワイトデー - 西川純のメモ ホワイトデー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、家内西川研究室男性院生さん・学生さんに手作りチョコバレンタインデーに送ります。家内なりの,院生さん・学生さんへの感謝の気持ちです。それに対して、この前のホワイトデーには院生さん・学生さんから感謝の品をいただきました。家内はとてもとてもビックリし、また、感謝していました。その喜ぶ姿をみることによって、私もとても嬉しくなりました。年度末でお一人お一人にお会いし、このことを伝える機会がないため、本メモを書きました。ありがとうございました。

 結婚してから、家内から色々と教えてもらいました。その多くは常識レベルのことです。恥ずかしながら、自分は本当に非常識であることに気づかされます(今も)。その一つが、物をもらったら、感謝の意を表する、ということです。こう書くと当たり前そうですが、私も抜けることが少なくありません(今も)。でも、私ばかりではないようです。少なくとも私の業界では当たり前ではないようです。

 私は、今までに何冊も本を出版しました。その際、関係する各位に謹呈することがあります。その数は少なくありません。私も色々な人から本や報告書を謹呈されることがあります。以前のメモの「筆まめの勧め」(01.3.4)で書いたように、大学院指導教官だった小林先生の教えを守り、返事を書くようにしています。長文を書かねばと思うと続かないので、葉書1枚、もしくは電子メール感謝を伝えます。また、読み終わってからと思うと、づるづる返事が遅れ、結局出さないことになる危険性があるので、もらったら直ちに返事を出すようにします。ただし、これをやっていたのは、尊敬する小林先生がおっしゃることだから、「まあ、とりあえず書こう。」というレベルのものだったのかもしれません。しかし、自分が本を出し、それを謹呈するようになってから、「やっていて本当に良かった」と思うようになりました。

 先に述べたように、私は繰り返し本の謹呈を行いました。受領の手紙は大抵の場合1週間以内に届きます。内容は長文のものも含まれますが、大多数は「ありがとう」の一言レベル、または、「受領しました」のレベルです。でも、短くとも、書く人の人柄が現れるものです。また、どんなに短くても、とにかく到着したことは確認できます。しかし、その数は、謹呈した数の30%程度です。私の研究に極めて近く、学会では仲良く話すレベルの人であっても50%を越えることはありません。その種の手紙、及びメールは捨てていないので、一度、返事の来た人と来なかった人のリストを作ったことがあります(陰湿かもしれませんが、何度も返事がない人が少なくないので、ちょっと腹を立ててやりました。)。その結果として分かったのは、返事を出す人は常に出すし、返事を出さない人は常に出さないということです。また、例外はあるものの、常に出す人は社会や学術において活躍している人が多く、出さない人は「暇」な人が多いようです。このあたりは小林先生のご指摘の通りでした。そして人格者である小林先生はおっしゃらなかったこと(でも気づいていたであろうこと)は、前者の人は交際するにたる人(逆にいえば敵にすると手強い人)で、後者の人はそうでない人であることです。おそらく本や報告書を数多く出版する人、そして謹呈する人の多くは、おそらく私と同様な結論に達しているだろうということが推測されます。ということで、小林先生から教えてもらった「筆まめ」をやり続けて本当に良かったと思っています。もし、やっていなかったら、それらの人から、私も後者の一員に分類されていると思われます。

03/03/13(木)

[]「わからないこと」を書いた後 16:56 「わからないこと」を書いた後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 「わからないこと」を書いた後 - 西川純のメモ 「わからないこと」を書いた後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

先のメモを書いた後も、何かがひっかってしょうがありませんでした。こういうときは、とても大事なことに気づいたときの場合があるので、じっくり考えてみました。何が引っかかっていたのか分かりました。それは「クラス目標」とは誰の目標なのか?ということです。

