西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
ツイッター http://twitter.com/jun24kawa
『学び合い』メールマガジン参加者募集中!(無料)http://www.mag2.com/m/0000270912.html
『学び合い』マップ募集中!(無料)http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kokohagw/
授業公開の仲介のガイドライン http://dl.dropbox.com/u/352241/manabiai-data/koukai.pdf
だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

02/08/31(土)

[]涙腺 08:56 涙腺 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 涙腺 - 西川純のメモ 涙腺 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 福井大学非常勤講師をしました。学部2年生対象の授業です。可愛い学生さんたちでした。昼に「おいしいラーメンが食べたい」と言いましたら、車でつれてってくれました。なかなかの高級車ですが、双葉マークが付いているのが「2年生だな~」と思わせます。また、出席者の殆どが福井市内および近隣の出身で、自宅通学だと聞いてビックリしました。上越教育大学全国区大学ですので、上越近辺(通学可能域)の出身者は1割もいないと思われます。毎日、親御さんの監視下におかれているので「悪さもしていないのでは」と感じました。実際話してみると、実に良い学生さんたちばかりでした。

 授業の内容は、前段は認知心理学関連で、「子どもが分からないのは当たり前」という内容です。中段は学び合い研究の中で既に本に書いている部分コンパクトにまとめました。このあたりまでは快調に話すことが出来ました。歌って、踊ってという感じです。学生さんからは「あついな~」という声が聞こえます。ちなみに、今の学生さんたちにとって「熱く語る」というのは、「うざったい」ということと同義語の場合があるので、あまり喜ぶべきことでもありません。しかし、それでも、「あつく語り」ました。しかし、中段までは熱く語っても、自己制御の中での熱い語りです。ところが、後段になって、その制御が出来なくなりました。

 数日教えているうちに、福井大学学生さん対する情が生まれます。簡単に言えば、「良い学生さんだな~、先生になって欲しいな~」という気持ちです。そのため、我々の成果を分かってもらい、子どもを信じて授業をする先生になって欲しいと強く感じ始めました。そのような状態で、現在、我々の研究室で進めている研究のことを語り始めました。まさに、今進行中ですので、そのことを語ると、それを知った瞬間がありありと思い出され、気持ちが高ぶります。さらに、「この子たちに話せるのは、今回が初めてで、最後だ。一期一会なんだ。」と思いつつ、「この子たちに話せるのはあと○時間しかない」と思うと、さらに気持ちが高ぶります。上越教育大学学生さんの場合も、本当は一期一会であることは違いはありません。ところが、毎週一時間づつ話しますので、来週に話そうという気持ちになることが出来ます。さらに、その講義を終わる場合も、「もし、本当にこの先を知りたければ、うちの研究室希望すればいいことだ」と思うことが出来ます。ところが、他大学の集中講義の場合はそれが出来ません。それらが、ゴチャゴチャの気持ちの中で、さらに熱く語ることになりました。結果とし、目はウルウルしどうしです。Kiさんの研究を語ってウルウルし、Koさんの研究を語ってウルウルし、Hさんの研究を語ってウルウルし、Kuさんの研究を語って ウルウルし、Mさんの研究を語ってウルウルし、Yさんの研究を語ってウルウルし続けました。結果として、後段では、涙を拭き拭き熱く語ってしまいました。聞いている若い学生さんにとっては、どう反応して良いのか分からないし、うざったい講義になってしまいました。

 そういえば、今回の非常勤は、助教授としての最後の講義です。たしか、老化の兆候に涙腺(るいせん)がゆるみ、繰り言をするというのがあると思います。つくづく老化したもんだと思います。ともあれ、学生さんにとっては迷惑だったかもしれませんが、自分の中にある研究の思いたけを、ぶつけた授業でした。一つの切れ目と感じる授業でした。

02/08/26(月)

[]よくやる失敗 08:57 よくやる失敗 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - よくやる失敗 - 西川純のメモ よくやる失敗 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、新潟県教育センターで講演をしてきました。対象は、国語高校先生です。研究主任対象とか、中堅教師対象といった教科に関わらない内容の講演はありますが、理科以外の教科で、教科の内容に依存した講演をしたのは初めてです。しかし、うちの研究室では国語を対象とした研究過去に行っています。また、現研究室メンバーの約半数は理科以外です。そのため、それほど苦労せず話すことが出来ました。5年経験研修ということでお若い先生方ばかりでした。最初は皆さん緊張して、反応がいまいちでした。しかし、馬鹿話をしつづけることによって、何とかリラックスしていただけ、私の方もリラックスすることが出来ました。私は、話のウケがいまいちだと、焦ってしまって、頭が真っ白になるタイプですので、ホッとしました。

