西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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02/09/17(火)

[]業績のあげ方 22:10 業績のあげ方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 業績のあげ方 - 西川純のメモ 業績のあげ方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学者論文・著書によって評価されます。その中心はレフリー付き論文と言われるものです。レフリー付き論文とは、日本学術会議に登録された学会が、一定のプロセスによって評価した論文を指します。学者は、学会事務局に自身の論文を投稿(学会に送る)します。事務局では学会編集委員会にその論文を渡します。学会編集委員会では、しかるべき複数の研究者(査読者:レフリー)に、その論文を読んでもらい(査読)ます。もし、それらの研究者レベル以上であることを認めた場合、その論文学会雑誌に掲載されます。その掲載された論文レフリー付き論文です。

 基本的に学者の場合は、そのレフリー付きの論文の数で評価されます。もちろん、数が2倍だから2倍偉いというのは当たりません。だけど、少ないことを誇る理由はありません。私は業績の数では、少なくとも教科教育の世界では有数です。そのため、色々な方から、色々な嫌みを言われました。例えば、「君は論文を簡単に出しすぎる。じっくり寝かして、質の高い論文を書きなさい」と言われたことがあります。年長の方からのお言葉ですので、もっともらしい顔で承りました。しかし、腹の中で「たしかにあなたは論文を殆ど書いていないよね。学会誌であなたの論文を見たことないもん。あなたはじっくり寝かしているって主張しているけど本当かな。少数でも論文があるならば、じっくり寝かしてるのかもしれないけど。もし、ほとんど無いのなら、それは質の低い論文すら書けないと言われて、否定出来ないじゃない」と思っていました。その言葉を承ってから十年たちますが、その先生論文は熟睡中です。

 別の方から、「君の論文には哲学がない、質が低い」と言われました。これまた年長の方のお言葉ですので、「全くその通りです。今後勉強いたします。」と答えました。しかし、その先生に、「今後の勉強のためにお伺いしますが、質の高い論文であるか否かはどう判断するのですか?」と伺いました。おそらく、自身の論文を思い浮かべながら、「分かる人が読めば分かる」とのお答えでした。恐縮して承りましたが、腹の中で、「そりゃ、あなたの論文をいいという人が「分かる人」って意味じゃない。そうだったら、A=A(トートロジー)ということと同じで、まったく証明になっていないよ。あなたの論文をいいというひとが分かる人で、その分かる人が認めるから良い論文だという論理は何も証明していないじゃない。それでも、あなた論理学のトレーニングを受けてるの?理系人間論理的だって言っているけど、あなたの論理って、そんなレベル」と思っていました。ちなみに、そのような意見を言われる人は少なくありません。しかし、結局、説得力がありません。そのため、数によって評価されるのが一般的です。ちなみに私が最年少で教授になった最大の理由は、平均的な教科教育研究者の5倍~10倍(それ以上)の業績の数があるためだと思います。

 さて、何故、私がそれだけの業績を上げられたかと言えば、業績のあげ方を理解しているからです。私と同様に、業績の多い方と飲むと、「業績あげるのは難しくないよね。それなりにやれば、あげられるんだけど。でも、それを分かっている人って少ないよね。」と言われることがあります。私も同感です。

 業績を上げるためには、査読者にOKをもらわなければなりません。査読者にOKをもらうためには、査読者というのは何かということが分かってなければなりません。査読者は概ね二つのタイプがあるように思います。第一は、落とすことをことを基本としている査読者。第二は、OKを出すことを基本としている査読者です。どんな論文であっても、否定しようと思えば、いくらでも否定できます。だから、傷に着目する査読者は、どんどん否定します。ところが、その論文の良いところに着目しようとする査読者の場合は、多少の傷は、「趣味の問題」と考え、認めようとします。残念ながら、一般的に第一タイプの査読者は少なくありません。先に述べたように、このタイプの査読者は、認められない部分がないかをチェックするので、良いところを見いだすものではないということです。つまり、画期的研究であっても、その研究の一部に傷があればOKは出ません。逆に、陳腐な論文であっても、傷がなければOKになります(おそらく嫌々ながら)。それでは傷とは何でしょう。色々表現することは出来ますが、結局、前例がないということです。今までに、その学会で認められたものである場合、それを傷であると認定される危険性は低いものです。仮に、傷と査読者に指摘されても、前例を引き合いに出して理解を求めれば、たいていの場合OKとなります。従って、先行する研究の殆どに準拠し、ちょっと変える研究が通りが良いのが相場です。また、学会の査読者は大学研究者であって、現場実践者ではないのが基本です。だから、「分からない子は無視して良い」という、現場先生だったら驚天動地の前提がまかり通ります。つまり、業績を上げる方法は、良い論文を書くのではなく、OKをもらえる論文を書くのです。自分の本当に願っているところを、ぐっとこらえ、通りが良い論文を書くんです。でも、最近では、その、ぐっとこらえが出来なくなってきました。でも、人の10倍書いているんだから、その程度の我が儘は許されるのでは・・・。

 もちろん第二タイプの査読者も少なくありません。しかし、論文の査読者は複数で、その全員がOKを出したときOKというルールを取っている学会が多いので、一人でも第一タイプの査読者がいる場合は、結局、その方が律速段階になってしまいます。

追伸 私のボスのT先生論文を寝かせるタイプです。しかし、私がボンボンと論文を出すことに、もっとも理解してくれる人です。他の人から嫌みの防波堤にもなってくれます。その先生は寝かせた論文博士論文理科教育としては史上10番目以内)としてまとめました。さらに、必要が生じたとき、ちょちょいとレフリー付きの論文の業績を上げています。論文が常に熟睡中の先生と違って、こういう先生は寝かしていると言えます。