西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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02/12/09(月)

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 私は多くの先生方に助けられました。特に、高校大学大学院に関しては、ものすごいものがあります。

 私の出身校は新設校で、私は2回生です。そのため、私が高校2年になるまで、高校3年生がいません。結果として、大学受験リアルイメージかできません。これは同級生全員同じです。そのため、高校時代、殆ど勉強らしい勉強はしません。しかし、全員が勉強していないため、相対的な成績は変わらず、結果として、自分が相当低い学力であること自覚することがありません。そのため、高校2年生の模試(入学後初めての校外模試)で英語偏差値が27であったことに愕然としました(偏差値27というものがあることご存じですか?)。得意だと思いこんだ数学物理だって50歩100歩です。それ以降、多くの先生バンバンと直撃して、個人指導を願いました。特に、英語数学先生には、夏休み中、毎日個人指導を2時間づつお願いしました。その結果筑波大学に入ることができました(因みにストレート大学に入れたのは同級生450人中5人もいなかったと思います)。

 大学での指導教官は、めっぽう金離れの良い先生でした。そのため、ものすごく驕ってもらいました。また、バカな学生実験器具を安易に動かしたため、何十万円の機器を壊したのにもかかわらず、さらっと許してくれました。しかし指導は厳しいものでした。毎日、毎日、2時間程度、お説教をだいぶ含んだ指導を受け、睡眠時間も殆どありませんでした。ストレスからタバコの量も、酒の量も鰻登りでした。厳しい指導で、体を悪くしそうになりました(いやなりました)。でも、それに見合ったものを学ぶことができました。現在研究者として飯を食っていけるのも、あのときに教えてもらったことのおかげだと思います。

 大学院での指導教官は優しい方でした。常に私を認め、頑張れと力づけてくれました。また、大学院卒業後も、定時制現場で落ち込んだとき、慰めてくれました。同時に、定時制で授業放棄をしそうになったとき、本気で叱ってくれたのも先生でした(大学院で一度も叱られた経験はありません。)。先生からは、研究者でいながら教育者でいる姿を見せて頂きました。

 大学院を修了し、高校教師になりました。高校教師になるとき、「自分の力で、3人でだけでも救いたい。自分がいなかったら、どうにかなってしまう子どもを、よりよき道に導きたい。今まで受けた借金をかえすためにはそれしかない」と志を立てました。当時としては「3人」は、控えめな数字だと思っていました。それから17,18年経ちます。それなのにもかかわらず、その「一人」ですら、自信を持って数えることができない自分を恥じます。私は後20数年間、大学先生としていたとして、最初の志を達成できるか自信がありません。

 本日も、自分の教師としての能力の無さを恥じ入ります。