 初期の計画では、国語に合わせた内容を1時間、学習臨床に関する話を1時間と計画しました。ところが、人数が少ないこともあって、話し合わせる場面を多く取り入れたいという気持ちになりました。そこで、4度も入れてしまいました。結果として、1時間の話が1時間半の話になってしまいました。そこでです。本当でしたら、学習臨床の話をあきらめ国語に合わせた話を延長すればいいことです。ところが、どうしても学習臨床の話をしたくなり、1時間の話をはしょって30分にまとめようという無謀な試みを始めてしまいました。結果として、「分かりづらいだろうな~」と自分自身で感じつつ話す羽目になってしまいました。そうなると、焦ってしまいます。焦って良い結果は出ません。学生さんには、「話したいことの半分も話せれば良いんだよ」、と教育実習心得を語ることがあります。ところが、学生さんがよくやる失敗を、今日は私自身がやってしまいました。

 希望的な観測ですが、後段になって早口になって、省略がちになった話し方を、志ん生の語り口と同様に「味わい」と取ってもらえたらいいな~と思います。でも、甘いですね。

02/08/22(木)

[]嬉しかったこと 08:58 嬉しかったこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しかったこと - 西川純のメモ 嬉しかったこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、学部学生のSakと個人ゼミをしました。そのゼミが終わり「じゃあ頑張ってね」と送りだそうとしましたが、席に座ってニコニコしています。そうすると、「先生学び合いをやらせてみましたら、本当によっかたです」と話し出しました。聞くと、この夏休みに、子どもたちを対象としたキャップリーダーボランティアで参加したそうです。テントの設営の際、「俺分からないんだ~」としらっとぼけて、子どもたちに考えさせるという我々の研究室の方針でやってみたそうです。そうすると、子どもたちが相談し合って、ちゃんと設営できたそうです。また、カレーつくりも同様に、Sakはとぼけて子どもたちに任せましたが、うまくいったようです。彼曰く、外の班はリーダー学生がどんどん教えていたそうです。結果として彼の班は一番遅かったそうです。「でも、自分たちの班が一番身に付いた」と胸を張って語ってくれました。その顔を見て、とっても嬉しかったです。子どもを信じて、任せたときの子どものすごさを実感でき、それをSakが喜びとして感じていることに、Sakの指導教官として誇らしく感じました。

追伸 その後、「出合ってすぐの段階で、それだけ学び合わせることが出来てすごいね。でも、学び合いのすごさは、集団が形成され文化となったときだよ。キャンプの時の十倍、百倍の力を発揮できるんだよ。そのことは、教師になって担任なれば実感できるよ」と言いました。でも、これは蛇足のようです。本当は、ニコニコ笑って「すごいね、よかったね」と言うだけで良いんです。私自身が出過ぎてしまいました。

02/08/20(火)

[]ごはんがすすむ君 09:00 ごはんがすすむ君 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ごはんがすすむ君 - 西川純のメモ ごはんがすすむ君 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 秋田の「なまはげ」というのは有名です。「悪い子はいないか~」と脅かすと、子どもたちが逃げまどう様がニュースで放映されることがあります。ところが、我が家の場合は「ごはんがすすむくん」がそれにあたります。「こはんがすすむくん」はインスタント食品の一種ですが、このコマーシャルが息子は大嫌いです。放映されると、我々に抱きつき、顔をうずめます。おそらく、コマーシャル後半の、すすむくんが絶唱する部分が怖いのだと思います。息子がだだっ子をすると、小声で「泣いていると、すすむくんがくるぞ~」と言うと、ぴたっと泣きやみます。その様子を見て、本当に怖いんだな~と思います。そうなると、可愛そうなので使うのをやめようと思います。