 私は暗黙のうちに、「クラス子どもたちの目標」と捉えていました。そして、それを実現するには教師自身の目標にしなければならないと考えていました。でも、第一義的には、そのクラス担当する教師の目標であるのだと思うようになりました。そして、それが子どもたちの共感を得るものであるならば、結果として子どもたちの目標となります。つまり「クラス目標」と教室に掲げるのは正しくなく、「私の目標」(もしくは「先生目標」)と掲げるべきではないか?と思い始めました。おそらく、西川研究室の方でないと、どうでも良いことを拘っているように思われると思います。でも、この違いはとても大事なように思います。

 第一に、その目標を設定しているのは、他の誰かさんではなく、自分自身だという自覚が教師に生じます。つまり、学校教育法、教育基本法学習指導要領のようなものではなく、それを受けて自分自身が解釈した結果であるという自覚です。その自覚は第二の自覚を生じます。

 第二は、その目標は絶対ではなく、子どもは絶対に従わなければならないものではない、という自覚を生じます。従って、「強いる」のではなく、「説得する」もしくは「誘う」というスタンスが生じます。つまり、「○○するべきだ」ではなく、「先生は○○を大事だと思っているんだ、だから協力して」と語るべきの様に思います。その自覚は第三の自覚を生じます。

 第三は、説得し、誘うのであるならば、子どもたちが納得できるような目標でなければなりません。納得して貰うためには、内容を以前に、子どもたちに何を目標としているかを明示しなければなりません。また、嘘をついても、早晩ばれてしまします。つまり、「心の中、手の内をさらけ出す」ことが必要です。このことは第四の自覚を生じます。

 第四は、子どもにさらけ出せない目標を、自身の目標と出来ない、ということです。

 以上のことは、「どーでもいいこと」、「当たり前のこと」と考える方は多いように思います。でも、とっても大事なことのように感じます。私は、このような直感を大事にしています。

03/03/12(水)

[]分からないこと 16:57 分からないこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からないこと - 西川純のメモ 分からないこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学習効果のない指導教官です。先週に加えて、今週も全体ゼミ遅刻してしまいました。しかし、先週と同様につつがなく進行しておりました。

 ゼミでは色々と話題が出ました。その中で、心にひっかかって、私自身も自信を持っていないで悩んでいることがあります。それは、「学びあうこと自体」を目標とすべきか?ということです。ゼミでの議論では、目標となり得ない、もしくは、すべきではない、という意見が多かったように思います。「一言」言いたかったんですが、考えているうちに発言する機会を逸しました。この問題は、少なくとも1年以上前から宙ぶらりんの問題です。

 目標となり得ない、という理由としては、第一に教師がそのように思っても、子どもは別の目標を持っているというものがありました。第二に、それを目標とした場合、そのことが変質してしまう危険性があるからです。例えば、協力することを強いた場合、「おまえが遅いから、おれたち全部が迷惑しているんだ!」という遅い子を責める危険性があります。いずれも、なるほど、と思います。でも、自信はないですが、今のところは「目標にすべきだ」というのが私自身の考えです。

 たしかに教師が「学びあうこと」を目標にしたとしても、子どもが学びあうことを目標にするとは限りません。しかし、逆に言えば、教師が学びあうことを目標としなくても、学び会うことを目標としている子どもは少なくありません。別の調査に依れば、それは半数ぐらいであることが分かっています。少なくとも、教師が教科目標目標として掲げたとしても、それを目標とする子どもはそんなに多くありません。簡単に表現すれば、「微分の学びたいと思っている子どもと、数学の時間をみんなと仲良くやりたいと思っている子どもの数はどちらが多いでしょうか?」、「酸素の発生を実験したい子どもと、みんなと一緒に実験したい子どもの数はどちらが多いでしょうか?」という問いに置き換えることが出来ます。つまり、教師が目標としなくても、子どもが自らの目標としているなら、教師が授業の目標として掲げれば、それはそれでいいでしょ、ということです。

