西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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02/06/03(月)

[]逃げること 10:22 逃げること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 逃げること - 西川純のメモ 逃げること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日はサルに関する本を集中的に読みました。今更ながら学ぶことが多いなと実感しました。色々と感動しましたが、一番感動したのは社会的地位と繁殖率との関係です。

 人間がサルを一定の檻(またはサル山)に押し込めているときは、社会的地位の高いサルは肥え太り、社会的地位の低いサルは痩せます。結果として、子孫を残せるのは前者です。さらに、社会的地位の高いサルの子どもは肥え太り、低いサルの子どもは痩せます。何か現代社会の縮図を見る思いで、ちょっとイヤになってしまいました。また、社会的地位が生存競争に影響しているんだなと納得しました。しかし、読み進むと驚きました。自然状態では、社会的地位の高さは、その個体およびその子孫にあまり影響を与えないそうです。理由は、社会的地位の低いサルが群れの中でイヤになれば、その群れを出ればいいだけです。また、社会的地位の高いサルは、出て行くサルを追っかけるて連れ戻すことは、労多くして益少ないのでやりません。結局、社会的地位の低いサルは、その地位の低さが不都合のない場所で、不都合なく生活できます。これを読んで、私の学者としての処世術を思い出しました。

 私も42歳になりました。しかし、学者の世界では中堅になった程度です。ましてや、30歳代などははな垂れ扱いでした。ある学会で、あまり目立ったこと(お品のないこと)をやらかしますと、その学会での社会的地位の高い先生から、きつい注意が下ります。たいていの人の場合、数年間は謹慎して静かに過ごし、それ以降はおとなしい学者生活をすることになります。ところが私の場合は、「さっと」別の学会に活動の中心を移します。もちろん、それまでの学会喧嘩するわけではありません。単に、距離をおきます。そこでも目立ったこと(お品のないこと)をやらかしますと、また、別な学会に移ります。そうこうしているうちに、元々の学会でもほとぼりは冷めています。また、そのころには年齢もあがりますので、ちょっとぐらい目立ったことをしても大目に見てもらえるようになります。そんなこんなで、学者生活15年間、ずーっと自由にやっていけました。もし、一つの学会という狭いコミニュティーにとどまっていたらと考えると、「ぞっ」とします。

 そう考えてみると学校で植え付けている、序列とは何でしょうか?少なくとも親にとっては、良い大学、良い会社です。それに繋がるからこそ、学校での序列に意味が生じます。でも、良い大学、良い会社とは何なのでしょうか?この年になれば、学歴社会モデルに会わない人をいっぱい知ることになります。超有名校出身なのに、二流大学出身者と机を並べ、同じ給料をもらっている人もいます。なによりも、「家族仲良く、健康で」ということに関して、出身大学も勤務会社も影響を与えません。そう考えれば、子ども学校の序列がイヤになったら、逃げ出せばいいことです。

 でも、そうなると学校空っぽになるかもしれません。また、学歴社会のらち外に出れば、それはそれでリスクも生じます。でも、それはサルの社会でも同様です。社会的地位の低いサルが、どんどん出てしまったら、その群れ自体の力がなくなります。結果として、社会的地位の高いサルにとっても不利です。社会的地位の低いサルにとっても、群れから離れれば不利になることは確かです。だから、ちょっとイヤだから直ぐに出ることはしません。したがって、社会的地位の高いサルと、低いサルの、ほどよいバランスの中で群れが成り立っています。結果としては、低いサルにも、それなりにいごごちの良い群れとなります。でも、そのようなバランスが生じるためには、「逃げられる」ことが大事です。逃げられない状態では、社会的地位の高いサルのみが肥え太ることになります。だから、学校も「逃げられる」ようにする必要があると思いました。