[]昨日の話 09:00 昨日の話 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日の話 - 西川純のメモ 昨日の話 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は群馬県総合教育センターで講演をしました。タクシーで到着したらビックリしました。とてつもなく大きく、立派なんです。ちょっとしたホテルより巨大で、綺麗です。講師控え室の近くのトイレは圧巻です。最初は共同トイレだと思ったんですが、何か変であることに気づきました。なにしろ、そのトイレにあるのは、洋式便器と男性小用便器が一つずつしかないんです。さらに、不思議なのは洋式便器の周りには壁がありません。つまり、入り口のドアが開けば、洋式便器を座っている姿が丸見えなんです。変だな~と思って入り口のドアを見るとなんとそこには鍵がありました。そこにいたって、やっと気づきました。私が共同トイレと思っていた部屋は、四畳半ぐらいの広さの個人用のトイレなんです。また、各階にはジュース自動販売機がありました。また、エレベータの広さは、大学エレベータの広さの倍はあります。低レベルの紹介ばかりですね。もちろん、そんな恵まれた環境の中、多種多様研修が平行して行われていました。ちらりと覗かせてもらいましたが、センター作成の充実した教材が用意され、グループ討議等も織り込まれた充実した内容でした。

 タクシーセンターに到着した際には指導主事の方が入り口で待っていたのにはビックリしました。いつ到着するかに関して連絡していなかったんです。「まさかずーっと待っていたんじゃありませんよね?」と聞いたのですが、ニコニコ笑って答えてもらえませんでした。その後、校長経験者レベルの偉い方から丁重なご挨拶をいただき恐縮しました。また、講演会の最後列に人品卑しからざるかたがずーっと聞いていたので気になっていました。公演後にご挨拶を受けましたが、先ほどの偉い方の上司の方だと知りびっくりしました。講演会では、私の馬鹿話も参加者の方々に笑ってもらえました(嬉しい)。本日は60人程度ですので地声で話すことが出来ます。しかし、来月は同じセンターで150人以上を対象とする講演会があります。広さも倍以上となります。会場もだいぶ広くなるそうです。一回り大きな声で2時間話すとなると、講演会というよりマラソンに近くなります。

[]シャワートイレ 09:00 シャワートイレ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シャワートイレ - 西川純のメモ シャワートイレ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 このまえの日曜日、うちにシャワートイレが導入されました。前からほしかったんですが、高いものですので手が出ませんでした。水回りの仕事をしている人が、旧式のものでよければただであげるよと言っていただけたので、ほいほい頂きました。息子が昼寝をしている数時間のうちに、にわか水道屋となって取り付けました。幸い、つつがなく終了しました。おそるおそる実地試験を行いましたが、何とも言えない微妙―な快感です。きっと、トイレにいる時間が長くなると思います。

02/08/15(木)

[]さびしいな~ 09:02 さびしいな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - さびしいな~ - 西川純のメモ さびしいな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長い長い出張から帰り、上越に帰ってきました。最初は自宅も大学も、出張中にたまったものを処理するので、私も家内もてんてこ舞いでした。しかし、やっと落ち着きました。大学では盆休みです。私は東京生まれの東京育ちです。3代以上さかのぼっても東京人ばかりの家です。そのため、盆という感覚が全くありません。なにしろ、小さいときから田舎に帰るという感覚もありません。だって、すんでいる家自体が田舎なんですから。東京の家は代替わりして、もうありません。家内実家には盆前に休暇を取っていっています。したがって、盆は大学で過ごしています。

 院生さんはHさんしかいらっしゃいませんし。ボスのT先生も、大学からのお達しによる強制的な休暇消化のため、休まれています。T先生が、「休暇中に大学にきて良いか?」と質問したところ、事務の方から「駄目!」といわれたそうです。ということで、一人寂しく、研究室弁当を取っている日々を過ごしています。さびしいな~。

 しかし、この静けさも、あと僅かです。来週になれば院生さんも戻られます。また、来週の頭には群馬県で講演があります。その週の末には大学院入試があります。再来週には新潟市国語先生を対象とした講演があり、かつ、福井大学で集中講義です。ということで、今の静けさと、来週からの怒濤の日々のコントラストがはっきりしている、今日この頃です。