 しかし、「学びあうこと」を目標としていない子どもがいることは確かです。もし、教師が「学びあうこと」を目標として、それを強いた場合、ゼミ生の方々が危惧される事態が生じることは確かです。しかし、そのような問題が生じる原因は、「学びあうこと」を目標とすることに由来するのではなく、「学びあうこと」を強いることに由来すると思います。そして、その背景には、子どもの有能さを信じ切れない教師の弱さ(私にもあります)があると思います。教師は「学び合え」と強いるのではなく、「学び合うことは大切なことだよ」と本気で信じれば良いのだと思います。そして、学び合える場を作ると同時に、学び合わなくても生きられる場を作ることだと思います。

 以上は、「学びあること」を目標とすることのデメリットとしてあげられた理由は、決定的な理由ではない、という私なりの考えです。また、私は「学び合うこと」は人間の本性だと信じています。それゆえ教師がゴチャゴチャ言わなくても、結局、圧倒的大多数の子どもは「学び合う」と信じています。それでは、何故、私は「学び合うこと自体」を目標として掲げるべきだと私が考えているのか?それには理由があります。第一に、現在学校教育は「学び合うな!」という場が形成されています。ゴチャゴチャ言わなくても、教師が邪魔しなければ3ヶ月程度で子どもたちは学び合います。しかし、明確に「学び合う」ことを目標として掲げれば、2週間程度で学び合うことが出来ます。つまり2ヶ月半のロスを避けることが出来ます。学び合いの文化は、担当する教師の子ども観・授業観に強く影響を受けます。もし、1年ごとに教科担任が替わる可能性がある中学校の場合、1年間(実質は9ヶ月)の中で2ヶ月半は大きいと思います。

 しかし、私が「目標に掲げるべきだ」と拘っているのは、私の定時制高校での教師経験にあります。そこでは、子どもたちに「何故、学ぶのか?」という説明をしなければ授業が成立し得ません。「先生、なんでこれ勉強するの?」という質問に答え、納得させる必要があります。子どもたちと、いっぱい議論しました。その結果として得た結論は、「教科の目標」(正確には教科の内容)で納得させるのは不可能だということです。結局、人としての有り様を語り合うことによって人間関係を形成し、その場として理科という授業がある、そのような状態の中で納得させるしかありませんでした。そのような人間としての有り様とは何か?、それを一言でうまく表現する方法がありませんでした。しかし、学び合い研究する中で、「学校教育とはコミュニケーションを学ぶところだ」と今は納得しています。そして各教科とは、それを達成する多様な題材であると考えています。だとしたら、「教科の目標」を個々の具体的な内容に限定して、本来の教科の目標を語らない方が異常に感じます。

 しかし、おそらく大多数のクラスにおいては、いわゆる「教科の目標」だけを語って成り立つクラス(少なくとも大多数は黙って座っているクラス)なのですから、その場合は、大上段に「学び合うこと」を目標に掲げずとも、それが大事だと教師の心の中に秘めていればいいのかもしれません?しかし、その場合であっても引っかかるものがあります。それは、それでは「学校教育目標」とは何と考えているのか?それとの関係で「教科の目標」は何と考えているのか?私にはかなりの確信を持って、「教科の内容で学校教育目標を語ることが出来ない」と思っています。もし、私のように「学校教育とはコミュニケーションを学ぶところだ」と考えるならば、何故、それを子どもたちに秘密にする必要があるのか?

 以上は、人を説得するのではなく、自分を納得させるための文章です。でも、不安な部分があるものの、信じたいと願っています。そう、「目標として掲げたい」と願っている、というのが私の本心なんだと思います。

追伸 本日修士2年の方にとっては、最後の全体ゼミです。2年間ご苦労様でした。とても多くのものを教えていただきました。有り難うございました。

03/03/05(水)

[]本日 16:59 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、昼飯を院生さん(戸北研究室)の方を一緒に食べようとしました。食堂の席に座り、さあ食べようとしたとき、となりに座った院生さんから「先生ゼミはどうしたんですか?」と言われました。怪訝な顔をしていると、「いま西川研究室ゼミをやっているはずですよ」と言われた。「しまった、また、やってしまった」と思い、直ちに食事を中止し、ゼミをやっている部屋に直行しました。当然の事ながら、粛々とゼミは進行していたとのことでした(ゼミの皆さんからは笑われてしまいました)。

 3年生は、ある学校で授業実践研究の協力をいただきました。年度中に、その報告と御礼をしなければならないので、その相談のため昼飯の後、3年生を私の部屋に集めました。そこで、「分かったことを、200字~400字程度でまとめて、語って」と言いました。一人一人が、今年の研究の成果を語ってくれました。聞いていて、あまりの素晴らしさにウルウルしはじめてしまいました。気づかれないように、目をこするふりをしながら涙を拭きました(気づかれたかな?)。

 親が無くとも子は育つ、と言います。指導教官がいなくともゼミ生は育つ、と思いました。

追伸 お~い、寝坊遅刻した、だれかさん。おまえの話でも感涙を流したかったよ。

03/03/04(火)

[]少数派の言い分 17:00 少数派の言い分 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 少数派の言い分 - 西川純のメモ 少数派の言い分 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ついにPHSを持ちました。最後まで携帯にしようか、どうしようか悩みました。しかし、結局PHSにしました。理由は、第一に基本料が安いことです。第二に、私の利用形態から考えて携帯が勝る部分が殆どありません。私は山の中とか、ど田舎にいくことは殆どありません。市街地普通いますし、出張先の殆どは県庁所在地です。したがってエリアの問題はありません。通勤時間は15分なので、移動中の電話は殆ど使いません。一方、データ通信に関してはPHSの方が勝っています。比較していませんが、音質も良いそうです。

 利用の方法は、家族との連絡用です(従って、電話番号は一般には公開するつもりはありません)。しかし、もう一つ便利な利用法があります。プロバイダーの設定によって「iamjun」へのメールPHS転送するようにしました。従って、メールリアルタイムで見ることが出来るようになりました。これはとても便利です。というのは、今までは息子が寝静まってからメールチェックをしていました。しかし、メールチェックをしたが、緊急なメールはなかったということは少なくありません。それでも電話回線で繋げれば、それ相応の料金がかかります。一方、PHSの場合は、700円のオプションメールの送受信が無料となります。それにコンピュータを立ち上げる必要がありません。私の今までの利用形態からみると、涙が出るほど有り難い機能です。

 院生さんはみんな携帯電話です。また、知り合いもそうです。その中でPHSを選択したことに勇気がいりました。でも、「どう考えてもPHSの方がいいんだもん!」というのが、本日現在平成15年3月4日)における少数派の言い分です。

追伸 コンピュータの世界における「マック」はまるで絶滅危惧種です。私は、マックユーザーを見つけると、「やめなよ~」とからかいます。しかし、マックユーザーの気持ちがちょっと分かる気持ちです。

[]しーこいこい 17:00 しーこいこい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - しーこいこい - 西川純のメモ しーこいこい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在、息子にオマルの特訓中です。最近、やっと嫌がらずに長時間座ってくれるようになりました(家内努力によって)。しかし、まだ小便も大便もしそうにありません。そこで、家内一生懸命に「しー」と息子に言っています。発音は、五月蠅い人に「しー」という、あの発音です。これを聞いて、家によってさまざまだな~と再確認します。私の家の場合は、「しーこいこいこいこいこいこい・・」とおしっこを促します。発音は、「しー」の部分は長めに発音し、「こい」は短く連続します。「しー」(即ち、「おしっこ」)「こい」(即ち、「来い」)という意味です。皆さんの家ではなんて言っています?

 たしかちょっと前のカルピスの宣伝に、「子どもを持つことによって思い出すことがある」というようなコピーがあったように思います。子どもを持つことによって、母親に又をだっこされながら「おしっこ」をした記憶を、「しーこいこいこいこいこい・・」という声と共に思い出しました。