追伸 今日の午後にはIさんも顔を出しました。ちょっぴりうれしい。

[]最近子どもの成長 09:02 最近の子どもの成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最近の子どもの成長 - 西川純のメモ 最近の子どもの成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子どもは2歳2ヶ月をすぎました。このころになると、短期間の大幅な容姿の変化は見られません。1歳後半の写真なども研究室に貼っていますが、そのころの容姿とだいたい同じです。体の体格もほぼ一致しています。そのため、変化に気づきにくい状態です。でも、ちょっとしたことで、大きくなったんだな~と感じます。まず、湯船に入れるため、息子を持ち上げるとき、重いな~と感じます。また、洗い場で息子を洗い終わると、息子は湯船に自分一人で入ろうとします。もちろん、無理です。しかし、息子の足は湯船の縁(へり)に届くようになりました。

 階段を下りる際は、転んだときの用心のため手をつないでおります。ところが、階段を上る際は、上手に上るようになりました。左手を壁に付け、右足を一段上の階段に乗せます。次に、よいしょと、左足を右足のある階段(つまり一段上)に乗せます。その繰り返しで危なげなく上っていきます。感激するのは、たまに、左足を右足のある階段ではなく、その上の階段に一気に乗せあがるときがあります(大人と同じように)。体全体が、等比率で大きくなっているので気づきませんでしたが、確実に大きくなっているんだな~。と、感じる今日この頃です。

02/08/07(水)

[]教えるべきもの 09:03 教えるべきもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教えるべきもの - 西川純のメモ 教えるべきもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学会の後、院生さんたちと飲み会をしました。その時、今年の3月で修了されたKiさんと久しぶりに話すことが出来ました。現場で戻られてからの実践の成果を、生き生きと話してくれました。その際、「私が目指しているのは西川研での実践ではなく、それと現状の現場の実践の中間をやりたい」とおっしゃっていました。さもありなんと聞きました。

 Kiさんとは大学院の2年間に色々と議論しました。その中で、どうしても一致しなかったのは、「教師が教えるべきか?」という点です。私としては、教師の教える量はなるべく少なくすべきだという立場で議論をふっかけます。Kiさんはニヤニヤして聞いていますが、私が語り終わると、「でも先生」と、教師が教えるべきものは少なくないという立場で話されます。この繰り返しとなります。ただし、補足しなければなりません。Kiさんは、西川研に所属される以前から、我々が目指している子ども同士の学び合い活性化される指導実践を、ご自身の経験から作り上げている方です。さらに、修士論文では、教師の教えたいという気持ちを封じる「ローテーション法」という方法を開発された方です。したがって、私が主張していることは百も承知、二百も合点なんです。そんなKiさんがおっしゃているんだから正しいに決まっています。私も「教師が教えるべきものはある」ことは了解できます。それではどうして一致できないかというと、うまい表現方法がないんです。

 Kiさんは、「教師が教えないべきだ」と表現すると、放任に走る先生がいますよ警告してくれます。それは了解できます。でも、「教師が教えるべきものがある」と表現すると、現状通りのガリガリの教え込みに解釈する人は少なくないと思います。そこでKiさんに、「教えるべきものと教えないべきものの違いは何?」と聞きました。Kiさんは現場経験に根ざした、極めて興味ある指針を話してくれました。でも、その表現でもガリガリの教え込みに解釈する人はいるな~とも思います。

 Kiさんの実践は素晴らしいもので、妥当なものだと思います。でも、Kiさんという教師だから理解できる部分が多いと思います。Kiさんは現場において若い先生方に、私に語ってくれた指針を伝える経験を重ねることでしょう。しかし、誤解する先生も多いと思われます。そうすると、Kiさんは表現を変えたり、補足説明をされると思います。その繰り返しの中で、よりよい指針を形成されることと思います。つまり、「教師の教えるべきものはある」という作業仮説の基に発展されると思います。とても楽しみです。

 私の方としては、「教師の教えは限りなく小さく、理想的には0」というKiさんからは一笑に付される目標に向かって邁進します。今後とも、多くの学生さん、院生さんと共に、その方向で研究を進めたいと思います。しかし、その度ごとに「ここは教えなければ」という部分が現れると思います。その場合は、別な方向から攻めていきます。結果として「ここは教えなければ」という領域は、相対的に小さくなると思います。しかし、何度やっても超えられない部分があるかもしれません(きっとあるでしょう)。それが「教師の教えるべきところ」なんだと思います。つまり、「教師の教えは限りなく小さく、理想的には0」という作業仮説を立てることによって、教えるべきことと教えないべきことの基準を明らかにしたいと思います。

 現状では、Kiさんのような分かった先生が、それでも教えるべきだと考えるものは教えるべきだ、としか表現できません。

02/08/06(火)

[]初めての経験 09:18 初めての経験 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 初めての経験 - 西川純のメモ 初めての経験 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日横浜学会に参加していました。本日学会企画シンポジウムのシンポジストとして発表しました。数百人の前に発表するのは緊張します。私は見かけは度胸がありそうなんですが、実は小心です。新年度、また、夏休み明けの最初の講義も緊張するほどです。胃のあたりが調子が悪いので、ペットボトルお茶を飲み続けました。ところが、それでも駄目だったので、最前列にいたYさんに、シンポジウムの途中ですが小声で「牛乳をかってきて」と頼みました。それを飲んで、やっと落ち着いた次第です。

 シンポジウムでは15分しか時間が与えられていません。そのため、とてもうちの研究室研究を理解してもらえる段階ではありません。その後、参加者より質問を受け付けました。それら方は、うちの研究室の本を読んでおられる方とおぼしき方で、私の発表の真意をくみ取っていただける内容です。ところが、フロアーを見回すと、よく分かってないんじゃないかな~と感じられました。その感じとは、「大変面白い。でもそりゃあ、実験的な状態ではそうかもしれないけど、実際にはそうじゃあないよな~」という感じです。「悔しいな~」と思いました。でも、「本当に実践に役に立つんですよ」といくら大学研究者(私)が言っても、しょうがないな~という諦めることとしました。

 ところが、最後の15分になって院生のKoさんがシンポジウムで手をあげ、司会者に発言を求めました。私としては、「ありゃ、まさか身内である私に対して質問するのかしらん?」とビックリしました。ところが、Koさんは、「西川研のKoです。本日指導教官が大変お世話になりました。」と言ったもんだから、会場に笑いが広がりました(私は心の中で「つかみはばっちり!」と思いました)。その後、「みなさんのお話を聞いていると、学び合いに対して抵抗が強いことが感じられます。私も中学校の教師ですが、学び合いは大事だということは分かるが、でも教師が教え込まなきゃならないとか、それじゃないとテストの点数がとれないとか思っていました。でも西川研究室に入って、3、4ヶ月たって、学び合い意味が分かるようになりました。(略)」と語ってくれました。最初はあっけにとられましたが、ジワジワと嬉しくなりました。だって、現職者(Koさん)が我々の研究室の成果は、現場で実践できると満座の中で保証してくれたんですから。さっきまで感じていた「悔しいな~」という気持ちは吹き飛びました。

 シンポジウムの後で、「学会院生さんに助けられたのは初めてだよ」とKoさんに言ったら、「ここがゴマをする時だと思ったからです」と言われました。でも、私は分かっています。きっとシンポジウムを参加しながら、私と同じような悔しさを感じていたんだと思います。我々の研究成果の有効性を伝えたいんだけど、なかなか伝わらないもどかしさを感じていたんだと思います。だから、手をあげたんです。同志です。

02/08/04(日)

[]詩の朗読09:19 詩の朗読会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 詩の朗読会 - 西川純のメモ 詩の朗読会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある学会大会に参加しました。戸北・西川研究室院生さんが等しくビックリしたのは、そのプレゼンテーションの方法です。分厚い資料を配り、発表者が「文字通り」にそれを読み上げるという方法です。両研究室ではゼミ発表でも、パワーポイントを使い、多様な情報を提示し、当意即妙の間を使って語る発表をしています。ずーっと、そのような発表を見ていて、また、自分自身も発表していたので、それを当然のこととしていました。それが文字通り読み上げる発表を見て、「なんだ?」と思われたのは当然です。修士2年の方は、昨年の学会で両研究室以外の発表を見ているので、パワーポイントを使うのが一般的ではないことや、プレゼンがうまくない発表があることは知っていました。しかし、その院生の方も文字通り読み上げる発表を見て愕然としていました。

 私の方は、それほど驚きませんでした。私が初めて学会に参加した20年ほど前は、理科教育関係学会でも読み上げ形式の人が少なからずいました。また、我々がパワーポイントを利用したのも5年程度の歴史に過ぎません。しかし、その私もビックリしたことがあります。それは、それを語っている人の中に、現職教員がいることです。

 学会での発表は、プレゼンで評価されるものではありません。あくまでも内容で評価されるのが学者の世界です。したがって、プレゼンに力を注ぐことは邪道だという考えは学者社会では少なくありません。でも、教師は違うと思います。語っていることが正しいか否かではなく、それが学習者に伝わってなんぼの世界です。その教師が大学院研修を受け、学会発表するとき読み上げ形式になっていることにゾッとするものがあります。これに関しては、3つの可能性があります。

 第一は、その教師は現場において読み上げ形式で授業をしている。それを聞かされている子どもたちが不憫です。

 第二は、その教師は現場においては説明に努力しているが、大学院での期間は学者の方法でやっている。郷には入れば郷に従え、は正しい教えです。しかし、教師が教師であることを捨てて学問をしていたとしても、プロの学者に勝てるわけはありません。

 以上は、ちょっと救いがない可能性です。私としては最後の可能性を信じたいと思います。

 それは、「読み上げ形式とは別な方法があるということを知らない」という可能性です。そうであれば、来年はだいぶ変わるように思います。我々だって、他の人の方法を見ながら、真似しながら変わってきたんですから。

追伸 以上はプレゼンに関することであり、読み上げ形式の人も、内容に関しては高いものであることを申し添えます。

[]よくある質問 09:19 よくある質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - よくある質問 - 西川純のメモ よくある質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、Yさんはジェンダーに関する発表をしました。それに対する質問を聞いて「ああ、よくある質問だな~」と思いました。その質問とは、「そのクラス子どもたちのジェンダー社会や親や教師の指導に基づくものであるので、それが明らかでないので不十分だ」という趣旨のものです。

 社会や親が影響するのは予想に難くありません。当然そうでしょう。でも、社会や親がどのように影響するかを明らかにすることが本当に出来るんでしょうか?絶対に無理とは言いませんが、それだけで一つの研究テーマになってしまいます。結局、それまで研究を広げたとした場合、何がなんだか分からない状態に陥ります。私の失敗(01.3.31)というメモを書きましたが、それと同じことになってしまいます。

 次に、仮に社会や親の影響が分かったとします(無理でしょうが)。分かったとして、どうなるんでしょうか?その結果に基づき、法律を成立させることは我々の目的ではありません。親を学校に呼びだし、コンコンジェンダーに関して「説諭」しようとするのでもありません。我々は、教師が普通に出来ることを通して、教育改善を目指しています。しっても教師がどうしようもないことを、あれこれ調べたとしても意味がないように思われます。

 また、「教師の指導」に関しては、一面、正しいような響きがあります。しかし、質問者言葉には、教師が行った個々の指導の指導履歴を云々していました。しかし、そんなこと分かるでしょうか?分かったとして、教師は日々変わる状況で、ジェンダーを意識した指導を積み上げなければならないのでしょうか?そんなの現実の教師には無理です。だから、我々は個々のテクニックではなく、子ども観・授業観に着目しています。場面を取り上げるとしても、その時に行った個々の指導がどうのこうのという意図はありません。その個々の指導を通して、子ども観・授業観を理解しようとしています。

 子ども観・授業観は、一見、ありがた~いお話ではあるが、実際には役に立たないと思われがちです。しかし、我々は、その子ども観・授業観が、極めて有効に働くことを知っています。Yさんの発表も、現状分析の段階で止めているから分からないんだと思います。今年やった実践を見せれば、それを分かってもらえるのにな~と感じました。Yさんの研究の本当の意味が伝わらず、エスノの一種としてとらえられているんだろうな~と、ちょっと悔しく、残念に思いました。でも、しょうがありません。時間の関係から、そこまで話せないのは、物理的制限ですから。

 でも、我々の目指す研究は、そのような人たちも分かってもらえる研究なんですから。そのためにがんばりましょうね。

02/08/01(木)

[]やっぱりね 09:20 やっぱりね - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やっぱりね - 西川純のメモ やっぱりね - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨年卒業したMちゃんから「昨日のできごと」というメールが来ました。書き出しは、「昨日、感激したことがあったので、先生メールを書かなきゃ!!!と思いました。」です。最初は、構内での研修の様子を紹介して、「昨日も講師の先生が来てくださって・・」と研修の様子を書いていました。以下のようです。

 『昨日も講師の先生が来てくださって話をして下さいました。理科先生でした。その先生の授業様子をビデオでみせてもらい、話を聞きました。ビデオでの理科の授業の様子は、Kさん (西川研究室OB)の授業のように子どもたちが言いたいことを言い合い、聞き合っている様子をみてびっくりしました。その授業は10年ほど前にやった授業だときいてさらにびっくりしました。そして、その先生は、授業の様子をテープレコーダーに録音してあとで聴き直し、自分の授業の悪さを確認したり、子どもたちが何を話しているのかを聞いて、そのプロトコルを起こし理科通信というプリントを発行し、その中に子どもたちの言葉を載せていたそうです。自分が話をするよりも子どもたちが話した方が子どもは良く聞くというのがわかったので、それからはでしゃばらないようにしたと話されていました。ゼミ(注 つまり昨年まで所属していた西川研究室)で、このような話し合いをする(できる)のは、普通だと思っていましたが学校で、しかも自分のこんな近くで、しかも10年以上も前に自己モニターを実践していた先生がいたことにびっくりし、感激しました。なぜ、そのような方法をしようとおもったのですか?と尋ねてみたら「風邪で声が出なくなったから、子どもに変わりに話してもらったら良く聞くことから、言いたいことはこどもに言わせるようにしようと思った。 テープで撮ろうと思ったのは、どんな授業をしているか解るために。それで、聞いてみたら、なんてつまらない授業なんだと気がついて恥ずかしかったよ。つまらないきっかけだけどね。」と話して下さいました。』 

 読み終わって「やっぱりね」と思いました。本(実証的教育研究の技法)にも書きましたが、教育上の真理は分かってみればあたりまえのものです。今、この瞬間にも数百万人の「先生」がいます。明治学校教育制度が成立した時代に限っても、「先生」という職についた人の数は膨大です。その先生方の中で、心ある先生方が色々な試みをしているはずです。従って、正しいことを気づく人は少なくありません。我々は、今、正しいと信じるに足ることを明らかにしつつあります。しかし、それが歴史上初めてだと主張するつもりはありません。正しければ、正しけれほど、きっとだれかが気づいているほどです。逆に言えば、本当に歴史上初めてであるならば、それは本当は正しくないのかもしれません。

 それでは我々のオリジナリティは何か?ゼミの方々には何回もかたったことです。我々のオリジナリティは、現象を生々しいデータを丹念に記録し、それを教師の価値観と直感で拾い上げ、質的かつ量的データにより分析することです。そのことによって、一人一人の発見を、一人でも多くの人の共感をによって広げることです。

 Mちゃんのメールを読んで、意を強くしました。同時に、Mちゃんに教えてもらった先生の英知を吸収し、それを広める責任を感じました。

追伸 Mちゃんは現在滋賀県で非常勤をやっている子です。この子を本採用にしないなんて、とっても信じられない。滋賀県の方、絶対のおすすめの子ですよ。

[]学問の凄さ 09:20 学問の凄さ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学問の凄さ - 西川純のメモ 学問の凄さ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「やっぱりね」を書き終わりながら、自分たち何をやっているのかを考えてみました。そう考えてみて、学問のすごさとは時間と距離を超えることが出来ることだと思いました。

 私の修士論文理科教育学会の学会誌と、科学教育学会の学会誌に掲載されました。掲載が決まったとき、「ああ、これで俺が死んでも、俺の明らかにしたことは残るな」と24歳の自分は思いました。大げさな感想ですが、学会誌に掲載されれば、その記録は残ります。自分も大学院生の時、過去の文献を読み直し、20~30年前の論文を読みました。その際に読んだ論文の著者が、学会に杖をつきながら参加しているのを見てびっくりした思いがあります。

 我々の研究室に所属したA県の先生修士論文は、学会誌、研究室の本を通して、A県以外の先生方に影響を与えます。その成果を読んだB県の教育センター先生方が興味を持ってもらい、私を講演会の講師として呼んでくれます。私は、その講演会で、我々の研究室の成果を話します。それによって多くの先生方に共感してもらえいます。

 この時間・距離を超えた影響を与えることは学問の強さです。今、この時間は過ぎるものです、でも、今この時間を研究の成果として固定することが出来ます。さらに、その成果を距離を越えて伝えることが出来ます。だから、時間と距離を超えるに足る成果をまとめたいと思います。だから、研究室メンバーには「他の先生方に共感を得てもらえます?」、そして何よりも「自分で納得できます?」と問いかけるんです。